著者
橋爪 伸子 江後 迪子
出版者
一般社団法人 日本調理科学会
雑誌
日本調理科学会誌 (ISSN:13411535)
巻号頁・発行日
vol.30, no.4, pp.355-363, 1997-11-20 (Released:2013-04-26)
参考文献数
19

The food culture of Japan has been influenced by Nanban Trade that started at the late Muromachi era. Many Japanese dishes today bear the word Nanban, Oranda, etc. in their names. In this paper I have investigated the characteristic of the dishes with the naming Nabban and Oranda in the cooking books published in the Edo era.The common food materials to these dishes were eggs, sea breams, oil, chilipepper and Japanese leeks. In addition, meat and fat were specifically used for dishes naming Nanban and chilipepper, Japanese leeks and oil were combined to use was for Oranda. Nanban dishes appeared in the late Muromachi era and through the Edo era. Oranda dishes increased their numbers from 1800 downward.
著者
橋爪 伸子
出版者
日本調理科学会
雑誌
日本調理科学会大会研究発表要旨集 平成21年度日本調理科学会大会
巻号頁・発行日
pp.1034, 2009 (Released:2009-08-28)

【緒言】地域固有の歴史を背景とする食文化史の研究は、現代の地域活性化事業に有用な情報を提供し、ひいては地域アイデンティティ確立の一端を担うことができると考える。本報では、熊本城築城400年記念事業で監修を担当した、近世熊本の食史料の再現三事例を検証し、食文化史研究の現代への活用について、可能性、課題などを考えてみたい。【方法】再現の典拠とした主な史料は、熊本藩士による飲食物製法記録「料理方秘」(都立中央図書館加賀文庫蔵)、「歳時記」(熊本県立大学文学部蔵)、同藩における献立記録「御入国御拝任御祝」(熊本市歴史文書資料室蔵)である。これらの解読および翻字に加え、それぞれの活用の目的に応じて食素材や調理法などの具体的な調査研究を行った。【結果】1飲食物製法記録をもとに、所収の料理を再現できる料理書『熊本藩士のレシピ帖』を刊行した。県内主要書店、熊本城売店にて販売され、県内外から需要を受けている。また県内料理店、宿泊施設などでは、同書を参考にした再現料理が、肥後熊本の古料理等と称され活用されている。2献立記録をもとに、万延元年(1860)熊本藩主初入国の御祝御能で供された本膳料理二汁七菜を、レプリカによって再現した。それは同事業で復元した本丸御殿内大御台所に常設展示されている。食記録の模型化により、近世の食を視覚でより具体的に印象づけることが可能となるが、一方で有形化に際し根拠の不足という問題も生じた。3上記史料や2で模型化した一部の料理再現を中心とした「本丸御膳」が、2の展示される大御台所で、同市の郷土料理店により提供されている。再現料理の食体験として、季節ごとに献立を変えながら継続される予定である。
著者
橋爪 伸子
出版者
日本調理科学会
雑誌
日本調理科学会大会研究発表要旨集 平成18年度日本調理科学会大会
巻号頁・発行日
pp.4, 2006 (Released:2006-09-07)

[目的] 牛蒡餅は今日和菓子として一般的なものではないが、江戸時代には寛永20年(1643)の『料理物語』を初め諸料理書に散見される。それによれば牛蒡餅は、糯米粉、粳米粉と煮熟した牛蒡を混ぜて作った生地を、揚げた後蜜または煎じ砂糖に浸けるという菓子である。この揚げて蜜に浸けるという特徴的な調理法は、日本古来の菓子には一般的ではなく、異国の菓子にみられることから、牛蒡餅の起源も伝来菓子の可能性がある。しかしながら、その由来についてはこれまで追求されてこなかった。そこで本報では、牛蒡餅の起源や実態について検討することを目的とする。[方法] 牛蒡餅の記述がみられる料理書、諸記録等による文献調査に加え、唯一牛蒡餅が現存する長崎県平戸で、製造業者へ聞き取り調査を行った。[結果] 牛蒡餅の起源と考えられる菓子は二つあり、いずれも江戸時代以前に伝来した異国の菓子で、揚げて蜜に浸けるものである。一つは南蛮菓子ひりょうずの根源とされる「フィリョス」、もう一つは朝鮮菓子「薬果」である。後者は日本では「くわすり」等と記され、安土桃山から江戸時代初頭にかけて饗応や茶会等で用いられた。 牛蒡餅の製法が収録されている主な料理書は、上記『料理物語』のほか、元禄2年(1689)の『合類日用料理指南抄』等比較的初期のもので、その後享保3年(1718)以降に刊行された『御前菓子秘伝抄』を初めとする菓子製法書にはみられないことより、この頃には次第に衰退の途にあったと考えられる。一方、元禄16年(1703)の『筑前国続風土記』では、牛蒡餅が筑前博多の土産にあげられていることから、牛蒡餅の消長には地域差があったことが考えられる。
著者
時枝 久子 橋爪 伸子 大下 市子 五島 淑子 田代 文子 林 裕子 和仁 皓明
出版者
一般社団法人 日本家政学会 食文化研究部会
雑誌
会誌食文化研究 (ISSN:18804403)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.37-45, 2012 (Released:2022-02-25)
参考文献数
4

This chronology of comparative food culture has been prepared as a continuation of the previous two publications on the Taisyo = Meiji era and the Edo era of Japan. The present chronology covers the period from the Jomon = Yayoi period which is considered to be almost the same period as Neolithic age to 1602, end of Azuchi=Momoyama era; the year before the establishment of Tokugawa shogunate. The authors have compiled information on 476 chronological items from 245 sources, which include 222 published books and documents and 23 web pages and institutional electronic documents.In order to compare chronology of food cultural phenomenon with Asian countries excluding Japan, the American continent,the African continent and the Eurasian continent excluding Asia, the geographical designation and time span of events we have evaluated as being noteworthy of being recorded are included in this chronology. The classification of food culture phenomenon is identical to that of the previous papers.
著者
橋爪 伸子
出版者
日本調理科学会
雑誌
日本調理科学会大会研究発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.18, pp.4, 2006

<BR>[目的] 牛蒡餅は今日和菓子として一般的なものではないが、江戸時代には寛永20年(1643)の『料理物語』を初め諸料理書に散見される。それによれば牛蒡餅は、糯米粉、粳米粉と煮熟した牛蒡を混ぜて作った生地を、揚げた後蜜または煎じ砂糖に浸けるという菓子である。この揚げて蜜に浸けるという特徴的な調理法は、日本古来の菓子には一般的ではなく、異国の菓子にみられることから、牛蒡餅の起源も伝来菓子の可能性がある。しかしながら、その由来についてはこれまで追求されてこなかった。そこで本報では、牛蒡餅の起源や実態について検討することを目的とする。<BR>[方法] 牛蒡餅の記述がみられる料理書、諸記録等による文献調査に加え、唯一牛蒡餅が現存する長崎県平戸で、製造業者へ聞き取り調査を行った。<BR>[結果] 牛蒡餅の起源と考えられる菓子は二つあり、いずれも江戸時代以前に伝来した異国の菓子で、揚げて蜜に浸けるものである。一つは南蛮菓子ひりょうずの根源とされる「フィリョス」、もう一つは朝鮮菓子「薬果」である。後者は日本では「くわすり」等と記され、安土桃山から江戸時代初頭にかけて饗応や茶会等で用いられた。<BR> 牛蒡餅の製法が収録されている主な料理書は、上記『料理物語』のほか、元禄2年(1689)の『合類日用料理指南抄』等比較的初期のもので、その後享保3年(1718)以降に刊行された『御前菓子秘伝抄』を初めとする菓子製法書にはみられないことより、この頃には次第に衰退の途にあったと考えられる。一方、元禄16年(1703)の『筑前国続風土記』では、牛蒡餅が筑前博多の土産にあげられていることから、牛蒡餅の消長には地域差があったことが考えられる。