- 著者
-
阿部 年晴
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 民族學研究 (ISSN:00215023)
- 巻号頁・発行日
- vol.62, no.3, pp.342-359, 1997-12-30
文化人類学で用いられる呪術概念は, 近代ヨーロッパの形成過程において, 宗教(キリスト教)や科学や近代的な社会制度から排除され否定的な価値を付与された残余カテゴリーであった。この残余カテゴリーの指し示すところにしたがって始められた呪術研究においては, 連想の原理の誤用, 心理的言語技術, 融即, 象徴的表現, 物語生成装置, 構成規則にしたがう技術, ゼロ記号などさまざまなとらえ方が提出された。その過程で, 非合理的でマイナーな慣習と見なされていたものの研究が, 文化的存在としての人間生を根底で支えているものでありながら近代的な諸科学が気づかなかった行為の諸側面や, 文化的秩序の基本的な再生産装置に光を当てるという逆説的な事態が生じている。しかもそのような行為の諸側面や文化装置の弱体化は, 現代文明が草の根において遭遇しつつある危機とかかわりをもっていると思われる。このような観点から呪術研究をさらに展開するために必要なことの一つは, 日常的文脈における呪術世界の研究を基盤として, レヴィ=ストロースのマナ論にみられるような理論的考察と民族誌学的な記述分析と内在的記述とを結び付ける作業である。