- 著者
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高柳 清美
金村 尚彦
国分 貴徳
西川 裕一
井原 秀俊
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
- 巻号頁・発行日
- pp.Ca0252, 2012 (Released:2012-08-10)
【はじめに、目的】 ヒトを対象とした臨床研究および動物実験の結果より,膝前十字靭帯(以下ACL)は自己治癒能が低いとされてきた.ACLの治癒能力が低い根拠として,炎症細胞とその関連物質量(Akesonら1990),血行(Brayら19901991),一酸化窒素量(Caoら2000),コラーゲン線維の含有率(Amielら1990Brayら1991),αプロコラーゲンのRNA量(Wiigら1991),生体力学的負荷の相違(Viidikら1990Wooら1990),治療過程でのファイブロネクチン量(Almarzaら2006),マトリクスプロテアーゼの発現量(Zhangら2010),α平滑筋アクチン・トランスフォーミング成長因子の発現量(Menetreyら2010),幹細胞の治癒能力(Zhangら2011)などの報告がある.ラット,ウサギ,イヌのACLを切断し自由飼育すると,ACLの自然治癒は起こらず,切断後数日(5~7日)で靭帯の退縮と変形性膝関節症が発生する. しかし,完全断裂であっても関節運動を制動する特殊装具と早期からの運動療法によって,破断したACLは治癒する(井原ら1991,2006).我々はこれまでに,ACL損傷後に生じる膝関節の異常運動を制動する動物モデルを作製し,関節の制動と自然飼育により,完全切断したACLが自然治癒することを明らかにした. 本研究の目的は関節包外関節制動モデルを用いて,治癒したACLを組織学的に観察し,経時的に治癒靱帯の強度を検討することである.【方法】 Wistar系雄性ラット24匹の両後肢の膝関節を使用した.ラットの右膝関節に対してACL切断術を行い,8週間飼育後に12匹(8週群),40週間飼育後に12匹(40週群)屠殺した.手術側(右膝関節)を実験肢とし,非手術側(左膝関節)を対照肢とした.外科的手順は,ACLを切断後,人工靱帯を膝関節外側より大腿骨遠位部後方の,大腿骨頚部後面の弯曲に沿った中枢側の軟部組織に貫通させ,脛骨近位前方に作製した骨トンネルに通し,大腿骨遠位部後方に通して結んで固定した. ACL切断8週,40週経過後のラット3匹ずつを検体に供し,組織標本を作成し,HE染色で染色して組織学的観察を行った.力学的強度はラット9匹ずつの両下肢を採取,ACL以外の筋軟部組織を切除し,INSTRON社製の材料試験システム5567A型(ツインコラム卓上モデル)で,試験速度5mm/min,試験機容量100N,初期張力1.5Nで計測した.力学強度の統計処理には繰り返しのある二元配置分散分析,多重比較としてScheffe法を用いた.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は埼玉県立大学動物実験委員会の承認に基づいて行った.【結果】 (1) 肉眼的観察 力学的評価を行った8週群,40週群全例でACLの連続性を確認した.治癒靱帯の走行は正常に近似していたが,付着部にバラツキがあり,正常のACLに比べ太い線維束であった.関節表面の観察では軟骨面の粗雑化や嚢胞瘢痕組織骨棘などの膝OA的所見は確認されなかった.(2) 組織学的観察 8週群,40週群ともにコラーゲンによる連続性が認められた.治癒ACLは正常ACLに比べ,靱帯が太く関節顆間窩に瘢痕組織が増殖していた.(3) 治癒靱帯の強度 8週群と40週群の治癒した靱帯の強度はそれぞれ,10.2±4.2N,11.2±4.2N(平均±標準偏差)で,対照肢はそれぞれ,22.8±2.9N,24.2±4.0Nであった.切断肢と対照肢間に靱帯強度の差異が認められ(p<0.01),切断肢は対照肢に比べ,約40%から50%の強度で治癒していた.8週群と40週群の治癒靱帯強度に違いは認められなかった.【考察】 実験肢において全例にACLの連続性が認められ,正常靱帯と同等かより太い靱帯を認めた.関節の制動と運動を行わせる動物実験モデルによって,明らかに靱帯治癒が促進されることが証明された. 術後8週および40週後に膝OAの所見が確認されなかったことは,断裂後の継続した異常運動(過度なストレス)に対する関節制動がなされ,正常に近似した運動が維持された結果と考えられる. 8週後と40週後の治癒靱帯の強度に差異が認められなかったことより,靱帯強度に関わる修復は8週前後にほぼ終了していることが示唆された.靱帯強度が半減した要因を解明するには,(1)早期の靱帯治癒過程(炎症期増殖期,リモデリング期)における運動制限と積極的運動の力学的影響と,(2)炎症細胞,幹細胞,線維芽細胞などの靱帯修復に関わる細胞および炎症因子,増殖因子などのサイトカインや細胞外マトリクス,コラーゲンなどのタンパク質を分解する酵素の発現の生化学的解明,が今後の課題となった.【理学療法学研究としての意義】 関節制動と運動療法により,損傷ACLが充分な力学的強度と粘弾性を有するまで治癒すると,レクレーションレベルのスポーツ愛好家,骨成長が認められる青少年,高齢者あるいは外科的治療を望まないスポーツ選手に対する主たる治療法となることが期待でき,社会的・経済的・身体保護的に多大に益すると考えられる.