著者
江 利紅
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.1, pp.123-163, 2012-06-30

社会主義国である中国には、人民代表大会制度は国の根本的な政治制度として確立されている。人民代表大会制度は、「すべての国家権力は人民に属する」という「人民主権」の原則をその基本原則とし、「民主集中制」をその組織原則とする。これらの原則に基づき、人民の民主的権利の実現の制度、選挙制度、国家機関の選出制度および地方制度などの具体的な制度が構築される。これらの制度によって人民代表大会制度は構成される。しかし、中国では、立法権、行政権、司法権の間で相互に抑制と均衡を保つ「三権分立」の原理を否定し、「民主集中制」に基づき、統一の国家権力のもとで各国家機関間の「分工(分業)」を認める。「分工(分業)」によって、中国では、各国家機関間の分立、相互の抑制・均衡作用が否定され、人民代表大会による監督のみが認められる一方、各国家機関間の同質性や協力性が強調される。そのため、現実中、国家機関の権力の抑制や国民の権利の保障は十分であるとはいえない。これらの問題を解決するために、人民代表大会制度を維持するという前提のもとで、人民代表大会制度を改革しなければならない。今後、人民代表大会の統一的な指導のもとで、各国家機関間の相互抑制・均衡作用を重視し、特に人民代表大会の地位を高め、法制度の整備を強化し、司法の独立と公正を保障し、法の執行を徹底し、行政機関の活動を法的に統制する努力を積み重ねなければならない。そして、人民代表大会の機能改革以外で、選挙制度、代表制度、立法制度、監督制度、政党制度、地方制度などについても、改革を着実に遂行しなければならない。
著者
シマモンティ シルヴィ 小木曽 綾
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.4, pp.75-81,83-113, 2013

フランスでは, 2011年8月10日法律(以下法という)により,参審制の拡大と,重罪判決への理由付記の義務づけが定められた。法は重罪院での参審員数を減じ,裁判1件当たりの参審員の人数を減らすことで制度拡大に必要となる参審員を増やそうとしているが,その結果,従来は,参審員の数が職業裁判官を上回っていなければ有罪評決ができなかったものが,職業裁判官と参審員同数でよいこととなった。これが市民の刑事裁判参加という理念と一致するかは疑問である。法は軽罪に参審員関与の範囲を拡大し,その権限は一部の成人軽罪の事実認定と量刑,それに少年事件のそれに及ぶ。軽罪参審員制度は,成人の裁判については, 2014年1月までの試行(2012年1月からToulouseおよびDijon,2013年から他の10の控訴院管轄区内)を経て2014年から施行されることとされているが,少年裁判についてはすでに2012年1月から施行されている。軽罪裁判所は, 3人の職業裁判官と2人の参審員で構成され,その裁判に対する上訴審も同様に構成される。対象事件は,個人法益に対する罪のうち5年以上の収監刑が法定されているもの(重過失致死,傷害,性犯罪,薬物所持・譲渡等),強盗, 5年以上の収監刑が科される個人の身体に危険を及ぼす放火等による器物損壊であって,財産犯は対象とされておらず,社会ないしは有権者の関心が高いものに限定されている。重罪院では,参審員は事実認定と刑の量定のみに関与するのに対して,軽罪参審員は刑の執行にも関与する。2004年以来フランスには刑の執行裁判所があり,仮釈放の決定等の判断を担っているが,軽罪参審員はここにも参加する。これは,受刑者の釈放時期という社会の関心の高い事項に市民を参加させようとの立法趣旨によるものである。また,従来,少年裁判所の陪席裁判官は,法務大臣が少年問題に造詣のある30歳以上の民間人の中から4年任期で任命することとされてきたが, 2012年1月から,二つの少年軽罪裁判所が創設された。一つは,罪を犯す時16歳以上18歳以下の,3年以上の収監刑が科される罪で起訴された累犯少年を扱う職業裁判官のみで構成される裁判所である。この裁判所では,少年係裁判官が裁判長を務め,保護処分のほか刑罰を言い渡すことができる。いま一つは,成人の軽罪裁判所と同様の構成(ただし裁判長は少年係裁判官)と事物管轄をもつ少年軽罪裁判所である。 軽罪参審員制度には,当初3,270万ユーロ,次いで毎年840万ユーロが必要とされており,国家の財政状況に照らして決して軽微な支出とはいえないことから,現在の2裁判所での試行が10裁判所に拡大されるか,さらには全国施行に至るかは予断を許さないところである。 証拠の証明力の判断については,自由心証主義が採用されており.証明程度は事実認定者が「内心で確信する」程度とされている。無論,裁判官の心証は法廷に提出された証拠によらなければならないが,軽罪に関しては裁判に理由を付すことが求められてきたものの,伝統的に重罪院の裁判には理由が付されてこなかった。今般,法12条はこれを改め,評決に理由を付すことを求めたが,これは2009年から2011年にかけての判例と立法の変化の帰結である。 法の施行以来数カ月での評価は尚早ではあるが,この制度改革の一つの柱,すなわち,重罪裁判への理由付記は透明性ある刑事裁判実現のための必然である。軽罪参審員については,軽罪への厳罰対処という前提が崩れているほか(参審員が加わった裁判で以前より刑が重くなったという事実は示されていない),訴訟が遅滞していることが4か月の試行で明らかであって,制度の経済的および手続的代償はきわめて大きく,完全施行に至るかどうかは,定かではない。
著者
棚瀬 孝雄
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.119-165, 2015

現在,日本企業の海外進出は加速しているが,様々な法務リスクを抱えることが少なくない。とくに,インドは日本の法制と異質な面が多く,しかも,政府や国民も法を利用し,訴追を行うことに積極的であるために,法務や税務面で深刻な争いが生じている。 本稿は,この法務リスクという観点から,インドの労働法制を対象に,比較法的に見た特徴を明らかにしようとするものである。 比較法的視点には,対象となる法を日本法との比較で異同に注意しながら把握するという狭義の比較分析と,その法を社会の中に埋め込まれたものとして理解する機能分析との二つの視点があるが,現在,グローバル市場の影響力が圧倒的に強まる中で,市場の論理から,労働の柔軟化と規律を求める企業と,インドの歴史的な経緯からくる保護主義的,介入的な政治との葛藤が,労働法の作り方,及びその実際の運用を規定している。 取り上げるのは,解雇と争議の法制であるが,一般の解雇は,事業閉鎖の場合も含めて,従業員100人以上の職場では州政府の許可が必要とされており,柔軟な雇用調整を阻害するものとして,産業界からは強い批判を浴びている。ただ,子細に見ると,最初の法案が,最高裁で,濫用的な解雇を阻止するという,正当な目的を超えて経営者の営業の自由を過剰に制約するとして違憲とされて改正された現行法では,手続き的な歯止めも掛けられ,実体面では,日本の整理解雇の法理のような作りとなっている。むしろ,問題は,インドの行政の透明性や効率性がないところで,解雇を政府の許可にかからしめたことにある。また,必要な雇用の柔軟性を得るために労働の非正規化が進み,それが,社会保障が弱いところで,雇用不安や待遇の不満を生み,労使関係の安定を損なっていることも問題として出てきている。 懲戒解雇に関しては,職場の規律違反に対し,労働者を使用者の判断で即時に解雇できるが,一定の社内での事前調査や,書面通知などの手続き規制がある他,日本の解雇権濫用法理に似た規制があり,事後的な救済も一定程度機能している。しかし,懲戒の根拠となる就業規則に,内容的にも,作成手続きにも強く行政が関与し,かつ,その内容が争議行為に絡むものが多く,争議の際に,使用者から参加者に懲戒解雇が乱発される原因ともなっている。また,解雇権の濫用が,インドでは,使用者の不当労働行為として規定され,刑罰が科される作りになっているため,不法とされる懲戒から,争議へと展開していくことも多い。 組合の結成では,インドの場合,団結権は認められ,その干渉を不当労働行為として保護もしているが,しかし,結成された組合には,自動的に団体交渉権は認められず,使用者に自らの力で組合を交渉相手として認めさせる必要があり,最初から,争議含みとなっている。また,刑事免責も,組合が登録されてはじめて認められ,しかも,登録に3ヶ月から1年以上もかかるため,その間は争議行為が事実上行えない。この組合結成の困難は,使用者の組合選別の要求から維持されており,実際の争議も,組合結成と,その使用者の拒否をめぐって行われることが多い。背景には,使用者から見た過激な,共産党系の組合が未だ勢力が強く,日系企業などでは,とくに労使一体の日本的な労務管理を労働生産性向上の鍵と考えていて,この組合結成で大規模な争議になることもある。 争議行為についても,インドの場合,争議抑制のための政府の関与がかなり大きく認められている。まず,争議にあたり2週間前の予告を義務づけ,また,斡旋など手続き期間中は争議が禁止される。さらに,政府がスト中止を命じることができる。こうした労働者の争議権を奪うかのような介入は,すべて公益的な観点で正当化されるが,しかし,それで多くの争議は抑制される反面,インドでは,争議件数では,日本の11倍,労働喪失日数では,実に780倍もの争議が起きている。それゆえにこそ,争議抑制的な労働法も必要となるのであるが,逆に,そうして違法争議の烙印が押されることで,懲戒解雇が大量に出され,警察による逮捕もあって,争議がいっそう過激化するという悪循環に陥っている面もある。 これまで,インド労働法について,表面的な規定の解説はあったが,本稿のような背景にまで踏み込み,規定も細部まで検討して,全体的な特徴を明らかにする研究はなく,インドに進出する日本企業はもちろん,比較法的な観点から,現在のグローバル市場の元での新興国の労働法を理解する理論的な関心にも答えるような分析になっている。
著者
リップ フォルカー 鈴木 博人
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.52, no.2, pp.83-108, 2018-09-30

本稿は,2017年11月13日に法学部・家族法の講義の一環として行われたドイツ家族法の基本的原理を解説した講義の内容を邦訳したものである。 講義は,序論でドイツ家族法改正史とドイツ家族法が基本法(憲法)の準則(とりわけ男女平等条項と家族保護条項)に則って規整されていることが示されている。さらに,ヨーロッパ人権条約の強い影響を受け,いわば家族法の憲法化とも称される状況があることが示される。 序論を受けて,ドイツ家族法の最新の動向が,婚姻・離婚法,親子法,成年者の保護(日本法上の成年後見)法の3領域について示されている。 婚姻・離婚法分野では,法的な形式を与えられた生活共同体として古典的な婚姻とならんで登録された生活パートナー関係,さらには2017年10月1日からの同性婚の制度化後の対応が論じられている。 親子法分野では,血統法から親の配慮(日本法の親権)法,面会交流,子の扶養という広範な領域が概観されている。 成年者保護の分野では,自己決定能力が制限され,自らの事務に関して自分で処理できない成年者の保護が,後見から現代的な成年者保護の流れのなかで示されている。 各分野それぞれについて,喫緊の課題とその課題への取組が示されており,ドイツ家族法の現状理解を助ける,非常に明解な講義となっている。
著者
川澄 真樹
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.109-144, 2018

現在,我が国を取り巻く世界情勢はますます混乱してきている。このような中で国家の安全を保護するためにはあらゆる面での情報収集が不可欠である。このような情報収集の中でも電子的監視(通信傍受)は相手方の計画や作戦を秘密裏に補足することが期待でき,対外諜報の場面でも有効な手段となり得る。我が国ではこのような対外諜報目的での電子的監視は議論されることがあまり多くはないが,アメリカ合衆国においては,これらの電子的監視は通常の犯罪捜査における電子的監視よりも緩やかな要件で実施されている。さらにアメリカ合衆国では,このような電子的監視の過程で得られた情報がその後,テロ犯罪やスパイ罪等に対する刑事訴追の証拠として利用されることもしばしばであり,一定の場合,刑事法の執行を対外諜報目的の監視の主目的とすることも可能な余地がある。しかしながら,本来であれば,より厳格な要件の下で収集される犯罪の証拠をより緩やかな要件によって収集し,刑事訴追において利用することを全面的かつ無条件で認めることになれば,従来からの法執行のルールが無意味に帰することになり,不合理な捜索・押収を禁じる合衆国憲法第4修正に反するように思われる。このような対外諜報での監視によって得られた犯罪の証拠を刑事訴追で利用することが認められるのはいかなる場合であろうか。本稿は,このような電子的監視を用いた対外諜報と犯罪捜査の関係につき,アメリカ合衆国の対外諜報活動監視法(Foreign Intelligence Surveillance Act of 1978 以下,FISAという)における電子的監視を実施する際に求められる「相当な理由(probable cause)」要件と「監視の目的」要件からの議論を紹介し,関連判例を検討することで第4修正との関係から検討を加え,我が国の将来の議論の足掛かりとなることを目指すものである。
著者
デュトゲ グンナー 只木 誠 神馬 幸一
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.209-228, 2016-12-30

近時,ドイツ刑法典の一部改正により,新217条「業としての自殺援助罪(geschäftsmäßige Förderung der Selbsttötung)」が2015年12月10日から施行された。本稿は,その動向を批判的に検討するものである。 当地において,この新条項導入以前,自殺関与は,法文上,禁止されていなかった。しかし,判例上,それを無に帰すかのような解釈論が展開され,実際上,自殺関与を巡る刑法上の取扱いは,動揺していた。このような法的状況を前提としていることもあり,今回の新規立法は,その論理構造に様々な矛盾を含んでいる点が批判されている。 また,この新規立法は,今後,ドイツにおける終末期医療の現場で,どのような波及的悪影響(ないしは萎縮効果)を及ぼし得るのかということも本稿では検討されている。 このように医師介助自殺に関する刑法的規制には多くの問題が伴う。そして,当該刑法的規制は,リベラルな法治国家の原則に反するものと批判されている。ここでいうリベラルな法治国家とは,ドイツ連邦通常裁判所が提示した言葉に従えば「全ての市民における居場所」として把握されるものである(BVerfGE 19, 206 [216])。そのような姿勢を貫徹するならば,確かに,一定の生き方ないし死に方を「正しいもの」として掲げることは,断念されなければならない。このことが本稿では強調されている。 このドイツの新規立法により生じたとされる自殺の禁忌化がもたらす問題性は,自殺幇助罪規定を有する我が国にも同様に当てはめることが可能であろう。この新規立法に関して展開された生命倫理と法を巡るドイツの議論を検証することは,我が国において関連する論点への示唆を得るためにも,その意義が認められるように思われる。
著者
髙良 幸哉
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.305-328, 2016-12-30

児童ポルノ法が1999年に制定されて以降,児童ポルノ法制は現在まで拡大を続けており,2014年改正において児童ポルノの単純所持罪が規定されるに至っている。しかしながら,なおも未解決の問題も存する。CGや仮想児童を扱った描写物の児童ポルノ性をめぐる議論がその代表的なものであり,近年議論になっている。児童ポルノ性をめぐっては,東京地判平成28年3月15日判例集未登載において,CGに描写児童の実在性を認める判断が我が国においてはじめて示されるなど,実務上の動きもみられる。また,我が国の刑法が範とするドイツにおいても,2015年に性刑法をめぐる改正がなされたほか,2013年,2014年には児童ポルノをめぐる重要な判例が登場している。本稿は児童ポルノ性をめぐる我が国の議論とドイツを中心に国際的動向を概観する。また,児童ポルノには児童の実在性を要するかについて,児童ポルノの保護法益を児童ポルノマーケットの拡大防止に見出す市場説に立ち検討を行い,現実性の高い仮想児童ポルノについては規制の余地があると論じるものである。
著者
デュトゲ グンナー 神馬 幸一 神馬 幸一
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.209-228, 2016

近時,ドイツ刑法典の一部改正により,新217条「業としての自殺援助罪(geschäftsmäßige Förderung der Selbsttötung)」が2015年12月10日から施行された。本稿は,その動向を批判的に検討するものである。 当地において,この新条項導入以前,自殺関与は,法文上,禁止されていなかった。しかし,判例上,それを無に帰すかのような解釈論が展開され,実際上,自殺関与を巡る刑法上の取扱いは,動揺していた。このような法的状況を前提としていることもあり,今回の新規立法は,その論理構造に様々な矛盾を含んでいる点が批判されている。 また,この新規立法は,今後,ドイツにおける終末期医療の現場で,どのような波及的悪影響(ないしは萎縮効果)を及ぼし得るのかということも本稿では検討されている。 このように医師介助自殺に関する刑法的規制には多くの問題が伴う。そして,当該刑法的規制は,リベラルな法治国家の原則に反するものと批判されている。ここでいうリベラルな法治国家とは,ドイツ連邦通常裁判所が提示した言葉に従えば「全ての市民における居場所」として把握されるものである(BVerfGE 19, 206 [216])。そのような姿勢を貫徹するならば,確かに,一定の生き方ないし死に方を「正しいもの」として掲げることは,断念されなければならない。このことが本稿では強調されている。 このドイツの新規立法により生じたとされる自殺の禁忌化がもたらす問題性は,自殺幇助罪規定を有する我が国にも同様に当てはめることが可能であろう。この新規立法に関して展開された生命倫理と法を巡るドイツの議論を検証することは,我が国において関連する論点への示唆を得るためにも,その意義が認められるように思われる。
著者
柳川 重規
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.63-73, 2016-12-30

2016年1月30日に多摩キャンパスにおいて開催された日本比較法研究所と韓国・漢陽大学校法学研究所共催のシンポジウム「日本及び韓国における現在の法状況」における報告
著者
丸橋 透
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.49, no.4, pp.63-80, 2016-03-30

ISPであるニフティを例にとり,サイバー犯罪に関するプロバイダの実務と考え方を紹介する。サイバー犯罪の捜査においてプロバイダは加入者の通信の秘密に関する事項については,記録命令付差押許可状により対応し,要請があればログ(通信履歴)を保全するが,ログ保存については義務では無い。また,サイバー犯罪の被害抑止活動としては,児童ポルノのブロッキングが民間の作成するブラックリストに基づきプロバイダにより実施されており,ボットネット対策については,マルウェアに感染した加入者に対してプロバイダが駆除要請をして協力している。これらは,通信の秘密とプライバシー保護に関する「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」(総務省)をはじめとする国内の法制度だけではなく,G8や欧州評議会における国際的な政策や法制度に民間が参加又は注視する慎重な議論を経ながらも着実に整理され進んできたものである。新たな施策に踏み込む(又は旧来の施策を拡大する)場合には,通信の秘密やプライバシー,表現の自由への影響等を分析しつつ慎重な議論が望まれるが,事後追跡性の確保や被害拡大の抑止・防止の必要性に係わるファクトをベースとした議論であれば,今後とも,ISPは誠意を持って参加していくであろう。
著者
長井 圓
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.23-50, 2016-12-30

2016年1月30日に多摩キャンパスにおいて開催された日本比較法研究所と韓国・漢陽大学校法学研究所共催のシンポジウム「日本及び韓国における現在の法状況」における報告
著者
樋笠 尭士
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.229-255, 2016-06-30

本稿は,客体の錯誤と方法の錯誤を明確に区別する思考方法を検討するものである。HoyerおよびWolterは,精神的表象(geistige Vorstellung)と感覚的知覚(sinnliche Wahrnehmung)という概念で両者の区別を図ろうと試みていることを確認し,その上で,全てに「誤り」が存する場合を方法の錯誤,一部に「誤り」が含まれる場合を客体の錯誤としたHoyerの見解を検討した。実行行為時に感覚的知覚による客体の特定が存せず,実行行為時よりも前に客体の特定をなすような場合,特定された客体とは,感覚的知覚によって特定された客体ではなく,危険源を設定した際に行為者によって最後に特定された客体と解すべきであると考える。そして,行為者の精神的表象により特定された客体に結果が生じていないことを前提とし,客体の錯誤を,「危険の向く先を定める際の,最後に特定された客体」と「実際に結果が生じた客体」が同一である場合と定義し,同一でない場合を方法の錯誤と定義した。 かかる定義に基づき,古典的四事例を検討した。電話侮辱事例(Telefonbeleidigerfall)は客体の錯誤,自動車爆殺事例(Bombenlegerfall)は方法の錯誤,毒酒発送事例(Vergifteter Whisky)は方法の錯誤,ローゼ・ロザール事例(Rose-Rosahl-Fall)は,教唆者が被教唆者に客体を特定するにあたって具体的に指示を出していた場合は方法の錯誤となり,抽象的・曖昧な指示を出していた場合は,客体の錯誤になるという結論を得た。その際には,方法の錯誤を,行為者によって最後に特定された客体へと向かう危険源とそれとは別の客体との因果的距離が縮まり,点として重なった状態であると解した。このようにして,本稿は,離隔犯においても,客体の錯誤と方法の錯誤を明確に区別され得ることを示すものである。
著者
隅田 陽介
出版者
日本比較法研究所 ; [1951]-
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.51, no.1, pp.129-162, 2017

本稿は,前号に引き続いて,近時,アメリカ合衆国で議論されている,児童に対する性的いたずらに関する証拠のみで児童ポルノ所持に関する捜索令状の「相当な理由」を構成するのかどうかについて検討したものの後半部分である。 本号では,まず,三において,児童に対する性的いたずらと児童ポルノ所持との関係に関する調査研究等に触れた。例えば,Andres E. Hernandezが,ノースカロライナ州Butnerの連邦矯正施設に収容されている90人の男子受刑者を対象として行った調査等である。こうした調査研究については,それぞれについて調査対象者が限定されているといった問題点が指摘されていることに注意する必要があるが,両者の間には関係があるとするものもあれば,逆に,関係はないとするものもあるなど,結論は一致していない,そして,各調査研究に対する評価の仕方も区々となっていることを指摘した。 最後に,四において,若干の検討を行い,現在の合衆国の捜査実務がIllinois v. Gatesに基づいた「諸事情の総合判断(totality of the circumstances)」テストによっているのであれば,これを前提とする限り,第8巡回区連邦控訴裁判所によるUnited States v. Colbertのように,児童に対する性的いたずらに関する証拠が児童ポルノ捜索のための「相当な理由」に該当すると評価することも許されるのではないかということを結論とした。その上で,このように賛否の分かれる問題については様々な角度から検討しておくことが望ましいと考えられることから,例えば,児童ポルノのような児童に対する性的搾取事案に限定して「緩和された相当な理由(expanded probable cause)」, あるいは,「拡大された相当な理由(broadened probable cause)」といった基準を適用すべきであるというような考え方があることにも触れた。
著者
キリアン マティアス 春日川 路子
出版者
日本比較法研究所 ; [1951]-
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.49, no.4, pp.127-135, 2016

ドイツでは近年,弁護士についてさまざまな都市伝説が流布されている。その一つに,弁護士職は「最後の逃げ道」である,裁判官や検察官,公証人などといった,一番に目標とする法律専門職に就くことができなかった人間が不本意ながら弁護士になっている,との噂がある。このような弁護士は「必然弁護士(Muss-Anwälte)」と呼ばれ,これを主要なテーマにした本も出版されている。だが,果たして噂は本当なのだろうか? ドイツの若手弁護士は,その多くが「しかたなく」弁護士職に就いているのだろうか? 筆者のマティアス・キリアン教授(ゾルダン研究所代表,ケルン大学)は,弁護士認可を受けたばかりの若手弁護士を対象とする聞き取り調査の結果から,この都市伝説は誤りであると結論づける。それに止まらず,若手弁護士のほとんどが望んで弁護士職に就いていること,ならびに,過去の類似の調査結果と比較すると,現在は弁護士こそが若手弁護士にとっての理想の職業であることを明らかにする。
著者
シマモンティ シルヴィ 小木曽 綾
出版者
日本比較法研究所 ; [1951]-
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.4, pp.75-81,83-113, 2013

フランスでは, 2011年8月10日法律(以下法という)により,参審制の拡大と,重罪判決への理由付記の義務づけが定められた。法は重罪院での参審員数を減じ,裁判1件当たりの参審員の人数を減らすことで制度拡大に必要となる参審員を増やそうとしているが,その結果,従来は,参審員の数が職業裁判官を上回っていなければ有罪評決ができなかったものが,職業裁判官と参審員同数でよいこととなった。これが市民の刑事裁判参加という理念と一致するかは疑問である。法は軽罪に参審員関与の範囲を拡大し,その権限は一部の成人軽罪の事実認定と量刑,それに少年事件のそれに及ぶ。軽罪参審員制度は,成人の裁判については, 2014年1月までの試行(2012年1月からToulouseおよびDijon,2013年から他の10の控訴院管轄区内)を経て2014年から施行されることとされているが,少年裁判についてはすでに2012年1月から施行されている。軽罪裁判所は, 3人の職業裁判官と2人の参審員で構成され,その裁判に対する上訴審も同様に構成される。対象事件は,個人法益に対する罪のうち5年以上の収監刑が法定されているもの(重過失致死,傷害,性犯罪,薬物所持・譲渡等),強盗, 5年以上の収監刑が科される個人の身体に危険を及ぼす放火等による器物損壊であって,財産犯は対象とされておらず,社会ないしは有権者の関心が高いものに限定されている。重罪院では,参審員は事実認定と刑の量定のみに関与するのに対して,軽罪参審員は刑の執行にも関与する。2004年以来フランスには刑の執行裁判所があり,仮釈放の決定等の判断を担っているが,軽罪参審員はここにも参加する。これは,受刑者の釈放時期という社会の関心の高い事項に市民を参加させようとの立法趣旨によるものである。また,従来,少年裁判所の陪席裁判官は,法務大臣が少年問題に造詣のある30歳以上の民間人の中から4年任期で任命することとされてきたが, 2012年1月から,二つの少年軽罪裁判所が創設された。一つは,罪を犯す時16歳以上18歳以下の,3年以上の収監刑が科される罪で起訴された累犯少年を扱う職業裁判官のみで構成される裁判所である。この裁判所では,少年係裁判官が裁判長を務め,保護処分のほか刑罰を言い渡すことができる。いま一つは,成人の軽罪裁判所と同様の構成(ただし裁判長は少年係裁判官)と事物管轄をもつ少年軽罪裁判所である。 軽罪参審員制度には,当初3,270万ユーロ,次いで毎年840万ユーロが必要とされており,国家の財政状況に照らして決して軽微な支出とはいえないことから,現在の2裁判所での試行が10裁判所に拡大されるか,さらには全国施行に至るかは予断を許さないところである。 証拠の証明力の判断については,自由心証主義が採用されており.証明程度は事実認定者が「内心で確信する」程度とされている。無論,裁判官の心証は法廷に提出された証拠によらなければならないが,軽罪に関しては裁判に理由を付すことが求められてきたものの,伝統的に重罪院の裁判には理由が付されてこなかった。今般,法12条はこれを改め,評決に理由を付すことを求めたが,これは2009年から2011年にかけての判例と立法の変化の帰結である。 法の施行以来数カ月での評価は尚早ではあるが,この制度改革の一つの柱,すなわち,重罪裁判への理由付記は透明性ある刑事裁判実現のための必然である。軽罪参審員については,軽罪への厳罰対処という前提が崩れているほか(参審員が加わった裁判で以前より刑が重くなったという事実は示されていない),訴訟が遅滞していることが4か月の試行で明らかであって,制度の経済的および手続的代償はきわめて大きく,完全施行に至るかどうかは,定かではない。
著者
アレックス・ グラスハウザー
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.1-14, 2014-09-30

1789年の外国人不法行為法は, 国際法に違反してなされた不法行為について連邦地方裁判所が第 1 審管轄権を有すると規定している。 この法律は200年近く適用されてこなかったが, 1980年にパラグアイで行われたパラグアイ政府職員による不法行為に対し, アメリカ合衆国の連邦裁判所が管轄権を行使して以来, 国際的な不法行為に対する有効な手だてとして, 注目を集めることとなった。 もっとも, 外国で行われた事件に国内法である外国人不法行為法を適用することは主権侵害のおそれがあるとして, 裁判所は原則として「域外適用禁止推定」がはたらくとしてきた。しかしながら, 外国人不法行為法は管轄に関する法にすぎず, また, 外国人不法行為法によって連邦裁判所が当該事件に適用する実体法は合衆国法ではなく国際法なのである。 その限りで, ナイジェリアにおけるナイジェリア軍の国際法違反に対して, 連邦裁判所の管轄権を否定した2014年のキオベル事件最高裁判決は, 域外適用の法を歪めたものといえるのであって, 今後再考されるべきである。
著者
鈴木 一義
出版者
日本比較法研究所 ; [1951]-
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.47, no.1, pp.145-185, 2013

犯罪が増加し、処理すべき事案が増大すると、法執行機関は、被告人と協議し、刑事事件を迅速に終結させることによって裁判所の負担を軽減しようとする。アメリカ合衆国においては、大多数の刑事事件で有罪答弁によって迅速に科刑が行われているが、大陸法系諸国においても、答弁取引類似の制度が導入されており、アメリカ合衆国の影響はあるけれども、その度合いは各国毎に異なっていると指摘されている。かかる各国毎の差異は、当該国において、いわゆる「司法取引」というものに対して如何なるメリットが求められているかを反映したものと評することも可能であろう。この点、例えば、国際刑事裁判所(ICC)においては、有罪であることを認める被告人に対して、コモンロー・英米法系と大陸法系モデルの中間的なアプローチを採用していると指摘されているが、国際刑事裁判が各国内の刑事裁判とは異なる特色を有している以上、そこにおいて求められる有罪答弁についてのメリットというものも一定の特色を持ったものになることが予想されよう。本稿では、かかる関心から、国際刑事裁判における有罪答弁は、アメリカ合衆国に典型的に見られるような有罪答弁とどこが違うのか、違うならば何故なのかといった論点について検討を試みることにより、我が国が仮に有罪答弁・答弁取引を導入するとすれば、どのような点に力点を置くべきなのかという課題に示唆が得られないかを探りたい。本「国際刑事裁判における司法取引(2)」では、3においてICTY(旧ユーゴスラヴィア国際刑事裁判所)、4においてICTR(ルワンダ国際刑事裁判所)における司法取引に相当すると言える手続について検討を加える。
著者
鈴木 一義
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.2, pp.159-185, 2012-09-30

犯罪が増加し、処理すべき事案が増大すると、法執行機関は、被告人と協議し、刑事事件を迅速に終結させることによって裁判所の負担を軽減しようとする。アメリカ合衆国においては、大多数の刑事事件で有罪答弁によって迅速に科刑が行われているが、大陸法系諸国においても、答弁取引類似の制度が導入されており、アメリカ合衆国の影響はあるけれども、その度合いは各国毎に異なっていると指摘されている。 かかる各国毎の差異は、当該国において、いわゆる「司法取引」というものに対して如何なるメリットが求められているかを反映したものと評することも可能であろう。この点、例えば、国際刑事裁判所(ICC)においては、有罪であることを認める被告人に対して、コモンロー・英米法系と大陸法系モデルの中間的なアプローチを採用していると指摘されているが、国際刑事裁判が各国内の刑事裁判とは異なる特色を有している以上、そこにおいて求められる有罪答弁についてのメリットというものも一定の特色を持ったものになることが予想されよう。本稿では、かかる関心から、国際刑事裁判における有罪答弁は、アメリカ合衆国に典型的に見られるような有罪答弁とどこが違うのか、違うならば何故なのかといった論点について検討を試みることにより、我が国が仮に有罪答弁・答弁取引を導入するとすれば、どのような点に力点を置くべきなのかという課題に示唆が得られないかを探りたい。 本「国際刑事裁判における司法取引(1)」では、かかる検討の前提として、まず司法取引に関する動向についてコモンロー系諸国の流れと大陸法系諸国の流れに分けて大まかな描写を行った上で、国際刑事裁判所設立に至る動向について簡単に概説する。
著者
朴 承斗
出版者
日本比較法研究所 ; [1951]-
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.341-361, 2016

企業が会社更生手続を開始した場合,裁判所から選任された更生管財人が経営悪化を理由として労働者を解雇できるのか,そしてそれが可能であるとした場合,その法的根拠が問題となる。整理解雇については,労働法上の解雇権濫用〔労働契約法16条〕の適用を受けるほか,会社更生法上の双方未履行規定の適用との関係も問題となる。 会社更生法上,裁判所から認可を受けた更生計画は確定判決と同一の効力を有するところ,本稿では,更生計画において人員削減を規定した場合,とりわけ年齢を基準とする人選基準の憲法適合性が論じられている。