著者
甲元 眞人
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.8, pp.578-580, 2019-08-05 (Released:2020-01-31)
参考文献数
8

談話室トポロジカル量子物性物理学への歩み
著者
細道 和夫
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.5, pp.288-296, 2014-05-05 (Released:2019-08-22)

超対称な場の量子論の数理の研究において,近年目覚ましい進展が続いている.色々な物理量について,経路積分をあらわに実行し,その値を厳密に評価する強力な手続きが発見されたためである.これは「局所化」(localization)とよばれている.経路積分は量子力学の基本的なアイデアであり,場の理論やその物理量の形式的な定義を与える手段としては非常に優れている.しかし通常は,経路積分による物理量の表示を出発点として,そこから例えば摂動論などの道具立てをさらに整備する必要がある.相互作用する多くの場の理論において,経路積分を解析的に実行するのは一般にはとても難しいので,局所化原理に基づく近年の進展は多くの理論物理学者の関心を集めている.局所化原理は,数学の分野で古くから知られている固定点定理を場の理論の経路積分に応用したものである.固定点定理とは,連続対称性の作用する多様体の位相不変量を,その対称性のもとで不変な点(固定点)の近傍の局地的な情報だけを用いて評価するもので,高次元の困難な積分の問題を,典型的には有限個の固定点の寄与についての足し上げにまで簡単化する著しい定理である.場の理論の超対称性は,じつはこの定理と深い関わりがある.局所化原理によって新しく計算可能になった多くの物理量は,平坦空間ではなく,特殊な背景場の導入された空間や,球面などの曲がった空間の上で定義された場の量子論に関わる.とくに大きな進展は4次元のN=2超対称ゲージ理論においてみられる.このクラスの理論は,ある種の変形によって位相的場の理論になり,4次元多様体のトポロジーとインスタントンの数理の関係を調べる有用な枠組みとなることが知られていた.今世紀に入って,Nekrasovらはこれを発展させ,N=2超対称ゲージ理論の低エネルギー物理に対するインスタントン補正を完全に決める分配関数と,局所化原理に基づくその導出法を提案した.4次元のゲージ理論において局所化原理が大きな成果を収めた最初の例である.より最近では2007年に,PestunによってN=2超対称ゲージ理論が4次元球面上に構成され,分配関数やWilsonループ演算子の期待値が導出された.これをきっかけに,超対称な場の理論を様々な曲がった空間上に構成し,それをもとに場の理論の新しい物理量を定める研究が盛んに行われることになった.局所化原理は今や超対称ゲージ理論の新しい解析手段として広く認識されており,超対称ゲージ理論の数理の研究は,この新しい手法や物理量の厳密公式の発見を機に新たな局面を迎えていると言える.この記事では,4次元N=2超対称ゲージ理論を題材にとり,最近の進展を振り返りながら,局所化原理とは何か,色々な厳密公式がどのように導かれたかを解説する.
著者
佐藤 勝彦 杉山 直
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.2-9, 1993-01-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
20

米国の宇宙背景放射探査衛星(COBE)が,ビッグバンの証拠と考えられているマイクロ波背景放射のなかに現在の宇宙の構造の種が確かに仕込まれていたことを発見した.それはマイクロ波がわずか10万分の1の振幅の空間的揺らぎをもっていたということではあるが,ビッグバン理論の正しさを強く示唆するものである.さらに,この揺らぎのスペクトルがインフレーション理論の予言するものとほぼ一致することから,この理論の重要な証拠であると言える.ここではこの発見の意味について解説する.
著者
阿部 穣里
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.71, no.8, pp.547-551, 2016-08-05 (Released:2016-11-16)
参考文献数
16
被引用文献数
1

ビッグバン理論によると宇宙誕生時には,高密度のエネルギー状態から粒子と反粒子が同数生成したと考えられている.しかしながら,現在の宇宙は粒子からなる物質のみでほぼ形成されており,どこかで粒子と反粒子の数が非対称になったと考えざるを得ない.粒子・反粒子数が非対称になるための必要条件として,荷電共役変換Cと空間反転Pを同時に行うCP変換に対する対称性の破れ(CPの破れ)が挙げられる.CP対称性破れは,小林–益川理論(標準理論)にも組み込まれており,K0中間子,B0中間子崩壊実験においても確認されている.しかしながら標準理論や既存の観測結果から推測されるCP対称性の破れの効果は非常に小さく,現宇宙の物質優勢のシナリオを定量的には説明できない.したがって標準理論とは異なるCPの破れを含む新しい理論や,その証拠となる物理量の観測に興味が持たれており,その一つの候補として素粒子の電気双極子モーメント(Electric Dipole Moment: EDM)の観測が挙げられる.素粒子に非ゼロのEDMが存在すると仮定すると,EDMは粒子のスピン軸に沿って定義される(左図参照).EDMがスピン軸に平行と仮定し,この状態に時間反転操作を行うと,スピンの向きは反転する.一方EDMは電荷×距離の次元を持つため,時間反転の影響を受けない.時間反転操作前後を比較すると,EDMの向きがスピン軸から測って真逆になるため,T反転操作で物理描像が変化している.つまりEDMを非ゼロの値で観測できれば,T対称性の破れが観測されることになる.また,CPT定理を仮定すると,T反転はCP反転と等価であることから,EDMの観測はCP対称性破れの観測を示す.EDMの観測としては中性子,陽子,電子などの素粒子やそれらの複合粒子に対して幅広く試みられているが,核スピンゼロの常磁性原子や分子においては,電子に起因するEDMに絞って観測することができる.ただし,直接1電子のEDMが測定できるのではなく,電子EDM(de)と周囲の電場との相互作用エネルギーが観測量となる.また,この電場に相当する量(分子においては特に有効電場Eeffと呼ばれ,分子内の核や電子が作る電場に起因する)は,相対論的量子力学に基づく電子状態理論からのみ計算可能である.したがってこの研究は,“原子・分子の電子状態理論”,“原子分子分光”,および“素粒子理論”の3つの異なるフィールドの共同研究で成り立っている.分子を対象とした実験は原子に比べて歴史が浅く,これまで報告された有効電場を求める理論研究は,多くの近似を含んでいた.そこで我々は,4成分ディラック法を基にした一体レベルで厳密な相対論法を用い,また,電子状態理論の金字塔とされる結合クラスター(Coupled Cluster: CC)法に基づいた有効電場計算プログラムを開発した.本手法をYbF分子に対して適用し,有効電場を23.1 GV/cmとして決定した.さらに,有効電場が大きいほど実験感度も向上するため,大きな有効電場を持つ分子を探して提言している.
著者
杉浦 祥 清水 明
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.70, no.5, pp.368-373, 2015

マクスウェルやボルツマンにより創始された統計力学は,ギブズにより「アンサンブル形式」の統計力学として完成し,物理学の礎の一つとなった.しかし,その基本原理については,未解明な部分も残され,教科書の記述も様々である.アンサンブル形式では,等重率の原理に基づき,「(統計)アンサンブル」と呼ばれる確率集団を導入する.そして磁化や相関関数といった力学のみで定義できる物理量(力学変数)の平衡値は,この確率集団での平均値(アンサンブル平均)として求めることができる.しかし,熱力学で登場する,温度やエントロピーといった量(純熱力学変数)は,力学変数として表すことができない.そこで,純熱力学変数は,von Neumannエントロピー(古典系の場合Shannon entropy)や分配関数から求める.しかし,統計力学の基本原理である等重率の原理の本質は,アンサンブル平均ではなく,「ほとんどのミクロ状態がマクロには同じだ」ということである.即ち,温度や体積といったパラメーターを指定した時にあり得るミクロ状態の個数は組み合わせ論的に増大し,すぐに天文学的な数になる.このミクロ状態達のうち,圧倒的多数が平衡状態とみなせる状態であり,マクロ物理量を測った時に同じ測定値を返す.それとは異なる測定値を取るような非平衡状態はずっと少ない.その結果,平衡状態も非平衡状態もひっくるめたアンサンブルを作ってアンサンブル平均を求めれば,その値はほぼ100%を占める平衡状態での値になる.この「典型性」こそが,等重率の本質なのである.それならば,天文学的な数のミクロ状態についてアンサンブル平均を計算する必要は必ずしもない.我々は最近,マクロな量子系における典型性に着目し,熱力学的平衡状態を代表する,熱的な量子純粋状態(Thermal Pure Quantum state,略してTPQ state)をたった一つ用意するだけで統計力学の全ての結果が得られることを示した.つまり,磁化や相関関数といった力学変数がTPQ stateの期待値により計算されるだけでなく,熱力学関数のような純熱力学変数すらも適切なTPQ stateの規格化定数から得られる.TPQ stateは,アンサンブルの持つエネルギーの確率分布と非常に近いエネルギー分布を持つ量子純粋状態の中から,一つをランダムに選び出した状態であり,物理量のゆらぎまでも再現する状態となっている.アンサンブル形式では,熱ゆらぎの効果はアンサンブルを導入した結果生じる古典混合によって取り込まれると見なすことができた.しかし,TPQ stateを用いた定式化では,量子純粋状態の内部に量子エンタングルメントを作ることで,熱ゆらぎも量子ゆらぎの一部として取り込んでいる.その結果,たった一つのTPQ stateが統計力学で興味ある全ての物理量を正確に与えるのである.たった一つの量子純粋状態で熱力学的平衡状態が記述できるという事実は,理論的な興味のみならず,応用上もメリットをもたらしている.その例として,本記事では代表的なフラストレーション系である,カゴメ格子系上のハイゼンベルグ模型の数値計算結果を示す.
著者
望月 優子 伊豆山 健夫
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.56, no.5, pp.316-325, 2001-05-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
17

中性子星にグリッチと呼ばれる現象がある.正確に一定の割合で自転の速度が遅くなっていた中性子星が,あるとき,突然スピンアップする現象である.グリッチが初めて観測されてから30年あまり経つが,その起源はあまりよくわかっていない.私たちは,「渦糸のなだれ的ピンはずれ」がその原因であると考える.渦糸の芯のところに『核の棒』ができ,そこに渦糸が捉えられる,ということを示し,しだいに押し寄せてくる渦糸によって,捉えられていた渦糸が雪崩のようにはずれるのがグリッチである,という理論を提唱する.
著者
大栗 博司
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.11, pp.797, 2019-11-05 (Released:2020-05-15)

追悼江口徹先生を偲んで
著者
杉本 茂樹
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.68, no.8, pp.524-533, 2013-08-05 (Released:2019-10-17)
参考文献数
23

今から15年ほど前,弦理論の第二革命と呼ばれる大発展の最中に,4次元のゲージ理論と10次元のある曲がった時空における弦理論が等価になり得るという驚くべきアイデアが提案されました.このアイデアをクォーク間に働く強い力の理論である量子色力学(QCD)に適用すると,原子核の中に住むハドロンの物理を弦理論を用いて記述できるようになります.何故そんなことが言えるのか?それを利用すると何が言えるのか?弦理論,ブラックホール,余剰次元など,一見,ハドロンとは直接関係ないと思えるような様々な分野の物理が絶妙に絡んでくるので,分野外の読者にもなるべく分かりやすく解説したいと思います.
著者
後藤 鉄男
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.35, no.4, pp.299-306, 1980-04-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
5

クォークの複合系としてのハドロンに関連して, 拡がりをもつ素粒子像についてのべる. クォーク模型による通常のハドロン像を概観したあとで, そのもっとも簡単な見方であり現象論的にも有効な多重局所模型について論ずる. 多重局所模型はクォーク模型の非局所理論的アプローチではあるが, より統一的なハドロンの理解をうるには励起子としてクォークを把えることが必要となる. このような考えはクォークの特異な性質を自然に理解することを可能にすると同時にSU(3)などの内部自由度を拡がりをもつ対象の属性として理解する可能性をあたえる.
著者
近藤 宗平
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.33, no.8, pp.656-663, 1978-08-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
7

放射線は極微の世界から無限の宇宙まで走りまわり, そこで起っている現場の情報をとらえる. 放射線にとらえられた情報の解読は, 人類に千里眼的超能力を与え, 今世紀の目覚ましい物理学の発展の原動力となった. 1930年代には放射線を使って生命の支配的因子"遺伝子"の謎を解こうという研究が真剣になされ, それはE. Schrodingerの名著「生命とは何か」を生むに到った. この小冊子は, やがて誕生する分子生物学の強力な推進力となった. 本稿では, この歴史的発端をふりかえりつつ, その後の研究の発展を紹介する.
著者
中山 優
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3, pp.149-157, 2013
参考文献数
17

スケール不変性は高エネルギー物理から物性理論まで幅広い応用がある対称性である.特に相対論的な系では,スケール変換は共形変換と言う時空の各点でのスケール変換を許すような拡張ができる.数学的には理論のスケール不変性は共形不変性を意味しないのであるが,両者の違いを巡って長年議論が交わされてきたようである.この解説では二つの対決を通して,いかにスケール不変性が共形不変性に拡張されるかを最近の活発な研究成果を踏まえて議論したい.
著者
出口 哲生 佐藤 純 上西 慧理子
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.70, no.6, pp.419-426, 2015-06-05 (Released:2019-08-21)

最近,孤立した量子多体系のダイナミクスが活発に研究されている.例えば,レーザーで閉じ込められた冷却原子系において,系の物理量が緩和する過程が実験で観察された.理論的にも相互作用クエンチなど,外場変数を急変化させた後に生じる量子多体系のダイナミクスに関心が集まっている.量子系におけるクエンチの問題は70年代はじめに可解系で最初に議論された.しかし,本格的に注目されるのは今世紀以降と比較的最近で,これは量子系のクエンチが実験で実現可能になったためと考えられる.孤立量子系のダイナミクスは最近,量子統計力学の基礎の視点からも興味を持たれている.量子多体系の純粋状態を任意に一つ選ぶと,ほとんどの場合,物理量の状態に関する期待値は,熱平衡状態における物理量の期待値に非常に近いことが明らかにされた.これを典型性(typicality)とよぶ.そして,初期純粋状態からのユニタリな時間発展の中で,局所演算子の期待値はある平衡状態のアンサンブル平均値に収束する,と予想されている.ここで局所演算子とは,全系と比べて十分に小さな部分系の中で定義可能な演算子のことである.コーヒーにクリームを加えた場合とは異なり,孤立量子系のエントロピーはユニタリな時間発展で全く変化しない.このため,孤立量子系の時間発展の様子を表すのに従来の意味での緩和を用いるのは,厳密に言えば正しくない.しかし,有限系でも自由度が大きい場合,再帰的振る舞いが起きるまでの時間は非常に長く,これと比べてはるかに短時間のうちに,緩和するような振る舞いが観察される.このため,言葉の意味を少し幅広く解釈して,孤立量子系における緩和(relaxation),と表現することが多くなった.最近では,平衡化(equilibration)あるいは初期値に依存しないときには熱化(thermalization)ともよばれる.非可積分な孤立量子多体系の時間発展では,局所物理量の期待値は漸近的にミクロカノニカル分布の値に収束すると予想され,多くの例で確かめられている.一方,可積分量子系にはハミルトニアンと交換する多数の保存量演算子が存在する.このため,可積分系の時間発展は非可積分系の場合とは異なり,一般化されたギブス分布に収束する,という予想が提案された.可積分量子系の非平衡ダイナミクスの特徴を明らかにすることは,冷却原子系の実験結果を理解する上でも興味深いであろう.また,孤立量子多体系のダイナミクスの特徴を研究する中から,量子多体系を制御する一般的方法が発展する可能性もある.このため,応用面からの興味も将来的には十分に考えられる.本解説では,最初に上記のような研究状況のおおよその説明をした後に,可積分量子系を分かりやすく紹介し,非平衡ダイナミクス特に1次元ボース気体での緩和の例を解説する.
著者
安井 繁宏
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.11, pp.771-775, 2018

<p>素粒子・原子核から物性(電子・原子)までの階層構造を統一的に理解することは,物質構造の普遍性と多様性について重要な知見を我々に与える.異なる物質階層に共通して見られるシステムの例がフェルミガスであり,多様な量子現象が存在することが知られている.その一つが近藤効果である.</p><p>近藤効果はフェルミガスにおいて不純物が引き起こす量子効果である.近藤効果の説明のために電子ガスに不純物原子が混入している状況を考えよう.ただし不純物原子はスピンをもつとして,電子ガスと不純物原子の間にスピン交換が行われるとする.このとき電子ガスと不純物原子の相互作用の大きさは媒質効果による影響(ループ効果の繰り込み)を受けて変化し,低エネルギー散乱において対数的に増大する.そのため低温の熱力学的な性質や輸送係数に大きな変化が現れる.これを近藤効果という.このような現象自体は20世紀前半に実験的に知られていたが,1964年に近藤淳によって本質的な問題点が解明された.そして近藤効果の研究は繰り込み群や漸近的自由性などの様々な理論的な発展を促した.</p><p>近藤効果は,重い不純物を含むフェルミガスにおいて次の条件が満たされたときに起こる量子効果である:(i)フェルミ面が存在すること,(ii)粒子–ホールの対が発生すること,(iii)不純物がスピン交換をすること.スピン交換相互作用は非アーベル的相互作用に一般化することができる.重い不純物はフェルミガスにとって静止した境界条件の役割を果たしている.</p><p>エネルギースケールを大きく変えて「強い力」を考えよう.近年アップやダウンよりも重いフレーバーを不純物として含む原子核やクォーク物質を生成する高エネルギー加速器実験が議論されており,近藤効果の観点から不純物効果を考えることは興味深い.もっとも平衡状態の存在は非自明であるが,平衡化の時間より長くてベータ崩壊より短い時間スケールの範囲内で平衡状態と見なすことが可能であろう.さて原子核(あるいは核物質)にどのような重い不純物が存在すれば近藤効果が発生するのかを考えよう.近藤効果の条件(i),(ii)は満たされている.(iii)の非アーベル型相互作用をもつ重い不純物として,チャームクォーク(<i>c</i>)あるいはボトムクォーク(<i>b</i>)と軽いクォーク(<i>q</i>=<i>u</i>, <i>d</i>)で構成された</p><p><i><span style="text-decoration: overline;">D</span></i>, <i><span style="text-decoration: overline;">D</span></i>*(<i><span style="text-decoration: overline;">c</span>q</i>)メソンや<i>B</i>, <i>B</i>*(<i><span style="text-decoration: overline;">b</span>q</i>)メソンを考える.これらは内部自由度としてSU(2)×SU(2)対称性のスピンとアイソスピンをもつので核子と非アーベル型相互作用をする.つまりスピンやアイソスピンに起因する近藤効果が生じると考えられる.</p><p>さらにエネルギースケールが高くなると核子に閉じ込められていたクォークが解放されて核物質はクォーク物質に変化する.クォーク物質は軽いクォーク(<i>u</i>, <i>d</i>, <i>s</i>)のフェルミガスと見なされる.近藤効果の条件(i),(ii)は満たされているが,(iii)の重い不純物は何であるべきだろうか? 答えはチャームクォーク(<i>c</i>)あるいはボトムクォーク(<i>b</i>)自体である.ただしクォーク物質ではカラー(色)は解放されているのでSU(3)対称性のカラー交換が非アーベル型相互作用として存在する.つまりカラーに起因する近藤効果が生じると考えられる.</p><p>近藤効果は弱結合(高温側)における摂動的現象のみならず強結合(低温側)における多くの非摂動的現象をもたらす.高温側では様々な物理量(電気抵抗や粘性のような輸送係数など)が温度の対数スケールに従う.低温側では,非摂動的現象として,近藤共鳴状態が出現したり,軽いクォークと重いクォークの結合(近藤凝縮)によるトポロジカル構造が存在する.近藤効果と他の様々な相関の競合も興味深い.</p><p>近藤効果は核物質やクォーク物質の普遍性と多様性について魅力的で興味深い見方を与えてくれるだろう.</p>
著者
榎戸 輝揚 和田 有希 土屋 晴文
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.4, pp.192-200, 2019

<p>科学探査が及んでいない対象を人類未踏の世界と呼ぶならば,多くの人は宇宙や深海を思い浮かべるのではないだろうか.実は,太古から身近な自然現象である雷雲や雷放電も,極端な環境のために観測が難しく,これまで知られていなかった高エネルギー現象が近年になって発見されている未踏領域である.そもそも,雷放電がなぜ起きるかという基本的問題にも未解明な点が残され,高エネルギー物理学の知見が重要となってきた.本稿では,古典的な可視光・電波での観測のみならず,X線やガンマ線の観測,宇宙線,原子核物理や大気化学に広がる「雷雲や雷放電の高エネルギー大気物理学」という新しい分野を紹介したい.</p><p>雷雲の中では,大小の氷の粒が互いにぶつかりあって電荷分離が生じ,強い電場が生じる.この電場が大気の絶縁作用を破壊し,大電流が流れて強力な電磁波や音を放つのが雷放電である.この雷放電に伴う新しい現象が,1990年代から大気上層で見つかっている.ひとつは,スプライトやエルブスと呼ばれる,奇妙な形状で赤色や青色に発光する高高度大気発光現象(Transient Luminous Event, TLE)である.もうひとつは,雷放電に伴って宇宙空間に放たれる,継続時間がミリ秒で20 MeVまでのエネルギーの地球ガンマ線フラッシュ(Terrestrial Gamma-ray Flash, TGF)である.これらは,雷放電に伴う電場変化で電子が加速され,大気分子の脱励起光や,電子の制動放射を観測していると考えられる.さらに地上観測でも,自然雷やロケット誘雷で突発的なX線やガンマ線も検出された.</p><p>こういった雷放電に同期した放射に加え,雷雲そのものからも,10 MeVを超えるガンマ線が数分以上も地上に降り注ぐ現象が観測されている.一発雷と呼ばれる強力な冬季雷が発生する日本海沿岸の冬季雷雲は世界的にみても稀で,雲底も地表に近いために大気吸収の影響が小さくなり,こういった放射線の測定に有利な環境になっている.そこで我々も10年以上にわたって放射線測定器を設置し,雷雲からのガンマ線を実際に数多く観測してきた.この準定常的なガンマ線の発生機構は,雷雲内の強い電場で加速されなだれ増幅した相対論的電子からの制動放射と考えられており,地球大気という密度の濃い環境下での電場による粒子加速という珍しい物理現象の研究が可能となっている.</p><p>さらにここ数年で新検出器による多地点マッピングを実現したことで,思わぬ発見にも出会うことができた.雷放電で生じるガンマ線が大気中の窒素や酸素の原子核に衝突し,光核反応を起こすことが明らかになったのである.光核反応で原子核から大気中に飛び出す中性子と,生成された放射性同位体がベータプラス崩壊で放出する陽電子を地上観測で検出できたのだ.これは,雷放電が我々の上空で陽電子を生成するという面白い事実を明らかにしたのみならず,雷放電の研究が原子核の分野にも広がることを意味する.また,光核反応で雷放電が大気中に同位体<sup>15</sup>N,<sup>13</sup>C,<sup>14</sup>Cを供給することは,大気化学とのつながりでも今後の研究の進展が期待できる.本稿では,学術系クラウドファンディングや市民と連携したオープンサイエンスへの試みも紹介しつつ,国内外での高エネルギー大気物理学の潮流と我々の学際的な挑戦を紹介したい.</p>
著者
佐々 真一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.63, no.10, pp.754-761, 2008-10-05 (Released:2017-08-04)
参考文献数
14

線形応答理論は非平衡物理におけるひとつの金字塔である.その完成からおよそ50年に渡る非平衡物理の発展を概観する.線形応答理論に絵をいれた60年代,そこから意図的に離れた70年代,もはや忘れてしまった80年代,新たな視点で見直されはじめた90年代を経て,現在そして未来につながる流れを描いてみたい.
著者
木村 淳 山岸 明彦
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.2, pp.111-120, 2017

<p>「地球外生命は存在するだろうか.」この問いは,「生命とは何か」というもうひとつの問いに対して宇宙で普遍的に通用する答えを得ることに繋がる.このふたつの問いに答える最も直接的な手段が,太陽系における地球外生命探査である.地球外生命の証拠はまだ見出されてはいないが,近年の様々な探査を通して,生命探査の対象となる天体,すなわちエネルギーや物質の観点で生命を育み得る環境を持つ天体の候補がいくつか見つかってきている.本稿では,火星,木星衛星エウロパ,土星衛星エンセラダスおよびタイタンを具体的な対象に,それらの天体がなぜ地球外生命の存在可能性を有するのかについて現状の知見をまとめる.</p>