著者
若井 勲夫
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 人文科学系列 (ISSN:02879727)
巻号頁・発行日
vol.47, pp.464-416, 2014-03

江戸時代後期に院雑色を務めた座田維貞は現在、忘れられてゐるが、幕末のころ、実務に長けた官人でありながら、儒学と国学を兼ねた学者にして、尊皇思想の実践家として重要な働きをした。その立場上、表立って指導していくことはなかったが、時の関白や大臣、また公卿の間を取り持ち、時には利用し、事を処理していく実務面に能力を発揮した。今まで維貞についてまとまった伝記類はなく、不明な点も多かった。そこで、本稿は数少い史料に基づき、二十五年に亘る活動期の中から重要な働きを取り上げ、事績とともにその思想と精神を明らかにしようとした。明治維新に至る前段階の裏方の魁として、維貞を評価することに歴史的な意義が認められる。主な論点、要点は次の通りである。 (1)自著の『国基』(天保八年刊、安政二年再刊)は儒教を必ずしも排斥せず、水土論によってわが国体の独自性、主体性を説いた。この書は当代だけでなく、明治から昭和前期まで思想的な影響を与へた。(2)弘化三年に公家の子弟の学問のため学習所(後の学習院)が設置されると同時に雑掌に就き、庶務を担当した。後には講読の手伝ひも兼ねて、教学にも携はった。(3)菅原道真作と伝へられてきた『菅家遺誡』に付け加へられた二章の普及に力を入れた。その上、この要言を刻んだ石碑を北野天満宮と大坂天満宮に建て、和魂漢才碑として広く知られるやうになった。また、この摺本を販売し、和魂漢才が思想として定まる端緒になった。(4)右の(1)の普及と(2)(3)の活動は維貞の独力でなされたものではなく、関白、大臣、法橋、北野寺の僧など周辺の人々が組織的に動いたことにもよる。この協同があったからこそ、当時の思想を導くことができた。(5)和気清麻呂の功績を讃へ、その顕彰に志し、嘉永二年に「和気公追褒の建議」を奏上し、その翌々年、孝明天皇は、神護寺内の清麻呂の霊社に正一位護王大明神の神階神号を授けられた。さらに、清麻呂を評価する「和魂漢才實事篤行」碑を建立した。(6)同じころ、伝清麻呂真筆とされる「我獨慙天地」が世に出て、摺本として広がっていった。これについて、この書は真筆ではなく、維貞が造語して自ら筆を取ったのではないかと推定される。(7)五十代後半の安政年間、維貞の名が知られるにつれ、その人物を評価する正反対の見方が出てきて、身辺が緊迫してきた。維貞は真面目な吏職であるが、立場上、動きにも制限があり、世を動かすには上層部に取り入る必要もあった。そのことから誤解されることもあったであらう。(8)維貞の書いた文書類だけでなく、和歌、漢詩も収集できたものはすべて掲げ、解説した。
著者
池田 昌広
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 人文科学系列 (ISSN:02879727)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.129-143, 2016-03

はじめに1 詩語「猿声」の成立2 嘯と悲哀の表現3 猿声と嘯おわりに
著者
高山 秀三
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 人文科学系列 (ISSN:02879727)
巻号頁・発行日
vol.48, pp.281-316, 2015-03

三島由紀夫は少年期からニーチェを愛読し,大きな影響を受けた。ニーチェと三島には,女性ばかりに取り囲まれた環境で幼少期を過ごしたという共通性がある。女性的な環境で育った人間が自身のうちなる女性性と戦うなかで生れたニーチェの哲学は,受動性や従順,あるいは柔弱さなどのいわゆる女性的なものに対する嫌悪を多分に含んでいる。それは思春期の自我の目覚めとともに男性的な方向に向けて自己改造をはじめていた三島の気持に大いにかなうものだった。戦時中,十九歳のときの小説『中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃』は三島自身がニーチェのつよい影響のもとで書いたことを認める作品である。無差別的な大量殺人を行なう「殺人者」の思いを日記体でつづったこの小説にあって,「殺人者」はその「殺人」によって,失われていた生の息吹を取り戻す。この「殺人」は三島が目指す危険な芸術の比喩であると同時に殺人という悪そのものである。ここには幼少期以来,攻撃性の発露を妨げられ,健全な生から疎外されているという意識に苦しみつづけてきた三島の,生を回復するための過激な覚悟が反映している。そしてこの覚悟は,三島と同様に女性に囲まれた幼少期を送り,自分の弱さと世界における局外者性の意識に苦しみながら,男性的なヒロイズムをもって自分を乗り越えていく思想を語りつづけたニーチェの戦闘的な著作への共感から生れている。
著者
福井 唯嗣
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 人文科学系列 = Acta humanistica et scientifica Universitatis Sangio Kyotiensis (ISSN:02879727)
巻号頁・発行日
no.49, pp.61-80, 2016-03

いわゆる団塊の世代が75 歳以上を迎える2025 年が、高齢化進展の一里塚とみなされている。「社会保障・税一体改革」において、政府は医療・介護サービスの提供体制の見直しとともに、医療・介護保険財政の改革を進めている。今後全国レベルで高齢化が進展し、介護給付費が増大していくことが見込まれるが、高齢化の進展速度には地域差がある。今後、地域ごとの高齢化の進展が介護保険料にどの程度のインパクトを持つか、また、保険料の地域差はどのような傾向を辿るかについて、可能な限り長期的な視野を持って推測しておくことには一定の意義がある。本稿では、介護保険財政の都道府県別長期推計モデルを構築し、2040 年度までの介護給付費および65 歳以上被保険者が負担する介護保険料について都道府県単位で推計する。本稿の分析から得られた知見は以下の通りである。(1)現状の介護費用には、年齢構成の違いによる影響を取り除いてもなお残る地域差があり、その多くは要介護(要支援)認定率の地域差以外の要因に起因する。(2)高齢化の進展に伴い、すべての地域で介護給付費は2040 年度まで増大を続けるが、高齢化の進展速度の違いにより、介護給付費の地域間格差は少なくとも2035 年度ごろまでは長期的に拡大していく。(3)第1号被保険者の1 人当たり保険料の動向は、介護給付費の動向と必ずしも連動しない。調整交付金による国庫負担の傾斜配分の仕組みは、一定程度機能している。
著者
井尻 香代子
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 人文科学系列 (ISSN:02879727)
巻号頁・発行日
no.47, pp.87-102, 2014-03

本稿では,二つの視点から日本の俳句および海外のハイクが広範な普及を実現した原因を探る。第一に,その詩型の短さが意味するものに着目する。俳句は西欧近代文学の影響下に誕生したが,究極の短詩形であることによって,俳諧連歌の発句としての特徴を維持した。それは,創作方法における共同体的な集団性であり,これによって俳句は近代文学における個人主義の価値観を変革するジャンルとなったのである。第二に,日本の俳句の成立と世界への伝播の過程を環境史とエコクリティシズムの視点から検討する。日本の伝統詩歌はその発展のプロセスにおいて,日本列島という限られた領土における自然と人の関わりの破綻に幾度か直面した。そのたびに自然観および言語を更新し,連歌,俳諧連歌,俳句という新しいジャンルを生み出したのである。俳句の形式や言語には,そうした自然観の枠組みの変遷が刻み込まれている。欧米におけるハイクの受容は環境思想やエコロジーへの関心とリンクして進展した。多言語で制作されるハイクには,各地域の生物文化の多様性を守り共生しようとする価値観が共有されている。
著者
平塚 徹
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 人文科学系列 (ISSN:02879727)
巻号頁・発行日
vol.45, pp.269-287, 2012-03

マイクに向かって話すことを表すフランス語の表現parler dans le microにおいて,前置詞句はマイクの内部を指しているだけである。英語などの幾つかの言語では,これに対応する表現において,前置詞句がマイクの内部への経路を明示的に表している(英語:to speak into the microphone,ドイツ語:ins Mikrophon sprechen,チェコ語:hovořit do mikrofonu,ロシア語: govorit’ v mikrofon)。しかし,フランス語では,マイクの内部が経路の着点であることは,推 論による解釈の結果なのである。 parler dans le microという表現においては,移動するもの,すなわち「声」が,明示的に表現されず,動詞parler(話す)によって含意されている。この潜在的な参与項はLangackerのアクティブ・ゾーンに対応している。前置詞句は,アクティブ・ゾーンの移動経路の着点に対応する場所を表しているのである。同じ説明は,souffler dans le micro(マイクに息を吹きかける),se moucher dans un mouchoir(ハンカチで鼻をかむ),vider une bouteille dans l’évier(びんの中身を流しにあける),mordre dans une pomme(リンゴをかじる)にも適用される。これら の表現において,アクティブ・ゾーンは,それぞれ,息,鼻腔内の粘液,瓶の中身,歯である。
著者
菅原 祥
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 人文科学系列 (ISSN:02879727)
巻号頁・発行日
vol.54, pp.241-272, 2021-03-31

炭鉱はかつて,ポーランドにおいて最重要の産業として大きな重要性を有していた。ところが近年,ポーランドにおいては炭鉱や石炭がますますネガティブに表象されるようになりつつある。そのような中,本稿は,ポーランドの代表的な産炭地である上シロンスク地域に焦点を当て,そこにおいて社会主義時代から現在に至るまで炭鉱の経験がどのように可視化され,表象され,またいかなるまなざしを向けられてきたのかを,この地域に現存する有名な炭鉱住宅,ギショヴィエツとニキショヴィエツに着目して論じることで,そうしたローカルなコンテクストの中における炭鉱へのまなざしが,現在においてどのような意義や重要性を有しているのかについて検討する。分析の結果,ニキショヴィエツおよびギショヴィエツをめぐっては,単なる「工業施設」としての炭鉱というイメージ以外に,少なくとも以下の3 つの炭鉱をめぐるイメージが確認できた。①「自然」を破壊するものであると同時にそれ自身も「自然」とみなすことができるような,両義的かつ神秘的なトポスとしての「炭鉱」,②「文化遺産」「産業遺産」としての炭鉱,あるいは「小さな祖国」としての産炭地,③戦前から社会主義期,さらにはポスト社会主義の現在へと連綿と続く炭鉱夫の集合的経験・集合的記憶の領域を,支配的秩序に対する一種の「抵抗」の足がかりとして再発見することの可能性。このように,ポーランドにおいては「炭鉱」をめぐる上記のようなさまざまな記憶,経験,イメージ,言説が複雑に絡み合っている。本稿の分析の結果,そのような多様なイメージや記憶が交錯する場として「炭鉱」を再考することには大きな意義と可能性があるということが示唆された。
著者
並松 信久
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 人文科学系列 (ISSN:02879727)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.135-174, 2009-03

太田朝敷(1865-1938,以下は太田)は,明治・大正・昭和を通して活躍した沖縄を代表する言論人である。沖縄最初の新聞である『琉球新報』紙を創刊し,言論界で活躍した。言論活動では単に多くの新聞記事を書いたというのではなく,当時の沖縄社会に関する論説を発表し,経済社会問題を提起していた。これらの論説はまとめられて『太田朝敷選集』として刊行されているが,この著書が大部であるにもかかわらず,これまでの研究成果は数少ない。 太田の思想が注目されてこなかった理由のーつに,沖縄に特有の事象を扱っているために,日本とのつながりが見出せず,全国的な広がりをみせていないことがあげられる。本稿では太田が約8年間の在京経験をもち,そこで福沢諭吉(1834-1901)の思想から大きな影響をうけたことを前提にして,福沢の思想からの影響を明らかにし,沖縄社会において太田が自らの思想を形成した過程を考察した。 注目した点は,福沢の『文明論之概�』から大きな影響を受けていた点であり,それに基づいて太田の地域発展論が組み立てられたという点である。その中核となるのは福沢の「独立自尊」であり,太田は沖縄の独立自尊の途を模索したといえる。太田の「同化論」は現在でもよく知られているが,この同化論も沖縄の独自性あるいは主体性を前提とした主張であり,独立自尊に反することではなかった。むしろ,同化論に基づいて,沖縄の独自性を見出すための沖縄研究,産業の組織化,糖業をめぐる組合の形成などを積極的に進めるように訴えている。 太田は「沖縄県民勢力発展主義」という用語を使い,沖縄の独立自尊への途を示したが,実際には独立自尊の達成が困難であった。現実は太田の期待とは裏腹に,太田が明治期以来の沖縄は食客生活というほど,自立性を失っていく過程であった。この点で太田の地域発展論には限界があったともいえるが,太田が示した独立自尊の途は大きな示唆を与えている。
著者
GILLIS-FURUTAKA Amanda
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 人文科学系列 (ISSN:02879727)
巻号頁・発行日
no.47, pp.51-71, 2014-03

YouTube was launched in 2005 as a site for people to share their home videos, but hasexpanded to become an unprecedented archive of freely available sound and visual aterial,as well as a platform for accessing the latest pop music releases. YouTube is also a major social networking site and is facilitating the exchange and appreciation of creative work both within and across national borders. These functions of YouTube will be discussed in relation to the findings of a two-stage research project with Japanese university undergraduates thatinvestigated how and why they use YouTube to access pop music. An initial survey of over2,000 first-year undergraduates was followed up by interviews with 51 students to find outthe ways in which they use YouTube in their daily lives.
著者
小出 敦
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 人文科学系列 (ISSN:02879727)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.133-156, 2007-03

この表は、歴史的字音仮名遣いによる日本漢字音と、中国中古音との対照表である。この表を一覧することにより、日本漢字音の輪郭を把握することができる。
著者
荒井 文雄
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 人文科学系列 = Acta humanistica et scientifica Universitatis Sangio Kyotiensis (ISSN:02879727)
巻号頁・発行日
no.50, pp.385-407, 2017-03

東京電力福島第一原子力発電所の過酷事故から数年が経過し,放射能汚染地から避難した住民は,原子力エネルギー政策の継続を掲げる政府の方針によって,被災地の復興のために,ふるさとへの帰還をうながされている。この論考では,原発事故後の帰還と復興をうながす言説を,<象徴暴力>の観点から分析する新たなアプローチを取った。<象徴暴力>とは,フランスの社会学者ピエール・ブルデューによる概念で,被支配者が自分から支配を正当化して受け入れるメカニズムの中心をなす。帰還と復興を暗示的に推奨する新聞記事の分析をとおして,これらのメディア言説が<象徴暴力>の特性を持ち,その効果を発揮していることを示した。なお,「福島第一原発事故関連報道と象徴暴力(下)」では,論考全体のうち,後半部5・6 章を分割してとりあげた。
著者
今井 洋子
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集 人文科学系列 (ISSN:02879727)
巻号頁・発行日
no.34, pp.74-90, 2006-03

漱石とコルタサルの作品の比較を始めたきっかけとなった『草枕』『石蹴り遊び』の中に見られる"オフェリアコンプレックス""女性読者蔑視"を出発点として,これら作品の女性像についてフェミニズムの視点から分析する。 本論では『草枕』の那美さん,『石蹴り遊び』のラ・マガに代表される宿命の女たちはなぜ殺されたかを考察した。二人はこれまで男を惹きつけてやまない宿命の女として解釈されてきたが,近年フェミニズム批評によって,オフェリアコンプレックスの分析とともに,男の側の女性嫌悪が暴かれてきた。那美さんもラ・マガもその魔性によって抹消されたのではない。自我を持とうとしたゆえに男の共同体からの排除されねばならなかった。これが,彼女たちが殺された理由の一つである。漱石とコルタサルが生きた時代と場所と文化のコンテクストを考慮すれば,性の描写の違いは当然のことである。しかし,アジアとラテンアメリカからヨーロッパにやってきた知識人の疎外という意味では時代を超えた相似形を示す。つまり,漱石が産業革命後のロンドンに行き,その機械文明に疑問を抱いたように,ポストコロニアルのラテンアメリカからパリに行ったコルタサルは,西欧の論理に疑問を抱くのである。那美さんも,ラ・マガも,西欧の文明に対する"自然"を象徴する。しかし,その自然は西欧文明に"あさはかに"かぶれてしまっていた。これが彼女たちが殺されなければならなったもうひとつの理由である。
著者
三好 準之助
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 人文科学系列 (ISSN:02879727)
巻号頁・発行日
vol.47, pp.21-50, 2014-03

1.「はい」とsí の辞書的なデータ 1.1.現代語のデータ:単一語辞書の場合 1.2.現代語のデータ:二言語辞書の場合 1.3.それらの語源的データ2.「はい」関連の研究について 2.1.相づちに関する研究 2.2.「はい」の用法 2.3.相づちの国際比較 2.4.日本語の否定疑問文への応答について3.sí の用法について 3.1.辞書的な情報 3.2.規範文法でのsí の使い方 3.3.語用論から見たsí の使い方4.対応と結論 4.1.「はい」の用法とsí との対応 4.2.sí の用法と「はい」との対応 4.3.結論注参考文献
著者
バアスティアン ソフィー 長谷川 晶子
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 人文科学系列 = Acta humanistica et scientifica Universitatis Sangio Kyotiensis (ISSN:02879727)
巻号頁・発行日
no.53, pp.3-13, 2020-03

本稿はアンドレ・ブルトンとアルベール・カミュという20 世紀フランス文学を代表する重要な作家の関わりを分析するものである。40 年代に彼らは政治的な感覚と倫理的な要請を共有していた。また全体主義と死刑への反対の立場でも協力し,世界市民という国際主義的な運動に賛同していた。カミュが有名なエッセイ『反抗的人間』を1951 年に出版すると,センセーショナルな論争が始まる。しかし絶対自由主義という大義のために,彼らは再び声を合わせるようになる。カミュが亡くなるまで彼らは50 年代を通して協力した。本稿は良心という見逃されがちなふたりの共通点から彼らの関わりを明らかにしている。