著者
塩崎 文雄
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.36, no.12, pp.22-32, 1987

谷崎潤一郎の『細雪』は「旧家の没落と戦争の始まり」といった<不可逆的な時間>が年ごとの花見に代表される歳事的なもの=<循環する時間>を制覇する物語として読まれてきた。だが、そうした近代的思惟の常識を顛倒する試みとして、『細雪』を捉え直すことができるので、その徴証として『細雪』における年代記的記述の稀釈化の問題はある。しかも、その問題は「時局」といった<天皇制>の一露頭とも厳しい緊張関係をもったのである。
著者
田中 励儀
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.60, no.11, pp.26-37, 2011-11-10 (Released:2017-05-19)

昭和十四年、陸軍の要請を受けて著された、菊池寛『昭和の軍神 西住戦車長伝』は、通俗小説に堕すことを避けて、〈事実〉を資料に語らせる〈伝記小説〉の形を採った。それが歌舞伎や映画といった〈演劇〉的空間に移された時、それぞれのジャンルの特質から変貌を遂げる。〈小説〉的空間に属する原作と、菊池寛自身が書いた舞台脚本、他のライターが執筆したシナリオとを比較し、作家と戦争との関わりや、作品受容の実態を明らかにする。
著者
三宅 晶子
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.60, no.9, pp.1-9, 2011-09-10 (Released:2017-05-19)

能は引用なくしては成立しえない。ほとんどの夢幻能には本説(典拠)があり、構想レベルからすでに引用の世界である。人物造形の方法、見せ場の構成、名所に縁のある詩歌、故事・経文・呪文など様々に利用されている。本稿では、世阿弥が「平家の物語のままに」(三道)作った修羅能と、息男元雅作の朝長(『平治物語』が本説)を取り上げ、能によって変貌した主人公たちを追ってみたい。
著者
大谷 哲
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.61, no.3, pp.14-26, 2012-03-10 (Released:2017-09-29)

現在、ポスト・ポストモダンの強い自覚と共に、「神話の再創生」を鍵語に掲げる村上春樹。製作者が、小説の「ヴァージョンアップ」によって「またひとつ違う可能性を追求してみたかった」と言うのが二一年振りに改編された『ねむり』である。読書行為においては、それは〈語り〉のヴァージョンアップであり、相関的に〈読み〉のヴァージョンアップの契機として、この小説は現前している。村上春樹の文学が世界的に読まれるようになった今日。デビュー時の七九年はもちろん、オリジナル「眠り」が発表された八九年とて、もはや同時代とは言い難い。製作者が述べるように、ストーリーで読まれることを拒絶するのが春樹文学だとすれば、従来はストーリーでしか読まれてこなかった傾きの中にある春樹文学に纏わる言説群。その研究も、一見盛況に見えて、実は〈読み〉のヴェクトルの定まらない混迷の中にあるのではないか。小説の分析をとおして、オリジナル「眠り」が同時代に担ったであろう文脈と、今日の新『ねむり』の可能性を見定めたい。さらに、そこに文学研究の「八〇年代問題」(田中実)を重ね合わせて見た時に、あらたに見えてくるものとは何か。ポストモダニズムの影響を被り、表層に止まった八〇年代。〈読み〉の根拠を原理的に問い直し、〈深層批評〉の実践に向けての認識を深めたい。
著者
石上 敏
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.37, no.8, pp.9-18, 1988

平賀源内はその戯作中で繰り返し<芸能>もしくは<芸>に言及する。そうすることで彼は<制度>としての<芸能>の無化を試みつつ、一方で彼自身の<工夫>を介して<天下>へとつながる道を仮構するのである。同時に彼は<見世物小屋>という場(トポス)を援用し。<芸=制度=権威>の相対化をはかるのであるが、そのような源内の文章自体、<制度>の脱構築を目途として書かれていることは、蓋し当然であろう。
著者
関 礼子
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.41, no.11, pp.61-71, 1992-11-10 (Released:2017-08-01)

小学校六年生国語教材『どろんこ祭り』と『赤い実はじけた』を、ふたつのテクストとしてみた場合どのような作品として読めるか私見を述べてみた。テクストの中心的なテーマである少年・少女の「セクシュアリティ」が、規範としてのジェンダーにとらわれており、そこからの「創造的越境」に欠けている点を指摘し、「セクシュアリティ」は男性性・女性性が葛藤しあう相互的なものであることを、『銀の匙』というテクスト分析をつうじてあきらかにした。
著者
會田 実
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.37, no.3, pp.32-41, 1988

曾我十郎の恋人であった遊女「大磯の虎」、曾我兄弟死後、その菩提を弔い続け、大往生を遂げたその姿は、所謂、女人の理想像でもあった。しかし、一歩深く踏み込んで、その生を観ると、男女の性(さが)という煩悶と葛藤が、その一生に渦巻いていたことを知るのである。その最大の表出である「虎最期」の場面における彼女の哀れな行動を通して、武家社会の中で他律的生き方を余儀なくされていた女の、深層にある、男の側に対する意識を探ることができるのである。
著者
野本 聡
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.51, no.9, pp.47-56, 2002

一九二七年四月、『新青年』に掲載された萩原朔太郎「死なない蛸」は、その後、散文詩集『宿命』(一九三九年)等に再録される。「死」が共同体によって意味付けられる戦場の思考のなかにあって、このテクストは"死ねない"という死の不可能性を提示する。本稿は、「死なない蛸」に同時代のテクストとの関連の中で、表象不可能な死ねない"なにか"たちによる明かしえぬ友愛の、不可能性としての生起を見出していきたい。
著者
中尾 瑞樹
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.47, no.5, pp.21-32,99-98, 1998

大嘗祭のなかで唱えられる祓の呪儀としての陪膳采女の祝詞作法。その技法をめぐっては「習礼」と呼ばれる宮主や陪膳采女の「秘説」の競合する時空があった。そうした秘説たちは、いわば祓の技法に対する「注釈」の様相を帯びて、宮主においては、やがてある種の「神学」を構築していく。そこからは『日本書紀』神代巻神話が祓についての「秘知」を内在するものとして再構築されていった。それはいわば宮主の身体を媒介とした「注釈実践」であった。
著者
吉田 稔
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.38, no.12, pp.55-67, 1989-12-10

生徒が書いた詩を教室で読み合うことは、生徒相互の対話を活性化するばかりでなく、詩のもつすぐれた<表現>に眼を向けさせることで、「もう一人の自己」との対話を成立させる契機になり得る。生徒に詩の「批評」とその「感想文」や「作者の言葉」を書かせて読み合うことは、そのような対話を成立させるための有効な手段である。なお、生徒作品であるがゆえにもつ詩教材としての限界性を考慮して、須貝氏の言う通時的発見につらなるような教材を発掘することが今後の私の課題となろう。
著者
山崎 誠
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.37, no.6, pp.1-11, 1988-06-10 (Released:2017-08-01)

守覚法親王の「真俗交談記」は、建久二年重陽宴の後宴として、真衆と俗士が仁和寺御所で世俗の故実と真言の秘事口伝について、学術の交換を行った言談の記録という体裁をとる。しかし、この言談は非在の時に仕掛けられた仮構であり、守覚の法親王という身分に備わる聖俗両界への興味から、秘説の結集を意図したものである。本書の姉妹篇として 「真俗擲金記」「左記」「右記」という言談の形式によらない真俗記のあることをも論証した。
著者
足立 悦男
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.36, no.7, pp.32-39, 1987

これまで書かれてきた多くの短歌教材論は、現実ありのままの情景や心情をそのままに表現したものが短歌である、という考え方にもとづいていたようである。わたしはそこに、かねてから考えていた虚構論(表現行為は現実をこえるという立場からの……)を導入してみた。そのことで短歌教材に対する考え方がだいぶ変わっていくのではないか、という展望のもとに。一つの問題提起として書かせていただいた。
著者
三角 洋一
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.13-22, 1984-04-10 (Released:2017-08-01)

There are two texts for Hashihime Monogatari: one is thought to have been formed before Genji Monogatari and is called the "scattered old text", and the other is "emaki" revised in the middle ages. When we stndy the work, it's necessary to restore the old text as well as analyzing the revised one. At the time the old text was formed, the original legend was almost entirely forgotten in the aristocratic society. But in the medieval period, they constructed the new text, gathering every remaining memory of the original legend. The story also seems to have appeared in the world of literature in that period as Tofutan and Hitobashira Legend.