著者
鈴木 篤
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.88, no.1, pp.1-13, 2021

<p> 近年、非対面型授業の可能性に注目が集まっているが、どの程度まで従来の対面型学校教育に代替可能なのかについて研究の蓄積は十分でない。実際には、非対面型授業は従来の学級が有していた機能を何らかの形で確保しない限り、対面型学校教育には代替しえないだろう。生徒の社会化には学級制度が大きな役割を果たしており、たとえ短期的には非対面型授業が「うまくいっている」ように見えても、実際には参加者自身の過去の(対面型の)学級を通した被教育経験によって支えられている可能性も存在するためである。</p>
著者
山崎 智子
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.88, no.3, pp.406-418, 2021-09-30 (Released:2021-12-04)
参考文献数
38

1900年代のイングランドにおける市民大学設立は、大学とは何かが問われる過程でもあった。当時の議論において、「大学」とは、組織面では教育と試験・学位授与を一体的に行う「単一」の機関であり、教育面ではアーツ・サイエンス科目のみならず技術・専門職科目をも通じて教養教育を行う機関であるとされた。教育理念の面ではオックスブリッジの影響も一部みられるものの、その代替ではなく、新たな形の「大学」が模索されたといえる。
著者
雪丸 武彦
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.82, no.1, pp.48-64, 2015

2014年は安倍晋三内閣により教育改革が牽引され、多数の改革案や変化が生み出された年であった。1月24日の第186回国会における施政方針演説において安倍首相は「若者を伸ばす教育再生」として①教育委員会制度改革、②道徳を特別の教科として位置づけること、③幼児教育の段階的無償化、④教科書の改善、⑤英語教育の強化、⑥外国人留学生の受入拡大、外国人教員倍増、⑦グローバル化に向けた改革を断行する大学への支援、⑧海外留学の倍増、を掲げた。これらの改革は2014年中に検討され、一部は法制化された。 2014年の改革案、変化は上記以外にも目立ったものがいくつかある。上記を含め、その内容を筆者なりに吟味すると、大きく4つに区分される。第1に、戦後から継続されてきた教育制度を変えるものである。これに該当するものとして「大学のガバナンス改革」(4月)が挙げられる。学長のリーダーシップが制度的に強化され、同時に教授会のプレゼンスは後退した。また、教育再生実行会議の提言(7月)、中教審答申(12月)で示された「小中一貫教育学校(仮称)」もこの区分に位置づけられよう。教育の機会均等の理念のもと、戦後から小学校6年間、中学校3年間の区切り及び単線型の教育制度は維持されてきたが、それらを変える内容が提案された。 第2に、55年体制を契機に作られた仕組みを変えるものである。これには法律改正を伴った「教育委員会制度改革」(6月)が該当する。この改革により自治体の首長の教育行政に対する関与は大きく強まるものと予想される。また、中教審答申(10月)で示された「特別な教科 道徳」(仮称)も、教育課程の領域である「道徳」の位置づけを変化させるものである。 第3に、「第3の教育改革」の修正を図るものである。これには「土曜授業の実施」が該当する。学校週5日制の導入は前回の学習指導要領改訂時における目玉であったが、国の事業(7月)、鹿児島県の方針(12月)のように少しずつ見直しが図られている。また、「大学入試改革」が着手され、中教審答申(12月)において大学入試センター試験の廃止及び、新たなテストの導入が示された。 第4に、将来的な国家的・社会的変化や危機に対応するものである。日本史必修化、新教科「公共」(1月)、小学校英語の教科化(9月)といった「安倍カラー」の強い改革案もあれば、地方創生の「総合戦略」(12月)では「放課後児童クラブ」「放課後子供教室」の拡大といった少子化対策、子育て支援の文脈からの改革案も提案されている。また、フリースクールへの公的支援の検討(10月)のように、興味深い改革も着手されている。 これら以外に2014年は国と地方との対立も目立った。教科書採択をめぐり国による市町村への是正要求が初めてなされたケース(3月)、文科省の方針に沿わない学力テスト結果の公表を行い問題となったケース(9月)は、国と地方との関係の変化を示すものとして記憶にとどめておくべき事項である。 2014年は様々な方位から、また様々な方位へ改革がなされた。今後これらの改革がいかに結実するのか、あるいは終わりのない改革を続けるのか。その動向をさらに注目していく必要があろう。
著者
水原 克敏
出版者
日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.69, no.4, pp.519-526, 2002-12

Tohoku University System Committee completed an interim report on the new system plan in preparation for the new university administration system as an "Independent Administrative Institution".The report was submitted to Tohoku University Council on Septemper 24, 2002.The resposes to the interim report from all the departments are to be presented to the Tohoku University Counsil in October, and the final reprt is scheduled for completion by March 2003.University regulations will have been put together by May when the bill was laid bedore the Diet in May.The structure of this thesis is as follows:(1)the system of the decision making of the entire Tohoku University (the president, director association, counsil, management conference, and dean conference) and (2)the system of the decision making within each department (dean, management conference , and faculty meeting) and (3)the collective system of the clerical office staff and (4) the personnel management and the performance ralated payment, and (5)the prpblems to be solved.The emphasis is placed upon the integration of the following three elements:(1)the leadership of theoresident and the associated directors,(2)the democracy within Tohoku University, and (3)outsider's opinions.The approach to the issue of how best the above three elements are to be integrated will decide the course hat Tohoku Univeristy will follow to make its advancement.The second issue is the decision making orocess in each department.Whikr the management conference which assist the dean eill be newly established, the relation between the management conference and the faculty meeting is rather vague.It is likely that the that the management conference will take part in most of the decision making process within each department, which signifies that the role of the faculty meeting become less important.The third issue is the consolidation of the clerical work organization.On one hand the colletive clerical work organization will improve its efficiency.On the other, the the existing friendly relations between clerical staff and a department will be weakened.However, this kind of drawback is probably inevitable.The fourth issue is the personnel management, and the performance related payment.It is agreed that the system of deciding the payment in accordance with seniority has to be abolished.Neverthless, it is difficult to evaluate the performance in terms of research, which remains a problem to be solved.Above all the issues discussed in this paper however , what is important is the implementation of the new university administration based on the new principles.
著者
山田 浩之
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.80, no.4, pp.453-465, 2013-12-30 (Released:2018-04-04)

教員政策や教員養成制度の改革は教員に対する不信と批判、とくに「教員の資質低下」を前提に実施されてきた。しかし「教員の資質低下」は恣意的に用いられ、客観的資料によって十分に検証されていない。本稿では教員の不祥事の統計などにより資質低下の根拠が希薄であることを指摘する。さらに教員による養成制度や職場環境の評価を明らかにし、教育政策が教員の魅力を低下させ、それが資質の低下をもたらす可能性を検討する。
著者
横井 敏郎
出版者
一般社団法人日本教育学会
雑誌
教育學研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.73, no.4, pp.432-443, 2006-12-29

安定的な雇用が得られにくいこの時代において、若者はいかに自らの進路を見出すことができるのか、また彼らを支援できる政策や実践とはいかなるものなのか。近年の日本の若者自立支援政策は、若者と企業のマッチングを主に若者側のキャリア意識の育成によって改善しようとする労働市場政策を中心としたものにとどまっており、福祉の給付と就労を結合させたワークフェア政策として把握できる。この政策を超えて、若者の進路と支援実践に求められる視点と方向を見出すために、2つのNPOの若者支援活動を分析し、また完全参加社会やベーシック・インカムなどの新しい社会構想を検討した。これらを通じて、就労と自立、有給雇用と社会有用活動の区別、労働の権利の保障、新しい雇用と活動の創出、共同的な社会参加の道を若者たちに開いていく普遍的なシティズンシップといった視点と方向を提起した。
著者
井谷 惠子
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.27-40, 2005

Although in general the ratio of women teachers to men has increased with the advance of women in society, the ratio of women PE teachers to men has not increased in the past 20 years. This is caused by sexism in the employment of PE teachers regardless of qualifications. This paper examines the discovery that the gender culture of a PE teacher society in which the disproportion of men to women is maintained in spite of gender equality in the school system itself. Through a survey by interviews of seven men and five women PE teachers who work in H prefecture, it has been found that gender culture creates the disproportionate number of men to women. This is discussed here considering three factors : 1. the influence of gender culture in sports, 2. the double-standard in physical education, 3. a labor atmosphere which is still considered "men's work". The first point discloses, the men and women dichotomy and the absolute view toward gender difference. Moreover, relating to physical education curriculum and teacher behavior, the masculine principles of strength, bravery, winning, and so on have been permitted to dominate interaction and pleasure. Second, the double standard which expects men and women to have different roles is identified. In physical education, teachers work to form masculinity and expect severeness and toughness in boys. On the other hand, so-called "education for women" is deeply rooted and women PE teachers mainly cover dance education for girls. Influenced by this double standard, the gender role, for example the often seen "women manager" in sport activities, is accepted and the gender order has continued. As for the third point, extracurricular activities such as coaching and student guidance, have strongly reflected the identity of PE teachers. The atmosphere of the company office that doesn't dislike long working hours and work on holidays has been adopted by PE teachers. PE teachers who believe that student guidance is their job and thus take an active role as a "strict teacher" to maintain school order. As a result, the gym in PE teacher society becomes like an office which reinforces male dominance and leaves women PE teachers on the sidelines.
著者
中嶋 哲彦
出版者
一般社団法人日本教育学会
雑誌
教育學研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.79, no.1, pp.25-37, 2012-03-30

2008年前後以降子ども・若者が直面する格差・貧困への認識の深まりとともに、その解決のための諸施策が実施されたが、その開始当初からはそれらの廃止・縮小を求める主張も現れていた。経済・財政状況の悪化を背景に、子ども手当や高校授業料無償制の存続の可否が2011年における政治的テーマの一つだった。これと裏腹に、若者の就職難がさらに悪化する傾向にあることを示す調査結果が多く公表され、文科省と厚労省が連携して対策を講ずる動きが目立った。しかし、3月11日の東日本大震災と東電福島第一原発事故は、子ども・若者をめぐる客観的状況と世論を一変させ、教育・福祉施策の重点は被災児童生徒学生に対する緊急の救済・支援措置や防災教育や学校等の耐震対策に関する施策へと大きくシフトした。他方、東京都教委の10.23通達(2003年)以降、行事・儀式における起立・斉唱の職務命令に起因する訴訟が多数提訴されてきたが、2011年5月以降、各訴訟に対する最高裁・小法廷の判決・決定が相次いで言い渡された。各小法廷は職務命令を合憲とする一方、法定意見または補足意見で思想良心の自由の制約への懸念も表明された。また、2012年4月から使用する中学校教科書の採択においては、育鵬社・自由社が発行する教科書の採択が注目され、とくに八重山採択区における採択問題が大きな問題となった。中央教育審議会は、キャリア教育・職業教育特別部会と教育振興基本計画特別部会においてそれぞれ審議が進められたが、2011年には大きな動きは見られなかった。しかし、経済界からは競争力人材・グローバル人材育成、とりわけ大学教育の質保証や国際化に関する要請や提言が目立ち、これに呼応する科学技術政策・予算配分の展開が見られた。なお、日付不詳の事項は月まで表記し、日は「xx」として、各月の末尾に加えた。
著者
佐久間 亜紀
出版者
Japanese Educational Research Association
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.333-343, 2000

本稿では、19世紀初頭にエマ・ウィラードが設立したトロイ女子セミナリーに焦点をあて、彼女の教師像と教師教育の実際を明らかにし、その意義を考察した。トロイ女子セミナリーは、女子教育史の領域で研究対象となってきたが、教師教育者としてのウィラードの業績や、トロイ女子セミナリーにおける教師教育の検討は日米いずれにおいても行われておらず、課題として残されていた。この事例の検討によって、従来のアメリカ教師教育史の理解は以下五点において書き換えられたことになる。第一に, 従来のアメリカ教師教育史研究においては、教師教育の成立は1830年代の州立師範学校であるとされてきた。しかし1810年代には既に、ウィラードら女性教育者によって教師養成機関や教授理論が創造され、その女子セミナリーにおいて開拓された理論こそが、州立師範学校設立の理論的素地を提供していたのである。第二に、先行研究において教職専門職化運動は、コモンスクール再興運動による教職の需要急増によって生まれたと説明されてきた。しかしウィラードの事例は、教職専門職化のロジックが、教職需要の急増以前に既に提出されていたことを示している。アメリカでは、専門職化への社会的需要が教師教育の成立を促したというよりもむしろ、経済的自立や教育機会拡大の方途を探る女性たちが、自らのサービスの需要を創出するために、教職を専門職化するロジックを必要としていたのである。第三に、この事例の検討によって、アメリカの教師教育は、女子教育として開始されてきた側面を持つことを明らかにした。この発見によって、なぜ州立師範学校の学生のほとんどが女性であったのかの説明がつく。さらに従来全く看過されてきた教師教育と女性教育の関係、特に教師の社会的地位の低さと女性のそれとの関連を示すことができた。当時のジェンダー規範における女性性を根拠として、教職への女性の適性を主張したウィラードの戦略は大きな成功を収めたが、しかし一方でそのロジックは、教職の低賃金や社会的低地位、偏った性比や男性管理職との階級格差など、意図せざる結果を生んでいた。第四に、従来の教師教育史は、教師の学識を重んじるアカデミーの系譜と、教職準備教育を重んじる州立師範学校の系譜の、軋轢の歴史として描出されてきたが、本事例においては、両者を統合したカリキュラムが創造されていた。ウィラードは社会からの反発を避けるための戦略として、あえてカレッジの名をつけなかったが、トロイ女子セミナリーのカリキュラムは、実質的には男子学生を対象としたカレッジ相当のものであった。この発見によって、デューイより80年ほど前から「第三の系譜」が存在していたことになり、注目に値する。第五に、ウィラードやトロイ女子セミナリーの指導者たちが、既に1820年代から、ペスタロッチに学んだ視覚的理解を促す図版を多く取り入れた独自の教科書と教師教育方法を開発していたことを明らかにした。従来の先行研究においては、アメリカにおけるペスタロッチ教育学の教師教育への応用は、オスウィーゴ-師範学校のシェルドンにより開拓されたと説明されてきた。
著者
山口 拓史
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.86, no.1, pp.41-51, 2019 (Released:2019-10-12)
参考文献数
20
著者
渡辺 かよ子
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.66, no.3, pp.278-286,367, 1999-09-30 (Released:2007-12-27)

1990年代の高等教育改革は多くの教養に関する議論を生み出した。教養とはPaideiaやBildungに相当する日本語である。それは1910年代から今日まで知識人の理想的資質を表現する言葉であり、今日の教養に関する議論は近代日本の歴史上、第4度目の興隆と位置付けられる。今日のポスト大衆化段階の高等教育における教養に関する議論の特徴としてはその主なる関心が、学問研究よりもカリキュラムや教育にあることである。このことは戦後の教育学が最大の課題の一つとしてきた一般高等教育(国民的教養)の創出に向けての妥当な回答といえるのであろうか。この問いへの思想史的前提を探求するため、本稿は人格形成の二つの様式である修養と教養の分離と連関を、両者の分離から教養という現代的意味が確定された1930年代の議論に遡って分析する。修養とは前近代的な人格形成思想であり、それは過度な瑣末な知識を持つことを戒め、勤勉と誠を説いた。 1930年代には年配の世代は、教養と修養とほとんど同じ意味でしようしていたが、両者の違いは明白であった。教養は全体的人間性を意味し、修養は知性や知識に優先して道徳の重要性を説いていた。教養は近代化過程における西洋文化の影響下で生み出され、一方修養は中世以来の自国文化に根源をもつものである。 教養と修養はまたその科学との関係においても区別され、教養は保守性と革新性との均衡を強調する点で、修養と科学の中間に位置づけられていた。教養と修養の決定的な違いはその主知主義にあった。そのため教養論者は当時の教育が知育偏重と見なされている状況を批判した。教養論者にとって知識に過多はなく、知識なしに適切な判断をなすことは不可能なことであった。1930年代には教養はその学問研究との連関において、人格形成の二つの局面から議論を展開していた。一つは学問の専門分化に対応するための学びの幅に関することであり、総合的で一貫した知識と関心を持つことが推奨された。もう一つは、専門分化した学問研究の過程において獲得される教養の深さに関することであり、専門的研究における無私の努力が人物を鍛錬し、尊敬に値する人格を形成すると考えられた。学問的鍛錬による人格形成という点では、教養は修養たる種の関連性をもっていた。 修養と教養の分離と連関の歴史的分析から、知識の幅のみならず、「真の」教養ないしは人格形成としてとらえらえてきた深さと学問的鍛錬のためにも高等教育機関における意味ある学びを考える必要があるといえよう。
著者
池上 惇
出版者
一般社団法人日本教育学会
雑誌
教育學研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.73, no.4, pp.324-335, 2006-12-29

現代社会における経済格差は、学校教育内部にも反映して生徒や学生の孤立化・生存競争を招き、教育における基礎的な潜在能力・コミュニケーション能力の開発は喫緊の課題となった。本論文は、2000年代初頭における京都の私立大学文化政策学部を事例として、文化資本の概念を再検討し、学生一人一人の文化資本形成の推進、都市・地域の文化資本蓄積、人々に開かれた生涯教育システムこそ、この課題に応えうることを実証している。