著者
金子 毅
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.21-41, 2003

本稿のテーマは、労働災害という異常な死を「殉職」へと転換させる企業主催の慰霊行為を、祖先祭祀の枠組から捉えつつ、近代産業化の遂行の過程で導入された外来の「安全」理念の労使双方による主体的受容とのかかわりからこれを論ずることにある。「安全」遵守は、就業中の事故が労災か、本人の過失による事故かを見極める基準とされたがゆえに、雇用者には企業利益を守るための「戦略」として用いられる一方で、労働者には労災補償を得るための「戦術」として受容され、「ハビチュアル・レスポンス」としての身体の主体的構築を促すことになった。その結果、殉職者は「安全」理念に殉じた者として語られ、また殉職者慰霊は雇用者には企業永続のための一種の祖先祭祀として、労働者には無辜の仲間の死を悼む場として営まれつつ、「安全」の相互補完的受容が再確認される場になったと考えられる。
著者
藤原 久仁子
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.67-90, 2003

個人の経験する「マリア出現」は、神が示す一つの「奇跡」として人々に解釈される。しかし、「奇跡」が時の経過とともに「癒し」の「奇跡」に読み替えられ、「マリア出現」を契機とする巡礼地の成立後、「癒し」に関する新たな信仰が広まる場合がある。本稿では、マルタにおけるギルゲンティのマリア巡礼地を対象に、「出現のマリア」に対する崇敬と特定の「場所」や「物」とが結びついた、新たな「癒し」の信仰が巡礼者間に形成される経緯の検討を行う。具体的には、巡礼地で配布される小冊子に掲載された「奇跡」の体験談を分析対象に、ギルゲンティの泉の水、聖像、聖写真、スカプラリオ、「マリア出現」の体験者、ギルゲンティのマリア崇敬集団に着目し検討を行う。そして、巡礼地というさまざまな人が参集する場において、新たな信仰と実践が相互流通する実態を明らかにし、「物」が「癒し」の「奇跡」を物象化した媒体として機能すると同時に、異なる巡礼対象の宣伝媒体としても機能する点を指摘する。
著者
小島 伸之
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.25-47, 1998-07-06 (Released:2017-07-18)

本稿は、1899年(明治32年)宗教法案の評価を再検討するものである。先行研究における法案の評価は二つに分かれている。すなわち、宗教団体の自治権に変わって政府の直接把握をも射程に入れた宗教統制法だとする立場と、一定の範囲で教派宗派の自治を認め原則として政教分離の主義に立つ法律とする立場の二つである。この評価の違いは、法案の「教会」「寺」「教派」「宗派」規定の理解が鍵になっている。そこで、本稿は「教会」「寺」「教派」「宗派」規定を、条文と議会の議事録の分析によって実証的に検討した。その結果、法案は法人格取得のための許可ないし自治団体としての認可を求めているにすぎず、宗教上の結社一般については許認可を求めていないこと、教派宗派による自治を前提として、「教派」「宗派」と「宗教委員会」規定を置いていることなどを論証した。その結果、前者の立場は取り難いことが明らかになった。
著者
渡辺 光一 黒崎 浩行 弓山 達也
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.47-66, 2011-06-11 (Released:2017-07-18)
被引用文献数
1

100項目の宗教概念について日米の回答者に賛成か反対かを尋ねると、日米共通で信仰者のほうが非信仰者よりも賛成する共通概念が90も検出され、日米共通で生命主義的救済観が信じられているなど意外な点が多かった。教義と実際の信仰のかい離も検出された。さらに、1)人格神への信仰、2)教団宗教的規範、3)超越への働き掛け、4)大生命と魂、5)現世利益、6)感情の制御というお互いに相関する6つの共通概念群からなる日米共通の構造が検出された。それら共通概念群は、実践論的・顕教的か存在論的・密教的かという2つの独立したメタ因子からなるメタ共通構造に包摂され、有機的階層的な構造を成している。このうち、実践論的・顕教的なメタ因子のみが、信仰者の幸福度に対してプラスの効果を持つ。また、神に関する概念と幸福度の関係を調べると、人格的な神概念は幸福度にプラスの効果を、非人格(原理)的な神概念はマイナスの効果を持つ。
著者
古賀 万由里
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.7, pp.91-110, 2001-06-17

不幸の説明原理として用いられる概念や技法には、地域や時代により特色が見られる。アフリカでは妖術・邪術、死霊・悪霊などが多く見られ、特に妖術や邪術の場合は、日常の葛藤や対立関係が顕在化する。インドでは「カルマ」(業)理論が浸透しているのが特色である。南インド・ケーララ州北部では、不幸は「ドーシャム」(障り)によると考え、占星術師を訪れて、その解決法を求める。個人的な問題の場合は呪術(マントラワーダム)を、タラワードやコミュニティに関わる問題の場合は、神霊に捧げる儀礼「テイヤム」を行うように指示される。呪術、儀礼、占星術の担い手はカーストによる世襲であり、霊的なるものに関わる職能者はお互いを正当化し、依存関係にある。人々は不幸の原因を、実際の葛藤ではなく、神の怒りや悪霊などに転嫁し、儀礼の中で霊的な力(シャクティ)を様々な力で操作することにより、間接的な解決を図っているといえる。