著者
光岡 知足
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.57-89, 2002 (Released:2010-06-28)
参考文献数
93
被引用文献数
13

世紀後半, 腸内フローラの研究は飛躍的に進展した.すなわち, 腸内フローラの検索・培養法の開発に始まり, 腸内嫌気性菌の菌種の分類・同定法が確立され, 多くの微生物生態学的知見が集積し, 腸内フローラは宿主の健康に有利にも不利にも働き, 腸内に有害菌が優勢に存在すると, 究極的には宿主の病的状態を惹き起こし, 一生の間には種々の疾病の原因ともなることが明らかにされた.一方, 有用菌の存在は大腸内の効果的な掃除役を果たし, 腸内に有用菌優勢有害菌劣勢のフローラバランスを維持することは疾病予防, 健康維持・増進につながることが明らかにされた.この発見がきっかけとなり, 機能性食品の考え方が生まれた.機能性食品は, ストレス, 食欲, 吸収などの体調を改善, アレルギー低減化, 免疫賦活などの生体防御, 下痢, 便秘, 癌, 高脂血症, 高血圧, 糖尿病などの疾病予防と回復, 免疫刺激, 変異原作用, 発癌, 老化抑制, 生体酸化, 腸内腐敗などの抑制を通して老化遅延に作用する.本講演では, これまでの腸内フローラ研究の進展とそれが機能性食品の開発にどのように反映していったかについて, われわれの研究を中心に述べ, 次いで, 今後, 機能性食品はどのように発展していくかについて考察を加えたい.
著者
光岡 知足
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.1-10, 2002 (Released:2010-06-28)
参考文献数
35
被引用文献数
1

世紀の後半, 腸内フローラの研究が急速に進展し, 腸内フローラの検索・培養法と腸内嫌気性菌の菌種の分類・同定法が確立されて, 多くの微生物生態学的知見が集積し, 腸内フローラの宿主の健康や疾病における役割が明らかにされた.このように, 腸内フローラのうちBifidobacteriumのような有用菌を優勢にし, Clostridiumのような有害菌を劣勢にコントロールすることがきわめて重要である.このような腸内フローラの研究の進展が基礎となって, 機能性食品が登場した.機能性食品はその作用機構に基づいて, “Probioticsプロバイオティクス”, “Prebioticsプレバイオティクス”, “Biogenicsバイオジェニックス” に分けられる.プレバイオティクスは, 結腸内の有用菌の増殖を促進し, あるいは, 有害菌の増殖を抑制することによって宿主の健康に有利に作用する難消化性食品成分で, ラクツロース, スタキオース, ラフィノース, フラクトオリゴ糖, 大豆オリゴ糖, 乳果オリゴ糖, ガラクトオリゴ糖, イソマルトオリゴ糖, キシロオリゴ糖, パラチノースなどの難消化性オリゴ糖がこれに含まれる.多くのオリゴ糖は, 試験管内でBifidobacterium (B.bifidumを除く) により, また, Bacteroides fragilis groupやEnterococcusによってある程度発酵されるが, C.perfringensやEscherichia coliによっては発酵されない.オリゴ糖の摂取は, 腸内Bifidobacteriumフローラの増殖を促進し, その結果, 宿主の便性改善と腸内環境の浄化に働き, それによって宿主の脂質代謝も改善する.
著者
関口 幸恵
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.169-176, 2015 (Released:2015-11-03)
参考文献数
23
被引用文献数
1

近年,臨床分野や医薬品製造,食品製造分野での微生物検査において,MALDI-TOF(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization-Time of Flight;マトリックス支援レーザー脱離イオン化-飛行時間型)の質量分析計を用いた手法が新たな微生物同定法として使用されつつある.本技術では,微生物菌体そのものを測定対象とし,タンパク質由来のピークが見られる約2,000~20,000 Daの範囲のスペクトルを用いて微生物同定を行う.他の微生物同定法と比較して,本技術では一検体あたりのコストが安価であり,操作が簡便で,コロニーを得てから同定結果までの時間が非常に短い.また,本技術による同定結果は,生化学的手法と比較して,遺伝子学的手法による同定結果との一致率が高いことも特長である.一方で,本技術では培地上に発育したコロニーそのものを測定対象とするため,同一菌種での菌株間の差や培養条件の差が同定結果に影響を及ぼしやすい.また,市販の装置によってデータベースやアルゴリズムが異なっており,同定菌名を導くプロセスは同一ではない.これらの点は,通常の同定試験を行う場合やデータベースに菌種あるいは菌株情報を追加する場合,さらに同定試験以外への応用を行う場合には,十分な注意が必要である.本技術においても,他の技術同様,長所と注意点を理解した上で,適切に使用および応用検討することが重要である.
著者
河口 浩介 藤本 優里 戸井 雅和
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.35, no.3, pp.155-163, 2021 (Released:2021-07-30)
参考文献数
77

乳がんは,女性において罹患率が最も高いがんであり,日本においても年々生涯罹患リスクは上昇の一途をたどっている.エストロゲン受容体,プロゲステロン受容体,HER2受容体,Ki67並びに組織グレードに基づく,Luminal A,Luminal B,Her2-enriched,およびトリプルネガティブのサブタイプ分類をもとに治療が行われる(1).乳がん罹患のリスク因子としては,遺伝的要因,ホルモン補充療法,生活習慣,食習慣,年齢,初経・閉経年齢,乳腺密度などが挙げられるが,これらですべての乳がんの罹患を説明できるわけではなく,さらには地域差,人種差ふくめて他のリスク因子を考慮する必要がある(2).近年ヒトの微生物叢(マイクロバイオータ)は,腫瘍生物学を含むさまざまな分野で注目を集めている.ヒトの宿主とマイクロバイオータの間には,ダイナミックかつ非常に複雑なネットワークが張り巡らされている.E-カドヘリン- β -カテニン経路(3),DNA二本鎖切断(4),アポトーシスの促進,細胞分化の変化(5),自然免疫系であるToll様受容体(TLR)との相互作用による炎症性シグナル伝達経路の誘発など,さまざまなシグナル伝達経路の制御に関わっていることが知られている.ヒトのマイクロバイオームとがんとの相互作用は,「オンコバイオーム」と呼ばれ(6),人間の宿主もまた,マイクロバイオータとそのメカニズムに影響を与えるとされている(7).乳がんにおいても腸内細菌との関連が注目されており,重要な研究が加速度的に進んでいる.マイクロバイオームは乳がんのリスク因子であり,薬剤の治療効果にも関連することが報告されている(8).常在細菌叢が乱されると微生物のバランスが崩れ,がんの発生につながる可能性が示唆されている(9).例えば,抗生物質(クラリスロマイシン,メトロニダゾール,シプロフロキサシンなど)が投与されると,一部の細菌群集の生物多様性や豊富さが減少し,腸内細菌叢のバランスが乱れ,乳がんの発症リスク上昇に関連することが示唆されている(10–12).また,健常者と乳がん患者では乳腺組織内マイクロバイオームの構成細菌叢と存在量に違いを認めたという報告もある(8).本項では腸内細菌と乳がんについて最近の知見並びに今後の展望を踏まえて解説する.
著者
鈴木 チセ
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.31, no.4, pp.187-195, 2017 (Released:2017-11-03)
参考文献数
39

精神的ストレスは精神疾患のみならず様々な疾病の危険因子でもある.健康の阻害要因であるストレスを腸管の側から,すなわち食品によってストレスを軽減することを目的に,マウスのうつ病モデルである慢性社会的敗北ストレスモデルを用いて,精神的ストレスが腸管に及ぼす影響を網羅的に解析した.本稿では,慢性社会的敗北ストレスモデルの実験方法やストレス負荷マウスの特徴について解説するとともに,筆者らの行った盲腸のメタボローム解析,盲腸・糞便の菌叢解析および回腸末端の遺伝子発現のマイクロアレイ解析の結果について,宿主の腸管の遺伝子発現と腸内細菌の構成,宿主および腸内細菌の代謝物という腸内エコシステムの観点から考察する.また社会的敗北ストレスを負荷したマウスの行動変化や身体的な変調を軽減する食品成分の探索について最近の研究例からその可能性について紹介する.
著者
吉本 真
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.166-175, 2020 (Released:2020-08-07)
参考文献数
93

肝臓は門脈によって腸管と直接繋がっている.近年,腸肝循環を介して腸管由来の因子が肝疾患の発症や悪化に非常に大きな役割を担っていることが明らかにされている.ヒトの腸管には数百種類の腸内細菌が定着しているといわれており,次世代シークエンスやメタボローム解析技術の発展により,予想以上にヒトの健康,特に肝機能に深く関与していることが示されている.様々なストレスで腸管バリアが破たんすると,リポ多糖(Lipopolysaccharide: LPS)やリポタイコ酸(Lipoteichoic Acid: LTA)などが肝臓のTLRなどを介した炎症シグナルを誘導し,肝線維化や肝臓がんを促進する.さらに,胆汁酸はファルネソイド X 受容体(Farnesoid X Receptor: FXR)やGタンパク質共役受容体(Transmembrane G protein-coupled Receptor 5: TGR5)などを介して代謝関連の遺伝子発現を調整し,肝臓の恒常性を維持する一方で,一部の腸内細菌の働きにより,デオキシコール酸(Deoxycholic Acid: DCA)やリトコール酸(Lithocholic Acid: LCA)などの二次胆汁酸が過剰に蓄積すると肝障害や肝臓がん促進に繋がるストレスを誘導する.腸肝軸(Gut-Liver Axis)を介した肝疾患の発症メカニズムを解明することは,肝疾患の予防を目的とした腸内細菌叢の制御方法の開発に繋がると考えられる.
著者
瀧口 隆一 鈴木 豊
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.11-18, 2000 (Released:2010-06-28)
参考文献数
16
被引用文献数
1

アシドフィルスグループの乳酸菌3株 (アシドフィルスLA1株: Lactobacillus acidophilus SBT2062, アシドブイルスLA2株: L. acidophilus SBT 2074, アシドフィルスLG株: Lactobacillus gasseri strain Yukijirushi), ブルガリクスLB株 (Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus SBT0164) およびサーモフィルスST株 (Streptococcus thermophilus SBT1035) の人工消化液中での生残性を検討した.アシドフィルスグループ3株は, 人工胃液および人工腸液に耐性を示した.とくに, アシドフィルスLG株はpH2.5の人工胃液中で3時間保持しても生残し, 最も高い耐性を示した.これらは, 人工腸液 (胆汁末を0.1~1.0%含むMRS培地) 中で生菌数が増加したことから, 摂取後も生きて腸内に到達し, そこで増殖すると考えられ, プロバイオティクスとしての適応性が認められた.これに対し, ブルガリクスLB株とサーモフィルスST株は人工胃液に対する耐性が低かったことから, 摂取後は胃中でそのほとんどが死滅すると思われた.また, 生きて胃を通過したとしても, 人工腸液に対する耐性も低かったことから腸内でも死滅するものと考えられた.
著者
入江 潤一郎 伊藤 裕
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.31, no.3, pp.143-150, 2017

睡眠はsleep homeostasisと,中枢の時計遺伝子の支配を受ける概日リズム(circadian-rhythm)により制御されている.末梢臓器である腸管も時計遺伝子による制御を受け,腸内細菌の組成と機能には概日リズムが認められる.時差症候群や睡眠時間制限などによる睡眠障害は,腸内細菌の概日リズムに変調をもたらし,dysbiosisや腸管バリア機能低下を惹起し,宿主のエネルギー代謝異常症の原因となる.規則正しい摂食は腸内細菌の概日リズムを回復させ,中枢時計との同調を促し,睡眠障害の治療となる可能性がある.またプレ・プロバイオティクスなど腸内細菌を介した睡眠障害の治療も期待されている.<br>
著者
佐々木 雅也 荒木 克夫 辻川 知之 安藤 朗 藤山 佳秀
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 = Journal of intestinal microbiology (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.1-8, 2005-01-01
参考文献数
21
被引用文献数
1

腸管粘膜細胞の増殖・分化は,消化管ホルモンなどの液性因子や食餌由来の腸管内増殖因子などにより巧妙に調節されている.腸管内の増殖因子として,ペクチンなどの水溶性食物繊維には顕著な腸粘膜増殖作用があり,それには発酵性と粘稠度が関与している.発酵により生じた短鎖脂肪酸,特に酪酸は大腸粘膜細胞の栄養源であり,腸管増殖因子としても作用する.一方,酪酸には抗炎症作用があり,傷害腸管の修復にも関与する.これらは,デキストラン硫酸(DSS)にて作成した潰瘍性大腸炎モデルにおいても確認されている.さらに,酪酸産生菌である <i>Clostridium butyricum</i> M588経口投与によってもDSS大腸炎の炎症修復が確認された.一方,発芽大麦から精製されたGerminated barley foodstuff (GBF)は,潰瘍性大腸炎モデルなどによる基礎研究の成績をもとに臨床応用され,優れた臨床成績から病者用食品として認可されている.また,レクチンにも食物繊維と同様の腸粘膜増殖作用があるが,これらは腸内細菌叢に影響を及ぼすことなく,おもに腸粘膜への直接的な増殖作用とされている.これらの増殖因子は傷害からの修復にも寄与するものと考えられる.<br>
著者
新 幸二
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.1-7, 2015 (Released:2015-01-27)
参考文献数
24
被引用文献数
1

消化管粘膜は常に病原性微生物の侵入の危険にさらされている.同時に腸管内腔には多くの腸内常在細菌が生息している.そのため腸管は高度に発達した免疫システムを備え,免疫細胞は病原性微生物を迅速に排除するとともに有益無害な腸内細菌に対しては過度な応答をしないように制御されている.この高度な腸管免疫システムの形成には腸内細菌の存在が重要であることが知られていたが,その詳細なメカニズムについてはあまりよくわかっていなかった.近年,ある特定の腸内細菌のみが存在するノトバイオーマウスを用いた解析により,個々の細菌種が特定の免疫細胞の活性化を行い全体として統率のとれた免疫システムの構築を担っていることがわかってきた.細胞外寄生細菌や真菌の感染防御に重要なヘルパーT細胞の一種であるTh17細胞は腸内細菌の一種であるセグメント細菌(SFB)によって誘導され,経口的に侵入してきた病原体の感染防御に貢献していることが明らかになった.一方,制御性T(Treg)細胞も腸管粘膜固有層に多く存在し,食餌成分や腸内細菌に対する過剰な免疫応答の制御に関与している.SPFマウスと比較して無菌マウスの大腸ではTreg細胞が顕著に減少しており,クロストリジウム属細菌を無菌マウスに投与すると大腸Treg細胞が強く増加したことから,腸内細菌のうち主にクロストリジウム属細菌が大腸Treg細胞の誘導を担っていると考えられた.また,ヒトの腸内にもTreg細胞の誘導を担うクロストリジウム属細菌が存在していることも明らかになった.
著者
渡辺 幸一
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.129-139, 2016 (Released:2016-08-09)
参考文献数
42
被引用文献数
2

ビフィズス菌は,主にヒトや動物の腸管から分離されるグラム陽性の多形性桿菌であり,系統分類学的にはActinobacteria門のBifidobacteriaceae科に属する6属58菌種で構成される.なかでもBifidobacterium属は,50菌種10亜種で構成され,その中心を占めている.微生物の分類体系は,菌種同定や分類法の技術の進歩と密接な関係にある.DNA-DNA相同性試験(DDH)法は,1960年代から用いられ,現在でも菌種を区別するための最も重要な基準である.一方,16S rRNA遺伝子配列データに基づく系統解析は,煩雑な操作と熟練を必要とするDDHに替わる菌種分類の標準法として位置づけられている.しかしながら,16S rRNA遺伝子単独では菌種の分類同定が不可能である菌種グループが数多く存在する.近年,ハウスキーピング遺伝子の塩基配列に基づく多相解析法[Multilocus Sequence Analysis(MLSA)あるいはTyping(MLST)]および全ゲノム塩基配列の相同性(ANI)など,DDH法を補完・代替する分類方法が開発されている.ここでは,ビフィズス菌の分類法の現状と動向について解説する.
著者
五十君 静信
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.67-73, 2001 (Released:2010-06-28)
参考文献数
15

従来のワクチン研究から, 一般に, ある感染症に対するワクチンはその感染症の感染経路に従って投与するのが最も効果的であると考えられている.従って, 腸管粘膜から侵入してくる感染症に対するワクチンは, 経口および腸管粘膜上皮からの投与が望ましく, 粘膜局所のIgA抗体産生の増強が重要である.しかしこの経路を投与方法とするワクチンである粘膜ワクチンの開発は遅れている.現在用いられているワクチンは, いかにして病原体を弱毒化するかといった手法で開発されてきた.一方, 近年のバイオテクノロジーの進歩により, 必要と思われる部分を組み合わせてワクチンを作り上げるコンポーネントワクチンの考えが導入され, ワクチンをデザインして作るという考え方が主流となっている.この場合, 粘膜ワクチンはそれに適する運搬体と感染防御抗原を組み合わせワクチンを構築する.腸管の粘膜局所での抗体産生を期待する粘膜ワクチンでは, その抗原運搬体として腸管内で抗原提示の可能な細菌や人工膜が検討され, 腸管侵入性細菌の弱毒株や無毒で腸管内でのエピトープの発現が可能な細菌およびリポソームなどが用いられてきた.粘膜ワクチンとして, 乳酸菌を抗原運搬体として用いるワクチンは, 挿入する遺伝子を遺伝子レベルで無毒化することにより, 病原体を弱毒化したワクチンに比べ, より安全な経口ワクチンの開発が可能であると考えられている.本稿では, 腸管感染症に対する粘膜ワクチンの現状と, 組換え乳酸菌を用いた粘膜ワクチンの開発について解説する.
著者
BORNET Francis R. J. MEFLAH Khaled MENANTEAU Jean
出版者
JAPAN BIFIDUS FOUNDATION
雑誌
腸内細菌学雑誌 = Journal of intestinal microbiology (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.55-63, 2002-01-01

短鎖フラクトオリゴ糖は, チコリー, タマネギ, アスパラガス, 小麦など多くの食用植物に含まれ, また工業的にショ糖から合成されている.これは直鎖フルクトースオリゴマーが重合度1~5で重合した糖グループである (オリゴ糖).短鎖フラクトオリゴ糖は大部分がヒト上部小腸で消化されずに結腸に達し, ここで完全に乳酸, 短鎖脂肪酸 (酢酸, プロピオン酸, 酪酸), ガスに分解される.酪酸は細胞増殖や結腸細胞の分化を調整するため, 最も注目される短鎖脂肪酸 (SCFA) である.このような栄養作用だけでなく, 酪酸には癌細胞の免疫原性を刺激する働きがある.短鎖フラクトオリゴ糖もビフィズス菌増殖を刺激するが, これら結腸内フローラは宿主の免疫系にかなりの影響を与える.小腸粘膜は免疫系で重要な役割を果たす生体内最大の免疫臓器である.消化管関連リンパ系組織 (GALT) は生体で独自の接触状態に従って主要な役割を果たし, 広範な抗原性物質や免疫調整物質に対抗する重要な防衛ラインを構成する.最近の動物モデルを使った所見で, プレバイオティクスやプロバイオティクスが酪酸や乳酸菌による直接または間接的な仲介を経てGALT応答を増進し, 消化管で健康増進効果を発揮することが証明された.またGALTは結腸腫瘍発生を防御する上で中枢的な働きをすると考えられる.腸内フローラはGALT応答を調整するだけでなく, 最近の動物モデルを使った所見によると, プレバイオティクスとプロバイオティクスが酪酸による直接または間接的な仲介を経てGALT応答を促進し, 消化管で健康増進効果を発揮することが明らかになった.現在, ヒト栄養研究の分野ではsc-FOSの結腸癌リスク低下がもたらす潜在的な健康増進効果にっいて活発な研究が行われている.動物モデルでsc-FOSは結腸内の酪酸濃度と局所免疫系エフェクターを増進し, その結果, 結腸腫瘍発生が減少した.本総説の目的は, GALTとそのエフェクターが結腸直腸癌の予防で果たす重要な役割を酪酸との関連において検討することである.これら二っの機能をsc-FOSが増進させることはわかっている.
著者
河合 光久 瀬戸山 裕美 高田 敏彦 清水 健介 佐藤 美紀子 眞鍋 勝行 牧野 孝 渡邉 治 吉岡 真樹 野中 千秋 久代 明 池邨 治夫
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.181-187, 2011 (Released:2011-09-06)
参考文献数
16
被引用文献数
2

便秘傾向で60歳以上の健常成人男女58名(平均年齢68.8±5.3歳)に,Bifidobacterium breveヤクルト株が製品1個あたり1.0×1010 cfu含まれるはっ酵乳(商品名 ミルミル)を連続4週間摂取するオープン試験を実施した.被験者は排便日数が週に3から5日で,便の硬めな(便の水分含量が70%未満)人を選択した.はっ酵乳(試験食品)の4週間摂取は,排便量の増加を伴った排便回数および排便日数の有意な増加を示した(各々p<0.0001).さらに3日間以上連続で排便のなかった被験者の割合も試験食品摂取により低下した(p=0.013).しかし,便の硬さを表す便性状スコア(Bristol stool scale)の評価では,試験食品の摂取によって平均スコアに変化は認められなかった.症状の程度を5段階で評価した排便時の症状および腹部症状スコアに対し,試験食品はいきみおよび残便感の平均スコアを低下し(各々p=0.022および0.0002),症状の軽減が示唆されたが,腹痛および腹部膨満感のスコアには顕著な変化はみられなかった.色素を経口摂取してから便中に色素が検出されるまでの時間(腸管通過時間)を観察したところ,色素の滞留時間は摂取前後で変化はみられなかった.以上の結果より,連続4週間のB.breveヤクルト株を含むビフィズス菌はっ酵乳の摂取は,便秘傾向な60歳以上の健常な男女において排便量の増加を促し,排便頻度の増加および排便リズムを安定化させる便秘改善効果が示唆された.また,排便時のいきみや残便感の症状を改善する可能性も示唆された.
著者
加藤 豪人
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.175-189, 2019 (Released:2019-10-29)
参考文献数
168

プロバイオティクスは,宿主の常在細菌叢のバランスの改善を介して有益な作用をもたらす生きた微生物として,古くから発酵食品をはじめとした食品に利用されてきた.近年の菌叢解析技術の発展により,種々の疾病の原因として腸内細菌が関与することが明らかになり,プロバイオティクスの利用範囲も健常人だけではなく疾病罹患者にも拡大している.本節では,健常人から免疫系疾患,代謝系疾患,神経系疾患まで種々の健康状態を対象としたプロバイオティクスの有効性を解析しているランダム化比較試験を中心に紹介するが,ヒト試験においてはプロバイオティクスの生理効果が腸内細菌叢の変化を介していることを明確に示す報告は極めて少ない.今後,メタゲノム解析やメタトランスクリプトーム解析等を用いた腸内細菌叢の機能解析やヒトでのプロバイオティクスの効果検証方法などを工夫し,さらにエビデンスを重ねていく必要がある.
著者
内山 成人 上野 友美 鈴木 淑水
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.217-220, 2007 (Released:2007-08-17)
参考文献数
16
被引用文献数
6

大豆イソフラボンのエストロゲン様作用/抗エストロゲン作用による健康ベネフィットが期待されているが,最近はその代謝物であるエクオールの生理作用が注目されている.エクオールは,腸内細菌により産生される活性代謝物であるが,その生成には個人差が存在し,エクオールを産生できない非産生者がいる.エクオール非産生者では,大豆イソフラボンを摂取しても十分な効果が期待できないと考えられる.そこで,我々は,食品として利用可能なエクオール産生菌を探索することを目的として,ビフィズス菌と乳酸菌(ラクトバチラス属)についてスクリーニングを行い,さらにヒト糞便中からの単離を検討した.ビフィズス菌と乳酸菌(ラクトバチラス属)の登録株213株のエクオール産生能を評価したが,いずれの菌株にもエクオール産生能は認めなかった.健常成人の糞便よりエクオール産生菌として新たに3菌株を単離し,1菌株に乳酸生成を認めたため16S rDNAシークエンス解析により同定した.その結果,Lactococcus garvieaeと同定され,菌株名を“ラクトコッカス20-92”とした.ラクトコッカス20-92によるエクオールの生成は,増殖後の菌数が定常状態になって発現するという特徴を示した.我々は,エクオール産生菌として食品に利用可能と考える乳酸菌(ラクトコッカス20-92株)を単離することに初めて成功した.これにより,今後,ラクトコッカス20-92株の食品への応用が期待できるものと考える.
著者
指原 紀宏
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.27, no.4, pp.197-202, 2013 (Released:2013-11-07)
参考文献数
22
被引用文献数
1

乳酸菌の中には宿主の免疫応答を刺激する作用を有するものがあり,種々の免疫関連疾患に対する改善効果が考えられることから,実用化を目的としてその有用性を検証した.Th1/Th2バランスを是正する免疫調節活性の高いL. gasseri OLL2809を選出し,その有効性を評価すると抗原特異的IgEの抑制効果や好酸球増多に対する抑制効果が認められた.同株を用いてスギ花粉症罹患者を対象に臨床試験を実施したところ,鼻づまり等の鼻症状が軽減された.その他の免疫関連疾患として,NK活性との関連が示唆される子宮内膜症に対しては,モデル動物において病変部の成長抑制効果が認められた.さらに,子宮内膜症罹患者を対象に有効性を臨床評価したところ,主症状である月経痛に軽減が認められた.以上の一連の研究から,高い免疫調節活性を示すOLL2809株は,アレルギーや子宮内膜症等の免疫関連疾患に対して症状の軽減等に有効であり,罹患者のQOLの向上に貢献できることが明らかになった.
著者
山田 拓司
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.19-22, 2015 (Released:2015-01-27)
参考文献数
13

ヒト腸内細菌解析は近年の次世代シーケンサーの爆発的な進歩により飛躍的な発展を遂げている.本稿では菌叢解析法としてメタゲノム解析に焦点を当て,実験的及び情報解析のパイプラインの概要を紹介する.現在まさに発展途上の技術であり,様々な側面においてその利点と問題点を紹介していく.
著者
内山 成人 上野 友美 鈴木 淑水
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 = Journal of intestinal microbiology (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.217-220, 2007-07-01
参考文献数
16
被引用文献数
3

大豆イソフラボンのエストロゲン様作用/抗エストロゲン作用による健康ベネフィットが期待されているが,最近はその代謝物であるエクオールの生理作用が注目されている.エクオールは,腸内細菌により産生される活性代謝物であるが,その生成には個人差が存在し,エクオールを産生できない非産生者がいる.エクオール非産生者では,大豆イソフラボンを摂取しても十分な効果が期待できないと考えられる.そこで,我々は,食品として利用可能なエクオール産生菌を探索することを目的として,ビフィズス菌と乳酸菌(ラクトバチラス属)についてスクリーニングを行い,さらにヒト糞便中からの単離を検討した.ビフィズス菌と乳酸菌(ラクトバチラス属)の登録株213株のエクオール産生能を評価したが,いずれの菌株にもエクオール産生能は認めなかった.健常成人の糞便よりエクオール産生菌として新たに3菌株を単離し,1菌株に乳酸生成を認めたため16S rDNAシークエンス解析により同定した.その結果,<i>Lactococcus garvieae</i>と同定され,菌株名を"ラクトコッカス20-92"とした.ラクトコッカス20-92によるエクオールの生成は,増殖後の菌数が定常状態になって発現するという特徴を示した.我々は,エクオール産生菌として食品に利用可能と考える乳酸菌(ラクトコッカス20-92株)を単離することに初めて成功した.これにより,今後,ラクトコッカス20-92株の食品への応用が期待できるものと考える.<br>