著者
北野 翔大 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.44-66, 2022 (Released:2023-03-14)
参考文献数
35

本論文では,豪雨災害時の早期避難促進ナッジの検証のために広島県で行われたランダム化比較試験の結果を用いて,先行研究の主要な結果の再現と異質性の分析を行った.主な結果は次の通りである.第一に,先行研究はメッセージの効果を約2%~4%ポイント過少に推定していた.しかし,結論は変わらず,避難行動の外部性の情報を伝え,損失表現を用いて利他性に訴えかけるメッセージが最も効果的であった.第二に,機械学習の手法を用いた分析の結果からは,ナッジの効果に異質性が存在するとは言えないことが明らかとなった.第三に,避難場所にネガティブな印象を持つ人には,避難場所への避難の便益を利得表現で伝えるメッセージがより効果的であったが,同じ内容を損失表現で伝えるメッセージでは異質性は見られなかった.第四に,地域コミュニティとの関わり方によって効果に異質性が存在したが,職場コミュニティではその異質性は見られなかった.
著者
伊藤 高弘 窪田 康平 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.102-105, 2017 (Released:2017-06-01)
参考文献数
23

本研究は,一般的信頼,互恵性,利他性などのソーシャル・キャピタルが,所得・従業上の地位・管理職という労働市場でのアウトカムと幸福度に与える影響を個人に関する独自のアンケート調査をもとに検証した.ソーシャル・キャピタルの内生性に対処するために,小学生の頃に通学路および自宅の近隣に寺院・地蔵・神社があったか否かという変数を用いた.分析結果は操作変数法の有効性を示しており,推計結果からはソーシャル・キャピタルが高くても労働市場でのアウトカムには影響しないが,幸福度および健康水準を高めることが示唆された.また,労働市場でのアウトカムを高めない理由として,ソーシャル・キャピタルが高いと地域間移動が減少するという事実を示した.
著者
多田 洋介
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.118-122, 2009 (Released:2011-12-03)
参考文献数
15

行動経済学を制度設計に応用する試みは,学界とは異なり政策現場では実証的な分析,規範的な政策提言ともに僅かな例しか存在しない.行動経済学を政策議論のツールとして応用することを阻みうる構造的な要因には非規範性,政府の失敗,倫理性,行動パターンの多様性と文脈依存性があり,政策応用の進歩には慎重かつ漸次的なアプローチが重要である.
著者
福冨 雅夫 安藤 悠人 三谷 羊平
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.94-104, 2020-11-25 (Released:2020-11-25)
参考文献数
41

高齢化のさらなる進行が世界各国で続く中,高齢者の経済的意思決定をより良く理解することが重要となっている.時間選好は経済活動や医療健康行動をはじめとする様々な意思決定に影響を与えうるが,高齢者の時間割引率や時間非整合性は十分に検証されていない.本論文では,高齢者を対象として,時間選好に関する経済選択を含むフィールド実験を実施し,高齢者の時間選好と個人属性の関係を考察する.実験結果より,割引の程度は高齢層における年齢に関して逆U字型の形状をとる傾向にあること,高齢者は現在時点から遠い将来になるにつれて近視眼的になるという将来バイアスと整合的な傾向にあることが明らかになった.また,この時間非整合性の一種である将来バイアスと整合的な選択は,健康状態の悪い後期高齢者にてより多く観察された.
著者
犬童 健良
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.81-84, 2017 (Released:2017-06-01)
参考文献数
15

本論文は,アレの背理における共通比効果(あるいは確実性効果)の要因を分析するため,クジ間の比較を交差的注目ネットワークモデルとしてモデル化し,先行研究(犬童,2013)の交差的注目の実証データを再解釈した.交差的注目とは,仮想的に選択されたクジの一つの可能な結果を条件として,選択されなかったクジの別の結果に注目することである.草的注目ネットワークでは,一対のクジ間の比較における認知的活動を,一方のクジの可能な結果を仮想的な参照点として,もう一方のクジの可能な結果がどれだけ気になるかの指標としてポテンシャル値が各枝に割当てられる.またこのネットワークはポテンシャルゲームとして解釈される.本論文では経路の追加が混雑を悪化させる交通現象のゲーム理論モデルであるブライスの背理が,アレの背理を引き起こす交差的注目ネットワークにおいて起きることが確認され,また参照点の設定との関係が論じられた.
著者
木成 勇介 大竹 文雄 奥平 寛子 水谷 徳子
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.187-189, 2010 (Released:2011-06-27)
参考文献数
2

個人の生産性に基づいて報酬が支払われる歩合制に対して,他人の生産性と比較して報酬が支払われるトーナメント制の方が,生産性が上昇することが知られている.本稿は歩合制とトーナメント制のもとで,制限時間内にできるだけ多くの迷路を解く実験を実施し,どのような要因がこの生産性の上昇をもたらしているかを明らかにする.分析の結果,直前の実験における被験者の予想順位が下位であればあるほど生産性が上昇することがわかった.さらに,予想に含まれる個人の能力に基づかない部分を自信過剰とし,自信過剰が生産性に与える影響を調べたところ,自信過剰なほど生産性が上昇することがわかった.
著者
岡田 克彦 羽室 行信
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.121-131, 2019-02-15 (Released:2019-02-15)
参考文献数
18

本稿では株価の予想可能性をクロスセクション(cross section)の予測に限定し,新たに報告されるファクターが近年急増している事実を紹介する.クロスセクションの予測ファクターの数は年々増加の一途をたどっているが,その整理は未だされていない.これらは真のリスクファクターの一断面であるかもしれないが,次元の呪いにより同じファクターの別断面なのか,独立したファクターなのかがわからない.そこで,近年では機械学習の方法論を援用して変数選択しようという取り組みが行われている.AIの金融応用におけるもう一つの方向性は,これまで活用されていないデータを,近年の計算機能力の進化を活用してすすめることにある.本稿では,その一例として取引関係に基づく株価の予測可能性について紹介した.
著者
平野 寿将 竹内 貴聖
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.16-28, 2020 (Released:2020-03-05)
参考文献数
14

本稿の目的は多くの国で採用されているリニエンシー制度がどの程度カルテルを防ぐ効果があるかを解明することである.そのために同質財ベルトラン競争でカルテルを分析したHinloopen and Soetevent (2005)に倣い,カルテルを行ったことを報告すると課徴金が減免される場合と褒賞金を与える場合とを比較した経済実験をz-Treeを用いて行った.その結果,平均入札価格,カルテルの形成率,再形成率という3つの指標を比較すると,褒賞金を与えるほうがよりカルテルを抑止できるということが判明した.
著者
清水 祐弥
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.159-184, 2019 (Released:2019-06-26)
参考文献数
16

アンケート調査の結果を用いて,自信過剰と携帯電話の料金プラン選択の関係を分析した.仮想質問では,参加者に仮想的な4つの携帯電話の料金プランの中から最安と考えるプランを選択させた.実証分析の結果,自信過剰の人ほど自分でプランを選ぶ傾向があるということがわかった.
著者
中川 宏道
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.16-29, 2015

小売業での買物において,ポイント付与と値引きとでは,どちらが消費者にとって得と感じられるのであろうか.本研究では,少額のポイントは心理的な貯蓄勘定に計上され,多額のポイントは当座勘定に計上されるというポイントに関するメンタル・アカウンティング理論の仮説を提示し,スーパーマーケットおよび家電量販店におけるアンケート実験によって検証をおこなった.スーパーマーケットでの実験結果から,値引率・ポイント付与率が低い水準においては,値引きよりも同額相当のポイント付与の知覚価値の方が高いことが明らかになった.低いベネフィット水準におけるセールス・プロモーション手段としては,値引きよりもポイント提供の方が有効であることが本研究の結果から示唆される.
著者
中川 宏道
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.12-29, 2016 (Released:2016-11-18)
参考文献数
26

貯めたポイントを1ポイント単位で使用できるロイヤルティ・プログラムにおいて,消費者はどのようなときにポイントを使用するのであろうか.中川(2015)のポイントに関するメンタル・アカウンティング理論から示唆される通り,ポイント残高がポイント使用意図や支払いの知覚コストに影響を与えるという仮説について,本研究では家電量販店およびスーパーマーケットのロイヤルティ・プログラムの会員を対象とした実験がおこなわれた.実験結果から,ポイント残高がポイント使用意図,支払方法の選択,支払いの知覚コストに影響を与えていることが明らかになった.従来の研究結果とは異なり,支払金額はそれほど影響を与えていなかった.ポイント残高が少ない消費者にポイント使用を促すことは,ポイントを全く使わない場合よりもかえって支払いの知覚コストを高めてしまう.したがって消費者にポイントの使用を促す際には,ポイント残高がある程度以上の場合にすべきであることが示唆される.
著者
湯川 志保
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.10, no.Special_issue, pp.S33-S36, 2017 (Released:2018-04-12)
参考文献数
6

本研究は,東京大学社会科学研究所が実施する「東大社研・若年パネル調査(JLPS-Y)」と「東大社研・壮年パネル調査(JLPS-M)」の2007年から2013年のデータを用いて,子どもの性別が親の政策支持や価値観に与える影響について分析を行った.分析の主な結果は以下のとおりである.娘のみを持つ親は,両方の性別の子どもを持つ親もしくは子どものいない人よりも女性の自立を支持するような考えを持つことや性別役割意識に否定的になることが確認された.また,娘のみを持つ父親は両方の性別を持つ父親や子どものいない男性よりも,日本の防衛力や日米安保の強化を支持することが明らかになった.一方,息子のみを持つ母親は,両方の性別の子どもを持つ母親や子どものいない女性よりも雇用政策や学歴といった将来の職や雇用に関わる項目を重要視することが確認された.
著者
栗野 盛光 島田 夏美
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.10, no.Special_issue, pp.S12-S15, 2017 (Released:2018-04-12)
参考文献数
5

本研究は,自動車を運転するドライバーが走行情報の情報開示における意思決定問題について,oTreeによる被験者実験を行う.栗野・高原(2016)の理論モデルとの整合性や現実への制度設計に関して分析する.リスク態度の測定も行い,実験分析はリスク態度ごとにも行った.結果は,人々が完全情報開示・規制速度を選択するのには,観察確率・罰金・報酬全て効果があることが分かった.さらに,罰金よりも報酬のほうが効果を持つ .また,観察確率の上昇は,完全情報開示・規制速度の選択を増やし,ある確率を境に急に完全情報開示・規制速度選択の割合が増加する.リスク回避的な人ほど,小さい観察確率の上昇に反応することが分かった.
著者
後藤 晶
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.114-117, 2017 (Released:2017-06-01)
参考文献数
6

実験経済学の観点からは価値誘発理論に基づいて,適切なインセンティブを設計する必要がある.しかしながら,通常の紙面およびWebを利用したアンケートでは価値誘発理論を満たす調査を実施することは困難である.しかしながら,クラウドソーシングを利用すれば,低費用かつ短時間で十分な量のデータを収集することが可能である.その上で,適切な設計を行うことにより価値誘発理論を満たした実験の実施が可能であることを示唆する.本研究においてはクラウドソーシングを利用したオンラインアンケートを実施した.その結果の概要を報告すると同時に,今後の課題について報告する.
著者
亀坂 安紀子 田村 輝之
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.54-56, 2011 (Released:2012-03-29)
参考文献数
8

東日本大震災発生以前には,景気回復の期待から上昇基調にあった株価は,震災後一旦急落し,その後数日のうちにある程度回復した.近年,日本の株式市場で大きな取引シェアを占めているのは海外の投資家であるが,震災直後も,海外の投資家は市場で活発に取引を行っていた.震災前後に日本の株式をネットで購入していたのは,海外の投資家だけであったが,この間主要な売り手となっていたのは,東証1部では証券会社(証券自己売買)であり,東証2部および東証マザーズでは,個人投資家であった.海外の投資家の内訳をみると,震災が発生した3月には,北米,アジアの投資家がネットの買い手となっていた一方,欧州の投資家はネットの売り手となっていた.震災前後における市場別(3市場1・2部等の合計,東証1部,東証2部,東証マザーズ)のVAR分析においても,3市場1・2部等,東証1部のデータを使用した場合は,証券会社や海外の投資家の売買が市場に相対的に大きな影響を与えており,東証2部,東証マザーズの場合は,個人投資家や海外の投資家の売買が大きな影響を与えていた.
著者
佐野 一雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.32-36, 2014 (Released:2015-06-02)
参考文献数
6

アリの巣の近くに同じ条件で二つの砂糖の山をおくと,アリはどのように群がるだろうか? Kirman (1993)はアリの社会的な集団現象のプロセスを簡単なモデルで説明し,興味深いシミュレーションを行った.証券市場におけるファットテイル現象はよく知られているが,その原因はまだ十分に解明されていない.Nirei and Watanabe (2014)が,やはりKirman (1993)の延長線上に,ファットテイル現象のミクロ経済学的な基礎づけを試みているものの,MLRP,リスクニュートラル,右上がりの需要曲線,自動的な供給など,モデルに不可欠な強い仮定が多く,その理論構造はきわめて複雑である.本稿では,単純な証券市場のモデルを設定し,Kirman (1993)のモデルを応用することで,価格変化に見られるファットテイルを再現する.Kirman (1993)およびNirei and Watanabe (2014)と同様に,Keynes (1936)の美人投票モデルを念頭に,経済主体の独立性と相互依存性のバランスがファットテイルの原因であることを示す.
著者
八木 匡
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.212-215, 2012 (Released:2013-05-29)
参考文献数
3

本稿では,コミュニティ活動への参加行動を,心理的コストを明示的に含んだモデルによって明らかにし,個々人の行動がコミュニティ活動の質に影響を与えるメカニズムを通じて,コミュニティ活動の価値を内生的に決定するプロセスの中で,どのような均衡が生まれるかを分析し,心理的コストが社会的非効率性をもたらすメカニズムを明らかにする.
著者
北村 智紀 中嶋 邦夫
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.50-69, 2010 (Released:2011-04-08)
参考文献数
38

本稿は,わが国の典型的な30∼40歳代の男性会社員が労働収入を得ている家計を対象に,老後の生活に備えるための長期的な株式投資(資産保有·配分)の決定要因を独自のデータを利用して実証的に分析した.株式保有の有無に関しては,株式投資に対する期待リターン,年収,金融資産額が関連していたが,これ以外にも,金融や経済に関する基礎的な知識の多寡や主観的な株式投資コストの影響が大きかった.株式保有者の株式配分に関しては,株式期待リターン,主観的な株式投資コスト,基礎知識の多寡が重要な影響を与えていた.株式非保有者が今後に株式投資を行うかについては,株式期待リターンとの関連性が大きかった.特に,株式期待リターンは株式保有の有無,株式保有者の株式配分,株式非保有者の今後の株式保有の何れの意思決定にも大きな影響があったが,株式保有·株式配分については,金融や経済に関する基礎知識及び主観的な株式投資コストといった行動経済学的な要因が,過去の実証研究で重要な決定要因とされた年収や金融資産と同様に大きな影響力があることが確認された.