著者
緒方 里紗 小原 美紀 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.137-151, 2012 (Released:2013-06-06)
参考文献数
17

人々は社会的成功を努力で決まると考えているのであろうか,それとも運で決まると考えているのであろうか.本論文では,日本人が持つ社会的成功に関する価値観の形成要因を分析する.とくに,学卒時に直面する経済状況が価値観の形成に与える影響に注目する.分析には『くらしと好みの満足度についてのアンケート調査』(大阪大学)による回答を用いる.調査回答の特異性を利用して,個人のさまざまな異質性を捉えた上で,主観的な回答に対する同一個人の回答バイアスや測定誤差の影響を除いて分析した結果,学卒時に偶然にも不景気に直面した者は「社会的成功は努力よりも運で決まる」という価値観を持ちやすい可能性があることが示された.さらに,男性と女性の価値観の形成要因には大きな違いが見られることが明らかにされた.
著者
黒川 博文 佐々木 周作 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.50-66, 2017 (Released:2018-02-03)
参考文献数
33
被引用文献数
1

本研究では,A社の協力のもと,社員を対象に,様々な行動経済学的特性に関する質問を含んだ独自調査を行い,その個票とA社より提供を受けた残業時間に関するデータと組み合わせて,長時間労働者の特性を明らかにする.また,A社で導入された,残業時間上限目標を月45時間とし,働く時間と場所を自由に選べるという新たな人事制度の政策評価も行う.分析の結果,いくつかの行動経済学的特性と残業時間は統計的に有意な関係が観察された.例えば,時間選好の特性では,後回し傾向がある人の深夜残業時間が長い.社会的選好の特性では,平等主義者の総残業時間が長い.ビッグ5の性格特性では,誠実性が高い人の深夜残業時間は短いが,総残業時間は長い.一方,新人事制度の導入は残業時間を有意に削減した.特に,導入以前において月45時間以上働いていた人への残業削減効果が大きかった.
著者
大竹 文雄 黒川 博文 森 知晴
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.81-85, 2015 (Released:2016-05-07)
参考文献数
5

本研究では所得税と消費税の等価性を検証する実験を行った.ある所得分布と所得に応じた消費パターンを前提として,所得税(20%)と消費税(25%, 24%, 22%, 20%)のそれぞれどちらが好みかを被験者に選択させた.消費税(25%)は所得税(20%)と税負担が同等である.消費税(24%, 22%)は所得税(20%)よりも見た目の税率は高いが税負担は低い.消費税(20%)は所得税(20%)と見た目税率は同じだが,税負担は低い.被験者は見た目の税率が消費税の方が高いときは所得税を好み,見た目の税率が同じときは消費税を好んだ.消費税の方が税負担は低いにもかかわらず,被験者が所得税を好んだという結果は,消費税誤計算バイアスの存在を示唆する.消費税誤計算バイアスとは,外税表記の消費税を所得税と同様に内税かのように考えて消費税額を計算してしまうバイアスである.等価な消費税と所得税では所得税の方が被験者に好まれることから,消費税誤計算バイアスにより,等価性が成り立たないことが明らかとなった.
著者
筒井 義郎
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.1-14, 2019-01-18 (Released:2019-01-19)
参考文献数
76

本稿は,結婚が幸福度に及ぼす影響に関連する研究をサーベイし,以下のような結果を報告する.結婚している人はしていない人より幸福である.結婚と幸福の因果関係については,両方向の関係が確認されている.一般に幸福感にはベースラインがあり,結婚というライフイベントについても,いったん上がった幸福感は速やかに下がっていくことが確認されている.しかし,順応が完全であるかどうかについては論争があり,決着していない.なぜ人は結婚するのか,どのようなカップルが結婚し幸せになるのかについて,Becker (1973) は家庭内生産というモデルを提示して,家庭内分業が効率的であり,それでも多くの特質については似たもの夫婦が効率的であることを示した.後者は選択配偶仮説として,心理学や社会学の分野で精力的に研究されており,価値観や性格が似たものが結婚し,幸福であるという結果を報告している.
著者
Hirofumi Kurokawa Tomoharu Mori Fumio Ohtake
出版者
Association of Behavioral Economics and Finance
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.53-70, 2020-10-06 (Released:2020-10-03)
参考文献数
39

Income tax is considered equivalent to consumption tax in the public finance literature and there exits tax rates whose effective tax burdens are equivalent; 20% income tax and 25% consumption tax for example. However, it is not obvious whether people think in that way. We use a choice experiment to test the equivalence between income and consumption taxes. Subjects were asked to choose a preferred tax among 20% income tax and 25% consumption tax, 20% income tax and 22% consumption tax, and 20% income tax and 20% consumption tax under a given set of income and consumption parameters. We find that (1) when effective tax burdens are equivalent, subjects prefer income tax to consumption tax, (2) when the nominal consumption tax rate is higher than the nominal income tax rate, they prefer income tax, despite heavier tax burden, and (3) when nominal tax rates are identical, they prefer consumption tax. These findings imply that the subjects do not think theoretically equivalent taxes are equivalent because the subjects miscalculate the consumption tax burden. Moreover, our result shows that only one-third of the subjects appear to choose a tax regime based on accurately calculated tax burdens.
著者
小幡 績 太宰 北斗
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.1-18, 2014 (Released:2014-06-19)
参考文献数
16

競馬の馬券市場においては,「本命–大穴バイアス(favorite–longshot bias)」という良く知られた現象がある.これは当たる確率が極めて低い大穴馬券への過剰な人気を指すものだ.このバイアスは,微小確率の過大評価傾向としてプロスペクト理論から説明できる.本論文では,近年の日本の馬券市場に特徴的な三連単馬券に関して検証を行い,より大穴な馬券ほど過剰に人気が集まる傾向にあるという大穴バイアスの存在が確認された.この結果は従来の研究と異なり,外れ馬券を含めた全ての馬券データを網羅的に分析し,投票行動の推計ではなく実際の得票数を用いた分析である点で,質的に新しい結果といえる.本研究は,微小確率に対する経済主体の実際の行動結果を表すデータを用いた分析であり,行動バイアスの実証分析として大規模なデータを用いた研究となることで,行動経済学の幅広い領域での実証研究の可能性について示唆を与える.
著者
佐々木 周作 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.110-120, 2019-02-15 (Released:2019-02-15)
参考文献数
54
被引用文献数
1

本稿では,これまでに,医療・健康分野でどのような行動経済学研究の成果が蓄積されてきたかを整理する.本分野の研究は,患者を対象に,以下二つの分類で進められてきた.一つは,患者の意思決定上の行動経済学的な特性が積極的な医療・健康行動を取りやすくしたり,逆に,阻害したりしていることを明らかにする実証・実験研究である.具体的には,リスク回避的な人ほど積極的な医療・健康行動を取りやすいこと,一方で,時間割引率の大きい人・現在バイアスの強い人ほど取りにくいことがさまざまな医療・健康分野で観察されている.もう一つは,患者の行動経済学的な特性を逆に利用して,積極的な医療・健康行動を促進しようとする,ナッジの介入研究であり,実際に,ナッジが患者の行動変容を促すことが,多くの研究で報告されている.さらに,近年の研究動向として,医療者を対象にした行動経済学研究を紹介するとともに,長期的かつ安定的に効果を発揮するナッジの開発の必要性について議論する.
著者
水谷 徳子 奥平 寛子 木成 勇介 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.60-73, 2009 (Released:2011-12-03)
参考文献数
10

本稿では,なぜ男性は女性と比べて,自身の成果のみに依存した報酬体系よりも他人の成果にも依存する報酬体系を好むのかについて,日本人学生を対象に実験を行うことで原因の解明を試みる.分析の結果は次の通りである.(1)男女でパフォーマンスの差はないが,女性より男性のほうが競争的報酬体系(トーナメント制報酬体系)を選択する確率が高い.(2)そのトーナメント参入の男女差の大部分は,男性が女性よりも相対的順位について自信過剰であることに起因する.(3)男女構成比は相対的順位に関する自信過剰に影響を与える.男性は女性がグループにいると自信過剰になり,女性は男性がグループにいないと自信過剰になる.(4)相対的自信過剰の程度をコントロールすると,トーナメント参入の男女差に対する競争への嗜好の男女差による説明力は弱い.
著者
川越 敏司
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.15-25, 2019-01-18 (Released:2019-01-19)
参考文献数
30

実験経済学においては被験者の選好統制を行うために報酬を支払うが,これまで使用されてきた様々な報酬支払法のどれにも問題があり,これらの問題を回避するには1回限りの実験を行う必要があることを提案する.
著者
大垣 昌夫 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.75-86, 2019 (Released:2019-04-10)
参考文献数
43

日本を筆頭に世界の国々で少子高齢化が進むなかで,各国の人口の大きい割合を占める高齢者の認知能力が低下することになる.また,女性の社会参画のために,保育サービスの重要性が増す.認知能力が大きく低下した高齢者や子供が市場メカニズムを一人では有効に使えないことを考えると,市場メカニズムと共同体メカニズムをどのように混合させていくことが社会にとって望ましいかという問題が重要である.行動経済学がこの問題に取り組むための研究の枠組みをすでに完成させたとは言えないが,内生的選好モデルに徳倫理という倫理観を導入する理論研究など,すでにこのような問題に取り組むために役立つさまざまな研究が行われている.本稿ではこのような視点から,規範行動経済学と共同体について概観する.
著者
依田 高典 石原 卓典
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.132-142, 2019-02-15 (Released:2019-02-15)
参考文献数
23

金銭的インセンティブとナッジがどのような人間の行動変容をもたらすのか,行動経済学的なエビデンスの蓄積が進んでいる.本稿では,フィールド実験を通じた健康増進の先行研究の結果を概観し,京都府けいはんな学研都市で行った著者らの研究結果も紹介する.
著者
中川 宏道
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.16-29, 2015 (Released:2015-11-30)
参考文献数
21
被引用文献数
2

小売業での買物において,ポイント付与と値引きとでは,どちらが消費者にとって得と感じられるのであろうか.本研究では,少額のポイントは心理的な貯蓄勘定に計上され,多額のポイントは当座勘定に計上されるというポイントに関するメンタル・アカウンティング理論の仮説を提示し,スーパーマーケットおよび家電量販店におけるアンケート実験によって検証をおこなった.スーパーマーケットでの実験結果から,値引率・ポイント付与率が低い水準においては,値引きよりも同額相当のポイント付与の知覚価値の方が高いことが明らかになった.低いベネフィット水準におけるセールス・プロモーション手段としては,値引きよりもポイント提供の方が有効であることが本研究の結果から示唆される.
著者
黒川 博文 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.1-36, 2013 (Released:2013-07-30)
参考文献数
42
被引用文献数
1

本稿では『国民生活選好度調査』を用いて,幸福度,満足度,ストレス度の年齢効果について分析した.横断データでは年齢効果と世代効果を識別できないため,年齢効果の形状が世代効果の影響を受けている可能性がある.実際,世代効果と年効果を無視すると,幸福度と満足度の年齢効果は若い頃は高く,中年期にいったん低下し,高齢になると上昇するといったU字型を示し,ストレス度の年齢効果は加齢とともに減少するといった右下がりを示した.しかし,世代効果と年効果を考慮すると,幸福度の年齢効果は右下がりとなり,ストレス度の年齢効果は右上がりとなるが,満足度の年齢効果はU字型のままであった.さらに,もともと年効果にトレンドがあると,年齢効果および世代効果にトレンドの影響が出てしまう可能性があるため,それらのトレンドの影響を除いた分析も行った.その場合,幸福度の年齢効果はU字型を示し,ストレス度の年齢効果は逆U字型を示した.