著者
沢水 男規
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.47-58, 2018

本論文は怪獣映画『ガメラ3邪神<イリス>覚醒』(1999年)における京都の表象について論じるものである. 第一節では本作において怪獣たちが京都の街並みをどのように破壊しているかを分析し, 本作における京都の破壊が他の都市の破壊よりも小さい規模で描かれていることを示す. 第二節では他の映画作品を参照し, 特撮映画というジャンル全般における京都の表象の特徴を見出す. 第三節では京都という都市に対して本作の作り手が抱いていた「京都らしさ」の実態を考察し, 本作における京都の表象に偏りが生じた要因を明らかにする. 本作における京都の表象は, 怪獣映画における都市の破壊, および映画における京都の表象に関する議論の中で従来十分に論じられてこなかった. 本論文は映画における京都の表象に関する議論を発展させ, 新たな視座を加えることを試みる.
著者
渡辺 洋平
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.39-49, 2011-12-20

ドゥルーズは『差異と反復』(1968)において,「現代哲学の任務は「プラトニスムの転倒」と定義された」と書いた.この言葉は取りも直さず,自らの哲学がプラトニスムを転倒させるものであるという宣言に等しい.そこでドゥルーズが目指したのは,プラトンにとっては排除すべき対象だった「シミュラクル」と呼ばれる存在を復権することであった.しかしこの「転倒」は,より広範な意義を持っているように思われる.本論文では「プラトニスムの転倒」という主題を,シミュラクルから解放することで,より広範な領域へと開くことを試みる.ドゥルーズにとって,プラトニスムとはイデアという超越的な基準により,この世界に善悪を作り出す思想である.「プラトニスムの転倒」とは,こうした超越的な体制から内在的な体制への移行であり,そこでは,道徳とは異なるものとしての倫理的なあり方が目指されることになる.そしてこの移行は,あいだの問題,共同体の問題を通じて,自然との新たな共生へ,さらには世界の新たな形成へと向かっているのである.
著者
劉 守軍
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.67-82, 2011-12-20

宇都宮徳馬は,第二次世界大戦後,外交問題を中心に活躍し,日ソ・日中・日朝国交回復に尽力し,保守政治家の中でも数少ないリベラリストとして知られる.しかし,彼は戦前に日本共産党に加入し,「転向」をへて,企業を営みながら官僚統制批判の言論活動に従事したという,異色の知識人・自由主義思想家でもあった.このように日本の知識人の「政治」や「社会主義」,「平和」に対する一つの特徴を示す存在である宇都宮について,従来日本では,一次資料にもとづく充分な検討がなされてこなかった.ことに,戦後における彼の活動について,思想史的な追及は不充分である.こうした研究状況を踏まえ,本稿は戦後から1949年政界進出にいたるまでの宇都宮の思想と行動に焦点をあて,戦前・戦中における官僚統制や軍部独裁への批判との連続性を意識しつつ,戦後における彼の思想的立場,とりわけ戦後経済再建に関わる政策論の特徴とその史的位置を確認する.
著者
福田 安佐子
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科共生人間学専攻
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.55-68, 2016

ゾンビとは, 歩く死者, 生きている死者と呼ばれ, それは, 腐敗した身体を引きずってのろのろと動き, 集団で人問に襲いかかる.噛み付かれた人間は, 生きたまま肉体を食われるか, うまく逃げたとしても, 自らがゾンビへと変化し, 理性や感情を失い, 他の人間を襲いはじめる.このようなゾンビ像は, 1970年を前後して.ジョージ・A・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リピングデッド5をはじめとする三部作の世界的なヒットによって生み出された.しかしながら, 2002年以降のゾンビ映画は, そのより凶暴な特徴により〈走るゾンビ〉や〈ゲームゾンビ〉と呼ばれ, 従来のものとは異なるものとして説明されている. 木稿では, ゾンビ映画史を振り返りながら, 1930年頃に西カリブ諸島を舞台に生み出されたゾンビが, ロメロの作品によって, その造形と物語構成の点でいかに変容したかを説明する.この時, ロメロゾンビとは, 前述の特徴に加え, 人間に似た怪物, という特徴を獲得していた.一方で, ロメロゾンビは当時のホラー映画におけるゴアジャンルの影響を受けることで, より残虐性を増したまた別のゾンビ像を形成した, つまり, 人問に似た怪物としてのゾンビと, 腐敗しよりグロテスクなゾンビである.双方はともにそれぞれの仕方で観客の恐怖を煽った.く〈走るゾンビ〉においては, この二種類のゾンビが様々な仕方で一つの映画の中に共存している, この共存の特殊な事態にこそ〈走るゾンビ〉の特異性が存在することを明らかにする. We know what zombies are. They are referred to as the "walking dead" or "living, dead". They have started to decompose, zombies walk in a tottering. manner, and they attack humans en masse for flesh meat. If a zombie attacks someone, that person will either be eaten alive or if he is lucky to escape, the victim himself will transform into a zombie and start to attack others. Such an image of zombies was rendered around the 1970's, by the Zombie trilogy filmed by George Andrew Romero (Night of the Living Dead, Dawn of the Dead and Day of the Dead). However, zombie films produced after 2002 portray them in another way. Zombies in these films arc called "running zombie" or "game zombie" and it is explained that they are vastly different from Romero's zombies. In this paper, we reconsider the historical view of zombie films and how zombies, who were in fact born in the West Indian nation of Haiti around 1930, have transformed in terms of representation and narrative thanks to the influence of Romero's works. Romero's zombies, in addition to the above-mentioned features, were human-like monsters. Furthermore, the effect of the gore genre, where Romero's zombies are also classified, created another image of the zombie : the one with more brutality and blood-shed. These two types of zombies, one as a human-like monster and another more grotesque and bloody, exist in their own works and frighten audiences in their own ways. Yet, in works containing "running zombie", these two types of zombies co-exist in the same film in various ways. It is in this special co-existence that a specificity of the "running zombies" is found.
著者
河田 淳
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.27-37, 2011

本論文は,《慈悲の聖母》図像の表現にペストが与えた影響を明らかにすることを目的とする.この図像は,ひざまずく信徒たちをマントで覆うマリアを表わしたもので,13世末から16世紀半ばにかけてイタリア,フランス,ドイツ,ネーデルラントなどで広まった.第一章では,この図像が『詩篇』に登場する「翼をもつ神」のイメージを踏まえたもので,理想的な共同体としての教会を象徴している点を示した.第二章では,この図像がペストから人びとを守護するとみなされた背景に,マリアが神やキリストへ人びとを執りなす仲裁者として信仰された点を指摘した.第三章では,1347年以降に制作された作品のなかでも,マントの外側でペストの矢を受けて倒れている人びとがいるものを取り上げ,慈悲による救済が選択的に表されている点に着目した.ペスト流行期の《慈悲の聖母》図像には,慈悲が信仰を対価に取引されるさまが表されているのである.This paper reveals how the plagues influenced on the Iconology of the "Virgin of Mercy". This figure spread throughout Italy, Germany, France and the Netherlands from the end of the 13th century to the middle of the 16th century. I examine some works of the figure not only from the view of art history but also from social history ―the history of mentality―, for tracing the medieval notion of Mercy. First, I show that the figure was based on the image of winged God in the Judea-Christt ext (Psalm : 91, 4-10) and that it implied the church and the flock of Christians as ideals. Second, I explain why this figure was thought to protect people from the plagues. From the early Christian era, Mary was thought to be able to intercede with God/Christ. In some works made after 1347, one can see people fled into Mary's cloak ; it sheds the plague-arrow which expressed the anger of God/Christ. Finally, I note the works representing a heap of dead men shot by arrows outside the Mary's cloak. Emphasized mercy could lead to the completely merciless sight. People would be selected in proportion to the degree of one's faith.
著者
大山 万容
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.121-132, 2012-12-20

本稿では, フランスにおけるニューカマーの子どもに対する受け入れ政策と, 雷語教育支援の特般について論じる. フランスは国際社会においては欧州評議会の言語政策部門が提唱する複言語主義(plurilingualism) を標榜するが, 国内の移民に対する政策にその主張はどのように反映されているのだろうか. 本稿ではフランスにおける移民の定義について概観した後, 政策の実践例として, フランスの「ニューカマーおよびロマの子どものための学校教育センター」(Centre Academique pour la Scolarisation des Nouveaux Arrivants et des enfants du Voyage :CASNAV) を取り上げ, その設立に至る背景, ニューカマーの子どもと学校教師への支援のあり方とその課題を明らかしその取り組みにおける複言語主義との組離を示す. 最後に社会統合のための複言語主義教育の可能性について考察する.
著者
谷川 嘉浩
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.89-99, 2018

本稿は, 経験を書くこと, 生活を記録することをめぐる鶴見俊輔の思想を探索する. 彼の思想を貫くのは, 日本の知識人が状況変化に応じて態度転換していったことへの批判である. その場の解答をなぞるだけの優等生は, 知的独立性を失いがちなのだ. これへの対処として, 自身の経験に基づく作文に鶴見は注目した. 本稿の目的は, 自己を含む状況全体を相対化する契機を, 鶴見がどのように確保したのかを明らかにすることである. 彼の「方法としてのアナキズム」に基づき, 生活綴方論以降の彼の作文論で, 当初の想定と現実との齟齬への注目が重視されること, そして, 齟齬と対峙する人間の力を「想像力」に帰したことを明らかにする. さらに, 想像力が繰り返し立ち返る場となるように, 鶴見が提出した経験を書く際の基準について, 後年展開された彼の文章論を踏まえて論じる.
著者
岡田 敬司
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.1-7, 2012-12-20

岡田は『自律者の育成は可能か-「世界の立ち上がり」の理論-』 において, 自律的判断が可能であるためには, 当の判断対象がそこに位置づいて原初的意味を獲得する「世界」が立ち上がっていなければならないと論じた. この原初的意味が与えられてこそ判断主体はこの対象に対する「合理的な」対処行為を決定できるわけである. 世界は断片知識群の構造化として立ち上がる. 構造を組み上げるのは座標軸あるいはカテゴリーのつながりである. 本稿はこの構造化の進行を担うものとしての「習熟」に着目した. 断片知識群が構造形成に転じる契機としての習熟である. 習熟によって世界は安定した意味付与母胎となるが, そこには知識の身体化, 無意識化の問題が避けがたく待ち受けている. 本稿の目指すのはこの問題の解明である.«Apprendre profondément», qu'est-ce-que cela veut dire? --Sur des conditions nécessaires du jugement autonome et de la décision autonome des conduites--J'ai posé une hypothèse dans mon livre; Formation des hommes autonomes, est-t-elle possible? Il s'agissait d' «Autostructuration d'un monde». Pour juger d'une façon autonome, il faut d'abord un monde structuré dans lequel se situe l'objet de ce jegement. Cette situation nous ayant donné le sens primordial de cette objet, nous devenons capables de décider notre propre conduite« rationnelle» ou «adaptative» vis-à-vis de l'objet. Ce qui fait la structuration d'un monde, ce sont des axes de coordonnées ou des réseaux des catégories. Cet miicle essaie d'éclairer le mécanisme d' «Apprendre profondément» qui fait avancer cette structuration. Il nous semble que le moment de la formation d'un monde structuré consiste en accumulation-condensation des connaissances fragmentaires.
著者
伊藤 弘了
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科共生人間学専攻
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.31-44, 2016

本論文では是枝裕和の映画作品における入浴の役割を論じていく.第1節では, 是枝のフィルモグラフィを辿りながら, 入浴場面が「他者との親密な関係性を構築する場」として機能している点を確認する.入浴のこの機能は, しばしば「血縁によらない家族関係」という是枝作品の主要なテーマと結びつく.登場人物たちは風呂の水を共有することで家族になっていくのである(『幻の光』[1995年], 『誰も知らない』[2004年], 『花よりもなほ』[2006年], 『歩いても歩いても』[2008年]), その裏返しとして, 他者と水を共有しない入浴(一人きりの入浴)は, その人物の孤独をあらわすことになる(『ワンダフルライフ』[1998年], 『歩いても歩いても』, 『そして父になる』[2013年], 『海街diary』[2015年], 『海よりもまだ深く』[2016年]).第1節の議論を踏まえて, 弟2節では『DISTANCE』(2001年) に入浴場面が完全に欠けている意味について考察する.この作品では, 他者との関係性の不全が描かれており.入浴の欠如はこのテーマを体現しているのである, 水の主題系に彩られた本作では, 他者と関係を深めるための装置として, 入浴の代わりにプールが用いられることになる. This paper sheds light on the function of taking baths in Hirokazu Kore-eda's films. Section 1 demonstrates that throughout his filmography, bathing creates intimate relationships between characters. The function of baths is linked with the theme of families without blood relationships, one of the most important subject themes of Kore-eda's works. His characters create families by taking baths together (Alaborasi 1995 ; Nobody Knows 2004 ; Hone 2006 ; Still Walking 2008). Contrarily, taking a bath alone represents the solitudes of the character (After Life 1999 ; Still Walking ; Like Father, Like Son 2013 ; Our Little Sister 2015 ; After the Storm 2016). Based on this argument, section 2 examines Distance (2001). This film completely lacks a bath scene. It depicts the disorder of intimate relationships, and the lack of bath scenes embodies this theme. Yet, Distance substitutes the scene of swimming pools with the bath scenes and thereby articulates the relationship between water and intimacy as other Kore-eda films do.
著者
池野 絢子
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.47-58, 2010

本論は,戦後イタリアの芸術家ジュリオ・パオリーニ(1940生)の初期作品の考察を通じて, 芸 術作品における「作者」のありょうを一考するものである.パオリーニは, 1960年代のはじめに, イメージを排除する反イリュージョニズムの作風で出発するのだが, 67年以降,彼の作品には写 真複製された過去の巨匠たちの絵画が登場し始める.このような写真複製の利用は,とはいえ, 単 純に過去の作品の「号|用」として片付けることはできない.というのも,その制作において問題化 されているのは,既存のイメージを新たなイメージの一部として制作に応用することではなく,む しろあるイメージを複数の作者たちに結び、つけることだと考えられるからだ. ロラン・バルトの名高い「作者の死J(1968) と相前後して発表されたパオリーニの作品にあっ て, しかしながら「作者」は, 完全に葬り去られたとも, 単純に回帰したとも言いがたいように思 われる.本論では,ノfオリーニの制作の展開を追いながら, 芸術作品における「作者」の所在を再 考する端緒を探りたい.This article will try to consider a relation between artworks and 'author' after 1960s through analyses of the early works of Giulio Paolini, post-war Italian artist. Paolini started his career with a series of anti-illusionistic works. After 1967, he began to utilize the reproductions of old masters' pictures. It will not be exact, however, to simply call such use of reproductions 'citation,' because it is not about making one existing image into another new one, but about relating an image to 'authors' instead of an unique author. Although his works were contemporary with the notable 'death of author' which argued Roland Barthes, it may be difficult to find that the author is dead nor that he comes back in them. The aim of this article is reconsidering how we can describe author of artworks, through analyzing the artistic development of Paolini.
著者
有森 由紀子
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.43-56, 2014-12-20

本論文は, 映画監督・脚本家プレストン・スタージェスのスクリューボール・コメディ2作品『偉大なるマッギンティ』(The Great McGinty, 1940) と『サリヴァンの旅』(Sullivan's Travels, 1941) について考察を行う. 両作品はスタージェスの優れた喜劇の才能が発揮された作品であると同時に, 大恐慌というアメリカの歴史・社会的状況を反映し, アメリカン・ドリームと現実の乖離がもたらす悲劇も描く. 両作品の主人公は, 子供らしい無知と無邪気さを備えた典型的「スクリューボール」である. 彼らは階級間移動を試みて挫折を味わう一方で, スクリューボール・コメディに相応しいハッピーエンド=恋愛の成就に至る. 夢に破れる主人公の悲劇が, ジャンルの掟と拮抗し, いかにしてスタージェス独自のスクリューボール・コメディへと結実していくのかを明らかにする.
著者
小野 智恵
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.57-65, 2014-12-20

1960年代後半から1970 年代初頭は, アメリカ商業映画にとって空前のズーム隆盛期であったといえる. しかし, TV を中心に用いられる新しい手法であり低コストであるズーム・ショットは, 当時も現在も, 映画のための歴史ある手法であり膨大なコストを費やしてなされるドリー・ショットの代役としての扱いに甘んじてきた. 本稿は, 旧来のドリー・ショット(とその代役としてのズーム・ショット) を媒介とした観客とアメリカ商業映画との間にある「約束事」に着目し, ロバート・アルトマン監督の『ギャンブラー』に見られるあるズーム・ショットがドリー・ショットにはない独自性を持つことを明らかにする. それは, 伝統的なアメリカ主流映画がその実現を希求してやまなかった「奥行き」という概念を, 平面上の外面描写において無効にするだけでなく, 主人公の内面描写においても無効にしてしまうものである.
著者
勝浦 眞仁
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.25-33, 2010-12-20

発達障碍を抱える生徒独自の捉え方や感じ方をどのように受け止めるのか,という特別支援 教育における重要な問題に対して,定型発達者の「見立て」による,評価的観点からのアプローチ が広く受け入れられているしかし当事者の著書や自伝,また支援員であった筆者の体験からは, 現行のアプローチに対する非定型発達者の強い反発が窺え,彼らの体験に十分迫り切れていない面 があった. そこで本稿では,非定型発達と恩われるある一男児の事例を通して,その生徒を学校において 「異文化」に生きる人として位置付け, その枠組みを支援に活かすことの意義と教育実践上の難し さについて,特別支援教育支援員の立場から,エピソード記述法を用いて検討した. その結果, I異文化」を生きる生徒たちを, その人らしい「我が」ままを生きる人として受け止 めていく枠組みが有効であることを示す一方で,学校という場では共に生きるがゆえに,学校文化 との「同調性」を求めてしまうところが少なからずあり,その両面にどう折り合いをつけるかが教 育実践を行う上での難しさであることを明らかにした.
著者
武田 宙也
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.51-64, 2009-12-20

本稿は,鏡という形象について,それがミシェル・フーコー(1926-1984)の思想のなかで持っ意味を明らかにしたものである.彼は,その生涯に著した数々の論考において,ことあるごとにこのモチーフに言及している.さらにそれらは,単なる周縁的な言及というよりも,より彼の思想の本質にかかわる形でなされているように思われる.したがって本稿では,フーコーの諸言説の中で鏡が見せる多様な形象をつぶさに見ていくことによってその本質にせまろうとした.ところで,一方で鏡は,西洋の歴史の中で古くからさまざまな意味を付与されてきた,それ自体多義的な存在である.したがって考察のなかでは,こうした鏡自体のもつ多義性とそれがうつしだす彼の思想の多義性とに同時に光を当てることにより,その歴史のなかに「フーコーの鏡」を位置づけることを試みた.以上のような試みを通じてわれわれは最終的に,この形象が彼の統治および現代性をめぐる考察と内在的な連関を持つものであることを明らかにした.
著者
久保 豊
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.24, pp.69-80, 2015

本稿は, 戦後日本映画を代表する映画監督木下恵介の『海の花火』(1951年)を分析対象とし, そのクィア映画的意義を明らかにすることで, 木下作品の再評価に貢献することを目指すものである. 『海の花火』は, 木下研究において長年低い評価に甘んじてきた作品であるが, 男性主人公と少年との絆に注目した映画評論家石原郁子や長部日出雄によって再発見された. しかし, 彼らの批評は, 男性同士の絆の表象を木下自身の同性愛的傾向にただちに結びつけて考える傾向があり, 映画テクストにおいて男性同士の親密さがいかに描かれているかが十分に検討されていない. 本稿は, 異性愛規範を脱構築するクィア映画理論を参照しつつ, 『海の花火』のテクストにいま一度目を向け, 男性間における切り返し編集と男女間における切り返し編集との問に見られる差異を考慮に入れた分析を行なう. 男性間の親密性表象に対するテクスト分析を通して, 作品内, ひいては日本映画史におけるその意味を解明する.The purpose of this essay is to clarify the significance of Fireworks Over the Sea (Umi no hanabi, Keisuke Kinoshita, 1951) as a queer film, and finally to contribute to the reevaluation of Kinoshita's films in Japan. This film had been almost neglected for years even among film scholars and critics interested in Kinoshita's works. Although it was given a long overdue attention through the reviews by Ikuko Ishihara and Hideo Osabe, their discussions tended to ascribe the prominence of the representation of male bonding in this film wholly to Kinoshita's homosexual leanings. We should keep it in mind that Fireworks Over the Sea is a mainstream film in the disguise of heterosexual ideology. In order to deconstruct this seemingly heteronormative text, this essay adopts queer film theory, focusing, among others, on the nuanced uses of shot-reverse-shot editing. The close analysis of the representation of male intimacy will help the general movement toward the reevaluation of Kinoshita's films.
著者
中川 萌子
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.81-93, 2014

マルティン・ハイデガーは, 形而上学を一貫して批判することを通して, 存在問題を新たに問い直すことを目指した. しかしハイデガーは, 前期において―とりわけ彼の思索の「形而上学期」と呼ばれる時期において―形而上学の基礎づけを通して形而上学を乗り越えようとした. 後に彼自身がこの時期の思索に関して自己批判を加えている. しかし, 結局のところ「形而上学期」の思索の如何なる点がまさに「形而上学的」であったのかということは, ハイデガー自身によっても先行研究によっても明確にされているとは言い難い. けれども, ハイデガーの存在問題の独自性が, 形而上学との闘いの中で, とりわけ彼自身の形而上学的傾向に対する自己批判の中でより鮮明に捉えられるであろうということを考慮するならば, 上述の問題は等閑視されてはならない. 上述の問題の解明のためには以下の論点が肝要である. それは, 「形而上学期」において捉えられた存在の非性(「脱-底」と「無」) とその内への被投性が規定不十分により軽減されてしまっているということ, それ故にここでの存在が形而上学的に了解された存在(「現前性」) と明確には区別されえないものになってしまっているということである. 言い換えれば, 存在がここでは存在者を常に現前させ続けることと見なされてしまいうるのだが, そうした存在はハイデガーの主張する「問うに-値するもの」としての存在とは全く異なるものであると言わざるをえない. 他方で, 「形而上学期」後に述べられた存在の非性(「覆蔵性」) とその内への被投性は, 現前するものを現前させ続けうるか否かに関して無規定であることを意味していると解釈しうる. つまり, 存在は存在者とは全く異なって振舞いうるため, 形而上学的に存在者から類推されるようなものではない. これが自らの形而上学的傾向に抗うハイデガーの存在了解であると言えよう.Martin Heidegger beabsichtigte mit seiner kontinuierlichen Kritik an der Metaphysik erneut die Seinsfrage zu stellen. Trotzdem hat er in seiner ersten Periode, vorzuglich in seiner sogenannten "metaphysischen Periode" versucht, die Metapysik zu uberwinden, indem er gemas seinem Denken ein solides Fundament fur die Metaphysik legt. An diesem metaphysischen Gedanken hat er spater Selbstkritik geubt. Welche Punkte jedoch letztendlich in seinem Denken "metaphysisch" waren, ist weder von Heidegger selbst noch von den bisherigen Forschungen prazisiert worden. Zieht man allerdings in Erwagung, dass die Originalitat der Heideggerschen Seinsfrage lediglich im Kontext seines Konflikts mit der Metaphysik, insbesondere der Selbstkritik an seiner eingangs erwahnten eigenen metaphysischen Tendenz verstanden werden kann, sollte dies nicht vernachlassigt werden. Hierbei ist zu beachten, dass in Heideggers "metaphysischer Periode" die Negativitat des Seins ("Abgrund" und "Nichts") und die Geworfenheit dorthinein aufgrund defizitarer Bestimmung gemindert wird und daher das hier beschriebene Sein nicht vom metaphysisch verstandenen Sein ("Anwesenheit") unterschieden werden kann. Mit anderen Worten differiert das Sein, das als etwas, das das Seiende fortwahrend sein lasst, angesehen werden konnte, durchaus vom "frag-wurdigen" Sein. Die nach dieser Periode formulierte Negativitat des Seins (" Verborgenheit ") und Geworfenheit dorthinein konnten aber auch als etwas ausgelegt werden, das unbestimmt lasst, ob das Sein das Anwesende weiter anwesend lassen kann oder nicht. Also ist metaphysisch das Sein nicht analog aus dem Seienden zu schliesen, da sich das Sein vollig anders als das Seiende verhalten kann. Dies ist Heideggers Seinsverstandnis, das im Widerspruch zu seiner metaphysischen Tendenz steht.
著者
奥田 恒
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科共生人間学専攻
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.129-142, 2016

本稿は, 「心理的な事実」にもとつく世界の貧困削減へのアプローチを探るため, チャンドラン・クカサスが提唱する寛容のリベラリズムについて論ずる.まず, リベラル・コスモポリタニズムとリベラル・ナショナリズムを和解させる試みを検討し, 後者が人々の「心理的な事実」を正義の源泉と見なすがゆえに成功しないと論ずる.それに対し, クカサスは, リベラル・ナショナリストと同じく「心理的な事実」を正義の源泉と位置づけるが、ナショナルな次元より小さいアソシエーションにおいて正義は実践されると主張する.彼は.変化に開かれた集合的な貧困削減と, 各アソシエーションによる片務的な貧困削減を許容する.加えて, クカサスの理想社会と貧困削減を同時に達成しうる方策として, 国境開放政策が積極的に評価されることを指摘する. This paper discusses Chandran Kukathas' view of how tolerationist liberalism deals with world poverty. It first argues that liberal cosmopolitanism conflicts with liberal nationalism because the latter uses "psychological facts" to define what justice requires. Kukathas agrees that psychological facts have the effect of defining justice, but he doubts that they are shared across nation states. He argues that smaller associations are more likely to share "psychological facts" and an understanding of justice. He supports collective action that is open to future changes and unilateral actions to reduce world poverty. In addition, he endorses policies involving open national borders as a potential means for achieving what he views as a "good society" and reducing poverty at the global level.
著者
戸田 潤也
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.65-78, 2009

『人倫の形而上学の基礎づけ』には定言命法および定言命法と見なされるものが様々な形で提示されている.それゆえ,定言命法全てを正確に数え上げ分類することは非常に困難である.こうした中,定言命法を五つの法式に大別するペイトンの解釈は,現在に至るまで多くの研究者によって踏襲されている.この解釈は同時に定言命法の「基本法式」を「道徳性の普遍的な最高原理」とするものであるが,このことは意志の自律を「唯一の」「道徳性の最高原理」とするカントの立場と相容れないように思われる.本稿では,ペイトンの解釈をテキストに定位して確認し(第一節),その解釈とは異なった角度から意志の自律の特性を明らかにし(第二節),その正当性を確保する(第三節).これによって,意志の自律の解明を行なうその後の同書の議論への道筋をつけることができる.The Categorical Imperatives and the alleged Categorical Imperatives in Kant's Grundlegung zur Metasphysik der Sitten take a variety of forms. It is almost impossible for us to classify all of them. Hence, the interpretation of Paton, who broadly divides the Categorical Imperatives into five categories, numbers each of them to definite the relation among them, and then classifies them into three types based on their contents, has been followed by many scholars. Paton insisted that the so-called Formula of Universal Law of the Categorical Imperative is "the general and supreme principle of morality." Of course, his view is based on the text. However, this view also appears to be inconsistent with Kant's assertion, according to which autonomy of the will is "the soul"- the "supreme principle of morality." How do we solve this dilemma? In this article, I (1) trace Paton's interpretation by focusing on the text, (2) clarify the special quality of autonomy of the will from a perspective different from that of Paton, and (3) verify the validity of my thoughts. Through this examination, I can obtain a unique autonomy of the will that does not damage the value of the Formula of Universal Law. Further, we can pave the way for later arguments by addressing the problems regarding the prospects of autonomy of the will.
著者
寺尾 智史
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.137-150, 2013-12-20

グローバリズムの進展にともないますます流動化する人間社会について, 従来の地域的区切りで分類・把握し, その特徴に合致した施策を展開することは困難となりつつある. このような「領域性原理」による管理・統治は限界を呈している一方で, 「非領域性原理」によるガバナンス, すなわち, 区割りによる領域を定めない普遍的な管理・統治はその方法論が確立しておらず, 実効性を持ち得ていない. 本稿は, こうした社会科学, 人文科学上のジレンマに対して新たな視角を提供するため, 河川工学や環境科学で一般的になっている「流域圏」という圏域把握を「領域性」の文脈で捉えなおすものである. 本考察をすすめるうえで, 対象としたのは加古川流域である. この水系は, 歴史的境界をはじめ従来から流域内の文化的一体性が希薄であり, 従って, 現在の多様な文化的背景を持つ, 逆に言えば帰属を把握しづらい人聞が混住する社会を鳥瞰搬する枠構造としての「自然領域」として想定するには好適だからである. この観点から本稿では, 液状化し, 流動性が高くなっている人間社会におけることばの多様性を継承する枠組みのひとつとして, 流域国という舞台を適用可能か, 「加古川流域」を対象に考察する. 本稿を通じて過疎等に起因した従来の地域コミュニティの崩壊を通じて, 「地域意識」がソフトな, もしくはヴアーチャルな繋がりに移行している中, 治水, 水資源の確保, 環境保全において鍵概念となっている「流域圏」を, これまでの領域概念を補完する, 新たな領域性として認知する意義を論じた.