著者
夏目 誠
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.101-108, 2009-02-01 (Released:2017-08-01)
参考文献数
10

メンタルヘルス不調者が増加しているかどうかについて,1.マクロの視点,2.身近な視点から報告するとともに考察を加えた.結果:1.マクロの視点から1)2004年度の厚生労働省(厚生白書)の患者動向調査によれば,1984〜2002年度までの19年間に「うつ病」は4.5倍と,著明に増えている.次にうつ病と関連が深いとされている自殺者は,この9年間にわたり3万人台と高止まりが続いている.さらには抗うつ薬の販売額は増加している.2)職場の現状では2008年度の社会経済生産性本部の上場企業を中心にした調査によれば,「この3年で心の病が増加した」と答えた上場企業は56.1%にのぼり,年代では30歳代に多いと報告している.2.身近な視点1)筆者が精神科医として相談・診療に関与している企業4社では,いずれもメンタルヘルス不調者が増加している.2)2つの「うつ病やうつ状態をめぐる座談会」の参加者である,2名の精神科医や3名の心療内科医,産業医・心理学者のいずれもメンタルヘルス不調者が増加していると答えていた.以上の2視点からの結果より,増加しているといえる.
著者
大平 泰子 石川 浩二 芦原 睦
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.51, no.3, pp.236-244, 2011
参考文献数
18

本稿は,製造業事業所において実施してきたメンタルヘルス対策を,予防策としての効果と実践可能性の観点から検討する.本稿で報告するのは,2006年度に定期健康診断を受けた3,882名の従業員(男性3,464名,女性418名,正規社員3,402名,契約社員480名,平均年齢40.5±12.3歳)に実施されたプログラムである.メンタルヘルス不調の有無を調べるために,定期健診の際にメンタルヘルスに関する問診表および保健師問診を実施し,そのいずれかで抽出された従業員に対して産業カウンセラー面接と産業医診察を実施した.結果,新規に22名(0.6%)のメンタルヘルス不調者を把握した.メンタルヘルス不調ではないと判断された従業員に対しても,カウンセリング,環境調整などの予防的介入を行った.本対策を実施した2003年度と2006年度には他の年度よりも事業所内診療所メンタルヘルス部門の来談者が増加し,うち定期健診以外の来談経路による来談者が減少した.この結果は,本対策が二次予防(早期発見・早期治療)および一次予防(発症予防)として有効であることを示唆している.さらに,小人数の産業保健スタッフで効率的にメンタルヘルス対策を実践しえた.このような高い実践可能性は,メンタルヘルス対策の推進にとって重要である.
著者
簑下 成子
出版者
一般社団法人日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.52, no.5, pp.381-387, 2012-05-01

JCO臨界事故後の調査,住民ケアの経験,文献研究により,今後の被曝後のケアに役立つ知見をまとめた.被曝事故後の反応としては,自然災害時と同様の反応と異なる反応が起こる場合がある.さらに,大規模人為災害の特徴に加えて,見えない災害(invisible)の特徴を兼ね備え,そのうえに放射線事故の特徴が加わる.見えない災害では,不安は,空間的・時間的・心理的に広がる特徴が顕著であり,情報への不信感がその不安をいっそう上昇させる.放射線事故後の特徴は,広範囲,長期性,ホルモンや遺伝子への影響不安,胎児や子どもが放射能に弱い,技術者の見解不一致,放射線測定の困難,風評被害,情報の錯綜,対処行動へのフィードバック認知の暴走が挙げられた.放射線災害後のケアは,情報発信者,住民の集団的ケア,個人的ケアに分けられた.働き盛りの男性もリーダーと共通するリスクファクターであると考えられ,被災者の高齢化がハイリスクとして問題視された.
著者
内潟 安子
出版者
一般社団法人日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.99-103, 2002-02-01

『ぜいたく病』といわれた2型糖尿病は20世紀末になって遺伝子解析が急速に進み, 人類全体に広く分布する飢餓あるいは節約遺伝子と関連した疾患であることが明らかとなった.膵インスリン産生細胞破壊を病因とする1型糖尿病も, 20世紀末には膵特異的自己抗体の存在, 自己抗原の解明にまで辿り着き, 自己免疫機序の遮断という1次予防へと研究が進んでいる.このような進歩から糖尿病の根本的治療(たとえばある薬を内服すれば食事内容に関係なく血糖が上がらないとか, 家族歴のある糖尿病未発症者には予防薬を投与するとか)が早晩望まれ, "糖尿病治療はやっかい"というイメージがくずれることが期待される.しかし, 糖尿病が自己評価能力と密接に関連したメンタルな病気であることも考慮しなければならない.糖尿病の治療は現在自己管理という名の自己責任に負うところが大きい.自己管理の評価が即座に血糖コントロールや合併症に表れる.また一生かけて自己管理しなければならないことも大きな負担になろう.うまくできないことが患者本人の責任に帰っていき, 自己評価の低下, 自己破壊をきたす.これはさらに血糖コントロールを悪化させ, 患者QOLを低下させる合併症を進展させることとなる.将来, 画期的な治療薬が開発されても2型糖尿病の1次予防には検診が最も重要であることはゆるがない.検診結果を等閑にしてしまえば画期的治療薬もなんの役にも立たない.上記の悪循環を断つ治療がもう一方で必要となる.ここに心身医学的治療がこれからもっと糖尿病治療に必要とされる所以がある.
著者
傳田 健三
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.19-26, 2017

<p>自閉スペクトラム症 (autism spectrum disorder : ASD) は, 社会的コミュニケーションおよび対人相互性反応の障害, 興味の限局と常同的・反復的行動を主徴とし, 乳幼児期に発現する精神発達の障害である. DSM-Ⅳでは広汎性発達障害という上位概念のもとに, 自閉症, アスペルガー障害, 特定不能の広汎性発達障害などの下位分類が存在したが, DSM-5ではASDという概念で統一された. 近年, ASDへの関心と需要が高まっている一方で, 十分な診療が行われているとは言い難いのが現状である. 本稿では, 自閉スペクトラム症について, ①概念の変遷, ②診断と臨床像, ③治療, ④経過と予後, ⑤心身医学におけるASDの特性理解について述べてみたい.</p>
著者
入江 正洋
出版者
一般社団法人日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.51, no.5, pp.385-396, 2011-05-01

近年,組織の再編や人員削減,職場での人間関係の希薄化などによって,労働者のメンタルヘルスが概して悪化している.厚生労働省の調査によれば,約6割の労働者が仕事でストレスを感じており,職場の人間関係の問題,仕事の質の問題,仕事の量の問題などが主な要因である.約8%の事業場で,メンタルヘルスに関する理由で連続1ヵ月以上休業あるいは退職した労働者がみられる.職業性ストレスは,メンタルヘルスだけでなく,身体や仕事のパフォーマンスなどにも悪影響を及ぼし,過労死などの脳・心臓疾患や精神障害の労働災害・民事訴訟の事例が増加している.なかでも,職場でのいじめや嫌がらせが注目される.このような問題は,心療内科医や精神科医にとって重要であり,健康障害などを未然に防ぐためには,心身両面から早期にストレスを把握することが望まれる.その一手段として,唾液アミラーゼ活性について検討しているが,個人差が大きく,個体差も少なくないことが問題である.
著者
柏瀬 宏隆 池上 秀明 中野 嘉樹 岩田 長人 小此木 啓吾 五島 雄一郎
出版者
一般社団法人日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.49-54, 1981-02-01

かつて我々は, 慶応健康相談センター(いわゆる人間ドック)を2年間に受診した全患者の心身両面につき, ライフサイクルの立場から検討したことがある。人間ドックは本邦で発達した特異な医療施設であり, 健康保険が適応されず, 受診者は社会経済的に中流以上にあると考えられる。今回は, ドック受診者で65歳以上の一般に健康と考えられる老年層のCMI(約200項目)と臨床検査所見につき, 壮年層(30〜39歳)を対照にして比較検討し, いくつかの知見を得たのでここに報告する。(1) 身体的自覚症には, 「disturbance of visual acuity」〔眼〕(対象老年層の90%以上), 「loss of more than half the teeth」〔歯〕(70%以上), 「urtination at night」(60%以上), 「disturbance of hearing」〔耳〕(40%以上)などが高頻度に認められた(老年層に有意)。「Disturbance of visual acuity」は, 自覚症としてだけでなく検査所見でもほとんどの老年層に認められ, 個人差の少ない普遍的な老化過程の指標の一つとみなされる。(2) 精神的自覚症をみると, 「depression」と「tension」に関係する項目の頻度が少なく, 逆に「sensitivity」と「anger」についての頻度が多かった。これは, 「depression」と「tension」は日本人に普遍的感情なため一般的には自覚されにくいのではないかと考えられた。(3) その他, 老年層に有意に多い愁訴には, 「insomnia」(40%以上), 「making mistakes when doing things in a hurry」(20%以上), さらに頻度は少ないが「hopelessness」(10%以下)などがあった。(4) CMIを老年層に施行するときは, 老化過程を反映しやすい「memory」と「sexual function」の項目を追加するように改訂すべきである。(5) 「Disturbance of hearing」, 「hypertension」, 「cardiac diseases」や「diabetes mellitus」などの疾患は, 自覚症は目立たず, ドック検査ではじめて指摘される可能性が高い。
著者
平井 啓 鈴木 要子 恒藤 暁 池永 昌之 茅根 義和 川辺 圭一 柏木 哲夫
出版者
一般社団法人日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.41, no.1, pp.19-27, 2001-01-01
被引用文献数
6

本研究の目的は, 末期癌患者の病気行動に対するセルフ・エフィカシーを測定する尺度の開発である.尺度項目を作成し, 心理的適応の尺度とともに, ホスピス外来通院中, ホスピス入院中の末期癌患者50名を対象に構造化面接を行つた.因子分析の結果, セルフ・エフィカシー尺度は, 3つの下位尺度により構成され, それぞれ最も適合する6項目を選択した.この下位尺度と抑うつ不安の関係についてパス解析で検討したところ, 下位尺度のうち, 「情動統制の効力感」が中心的な役割をもつことが明らかにされた.そして, 本研究の結果が, 末期癌患者のQOL向上のための介入方法の方向性について示唆する点について検討した.

1 0 0 0 脚下照顧

著者
井出 雅弘
出版者
一般社団法人日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.45, no.5, 2005-05-01

表題にからめて,不安について思うところを述べたいと思う.安永によれば,不安を恐怖という感情に対比させて論じている.切迫する現実的有危険や困難が,明確な形で直接に認知された場合,われわれは恐怖を感じるものである.その際,その対象に対抗意識をもって注意が集中し,緊張し,衝動的逃避,あるいは反撃の構えをとる.それに対して危険感が,明らかな形をとらずに襲いかかるとき,われわれは不安を感じる.それは,よりび漫性に精神に侵し込む「根本的心情性一であり,無力感や狼狽の状態に陥る.それはあまり外を志向せず,身体感覚とともに感じられる陸面的な混乱状態の感覚である.つまり,不安は莢象がはっきりしない内的な葛藤を含む感情で麦り,差し迫った危険に対して覚醒度を上げて,危険回避の対処行動をとらせるための信号と解釈てきる.誰しも不安を感じるものであるが,病的な不安になると自分では制御することが難しく,比較的長く持続したり,再現を繰り返したり,再現するのではないかという不安感を伴う.不安に関して印象に残った患者の言葉をここに紹介しよう.「いろいろなことに不安になるのは,もし不幸なことが生じたときに不安という心の準備をしていたので,そのときは不安が強くならないのです」と.これは不安について考えさせられる言葉であった.折りしもその後患者は乳癌に罹患したが,冷静に対応されていたのである.心の対処様式の一つであろう.対比的だが,ここで次のような有名な禅問答を思い出す.雪の降りしきる極寒の日,壁に向かい続ける達磨に一人の男が訪ねてきた.名を神光.四書五経の万巻を読み尽くしていた人物である.彼は膝まで積もった雪の中で達磨に問うた.「心が不安でたまらないのです.先生,この苦悩を取り去ってください」.達磨は答える.「その不安でたまらない心というものを,ここに出してみろ.安心せしめてやる」.神光は,「…出そうとしても出ません.心にはかたちがないのです」.達磨はすかさず,「それがわかれば安心したはずだ.かたちのないものに悩みがあるはずもない」と.神光は,その後達磨の弟子となり,第二代の祖となった.ここで「不安に不安となる」という言葉が浮上してくる.これは守ろうとする自己と,煩悩,執着,こだわりなどを捨てようという自己との葛藤に関連するものかもしれない.守りに入ると維持するのが苦しい.かといって捨ててしまうには,相当な心的エネルギーを要する.このように,われわれの心は絶えず揺れ動いている.心は身体と違ってひとつのところに置いておけないものであるから,それをありのまま認めるしかないのである.そこで「脚下照顧」という四字禅語が登場する.意訳すればあまり外のことばかりに気をとらわれず,むやみに動かず,自分の足もと,心の中を観ておきなさいということであろう.ごく当たり前の日常生活の中に自分の心を根付かせよということのようだ.具体的にいえば「飯を食うときは飯を食うことに徹し,糞をするときは糞をすることに徹しよ」ということであろう.そこには不安が介在する間がないのである.

1 0 0 0 脚下照顧

著者
井出 雅弘
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.45, no.5, 2005
参考文献数
1

表題にからめて,不安について思うところを述べたいと思う.安永によれば,不安を恐怖という感情に対比させて論じている.切迫する現実的有危険や困難が,明確な形で直接に認知された場合,われわれは恐怖を感じるものである.その際,その対象に対抗意識をもって注意が集中し,緊張し,衝動的逃避,あるいは反撃の構えをとる.それに対して危険感が,明らかな形をとらずに襲いかかるとき,われわれは不安を感じる.それは,よりび漫性に精神に侵し込む「根本的心情性一であり,無力感や狼狽の状態に陥る.それはあまり外を志向せず,身体感覚とともに感じられる陸面的な混乱状態の感覚である.つまり,不安は莢象がはっきりしない内的な葛藤を含む感情で麦り,差し迫った危険に対して覚醒度を上げて,危険回避の対処行動をとらせるための信号と解釈てきる.誰しも不安を感じるものであるが,病的な不安になると自分では制御することが難しく,比較的長く持続したり,再現を繰り返したり,再現するのではないかという不安感を伴う.不安に関して印象に残った患者の言葉をここに紹介しよう.「いろいろなことに不安になるのは,もし不幸なことが生じたときに不安という心の準備をしていたので,そのときは不安が強くならないのです」と.これは不安について考えさせられる言葉であった.折りしもその後患者は乳癌に罹患したが,冷静に対応されていたのである.心の対処様式の一つであろう.対比的だが,ここで次のような有名な禅問答を思い出す.雪の降りしきる極寒の日,壁に向かい続ける達磨に一人の男が訪ねてきた.名を神光.四書五経の万巻を読み尽くしていた人物である.彼は膝まで積もった雪の中で達磨に問うた.「心が不安でたまらないのです.先生,この苦悩を取り去ってください」.達磨は答える.「その不安でたまらない心というものを,ここに出してみろ.安心せしめてやる」.神光は,「…出そうとしても出ません.心にはかたちがないのです」.達磨はすかさず,「それがわかれば安心したはずだ.かたちのないものに悩みがあるはずもない」と.神光は,その後達磨の弟子となり,第二代の祖となった.ここで「不安に不安となる」という言葉が浮上してくる.これは守ろうとする自己と,煩悩,執着,こだわりなどを捨てようという自己との葛藤に関連するものかもしれない.守りに入ると維持するのが苦しい.かといって捨ててしまうには,相当な心的エネルギーを要する.このように,われわれの心は絶えず揺れ動いている.心は身体と違ってひとつのところに置いておけないものであるから,それをありのまま認めるしかないのである.そこで「脚下照顧」という四字禅語が登場する.意訳すればあまり外のことばかりに気をとらわれず,むやみに動かず,自分の足もと,心の中を観ておきなさいということであろう.ごく当たり前の日常生活の中に自分の心を根付かせよということのようだ.具体的にいえば「飯を食うときは飯を食うことに徹し,糞をするときは糞をすることに徹しよ」ということであろう.そこには不安が介在する間がないのである.