著者
杉山 貴士
出版者
横浜国立大学
雑誌
技術マネジメント研究 (ISSN:13473042)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.67-79, 2006

本稿は、性的違和を抱える同性愛の高校生へのインタビューを通して、高等学校における彼らの性的自己形成過程の一端を検討するものである。ジェンダー規範に包含される異性愛中心性は、高等学校の明示的カリキュラムにおける同性愛の封印と、隠れたカリキュラムによる同性愛嫌悪により支えられている。高等学校において、彼らは (1) 自己受容の困難、(2) 自己イメージ形成の困難、(3) 情報アクセスの困難、(4) 自己開示・人間関係づくりの困難、(5) 事故回避の困難に直面し、結果として、いじめ、不登校、家出などの教育問題を導いていた。特に、同性愛に関する情報へのアクセスを、学校外部にしか求められない状況は、同性愛の高校生が問題予知力を備える性的自己決定能力を育むことが保障されずに性的自己決定を迫られること示しており、現状の高等学校は同性愛の生徒の「性の学習」を奪うことになる。本稿は、高等学校での同性愛の封印解除と積極的なセクシュアリティ教育の必要性を提起するものである。
著者
梅野 りんこ
出版者
横浜国立大学
雑誌
技術マネジメント研究 (ISSN:13473042)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.21-35, 2009

17世紀にルイ14世の宮廷で発展したフランスオペラは、王の栄光を称え、現実の宮廷恋愛および政治や事件を反映するものであった。本稿は、テキスト研究と文献研究の方法を用いて、リュリの『テゼ』とシャルパンティエの『メデ』の二作品を、主に歴史的視点とジェンダー視点から比較、分析するものである。オペラは古代ギリシャ悲劇の再生をめざし、ルネサンス時代にイタリアで生まれたが、この二作品もギリシャ悲劇を題材にしている。オペラは常に王や貴族など支配者の側に立っており、当時の社会規範や思想と密接な相互関係を持っていた。本稿はまた、古代ギリシャ時代に確立した古代の家父長制社会と、オペラが誕生した近代の家父長制社会についても比較しながら、二つのオペラの登場人物であるメデについて、その他者性、子殺しの、社会における意味について考察する。同時に、人間性の復興をめざしたはずのルネサンスから始まる近代に、『男性的近代性』によってますます排除され、社会的地位が没落していく女性の状況について論じ、その社会の変化を反映した物語をオペラが作ってきたことについて考察する。The French Opera has developed in the Court of Louis XIV in the 17th century. It praises the glory of the King and reflects politics, love issues and events in the Court. This work examines and compares two operas, Thesee by Lully and Medee by Charpentier which stories are both based on the Greek tragedy. In this paper, I use the methodology which refers to text research and literature research and compare and analyze it with historical perspective and gender point of view. Opera is born in the modern society with the Renaissance to the recurrence to a Greek tragedy and the stories stand on the rulers' side. Opera had the close interaction with the society. This paper also comparing the relation between the patriarchy of ancient times and the patriarchy of modern times, I consider Medee, the heroine of these two Operas, as "the Other", for the people in Europe, and also I would like to analyze the meaning of her infanticide in the society. At the same time, I would like to analyze the fall of women's position and the role of Opera which reflects the society in the period of "male modernity" who excludes women increasingly while they talk about Renaissance of humanity.
著者
加藤 慶
出版者
横浜国立大学
雑誌
技術マネジメント研究 (ISSN:13473042)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.55-65, 2006

性同一性障害の表象はいかなるものであるのか。本稿は性同一性障害の表象を、新聞メディアを通じて明らかにすることに主題を置いている。分析対象とした時期は埼玉医科大学によって、性同一性障害に社会からの注目が集まった時期から、戸籍の性別訂正が可能となるまでである。
著者
川添 敏弘
出版者
横浜国立大学技術マネジメント研究学会
雑誌
技術マネジメント研究 (ISSN:13473042)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.46-50, 2018-03-31

重度知的障害者には、自閉症の特徴的な行動が認められる場合がある。その行動特性が理解されないことで、暴力行動を含めた「問題行動」が生じる場合がある。その「問題行動」への対処を間違えれば、深刻な状態を引き起こすことがある。その状況を解決するために、対象者にイヌを介入する研究を行った。動物介在介入では、障害者がイヌに対して自発行動が出現するような関わりを作っていった。イヌとの関係が形成されると、イヌと一緒であれば場所を移動することで様々な困難場面に直面していくことが可能になった。その結果、イヌが存在することで様々な刺激に対応できるようになり「問題行動」が減少していった。このような介入が対象者の行動の変化をもたらし、さらに、職員が新たに出現した適切な行動を評価することで、障害者のQOL (生活の質) が向上していった。事例で示した行動の変化が生じる理由について、イヌを用いた個別の研究で明らかにした。さらに、実際に動物介在介入で用いた学習理論による説明を行った。動物介在介入では、レスポンデント条件付けを重視することで、「問題行動」を変容することが可能となっていると考えられた。本研究では、重度知的障害を伴う発達障害者の「問題行動」へ、これまで報告されていない介入方法を提案することができた。
著者
二階堂 千絵 安藤 孝敏
出版者
横浜国立大学技術マネジメント研究学会
雑誌
技術マネジメント研究 (ISSN:13473042)
巻号頁・発行日
no.14, pp.13-22, 2015-03-31

近年我が国では少子高齢化に伴い、ペットは家族の一員として重要な存在となっている。そのような中、ペットとの死別とそれに伴う悲嘆についても注目されるようになった。本稿では、ペットと死別した高齢者への2 つのインタビュー調査から、ペットとの死別による悲嘆の適応を支える要因を抽出することを試みた。研究1 では飼い主の適応の支えとなる要因を抽出し、質的に検討した。その結果、4 名の調査協力者は皆、家族や友人などから社会的支援を受けており、亡くなったペットに対しては火葬・納骨などの儀式を行う、供花する、写真に話しかけるなどの行為が見られた。これらの行為は"継続する絆:Continuing Bond"と呼ばれ、亡くなった対象との分離を目指すグリーフワークモデルとは異なった、新しい形の悲嘆への適応のしかたとして注目されている。そこで研究2 では亡くなったペットと飼い主のあいだの"継続する絆"の詳細について質的に記述・検討した。これら2 つの研究から、今後の課題として、亡くなったペットと飼い主の継続的な絆の特有さ、世代を軸とした調査とペットロスにおける継続する絆の機能についての調査の必要性が示された。In recent years in Japan, with declining birthrates and an aging population, pets have becomeimportant members of the family. Under these circumstances, the grief that accompanies the bereavementof a pet has come to light. In the current research, we conducted interviews of the elderly who had losttheir pets in order to identify factors that support adaptive pet grief. The first study explored the factorssupporting for the adaptive pet grief, with data analyzed qualitatively. The results showed that, all petowners had support from their family and friends. In addition, the bereaved had a relationship with theirlost pet that continued after the death of the pet, in some form, ―pet cremation, the offering of flowersto the deceased, or recalling the lost pet. These actions are characterized as a continuing bond (CB), andCBs have been attracting attention as a new concept for understanding adaptive grief, different to thegrief work model that describes the separation from the departed as a goal. The second study examined and described in more detail the CB between owners and pets. Thepresent research is a novel examination of the role of CBs in the relationship between the owner and thedeceased pet, with a focus on the generation of the owner. Future research is needed to detail the role ofCBs in pet grief.
著者
独孤 嬋覚
出版者
横浜国立大学技術マネジメント研究学会
雑誌
技術マネジメント研究 (ISSN:13473042)
巻号頁・発行日
no.14, pp.43-46, 2015-03-31

本論文は文学・政治・歴史・思想学という諸領域が交錯する場を新たな視点にし、魏・斉・梁文壇から代表的人物である曹丕・江淹・王融・蕭子良の四人を選び出し、彼らとその周辺の文人達の政治的焦燥感を中心に六朝文学を再考察した。 第一章では、曹丕の生い立ち、家族関係、生死観、歴史観、皇権、文学との関わり方、等を分析し、彼の文学作品中に「憂」字の頻出の真因を探った。 第二章では、江淹の「人生当適性為楽( 人生は当に性に適ふを楽しみと為すべし)」という価値観、斉武帝の寒人政策、江淹が「永明体」詩人に諷刺された真因、の三つの視点から「江郎才尽」(江淹が、青年期、中年期に六朝時代を代表する優れた作品を数多く書き、高い文名を馳せたのに、晩年には優れた傑作を一つも書けなく、文才が枯渇したと嘲笑された)という問題の原因を深く追究した。 第三章では、竟陵王蕭子良の政治的野心、竟陵王蕭子良の人材政策、斉武帝の戸籍、財政政策、王融伝に見える「晩節大習騎馬」の政治的意味の四点から南斉王融の政治クーデターにおいて、中高級士族と斉武帝が代表する皇権政治との対峙という本質を突き止めた。In this research, I would like to present a new synthetic viewpoint combining Literature, Politics,History, and Philosophy to analyze political anxieties of Cao Pi, Jiang Yan, Wang Ru and Xiao Ziliang, whorepresent literary circles In the Wei, Qi, Liang Dynasties. In Chapter 1, I explored the real cause of frequent appearance of a 憂 character in Cao Pi's literaryworks through the analysis of his childhood history, family relationships, view of life and death, historicalperspectives, the way he dealt with imperial power and literature. Jiang Yan, a representative poet of the Southern Dynasty of China, couldn't write even a singlemasterpiece in his later years, and he was ridiculed for running out his talent for writing. After his death,a saying, "Jiang-lang-cai-jin (Jiang Yan's talent has run out)" was born. In chapter 2, I investigated thisproblem deeply through the analysis of his values that 'people should enjoy their lives in accordancewith their nature', Emperor Wu of Southern Qi Xiao Ze's human resource policies, the reason why he wasridiculed by Yongming poets. In chapter 3, I explored the true reason of Wang Rong's political coup through analyzing PrinceJingling Xiao Ziliang's political ambition, his human resource policy, Emperor Wu's family registersystem, his tax policy, the political reason why Wang Rong practiced riding in his later years.
著者
中野 敦之
出版者
横浜国立大学技術マネジメント研究学会
雑誌
技術マネジメント研究 (ISSN:13473042)
巻号頁・発行日
no.8, pp.11-20, 2009-03

本論で行われているのは、唐十郎とスタニスラフスキーの比較研究である。まず、本来であれば反新劇のシンボルとして知られる唐十郎と、新劇の源流として知られるスタニスラフスキーを比較検討することで、両者に共通する演劇美学を明らかにすること。これが本論の一番目の目的である。その際具体的には、唐十郎研究を通して得た視点を通して、スタニスラフスキーの主著である『芸術におけるわが生涯』『俳優修行』が読み直される。また、両者の演劇活動に共通する左翼運動との関連に注目し、そこで行われた熱狂的な演劇を"演劇以上の演劇"と呼んで分析を行うことで、閉塞する日本の演劇状況を打破するためのヒントを得ようというのが、本論の二番目の目的である。The main issue is to compare Kara Juro with Stanislavsky. First of all, the beauty of the drama in common will be cleared to compare Kara Juro who is known as the symbol of anti-Shingeki, with Stanislavsky who is know as the headwaters of the new drama. Through the study of Kara Juro, it is read "Art of My Life" and "An Actor Prepares" of Stanislavsky. Also this issue remarks the connection of the left wing in common of the drama activities of Kara Juro and Stanislavsky. It will be cleared that the enthusiastic drama defeats the circumstance of the Japanese dramas through it analyses the drama activities over the drama.
著者
黄 齡萱
出版者
横浜国立大学技術マネジメント研究学会
雑誌
技術マネジメント研究 (ISSN:13473042)
巻号頁・発行日
no.6, pp.9-20, 2007-03

本稿は、台湾における女性運動の変遷を概観したものである。国民党政権が台湾に撤退してから後、台湾は、軍事や経済、教育などにおいて、全面的にアメリカモデルを導入することによって「脱日本化」を図り、さらにまた「再中国化」(中国伝統価値の強化)を図ってきていた。台湾の女性学および女性運動の発展においても、政府のアメリカ路線、そして民間のアメリカ留学ブームのU ターンに大きく影響され、1960 年以降、欧米、特にアメリカで起こった第2 波フェミニズムの強い影響が見られる。第2波フェミニズムの蓄積は、上記のような政治的な原因で、アジア諸国よりも女性学の導入が遅かった台湾に、女性問題を取り上げる際の理論的拠りどころを提供した。そしてその蓄積の上に立つことによって、僅か10 年のうちに、売買春をめぐる台湾社会の政策的な取り組みは、先進諸国の水準へ、すなわち家父長制の枠の中で展開される売春児童保護運動から、セックスワーク問題をめぐる多元な論述やセクシュアリティの多様性を論じる次元へと急速に発展してきた。しかしながら一方でそうした売買春問題への理論的パラダイム転換を図りながらも、欧米の理論を採用した台湾の女性運動が直面しているのは、日本植民地支配を経て、「再中国化」した混合型家父長制社会であるという現実である。この「混合型家父長制」に特徴づけられる台湾社会における、女性運動にはどのような課題が存在するのか。本論では売春児童保護運動から「妓権」労働運動への女性運動の展開過程を分析することによって、現在台湾の女性運動が直面している課題の抽出と展望について取り組みたい。
著者
小池 高史 西森 利樹 安藤 孝敏
出版者
横浜国立大学技術マネジメント研究学会
雑誌
技術マネジメント研究 (ISSN:13473042)
巻号頁・発行日
no.12, pp.19-26, 2013-03-30

都市部の団地で暮らす高齢者の情報取得状況やタウン紙の利用状況を明らかにすることを目的とし、高島平団地の住民を対象とした質問紙調査を実施した。高島平2丁目団地の全7,741 世帯から乱数表を用いて1,000世帯を無作為抽出した。配布不可であった67世帯を除く933世帯を調査対象とした。回収数は228票(回収率24.4%)であった。回答者の約6 割は高齢者であり、そのうちの半数以上が独居であった。独居高齢者の34.7%が男性、65.3%が女性であり、平均年齢は70.1歳(±4.9)であった。調査結果から、情報の種類によってどのメディアを利用するかが異なっており、孤立の防止に役立つような老人会や町内会、各種講座の情報については、タウン紙から取得している高齢者が多いことが明らかになった。また、高齢者のタウン紙利用に関係する要因の分析から、古くからある地域情報総合紙は、居住年数の長い人により多く読まれていることや、地域のイベントやサークル情報に特化したタウン紙は、女性により多く読まれ、一人暮らしの人にはあまり読まれていないことが明らかになった。高齢者の社会的孤立を防ぐために、タウン紙によって情報を伝達することが有効だと考えられるが、伝えたい情報の種類や伝達の対象を考慮してタウン紙の種類を選択することの重要性が示唆された。
著者
長谷川 倫子
出版者
横浜国立大学技術マネジメント研究学会
雑誌
技術マネジメント研究 (ISSN:13473042)
巻号頁・発行日
no.13, pp.57-60, 2014-03-31

第二次世界大戦後のベビーブーマーである団塊世代へのアンケートで、彼らは青年期に流行した音楽(フォークソング・グループサウンズ・ビートルズ)を自らの世代観として上位に挙げている。団塊世代と音楽の関わりを研究するため、彼らに音楽体験や世代観をインタビューし、その語りを分析ワークシートを用いて構造化した。そこから、「団塊世代における格差・階層意識は、音楽の受容とも関連があるのではないか。」という問題意識が生成された。次に、日本版 General Social Surveys(JGSS-2003&2008)やインターネット調査のデータを用いて、時系列で団塊世代の音楽受容の特徴や階層性との関連を統計的に分析した。その結果、団塊世代が子供の頃の生活レベルや音楽環境は父親の影響を受け、それが現在の音楽聴取や階層帰属意識にも繋がっていることが見出された。また、クラシック音楽は女性や教育年数が長い層に、演歌は男性や教育年数が短い層に好まれていた。団塊世代は多様な音楽ジャンルを好み、複数嗜好の場合、演歌の影響力は大きかった。さらに、親世代→団塊世代→子世代という世代間において、高学歴とクラシック音楽嗜好の継承がみられた。質的・量的研究により、「団塊世代は一括りにされるが、人数が多く競争が激しかった。そこには格差・階層意識が存在し、それは音楽の受容とも様々な関連をしていた。そして、その関連は他世代に比べより顕著であった。」という結果となった。
著者
木村 由香 安藤 孝敏
出版者
横浜国立大学技術マネジメント研究学会
雑誌
技術マネジメント研究 (ISSN:13473042)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.1-19, 2018-03-31

近年、「終活」と呼ばれる、自らの死に備える動きが見られる。終活とは、マス・メディアによって作られた言葉である。2009 年週刊朝日での連載記事によるものとされ、当初は主に葬儀や墓に関する内容を指した。終活という言葉が広がるにつれ、その内容に相続、財産整理、延命治療、介護、認知症、また遺品整理などが含まれるべきとの動きが生じ、現在では辞書でもそのように定義されている。つまり終活とは、マス・メディアによって作られ、世相を取り込み多様な内容を含む広義の言葉として変化したと言える。このことは、終活に関わる人々や企業、団体によってそのとらえ方が異なる可能性も示唆する。そこで本研究では、今一度終活がマス・メディアによって作られた葬儀や墓への備えを中心とした言葉であることに留意しつつ、終活に関するマス・メディアのとらえ方とその変遷を明らかとすることを目的とする。そのために、「終活」の語を含む新聞記事について、テキストマイニングを用いて内容分析を行った。記事数は、2015 年をピークとしつつ2016 年・2017 年ともに同水準で推移し、かつ読者投稿の比率が年々増加しており、終活は一般に浸透していることが伺えた。記事の内容からは、葬儀や墓についての内容を依然としてその中心としつつ、明るい側面を強調する形で報道されてきたことから、終活に取り組むことを肯定する視点でとらえてきたことがわかった。さらに近年では徐々に生活者の視点を取り込みつつあり、その内容はまさに変化の時期あることが示唆された。
著者
芹沢 浩 雨宮 隆 伊藤 公紀
出版者
横浜国立大学
雑誌
技術マネジメント研究 (ISSN:13473042)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.1-14, 2010

湖沼生態系におけるアオコの異常発生現象には次のような特徴が見られる.(1)アオコをもたらす究極の原因である湖の富栄養化は10年,20年の歳月をかけて徐々に進行するが,異常発生はある年を境に,突然,勃発する(突然の出現).(2)アオコの主成分であるミクロキスティスなどの藍藻類は冬から春にかけて湖底で越冬し,夏の訪れとともに湖面に上昇して「水の華」と呼ばれる異常発生現象を引き起こす(年周期の垂直上下運動).(3)夏季の異常発生期間でもこれらの藍藻類は,午前中,水面に出て光合成を行い,午後になると水中に沈んで栄養分を吸収する(日周期の垂直上下運動).本論文ではタイムスケールの異なるこれら3つの特徴を的確に説明するために,栄養塩と藍藻類から成る2つの2変数数理モデル(常微分系の基本モデルと偏微分系の垂直上下運動モデル)を作成する.そして,これらのモデルを用いて,神奈川県の『県営水道の水質』に記録された相模湖と津久井湖におけるアオコの異常発生現象を解析する.本論文の解析によれば,相模湖・津久井湖水系は1970年代前半に澄んだ状態から濁った状態にレジームシフトし,以後,現在まで濁った状態,すなわち夏季のアオコ異常発生が恒常化した状態が継続している.またアオコの発生量,発生パターンに関する年ごとの変動には日照量,水温,栄養塩濃度といった生態学的,生理学的要因とともに,台風の襲来,ダムの放流といった自然,人為による偶発的要因も深く関与していると考えられる. Algal blooms in lake ecosystems are characterized by the following features. (1) Algal blooms break out abruptly at a certain time, although eutrophication, the ultimate cause of algal blooms, proceeds gradually over decades (abrupt outbreak of the phenomena). (2) Cyanobacteria such as Microcystis, the main component of algal blooms, overwinter at the bottom of the lake during the winter season, rising up to the water surface with the coming of summer (annual vertical migration). (3) During the summer season, cyanobacteria repeat vertical movement for photosynthesis at the surface from the midnight to the morning and for nutrient uptake at subsurface layers from the afternoon to the early evening (diurnal vertical migration). In this paper, we present two mutually correlated mathematical models, a fundamental model described by ordinary differential equations and a vertical migration model described by partial differential equations, both of which consist of nutrients and cyanobacteria. These models can properly explain the above-mentioned phenomena that differ in time scales. Then, we apply these aquatic models to the algal blooms in Lake Sagami and Lake Tsukui, referring to "Quality of prefectural tap water" published by Kanagawa Prefecture. According to our analyses, the aquatic system of these lakes has undergone the regime shift from the clear-water state to the turbid-water state at the beginning of the 1970s, with the turbid-water state continuing until now. In both lakes, the abundance of cyanobacteria and the seasonal algal blooming pattern differ considerably depending on years, indicating the significant influence of accidental factors of the natural and the anthropogenic origins such as the advent of typhoon and the water discharge from the dam as well as the ecological and the physiological factors such as the light intensity, the water temperature and the nutrient concentration.
著者
星名 美幸
出版者
横浜国立大学技術マネジメント研究学会
雑誌
技術マネジメント研究 (ISSN:13473042)
巻号頁・発行日
no.15, pp.3-15, 2016-03-31

本研究の目的は、ギアチェンジ(治療目的を治癒以外に方向転換し症状緩和を主とした治療の選択に変更していく時期)を告げられ意思決定する前のがん患者と、意思決定したがん患者の役割にはどのような変化が起きているのかを明らかにすることである。入院中の患者はどのような役割があり、他者からどのような役割を期待されているのか、「看護師から患者への役割期待」、「医師から患者への役割期待」、「家族から患者への役割期待」「病院から患者への役割期待」の4 つに分類して文献検討を行った。その結果、ギアチェンジ期におけるがん患者の役割期待は、ギアチェンジポイントを境に看護師・家族・医師の役割期待は変化すると捉え、ギアチェンジ期にあるがん患者の役割期待と病院からの役割期待を概念枠組みの図にまとめた。ギアチェンジ前は看護師、医師、家族はがん患者に対して、「積極的に病気と闘ってくださいという期待」があり、治療を行うが積極的治療にも限界が生じる。その瞬間が、ギアチェンジポントである。ギアチェンジ後、「症状緩和を最優先にしてくださいという期待」へと変化する。その一方で、病院のルールを守ってくださいという「病院からの患者への役割期待」に変化は起きていないことを導いた。これらのことから、看護師はがん患者の役割を知ることで、そのがん患者に合った接し方や看護の方法を工夫することができると示唆された。The purpose of this study is to clarify how the role of a cancer patient has been changing before and after the patient makes a decision toward the changing gear. The changing gear which is the period shifting the therapeutic purpose from cancer reduction to palliative care focusing on symptom reduction. In order to identify the patient's roles and the patient's roles expected from others during hospitalization, we examined the related documents by classifying the roles into four categories. The categories include "the roles expected from the nurse to the patient," "the roles expected from the doctor to the patient," "the roles expected from the family to the patient," and "the roles expected from the hospital to the patient." As a result, for the roles of cancer patients in the changing gear period, the expectation from the nurses, the family, and the doctors have changed before and after the changing gear point. In addition, we showed the summary of the expected roles of cancer patients in the changing gear period and the roles expected from the hospital in a figure of conceptual framework. Before the changing gear , the nurses, the doctors, and the family have the "expectation to fight thedisease actively" for the patient. Although the treatment to cure the cancer is performed, the treatment also has the limit. That moment is a changing gear point.After the changing gear, the patient has been shifted to the "expectation to put the first priority on the symptom relief." On the other hand, we found that "the role expected from the hospital to the patient" that is to follow the hospital rules has not changed through the changing gear. From these findings, it was suggested that the nurses can improve their attitude and the nursing methods corresponding to the individual cancer patient by understanding the roles of cancer patients.
著者
村上 英吾
出版者
横浜国立大学技術マネジメント研究会
雑誌
技術マネジメント研究 (ISSN:13473042)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.14-26, 2003

本論では、横浜国立大学で大学院生を対象に実施したアカデミック・ハラスメントに関する調査をもとに、アカデミック・ハラスメントに関する先行研究を再検討した。主な論点は2 つある。ひとつは、アカハラの背景として「大学社会の二重性」にもとづく権力性の問題があるという点であり、もうひとつは、アカハラを性差別に限定するべきかどうかという点である。第1 の論点については、博士課程在籍者の最も深刻な被害経験をみると、学年が高まるほど被害の割合が高まることから、アカハラの背景として研究室の「風土」が問題であるという「疫学的」解釈に対して、権力性の問題がより重要であるという社会学的解釈を支持している。第2 の論点については、セクハラ型以外のアカハラ被害に関しては男女間の被害経験の有無に統計的有意差がないこと、加害者の女性比率が低いとはいえないことから、アカハラ被害は「性差別」問題としての側面に加えて、「性差別」にとどまらない問題を内包していることが看過されるべきではないことを指摘した。
著者
田中 ひかる
出版者
横浜国立大学技術マネジメント研究会
雑誌
技術マネジメント研究 (ISSN:13473042)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.42-55, 2003

現在、日本の生理用品の種類と性能は、世界一と言われている。しかしつい40 年前まで、日本女性は「蒸れる」「かぶれる」「ただれる」の三拍子揃ったゴム製の月経帯と脱脂綿を組み合せた不便な月経処置法を行っており、欧米に比べかなり遅れていた。このように月経処置法が日本で進歩しなかった背景には、社会学的視点から、月経不浄視など様々な理由が考えられる。このような慣習を破り、現在のような使い捨てナプキンを開発・販売、女性たちを物理的のみならず先駆的なコマーシャルによって精神的にも解放したのが、1961 年に坂井泰子が設立したアンネ社である。本稿の目的は、アンネ社について記録し、アンネ社が月経観に与えた影響を検証することである。<br> まず第1章第1節では、月経処置法の進歩を妨げていた月経に対する不浄視や偏見について触れ、それらがいかに女性たちを拘束してきたかを明らかにしている。第2節では、アンネナプキンが販売される以前、日本女性たちが行っていた月経処置法についてまとめた。第2章では、坂井泰子がアンネ社を設立してからライオンに吸収合併されるまでの過程をまとめ、アンネ社がアンネナプキンを普及させるために月経観の改革が必要だったこと、普及した結果月経観さらには女性の身体観までもが大きく変わったことを検証している。
著者
王 尚可 安本 雅典 許 経明
出版者
横浜国立大学技術マネジメント研究学会
雑誌
技術マネジメント研究 (ISSN:13473042)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.31-45, 2018-03-31

本研究では、後発企業が技術スピルオーバーによって、どのように知識を獲得し蓄積するのかを検討する。より具体的には、既存の有力な標準化の推進企業から後発企業への技術的リーダーシップの移転のプロセスを検討することによって、標準化にともなう技術のスピルオーバーにおいて、後発企業がいかに知識の獲得・強化できるのかを明らかにする。本研究では、技術仕様に関して宣言される必須特許(SEP:standard essential patent)と独自特許(Non-SEP)の分析を行った。その結果、補完的企業である、ある後発の半導体サプライヤーは、既存の有力な標準化の推進者からの必須特許の引用を通じて、システム知識を構築・強化し、それによって先発企業を圧倒してきたことが明らかとなった。この発見は、標準化の推進企業の知識マネジメントについての議論を拡張するとともに、実践的な示唆を提供すると期待される。