著者
益田 義賀
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.51, no.5, pp.323-331, 1996

ここに古ぼけた一枚の写真がある(図1). 1954年7月3日付の読売新聞の複写である. "第二群像"という特集記事で, 「汗ダクで零下273度を創る」と題して「東北大学金属材料研究所極超低温グループがクロムカリ明バンの断熱消磁によって, この世ならぬ極超低温の異常世界で起こる興味深いいろんな珍現象を追及しはじめた.」と面白おかしく報じている. 日本の新聞記事に絶対零度が現れたのは, おそらくこれが最初であろう. 写真には, 日本の低温物理を背負って立つことになる, 30歳になるやならずの連中の顔が並んでいる. 日本の低温研究の夜明けである.
著者
佐中 薫
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.59, no.10, pp.698-702, 2004-10-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
34

量子コンピュータを実現する方法を探ることは,今最もチャレンジングな課題のひとつと言っていいでしょう.光を使う方法は,量子的な重ね合わせ状態を長く維持できるといったメリットがありますが,量子演算を効率的に行うためには,1光子と1光子の間で強い相互作用を実現しなくてはならず大きな問題となっていました。ところが単一光子光源,単一光子検出器を使うことで原理的にはこの問題を解決できることが理論的に示され,私たちのグループでは,この理論の基礎である非線形符号シフトの検証実験を行うことに成功しました。本稿ではこの理論の基本的なアイデアと,検証実験の現状と展望について紹介します.
著者
西原 美一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.49, no.10, pp.811-818, 1994-10-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
38
被引用文献数
1

ペロブスカイト型3d遷移金属酸化物の特徴のひとつは,同一の結晶構造を保ちながら電子数,電子相関の強さなどを容易に変えられることにある.このため,強誘電体から超伝導体まで,磁気的にも局在スピン状態からパウリ常磁性まで種々の状態をとることが可能となっている.金属-非金属転移,格子系の変化と結びついた電子状態の変化,さらに酸素欠陥の物性に及ぼす影響などを中心に,この系の示す物性の多様性について紹介する.
著者
張 奕勁 岩佐 義宏
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.11, pp.771-776, 2014-11-05 (Released:2018-09-30)

日常の範囲を超えて物質を小さくしていくと,それまでとは全く違った性質が現れる.例えば,黒鉛(グラファイト)は,身近なところでは鉛筆の芯をはじめとして広く使われているが,数ナノメートル(10^<-9>m)程度まで薄くすることで最先端の物理現象の舞台になる.グラファイトは層状の物質であり,一層分を取り出したものはグラフェンと呼ばれる.2004年に初めてグラフェンの抽出に成功すると,スコッチテープで剥がすだけというその簡便さも相まってグラフェンの研究が世界的に進展した.グラフェンの特徴はそのバンド構造にある.フェルミ準位近傍にはディラックコーンと呼ばれるバンドギャップのない線形分散があり,電子は質量のないフェルミ粒子のように振る舞う.これにより,室温における量子ホール効果など顕著な量子現象が現れ,数多くの物理学者・材料科学者を引きつけた.ナノ物質の新たな側面を引き出したグラフェンの研究に対して,2010年にノーベル物理学賞が授与されたことは記憶に新しい.グラフェンにおける新物性の出現は,何層も積み重なった3次元的なグラファイトから単層という純粋に2次元的なグラフェンへの変化に由来する.同様の効果は層状物質に普遍的に期待できるものであり,スコッチテープ法はその確立から程なく多種多様な層状物質へと応用されるようになった.その中でも,遷移金属カルコゲナイド(Transition Metal Dichalcogenide; TMD)と呼ばれる物質が有名である.本稿では,TMDをベースにした,単層ないしは数層の2次元結晶における電界効果物性について解説する.単層TMDはグラフェンと非常によく似た結晶構造を持っているが,グラフェンと異なりディラックコーンにギャップが開いて半導体になっているという違いがある.バンドギャップの存在は,ON/OFF比が10^8以上というスイッチング性能の高い電界効果トランジスタ(Field Effect Transistor; FET)動作を可能にした.さらに,TMDを電気二重層トランジスタ(Electric Double Layer Transistor; EDLT)と呼ばれる新しい種類のFETと組み合わせると,高いON/OFF比に加えて電界効果による超伝導転移も誘起することができる.EDLTによって観測された超伝導転移温度T_cは,ゲート電圧によるキャリア数の増加とともに上昇するが,最高で10.5Kに達した後,降下する.すなわち,T_cは状態密度とともに上昇するのではなく,あるキャリア濃度で最適値を持つのである.一方,バンドギャップの存在はTMD単層が反転対称性のない結晶構造を持っていることに由来するが,この対称性の破れは他の効果ももたらす.TMDは複数のフェルミポケット(バレーと呼ばれる)を持っているが,対称性の破れのためにこれらバレーが上向き/下向きスピンのように電荷に新しい自由度を与える.同時に,バレー自由度を光の左右の円偏光によって制御することが可能になる.ギャップの大きさは可視光領域の光のエネルギーに対応しており,光・バレー物性を用いたデバイス応用も期待できる.例えば,TMD-EDLTが両極性トランジスタ動作を示すことを応用すると,円偏光発光ダイオードを作ることができる.さらに,この発光の偏光方向は電流の向きによって制御することができる.この電気的な制御性は,現存する他の円偏光発光素子では実現できないユニークなものである.以上のようにTMD2次元結晶は多くの可能性を秘めた物質であるが,EDLTと組み合わせることによってその可能性を最大限に引き出すことができると期待される.TMDには様々な物質が存在するため,今後,広範囲にわたる研究が待たれる.
著者
森田 浩介
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.60, no.9, pp.698-707, 2005-09-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
23

我々は, 独立行政法人理化学研究所の重イオン線形加速器からの70Znビームを209Bi標的に照射し, ビーム核と標的核との完全融合反応によって合成される, 原子番号113, 原子質量数278の原子核278113の崩壊を観測することに成功しました.ビームやその他実験にとってバックグラウンドとなる粒子から分離された目的の核は, 半導体検出器に打ち込まれ, そこで4回の連続したα崩壊をした後, 自発核分裂を起こして崩壊しました.4回目のα崩壊の崩壊エネルギーと崩壊時間, それに引き続いて起こった自発核分裂の現象と崩壊時間は, 既知の崩壊連鎖である266Bh(原子番号107)→262Db(原子番号105)のものと矛盾がなく, これらの崩壊に先立って起こった3回の連続したα崩壊は278113→274Rg(原子番号111)→270Mt(原子番号109)→という, これまでに報告されていない新同位体の崩壊であると結論づけました.観測された原子数はわずか1ですが, 保守的な言い方をすれば, 今回合成された278113は, 実験的に原子番号と質量数を決定されたものとしては, 原子番号, 原子質量数ともに最大のものであり, 新元素の発見の可能性があると考えています.
著者
神戸 振作 酒井 宏典 芳賀 芳範
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.60, no.11, pp.860-862, 2005-11-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
14

プルトニウムやネプツニウムなどの超ウラン化合物は, その放射能のため取り扱いが困難だが, 強相関5f電子系という観点からは魅力ある研究対象である.最近プルトニウム化合物で高い臨界温度Tcを持つ超伝導体が見つかり注目されている.本稿では, その良質の単結晶育成と異方的電子物性またNMRによる超伝導状態の研究について報告する.
著者
山口 浩司
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.8, pp.554-562, 2017-08-05 (Released:2018-07-25)
参考文献数
59

ここ10年ほどの間,最先端の微細加工技術を用いて作製した微小なメカニカル共振器に関する研究が大きな広がりを見せている.微小メカニカル共振器はそのサイズに応じてマイクロメカニカル共振器,あるいはナノメカニカル共振器と呼ばれるが,微細化のメリットは周波数を高くできることにある.素子応用などを考えた際,周波数が高くできるということは,それだけ動作速度を早くできるということであるが,一方,基礎物理の側面からも極めて重要な性質である.サブミクロンスケールの構造の共振周波数は1 GHzを超え,この系を調和振動子として見なしたときのエネルギー量子は温度に換算して50 mKとなり,市販の希釈冷凍機で容易に到達可能な領域である.すなわち,このような高周波のメカニカル共振器を冷却すると量子力学的な調和振動子として扱えることになる.この領域のメカニカル共振器は数百万から数億という膨大な数の原子から構成され,いわゆる巨視的物理系の量子力学的な性質が観測できるのではないか,という点が大きな注目を集めているのである.一方,このようなエネルギー量子は,別の考え方をすると構造に閉じ込められた音響フォノンであり,一個一個の量子力学的なフォノンの振る舞いを調べるという視点でも,興味深い研究対象となっている.マイクロ・ナノメカニカル共振器のもう一つの特徴は,非線形性の出現である.両持ち梁などの共振器構造においては振動振幅が大きくなると構造全体に張力が発生し,これが起因して非線形相互作用,すなわちフォノンの非調和性が現れる.一般の場の理論と同様に共振器のハミルトニアンは固有モードに分解すると調和振動子の集団として記述することができるが,この非線形相互作用は異なるモード間の生成消滅演算子の3次以上の積として書くことができる.すなわち,この非線形相互作用は異なるモードのフォノンの生成や消滅,あるいは反応などをつかさどることになる.この効果はメカニカル振動の周波数変換やフォノンの3波あるいは4波混合などととらえることができ,多彩なメカニカル振動の制御が可能となる.これはデバイス応用上の重要性だけではなく,量子力学的な領域においても,量子ノイズのスクイージングやフォノンのコヒーレント制御など,基礎物理の視点において興味深い現象が実現できる可能性を与える.我々は,このような視点から圧電材料である化合物半導体を用いて微小メカニカル共振器を作製し,振動により生成する張力を介した非線形相互作用を用いて,様々な実証実験を行うことに成功した.特に二つのモード間の相互作用を外部からの張力変調により電気的に制御できることを示し,二つのモード間における振動エネルギーの操作や,コヒーレンスが低い振動からコヒーレンスが高い振動を生成するフォノンレージング動作,さらには両者の熱揺らぎに対して相関を引き起こす2モードスクイージングを実現した.現在量子領域における実験を念頭に,量子ドットをはじめとする様々な半導体量子構造とのハイブリッド素子化を進めている.
著者
南部 陽一郎
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.28, no.6, pp.452-460, 1973

おことわり : この小文の読者は見なれない日本語の術語に出くわして当惑されるかも知れないがこれは筆者が意識的に試みたことである. 将来研究者がこの方面にもっと関心を払い, 自然淘汰の結果, 生の外国語に代る適当な術語が多く通用するようになれば幸いである.
著者
会誌編集委員会
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.71, no.9, pp.594, 2016-09-05 (Released:2017-01-09)

物理学70の不思議フェルミ粒子系の数値計算はなぜ難しい?:負符号問題

1 0 0 0 OA 光るシリコン

著者
金光 義彦 小川 哲生 舛本 泰章
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.49, no.12, pp.979-986, 1994-12-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
43

電子工学・固体物理学・無機化学の各分野で一大研究領域を形成しているシリコンに,ある発見がきっかけとなって新たな研究分野が生まれた.ちょうどこれらの境界領域にある新分野のキーワードは「光るシリコン」である.可視光の波長領域で非常に強く光る,この魅惑的な「光るシリコン」をなるべく易しく紹介することにしよう.
著者
末松 大二郎 松岡 武夫
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.43, no.8, pp.586-593, 1988-08-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
4

四つの力ならびに物質と時空とを統一する理論として最近注目を集めている超弦理論と, そこから導かれる低エネルギー有効理論について概括する. 超弦理論は高次元時空において定義されており, 4次元以外の余分な次元の空間がコンパクト化される結果として4次元理論が得られる. 導出される低エネルギー有効理論は, このコンパクト空間の位相構造と密接に関係している. いわゆる標準模型を含むなど, 低エネルギー有効理論として満すべき現実的条件と, コンパクト空間の位相構造との関係や超弦理論の実験的検証の可能性について述べる.
著者
伊敷 吾郎 西村 淳 花田 政範 百武 慶文
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.70, no.6, pp.436-440, 2015-06

ブラックホールが熱力学的性質をもつ,という話をご存じだろうか.例えば,ブラックホールに対してエントロピーを定義することができ,実際ブラックホールの合体などの過程において,そのエントロピーが増大することは,古くから知られている.また,ブラックホールの周辺で粒子と反粒子が対生成するような量子効果を考えると,いわゆるホーキング輻射をとおして,ブラックホールが少しずつエネルギーを放出していることがわかる.この性質をもとに温度を定義することもできる.通常,熱力学的に振る舞う系は,非常に多くの力学的自由度からなっており,その系を巨視的に見ることによって初めて熱力学的性質が現れる.ではブラックホールの場合,その力学的自由度は何なのか.そもそも,アインシュタイン方程式の解として導かれるブラックホールが,どうしてエントロピーをもつのか.その起源は何なのか.この問いに答えるには,ブラックホールの内部構造を理解する必要がある.しかしブラックホールの中心には特異点が存在するため,重力の古典論である一般相対性理論では答えることができない.それ故この問題は,一般相対性理論を超えた重力の量子論的定式化の言わば試金石として,現在に至るまで盛んに議論されてきた.超弦理論は,重力を含む4つの基本的な相互作用と物質粒子を統一的に,量子論的に記述する理論である.しかし,従来の超弦理論は摂動論的に定式化されたものにすぎず,ブラックホールの熱力学的性質を理解するのは困難に見えた.ところが1990年代に入って状況は一変する.超弦理論におけるソリトン解が発見され,それがブラックホールを表すことがわかったからだ.特に1997年,Maldacenaはこのような考えを発展させて,ブラックホールの内部構造を超対称ゲージ理論で記述できると主張した.この超対称ゲージ理論は,ソリトン解のまわりの超弦の励起に対する有効理論として導かれる.また,この超対称ゲージ理論が定義される時空は平坦であり,ブラックホールが存在する時空よりも低い次元をもつ.このためMaldacenaの主張は,ブラックホールなどをホログラムのように記述できるとするホログラフィック原理を具体的に実現するものとも見なせる.この考え方を応用して,様々なゲージ理論の強結合領域における性質を,ブラックホール的な時空における古典論的計算から明らかにする研究も精力的に行われている.Maldacenaのもともとの主張を検証するには,超対称ゲージ理論の強結合領域での解析が必要となるため,一般には非常に難しい.これまでに得られている証拠の多くは,高い対称性や可解性のおかげで解析的な計算が可能な場合に限られていた.しかし,より一般的な場合に対して第一原理に基づく検証を行うには,超対称ゲージ理論の数値シミュレーションが最も直接的な方法であり,2007年頃からそうした研究が発展してきた.特に最近の研究では,これまでほとんど手がかりがなかった,ブラックホールが小さく,その地平面付近でも重力の量子論的な効果が無視できない場合について検証がなされた.
著者
綿村 哲
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.55, no.10, pp.756-762, 2000-10-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
9

アインシュタインの一般相対性理論と場の量子論を統合する理論体系は,幾何学そのものの拡張を必要としているのか? 量子重力理論の最も有力な候補と思われている超弦理論の最近の発展に伴い,非可換空間または量子空間と呼ばれる拡張された"空間"が理論の中に自然に現れることが分かってきた.このことは,アインシュタイン理論におけるリーマン幾何学の役割を,量子重力においては非可換幾何学という体系で置き換えなければならないことを意味している.本稿では,非可換空間上の場の理論を見ながら,非可換幾何学とはどのようなものなのか,なぜそれを考える必要があるのかを解説する.