著者
金澤 悠介
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.101, pp.37-59, 2018-03-28 (Released:2021-12-01)
参考文献数
34

本稿の目的は、先行研究とは異なるアプローチで不公平感を分析することをつうじて、「階層意識としての不公平感」の特質を再検討することである。不公平感についての先行研究では不公平感と階層的地位の関連が弱いという経験的知見がたびたび見出された結果、不公平感は「空論上の階層意識」として次第に注目を集めなくなっていったのだが、本稿はこれを不公平感そのものの特質というよりは先行研究のアプローチの問題だと考える。先行研究は不公平感を生み出す意識の構造を単純化してモデル化し、人々の抱く不公平感も同質的なものと想定したのに対し、本稿は(ⅰ)全般的不公平感・領域別不公平感・公平判断基準・社会の仕組みの認知という意識変数の内的構造と(ⅱ)その異質性を明らかにすることをつうじて、不公平感という意識がどのようなものなのかを解明しつつ、(ⅲ)不公平感の構造と階層的地位がどのように関連しているのかを検討することをつうじて、階層意識としての不公平感の特質を明らかにすることを目指す。以上のようなアプローチによって、一九九五年SSM調査B票を分析したところ、回答者の抱く不公平感は質的に異なる五つのタイプが存在し、それぞれの不公平感のタイプに結びついた階層集団が存在することが明らかになった。そして、この知見をもとに階層意識としての不公平感の特質を議論した。
著者
稲垣 佑典
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.101, pp.85-114, 2018-03-28 (Released:2021-12-01)
参考文献数
24

耐久消費財の所有状況によって、階層帰属意識を説明しようとする試みが従前よりなされてきたが、その説明力は低いことが指摘されていた。このような説明力の低さは、耐久消費財の経済的価値の側面に着目する従来の分析では、多元的な要因によって評価されるようになった帰属階層を、十分に捉えられなくなったことに起因すると推察される。そこで本研究では、耐久消費財の所有を尋ねた項目へ、情報を縮約することを目的とした複数の多変量解析を適用して異なる側面についての情報を抽出し、それらのうち階層帰属意識を説明するのに有効なのは、どのようなものか検証を行った。また、SSM95とSSP2015という異なる時点で実施された二つの社会調査を用いて、分析結果の時点間比較も行い、階層帰属意識の規定因に時代的な変化が生じたのかについても検討した。
著者
板倉 有紀
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.101, pp.115-139, 2018-03-28 (Released:2021-12-01)
参考文献数
13

本稿の目的は、災害時の応急対策期におけるニーズ把握の実践を主とした被災者支援の経験が、保健師と地域社会や地域住民との関わり方の再評価に対して、どのような影響を与えているのかを、退職保健師の活動事例から検討することである。岩手県大槌町では、退職保健師が住民のニーズ把握のため、ボランティアでの災害対応を行った。これは異例であり退職保健師が行政の後ろ盾のないまま活動するのは困難である。 徳島県では退職保健師を県が組織化し「プラチナ保健師」制度を設立した。この制度は、東日本大震災の際に宮城県に派遣された経験をふまえて、地域のことをよく知っている現職の保健師が統括的な立場にいる必要があり、退職保健師は現職の保健師が活動しやすいように後方支援的な立場を担うと良いのではないかという考えのもと設立された。ここで再評価されているのは地区担当制と呼ばれる保健師の活動体制である。現況では保健師の活動体制は実質的な業務分担制が主であり、地域や地区の住民と関わったり関係機関を調整したりする経験が減少している。徳島県プラチナ保健師制度は、この課題意識が東日本大震災をきっかけに具体化され、平常時からの退職保健師と現職の保健師との連携を目指す制度である。
著者
小林 一穂
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.100, pp.61-82, 2017-09-14 (Released:2021-12-12)
参考文献数
17

現代農村では担い手の問題が重要になっている。本稿では、農業者の主体的な起動力となる行動理念のあり方を模索することによって、現代農村の困難な状況を突破する糸口を見出そうとする。 これまでの農本主義論を再検討して、農業者の日常意識である農本意識の契機として、自然との融和、勤労の重視、家族中心、地域的協同を抽出した。農本意識を体系化させ固定化したイデオロギーである農本主義においては、この諸契機が、自然没入主義、勤労至上主義、家父長主義、「共同体」主義、へと変質させられる。この実例として現代の農本主義者をとりあげて検討した。 農業者の生産と生活に妥当しつつ体系化されて不断に再構成される農本思想は、自然、勤労、家族、協同、という諸契機から構成される。この農本思想が農業者の行動理念として機能することが、現代農村の家族経営と村落社会の立て直しにとって重要である。
著者
佐久間 政広
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.100, pp.83-104, 2017-09-14 (Released:2021-12-12)
参考文献数
9

山村が激しい過疎高齢化の波に襲われて久しい。山村に居住する高齢者たちの多くは、慣れ親しんだ近隣関係や自然環境のゆえに、長年住み慣れた地を離れない。こうした高齢者たちの生活は、他出子から種々の援助を受けて維持されてきた。さらに、他出子が高齢者に代わって集落の共同作業に出役することで、集落も維持されてきた。やがて集落に居住する高齢者たちが死亡や施設入所で欠けていくと、それも困難になる。事例とする集落では過疎高齢化が著しく、もはや居住者だけでは集落を維持することが困難である。しかし、中山間地域等直接支払制度の交付金を受け、この交付金を利用して他出子が自家の農地を維持し、集落の共同作業に参加するよううながす仕組みをつくる。また空き家となった実家家屋を維持管理するよう方向づける。このように外部の補助金、他出子の労力、さらには行政の支援といった、集落にとっての外部資源を積極的に導入することで、集落維持をはかっているのである。
著者
安達 智史
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.100, pp.181-205, 2017-09-14 (Released:2021-12-12)
参考文献数
21

本稿は、日本人ムスリム女性のライフストーリーの聞き取りを通じて、彼女たちがどのように日本社会においてムスリムであることを実践し、アイデンティティや社会関係と関わる潜在的コンフリクトを回避しているのかという点を明らかにすることで、「日々生きられる宗教」としてのイスラームのあり方を描くことを目的としている。分析の結果、彼女たちは、与えられた制約のなかで所与の資源・情報・関係を駆使しながら、「日本人-ムスリム-女性」を日々実践していることが明らかとなった。その姿は、「スカーフ」に表象/矮小化される日本人ムスリム女性のイメージとは程遠く、また「イスラーム」と冠される概念の外延の柔軟さと奥行きを示すものとなっている。
著者
坂口 奈央
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.100, pp.207-233, 2017-09-14 (Released:2021-12-12)
参考文献数
26

本稿は、震災からの復興まちづくりに住民が主体的に関与していく原動力の獲得には、地域資源を媒介とした集合的記憶と集合的アイデンティティの再構築が大きな意義をもつことを明らかにした。 東日本大震災の津波被災地では、防潮堤の高さを巡る問題が復興まちづくりの基本的争点となった。このうち、岩手県大槌町赤浜地区は、県が提示した巨大防潮堤の高さではなく、震災前と同じ六・四メートルの高さを選択した。岩手県で震災前と同じ高さの防潮堤を選択した地域は、一三四ヵ所中二〇ヵ所にとどまる。なぜ赤浜地区は、防潮堤の高さについて震災前と同じ高さを選択したのか。赤浜地区の場合は、住民側の内在的要因として地域から見える蓬莱島の存在が大きく影響していた。 津波被災地には、「おらほのもの」という言葉で表現される海にまつわるシンボル性をもつ地域資源が存在する地域がある。赤浜地区では、日常的生活実践を積み重ねながら生み出してきた蓬莱島に関する集合的記憶が形成されてきた。 震災後住民は、津波に飲み込まれながらも無事だった蓬莱島に、復興への期待のシンボルとしての意識を高めた。また、避難所生活や復興まちづくりに関する議論を通じて集合的記憶が再編成されるとともに、「島の見える生活」を守るという、地域復興の目的を確認した。蓬莱島は住民にとっての集合的アイデンティティとなり、その結果、防潮堤の高さを選択する大きな要因となったのである。
著者
木村 雅史
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.100, pp.235-260, 2017-09-14 (Released:2021-12-12)
参考文献数
8

本稿の目的は、仙台市郊外A市の高齢者向け介護予防事業であるaサロン活動の支援者である地域サポーターへのインタビューを通して、地域サポーターがaサロン外における社会的役割や経験との関係性のなかで、どのようにサロン運営やサポート実践を行っているのかをアーヴィング・ゴフマンの相互行為儀礼論の視点から描き出すことである。 本稿では、aサロンのメンバーに対する地域サポーターの配慮や地域サポーター間の配慮のルールを相互行為儀礼と捉え、特徴の異なるX、Y、Zの三地区のaサロンについて分析を行った。X地区では、メンバー間の平等性と地域サポーター間の平等性が相互行為儀礼を通じて二重に維持されていた。Y地区では、地域サポーター自身が高齢化傾向にあるなかで地域サポーターの将来的な居場所づくりとして活動が捉え直されており、相互行為儀礼はさほど強く意識されていなかった。Z地区では、地域サポーターの個人的資源を活用したサポート活動が重視されており、相互行為儀礼は、地域サポーターがメンバーに対して適切な配慮を行うことと、地域サポーターが自らの個人的資源を活動に役立てることを両立させる調整的な役割を担っていた。 本稿の分析で明らかになったのは、メンバーと地域サポーターの適切な関係性やそれを維持する地域サポーターの適切な振る舞いを定義する役割を担っているのが相互行為儀礼であるという点である。
著者
木村 雅史
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.99, pp.133-155, 2017-02-28 (Released:2021-12-18)
参考文献数
23

本稿の目的は、アーヴィング・ゴフマン独自の「状況の定義」論として展開されている『フレーム分析』の分析枠組を対面的相互行為とメディアを介したコミュニケーション(以下、CMC)の両者を統合的に分析する枠組として捉え直した上で、その枠組をソーシャル・ネットワーキング・サービス(以下、SNS)上の相互行為実践に適用し、ゴフマンの分析枠組の意義を明らかにすることである。 まず、二、三節では、『フレーム分析』の理論的資源を成すジェームズの下位宇宙論やシュッツの多元的現実論に対するゴフマンの評価を検討することで、『フレーム分析』の意義を明らかにした。四節では、「状況の定義」の獲得や移行、メディアの効果に関するゴフマンの枠組を検討した。五節では、SNS上の相互行為実践を題材に対面的相互行為とCMCを往還するかたちで獲得、展開される「状況の定義」について記述、分析した。 本稿で明らかにした『フレーム分析』の意義とは、複数の経験領域間を往還するかたちで獲得、展開される「状況の定義」の重層性やその移行関係を記述する「多層的現実論」ともいうべき分析視点である。多層的現実論は、CMCが対面的相互行為に常に隣接し、影響を与えている今日のメディア状況において、対面的相互行為が担う機能や意味を考察する際、有効な枠組を提供するものとなる。
著者
小林 博志
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.99, pp.157-180, 2017-02-28 (Released:2021-12-18)
参考文献数
11

本稿では、高度経済成長期における農家の嫁の意識変化を、JAの家庭総合誌『家の光』から考察する。高度経済成長期には、営農の機械化・施設化による営農経費の増大と都市化による生活費の増大が、農村の消費社会化を進行させ、これにより兼業化が加速する。夫の兼業により、営農の中心的役割を嫁が担うことで営農での地位改善がなされ、農協婦人部と結びついた生活改善運動の展開を背景に、営農での地位改善は家庭生活での地位改善へと連動する。結果として、消費と教育への関心を高める。これは、嫁の意識が近代家族的価値観へと変化した表れである。テレビ普及というメディア環境の変化が、この意識変化を加速させ、テレビが示す「人並み」のモデルを追い求めることで、農村の平準化が進行する。そして、この変化を促す要因の一つが、農村に存在した旧来の気質である。農村の社会的弱者であった嫁の地位改善とそれに伴う意識変化は、近代化の浸透が農村の家庭レベルにまで及ぶことを意味し、このことが本稿を通して明らかとなる。
著者
本郷 正武
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.99, pp.181-205, 2017-02-28 (Released:2021-12-18)
参考文献数
18

本稿は北イタリア発祥の「スローフード運動」がいかに日本で受け容れられ、独自の展開を遂げているかを山形県の事例から明らかにする。スローフード運動は、希少作物や生産者の保護、味覚教育などを標榜し、世界各国で展開されている。日本でも地域毎に活動がおこなわれており、地元固有の食材の保存や調理法の見直しが企図されている。 スローフード運動を記述し、分析するために、本稿では「ライフスタイル運動」の観点を導入する。社会運動は一過性の非日常的な政治的闘争でありながら、一方で日々のライフスタイルの選択の積み重ねと連続していることがライフスタイル運動の観点から指摘でき、先行研究ではスローフード運動も考察の対象となっている。 本稿が事例とする山形県では、生産者のみならず、製造者や料理人、行政、映画監督などが結びつくことでスローフード運動が展開されている。特に、地域固有の「在来作物」を発掘し、それらを活かす料理人や漬け物業の存在は、山形の事例を強く特徴付けている。在来作物を介して、スローフードというシンボルにより多様なアクターを結びつけ、自前のローカリティをさらに掘り起こすことに貢献したのが、山形のスローフード運動である。