著者
纐纈 一起 大木 聖子
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.50-67, 2015-03-10 (Released:2023-09-11)
参考文献数
21

社会が災害科学に期待することは将来の自然災害の防止や軽減であり,そのためには自然災害を予測する必要があるが,種々の制約により予測が困難な場合が多いので,災害科学の社会貢献は不定性が高くなる.それを念頭に置かずに「踏み越え」が行われると科学者が刑事責任まで問われることがあり,イタリアのラクイラ地震裁判はその最近の例であるので,資料収集や聞き取り調査,判決理由書の分析等を行い,そこでの災害科学の不定性と科学者の責任を検討した.その結果,裁判の対象となったラクイラ地震の人的被害は,災害科学の不定性を踏まえない市民保護庁副長官の安易な「安全宣言」が主な原因という結論を得た.また,この「安全宣言」のみを報じた報道機関にも重大な責任がある.副長官以外の被告にも会合での発言が災害科学のコミュニケーションとして不用意であるという問題点が存在したが,地震までに発言が住民に伝わることはなかったから,この問題点は道義的責任に留まる.
著者
関谷 直也
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.14-23, 2022-07-10 (Released:2023-07-10)
参考文献数
11

近年の自然災害における災害情報の出し方のトレンドはレベル化,メッシュ化や高解像度化に伴う避難のリードタイムの減少,防災気象情報の増加・多様化である.だが,災害のリスク・コミュニケーションに関する情報は,科学的に精度よく,精緻に,詳細になればよいということではない. そもそも気象災害のみならず自然災害の発生自体の正確な予測は難しく,そもそも情報が増加・多様化しても決定打と呼べる情報はなく,「避難」に結びつく情報を判断することは難しい.リスクがリスク通りに伝わることが正しいのではなく,リスクを的確に理解した場合でもそれとは別に念のため避難すること,もしくはリスクを的確に理解しなかった場合でも必要以上にリスクを感じたり,早めに避難したりすることを正解とすべきなのが自然災害の―防災を目的とした―リスク・コミュニケーションなのである. 防災を目的として,人の命を守るための情報を目指すのか,アウトリーチを目的として,地震学・火山学・気象学への理解を深めることやまた専門知の情報提供に徹することを目指すのか,その目的を明確に区別したうえで考えることが重要である.
著者
日比野 愛子
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.34-40, 2022-07-10 (Released:2023-07-10)
参考文献数
12

本稿では,2021年5月8日に開催された科学技術社会論学会シンポジウム「新型コロナ・自然災害・原発事故についていかに分かり合うのか―コミュニケーションを再考する」での議論を整理し,突発的かつ大規模な災害による危機的状況(クライシス状況)でのコミュニケーションのあり方について検討をすることを目的とする.第一に,予言の自己破壊という観点からクライシス状況におけるコミュニケーションの本質的な困難を述べた.続いて,シンポジウムで発表された新型コロナ(奈良報告),自然災害(関谷報告),原発事故(寿楽報告)の報告をもとに災害におけるコミュニケーションの課題を整理した.最後に,あらためて三領域に共通する課題を取り出し,コミュニケーションのあり方とコミュニケーションの位置づけを振り返った.
著者
丸 祐一
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.108-118, 2020-04-30 (Released:2021-04-30)
参考文献数
30
被引用文献数
1

臨床研究が倫理的であるための原則の1 つとしてエマニュエルら(2004)は協働的パートナーシップ(collaborative partnership)をあげている.このようなパートナーシップを構築する活動としては,例えば,臨床試験への「患者・市民参画」(Patient and Public Involvement(PPI))がある.PPIは,診療ガイドラインや臨床試験の研究計画の作成などに患者参画を求める英国での運動であるが,近年,PPIは役に立っているのかという観点から評価に曝されている.しかしPPIが患者・市民の「権利」だから行われるべきならば役に立つかどうかとは無関係に参画は保障されなければならないのではないだろうか.また,医療者と患者・市民との理性的な対話による合意形成というパートナーシップのあり方は,生命倫理における市民運動的な情念を飼い慣らす「生―権力」的な働きをしているのではないか.
著者
林元 みづき 庭田 祐一郎 伊藤 哲史 植木 進 内田 雄吾 関 洋平 西川 智章 岸本 早江子 神山 和彦 高杉 和弘 近藤 充弘
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.119-127, 2020-04-30 (Released:2021-04-30)
参考文献数
4
被引用文献数
1

Patient Centricityとは「患者中心」を意味する概念であり,患者・市民参画(Patient and Public Involvement:PPI),Patient Involvement,Patient Engagementといった言葉と同義語である.近年,製薬企業が患者の意見や要望を直接入手し,患者の実体験を医薬品開発に活かすことの重要性が認識されつつあり,製薬企業での医薬品開発におけるPatient Centricityに基づく活動(本活動)が開始されている.本活動により,患者には「より参加しやすい治験が計画される」,「自分の意見が活かされた医薬品が開発される可能性がある」といったことが期待される.また,製薬企業には医薬品開発に新たな視点と価値が加わり,「より価値の高い医薬品の開発につながること」が期待される.本稿では,日本の製薬企業で実施されている本活動の事例の一部を紹介する.今後,日本の各製薬企業が本活動を推進することに期待したい.
著者
八代 嘉美 標葉 隆馬 井上 悠輔 一家 綱邦 岸本 充生 東島 仁
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.137-146, 2020-04-30 (Released:2021-04-30)
参考文献数
16
被引用文献数
1

再生医療は社会から高い注目を集めており,その成果は社会のあり方自体に大きなインパクトを与える可能性がある.そのため本格的な普及が始まる以前の段階から,研究者や医療従事者と社会の広い層がその有用性とリスクの理解を共有し,患者が研究や治療への参画を判断する基盤を整えることが重要である.研究機関や企業の広報では,研究成果を発信する際にある程度の宣伝の色彩はやむを得ない部分があるが,学会という非営利セクターが主体となる場合は,客観的かつ冷静な情報発信による知識基盤の整備へとつなげられる可能性がある.本稿では日本再生医療学会が実施してきた事業を紹介し,エマージングテクノロジーに関するコミュニケーション,あるいはそうした活動に関する患者・市民参画のモデルを構築する一助としたい.
著者
高島 響子 東島 仁 鎌谷 洋一郎 川嶋 実苗 谷内田 真一 三木 義男 武藤 香織
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.147-160, 2020-04-30 (Released:2021-04-30)
参考文献数
23
被引用文献数
1

ゲノム研究/医療の発展のために,研究で利用した患者・市民を含む研究参加者個人のゲノムデータを多くの研究者等で共有するデータ共有(GDS)が広がっている.GDSではデータ提供者のプライバシーの保護並びに意思の尊重が倫理的な課題であり,データ提供者となりうる患者・市民の声を反映した仕組みづくりが重要である.GDSに関する患者・市民の期待と懸念について,高度に専門的かつ一般には適切な情報の入手が困難であるGDSに対する意見を得るため,情報共有と対話の二部構成からなる対話フォーラムを試行した.その結果,医療目的の研究・開発に対するGDSは理解と期待が示された一方で,非医学的な領域での利用やデータのセキュリティ,ゲノムリテララシーに対する懸念等が挙がった.研究者との対話を通じて,自身のデータが使われた研究の内容や成果を知りたいといった研究者に対する要望や,市民・患者の参画について具体的な提案が出された.
著者
花岡 龍毅
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.192-207, 2020-04-30 (Released:2021-04-30)
参考文献数
52

抗がん剤開発における副作用リスクの公平な社会的分担を実現するためには,開発に際して服薬者が果たしている役割を明らかにすることが必要である.本稿の目的は,抗がん剤ゲフィチニブ開発において,副作用被害者のみならず臨床試験参加者をも含む服薬者が果たした役割を公式文書や科学論文を基に明らかにすることである.分析の結果,服薬者は次のような役割を担っていることが明らかになった.(1)第Ⅰ相,および第Ⅱ相の臨床試験参加者およびEAP参加者は,生命・健康をかけて,医薬品候補化合物ZD1839 を医薬品へと転化させた.(2)市販後に服薬した数多くの患者は, ゲフィチニブに潜在していた致死的な有害作用を証明し,第Ⅲ相臨床試験参加者は,ゲフィチニブに生存期間の延長効果はないが,無増悪生存期間の延長効果があることを,やはり生命と健康をかけて証明した.もしゲフィチニブの事例が例外でないならば,この事例から引き出される結論は,抗がん剤開発における必須の関与者が,一方的に副作用リスクを受忍するのは不合理であり,有用な抗がん剤は社会全体に恩恵をもたらしうるものであるから,製薬企業はいうまでもなく,広く社会的にリスクを分担する必要があるということである.