著者
柳原 良江
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.79-92, 2019-04-20 (Released:2020-04-20)
参考文献数
21

代理出産は1976 年に米国で発明された商業的な契約である.当時の批判的な世論に影響された結果,商業的要素の低い人助けとしての位置づけがなされた.その後ベビーM事件により下火となるも,1990 年代に体外受精を用いる形で普及し,2000 年代からは生殖アウトソーシングと呼ばれる越境代理出産が流行し,世界的な一大市場を形成してきた. このような代理出産には,乳児売買,かつ女性の赤ちゃん工場化であるとの批判がなされてきたが,後者は女性の〈妊娠・出産というサービス〉と解釈されることで,身体の商品化を免れるレトリックが構築されてきた.しかし代理出産の現状は,それが女性の生命機能全体の商品化であることを示している. これら代理出産を支える論理は,生命科学知により分節化されつつ発展する「生-資本」が機能する社会の中で構築されている.そして代理出産市場は,このような社会で人の潜在的な〈生殖可能性〉を喚起しながら拡大を続けている.
著者
夏目 賢一
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.191-209, 2018-12-10 (Released:2020-02-10)
参考文献数
50

デュアルユース技術研究への期待は,まずは防衛装備(とくに次世代戦闘機)の調達費削減と技術獲得,そして将来的な国際共同開発を見据えたバーゲニングパワー向上を求める防衛技術外交政策の中で促された.これに日本のソフトパワー向上を求める科学技術外交政策と産学官によるイノベーション志向の科学技術政策が加わることで,デュアルユース技術研究に取り組むことが大学にも期待されるようになった.科学技術外交戦略の議論では,その管理や倫理は内閣府によって検討対象外とされ,国際化・高度化・高額化する通常兵器の取得とデュアルユース技術研究のスピンオン・オフばかりが検討課題になった.デュアルユース技術研究への積極的支援は政権によらずに推進されていたことから,それが日本の政治家のあいだである程度一般的な認識になっていたか,あるいは何らかの外的影響によっていたと考えられる.
著者
児玉 真美
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.55-67, 2019-04-20 (Released:2020-04-20)
参考文献数
19

世界各地で「死の自己決定権」「死ぬ権利」を求める声が広がり,積極的安楽死と医師幇助自殺の合法化が加速している.それに伴って,いわゆる「すべり坂」現象の重層的な広がりが懸念される.また一方では,医師の判断やそれに基づいた司法の判断により「無益」として生命維持が強制的に中止される「無益な治療」係争事件が多発している.「死ぬ権利」と「無益な治療」をめぐる2 つの議論は,決定権のありかという点では対極的な議論でありながら,同時進行し相互作用を起こしながら「死ぬ・死なせる」という方向に議論を拘束し,命の選別と切り捨てに向かう力動の両輪として機能してきたように思われる.日本でも「尊厳死」のみならず積極的安楽死の合法化まで求める声が上がり始めているが,「患者の自己決定権」概念は医療現場にも患者の中にも十分に根付いておらず,日本版「無益な治療」論として機能するリスクが高い.日本でも命の切り捨ては既に進行している.
著者
塚原 東吾
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.27-39, 2018

<p> 日本のSTSは,公害問題についての宇井純や原田正純,もしくは反原発運動の高木仁三郎らの系譜を受け継ぐという想定があるが,これはある種の思い込みに終わっているのかもしれない.実際,日本のSTS は今や体制や制度への批判ではなく,科学技術と社会の界面をスムースに接合させる機能を自ら担っている.そのため本稿では,日本のSTSで"科学批判"と呼ばれる潮流の衰退が進んでいる現状について,まずはおおまかな図式を示してみる.</p><p> またこの変容を考えるため金森修の所論を,戦後日本の科学批判の歴史にそって検討する.さらに日本でSTSの出現に至った2 つの重要な潮流,すなわち一つ目は廣重徹に濫觴を持ち中山茂が本格展開した思潮(この流れは80 年代に吉岡斉を生み出す)と同時に,村上陽一郎のパラダイムがある種の転換(「村上ターン」)を迎えたことが,戦後科学論の分岐点として,STSを制度化の背景になっていたことを論じる.</p>
著者
塚原 東吾
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.27-39, 2018-11-20 (Released:2019-12-02)
参考文献数
21

日本のSTSは,公害問題についての宇井純や原田正純,もしくは反原発運動の高木仁三郎らの系譜を受け継ぐという想定があるが,これはある種の思い込みに終わっているのかもしれない.実際,日本のSTS は今や体制や制度への批判ではなく,科学技術と社会の界面をスムースに接合させる機能を自ら担っている.そのため本稿では,日本のSTSで“科学批判”と呼ばれる潮流の衰退が進んでいる現状について,まずはおおまかな図式を示してみる. またこの変容を考えるため金森修の所論を,戦後日本の科学批判の歴史にそって検討する.さらに日本でSTSの出現に至った2 つの重要な潮流,すなわち一つ目は廣重徹に濫觴を持ち中山茂が本格展開した思潮(この流れは80 年代に吉岡斉を生み出す)と同時に,村上陽一郎のパラダイムがある種の転換(「村上ターン」)を迎えたことが,戦後科学論の分岐点として,STSを制度化の背景になっていたことを論じる.
著者
花岡 龍毅
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.68-78, 2019-04-20 (Released:2020-04-20)
参考文献数
19

医療費が増加するのは高齢者が増えるからであるという一般に流布している見解が誤りであることは,医療経済学においては,ごく初歩的な常識である.本稿の課題は,こうした誤った認識の根底にある思想を「高齢者差別主義」と捉えた上で,こうした一種の「生物学主義」が浸透している社会の特質を,フーコーの「生政治」の思想を援用しながら検討することである. 生権力は,もともと一体であるはずの集団を,人種などの生物学的指標によって分断する.年齢などの指標によって高齢者と若年者とに分断する「高齢者差別主義」もまた生権力の機能であるとするならば,そして,もしこうした仮説が正しいなら,フーコーの指摘は現代の日本社会にも当てはまる可能性がある.フーコーが私たちに教えてくれているのは,生権力のテクノロジーである生政治が浸透している社会は,最悪の場合には自滅にまでいたりうる不安定なものであるということである.
著者
廣野 喜幸
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.18-36, 2019-04-20 (Released:2020-04-20)
参考文献数
57

1980 年代のバイオテクノロジーの進展は人体の商品化を可能にし,資本システムは実際に人体を商品化してきた.先進諸国は臓器売買を禁じる法律を制定したが,発展途上国では(特にイランでは国家主導で)売買がなされている.経済的アクターによる生権力は,近代世界システムが外部を周辺化したさいに,強制労働という規律権力で始まり,18~19 世紀を中心とする黒人奴隷制度で「生き続けよ,そうでなければ死に廃棄せよ」とする生権力の形態をとり,それが引き続き人体のパーツに達したと解釈できる.このタイプの経済的生権力は近代世界システム論のいう半周辺地域に,より深く浸透しているが,この機序の詳細を解明することが今後の課題となろう.
著者
児玉 真美
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.55-67, 2019

<p> 世界各地で「死の自己決定権」「死ぬ権利」を求める声が広がり,積極的安楽死と医師幇助自殺の合法化が加速している.それに伴って,いわゆる「すべり坂」現象の重層的な広がりが懸念される.また一方では,医師の判断やそれに基づいた司法の判断により「無益」として生命維持が強制的に中止される「無益な治療」係争事件が多発している.「死ぬ権利」と「無益な治療」をめぐる2 つの議論は,決定権のありかという点では対極的な議論でありながら,同時進行し相互作用を起こしながら「死ぬ・死なせる」という方向に議論を拘束し,命の選別と切り捨てに向かう力動の両輪として機能してきたように思われる.日本でも「尊厳死」のみならず積極的安楽死の合法化まで求める声が上がり始めているが,「患者の自己決定権」概念は医療現場にも患者の中にも十分に根付いておらず,日本版「無益な治療」論として機能するリスクが高い.日本でも命の切り捨ては既に進行している.</p>
著者
花岡 龍毅
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.68-78, 2019

<p> 医療費が増加するのは高齢者が増えるからであるという一般に流布している見解が誤りであることは,医療経済学においては,ごく初歩的な常識である.本稿の課題は,こうした誤った認識の根底にある思想を「高齢者差別主義」と捉えた上で,こうした一種の「生物学主義」が浸透している社会の特質を,フーコーの「生政治」の思想を援用しながら検討することである.</p><p> 生権力は,もともと一体であるはずの集団を,人種などの生物学的指標によって分断する.年齢などの指標によって高齢者と若年者とに分断する「高齢者差別主義」もまた生権力の機能であるとするならば,そして,もしこうした仮説が正しいなら,フーコーの指摘は現代の日本社会にも当てはまる可能性がある.フーコーが私たちに教えてくれているのは,生権力のテクノロジーである生政治が浸透している社会は,最悪の場合には自滅にまでいたりうる不安定なものであるということである.</p>
著者
山本 由美子
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.104-117, 2019-04-20 (Released:2020-04-20)
参考文献数
51

胎児組織の研究利用の規制は,各国でも胚の場合に比べて緩い規制となっている.とくに日本では胎児組織の利用に特化した規制はなく,死亡胎児や中絶胎児は現実に無防備の状況にある.また,日本では中絶が比較的自由に実施されてきたのにもかかわらず,中絶の実態や中絶胎児の処遇について議論されにくい.国際的には,ES細胞やiPS細胞の利用によって,胎児組織利用を代替しようとする傾向にある.一方で,欧米を中心に胎児組織―とりわけ中絶胎児―の研究利用は合法化されており,胎児組織は少なくとも基礎研究において不可欠となっている.本稿は,日本を中心として,胎児組織の利用と保護の規制からこぼれ落ちる存在に焦点をあてるものである.また,こうした存在を,子産みをめぐる統治性や生資本との関係から素描する.それは,今日の生権力のあり方に立ち現れているバイオテクノロジーと資本主義の関係であり,そこに配役されているのが認知する主体としての妊婦なのである.
著者
大野 元己
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.54-64, 2018-12-10 (Released:2020-02-10)
参考文献数
49

本稿では,人-機械のインタフェース・インタラクションを人工知能の観点から議論する既存の研究を,各学問分野および具体的な応用技術から書籍を中心に紹介する.第2章では3つの学問分野(エスノメソドロジー,認知科学,ヒューマンエージェントインタラクション)の,第3章では社会に実装され始めている2つの応用技術(コミュニケーションロボット,自動運転)の議論を概観する.各学問分野や応用技術の議論におけるアプローチは異なるが,いずれも独立した主体の内部のモデルのみに着目するのではなく,外部の環境を内包した状況付けられた人-機械の関係性を強調している.また,応用技術の研究では人-機械のインタラクションのあり方に関する社会的・倫理的議論が積み重ねられている.
著者
山本 龍彦 尾崎 愛美
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.96-107, 2018

<p> 現在の人類は,人工知能(Artificial Intelligence, AI)の技術革新に牽引される,第4次産業革命の時代を迎えていると言われている.わが国では,民間企業による採用場面や融資場面などの「適性」評価にAIが利用され始めており,刑事分野においても,AIを用いて犯罪の発生等を予測するシステムの導入が検討されている.米国では,一部の州や地域で,AIを用いた犯罪予測システムを用いた捜査が既に実施されているほか,刑事裁判における量刑判断にもAIが利用されている.その代表例が,COMPASという有罪確定者の再犯リスクを予測するプログラムである.しかし,このプログラムがどのようなアルゴリズムによって再犯予測を行っているのかは明らかにされておらず,このアルゴリズムにはバイアスが混入しているのではないかとの批判がなされている.このような状況下において,ウィスコンシン州最高裁は,COMPASの合憲性を肯定する判断を下した(State v. Loomis判決).本稿は,State v. Loomis判決を手がかりとして,AIを憲法適合的に"公正に"利用するための道筋について検討するものである.</p>