著者
二宮 文子
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.17, pp.3-16, 2011-06-11

スーフィー聖者は、インドにおいて非常にポピュラーな聖者である。本稿では、中世インドのスーフィーが、いかなる要素を以て、信者から聖者として認められたのかを分析し、スーフィー聖者を生み出した社会文化背景の理解を目指す。14世紀のスーフィー聖者、ジャラールッディーン・ブハーリーの事例からは、彼が聖者として認められた要因として、大きく三種類の要素が挙げられる。スーフィズムの修行道であるタリーカとその枠組み、サイイドやシャイフの血統、旅の経験とそれによってもたらされる物品や学識である。これら三つの要素の分析からは、スーフィー聖者はイスラーム的な聖者であること、タリーカの枠組みはスーフィー聖者だけではなく血統に由来するサイイド崇拝にも適用されていたこと、旅の経験を持つスーフィーが新奇なものをもたらす存在として崇拝された可能性が指摘できる。
著者
酒井 朋子
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.11, pp.43-62, 2005-06-11

本稿は、深刻な民族的・宗派的対立が継続してきた北アイルランドにおいて、第一次大戦戦死者がいかにユニオニズムの英雄として語られてきたのかを論じるものである。とくに大戦と名誉革命期の戦いとを重ねあわせる語りや記念行事に着目し、その形成過程、ならびにその後の大戦解釈への影響力を検討する。多くのユニオニストが戦死した第一次大戦下のソンム会戦は、その開戦の日付がユニオニズム・シンボルであった名誉革命期ボイン戦の記念日と一致していたため、ボイン戦に結び付けられて語られ記念されるようになっていった。戦後50年を経ると、穏健派のユニオニスト政権の登場もあって、二つの出来事の重ねあわせを否定し戦場の悲惨さを強調して戦争を脱神秘化しようとする語りが公の場に現れるようになる。しかし紛争激化以降、強硬派の武装組織は、名誉革命を想起しつつ惨死を遂げていった悲劇的英雄として戦死者を描出し、自集団のシンボルとして大戦を掲げていくのである。
著者
猪瀬 優理
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.8, pp.19-37, 2002-06-29

本稿は、これまであまり研究課題として取り上げられてこなかった宗教集団からの脱会について、ものみの塔聖書冊子協会からの脱会者39名を事例として分析した実証的研究である。特に本稿では、当教団の信者を親にもつ二世信者の脱会にみられる問題に焦点を当てている。本稿では、当教団が、信者にとって脱会が多くの困難や抵抗を生じさせる特徴を持つ教団であると考える。脱会の問題を考える手がかりとして、本稿では組織的離脱と認知的離脱が生じるプロセス、また脱会後に必要となる「社会的リアリティの再定義」の達成に焦点を当てる。このとき、認知的離脱と「社会的リアリティの再定義」の要件として、教団外情報の入手と教団外との人間関係の形成に着目して分析した。事例分析の結果として、一世信者と二世信者ではそれぞれ必要とされる情報や人間関係の性質が異なっていることが示された。
著者
碧海 寿広
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.17, pp.17-30, 2011

近代真宗とは何か。その問い直しの作業を行う上で、キリスト教からの流用、というのは有意義な視点である。本論では近角常観(1870-1941)という真宗大谷派僧侶による布教戦略をこの観点から詳細に検討し、近代真宗の研究に新たな知見を提示する。近角は、西洋における宗教事情の視察からの帰国後、キリスト教を範とした宗教改革を推進した。日曜講話、寄宿舎経営、学生信徒の組織などの諸実践を、キリスト教界の後を追うかたちで展開し、明治後期の都市東京において若い世代からの熱烈な支持を獲得した。だが、この近角によるキリスト教由来の清新な布教実践において示された真宗信仰には、前時代からの連続性もまた読み取れる。在来の真宗信仰とどう対話し、これを近代社会に再適応させるには何をすべきか。それが近角の直面した最大の課題であり、こうした見識からは、個人の内面的な信仰とその探求に傾斜し過ぎる従来の近代真宗研究の再考が迫られる。
著者
前川 理子
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.4, pp.79-105, 1998-07-06
被引用文献数
1

本稿は、現代日本で「精神世界」や「ニューエイジ」と呼ばれているような宗教現象の思想的系譜を探る試みの一環として、1960年代末からの青年達の異議申し立て運動との連続性をうかがわせる「ニューエイジ」類似運動を対象とした一事例研究である。本稿の主題は、国内外の社会運動研究者らが70年代にたびたび指摘してきた「新左翼から新宗教へ」と呼ばれる現象に関わるが、日本の宗教学が「ニューエイジ」研究のなかで彼らの指摘を取り上げることはこれまでほとんどなかった。本稿では具体事例として、青年期に学生運動にコミットした経験をもち、現在、気功普及運動を推進しているある人物を取り上げ、その運動の軌跡を、とくにその思想内容に注目しながら明らかにし、彼の中で両運動がどのように連続し展開していったのかを論じる。また、60年代以降の社会運動史の全体的動向の中にこの運動を位置づけ、運動がたどった連続と変容の軌跡に対する理解を深めてみたい。
著者
新井 一寛
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.12, pp.37-63, 2006-06-03

従来のイスラーム研究における単線的な「イスラーム近代化論」、あるいはモダニストやイスラーム主義者による知性を重視した宗教の合理化論を研究するだけでは、現代イスラームにおける宗教的価値の見直しの潮流の重層性を包括的に捉えるのは不十分である。ジャーズーリーヤ教団は、多くの「モダニスト」によって構成されており、近代志向の強い教団である。しかし、モダニストやイスラーム主義者、近代志向の教団が、呪術的諸行為を批判するのと同様に、トランス状態を含む情動的諸行為を嫌悪・批判するなかで、法的イスラームに代表される静的宗教に対して、神秘主義であるスーフィズムがその起源から本来的に持っていた動的宗教としての役割を、本教団は再評価・実践している。本稿では、近代以降、スーフィー教団同様に、イスラーム主義者やモダニストから、非正統的イスラーム、前近代の遺物として批判の矢面に立たされているマウリドにおいて、ジャーズーリーヤ教団がどのように活動を行っているのかを考察している。
著者
岡本 亮輔
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.15, pp.3-22, 2009-06-06

テゼは超教派の修道会として1940年代にロジェ・シュッツによって始められたが、現在では、宗教に無関心とされる世代を多く集める巡礼地として知られている。本稿ではテゼの「若者の聖地」としての側面に注目し、そのダイナミズムについて考察する。テゼの巡礼地としての聖性は、聖人の出現譚や奇跡の泉といった既成の宗教資源に依存しない。むしろ、テゼには宗教的・歴史的慣性を捨象する傾向が見出せ、テゼは「聖地の零度」を構成している。いかなる教派的レトリックにも服さないことで、テゼはあらゆる巡礼者が出入り可能な聖地空間を構成しているのである。本稿では、従来の聖地巡礼が超越的な出来事や人物を重視する垂直方向への交感を強調するのに対して、テゼを各巡礼者の参加と相互作用という水平方向への交感を重視するものとして位置づける。テゼは、多様な巡礼者たちの相互作用の中で、その都度立ち現れる不安定な聖地なのである。
著者
髙田 彩
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.81-95, 2019-06-08 (Released:2021-06-05)
参考文献数
13

本稿の目的は、武州御嶽山の女性が関与する社会組織の機能と役割を明らかにすることである。その際、女性が関与する社会組織が、(1)御嶽山の中でどのような役割を果たしているのか、(2)当事者である御師家の妻にとってどのような意義を持つのかという二点に注目して考察を行う。具体的には、構成原理の異なる三つの社会組織、各家の「なかばあさん」と呼ばれる30~50代の働き盛りの女性が所属する(A)「婦人部」と、各家同士の互助組織でありながら地縁的性格が強い(B)「組合」、血縁的性格が強い(C)「付き合い」を事例に、その機能と役割を検討する。これらの比較を通して、女性が山内の社会組織に組み込まれていく過程と、どのような場で生活慣習などの教育を受けながら、御嶽山の一員になっていくのかという問題を明らかにする。本稿は、先行研究で十分な議論がなされてこなかった御嶽山の社会組織と、そこでの御師家の妻の役割を照射するという点でも意義がある。
著者
中島 岳志
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.59-77, 2002-06-29 (Released:2017-07-18)
被引用文献数
1

本稿においては、現代インドにおけるヒンドゥー・ナショナリズム運動を牽引する最大の団体であるRSS(民族奉仕団)の理念とその末端活動であるシャーカーを分析する。RSSのイデオローグは現代インドにおいて「ダルマ」の重要性を説き、個々人がそれぞれの役割を果すことによって宇宙全体が機能するとする有機体論的社会観を提示するが、そこで提示される「ダルマ」は、あるべき「国民規範」に読み替えられているために、国民が国家に対して奉仕することこそが義務であるとするイデオロギーに回収されてしまっている。また、RSSが活動の中心と位置付けるシャーカーにおいては、メンバーの身体を均質で規律化された動員可能な「国民としてふさわしい身体」へと転換していくことが意図されている。現代インドにおける民衆の宗教復興的心性は、このようなRSSの活動によって巧みにヒンドゥー・ナショナリズムへと回収されている。
著者
鈴木 健太郎
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.5-28, 1995-06-10 (Released:2017-07-18)

今日の日本における占い人気の高さは世人の広く認めるところであるが、現代日本の占いを扱った学術的な研究は未だほとんどなされていないのが現状である。そこで、本稿ではまず、今後行われるべき占い研究の足がかりを得るために、複雑多様な様相を見せている諸々の占いを幾つかの類型に分類・整理することを試みる。類型化にあたっては、個々の占いを成り立たせている究極的根拠(占考原理)の種別と、運勢を好転させるための対処策の性格に見られる差異を分類の指標とし、研究の資料には一般読者向けに書かれた「占い本」を用いることにする。さらに後半では、分類作業によって得られた3つの類型のそれぞれが持つ固有の特質を、人間の運勢を左右する基因が人間とどのような関係にあると捉えられているかといった把捉様式のレベルに求めていく。そこには日本の宗教的な思惟・意識の構造を解明するための糸口の一つが潜んでいると考えられるからである。
著者
大谷 栄一
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.24-45, 1996-06-15 (Released:2017-07-18)

近代日本の法華・日蓮系の仏教運動を担うた「日蓮主義者」の一人、顕本法華宗(日蓮宗の一宗派)の本多日生(1867-1931)の研究はきわめて少こない。本多日生は、第二次世界大戦前の日本社会において、国柱会の田中智学(1861-1939)と並んで活発な「日蓮主義運動」を展開し、知識人や軍人・政治家・教育者・資本家を中心とする社会層に広範な影響力を誇った。本論考は、この日生の運動を事例として、近代日本の宗教運動の社会学的分析を行なう。とくに日生の運動において重要な位置を占めていた1910〜1920年代の社会教化活動に焦点を当て、その活動の意味を当時の歴史的・社会的文脈に即して検討することで、日生の「日蓮主義運動」の運動論的特質の一端を析出したい。また日生の「日蓮主義」は、社会思想としての性格をもっており、社会に対する宗教の応答(あるいは宗教の社会性)の検討が、本論考のもう一つのテーマである。
著者
向井 智哉 金 信遇 木村 真利子 近藤 文哉 松木 祐馬
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.26, pp.1-16, 2020-06-30 (Released:2022-06-04)
参考文献数
44

本研究では、統合脅威理論(Integrated Threat Theory: ITT)に基づき、近接要因として現実的脅威、象徴的脅威、集団間不安を、遠隔要因として同化主義と接触経験を取り上げ、日韓におけるムスリムに対する受容的態度を予測する仮説モデルを構成し、その妥当性を検討した。日本(n = 330)と韓国(n = 339)のデータを用いて、現実的脅威と象徴的脅威を測定する項目を対象に探索的因子分析を行った結果、ITTの想定とは異なり、「全般的脅威認知」、「権利付与」、「類似性認知」の3因子が抽出された。また、共分散構造分析による多母集団分析を行ったところ、これらの3因子は同化主義と関連すると同時に、受容的態度とも関連することが示された。さらに、両国間で測定不変性が確認された。現実的脅威認知と象徴的脅威認知が区別されるというITTの想定は支持されなかった一方で、脅威認知の3因子はムスリムに対する受容的態度を規定するにあたって重要な役割を果たすことが示された。