著者
西野 友年 大久保 毅
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.10, pp.702-711, 2017-10-05 (Released:2018-08-06)
参考文献数
52

原子・分子スケールの微視的な物理は,我々が目にする巨視的な測定量に,どう現れるのだろうか.微視的なものとして,例えば磁性体を構成するスピン自由度を考えてみよう.結晶格子中で,幾つかのスピン自由度を含む“ブロック”に着目すると,これを新たに「1つの有効的な自由度」とみなすことが可能だ.このような「自由度の抽出」はカダノフによって半世紀前に提唱されたもので,ブロックスピン変換と呼ばれている.この変換を繰り返せば1つのブロックに対応する領域が指数的に大きくなり,やがて巨視的な大きさへと到達する.このように物理系を粗く眺める粗視化や,逐次的なスケール変換のアイデアはウィルソンによって整理され,繰り込み群の概念が生まれた.巨視系には普遍的に現れる相転移と臨界現象を,繰り込み群は定量的に説明する.ただ,ブロックスピン変換を用いる実空間繰り込み群によって,相転移を特徴付ける臨界指数を正確に求めることは困難であった.粗視化に伴う相互作用の変化である「有効ハミルトニアンの流れ(flow)」を,精密には追えなかったのだ.実は,ブロックから抽出する自由度の選び方に問題が潜んでいたのである.本稿で紹介するテンソルネットワーク形式では,隣接するブロック間の結合に着目し,相互の連絡に「物理の本質」を見出す.ブロックの境界(辺や面)に並んでいるスピン自由度をまとめ,1つの多状態自由度として取り扱うのだ.例えば立方体のブロックを考えるなら,それぞれの面にi,j,k,ℓ,m,nの,合計6つの多状態自由度を割り当てる.他方,境界に面していないブロック内のスピンは,配位和を取り消去してしまう.このような手続きを経て粗視化を行うと,系が持つ相互作用や相関を全て,局所的な重率テンソルAijkℓmnへと押し込んでしまえるわけだ.この自由度抽出を,系の持つエンタングルメントを保ちつつ,行列の特異値分解(SVD)によって効率的に行うことが,テンソルネットワーク形式の特徴である.本稿では,磁性体の模型であるイジング模型を例に取り,同形式の概要を紹介し,最近のマルチスケールな発展についても触れる.テンソルネットワーク形式は行列積状態(MPS)に,その原型を見ることができる.イジング模型の相転移を導出するクラーマース・ワニエ近似に端を発し,菊池の近似を経て,半世紀前にバクスターが確立した角転送行列(CTM)の手法は,実質的には3脚テンソルAiαβの縮約で転送行列の固有ベクトルを近似する変分法だ.1次元スピン鎖のAKLT状態,デリダによる非平衡定常状態の記述,密度行列繰り込み群(DMRG)による数値計算など,MPSは何度も「再発見的に」用いられて来た.近年では,高次元系への拡張であるテンソル積状態(TPS/ PEPS)が,2次元量子系の基底状態解析に応用されつつある.テンソルネットワーク形式は,数値解析に適した物理系の表現手段なのだ.
著者
三宅 芙沙 増田 公明
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.2, pp.93-97, 2014-02-05 (Released:2019-08-22)

放射性同位体の存在量測定による年代推定は,自然科学や考古学などの様々な場面で応用されている.測定対象となる同位体には^<14>Cや^<10>Beなどがあり,これらは地球に飛来して大気に突入した宇宙線が,大気中の原子核と相互作用することによって作られる.同位体の半減期と平均的な生成量がわかっているので,その濃度を調べることによって生成からの経過年数を知ることができる.逆に,年代がわかっている試料,例えば樹木の年輪や極地方の氷床中の同位体濃度を調べれば,当時の宇宙線の強度を知ることができる.宇宙線によって生成された^<14>Cは,二酸化炭素^<14>CO_2となり,さらに樹木へと取り込まれて年輪内で固定されるため,年輪中の^<14>C濃度は過去の宇宙線強度を「記録」しているのである.したがって太陽フレア,超新星爆発,ガンマ線バーストといった突発的高エネルギー宇宙現象も,^<14>C濃度の急激な増加として,その痕跡が記録されている可能性がある.このような背景のもと,我々は6-12世紀における屋久杉年輪中の^<14>C濃度を1-2年分解能で測定してきた.その結果,西暦774-775年,993-994年にかけての2つの^<14>C急増イベントを発見した.これらは1年程度の時間で急激な^<14>C濃度の上昇を示した後,10年のオーダーで減衰していく様子がきわめて似ており,同じ原因によって引き起こされたことが示唆される.さらにこの2イベントについては,ヨーロッパ産の年輪中の^<14>Cと南極の氷床中の^<10>Beにおいても全く同時期に濃度の異常上昇があったことがわかり,屋久島付近における局所的な現象ではなく,地球規模で何らかの大きな変動を与えた突発的宇宙現象がその原因であることが決定的となった.すぐさま,その宇宙現象が何であったかについての活発な議論が始まった.先に述べた太陽フレアやガンマ線バーストなどの現象について,その発生頻度や放出されるエネルギー,地球に与える影響などについて定量的評価が行われた.現在のところ最も有力と見られているのは,太陽表面の爆発によって地球に大量の放射線が降り注ぐSolar Proton Event(SPE)という現象である.また,見つかった2イベントにおける^<14>C濃度の上昇量を説明するためには,その規模は現在知られている最大の太陽フレアの10倍から数10倍であることも明らかになった.これまでに多くの研究者によって年輪中^<14>Cの1-2年分解能の測定が行われてきた期間は,合計すると約1,600年分になる.そしてその期間中,このような大規模なイベントが少なくとも2度起こっているというのは注目すべきことである.^<14>C濃度の上昇はきわめて短い時間で起こっており,本研究のような1-2年の分解能による測定で初めて発見することができるものであるが,この分解能による測定がなされていない期間に,このようなイベントがまだ過去に多く隠されている可能性は高いのである.過去の大規模フレア現象の頻度を正確に把握することで,太陽活動メカニズムの新しい知見を得るとともに,将来における「宇宙気象」の予測へとつながることなどが期待される.また観測史上最大のキャリントンフレア(1859)でも世界的に大きな影響があったことが知られており,その数10倍の規模のフレアが「珍しくない」とすれば,現代社会活動への諸影響を考えることも大変に重要である.

9 0 0 0 OA 真空の寿命

著者
庄司 裕太郎
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.3, pp.128-136, 2019-03-05 (Released:2019-08-16)
参考文献数
10

我々の宇宙は,熱い宇宙から始まり,宇宙膨張に従って徐々に冷えてきた.その間,幾つかの相転移があり,より低いエネルギー状態へと遷移してきたと考えられている.現在の宇宙の温度はおおよそ3 Kほどであり,素粒子標準模型(以下,標準模型)における「真空」周りに落ち着いている状態である.通常,量子論における真空という言葉は最低エネルギー状態を指すものであるが,より広い意味でエネルギーの極小点にも使われる.最低エネルギー状態を特に「真の真空」と呼び,そうでないものを「偽の真空」と呼ぶ.我々が今,真の真空にいるか偽の真空にいるかは,残念ながら究極の理論を知らない限り判別できない.それでは,もし偽の真空であったとして,何が問題になるのであろうか.偽の真空もエネルギーの極小点ではあるため,一度そこに落ち着いてしまえば安定に思える.しかし,量子論においては最低エネルギー状態でなければそれは不安定である.つまり,トンネル効果によって,偽の真空中に真の真空の小さな泡が突然現れてしまうことが起こり得るのである.この泡は,過冷却水の中にできた小さな氷の核のようなもので,真の真空への相転移をトリガーしてしまう.仮に,標準模型が究極の理論であったとしたら,我々が今いる真空(電弱真空)は真の真空であろうか.標準模型のパラメーターは最近のヒッグス粒子の測定により全て決定されたため,電弱真空から外挿して他の真空が無いかを調べることができる.その結果,実は,電弱真空は偽の真空ということが分かった.素粒子の質量の源となっているヒッグス場の凝縮度が現在の値よりも桁違いに大きい場合には,エネルギーが電弱真空よりも下がることが予言されるのである.電弱真空が偽の真空であるからといって,標準模型は究極理論では無いと言ってしまって良いだろうか.実はそれは言い過ぎである.崩壊を引き起こす泡の生成確率が,広い宇宙空間と長い宇宙年齢を考慮しても,一つも生じないほど低ければ良いのである.標準模型の電弱真空の寿命を計算してみると,宇宙年齢よりもさらに数百桁長い寿命を持つことが分かる.つまり,標準模型の電弱真空は偽の真空ではあるが,十分長寿命なのである.ところで,我々の宇宙は過去にどのような相転移を経験してきたのであろうか.電弱相転移はそのうちの一つである.高温であった宇宙初期ではヒッグス場が凝縮しない真空が安定となるが,宇宙が十分冷えると電弱真空の方が安定となり,相転移が起こる.この時,過冷却状態が生じたとすると宇宙の物質が反物質よりも多い理由が説明できるかもしれない.将来の重力波観測,ヒッグス粒子の精密測定による電弱相転移の様子の解明が期待されている.さらにずっと過去では,宇宙は非常に多くの相転移を繰り返してきたという仮説がある.超弦理論において,真空の数は10500とも見積もられており,我々の宇宙はこれらの真空の間で相転移を繰り返してきたと言う説である.素粒子論における様々な微調整問題は,インフレーションと相転移によって生じる無数の物理定数が異なる泡宇宙によって解決されるかもしれない.
著者
上野 聡 本同 宏成 山田 悟史
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.71, no.11, pp.767-770, 2016-11-15 (Released:2017-08-03)
参考文献数
8
被引用文献数
2

話題―身近な現象の物理―チョコレートのおいしい物理学
著者
横田 一広 井元 信之
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.65, no.8, pp.606-613, 2010
参考文献数
14
被引用文献数
1

量子力学では,時間発展の途中で物理量を問うことが困難である.ハーディー(L.Hardy)のパラドックスはこれを顕著に示した例だが,パラドックスに陥るのは,実際に測定できないものを議論しているからだと考えられてきた.測定自身によって時間発展が乱される為,そもそも検証ができないのだ.ところが,近年アハラノフたちによって弱い量子測定が提唱されて以来,時間発展を乱さずに測定はできないという反論が必ずしも正しくはなくなった.我々は弱い量子測定を用いて実際にハーディーのパラドックスを観測した結果,測定器がパラドックスを反映した値を示すのを確認した.この解説では,弱い量子測定と我々の実験結果について説明する.
著者
上野 豊 浅井 潔 高橋 勝利 佐藤 主税
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.57, no.8, pp.568-574, 2002

単粒子解析は, 単離されたタンパク質などの生体高分子を電子顕微鏡で直接観察し, 3次元像再構成によって立体構造の解析を行う手法である. 膜タンパク質などの結晶化が困難なタンパク質の構造解析だけでなく, 構造変化や分子集合体の構造研究に活用されている. ここでは, 計算機による画像処理を駆使した手法について解説し, 最近の構造解析の紹介と, 解析における課題について議論する.
著者
金澤 輝代士
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.76, no.6, pp.360-364, 2021-06-05 (Released:2021-06-05)
参考文献数
11

物理学にはブラウン運動を代表とする確率現象が多く存在し,それらは確率過程として記述されることが多い.そして,確率過程の枠組みとして最も確立しているクラスはマルコフ過程である.マルコフ過程とは,現時点の情報だけを元に時間発展が完全に決まる確率過程クラスであり,数学的に洗練された様々な枠組みが既に出来上がっている.実際,マルコフ確率過程(マルコフ確率微分方程式)の設定が具体的に与えられた場合,対応するマスター方程式(またはフォッカープランク方程式)を導出することによって,固有値問題に帰着させることができ,系の性質を体系的に理解することが可能である.一方で現実の物理現象の多くはマルコフ過程ではなく,非マルコフ過程であることも知られている.即ち,過去全ての時系列情報があって初めて,時間発展を記述することができる.例えば,歴史的に最初に発見されたブラウン運動を思い出してみよう.ブラウン運動は水中の微粒子を題材としたものであり,流体力学相互作用に由来して強い非マルコフ性を示すことが実際に知られている.このような非マルコフ過程に,一般の非線形系を含めて適用可能な処方箋は現在確立していない.そこで最近筆者とD. Sornette(ETH Zurich, SUSTech)の研究グループは,このような非マルコフ過程を体型的に取り扱う解析手法を研究している.特に我々はホークス過程とよばれる複雑系物理学の非マルコフ確率過程のモデルに着目し,ホークス過程に適用可能な場の理論的な解析手法を構築した.ホークス過程とはバーストを伴う臨界現象を説明する時系列モデルであり,地震・社会現象・疫病・神経系といった幅広い分野で活用されているモデルである.本解析手法を用いて我々は臨界点近傍におけるホークス過程の定常分布の漸近系を調べ,非普遍的な指数をもつべき分布が,一般のホークス過程で現れることを発見した.本手法の鍵となるアイディアは非マルコフ・ホークス過程を高次元のマルコフ過程に埋め込むことである(マルコフ埋め込み法).この方法を用いることで,非マルコフ過程であっても,マスター方程式のような従来のマルコフ過程の枠組みが適用可能になる.我々の論文では一般のホークス過程に対してこのマルコフ埋め込みの手法を適用し,無限次元空間のマルコフ場の確率過程にマップする理論解析手法を開発した.結果,場の理論型のマスター方程式を用いた漸近解析手法が有効であることがわかった.この手法の適用範囲はオリジナルのホークス過程だけに留まらず,より広いクラスの非マルコフ過程(例えば,非線形ホークス過程や,より一般の非マルコフ点過程など)の解析に応用できることが徐々にわかってきた.更に本手法は形式的に非エルミート場の量子論と形式的な対応関係が存在することがわかった(例えば,一般化ランジュバン方程式は調和振動子場の非エルミート量子論と対応関係がある).今後は非エルミート場の量子論と非マルコフ古典確率過程の一般的な数学的関係を調べることで,幅広い非マルコフ系に対して適用可能な新しい理論的枠組みを構築することができる可能性があるのではないか,と筆者は考えている.
著者
呉 健雄 永宮 正治
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.52, no.9, pp.660-666, 1997-09-05 (Released:2019-07-30)
参考文献数
13

C.S. Wu氏が今年2月中旬に亡くなられた. 原子核物理学者として偉大な業績を残されただけでなく, 女性科学者として, また近隣の中国人科学者として, 戦後の日本の研究者に与えた影響は大きい. Wu氏がいかにパリティ非保存の発見をなしえたのか, 御自身が仁科記念講演会において語られた記録を再録し, 追悼にかえたい.
著者
杉浦 祥 清水 明
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.70, no.5, pp.368-373, 2015-05-05 (Released:2019-08-21)

マクスウェルやボルツマンにより創始された統計力学は,ギブズにより「アンサンブル形式」の統計力学として完成し,物理学の礎の一つとなった.しかし,その基本原理については,未解明な部分も残され,教科書の記述も様々である.アンサンブル形式では,等重率の原理に基づき,「(統計)アンサンブル」と呼ばれる確率集団を導入する.そして磁化や相関関数といった力学のみで定義できる物理量(力学変数)の平衡値は,この確率集団での平均値(アンサンブル平均)として求めることができる.しかし,熱力学で登場する,温度やエントロピーといった量(純熱力学変数)は,力学変数として表すことができない.そこで,純熱力学変数は,von Neumannエントロピー(古典系の場合Shannon entropy)や分配関数から求める.しかし,統計力学の基本原理である等重率の原理の本質は,アンサンブル平均ではなく,「ほとんどのミクロ状態がマクロには同じだ」ということである.即ち,温度や体積といったパラメーターを指定した時にあり得るミクロ状態の個数は組み合わせ論的に増大し,すぐに天文学的な数になる.このミクロ状態達のうち,圧倒的多数が平衡状態とみなせる状態であり,マクロ物理量を測った時に同じ測定値を返す.それとは異なる測定値を取るような非平衡状態はずっと少ない.その結果,平衡状態も非平衡状態もひっくるめたアンサンブルを作ってアンサンブル平均を求めれば,その値はほぼ100%を占める平衡状態での値になる.この「典型性」こそが,等重率の本質なのである.それならば,天文学的な数のミクロ状態についてアンサンブル平均を計算する必要は必ずしもない.我々は最近,マクロな量子系における典型性に着目し,熱力学的平衡状態を代表する,熱的な量子純粋状態(Thermal Pure Quantum state,略してTPQ state)をたった一つ用意するだけで統計力学の全ての結果が得られることを示した.つまり,磁化や相関関数といった力学変数がTPQ stateの期待値により計算されるだけでなく,熱力学関数のような純熱力学変数すらも適切なTPQ stateの規格化定数から得られる.TPQ stateは,アンサンブルの持つエネルギーの確率分布と非常に近いエネルギー分布を持つ量子純粋状態の中から,一つをランダムに選び出した状態であり,物理量のゆらぎまでも再現する状態となっている.アンサンブル形式では,熱ゆらぎの効果はアンサンブルを導入した結果生じる古典混合によって取り込まれると見なすことができた.しかし,TPQ stateを用いた定式化では,量子純粋状態の内部に量子エンタングルメントを作ることで,熱ゆらぎも量子ゆらぎの一部として取り込んでいる.その結果,たった一つのTPQ stateが統計力学で興味ある全ての物理量を正確に与えるのである.たった一つの量子純粋状態で熱力学的平衡状態が記述できるという事実は,理論的な興味のみならず,応用上もメリットをもたらしている.その例として,本記事では代表的なフラストレーション系である,カゴメ格子系上のハイゼンベルグ模型の数値計算結果を示す.
著者
向山 信治
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.85-95, 2012-02-05 (Released:2019-10-19)
参考文献数
19

銀河や銀河団などの宇宙の豊かな構造は,微小な原始揺らぎを種としてできたと考えられている.そのため,初期宇宙の量子揺らぎの生成メカニズムは,宇宙論において最も重要な研究対象の一つとなっている.特に,宇宙揺らぎの非ガウス性は,近い将来観測される可能性があり,様々な研究が最近急速に進んでいる.本稿では,インフレーション起源の量子揺らぎを記述する有効理論と,それを用いて相関関数を評価する方法を中心として,初期宇宙における揺らぎの非ガウス性を解説する.
著者
田崎 晴明
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.63, no.10, pp.797-804, 2008-10-05 (Released:2017-08-04)
参考文献数
17

マクロな系の平衡状態に関する普遍的な体系である熱力学と統計力学を非平衡定常系にまで拡張するという(まったく未解決の)課題について,問題意識と現状を解説する.特に,過剰熱の概念,「ゆらぎの定理」,確率分布の表現,そして,拡張クラウジウス関係式といった,非平衡定常系の物理学の鍵になりうる結果について,基本的なアイディアと意義を述べる.この解説では,非平衡物理の「業界用語」を持ちださず,古典力学と平衡統計力学の初歩的な知識だけを使って,ミクロな時間反転対称性がいかにマクロな非平衡物理と関わりうるかを描き出したい.
著者
柴田 利明
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.67, no.11, pp.738-745, 2012-11-05 (Released:2019-10-18)
参考文献数
52
被引用文献数
1

陽子のスピン1/2が,陽子を構成するクォークやグルーオンからどのようにつくられているか,は「陽子のスピンの問題」と呼ばれていて今日の物理学の基本的な問題の1つである.1980年代のEMC実験によって,陽子のスピン1/2に対するクォーク・スピンの寄与がたいへん小さい,ということが発見されたのが発端である.その後,世界の様々な粒子加速器を用いて荷電レプトン-核子偏極深非弾性散乱と偏極陽子-陽子衝突型実験によって研究が行われてきた.その結果,陽子スピンに対するクォーク・スピンの寄与は約1/3であることが明らかになった.陽子スピンに対するグルーオン・スピンの寄与の測定も行われており,理論研究も進展している.現在の研究がどこまで進んでいるかを解説する.
著者
古城 徹
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.2, pp.74-82, 2022-02-05 (Released:2022-02-05)
参考文献数
56

「強い力」の基礎理論である量子色力学(QCD)は,カラー電荷を持つ素粒子,クォークとグルーオンの動力学である.クォークとグルーオンは,カラー電荷を中性にする組み合わせでハドロン(複合粒子)に閉じ込められる(カラーの閉じ込め).低エネルギーではカラー中性のハドロンが有効自由度であるが,高温・高密度ではカラー自由度が顕在化する.高温ではハドロンのガスからクォーク・グルーオン・プラズマへの相転移が起こる.この相転移は,重イオン衝突による加熱圧縮実験と格子QCDに基づく第一原理計算やモデル解析により詳細に研究されている.一方,低温で原子核を圧縮すると,まず多数のハドロンからなるハドロン物質,次いでクォーク物質になると考えられているが,その多体問題の記述は確立されていない.実験として,重イオン衝突による圧縮が考えられるが,高エネルギー実験では低温が実現せず,低エネルギー実験では高密度に達しない.ところが宇宙に目を転ずれば,中性子星という超高密度天体が存在する.中性子星は高密度におけるQCD物性を観測できる天然の実験室系である.たくさんの中性子星を観測していくと,それらが一つの質量・半径関係式を構成する.これは中性子星内部の状態方程式と一対一対応なので,原理的には観測から高密度QCDの状態方程式を直接決めることができる.これまで質量と半径の同時観測は難しい問題だったが,ここ十年程度でその状況も変わりつつある.特に2倍の太陽質量を持つ重い中性子星の発見,中性子星合体現象の観測,といった歴史的発見があった.前者は,高密度物質が過去に考えられていたよりもずっと硬い――そうでなければ自己重力で潰れてブラックホールになる――ことを示唆する.後者は,重力波,電磁波,ニュートリノによる複数の観測量から天体現象を多角的に解析するマルチメッセンジャー天文学の幕を開き,今後計画されている観測により飛躍的な進展が予想される.以上の観測の進展と,理論計算が有効な領域の情報とを組み合わせることで,QCD物性に対する理解もまた深化する.低密度の原子核物理を考慮に入れたうえで高密度領域を考えたとき,2倍の太陽質量を持つ中性子星の中心部では,その密度が核子が重なり合うほどに大きいことが示唆される.ここではクォークに基づく記述が必要であろう.しかしこのクォーク物質は非常に硬いという点で,以前に用いられていた記述の範疇に収まらない.特に今までよく用いられてきた,ハドロン物質とクォーク物質を1次相転移によって隔てる記述は,1次相転移による物質の軟化が柔らかいクォーク物質を導く,という点でやや具合が悪い.ここにハドロン物質,クォーク物質とは何か,という基本的な問いに立ち返る必要が出てくる.この文脈で,「クォーク・ハドロン連続性」や「quarkyonic相」といった,ハドロン物質とクォーク物質を相転移なく連続的につなげる新しい型の記述が現象論に活用されつつあり,一定の成功を収めている.より詳細な検証は,物質科学としてのQCDにとって基礎的課題であり,また今後の中性子星の観測を予言・解釈する際に重要となる.