著者
永田 賢二 杉田 靖司 佐々木 岳彦 岡田 真人
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.12, pp.876-880, 2014-12-05 (Released:2018-09-30)

あらゆる物理学の分野において,実験データから必要な情報を抜き出す作業は日常的に行われることである.特にデータの中から複数のピークを探し出し,その位置や広がりを評価することは,実に多くの場面で重要となる.実験データからピーク位置の情報をフィッティングなどで取り出すこと自体は,グラフソフトなどを使えばそれほど難しいことではない.ところが「いったい何個のピークがあるのか」ということを判断することは難しい.ほとんどの場合,何個のピークがあるかを判断するのは解析者の直感に委ねられる.しかし,時に何個のピークがあるか迷うデータに遭遇することもあるだろう.例えば,右下の図は複数のガウス関数の和にノイズを加えて生成した,人工的な実験データである.果たして何個のピーク(ガウス関数)があるのか,判断できるであろうか.データのみからピークの個数を決定することは,理論的にも難しい問題である.例えば,データとフィッティング関数の差(誤差関数)を最小化してピークの個数を決定しようとすると,ピークの数を増やすことでいくらでも誤差を下げることができてしまう.このようなノイズまでフィットしてしまう「オーバーフィッティング」の問題を避けるためには,誤差関数だけでなく,モデルの複雑さとのトレードオフを兼ね備えた関数を考える必要がある.また同様の問題として,実験データを多項式でフィットする問題を挙げることができる.n点のデータに対して,n-1次の多項式でフィットさせると,誤差なくすべてのデータをフィットさせることができるが,意味のないデータ解析であることは明らかであろう.このような,ピークの個数の決定や多項式の次数の決定の問題は,統計学の分野において「モデル選択」と呼ばれている.モデル選択の問題に対しては,赤池情報量規準やベイズ情報量規準といった情報科学の分野で開発されたモデル選択規準が広く使われており,多項式フィッティングの問題をはじめとして,様々なモデル選択で一定の成功を収めている.しかし,ピーク個数の決定については,モデルに内在する数理的な構造の複雑さにより,これらのモデル選択基準の適用により決定することが困難である.最近になって,ベイズ推定とモンテカルロ法を組み合わせた新しい手法が開発され,ピーク個数の決定に応用されるようになった.この手法は,ベイズ推定で記述される評価関数に現れる量を「分配関数」「自由エネルギー」などに読みかえることで,モンテカルロ法を適用するといった特徴を持っている.本稿では,なるべく専門性の高い内容は避け,ベイズ推定によるモデル選択の枠組みを概説し,実際に「右図は3つのピークが合成されている」と考えるのが最も自然であることを示す.
著者
霜田 光一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
大学の物理教育 (ISSN:1340993X)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.108-109, 2021-07-15 (Released:2021-08-15)

電磁気学の教科書に,電場を表す電気力線の図や磁場を表す磁力線の図は出ているが,ベクトルポテンシャルの図はない.そこで,電磁気学の教育に利用されるようなベクトルポテンシャルの図をいくつか描いてみた.
著者
霜田 光一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
大学の物理教育 (ISSN:1340993X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.114-115, 2019-11-15 (Released:2019-12-15)
参考文献数
1
被引用文献数
1

1.物理教育とは?教育とは “教え育てること” であるから,物理教育とは物理を教え育てることである.本誌の創刊号で日本物理学会の伊達宗行会長 (当時) は,日本の教育は教え育てるであるのに
著者
井元 信之 小芦 雅斗
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.17-24, 2001-01-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
53

物理における位置づけを主な視点として量子暗号(あるいは広く量子情報処理)を解説する.これまで扱われてこなかった基礎的な問題が解明されつつあることや,一つの量子系が客観的存在でなく複数主体から相対的に見えるという量子力学本来の側面が重要となるところに,量子暗号研究の面白さがある.
著者
有賀 暢迪
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.5, pp.322-325, 2018-05-05 (Released:2019-02-05)

歴史の小径誌上展示・理化学研究所の歩み1917~48年
著者
三輪 哲二
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.43, no.8, pp.626-632, 1988-08-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
10

2次元イジング模型というのは, まことに "世界と世界のあいだの林" (C.S. ルイス「魔術師のおい」岩波少年文庫)のような所で, ところどころに静かな水をたたえた池があって, モジュラー不変性という緑色の指輪をまわしながらその池に飛び込むと, そこには一つの世界がひろがっていて…. conformal field theory という世界から帰ってきた我々は, もう一度隣の池に飛び込んでみる. するとそこにひろがる世界は, Baxterという名のライオンによって作られたcommuting transfer matrixという国で….
著者
岡本 拓司
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.4, pp.237-239, 2018

<p>歴史の小径</p><p>真空からみた物理学の歩み</p>
著者
早川 勢也 山口 英斉 梶野 敏貴
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.8, pp.547-552, 2022-08-05 (Released:2022-08-05)
参考文献数
25

現在の宇宙に多様に存在する元素,そのうちの最も軽い数種類の元素が初めて合成されたのが,ビッグバン宇宙開始後3分から20分ほどまで続いたビッグバン元素合成(Big Bang Nucleosynthesis, BBN)である.BBNによる軽元素同位体,特に重水素と4Heの推定生成量は,観測と非常に良く一致することから,宇宙背景放射ゆらぎの観測と並んで標準宇宙論を支持する大きな証拠の一つとされる.一方で,7Liの生成量はそれらより10桁近く少ないものの,理論・観測の不定性をそれぞれ慎重に考慮しても,理論による推定値が観測値の3倍程度になってしまうという「宇宙リチウム問題」が存在し,宇宙核物理学分野で長年の未解決問題となっている.この原因を巡っては,低金属星の観測からBBN直後の7Li量を推定する解析方法に残る問題点,標準BBN理論を超える未知の物理を組み込む必要性,宇宙磁場ゆらぎのような宇宙論的効果,あるいはBBN計算に必要な原子核反応率データの不定性や問題点など,いくつかの可能性がさまざまな分野の研究者によって検証されてきたが,未だに解決には至っていない.BBN中では7Liは陽子との反応によって壊れやすいため,7Li生成量の大半は,実際にはBBN後に残る7Beの崩壊に由来する.つまり,7Beの増減を左右する原子核反応が7Li生成量の鍵を握る.7Beの生成に関する核反応率は比較的よくわかっている一方,7Be量を減らす反応が近年注目され,複数のグループによる実験が報告されている.特に,BBN中に多数存在する中性子が誘起する7Beの破壊反応が重要な反応と考えられている.しかし,中性子は半減期約10分で陽子にベータ崩壊し,7Beは半減期約53日で7Liに電子捕獲崩壊する不安定核である.不安定な核同士の反応を直接測定するのは技術的に難しく,BBNに新たに定量的な制限をかけるまでには至っていなかった.我々は,この困難を克服するために「トロイの木馬法」という間接手法を用いることで,最も重要な7Be(n, p)7Liおよび7Be(n, α)4He反応を新たに測定した.これは,不安定な中性子の代わりに重陽子を標的として用い,そこへ7Be不安定核ビームを入射し,7Beと重陽子中の中性子の準自由反応の情報を抜き出す,という手法である.この実験によってBBNエネルギー領域でのデータを必要十分な精度で拡充することができ,特に,これまで未測定であった7Li第一励起状態への遷移の寄与7Be(n, p1)7Li*を初めて明らかにした.本研究と過去の実験データとを併せて,最も整合性が高いと考えられる反応断面積の励起関数をR行列解析によって導き出した.これにより,BBNエネルギー領域を含む広いエネルギー範囲(10-8–1 MeV)にわたり複合核である8Be共鳴構造に伴う不定性も含めて合理的に評価し,BBN計算に必要な精度の熱核反応率を導き出した.この反応率をBBN計算へ適用した結果,7Be(n, p1)7Li*反応チャンネルの寄与によって,7Liの推定生成量を1割ほど下方修正する可能性を示した.本研究では,この未測定であった反応チャンネルが7Be+n反応の重要性をより強調する結果となったとともに,この反応のみによる問題解決の可能性は,より定量的な意味で排除された.原子核物理の不確実性が一つ解消した今,宇宙論的効果などさまざまな理論的仮説による宇宙リチウム問題の解決法が,より高精度で検証できるようになるものと期待する.
著者
稲葉 肇
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.11, pp.792-794, 2019-11-05 (Released:2020-05-15)
参考文献数
22

歴史の小径量子力学の観測問題に取り組んだ神父――柳瀬睦男の経歴と業績
著者
榎戸 輝揚 安武 伸俊
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.76, no.10, pp.637-645, 2021-10-05 (Released:2021-10-05)
参考文献数
33

中性子星は,太陽よりも1桁大きな質量の恒星が寿命を迎え,重力崩壊して残される高密度(コンパクト)天体である.半径10 kmほどの中性子星が太陽の1.4倍もの質量をもつため,内部は原子核の密度を超える高密度となる.中性子星は,およそ半世紀前に周期的に電波で明滅するパルサーとして発見され,これまでに銀河系や近傍の銀河に2,800個を超える天体が見つかっている.中性子星は表面から放出される光が曲がるほどの強い重力場をもち,量子電磁力学における臨界磁場を超える強磁場の物理現象が発現するなど,極限物理の実験室である.そのため,天文学のみならず基礎物理の観点からも関心がもたれている.中性子星が理論的に提唱された時代から,この奇妙な星内部の高密度な核物質の状態方程式の解明は,重要な未解決問題であり続けてきた.星の中心部は,地上の原子核実験では到達できない密度領域にある.状態方程式のミクロな密度と圧力は,天体の内部構造を考えて積分すると,中性子星の質量と半径のマクロな物理量に対応する.したがって,質量と半径を宇宙観測で測定することで内部の状態を調べることができる.このように中性子星は,天文学と原子核物理の融合的な研究対象といえる.天体の質量は,連星運動をするパルサーの規則的な電波パルスの測定から精度よく求められる場合も多い.一方,電波放射が星表面から離れた磁気圏に由来するため,電波では天体の半径を探ることができない.中性子星の表面からの熱的放射に相当するX線の観測が必要になる.しかし,表面からの放射は,大気組成,磁場による表面温度の非一様性,放射領域の形状や,磁気圏放射の混入などの不定性に加え,天文学では常に大きな問題となる天体までの距離測定の難しさもあり,信頼性のある測定が難しかった.近年の多波長観測の進展により,中性子星の観測的特徴の理解が進み,その多様性は「中性子星の動物園」とよばれるようになった.このような観測的多様性は,天体の質量と半径の違いのみならず,中性子星の表面磁場の強度や構造,温度分布,自転周期などの違いによって生み出されたもので,質量と半径の測定を行うときには邪魔な不定性を生み出しうる.しかし,これらの特徴を注意深く理解していくことで,いくつかの種族の天体やそこで起きる現象をうまく利用して,中性子星の質量と半径を測定できることがわかり,複数の有効な手法が提案されるようになってきた.国際宇宙ステーションに搭載されたX線望遠鏡NICER(Neutron star Interior Composition ExploreR)は,高い集光能力を活かして複数のミリ秒パルサーを観測し,gravitational light-bendingを用いた中性子星の質量と半径の測定から,状態方程式を明らかにするプロジェクトである.打ち上げ後,手始めに4.87ミリ秒で自転する孤立中性子星PSR J0030+0451で10%の精度で質量と半径を測定した.さらに,シャピロ遅れの電波観測から,連星中のミリ秒パルサーで質量が太陽の2倍を超えると明らかになったPSR J0740+6620の測定も報告され,今後の観測例の増加が期待できる.さらに,近年の地上の原子核実験や連星中性子星の合体による重力波を用いた測定なども組み合わせると,中性子星の高密度物質の状態方程式がだんだんと絞り込まれ,新たな研究段階に入りつつある.
著者
大沢 文夫
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.51, no.10, pp.723-726, 1996-10-05 (Released:2019-09-22)
参考文献数
2
被引用文献数
2
著者
安東 正樹
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.71, no.9, pp.636-639, 2016-09-05 (Released:2017-01-09)
参考文献数
11
被引用文献数
1

話題重力波望遠鏡を用いた地震速報
著者
井手 勇介 今野 紀雄
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.10, pp.682-690, 2019-10-05 (Released:2020-03-10)
参考文献数
32
被引用文献数
1

近年,量子アニーリング型量子コンピュータ・量子ゲート型量子コンピュータの商用化を始めとして量子コンピューティングへの関心が高まっている.それらの量子コンピュータ上で動作する高速探索アルゴリズムを実現するための方法の一つが量子ウォークである.量子ウォークは,量子ゲートを用いた計算モデルとの対応が明らかになっているモデルである.量子コンピュータ上で動作する高速探索アルゴリズムとして,最もよく知られているものはグローヴァーのアルゴリズムである.このアルゴリズムは,N枚のカードのうちマークされた1枚のカードを見つける問題を対象とする.N枚のカードそれぞれに対応する量子状態の一様な重ね合せ状態を初期状態とし,次の二つの操作に対応するユニタリ行列を繰り返し作用させることで探索を行う.一つ目の操作は,マークされたカードに対応する確率振幅の符号を反転し,その他のカードの確率振幅を保つユニタリ行列変換,二つ目は確率振幅を一様に拡散させるユニタリ変換である.これら一連の操作により,通常の探索アルゴリズムではO(N)の計算時間を要するのに対し,O(√N) の試行回数で高確率にマークされたカードを探し出すことができる.以上のアルゴリズムは,「N枚のカード」をグラフの「N個の頂点」に置き換えて考えることで,グラフ(ネットワーク)上の探索問題と見なすことができる.グローヴァーのアルゴリズムは,グラフ(ネットワーク)上の探索問題としては完全グラフ(全ての頂点対が辺で結ばれているグラフ)上の探索に対応している.そのため,探索アルゴリズムとしての汎用性を持たせるために,一般のグラフ上で高速探索可能なアルゴリズムが望まれる.このようなアルゴリズムを実現するための一つの方法として注目されているモデルが量子ウォークである.離散時間量子ウォーク(DTQW)では,グラフ中のマークされた頂点に対応する確率振幅の符号を反転し,その他のカードの確率振幅はそのままにする役割を持つユニタリ行列と,確率振幅を一様に拡散させる役割を持つユニタリ行列の積で定義されるユニタリ行列を用いて,グローヴァーのアルゴリズムに対応する探索を行う.これにより,O(√N) の試行回数で高確率にマークされた頂点を探し出す.DTQWによる一連の時間発展がグラフの辺上のダイナミクスとして定義されるのに対して,連続時間量子ウォーク(CTQW)では,同様の役割を持つユニタリ行列を頂点上のダイナミクスとして実現可能である.探索アルゴリズムの基礎となる量子ウォークは,ランダムウォークの量子版とみなせるモデルの一つであり,量子計算の基本的モデルとして近年注目を集めている.量子ウォークの理論的側面としてよく議論される性質は強い拡散性と局在化の共存であり,通常のランダムウォークと大きく異なる性質であるために種々のグラフ上での理論的検討が精力的に進められている.また,数理モデルとしての興味だけに留まらず,例えば,放射性廃棄物分離への応用可能性・トポロジカル絶縁体との対応が明らかになるなど,理論・実験を問わず,研究の裾野を広げている.さらに,物理的な実現についても捕捉イオン(trapped ion)や光子を用いる方法等により活発に行われている.
著者
新田 英雄
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
大学の物理教育 (ISSN:1340993X)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.6-10, 2022-03-15 (Released:2022-04-15)
参考文献数
6

1.はじめに文科省のウェブサイトに,「学習指導要領ができるまで」 (本拙文はこの題名を拝借した) と題して,次のフローチャートが掲載されている1).文科大臣から中教審に諮問