著者
金子 邦彦 古澤 力
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.3, pp.137-145, 2019-03-05 (Released:2019-08-16)
参考文献数
28

シュレーディンガーは,70年ほど前に著書『生命とは何か』で,情報を担う分子としてのDNAの性質を予言しました.これは分子生物学の興隆への大きな一石となり,以降,生物内の個々の分子の性質は調べあげられてきました.しかし,それら分子の集まった「生きている状態とは何か」の答えには至っていません.物理学は安定した平衡状態に限定することで,マクロシステムをとらえる「熱力学」をつくることにかつて成功しました.もちろん,生命は平衡状態にはありません.しかし生命システム,具体的には細胞は,膨大な成分を有し,その組成を維持して複製でき,外界に適応し進化するという共通特性を持っています.では,こうしたシステムの普遍的性質を記述する状態論を構築できないでしょうか.そこで,熱力学にならって,まずは定常的に成長する細胞状態に対象を限り,さらに進化によって発展してきた状態は摂動に対する安定性を有していることに着目します.これをふまえて,適応と進化に関して,以下のような普遍法則が見出されてきました.(1)様々な外界の環境変化に対し,細胞内の全成分(数千成分)の変化は互いに比例していて,その比例係数は細胞成長速度というマクロ変数で表される.(2)このような短期的適応変化と,長期的進化の間に対しても,全成分(表現型)変化の間に共通比例変化則が成り立つ.(3)こうした外部変化に対する応答と,ノイズによる揺らぎの間には統計力学での揺動応答関係と類似した比例関係が成り立つ.(4)各成分の揺らぎに関しても,ノイズによる短時間スケールでの分散と遺伝子変異による長時間スケールでの分散の間に全成分にわたる比例関係が成り立つ.(5)進化的安定性により細胞の高次元なミクロ状態が低次元なマクロ状態へと次元圧縮されることがこれらの法則の背後にあると考えられる.以上のことは,大腸菌進化実験とトランスクリプトーム解析などによる高次元の表現型解析,細胞モデルの計算機シミュレーション,現象論的理論で確証され,普遍的な法則となることが期待されます.また,この結果から遺伝的変異はランダムに起きても表現型の進化には決定論的な方向性があることも示唆されます.
著者
泉 雅子
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3, pp.141-148, 2013-03-05 (Released:2019-10-18)
参考文献数
35

世界を震撼させた東京電力福島第一原子力発電所の事故から二年近くが経過した.原子炉は冷温停止状態に至り,事故そのものは収束に向かいつつあるが,環境中に大量に漏洩した放射性物質の回収は容易ではなく,環境や人体への影響が憂慮されている.近年の分子生物学の進展により,放射線に対する細胞応答を分子レベルで理解できるようになったが,その一方で,長期にわたる低線量被曝や内部被曝の人体への影響については情報が少なく,社会に不安と混乱を生む一因となっている.本稿では,放射線の生物影響に関してこれまで得られている知見や,放射線防護のための規制値の根拠について解説する.
著者
高橋 有紀子
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.75, no.12, pp.736-745, 2020-12-05 (Released:2020-12-24)
参考文献数
34

情報化社会の進展がどのくらいエネルギー消費量を増やしているか,それがどのような環境変化をもたらしているかといったことを想像したことがあるだろうか.アメリカのIT企業Ciscoの全世界のモバイルデータトラフィックの予測によると,1984年に204 GB(ギガバイト)だった全世界のデジタル情報量は,2017年には1.5兆GB(1.5 ZB,ゼタバイト,Zetaは1021)へ増加し,2021年には3.4兆GBにまで増加すると予測されている.また,国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の資料「JST-LCS 情報化社会の進展がエネルギー消費に与える影響 平成31年」によると,デジタル情報を保存するデータセンター1施設分の電力消費量は,GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)などの大手IT企業が所有する超大規模クラスで2,600 GWh(2018年)にもなり,世界で消費される全電力量の数%をIT分野が消費するまでになっている.COP21で採択されたパリ協定では,温室効果ガスの削減目標などの取り決めがなされたが,具体的な数値目標を定めたものとして1997年の京都議定書が有名である.1997年から約20年が経過し,その間にデジタル情報量は指数関数的な増加を見せ,IT分野での消費電力量は45%も増加しこれに伴う温室効果ガスの排出量も急激に増加している.我が国が目指す未来社会であるSociety5.0は,IoTを駆使した人間中心の社会であるため今後もデジタル情報量の急激な増加が見込まれ,それを下支えするストレージデバイスは重要な基幹技術である.次世代の豊かな社会と環境を両立させるためには,環境に配慮した技術革新が必要不可欠となっている.とりわけ,装置の小型化と台数削減に直結するストレージデバイスの高密度化技術の確立は,データセンターの省エネルギー化を実現していく鍵となる.ストレージデバイスは半導体,誘電体,磁性体を用いるものが種々開発されているが,大容量・安価・不揮発という長所をもつ磁気ストレージデバイスであるハードディスクドライブ(HDD)はデータセンターでメインデバイスとして使われている.HDDはすでに1 Tbit/in2を超える密度(1ビットの面積が2.54 cm×2.54 cmの1兆分の1よりも小さい)を実現しているが,爆発的に増加するデジタル情報に対応するためにさらなる高密度化が求められている.日米のストレージメーカーが中心となって,数年のうちに4 Tbit/in2を達成することを目標に研究開発が進んでいる.高密度化には,磁気記録媒体を構成するナノサイズの磁石のさらなる微細化が必要となる.しかし,ただ単に微細化してしまうと,高温になるHDDの動作環境下では記録情報となる磁石の磁化の向きが熱擾乱のため保持されなくなってしまう.情報の保持のためには磁気異方性を強くしなければならないが,今度は記録情報の書込み,すなわち磁化の向きを反転させるために大きな磁場が必要となる.しかし,HDDに組み込まれるマイクロサイズの電磁石が発生できる磁場にも限界があり,その磁場のみで制御する記録方式はすでに高密度化に対応できなくなっている.この書込みの問題を克服するために提案されたのが,エネルギーアシスト磁気記録である.ナノ磁石の磁化を反転させるときに外部からエネルギーを与えて磁化反転を助けるというイメージである.外部エネルギーとして,熱・高周波磁場・光などが提案されているが,熱および高周波磁場によるエネルギーアシスト磁気記録方式はすでに実用化研究段階に入っている.今後さらに高密度化を進め,かつ省エネデバイスを実現するためには,少しのエネルギーアシストで磁化反転できる,すなわち高効率な磁化反転が実現できるようなエネルギーアシスト方法や材料選択といった課題がある.
著者
滝脇 知也 固武 慶
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.70, no.3, pp.170-178, 2015-03-05 (Released:2019-08-21)

重力崩壊型超新星は,大質量を持つ星がその進化の最終段階に迎える断末魔で,宇宙で最も激しい爆発現象のひとつである.超新星は今後建設が計画されている超大型光学望遠鏡のターゲットとなっているばかりでなく,小柴名誉教授らがノーベル賞と共に切り拓いたニュートリノ天文学や,今後ノーベル賞が期待される重力波天文学の重要な候補天体になっている.また爆発後に残される中性子星,ブラックホールといったコンパクト天体の形成過程そのものであり,爆発時に合成される元素組成は銀河の化学進化を決め,膨張する衝撃波は宇宙線加速の現場にもなっている.このような多面性から,超新星は一天体現象でありながら,天文学や高エネルギー宇宙物理分野において最も注目される天体現象の一つである.このような重要性にもかかわらず,爆発がどのような物理機構で引き起こされるのかについて,極めて長きにわたる研究の歴史を持ちつつも,いまだ完全には明らかにされていない.爆発メカニズムの解明には,超新星の中心核(コア)で起こっている微視的な物理素過程を理解することがまず第一に重要である.さらにその上で,星が爆発していく巨視的なプラズマ・電磁流体現象としての動的な振舞いも同時に明らかにする必要がある.このように自然界の4つの力をすべて含むマルチフィジックス・マルチスケールの現象が非線形に進化していく系の時間発展を追うためには,数値シミュレーションの実行が欠かせない.最も有力視されているシナリオは,コア内で一度は止まってしまった衝撃波をニュートリノで加熱して温め復活させるというものである.超新星コアは,ニュートリノによる物質の加熱・冷却が起きる場所が異なる大局的なシステムであり,この現象をシミュレートするためにはボルツマン輻射輸送方程式を一般相対論的な流体・時空の進化と合わせてセルフコンシステントに解く必要がある.従って非常に高い計算コストが要求され,これを効率的に解くことは数値宇宙物理学のファイナルフロンティアの一つである.そうした複雑な問題を解くのに適しているのはスーパーコンピュータである.近年の超新星理論の急速な進展は計算機の発展によりもたらされている部分が大きい.原子核・素粒子物理の発展に伴うマイクロ物理の精緻化とそれを組み込む流体・輻射輸送の数値コードの改良の末,ようやく空間3次元の超新星シミュレーションが可能になった今,「爆発する超新星モデルが作れない」という長年の問題が解決に向かいつつある.今後の最重要課題は,爆発時に放たれるマルチメッセンジャー(重力波・ニュートリノ・電磁波)のシグナルに関する理論モデルを総合的に解析し,将来の観測と比較できるようにすることである.次世代計算機とマルチメッセンジャー観測という2つのスポットライトに照らされて,長い間ベールに包まれていた壮絶なる星の最期の真の姿がいよいよ我々の前に現れようとしている.
著者
磯部 大樹
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.75, no.8, pp.491-495, 2020-08-05 (Released:2020-11-14)
参考文献数
50

グラフェン2層からなる超格子構造において金属的な状態から,絶縁体さらに超伝導体への相転移が実験的に観測された.グラフェンは炭素原子1層からなる2次元物質であり,それ自体は高い電気伝導度を持つことを考えると驚くべき結果である.なぜグラフェンを2層重ねることで電子状態がこれほど大きく変化するのだろうか.またどうして炭素原子のみからなる物質においてこれほど多様な相が現れるのだろうか.その背景にはファンデルワールス物質における構造の自由度と制御性の高さ,そして電子間の相互作用の効果がある.絶縁体状態および超伝導状態が観測されたのは,グラフェン2層を互いに1.1°ほど回転させて積層させたときである.2層の格子の周期性のずれは「モアレ」と呼ばれるうなりを生じ,元のグラフェンの格子定数(0.246 nm)よりもはるかに長周期(10 nm程度)の格子構造が現れる.加えてグラフェン2層の結合はエネルギーバンドの再構成を引き起こす.相対角度1.1°のとき,モアレの長周期構造を反映したエネルギーバンドは元の単層グラフェンと比較して非常に狭いバンド幅を持つ.その結果として電子間相互作用の効果が相対的に大きくなることから,電子状態に不安定性が生じ相転移が起こることが理論的に予想されていた.グラフェン超格子構造は2次元系であることとバンド幅が狭いことにより,バンドが空の状態から完全に満たされた状態まで自由に制御することができる.この実験上の特徴を利用し最初に絶縁体状態および超伝導状態が観測されたのは,モアレ超格子におけるユニットセルあたりの電子またはホールの数がおよそ2個となるときである.これらの相転移はともにおよそ1 Kの低温で見られ高温では金属的な振る舞いをすることから,電子相関効果に起因するものと考えられている.電子相関に起因する絶縁体状態および超伝導状態は一般に理論解析が難しく,さまざまな解釈が提案されている.手法としては大きく分けて電子のバンド構造やフェルミ面に着目する弱相関極限からの解析と,実空間での格子構造に着目する強相関極限からの解析がある.弱相関側からの解析では,状態密度の発散をもたらすファンホーブ特異性とフェルミ面のネスティングから絶縁体状態と超伝導状態が説明される.この場合の絶縁体状態は電荷密度波またはスピン密度波に由来する.一方で強相関極限からの解析はハバード模型やモット絶縁体,またウィグナー結晶等と関連し,整数フィリングでの電子相関効果の発現がより容易に理解される.実際の相互作用の強さは運動エネルギーと同程度と考えられており,両極限からの理解が得られることが望ましい.実験の進展にともない,電子相関効果による絶縁体状態もしくは超伝導状態はモアレ超格子のユニットセルあたりの電子数が(0を除く)整数の付近で広く生じることが明らかになった.また異常ホール効果の測定から磁性の存在も報告されている.モアレはグラフェンの2層構造に限らず,一般的に格子の周期性のずれからうなりができる場合に生じる.2次元物質の積層構造としては,グラフェン以外にも同じくファンデルワールス物質である遷移金属ダイカルコゲナイドを用いることもでき,実験と理論の両面から精力的な研究が進められている.2次元物質の超格子構造の有する自由度と制御性の高さは物質の電子状態の設計に有用であると同時に,電子相関効果の理解に対して新たな知見をもたらすことが期待されている.
著者
霜田 光一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.6, pp.387-390, 2022-06-05 (Released:2022-06-05)
参考文献数
7

歴史の小径物理学会設立前後の思い出
著者
甲元 眞人
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.3, pp.195-196, 2017-03-05 (Released:2018-03-05)
参考文献数
7
被引用文献数
1

ラ・トッカータ
著者
榎戸 輝揚 和田 有希 土屋 晴文
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.4, pp.192-200, 2019-04-05 (Released:2019-09-05)
参考文献数
33
被引用文献数
1

科学探査が及んでいない対象を人類未踏の世界と呼ぶならば,多くの人は宇宙や深海を思い浮かべるのではないだろうか.実は,太古から身近な自然現象である雷雲や雷放電も,極端な環境のために観測が難しく,これまで知られていなかった高エネルギー現象が近年になって発見されている未踏領域である.そもそも,雷放電がなぜ起きるかという基本的問題にも未解明な点が残され,高エネルギー物理学の知見が重要となってきた.本稿では,古典的な可視光・電波での観測のみならず,X線やガンマ線の観測,宇宙線,原子核物理や大気化学に広がる「雷雲や雷放電の高エネルギー大気物理学」という新しい分野を紹介したい.雷雲の中では,大小の氷の粒が互いにぶつかりあって電荷分離が生じ,強い電場が生じる.この電場が大気の絶縁作用を破壊し,大電流が流れて強力な電磁波や音を放つのが雷放電である.この雷放電に伴う新しい現象が,1990年代から大気上層で見つかっている.ひとつは,スプライトやエルブスと呼ばれる,奇妙な形状で赤色や青色に発光する高高度大気発光現象(Transient Luminous Event, TLE)である.もうひとつは,雷放電に伴って宇宙空間に放たれる,継続時間がミリ秒で20 MeVまでのエネルギーの地球ガンマ線フラッシュ(Terrestrial Gamma-ray Flash, TGF)である.これらは,雷放電に伴う電場変化で電子が加速され,大気分子の脱励起光や,電子の制動放射を観測していると考えられる.さらに地上観測でも,自然雷やロケット誘雷で突発的なX線やガンマ線も検出された.こういった雷放電に同期した放射に加え,雷雲そのものからも,10 MeVを超えるガンマ線が数分以上も地上に降り注ぐ現象が観測されている.一発雷と呼ばれる強力な冬季雷が発生する日本海沿岸の冬季雷雲は世界的にみても稀で,雲底も地表に近いために大気吸収の影響が小さくなり,こういった放射線の測定に有利な環境になっている.そこで我々も10年以上にわたって放射線測定器を設置し,雷雲からのガンマ線を実際に数多く観測してきた.この準定常的なガンマ線の発生機構は,雷雲内の強い電場で加速されなだれ増幅した相対論的電子からの制動放射と考えられており,地球大気という密度の濃い環境下での電場による粒子加速という珍しい物理現象の研究が可能となっている.さらにここ数年で新検出器による多地点マッピングを実現したことで,思わぬ発見にも出会うことができた.雷放電で生じるガンマ線が大気中の窒素や酸素の原子核に衝突し,光核反応を起こすことが明らかになったのである.光核反応で原子核から大気中に飛び出す中性子と,生成された放射性同位体がベータプラス崩壊で放出する陽電子を地上観測で検出できたのだ.これは,雷放電が我々の上空で陽電子を生成するという面白い事実を明らかにしたのみならず,雷放電の研究が原子核の分野にも広がることを意味する.また,光核反応で雷放電が大気中に同位体15N,13C,14Cを供給することは,大気化学とのつながりでも今後の研究の進展が期待できる.本稿では,学術系クラウドファンディングや市民と連携したオープンサイエンスへの試みも紹介しつつ,国内外での高エネルギー大気物理学の潮流と我々の学際的な挑戦を紹介したい.
著者
木下 東一郎
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.4, pp.228-230, 2017-04-05 (Released:2018-03-30)
参考文献数
25

南部さんとは私の東大の物理学科大学院特別研究生時代とプリンストン高等研究所(Institute for Advanced Study; IAS)のvisiting member時代の二度にわたる共同研究の機会があった.
著者
石村 多門
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.54, no.8, pp.636-644, 1999-08-05 (Released:2008-04-14)

いわゆる「構造主義」の思想的核心として, 「構造的因果性」なる概念を取り出すことができよう. それは, フランスの哲学者アルチュセールが提起した, 全く新しい因果概念である. 「因果性」という言葉で, 我々がまず真っ先に思いつくのは, 時間的先後関係によって因果性を捉える「継起的因果性」の観念であろうし, 少数の人は, 全体が部分を規定するという「全体的因果性」を思い浮かべるかもしれない. しかし, そうした因果観念は「非科学的」なものにすぎず, これらの観念に依拠して思索を進めている限り, 科学的認識を構築することはできない, というのがアルチュセールの主張であった. 本稿では, こうした挑戦的な企図に立った「構造的因果性」概念の意義について, これまで余り論じられてこなかった視角から敷延することに努めたい.
著者
田島 裕康 布能 謙
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.9, pp.621-626, 2022-09-05 (Released:2022-09-05)
参考文献数
14

大きな流れは大きな抵抗を生む.こうした関係は,電気抵抗や摩擦など,自然界のいたるところに見出すことができる.例えばオームの法則によれば,発熱量は電流量の二乗に比例する.近年,こうした関係をより一般に「流れの大きさ」と「エントロピーの増大速度(散逸)」の間の関係と捉えた様々なトレードオフ不等式が,非平衡統計力学の分野で導出されている.なにを流れの大きさととらえるかには確率の流れからエネルギー流まで幅があるが,本質的なメッセージは同一である.すなわち,流れを大きくすることと散逸を小さくすることは両立しない.この「流速・散逸のトレードオフ」は,まず物理学の基礎的な面において非常に重要な意味を持つ.具体的には,このトレードオフは熱力学第二法則をより精密にしたものとして捉えることもできる.熱力学第二法則がエントロピーの増大の程度を予言しないのに対し,このトレードオフはエントロピーの増大速度の下界を指定する.流速・散逸トレードオフはまた,量子計算におけるゲート操作の速度限界や,分子モーターの動作精度と熱力学的コストの関係など多岐にわたる応用を持つ.特に重要な応用として熱機関の効率とパワーの間のトレードオフがあげられる.熱機関の効率上限がカルノー効率であることはカルノーの定理によって予言されるが,この効率上限を達成する方法としてよく知られるカルノーサイクルは,パワーを0にしてしまう.そして,カルノー効率を達成しつつパワーを正にする方法があるかないかは,少なくとも熱力学の範囲では結論が出ない.ところが流速・散逸トレードオフから導かれる白石–齊藤–田崎限界は,そのような方法が存在しないことを厳密に示す.熱機関は現代文明の基礎をなすデバイスの一つなので,このことは非常に重要な結論であるといえる.このような重要性から研究が進む一方,量子重ね合わせが流速・散逸のトレードオフにどう影響するのかについては,あまり理解が進んでこなかった.このトレードオフは不可逆性とエネルギーの流れの間の基本的な関係であり,そこに量子効果がどのような影響をもたらすのかは非常に興味深い問題と言える.さらに,このトレードオフは熱機関の性能に対する制限を与えるため,このトレードオフに量子効果がどのように寄与するかを理解できれば,量子効果が熱機関の性能にどのような影響を及ぼせるかを理解できる可能性が高い.こうした状況を踏まえ,我々は流速と散逸のトレードオフ,特に熱流と散逸のトレードオフに対する量子重ね合わせの影響を解析し,系統的な規則を得ることに成功した.得られた規則は以下の3つである.1. 異なるエネルギーの準位間の重ね合わせ(コヒーレンス)はトレードオフを強める.すなわち,異なるエネルギー間のコヒーレンスは熱流のエネルギーロスを強める.2. 縮退間のコヒーレンスはトレードオフを弱める.すなわち,縮退間のコヒーレンスは熱流のエネルギーロスを弱める.3. 縮退間のコヒーレンスが十分な量ある時には,トレードオフが実効的に無効化され,熱がエントロピーの増大なく流れることが可能になる.このことは,マクロな大きさの熱の流れで,エネルギーロスのないものを実現できることを意味する.我々の規則は直接的に熱機関をはじめとしたエネルギーデバイスに応用できる.特に規則3からは,カルノー効率を実効的に達成しつつ,有限のパワーを持つエンジンを実際に構成できる.こうした夢のエンジンの実現のための最初の手掛かりとなること,そして不可逆性と量子性の深い関係を理解する一助となることが期待される.
著者
笹本 智弘
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.5, pp.318-319, 2017-05-05 (Released:2018-05-05)
参考文献数
3

現代物理のキーワード非平衡ゆらぎの普遍性
著者
戸田 盛和
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.51, no.3, pp.185-188, 1996-03-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
31
被引用文献数
1