著者
小玉 英雄 吉野 裕高
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.11, pp.752-761, 2018-11-05 (Released:2019-05-24)
参考文献数
19

すべての自然現象を統一的に記述する究極理論の構築は,理論物理学者の夢である.その実現における最大の難関は,重力理論と量子論を整合的に融合した量子重力理論をつくることである.この難関を摂動論レベルで克服したのが,超弦理論である.超弦理論は,また,他の量子重力理論候補と異なり,重力を含むすべての相互作用と物質が有機的に結合して理論の整合性を生み出していて,真の統一理論といえる.しかし,超弦理論が究極理論の候補となるには,まず,なんと言っても,低エネルギーでの有効理論として我々の知る自然の基本法則を再現することが必要である.Minkowski時空を真空解としてもつことと量子論の無矛盾性を要請すると,超弦理論は10次元時空の理論となる.我々の住む宇宙は4次元に見えるので,まず,4次元と10次元の関係を説明しないといけない.その方法として最もポピュラーなものは,余分な次元が小さく縮んでしまい,低エネルギーの状態では見えなくなるとするコンパクト化という方法である.整合的な10次元超弦理論として,これまでにヘテロ型,IIA型,IIB型など複数の理論が作られており,コンパクト化の詳細は理論ごとに異なるが,一般的には,余剰次元を担う多様体の構造,背景場の配位,ひもの高次元的な拡張であるブレーンの数や配置により指定される.これまでに数億のコンパクト化が計算機の力を借りてチェックされ,ゲージ群やフェルミ粒子の種類・世代数が標準模型と一致するものが発見されているが,未だ,ゲージ結合係数の値,湯川結合の構造と値などすべての点で標準模型を再現するものは見つかっていない.可能なモデルは,例えばIIA型理論だけでも1015個も存在し,そのすべてを計算機で調べ尽くすのは現状では不可能である.また,加速器実験などの地上実験により新たな情報を得る可能性も現状では難しい.このような状況で,コンパクト化の構造を探る新たなアプローチとして注目されているのが,隠れたセクターが引き起こす宇宙現象を用いる方法である.超弦理論に共通に含まれるフォーム場と呼ばれる一般化された10次元ゲージ場は,コンパクト化により,アクシオンと呼ばれる4次元擬スカラー場を生み出す.その種類は余剰次元の位相構造が複雑になるほど多くなる.また,その相互作用強度や質量は,余剰次元サイズやブレーン配位についての情報を担っている.アクシオンの質量maは,10-10 eV以下の範囲でlog maでみて広く分布していることが期待されるが,これらの微小質量アクシオンは,コンプトン波長が宇宙スケールとなるため,様々な宇宙現象を引き起こす.とくに,ma=10-10~10-20 eVの範囲にあるアクシオン場は,太陽の1~1010倍の質量をもつ回転ブラックホールの近傍で不安定となり,ゼロ点振動を種として,ブラックホールの周りにアクシオンの雲を形成する.これらの雲は,回転により定常的に重力波を放出すると共に,非線形相互作用によりしばしばバースト的重力波を放出する.我々の銀河内ないし近傍の銀河でこの現象が起きれば,現在稼働中の重力波干渉計や将来の衛星を用いた重力波干渉計で検出可能であり,重力波観測により超弦理論コンパクト化を探る道が開かれる.
著者
永長 直人 十倉 好紀
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.64, no.6, pp.413-421, 2009-06-05 (Released:2020-10-30)
参考文献数
65

磁性と誘電性は物性物理学の中でも最も基本的な性質であるが,意外にもその関連についてはほとんど研究が行われてこなかった.近年,磁性秩序と強誘電性が共存する物質-マルチフェロイックス物質-が相次いで発見され,両者の強い結合が研究されている.特にらせん磁性が強誘電性を引き起こすという新しい機構が実験・理論ともに確立してきた.「固体における相対論的効果」とも呼ぶべきこの現象に関して最新の研究成果を報告する.
著者
佐藤 健次
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会講演概要集 72.1 (ISSN:21890803)
巻号頁・発行日
pp.545, 2017 (Released:2018-04-19)

CERNのLEPは電子・陽電子の衝突型加速器で、1989年に運転が開始されたが、運転当初から、偏向電磁石の磁場の奇妙な変動に悩まされていた。1995年になって、この磁場変動は、電車がジュネーブ駅を発着するときに発生することが判明した。ただし、ジュネーブ駅には、フランス国鉄の直流電車TGVと、スイス国鉄の交流電車CFFとが発着するが、磁場変動は前者の電車で発生していた。両者の違いは、コモンモードノイズは、直流電車で大きく、交流電車では小さいことで説明される。
著者
河辺 隆也
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.36, no.3, pp.206-214, 1981-03-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
41

トカマクに代る核融合へのアプローチの内開放系磁場閉じ込めの解説を行う. この系では磁力線が閉じていないために核融合炉としては多くの利点を持っているが, 核融合を起すに至るまで高温高密度のプラズマを閉じ込めるのがトカマクに比べて難しい. しかし多くの新しいアイデアを出しタンデムミラー等磁場の他に静電場も用いたり, 高周波プラグなど高周波を用いたりして, 閉じ込めの改良がはかられ, トカマクにあと一歩というところまで近づきつつある. しかもまだまだアイデアを出す余地があるので, ここに開放系磁場閉じ込め核融合の現状と問題点, 将来への展望を述べたい.
著者
霜田 光一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.51, no.3, pp.179-184, 1996-03-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
34
被引用文献数
1
著者
森山 翔文 野坂 朋生
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.1, pp.34-39, 2019-01-05 (Released:2019-07-10)
参考文献数
13

微視的な世界を探索する素粒子物理学において,最終理論は存在するのだろうか.ここで,最終理論とは,自然界に存在するありとあらゆる相互作用を,高エネルギー領域を含めて正確に記述する理論を指す.原子を単位とする元素表が,陽子や中性子を単位として修正され,さらに,クォークやレプトンを単位にする素粒子標準模型に到達した.そのような素粒子物理学の歴史にいつか終止符が打たれるのだろうか.歴史的に見ても,感情に訴えても,そのような夢物語はすぐには受け入れがたい.しかし,素粒子物理学の現状には最終理論の形跡がある.ゲージ群による統一を見ても,超対称性による統一を見ても,統一のプロセスが際限なく継続されるものではなく,どこかで打止めになる構造を持つ.最終理論が存在するかという崇高な疑問よりも,現時点でより生産的な疑問はおそらく,打止めの構造があればそれを実現する理論は何か,という問いであろう.約30年前に人類が到達した暫定的な答えは,超対称性を持つ弦理論(超弦理論)である.超弦理論が最終理論だとすれば,それは一意的であることが望ましい.10次元時空において無矛盾な超弦理論は,摂動論的な解析から5種類存在することがわかっていたが,これらはさらに11次元時空上に存在すると仮定されるM理論を巻き込んで,双対性を通じて互いに等価であることがわかってきた.超弦理論の発展とともに,超対称性を持つ重力理論(超重力理論)が構築できる最大時空は11次元であることがわかり,M理論の設定と明快に整合する.M理論の低エネルギー有効理論が11次元超重力理論であると仮定すると,超重力理論から,M理論にはM2膜とM5膜が存在することがわかる.超弦理論で知られていた弦や様々なDブレーンは次元還元により再現される.これらの進展を経て,最大時空次元を持つM理論こそが最終理論だと考えられている.しかし,このM理論は超重力理論を通じて得られる知見以外,謎に包まれている.超重力理論の解析から,N枚のM2膜やM5膜の上の場の理論はそれぞれN 3/ 2やN 3に比例する自由度を持つことがわかるが,これらの場の理論が具体的に何であるかは知られていなかった.特に,超弦理論のDブレーンを記述する,N 2の自由度を持つ“行列”の場の理論と比べると,M理論の不思議さが際立つ.長い探索の末,近年,M2膜を記述する場の理論は超対称チャーン・サイモンズ理論であることが発見された.この理論の自由エネルギーはN 3/ 2に比例し,超重力理論の予言を再現する.高い見地に立つと,N 3/ 2の自由エネルギーを持つ一連の理論を系統的に研究することにより,M理論の地図が解明されていくであろう.高い超対称性のため,これらの理論における経路積分は行列模型に帰着する.最近の著者らの研究において,M2膜の行列模型が詳しく調べられた.二重展開となる非摂動項の展開係数は無数の発散点を持つが,格子状に完全に相殺されている.これは,弦理論の非摂動論的な効果の発見後に唱えられてきた教義「弦理論は弦のみの理論ではない.様々な膜まで含めて初めて無矛盾である.」を実現していると解釈できる.さらに研究が進展して,この行列模型は,位相的弦理論,曲線の量子化,可積分非線形微分(差分)方程式と同様の構造を持つことがわかった.これらを指針に,M理論の地図が解明されつつある.
著者
早川 尚男 九後 太一 川上 則雄
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.67, no.7, pp.493-499, 2012-07-05 (Released:2018-03-02)
参考文献数
40

We briefly review the birth of the Progress of Theoretical Physics (PTP) and its relationship with Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ). We also trace the development of PTP and the route to rebirth as Progress of Theoretical and Experimental Physics (PTEP). Furthermore, we introduce some milestone papers of PTP in both fields of particle physics and condensed matter physics.
著者
大場 一郎 中里 弘道 Gennady Zinovjev 室谷 心 平野 哲文
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.66, no.4, pp.258-269, 2011-04-05 (Released:2018-08-14)
参考文献数
51

本解説記事は構成が通常の解説記事と異なるため,編集委員会より簡単に説明する.並木美喜雄先生は2010年4月21日に84歳で他界されました.本解説は並木先生の追悼解説記事として,並木先生がその発展に大きく貢献された高エネルギーハドロン・原子核衝突における流体的描像の物理についての最近の発展を,並木先生の功績を交えながら紹介していただいた.第1章では,並木先生に教えを受けた大場氏と中里氏に並木先生の業績について解説していただいた.また,並木先生が1990年代初頭のソ連崩壊後,旧ソ連の物理学者の支援活動を精力的になさっていた関係で,旧ソ連の研究者から感謝の気持ちを伝えたいとのご意向が寄せられ,第2章では,旧ソ連の研究者を代表してZinovjev氏に寄稿していただいた.第3章では,クォークグルーオンプラズマ流体の物理を第一線で研究し,並木先生の教えも受けている,室谷氏,平野氏に解説記事をお願いした.このような構成のため,通常の解説記事よりページ数が多くなっている.
著者
神嶌 敏弘
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.1, pp.5-13, 2019-01-05 (Released:2019-07-10)
参考文献数
19
被引用文献数
1

数年前から,人工知能や機械学習について目立った成果が取り上げられるようになった.日本では,バブル崩壊後あたりから撤退する企業が相次ぎこの分野は長く冬の時代であったのに対し,海外では堅実な研究が続けられていた.その研究が実り,コンピュータ囲碁は人間のトッププロに勝つようになったり,機械翻訳や音声認識がその精度を大幅に向上させるといった成果に繋がった.一方で,マスコミの情報では,機械学習があたかも魔法の杖であるかのような過剰な印象を与えているとも思う.以下では,現状の機械学習はどのようなもので,何が今までと違い,何が変わっていないのかを論じる.
著者
竹内 一将
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.70, no.8, pp.599-607, 2015-08-05 (Released:2019-08-21)

To be, or not to be, that is the question. -ハムレットに登場するこの有名な台詞は,父の仇討という後戻りできない選択に葛藤するハムレットの苦悩を描いたものである.ここまで複雑な状況は珍しいかもしれないが,後戻りができない変化というものは,自然現象においても様々な場面で起こりうる.例えば,近年よく耳にする生物種の絶滅危惧問題は,ひとたび絶滅してしまえば,その種はもう二度と現れないからこそ,大きな問題になる.物理学においても,低温の量子流体における量子渦や,連鎖的超新星爆発による銀河の星形成のモデルなど,一旦なくなったり止まったりするとなかなか元の状態に戻らなくなる現象は珍しくない.一般に,「一度入ったら二度と出られない状態」は吸収状態と呼ばれる.先程の生物種の例では,個体が一匹もいなくなった状態が吸収状態である.こうしてみると,環境などのパラメータが変わることで引き起こされる,絶滅するか否かという命運の変化は,吸収状態に落ちるか落ちないかという,一種の相転移だと考えられる.このような吸収状態転移は,統計力学,特に非平衡の統計力学の対象として長らく研究が続けられてきた.そして,少なくとも単純な理論的設定の下では,様々なモデルが普遍的な非平衡臨界現象を示すことが明らかになった.Directed Percolation(DP,異方的浸透現象)普遍クラスと呼ばれるこの臨界現象は,最も基本的な非平衡相転移として理論的に深く理解されており,高エネルギー物理におけるRegge極の場の理論とも直接の対応関係を持つ.一方,実験的には,DP臨界現象の十分な証拠は長らく見つからなかったのだが,著者らは2007年,液晶の乱流状態において,DPクラスの臨界現象が明瞭に現れることを発見した.DP臨界現象が実験的に確認されたという事実が意味するのは,それが理想的な条件下のみで現れる理論的産物ではなく,現実の非平衡現象を記述する力を持っているということである.現に,近年になって,流体における層流-乱流転移や,コロイド,超伝導渦の運動の可逆性に関する相転移など,いくつかの具体的な現象と吸収状態転移との関わりが実験的にも明らかになってきた.本解説記事では,液晶乱流における実験事実の紹介を軸として,吸収状態転移,特にDPクラスがどのようなものかを概観する.非平衡臨界現象の理論の一般的枠組みや,DPとRegge極の場の理論との関わりについても簡単に触れ,それがどのような実験事実で検証されたかを述べる.そのうえで,流体系やコロイド,超伝導渦などで吸収状態転移がいかに現れるか,近年の実験的進展も紹介する.非平衡系を構成する多数の自由度が「生きるか,死ぬか」.その狭間には,非平衡臨界現象の興味深い物理学があるということを感じて頂ければ幸いである.