著者
奥田 健次 井上 雅彦
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.51-62, 2002-04-20 (Released:2017-07-20)
被引用文献数
1

本研究では,奥田・井上・山口(2000)の空間的視点取得課題に通過した3名の自閉症児者に対して,認知的視点取得課題において自己および他者の「知識の有無」状況を弁別可能にするための条件について検討を行った。まず,介入フェイズ1において,自己の「知識の有無」状況の弁別を獲得するための指導的介入を行った結果,自己質問に対して正答可能となったが,他者の「知識の有無」状況の弁別に転移しなかった。次に,介入フェイズ2において,自己と他者とで可視/不可視が異なる条件のみ指導的介入を行った結果,介入を行った条件での成績が向上したが,自己と他者とで可視/不可視が同一の条件での誤答が増加した。そこで,介入フェイズ3において,自己と他者とで可視/不可視が異なる条件に加え,可視/不可視が同一の条件についても指導的介入を行った。その結果,ポストテストにおいては,3名とも自己と他者の「知識の有無」状況の弁別を獲得し,指導的介入を行わなかった他者同士の「知識の有無」状況についても弁別することが可能となった。本実験の結果から,認知的視点取得課題や「心の理論」課題における課題設定の問題について検討を行った。
著者
江尻 桂子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.154-164, 1994-12-15 (Released:2017-07-20)

「これまでにない新しいもの」とは, 様々な既有知識を組み合わせることによって産み出される。では, この「知識の組み合わせ」とは, いつ頃からできるようになるのか。また, これを外的な援助によって促すことができるのか。以上の問題意識のもとに本研究は, 「この世に存在しないX (人間・家) を描く」という課題を用いて, 子どもの想像画の発達的変化と教示による効果について検討した。実験Iは, 幼児・小3・小5, 各45名を次の3条件に分けて行った。課題遂行前に「存在しないX」の例を言語的に与える (ヒント群) , 言語的かつ視覚的に与える (見本群〉, 何も与えない〈統制群) である。分析は, まず各絵について, どのような方略を使用してXを描いているかを判定した (e.g. 顔が三角形の人間→「要素の形の変化」) 。そして, 各方略の出現頻度を年齢, 条件ごとに比較した。その結果, 1. ヒント群, 見本群は統制群に比ベ, 高度な方略の使用が多くなること, 2. これらの条件下では, 幼児でも「組み合わせ」方略 (異なる概念カテゴリーを組み合わせてXを描く) を使用できること, 3. ただし, 幼児の行う組み合わせは微細で部分的なものが多く, 小3, 小5のように大幅で全体的なものではないことが明らかになった。実験IIでは, こうした教示による効果が持続するかどうかを検討するため, 幼児37名を対象に, 教示前, 教示直後, 1週間後の反応を調べた。教示を与えた群は, 教示直後, 1週間後, いずれにおいても統制群に比べて成績が高く, 効果の持続が確かめられた。
著者
藤田 英典
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.439-449, 2012-12-20 (Released:2017-07-28)
被引用文献数
6

1990年代半ば以降,貧困・経済的格差が新たな社会問題として浮上し,子どもの生活・福祉・教育機会や発達にも深刻な影響を及ぼすようになった。本稿では.その現代的な貧困・格差の実態・特徴と子どもへの影響について,学力形成・教育達成と児童虐待を中心に,以下の構成で検討・考察している。(1)現代の貧困・格差や文化・社会のありようを踏まえ,その環境諸要因が子どもの発達の諸側面に及ぼす影響について仮説的な概念図を提示し,貧困が及ぼす影響の重大性を指摘する。(2)貧困・経済的格差の実態と子どもの教育達成・学力形成に及ぼす影響について種々の統計データに基づき検討し,貧困・格差の構造的複合性を指摘し,教育格差・学力格差の生成メカニズムについて経済的要因と文化的要因・社会心理的要因・学校要因が重なり合って格差が生成されていることを論じる。(3)児童虐待の実態とリスク要因について検討し,貧困が,単親家庭や孤立・育児疲れ等と相まって,その主要なリスク要因になっていることを確認する。(4)貧困・格差の再生産の傾向が強まっていることを確認し,今後の政策的・社会的課題について若干の私見を略述する。
著者
髙坂 康雅
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.27, no.3, pp.221-231, 2016

<p>本研究の目的は,大学生活の重点によって大学生を分類し,自立欲求や全能感,後れをとることへの不安,モラトリアムの状態,学習動機づけの比較を行うことで,現代青年のモラトリアムの多様性を明らかにすることである。大学生624名を対象に質問紙調査を実施し,大学生活の重点7標準得点をもとにクラスター分析を行ったところ,4クラスターが抽出された。クラスター1は自己探求や勉強に重点をおき,自己決定性の高い学習動機づけをもっていた。クラスター2はいずれの活動にも重点をおいておらず,大学での活動に積極的に取り組めていない青年であると判断された。クラスター3はすべての活動に重点をおき,自立欲求や後れをとることへの不安をもち,内発的動機づけだけでなく,外発的動機づけももっていた。クラスター4は他者交流や部活動,サークル活動に重点をおき,全能感が強いが,学業とは異なる領域での活動を通して職業決定を模索していた。これらの結果から,クラスター1はEriksonが提唱した古典的モラトリアムに相当し,クラスター4は小此木が提唱した新しいタイプのモラトリアム心理によるモラトリアムであり,クラスター3は近年指摘されている新しいタイプのモラトリアム(リスク回避型モラトリアム)であると考えられた。</p>
著者
西田 麻野
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.26, no.4, pp.300-311, 2015 (Released:2017-12-20)
参考文献数
34
被引用文献数
1

本研究では,自閉的な傾向の高い一般大学生のアレキシサイミア傾向を中心とした感情面の特徴を関係的視点から記述を行い,こうした大学生の他者との関わりにおける様々な課題や困難に対応するための手掛かりを得ることを目的とした。その際,一般の大学生20名を対象に質問紙調査と主観的感情体験についてのインタビューを行い,その発話内容分析を行った。アレキシサイミア傾向を測定するTAS-20,自閉的傾向を測定するAQと,発話内容分析によって得られた“感情言語化数”との間の相関分析の結果,これらの尺度得点と“感情言語化数”との間で負の相関が示され,一般大学生の自閉的傾向の高さとアレキシサイミアに関係する感情言語化の少なさには関連があることが示された。さらに“感情面”と“関係性”に関する発話内容の特徴を捉えるために,発話内容分析のデータに基づき多次元尺度構成法(MDS)を行った。その結果,発話上でアレキシサイミアを中心とした感情的な困難が示された二つの群には,それぞれ異なる状態像があることが示された。一つ目の群には,自他関係に積極的に関わってはいるものの,感情の表現に困難がある特徴が示され,二つ目の群では自他の内面や関係性に関わろうとせず,関係的に孤立した特徴が示された。これら発話上の特徴から,自閉的傾向のある大学生のアレキシサイミア傾向には異なるタイプがあり,それらに応じた対応の必要性が示された。
著者
島 義弘
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.260-267, 2014 (Released:2016-09-20)
参考文献数
40
被引用文献数
1

親の養育態度は子どもの社会的適応に影響を与えている。これまでに,親の養育態度の認知が子どものアタッチメントに影響を与えること,及び子どものアタッチメントが自身の社会的適応に影響を与えることが示されていることから,本研究では親の養育態度と子どもの社会的適応の関連が内的作業モデルによって媒介されているというモデルを設定し,大学生191名を対象とした質問紙調査を行った。その結果,親のケアを低く評価しているほど内的作業モデルの“回避”が高く,親を過保護であると認知しているほど内的作業モデルの“不安”が高かった。さらに,内的作業モデルの“不安”が高いほど個人的適応の指標である自尊感情が低く,対人的適応の指標である友人関係における“傷つけられることの回避”が高かった。また,“回避”が高いほど自尊感情が低く,友人関係における“自己閉鎖”と“傷つけられることの回避”が高かった。以上のことから,親の養育態度をネガティブに評価していることが不安定な内的作業モデルにつながり,内的作業モデルが不安定であることが社会的適応を困難にするというモデルが成立することが示された。
著者
小塩 真司 脇田 貴文 岡田 涼 並川 努 茂垣 まどか
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.27, no.4, pp.299-311, 2016

<p>自尊感情はこれまでの心理学の歴史の中で非常に多くの研究で取り上げられてきた構成概念のひとつである。近年では,多くの研究知見を統合するメタ分析が注目を集めている。その中でも本稿では,平均値等の統計量をデータが収集された調査年ごとに統合することで,心理学概念の時代的な変化を検討する時間横断的メタ分析に注目する。小塩ほか(2014)は日本で報告されたRosenbergの自尊感情尺度の平均値に対して時間横断的メタ分析を試み,自尊感情の平均値が近年になるほど低下傾向にあることを見出した。また岡田ほか(2014)は,近年になるほど自尊感情の男女差が小さくなる可能性を報告した。本稿ではこれらの研究の背景と研究知見を紹介し,時代変化という要因を考慮に入れたうえで今後どのような研究の方向性が考えられるのかを展望した。具体的には,研究の継続性,検討する指標の多様性,行動指標への注目,関連性の変化への注目,社会状況の変化との照合という観点が提示された。</p>
著者
野澤 祥子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.22-32, 2011-03-20 (Released:2017-07-27)

1〜2歳の仲間同士における自己主張の発達的変化を明らかにすることを目的とし,保育所の1歳児クラスを対象として約1年間の縦断的な観察を行った。分祈には,誕生月を説明変数とした潜在曲線モデルを用い,発声や発話の声の情動的トーンにも焦点を当てて検討を行った。その結果,多くのカテゴリにおいて,その初期量や変化率が誕生月の違いによって異なること,すなわち,観察開始時の月齢によってその後に辿る発達的変化のパターンが多岐に亘ることが示唆された。次に,この結果に基づきつつ,個々の子どもの発達的軌跡を参照し,その共通性から発達的傾向を検討した。その結果,自己主張がなされる場合,1歳前半には発声による主張が特徴的にみられること,2歳前後にかけて不快情動の表出を示す行動が増加し,その後は減少すること,2歳後半にかけて情動や行動を制御した発話や交渉的表現など,よりスキルフルな自己主張が増加することが示唆された。自己主張の発達を検討する際に,声のトーンを含む情動的側面に着目することや,個々の子どもの発達的変化を考慮することの重要性が考察された。
著者
多賀 厳太郎
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.4, pp.349-356, 2011-12-20 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
2

胎児期から乳児期の脳の発達に焦点を当て,脳のマクロな構造とネットワーク形成に関する解剖学的変化,脳が生成する自発活動と刺激誘発活動の変化,脳の機能的活動の変化について,近年の脳科学研究でわかってきた知見を俯瞰する。それを基に,乳児期の行動発達の動的な変化を理解するための,脳の発達に関する3つの基本原理を提案する。(1)胎児期の脳では,まず自発活動が生成され,自己組織的に神経ネットワークが形成された後で,外界からの刺激によって誘発される活動が生じ,さらに神経ネットワークが変化する。(2)脳の機能的活動は,特定の機能に関連しない一般的な活動を生じた後で,特定の機能発現に専門化した特殊な活動に分化する。(3)脳ではリアルタイムから長期的な時間にわたる変化まで,多重な時間スケールでの活動の変化が生じるが,異なる時間スケールの間の相互作用機構を通じて,構造と機能とが共に発達する。このように脳の発達は極めて動的な変化であり,段階的に見える行動の発達も,脳,身体,環境の相互作用から生じる創発的な過程であると考えられる。
著者
伊藤 裕子 相良 順子 池田 政子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.62-72, 2006
被引用文献数
1

本研究は,中年期夫婦を対象に,職業生活が夫婦関係満足度および主観的幸福感に及ぼす影響について,妻の就業形態により個人内と夫婦間で影響の仕方に差異がみられるかを検討した。妻フルタイム110組,妻パートタイム170組,妻無職106組の夫婦に,仕事へのコミットメント,夫婦関係満足度,主観的幸福感を質問紙により尋ねた。その結果,自身の仕事へのコミットメントが夫婦関係満足度に影響するのは妻のみで,夫では影響しない。しかし,夫の仕事へのコミットメントは妻の夫婦関係満足度および主観的幸福感にクロスオーバーな影響を及ぼし,夫の仕事へののめり込みの増大は妻の幸福感を低下させ,仕事満足感の増大は妻の夫婦関係満足度を高めていた。反対に,妻の仕事へのコミットメントが夫にクロスオーバーな影響をするのは妻がパートタイムの夫婦のみで,この場合,妻の仕事へののめり込みは夫の夫婦関係満足度を低下させ,仕事満足感の低さが夫の幸福感の低下を招くなど,夫は妻の仕事へのコミットメントの影響を受けやすい。妻の就業形態と収入,夫の分業観によって,職業生活が夫婦関係と心理的健康に及ぼすスピルオーバー/クロスオーバーな影響は異なっていた。
著者
伊藤 崇
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.63-74, 2011
被引用文献数
1

集団的な保育活動において一斉に着席する活動は,そこに参加する幼児自身によってどのように達成されているのだろうか。この問いに関し,保育所の3〜4歳児(年少児)クラスを対象として,自由に遊ぶ活動が終了してから,全員が着席し「お誕生会」が始まるまでの準備過程を,年少児が保育所に参入した直後の3ヶ月間に渡って検討した。「お誕生会」の映像をビデオで記録し,それが開始される直前の過程で年少児と保育者の行った発話およびイスへの着席行動を分析したところ,以下のことが明らかとなった。集団レベルで見ると,4月から6月にかけて起きた変化として,「お誕生会」の開始までに要する時間が短くなった。この変化は,少なくとも2つの変化によって生じていた。第一に,4月にはなかなか着席しなかった幼児が6月にはすぐに座れるようになること,第二に,4月には座ったり立ち上がったりを繰り返していた幼児が,6月には一度座った席から離れなくなったことであった。以上の結果から,一斉に着席する活動が,ただ単に「座ること」ではなく「立たずに座り続けること」によって実現されていたことが明らかとなった。この結果に関して,立つという行動が集団の中でもつ意味の変化という観点から検討した。
著者
亀井 美弥子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.14-27, 2006

本研究の目的は,正統的周辺参加の枠組みから,職場の新人の語りによって,職業参加におけるアイデンティティの変化と職場共同体における学びを構造化する諸資源との関連を,新人の視点から構成される「学習のカリキュラム」に焦点化し明らかにすることである。新卒の社会人23名に就職直後と5ヶ月後の2時点でインタビューを実施した。アイデンティティをとらえるための「新人としての自己の位置づけ」の変化のタイプと,職場の学習のための構造化の資源としての,1.新人への仕事の割り当て,2.教授-学習関係の安定性との関係を検討した。その結果,初期に葛藤を感じ,その後職業参加に肯定的に向かうタイプは多くが仕事の割り当てが「実践根幹型」であり,安定した教授-学習関係という職場の構造を持っていた。また,はじめから職業参加に肯定的で変化のないタイプでは新人の仕事が熟練と分けられている「新人-熟練分担型」であった。また,職業参加から離れていくタイプでは,実践の参加から疎外されているケースがあった。異なる変化をたどった3事例の語りを検討した結果,職場実践における学びを構造化する資源の多様なありかたが,新人のアイデンティティの変容過程や学習のカリキュラムの構成に相互に密接に関係すること,また,実践に参加することおよび現前の実践を意味づけるガイドの存在が学習のカリキュラムの構成に重要であることが示唆された。
著者
東海林 麗香
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.20, no.3, pp.299-310, 2009

本稿では,持続的関係で起こりうる「同じ原因の葛藤が未解決のままで繰り返し生じる事態」に焦点を当て,新婚女性による記述や語りから反復的葛藤の経過を縦断調査により追跡する中で,その意味づけプロセスについて探索的に検討することを目的とする。その上で,これまで不適応的であるとされることの多かった未解決であるという事態が持続的関係においてどのような意味を持つのかについて再検討する。回答者による解決必要性の認知と意味づけプロセスから未解決事態を分類したところ,解決しなくてもいいという認識の[解消型]においては,相手に対する熟知性や信頼感の高まりや,葛藤を反省的に捉えるようになるという意味づけプロセスが見られた。可能なら解決した方がいいという認識の[保留型]では,最初は混乱や結果への不満を示していたが,葛藤を客観的に振り返る機会をきっかけに[解消型]と同様の意味づけプロセスを経るに至った。解決すべき問題という認識の継続している[継続型]では,問題解決のための方法を模索している[積極継続型]と,解決したいと思いながらも行き詰まりを感じている[消極継続型]という2つのタイプのプロセスがあった。以上の結果により,未解決であることや解決を志向しないことにも異なるタイプがあり,関係性にも異なる影響を与えている可能性があることが示唆された。
著者
亀井 美弥子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.14-27, 2006-04-20 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
3

本研究の目的は,正統的周辺参加の枠組みから,職場の新人の語りによって,職業参加におけるアイデンティティの変化と職場共同体における学びを構造化する諸資源との関連を,新人の視点から構成される「学習のカリキュラム」に焦点化し明らかにすることである。新卒の社会人23名に就職直後と5ヶ月後の2時点でインタビューを実施した。アイデンティティをとらえるための「新人としての自己の位置づけ」の変化のタイプと,職場の学習のための構造化の資源としての,1.新人への仕事の割り当て,2.教授-学習関係の安定性との関係を検討した。その結果,初期に葛藤を感じ,その後職業参加に肯定的に向かうタイプは多くが仕事の割り当てが「実践根幹型」であり,安定した教授-学習関係という職場の構造を持っていた。また,はじめから職業参加に肯定的で変化のないタイプでは新人の仕事が熟練と分けられている「新人-熟練分担型」であった。また,職業参加から離れていくタイプでは,実践の参加から疎外されているケースがあった。異なる変化をたどった3事例の語りを検討した結果,職場実践における学びを構造化する資源の多様なありかたが,新人のアイデンティティの変容過程や学習のカリキュラムの構成に相互に密接に関係すること,また,実践に参加することおよび現前の実践を意味づけるガイドの存在が学習のカリキュラムの構成に重要であることが示唆された。
著者
浅川 淳司 杉村 伸一郎
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.130-139, 2011-06-20 (Released:2017-07-27)

本研究では,幼児68名を対象に計算能力と手指の巧緻性の特異的な関係について検討した。具体的には,まず,手指の巧緻性に加えて走る,投げる,跳ぶなどの運動能力も測定し,計算能力との関係の強さを比較した。次に,手指の巧緻性が他の認知能力と比べて計算能力と強く関係しているかを明らかにするために,言語能力を取り上げ手指の巧緻性との関係の強さを計算能力と比較した。さらに,言語能力に対応する運動能力としてリズム運動を設定し,認知能力に関係すると考えられる手指の巧緻性とリズム運動という運動能力間で,計算能力との関係の強さを比較した。重回帰分析の結果,全体ならびに年中児と年長児に分けた場合でも,計算能力に最も強く影響を与えていたのは手指の巧緻性であった。また,言語能力にはリズム運動が強く影響を与えており,手指の巧緻性は関係していなかった。以上の結果から,計算能力は運動能力の中でも特に手指の巧緻性と強く関係し,手指の巧緻性は言語能力よりも計算能力と強く関係することが明らかとなった。これらの知見に関して,脳の局在論と表象の機能論の観点から論じた。
著者
阿部 彩
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.362-374, 2012

日本の子どもの相対的貧困率は16%であり,約6人に1人が相対的貧困状態にあると推計される。しかしながら,この相対的貧困の概念については,研究者らも含め殆ど知られておらず,この数値の意味するところが理解されていないのが現状である。本稿では,子どもの相対的貧困率の現状と動向を把握した上で,「豊かさ」と「貧しさ」という観点から,相対的貧困と絶対的貧困の概念の違いを明らかにする。また,一般市民の貧困の概念が,絶対的貧困や物質社会に反抗する精神論に強く影響されており,それが現代における貧困(相対的貧困)の議論の本質を見えにくくしている点を指摘した。最後に,相対的貧困が,どのようにして子どもの健全な育成を妨げているかについて,一つは相対的貧困にあることが子ども自身の社会的排除を引き起こすリスクが高いこと,二つが,子どもが相対的貧困の状態であるということは,親も相対的貧困状況にあるということであり,貧困が親のストレスを高め,親が子どもと過ごす時間を少なくし,孤立させることにより,厳しい子育て環境に置かれていることを指摘した。「豊かさ」や「貧しさ」は相対的な概念であり,たとえ豊かな社会であっても相対的貧困にあることは大きな悪影響を子どもに及ぼす。
著者
坂田 陽子 口ノ町 康夫
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.133-141, 2014 (Released:2016-06-20)
参考文献数
39
被引用文献数
2

本研究の目的は,対象物の特徴を抽出する能力が人の一生涯にわたってどのように変化するのかについて,幼児,大学生,高齢者を対象に同一の課題を用いて組織的に検討することであった。刺激として形,模様,色から成る幾何学図形を用い,2個もしくは8個を同時に実験参加者に呈示し,刺激間の共通した特徴を抽出させた。共通特徴は,形もしくは模様もしくは色のいずれか一つのみであった。その結果,形特徴に関しては,年齢による抽出成績差はなく,生涯を通して高水準で抽出が可能であった。一方,模様と色特徴に関しては,年齢による抽出成績に差が見られ,模様特徴に関しては加齢に伴うなだらかな逆U字曲線が,色特徴に関しては加齢に伴う,模様特徴よりも鋭角な逆U字曲線が見られた。これらの結果から,抽出能力は対象物の特徴によって異なる生涯発達的変化を示すことが分かった。その全体像から,形特徴抽出のような幼児期初期にはすでに獲得されている能力は高齢期後期まで残存し,模様や色特徴抽出のような幼児期後期に獲得した能力は高齢期初期に衰退するという現象が明らかとなり,この現象に対して,“first in, last outの原理”を適用できるのでないかと考察された。
著者
藤崎 亜由子 倉田 直美 麻生 武
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.67-77, 2007
被引用文献数
3

近年登場したロボットという新たな存在と我々はどのようにつきあっていくのだろうか。本研究では,子どもたちがロボットをどう理解しているかを調べるために,5〜6歳児(106名)を対象に,2人1組で5分間ロボット犬と遊ぶ課題を行った。あわせて,ロボット犬に対する生命認識と心的機能の付与を調べるためにインタビュー調査を行った。ロボット犬は2種類用意した(AIBOとDOG.COM)。DOG.COMは人間語を話し,AIBOは電子音となめらかな動きを特徴とするロボットである。その結果,幼児は言葉をかけたりなでたりと極めてコミュニカティブにロボット犬に働きかけることが明らかになった。年齢群で比較した結果,6歳児のほうが頻繁にロボット犬に話しかけた。また,AIBOの心的状態に言及した人数も6歳児で多かった。ロボット犬の種類で比較した結果,子どもたちはDOG.COMに対しては言葉で,AIBOに対しては動きのレベルで働きかけるというように,ロボット犬の特性に合わせてコミュニケーションを行っていた。その一方で,ロボット犬の種類によってインタビュー調査の結果に違いは見られなかった。インタビュー調査では5割の子どもたちがロボット犬を「生きている」と答え,質問によっては9割を超える子どもたちがロボット犬に心的機能を付与していた。以上の結果から,動物とも無生物とも異なる新たな存在としてのロボットの可能性を議論した。
著者
伊藤 朋子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.20, no.3, pp.251-263, 2009-09-10 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
2

本研究では,中学生32名と大学生54名を対象に,サイコロふりに関する基礎的な確率課題を出題し,伊藤(2008)の確率量化操作の4水準の発達段階を理論的に発展させた3段階2水準の発達段階の妥当性を検証する調査を行った。その結果,確率量化以前の段階0,基本的な1次的量化が可能な段階IA,加法的合成を伴う1次的量化が可能な段階IB,基本的な2次的量化が可能な段階IIA,加法的合成を伴う2次的量化が可能な段階IIB,基本的な条件付確率の量化が可能な段階IIIA,ベイズ型条件付確率の量化が可能な段階IIIB,という確率量化操作の発達段階が見出された。中学生の多くは段階IAにとどまること,大学生の多くは段階II以上にあるが,段階IIBで必要とされる場合分けという第1の障壁のために段階IIAにとどまる場合があること,段階IIBに到達した大学生でも,思考の可逆性という第2の障壁のために段階IIIの到達には困難を要することが明らかになった。