著者
奥村 優子 池田 彩夏 小林 哲生 松田 昌史 板倉 昭二
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.27, no.3, pp.201-211, 2016

<p>評判は,人間社会における利他行動の促進や社会秩序の維持に重要な役割を果たしている。評判を戦略的に獲得するために成人は"評判操作",つまり,他者に見られていることに敏感となり,他者の自分に対する印象や査定を操作する行動をとることが示されている。一方で,就学前の子どもにおいて,幼児が場面に応じてどのように評判操作をするのかは不明な点が多い。そこで本研究では,幼児の評判操作に関して2つの検証を行った。1点目は,5歳児が他者に観察されている場合に良い評判を得るように,また悪い評判を付与されないように評判操作をするかどうかであった。2点目は,5歳児が目のイラストのような他者を想起させる些細な刺激によって評判操作をするかどうかであった。研究1では,幼児が自分のシールを第三者に提供することで良い評判を得ようとするかを検討した結果,観察者,目の刺激,観察者なしの3条件で分配行動に有意な違いはみられなかった。研究2では,幼児が第三者のシールを取る行動を控えることにより悪い評判を持たれないようにするかを検討した結果,観察者条件では観察者なし条件に比べて奪取行動が減少した。一方,目の刺激条件と観察者なし条件とでは,行動に違いはみられなかった。これらの結果から,5歳児は悪い評判を持たれることに対して敏感であり,実在の他者から見られている際に戦略的に評判操作を行うことが示された。</p>
著者
安藤 寿康
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.244-255, 2022 (Released:2023-07-04)
参考文献数
25

双生児法は遺伝と生育環境を共有する一卵性双生児と,遺伝の共有は一卵性の半分だが生育環境は一卵性と等しい二卵性双生児の行動指標の類似性を比較し,遺伝と環境の影響を明らかにする行動遺伝学の方法論である。古典的双生児法では,遺伝要因は分子レベルではなく潜在変数として扱われ,平均値ではなく分散に関心をもつところが特徴である。心理学のさまざまな領域で,すでに双生児研究の膨大な蓄積があり,あらゆる行動に有意で大きな遺伝的影響があること,とはいえどんな形質100%遺伝的ではなく環境の影響もあること,そして環境要因のほとんどは家族で共有されないことが普遍的に示されている。特に発達心理学的な関心としては,遺伝的影響が動的に変化し,新しい遺伝要因の発現(遺伝的イノベーション)や,知能の遺伝率が発達を通じて増加することが示されている。また多くの形質で年齢間の安定性は主に遺伝によることも一般的な知見である。これらの知見の具体例を,大規模横断研究のメタ分析や,筆者らの双生児縦断プロジェクトからコレスキー分解モデル,潜在成長モデル,交差遅延モデル,一卵性双生児の差分析の結果を通して紹介する。発達心理学はじめ社会科学全般で,行動遺伝学が明らかにしてきた遺伝のダイナミズムが必ずしも十分に認識されないまま,遺伝情報だけはありきたりな変数となりつつあるいま,改めて双生児法による行動遺伝学の知見に注目が必要である。
著者
中川 愛 松村 京子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.192-199, 2010-06-20 (Released:2017-10-28)
被引用文献数
1

本研究では,女子大学生の乳児への関わり方が乳児との接触経験により違いがみられるかどうかについて,あやし行動,あやし言葉,音声の視点から検討を行った。実験参加者(18〜23歳)は,乳児との接触経験がある女子大学生16名(経験有群),乳児との接触経験がない女子大学生14名(経験無群)である。対象乳児は,生後3〜4ヶ月児(男児3名)である。実験の結果,あやし行動は,乳児との接触経験有群の方が,経験無群よりも,乳児への行動レパートリーが多く,乳児のぐずりが少なかった。あやし言葉は,経験有群が経験無群よりも発話レパートリーが多く,乳児の気持ちや考えを代弁するような言葉かけをした。音声については,両群ともに乳児へ話しかける声の高さは高くなり,Infant-directed speechの特徴が出現した。さらに,発話速度については,経験有群の方が,ゆっくりと話しかけていた。以上のことから,乳児と接触経験をもっている女子大学生は,多様なあやし行動を身につけていることが示唆された。
著者
山村 麻予 中谷 素之
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.219-229, 2023 (Released:2023-10-13)
参考文献数
45

本研究は,これまで向社会的行動の研究で取り上げられづらかった「様子を見守る」「待つ」といった能動的ではない行動を「非表出的向社会的行動」として取り上げ,その認知について,児童を対象に検討したものである。具体的には,同一場面において生起する向社会的行動のうち,表出的行動と非表出的行動に対する評価が,発達的にどのように異なるかを質問紙調査にて検討した。予備調査から抽出された4場面を用い,小学校4年生と6年生を対象に,提示された行動が向社会的であるかの判断を調査した。その結果,向社会的行動であるかの評価には学年差は検出されず,表出的な行動が非表出的な行動に比べて向社会的だと評価された。児童期を通し,直接的な援助行動が生起している場合がより向社会的であると判断されることが明らかになった。さらに,学年と行動種別の交互作用が有意となり,非表出的行動に対する向社会的評価は,小学校6年生が4年生よりも高かった。これにより,行動が顕在的でない場合に,その向社会的意図を認知する能力に発達差がみられることが明らかとなった。
著者
中井 大介 庄司 一子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.57-68, 2008-05-10 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
18

本研究の目的は,学校教育における教師と生徒の信頼関係の重要性と,思春期における特定の他者との信頼関係の重要性を踏まえ,中学生の教師に対する信頼感と学校適応感との関連を実証的に検討することであった。中学生457名を対象に調査を実施し,「生徒の教師に対する信頼感尺度」と「学校生活適応感尺度」との関連を検討した。その結果,(1)生徒の教師に対する信頼感は,生徒の「教師関係」における適応だけではなく,「学習意欲」「進路意識」「規則への態度」「特別活動への態度」といった,その他の学校適応感の側面にも影響を及ぼすこと,(2)各学年によって,生徒の教師に対する信頼感が各学校適応感に与える影響が異なり,1年生では教師に対する「安心感」が一貫して生徒の学校適応感に影響を与えていること,(3)一方,2年生,3年生では「安心感」に加えて,「不信」や「役割遂行評価」が生徒の学校適応感に影響を与えるようになること,(4)各学年とも,生徒の教師に対する信頼感の中でも,教師に対する「安心感」が最も多くの学校適応感に影響を及ぼしていること,(5)「信頼型」「役割優位型」「不信優位型」「アンビバレント型」といった生徒の教師に対する信頼感の類型によって生徒の学校適応懸か異なること,といった点が示唆された。
著者
渡辺 恒夫
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.4, pp.408-417, 2011-12-20 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
1

内面から見られた人格(パーソナリティ)である自己の発達に焦点を当て,人格発達の著しい質的転換点とみなされてきた第二の誕生の謎に肉薄する。Rousseau以来,第二の誕生は思春期の到来の時期に想定されてきたが,青年期静穏説の台頭によって最近は影が薄い。2節では,自己の発達について考察すべく,代表的な自己発達理論として,Neisserの5つの自己説を検討し,私秘的自己のみが未解明にとどまっていることを見出した。次にDamonとHartの自己理解発達モデルを検討し,自己の各側面間の発達的ズレ(デカラージュ)という知見を得た。3節では,古典的青年心理学で第二の誕生として論じられた自我体験と,その日本における研究の進展を紹介し,4節で,第二の誕生の秘められた核は自我体験であり,その奥には私秘的自己と,概念的自己など他の自己との間の矛盾の気づきがあるという仮説を提示した。5節では,私秘的自己の起源をメンタルタイムトラヴェルによる自己の二重化に求めるアイデアと,自己理解と他者理解の間のデカラージュを克服しようとする運動そのものが新たに矛盾を生じるという,生涯発達の構想が提示された。6節では,第二の誕生のテーマを再び見出すため,一人称的方法による人格発達研究の復権が唱えられた。
著者
上村 有平
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.132-138, 2007-08-10 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
3

本研究の目的は,(1)青年期後期において,自己受容が高く他者受容が低い者と,自己受容が低く他者受容が高い者の特徴を記述すること,(2)自己受容と他者受容がバランスよく共存していることが,より適応的かつ成熟した状態にあることを明らかにすること,(3)自己受容と他者受容の関連を,発達心理学的観点から検討することであった。124名の大学生(平均年齢20.46歳)を対象に,自己・他者受容尺度と個人志向性・社会志向性PN尺度を実施した。自己受容および他者受容得点の高低によって調査対象者を4群に分類し,各群の特徴を検討した。その結果,自己受容が高く他者受容が低い者は,自己実現的特性が高い反面,社会適応的特性が弱いという特徴が見出された。自己受容が低く他者受容が高い者には,自己実現的特性が弱く,過剰適応的傾向が強いという特徴が見られた。また,自己受容と他者受容がともに高い者には,4群の中で最も適応的かつ成熟した特徴が見られ,青年期後期において,自己受容と他者受容がバランスよく共存していることが,より適応的かつ成熟した状態にあることが明らかにされた。
著者
蒲谷 槙介
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.507-517, 2013 (Released:2015-12-20)
参考文献数
33
被引用文献数
2

近年,アタッチメントの世代間伝達の枠組みの中で,母親がいかに乳児のネガティブ情動を共感的に映し出すかという調律的応答を重視する立場が台頭しつつある。本稿では,前言語期の乳児とその母親を対象とした相互作用場面の観察を実施し,母親が実際にどのような調律的応答を行うのかを検証した。回帰分析の結果,内的作業モデルが安定傾向の母親は乳児のネガティブ情動表出に対し「笑顔を伴った心境言及」を行いやすい一方,不安定傾向の母親は心境言及を行わない,もしくは心境言及を含まない応答をしやすいことが明らかとなった。また,気質的にむずかりやすい乳児と,内的作業モデルのうち回避の側面が強い母親の組合せでは,「笑顔を伴った心境言及」が特に生起しにくいことが明らかとなった。この応答はこれまでの理論的枠組みでは見逃されてきた調律的応答の一種と考えられ,子どもの社会情緒的発達を促進する一つの要因として今後着目すべきものである。
著者
内田 伸子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.30-40, 1990-07-25 (Released:2017-07-13)
被引用文献数
2

The purpose of this study was to examine what role "deficit-complement" schema played in a thematic integration of narrative sequences and how the schema developed. Eighty-four4-year-old (4:10-5:5) and 5-year-old 5:10-6:5) children were divided into three homogeneous groups (14 subjects each), and assigned to one of three conditions : the deficit condition where the children were informed that the character was in the deficit state, the non-deficit condition where they were informed that the character was in the complement state, and the control condition where no information about the character was given. The children were shown a drawing story, asked to describe each picture and, after interpreting all the pictures, to recall the story without the pictures, to answer 10 questions about the character's feeling. The results showed that the children in the deficit condition could grasped the pictures as a story, and construct the thematic and coherent interpretation of them, while the children in the other two conditions often failed to integrate the pictures into a story. Especially, in the non-deficit condition, the degree of erabolation of description were lower than in the other two conditions. In the recall and comprehension tasks, these trends were confirmed. From these results, it was suggested that the information about the the deficitsituation of the character enhanced the integration of narrative sequences as a cognitive framework through the activation of 'deficit-complement' schema.
著者
天谷 祐子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.13, no.3, pp.221-231, 2002-12-20 (Released:2017-07-20)
被引用文献数
3

「私はなぜ私なのか」「私はなぜ存在するのか」「私はどこから来たのか」「私はなぜ他の時代ではなくこの時代に生まれたのか」といった問い等,純粋に「この私」,世界も身体も剥ぎ取った純粋な「私」といった意味での「私」についての「なぜ」という問いが発せられる現象-自我体験-を解明することが本研究の目的である。自我体験が一般の「子ども」に見られるという仮定のもと,先行研究や哲学の存在論的問いを参考に,自我体験の下位側面を「存在への問い」「起源・場所への問い」「存在への感覚的違和感」と仮定した。そして中学生60名を対象として,半構造化面接法により自我体験の収集を行った結果,38名から51体験の自我体験が得られた。そして自我体験の3つの下位側面がそれぞれ報告され,小学校後半から中学にかけてを中心としたいわゆる「子ども」時代に初発することが示された。自我体験は子どもにとっては身近なものであることが示された。
著者
大隅 順子 松村 京子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.318-325, 2013 (Released:2015-09-21)
参考文献数
33
被引用文献数
1

本研究は,知的障害特別支援学校で学ぶ中学生を対象に,教材中の文字部分を注視させる際の支援方法として,特別支援学校の現場で一般的に使用されている,文字を指し示す指示棒,アンダーライン,音声を用いたときの効果の違いについて明らかにした。自閉症児23名,知的障害児12名に対して,文字部分への視線停留時間,視線停留回数,最初の視線停留継続時間をアイトラッカーを用いて測定した。文字部分への注視の支援に指示棒やアンダーラインを用いたときに,視線停留時間,視線停留回数,最初の視線停留継続時間での主効果が有意であり,効果が認められた。音声を用いたときには,そのまま文字部分に視線を停留させる効果は認められなかった。今回の支援教材に関してはいずれも教材中の挿絵の影響はなかった。本研究の結果は指示棒やアンダーラインを使って見るべき箇所に視線を誘導する支援教材が有効であることを示唆している。いずれの方法も障害による効果の差はみられなかった。
著者
高坂 康雅
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.33-41, 2013-03-20 (Released:2017-07-28)

本研究の目的は,恋人のいる大学生を対象とした3波のパネル調査によって,アイデンティティと恋愛関係との間の因果関係を推定することであった。恋人のいる大学生126名を対象に,多次元自我同一性尺度(谷,2001)と恋愛関係の影響項目(高坂,2010)への回答を求めた。得られた回答について,交差遅れ効果モデルに基づいた共分散構造分析を行った。その結果,恋愛関係からアイデンティティに対しては, Timel及びTime2の「関係不安」得点がTime2及びTime3のアイデンティティ得点にそれぞれ影響を及ぼしていることが明らかとなった。一方,アイデンティティから恋愛関係に対しては有意な影響は見られなかった。これらの結果から,アイデンティティ確立の程度は恋愛関係のあり方にあまり影響を及ぼさないとする高坂(2010)の結果を支持するとともに,Erikson(1950/1977)の理論や大野(1995)の「アイデンティティのための恋愛」に関する言及を支持するものであり,青年が恋愛関係をもつ人格発達的な意義を示すことができたと考えられる。
著者
長滝 祥司
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.31, no.4, pp.171-182, 2020 (Released:2022-12-20)
参考文献数
39

本論の最初のテーゼは,「世界やそのなかの出来事,事物などに関するわれわれの認識はすべて媒介されている」というものである。哲学の歴史を振り返ると,世界や事物を認識するさいにそれを媒介するメディアは,志向的形質や心的表象,言語や数学など,多くのものがあった。とくに,ガリレオが世界を捉えるメディアを数学としたことで,近代の科学的世界像が登場することとなった。また,科学技術が重要な認識のメディアとなったのは,ガリレオが望遠鏡を手にしたときである。現代のディジタル・デバイスも,人間の認識や行動を形成するメディアであるという意味でガリレオの望遠鏡の末裔である。本論の目的は,人間の認識と行動をメディアという観点から捉え,その文脈のなかにディジタル革命を位置づけること,ディジタル革命が社会にもたらしつつある事態について哲学的観点をふまえて分析したうえで,「傷つきやすさ」という概念に依拠して道徳の起源に解明の光をあてること,である。以上の作業をつうじて,ディジタル・メディアの今後のあり方について,ささやかな提言を行う。
著者
松本 拓真
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.186-196, 2015 (Released:2017-09-20)
参考文献数
27
被引用文献数
2

自閉症スペクトラム障害を持つ子どもの受身性は,Wing & Gould(1979)から指摘され,思春期以降のうつやカタトニアの要因として注目され始めているが,それ以前の時期では適応の良さとして軽視されがちだった。本研究では思春期以前に受身性が固定化する要因を明確にすることを目的に,自閉症スペクトラム障害の子どもを持ち,受身性を意識している親11名に半構造化面接を行った。データを修正版グラウンデッドセオリーアプローチにより分析したところ,15概念が生成され,6カテゴリーが抽出された。【支援への受身的な状態】から「意志表出主体として認められる」ようになる間に【意志か社会性かの揺れ動き】という独特の状態が介在し,受身性の固定化への影響が示唆された。このカテゴリー内には,【やるけどやらされてる感】という特殊な状態があり,親の求めに応じられるがゆえに受身的になる特徴が見られ,自己感の問題が推測された。その状態は親に強要か適切な指導かという葛藤や子どもの人生全てを背負うかのような責任感という苦悩をもたらしていた。また,受身性から脱却する変化の前に親が深刻な悲嘆や強い後悔を体験することも見い出され,子どもの受身性により生じた親の苦悩が受身性の固定化の一因となる相互作用が示唆された。本研究で得られたモデルはサンプルの偏りなどの点で限定されたものではあるが,更なる検討により精緻化が可能だと考えられる。
著者
中島 俊思 岡田 涼 松岡 弥玲 谷 伊織 大西 将史 辻井 正次
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.264-275, 2012-09-20 (Released:2017-07-28)
被引用文献数
1

本研究では,発達障害児の保護者における養育スタイルの特徴を明らかにすることを目的とし,定型発達児の保護者との比較および子どもの問題行動,保護者の精神的健康との関連について検討した。対象者は発達障害児の保護者139名であり,質問紙調査によって,養育スタイル,子どもの問題行動(SDQ),子どものADHD傾向(ADHD-RS),保護者の抑うつ(BDI-II),睡眠障害(PSQI-J)を測定した。その結果,養育スタイルについては,発達障害児の保護者と定型発達児の保護者とで差がみられ,発達障害児の保護者においては,肯定的関わりや相談・つきそいの得点が低く,叱責,育てにくさ,対応の難しさが高い傾向がみられた。また,子どもの問題行動やADHD傾向が高いほど,肯定的関わりや相談・つきそいが低く,叱責,育てにくさ,対応の難しさが高い傾向がみられた。精神的健康については,肯定的関わりや相談・つきそいは抑うつ,睡眠障害と負の関連を示し,叱責,育てにくさ,対応の難しさは正の関連を示した。以上の結果から,発達障害児の保護者における養育スタイルの特徴が明らかにされた。最後に,養育スタイルに対する発達臨床的な介入の必要性について論じた。
著者
向井 隆久 丸野 俊一
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.158-168, 2010-06-20 (Released:2017-07-27)

本研究の目的は,心的特性の起源(氏か育てか)に関する概念の発達を説明する上で,「概念は,状況・文脈から独立にあらかじめ成立している(伝統的概念観)のではなく,概念と状況・文脈が互いに整合する形で構成されて初めて成立する」という概念観の妥当性・有効性を検討することであった。そのため,小学2〜6年生300名を対象に,特性の起源を問う課題構造は同一であるが,子どもに認知される課題状況・文脈に違いがあると想定される2つの課題(乳児取り替え課題,里子選択課題)を用意し,状況・文脈の違いによって,特性の起源に関する認識に違いが生じるのか否かを実験的に検証した。特に本研究は,あらかじめ場合分けされた知識・概念では対応できないような,場に特有の内容で子どもに認知される状況・文脈(目標解釈や思い入れ,意味づけ)に着目した。結果は,乳児取り替え課題では,特性の規定因を'生み育て両方'とはみなしにくい低学年児の多くが,里子選択の状況では高学年児と同等に'生み育て両方'を規定因とみなし,特性の起源に関する認識が状況・文脈に整合する形で即興的に構成されることを示した。こうした結果を受けて考察では,子どもの示す理解の仕方は状況・文脈と一体となって絶えず変動するとみなし,「状況・文脈と概念との相互依存的で整合的な構成のされ方の変化」として概念変化を捉えることが適切ではないかという新たな概念観の有効性を議論した。