著者
野村 信威 橋本 宰
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.75-86, 2001-07-15 (Released:2017-07-20)
被引用文献数
4

本研究における目的は,老年期における回想という行為と適応との関連について検討することである。また回想において適応と関連を示す要因は,回想行為そのものよりも回想の質であるという仮説のもとに,「回想の情緒的性質」および「過去のネガティブな出来事を再評価する傾向」を測定する尺度を作成し,これらの要囚と人生満足度や抑うつ度などとの関連について,老人大学受講者208名および大学生197名を対象に質問紙調査による検証を試みた。その結果,世代や性別によりその関連の仕方は異なるものの,回想の情緒的性質が適応度と関連することが認められ,ネガティブな出来事の再評価傾向は主に青年期で,回想量は老年期の男性で特徴的に適応度を説明した。そのため老年期の男性で頻繁に過去を振り返ることは適応度の低さと関連すると考えられた。さらに老年期の男性のみに,ポジティブな回想の想起しやすさと回想量との交互作用が認められ,ポジティブな回想と適応度の関連する程度は回想量によって異なると考えられた。
著者
藤崎 亜由子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.109-121, 2002-08-10 (Released:2017-07-20)
被引用文献数
2

飼い主がペット動物の「心」をどのように理解しているのかを調べるために,実際のやりとり場面の観察を行った。イヌの飼い主22人,ネコの飼い主19人に自分のペット動物をビデオカメラで撮影してもらい,その中に含まれる飼い主の発話及び行動について分析を行った。併せて質問紙調査も行った。その結果,飼い主は動物の注意を引く為に発話を行うことが最も多く,次いで動物に対して内的状態を尋ねたり,状況を問う等の質問形式の発話が多く見られた。また,動物の内的状態への言及は,イヌ・ネコの飼い主とも「感情状態」が最も多かった。特に,飼い主が動物に内的状態を付与することが多かった場面は,飼い主の働きかけに動物が無反応であったり,回避行動をとる場面であった。イヌ・ネコの飼い主で比較した結果,人はイヌよりもネコに対してより微妙な顔の表情を読みとるなど,動物に対する飼い主の発話及び行動にはいくつかの違いが認められた。しかし,質問紙の回答からは,イヌ・ネコという全く異なる二種の動物に対する飼い主の「心」の理解には違いが無いことが示された。以上の結果は,人のペット動物に対する「心」の読みとり,関わり方には,幼い子どもに対する育児的な関わり方といくつかの共通点があるという視点から議論された。
著者
佐々木 真吾 仲 真紀子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.31, no.3, pp.118-129, 2020 (Released:2022-09-20)
参考文献数
38

本研究では,小学1年生62名と4年生58名,大学生60名を対象に,出来事の想起における,「だいたいでよいので教えて下さい」と「できるだけ正確に教えて下さい」という異なる質の報告を求める教示の効果を検討した。実験では,小学校生活で体験する出来事を口頭で提示し,「だいたい(概ね教示)」「正確(正確教示)」の教示で想起を求めた。研究1では両教示をそれぞれ個別に(参加者間要因),研究2では両教示を対比した状況で実施し(参加者内要因),想起の文脈の効果を検討した。その結果,教示が個別に行われる場合,正確教示では,重要度の高い情報が多く報告され,一方で概ね教示では重要度の低い情報の報告が控えられた。さらに,教示が対比されて行われる場合,正確教示では,重要度の高い情報が逐語的に報告されるようになり,概ね教示では重要度が中程度の情報も控えられるようになった。ただし,概ね教示の効果には年齢差があり,児童は大学生に比べて情報を控えることが困難であった。以上の結果から,出来事の想起における正確教示,概ね教示は,想起の文脈によりその解釈が変化し,情報量のコントロールを導いたり,情報の詳細さのコントロールを導いたりすることが示唆された。これらをふまえ,子どもから正確で詳細な情報を得るための司法面接への応用的示唆を考察した。
著者
清水 弘司
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.1-10, 1999-05-20 (Released:2017-07-20)

本研究は, 幼児期の母子分離のタイプと青年期の自己像との関連を検討して, 母子分離型にあらわれた母子関係の影響について追跡資料を提供することを目的としている。幼児期に母了分離場面を週l回1年間観察した年間推移パターンから, 当初より安定して母子分離できる分離群 (40人), 当初は母子分離できないが最終的には安定して母子分離できるようになる安定化群 (38人), 最後まで母子分離が不安定である不安定群 (30人) の3群に母子分離型を分類した。高校生・大学生になった時点で, 自己像と転機について追跡調査を実施して母子分離型3群間で比較した。分散分析の結果, 自己信頼感は分離群が不安定群より高かったが, 受動的自己コントロール・社会性・能動的自己コントロール・不安感は3群間に差がなかった。杜会性には転機の影響が認められ, 発達過程での体験によって変化が生じることを示していた。青年期の自己像との関違を検討してみると, 転機の影響もあるので, 幼児期の母子分離型が後の社会的発達を規定するという結果はえられなかった。
著者
村井 史香 岡本 祐子 太田 正義 加藤 弘通
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.121-131, 2019 (Released:2021-09-30)
参考文献数
31
被引用文献数
1

本研究の目的は,自認するキャラを対象とし,キャラ行動をすることによって,キャラを受容していくという過程が成立するかどうかを検討すること,さらにキャラ行動およびキャラの受け止め方と承認欲求,評価懸念との関連を明らかにすることであった。質問紙調査によって,中学生434名と大学生219名のデータを得て分析を行った結果,以下の3点が示された。第1に大学生は中学生よりも自認するキャラを有する者が多く,学校段階に関わらず,賞賛獲得欲求はキャラのある者の方が高かった。第2に,因子分析の結果,自認するキャラの受け止め方は“積極的受容”,“拒否”,“無関心”の3つが得られ,キャラ行動をすることでキャラを受容する過程が成立することが明らかとなった。第3に,賞賛獲得欲求だけがキャラ行動と正の関連を示し,賞賛獲得欲求に基づくキャラ行動が,キャラの積極的受容を促進することが示された。一方,評価懸念はキャラの積極的受容には負の関連を示し,キャラへの拒否には正の関連を示した。この過程は学校段階に関わらず,成り立つことが示された。賞賛獲得欲求に基づくキャラ行動は,“見られたい自分”を主体的に演出する行為であり,以上の結果はキャラが持つ肯定的な側面にも目を向けるべきであることを示唆するものであると考えられる。
著者
中道 圭人
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.28, no.4, pp.210-220, 2017 (Released:2019-12-20)
参考文献数
22

本研究は,ふたり親家庭・母子家庭による幼児の社会的行動の違いについて検討した。ふたり親家庭の3–6歳児174名(男87,女87:M=62.04か月),母子家庭の3–6歳児201名(男107,女94:M=62.91か月)が公立の子ども園から参加し,仲間との関わりの中での社会的行動を担当保育者によって評定された。社会的行動の評定は,攻撃行動,向社会行動,被排斥,非社交行動,過活動,不安-怖がりを含んでいた。その結果,以下のことが示された:a)外在的な問題行動(攻撃行動,過活動),内在的な問題行動としての不安-怖がり,仲間関係の良好さに関わる被排斥では,ふたり親家庭・母子家庭による違いはなかった;b)母子家庭の幼児は,ふたり親家庭の幼児に比べて,仲間との関わりの中での向社会行動が少なく,非社交行動が多かったが,これらの違いはきょうだいの有無や評定者の保育経験年数に影響されていた;c)ふたり親・母子家庭のいずれにおいても,幼児の向社会行動は外在的/内在的な問題行動と負に関連し,外在的/内在的な問題行動は被排斥の多さをもたらした。これらの結果は,欧米と比べて日本では,母子家庭であることが幼児の外在的な問題行動や被排斥に及ぼす影響が小さいという可能性を示唆している。
著者
藤江 康彦
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.125-135, 1999-11-15 (Released:2017-07-20)

本研究の目的は, 一斉授業において, 子どもが独自の発話スタイルをもつことを明らかにし, 独自の発話スタイルをもつことの意味を検討することである。小学5年生の社会科単元「日本の水産業」の一斉授業 (計7時間) に対し事例の解釈的分析とカテゴリーの数量的分析を併用し, 発話対象と発話内容の点から2名の対象児の発話スタイルを比較検討した。その結果, 対象児の発話スタイルは次の点で異なっていた。一人は学級全体, 教師, ひとりごとと, 発話対象を柔軟に切り替えていた。発話内容は学業的内容と「おかしみ」を混在させたり切り替えたりしていた。もう一人は教師を主たる発話対象とし, 課題解決の結果を直截的に表出していた。また, それぞれの発話スタイルには次のような意味があった。一人の, 発話対象や発話内容の柔軟な使い分けには, 自分の好きなように課題に敢り組むと同時に他者との関係性上の軋礫を回避し, 安定した授業参加を目指す意味があった。もう一人の, 教師との閉鎖的なやりとりには, ほかの子どもとの関係性が不安定であるため, 教師との相互作用によって心理的安定を求めるという意味があった。
著者
呉 宣児
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.132-145, 2000-10-20 (Released:2017-07-20)
被引用文献数
1

本研究では, 日常生活の文脈で個々人が抱く原風景はどのようなものなのかを口述の調査方法で調ベ, 探っている。本研究は, 原風景を説明していくための概念の産出や概念間の関係を明らかにして構造化していく, 仮説理論生成型の研究であろ。調査対象者である語り手は, 韓国済州道で生まれ育った41歳の男性であり, 間き手は筆者である。主に語りの逐語録を用いて分析した結果, その叙述内容に基づいて3種類の語りを見出し, それぞれを風景としての語り, 出来事としての語り, 評値としての語りと命名し検討した。また, 叙述様式として使われる5つの語りタイプを見いだし, それらを風景回想タイプ, 行為叙述タイブ, 説明演説タイプ, 事実説明タイプ, 評価意味づけタイプに命名し検討した。さらに, これら語りの種類と語りタイプの間に一定の関係があることを見いだし, 原風景の構造化を行った。結果の考察から, 1) 日常生活の中で原風景は物語りとして現れること, 2) 原風景の内容は風景的・出来事的・評価的要素で構成されること, 3) 原風景を語る際の場面の状況や叙述内容によって, 叙述様式 (語りタイプ) が変わりうることを生成された仮説として提示した。
著者
深瀬 裕子 岡本 祐子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.266-277, 2010-09-20 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
3

本研究は,Erikson(1950/1977・1980)の精神分析的個体発達分化の図式Epigenetic schemeにおいて空欄となっている老年期における8つの心理社会的課題を示し,Erikson,Erikson,&Kivnick(1986/1990)との比較から,日本における心理社会的課題の特質を検討することを目的とした。高齢者20名を対象にErikson et al.と同様の手続きによる半構造化面接を行った。その結果,8つの心理社会的課題を説明する肯定的要素と否定的要素,および課題に取り組むための努力である中立的要素がそれぞれ抽出された。これらより,第VIII段階における8つの心理社会的課題を具体的に示した。また,各課題に取り組む際に,戦争体験,家制度,社会の中での高齢者の地位という日本独自の文化が影響していることが示唆された。以上の知見は社会参加に積極的な人々における心理社会的課題の取り組み方を示すものであり,特に高齢者の心理社会的課題を理解する上で重要であると考えられた。
著者
渡辺 弥生
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.25, no.4, pp.422-431, 2014 (Released:2016-12-20)
参考文献数
77
被引用文献数
4

発達心理学研究において,道徳性および向社会的行動研究がどのように展開してきたかを概観し,今日学校予防教育が学校に導入しうるに至った経緯を考察した。子どもたちが社会的関係を築く能力や感情的なコンピテンスをどのように獲得するか,またいかに道徳的な価値を学びとるようになるのかは多くの研究の関心事であった。その後,研究と実践の橋がけに関心が抱かれ,道徳教育,ソーシャル・スキル・トレーニング,さらには社会性と感情の学習等のアプローチが,いじめを含むあらゆる学校危機を予防するために学校に導入されつつある。近年,こうした異なるアプローチがしだいに統合されつつあるが,これは,社会的文脈の一つとして学校全体が視野に入れられ,子どもたちが望ましい役割を適切に果たしていくために,認知,感情,行動のスキルが必要だというコンセンサスが得られてきたからであろう。今後,道徳性や向社会的行動の育成を意図した学校予防教育のさらなる発展に発達心理学研究の一層の活用が期待される。
著者
浅野 志津子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3, pp.230-240, 2006-12-20 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
3

本研究では,先行研究ですでに検討されている学習動機に加えて,どのような学習の楽しさが生涯学習参加の2つの側面,即ち,現時点での学習への意欲的な取り組み方をあらわす積極性と将来にわたって学習を継続しようという持続性に影響するのかを検討した。研究1では,放送大学学生365名に質問紙調査を行い,学習の楽しさ尺度(3尺度)を構成した。重回帰分析を行い,年齢別に検討すると64歳以下では知る楽しさ,65歳以上の高齢者では多様に思考する楽しさが生涯学習参加への積極性と持続性に影響していた。しかし,高齢者の「多様思考の楽しさ」が影響を及ぼす生涯学習の側面は教育年数によって異なり,高等教育修了者では持続性に影響し,初等・中等教育修了者では積極性に影響していた。研究2で,高齢の学生21名に面接調査を行い,その相違を検討した。その結果,高等教育修了者の「多様思考の楽しさ」は多分野の学問を次々に関連づけ,興味が広がる「拡大的多様思考の楽しさ」であるために持続性につながり,初等・中等教育修了者のそれはある課題に対して異なる視点を獲得して理解を深める「深化的多様思考の楽しさ」であるためにその課題に対する積極性につながるという傾向が窺われた。
著者
林 亜希恵 中谷 素之
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.55-66, 2020 (Released:2022-06-20)
参考文献数
39

高校生のメンタルヘルスを考える上で,援助要請は重要な方略であるが,学業のみならず,進路,自己,対人関係などのさまざまな悩みの領域があるなか,これまでに領域別に援助要請の質を検討した例はみられない。本研究では,高校生活における身近な悩みを反映した主要領域において,どのように援助を要請するのかについて,新たな領域別援助要請スタイル尺度を作成し,適応との関連を検討した。高校生453名を対象に調査を行った結果,作成された領域別援助要請スタイル尺度は,一定の信頼性と妥当性を有することが確認された。教師への自律的援助要請が高い生徒は全ての領域において,対応する領域の適応が高いことが示された。友人への自律的援助要請については,学業,自己,対人関係領域において対応する適応との関連が示された。自律的援助要請が適応的な方略であるとするこれまでの知見とほぼ一致すると考えられる。次に,依存的援助要請が適応に及ぼす影響については,学業および進路の領域において,友人への依存的援助要請が低い生徒は学習適応や進路適応が高いことが示された。そして,対人関係領域において友人への依存的援助要請が高い生徒は社会適応が高いという異なる傾向が示され,依存的援助要請も適応に効果があることが示唆された。また,対応する領域以外の適応においては,教師への自律的および依存的援助要請と学習適応との間に正の相関があることが示された。
著者
長谷川 智子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.384-394, 2012-12-20 (Released:2017-07-28)

本研究の目的は,食発達における貧しさと豊かさを論じるために,生態学的な視点からマクロ水準とミクロ水準における食の現状を検討することであった。マクロ水準では,世界における貧困と飢餓,飽食と肥満の現状をとらえた上で,世界的な規模のフードシステムが生みだしている貧困と肥満を論じた。ミクロ水準では,日本での個人の食卓において,主に食における相互作用の貧しさを検討した。これらのことを踏まえて,マクロ水準とミクロ水準での食の豊かさとは何であるかが議論された。すなわち,マクロ水準での食の豊かさとは,生産と消費がより民主化されること,消費者がフードシステムの現状を理解した上で主体的に食品選択ができること,食文化が新たに創出されることであった。ミクロ水準での食の豊かさとは,子どもが家族や仲間から人間として受容されながら共食をすることだけでなく,動植物の命をいただく感謝の気持ちをもち,家族や仲間と一緒に料理をして自分たちの食べ物を作り出すことである。このような豊かな食であれば,発展途上国の貧困な食においても家族や大切な人とのつながりのなか実現できることが示唆された。
著者
麻生 良太 丸野 俊一
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.1-11, 2010-03-20 (Released:2017-07-27)

本研究では,過去から現在への時間的広がりを持った感情理解の発達は,推論の仕方の発達的差異,すなわち現在の状況に依拠した推論から他者の思考に依拠した推論への発達的変化を反映していると想定した。(i)現在の状況に依拠した感情の推論とは,他者が過去に感情を帰属した手がかりが提示されることで,現在の他者の感情を,その手がかりから推論することであり,(ii)他者の思考に依拠した感情の推論とは,他者が過去で感情を帰属しなかった手がかりが提示されることで,現在の他者の感情を,「他者はその手がかりを見て過去を思い出している」という思考にもとづいて推論することである。この仮説を検証するために,3,4,5歳児を対象に,(i)と(ii)のどちらかの推論過程にもとづいて感情を理解する物語課題を提示し,現在の他者の感情を推論させると同時に,その理由を求めた。その結果,3歳児は(i)の推論過程でのみ,4,5歳児は(i)と(ii)両方の推論過程にもとづいた時間的広がりを持った感情理解ができることを示した。これらの結果は仮説を支持するものであり,時間的広がりを持った感情理解の発達変化は推論過程の変化に起因する,また,4歳頃を境として,状況に依拠した推論から他者の思考に依拠した推論へと変化することを示唆した。
著者
麻生 良太 丸野 俊一
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3, pp.163-173, 2007-12-20 (Released:2017-07-27)

本研究の目的は,現在の感情理解の発達を(i)感情を抱く主体の心の所在(自己か他者か)の広がり(参加者条件)の観点から,そして時間的広がりを持った感情理解の発達を(i)の観点と(ii)感情生起の原因となる対象(人か人以外か)の広がり(対象条件)の観点という2つから検討することであった。目的(i)(ii)を検討するために,実験1では3歳児15名,4歳児18名,5歳児24名を対象に,紙芝居を用いて感情の原因を推論させる課題を行った。その結果,各年齢での参加者条件,対象条件の課題通過率に差は見られなかったが,5歳児は3,4歳児よりも課題通過率が高いことが明らかになった。実験2では,実験1の問題点を改善し,目的(i)(ii)の再検討を行った。4歳児69名,5歳児64名を対象に,感情生起の原因となる対象を人と物とし,また,幼児自身が参加できるように,人形劇を用いて現在の感情の原因を推論させる課題を行った。その結果,各年齢での参加者条件の課題通過率に差は見られなかったが,時間的広がりを持った感情理解において,4歳児は,感情生起の原因となる対象が人の方が,物よりも先に理解することができ,5歳児では人と物では差がないことが明らかになった。実験1・2の結果から,感情理解には自他の関与に関係なく同時に発達することや,意図を持った対象(人や動物)との相互作用の中でのみ理解される発達段階があることが示唆された。
著者
中田 龍三郎 久保(川合) 南海子 岡ノ谷 一夫 川合 伸幸
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.133-144, 2018 (Released:2020-09-20)
参考文献数
42
被引用文献数
1

怒りを構成する要素である接近の動機づけが高まると,前頭部の脳活動に左優勢の不均衡状態が生じる。この不均衡状態は怒りの原因に対処可能な場合に顕著になる。これらの知見は主に脳波を指標とした研究で示されてきた。本研究では近赤外線分光法(NIRS)を用いて,脳活動に左優勢の不均衡状態が生じるのか高齢者と若齢者を対象に検討した。ドライビングシミュレータを運転中に渋滞する状況に遭遇した際の脳血流に含まれる酸化ヘモグロビン量(oxy-Hb)を測定したところ,高齢者では左右前頭前野背側部で左優勢の不均衡状態が顕著に認められたが,若齢者では認められなかった。自動的に渋滞状況と同じ速度にまで減速する条件では高齢者と若齢者の両者の脳活動に左優勢の不均衡状態は認められなかった。この結果はNIRSでも接近の動機づけの高まりと相関した脳活動の不均衡状態を測定可能であることを示しており,高齢者は思う通りに走行できないという不快な状況(渋滞条件)において,明確な妨害要因の存在が接近の動機づけ(攻撃性)を高めると示唆される。接近の動機づけ(攻撃性)には成人から高齢者まで生涯発達的変化が生じており,その結果として高齢者は若齢者よりも運転状況でより強い怒りを生じさせる可能性がある。
著者
大島 聖美
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.22-32, 2013

本研究では成人初期の子どもを持つ中年期の母親22名に半構造化面接を行い,母親の子育てに関する主観的体験を,グラウンデッド・セオリーの手法を援用し,検討した。母親はこれまでの経験の中で作り上げられてきた【理想の母親像】を基礎に,子に良かれと思いながら子育てを開始するため, 子本位の関わり】が多くなるが,時に【子育ての義務感】を感じ,【気づけば自分本位の関わり】をしてしまう時もある。そのような時ち,【身近な人からの子育て協力】を得ることとにより,【子から学ぶ】という体験を通して,子どもと一緒に成長していく自分を感じ,【離れて見守れる】するようになり,【心理的ゆとり】を獲得し,視野が家庭内から家庭外へと広がり,自分の生き方を模索しはじめる。以上の結果から,次のようないくつかの示唆が得られた。(1)母親はどんなに子に良かれと思って子に関わっていても失敗することがあり,その失敗の背景には【子育てへの義務感】がある場合が多いこと,(2)このような失敗を乗り越え,母親の成長を促進する上で,【子から学ぶ】体験が重要な役割を果たしていること,(3)【心理的ゆとり】だけではなく,【離れて見守れる】できるようになることも,母親としての成長であるということが示唆された。
著者
江尻 桂子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.21, no.4, pp.332-341, 2010-12-20 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
2

本研究では,幼児・児童が,いつ頃から,未知人物との接触場面における危険の可能性について認識できるようになり,その認識のもとに,適切な行動の選択ができるようになるかを検討した。実験では,保育園年中児,年長児,小学校1年生,2年生,あわせて166名を対象に,個別面接のかたちで紙芝居と質問を行った。紙芝居では,主人公の子どもがひとりで歩いて家に帰っているときに「よく知っている人」または「全く知らない人」に何らかの誘いを受けるというストーリーを読み聞かせた。そして,もし自分が主人公であったらどのように行動するのか,また,なぜそのように行動しようと思うのかを尋ねた。実験の結果,年中から年長(4〜6歳)にかけて,接近してくる大人が既知の人物であるか,未知の人物であるかによって適切な行動を選択できるようになることがわかった(e.g.,未知人物にはついて行かない)。しかし,その際の判断の理由をみると,年長児でも必ずしも適切な理由(人物の既知性や危険性)に基づいて行動を選択しているわけではないこと,そして,正しい認識に基づいた行動の選択ができるようになるのは,小学1年生(6〜7歳)以上であることが明らかとなった。本研究の結果をふまえ,幼児・児童における,発達水準に応じた安全・防犯教育のあり方について議論した。
著者
高崎 文子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.13-21, 2018 (Released:2020-03-20)
参考文献数
20
被引用文献数
1

他者をほめることが効果的であるとは限らない原因のひとつに,ほめられる側とほめる側のほめのとらえ方のズレがあると考えられる。本研究ではほめの機能や効果のとらえ方の個人差を「ほめへの態度」としてとらえ,その発達的変化と態度形成要因について検討することを目的とした。中学生,高校生,大学生,成人の計1058名を対象に,ほめへの態度とほめ/ほめられ経験に関する質問紙調査を行った。その結果,「ほめへの態度」は年齢とともに「承認重視」「用い方重視」の態度が強くなり,「基準重視」「表出躊躇」の態度が弱くなることが明らかになった。また「ほめへの態度」形成に影響を与えるほめ/ほめられ経験について検討した結果,ほめられた経験の量よりも,どのようにほめられたかという経験の質から直接影響を受けることが明らかになった。また,ほめた経験は,その頻度がコミュニケーション効果を媒介して態度形成に影響を与えることが明らかになった。