著者
風間 みどり 平林 秀美 唐澤 真弓 Tardif Twila Olson Sheryl
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.126-138, 2013

本研究では,日本の母親のあいまいな養育態度と4歳の子どもの他者理解との関連について,日米比較から検討した。あいまいな養育態度とは,親が子どもに対して一時的に言語による指示を控えたり,親の意図が子どもに明確には伝わりにくいと考えられる態度である。日本の幼児とその母親105組,米国の幼児とその母親58組を対象に,幼児には心の理論,他者感情理解,実行機能抑制制御,言語課題の実験を実施,母親には養育態度についてSOMAを用い質問紙調査を実施した。日本の母親はアメリカの母親に比べて,あいまいな養育態度の頻度が高いことが示された。子どもの月齢と言語能力,母親の学歴,SOMAの他の4変数を統制して偏相関を算出すると,日本では,母親のあいまいな養育態度と,子どもの心の理論及び他者感情理解の成績との間には負の相関,励ます養育態度と,子どもの心の理論の成績との間には正の相関が見られた。一方アメリカでは,母親の養育態度と子どもの他者理解との間に関連が見られなかった。子どもの実行機能抑制制御については,日米とも,母親の5つの養育態度との間に関連が見出されなかった。これらの結果から,日本の母親が,子どもが理解できる視点や言葉による明確な働きかけが少ないあいまいな養育態度をとることは,4歳の子どもの他者理解の発達を促進し難い可能性があると示唆された。
著者
道信 良子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.28, no.4, pp.202-209, 2017 (Released:2019-12-20)
参考文献数
11

本稿では,島の子どもの遊びと伝統の祭りを素材に,子どものウェルビーイングについて考えていく。「いのちの景観」という概念を使って,子どものいのちに活力を与えるものは何かということの具体を,土地と文化という2つの局面から明らかにする。本稿で取り上げる事例は,ヘルス・エスノグラフィという方法論を用いて,2011年から2016年までの6年間,北海道の離島において断続的に実施した調査の資料にもとづいている。調査の結果,島の子どもたちは豊かな自然を遊び場にしていることがわかった。島の自然や生物とのふれあいをとおして子どもたちの人間関係が育まれ,自然が緩衝材となって子どもたちを結びつけていた。島の祭りでは,舞を観て,神輿行列に参加し,集落を踊り歩く子どもの行為が,土地に伝統をつないでいた。子どもにとって祭りは,土地を知り,地域を知る,身体の経験としてある。本研究は,子どもが土地や文化とつながり,生活感覚を豊かにすることの大切さを示している。
著者
中山 まき子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.51-64, 1992-12-25 (Released:2017-07-20)

本稿では既婚女性15名の妊娠・出産に関する予定質問を含む自由会話方式の聞き取り調査 (1987-90) -特に初めての妊娠体験の語り-に基づき, 現代日本社会における, 子どもを持つことに関する意識を探る。具体的には, 子どもを<授かる>・<つくる>という語彙の用いられ方, 意識の存否, およびそれらの内容のあり方を明らかにすることを目的とした。その結果 (1) 自分の妊娠に関して語る際の日常的表現としては<つくる>という語彙が頻繁に用いられ, <授かる>は用いられることが少ない。 (2) しかし妊娠状況の意識を語る手段としては<授かる>が現在も用いられる。 (3) その際の<授かる>という語棄は様々な意味で使用されている。例えば, 子どもを<つくろう>と計画的していた女性たちの喜びの表現として/子どもを (まだ) <つくらない>と計画していた女性たちが妊娠した際の落胆を緩和する表現として/生殖技術を用いた妊娠に対して生殖技術を用いないで妊娠した自分の状況を語る表現としてなどの意味をみいだすことができる。総じて今日の子どもを<授かる>という意識表現はコンテクストに依存して変化し, 多義的意味を包含する。よってこの意識は子どもを<つくる>という意識とは「位相が異なる」ものであった。従って両者は対立することなく複合的に存在する場合があることを示した。この結果を基に, 日本人の生命誕生に関する認識とその時代的変化を考察した。
著者
佐藤 由宇 櫻井 未央
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.147-157, 2010-06-20 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
2

広汎性発達障害者の抱える心理的な問題として,他者との違和感や自分のつかめなさといった自己概念の問題の重要性が近年指摘されているが,その研究は非常に困難である。本研究では,当事者の自伝を,彼らの自己内界に接近できる数少ない優れた資料であると考え,中でも卓越した言語化の能力を有する稀有な当事者による自伝を分析することによって広汎性発達障害者の自己内界に迫り,自己の特徴と自己概念獲得の様相を探索的に明らかにすることを目的とした。1冊の自伝を取り上げ,KJ法で分析を行った。結果,311のエピソードを取り出し,28のカテゴリーを生成した。その当事者の自己の様相においては,自己感の曖昧さや対人的自己認知の困難などの特異的な困難が明らかとなった。それらの困難ゆえに,対人的自己認知の獲得の過程において,主体としての自己を喪失する危機が生じやすいが,その際,自己感の曖昧さや対人接触の拒絶,解離など一般に障害あるいは症状とみなされる現象が危機に対する対処として機能していると考えられた。さらに,対人的自己認知は困難であるとはいえ,対人的経験の中で自己感を得られる新たなコミュニケーションスタイルを獲得しうる可能性も示唆された。
著者
小野寺 敦子 青木 紀久代 小山 真弓
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.121-130, 1998-07-30 (Released:2017-07-20)
被引用文献数
4

はじめて父親になる男性がどのような心理的過程を経て父親になっていくのか, そして親になる以前からいだいていた「親になる意識」は, 実際, 父親になってからのわが子に対する養育態度とどのように関連しているのかを中心に検討を行った。まず, 父親になる夫に特徴的だったのは, 一家を支えて行くのは自分であるという責任感と自分はよい父親になれるという自信の強さであった。そして父親になる意識として「制約感」「人間的成長・分身感」「生まれてくる子どもの心配・不安」「父親になる実感・心の準備」「父親になる喜び」「父親になる自信」の6因子が明らかになった。親和性と自律性が共に高い男性は, 親になる意識のこれらの側面の内, 「父親になる実感・心の準備」「父親になる自信」が高いが「制約感」が低く, 父親になることに肯定的な傾向がみられた。また, これらの「親になる意識」が実際に父親になってからの養育態度にどのように関違しているかを検討した。その結果, 「制約感」が高かった男性は, 親になってから子どもと一緒に遊ぶのが苦手である, 子どもの気持ちをうまく理解できないと感じており, 父親としての自信も低い傾向がみられた。さらにこれらの男性は, 自分の感情の変化や自己に対する関心が高い傾向が明らかになった。
著者
松田 なつみ
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.250-262, 2013 (Released:2015-09-21)
参考文献数
21

児童期発症の慢性チック障害であるトゥレット症候群(TS)は,成人に従い軽症化し,症状の変動を伴う発達障害の一つである。TSのチックは短時間ならおさえられる等,ある程度はコントロールできるが対処しきれない性質を持つ。このようなチックの性質と経過からTSを有する者が普段から自己対処を行っている可能性が高いが,自己対処の負の影響も示唆されている。本研究では,チックへの自己対処が有効に働くにはどのような要因が重要なのか探るため,自己対処の機能や自己対処の生じる文脈を明らかにすることを目的とした。TSを有する本人16名(男性13名,女性3名,平均年齢25.5歳)に半構造化面接を行い,Grounded Theory Approachによって分析した。その結果,チックへの自己対処を行う際,「対処への圧力」と「対処の限界」が常にせめぎあっており,「部分的な対処」がその間に折り合いをつける機能を担っていることが示唆された。その上で,「対処への圧力」と「対処の限界」の両方が高く折り合いがつけられない状態(「対処の悪循環」)と,その両者の間に「部分的な対処」で折り合いをつけながら,「コントロール感」を得ていく状態(「チックと上手くつき合う」)を比較し,自己対処が上手く機能する文脈や関連する認識について考察した。
著者
青木 多寿子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.25, no.4, pp.432-442, 2014 (Released:2016-12-20)
参考文献数
52

本研究の目的は,米国で実施されている品格教育について,その考え方や具体例を示し,品格教育の理論と実際を心理学の用語を含めて紹介することである。そこでまず,品格教育の概要を理解するため,品格教育が目指す姿を紹介し,その中でCharacterという言葉,品格教育が重視する徳について解説した。また全米で品格教育を推進するCEPの11の原理を紹介し,品格教育が目指す教育について解説した。次に,筆者が視察した3つのセンターとその特徴を記述する中で,品格教育が実際にどのように理解され,実践されているのかを具体的に示した。最後に,ポジティブ心理学や教育心理学との関係について紹介し,日本の道徳教育との相違点を述べて,実践としての品格教育の特徴を心理学の用語を用いてまとめた。
著者
山根 直人
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.198-207, 2009-06-10 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
1

これまで幼児期の楽音の音高識別力については,Seashore(1936)の音楽能力テストや音研式音楽能力診断テスト(音楽心理研究所,1966)などで取り上げられているものの,音高識別力の機序は充分に明らかにされていない。その理由として,幼児の音高識別力の評定する確立した方法がないということがあげられる。現代の乳幼児を取り巻く音楽環境の多様さを考慮すると,幼稚園,保育所における指導,教材等の方法を検討する際,音高識別力の発達の様相を知ることは重要と考える。本研究では,幼児の音高識別力の評定方法について検討するため,まず実験1で3歳児を対象に音研式テストをもとに開発した,絵と音高列とのマッチングによる音高識別実験を行った。そこから明らかとなった評定方法の問題点を考慮し,実験2で音感ベルを刺激とした音高識別実験を,2〜6歳児に実施した。その結果,2,3歳児と4,5,6歳児の間で有意な識別成績の差が見られた。本実験で用いた評定方法より得られた結果は,幼児の音高識別力は識別成績が加齢とともに上昇する傾向を示すものだった。さらに,2,3歳児のための楽音の音高識別力の評定方法の必要性が明らかとなった。
著者
石井 僚
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.27, no.3, pp.189-200, 2016

<p>本研究では,青年の持つ時間的展望とアイデンティティ形成の関連について,アイデンティティ形成のプロセスおよびプロダクトの両側面に着目して検討した。大学生および専門学生108名を対象に,質問紙調査を行った。プロダクトの指標であるアイデンティティの感覚の高さによって研究参加者を3群に分け,時間的展望の様相および時間的展望とアイデンティティ形成プロセスとの関連を検討したところ,群間で差がみられた。時間的展望の様相の差異からは,アイデンティティの確立には未来への意識や態度が関連しているという先行知見と同様の結果に加え,本研究では,これまで検討が不十分であった過去や現在に対する意識や態度についても関連が示された。各形成プロセスと時間的展望との関連の差異からは,アイデンティティの感覚をどの程度持っているかに応じて,コミットメントやその再考など,青年が行うそれぞれの形成プロセスの意味や働き,またそれらを行う契機が異なることが示唆された。</p>
著者
浜名 真以 針生 悦子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.46-55, 2015 (Released:2017-03-20)
参考文献数
26

子どもは本来より広いもしくは狭い範囲でその語の意味を捉えていることがあり,徐々に大人に近づくと言われている。本研究では幼児期における感情語の意味範囲の発達的変化を検討した。2~5歳児クラスの幼児118名を対象として,ストーリーを聞かせて主人公のキャラクターの感情を尋ねるストーリー課題と,表情写真からモデルの感情を尋ねる表情写真課題を行った。正答誤答に依らず課題を通して使用した感情語の数は2歳児クラスが3,4,5歳児クラスより少なかったものの,3~5歳児クラスの間では差が見られなかった。ストーリー課題では2歳児クラスの子どもは呼び分けが曖昧で,3,4歳児クラスになると快不快の呼び分けがなされるようになり,5歳になると不快感情内についても呼び分けができるようになることがわかった。表情写真課題では2歳児クラスの時点で喜び,驚き刺激を呼び分けており,2歳児クラスで他の不快刺激と呼び分けていた怒り刺激を3歳児クラスになると他のネガティブ感情刺激といったん一括りに捉え,4歳児クラスになると怒り刺激と嫌悪刺激が,また,恐怖刺激と悲しみ刺激が同じ語で呼ばれるようになり,5歳になると各刺激がばらばらに呼び分けられ始めることが示された。このことから,感情語においても新しい語が使えるようになった後もレキシコンの再編成が続き,語の意味範囲が変化していくことが示された。
著者
平田 修三 根ヶ山 光一
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.460-469, 2012

親以外の個体による世話行動は「アロケア」と呼ばれる。本稿では,貧困など様々な理由から生まれた家庭で育つことのできない子どもを社会が養育する仕組みである社会的養護を「制度化されたアロケア」と捉え,日本における社会的養護の主流である児童養護施設で暮らす子ども,および退所者の体験に焦点を当て,その特徴を論じた。そこから見えてきたのは,制度化されたアロケアの機能不全であった。しかし,そうした状況下にあっても,施設で暮らす子ども・退所者が当事者団体を立ち上げて互いを癒し,社会に働きかけていくケースがあることについても確認された。こうした当事者団体の活動は,機能不全状態にある社会的養護の現状および社会の認識を変えていく可能性をもっている。現代の日本社会には産むことと育てることの強力な結合の規範が存在するためその実現は容易ではないが,核家族の脆弱性が顕在化しつつあるなかで,成育家族以外にも多様な養育の形態がありうると認めることはひとつの時代的・社会的要請であると考えられた。
著者
平川 久美子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.12-22, 2014 (Released:2016-03-20)
参考文献数
38

本研究では,情動表出の制御における主張的側面,とりわけ幼児期から児童期にかけての怒りの主張的表出の発達について検討を行った。調査は年中児,年長児,1年生の計110名を対象として行われ,仮想場面を用いた課題が個別に実施された。まず,主人公が友だちから被害を受ける状況で,主人公が友だちに加害行為をやめてほしいと伝えたいという意図伝達動機をもっているという仮想場面を提示し,そのときの主人公の表情を怒りの表出の程度の異なる3つの表情から選択し,理由づけを行うよう求めた。課題は,怒りを表出する際に言語的主張をせず表情のみで表出する表情課題(2課題),表情表出と併せて言語的主張を行う表情・言語課題(2課題)の計4課題であった。その結果,言語的主張をしない場面では年中児よりも年長児・1年生のほうが表情で怒りをより強く表出すること,1年生では言語的主張をする場合よりもしない場合のほうが表情で怒りをより強く表出することが示された。本研究から,仮想場面における怒りの主張的表出は年中児から年長児にかけて顕著に発達すること,また1年生頃になると表情と言語という情動表出の2つのモードの相補的な関係を理解し,情動表出を行うようになることが示唆された。
著者
川本 哲也
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.210-224, 2015

本研究の目的は成人形成期の人のアイデンティティと複数の社会的関係性がいかに関連するかを検討することであった。分析対象者は385名(男性:210名,女性:175名;<i>M</i>=22.4,<i>SD</i>=2.4,レンジ:18–29歳)であった。対象者のアイデンティティは多次元自我同一性尺度(MEIS;谷,2001)を用いて測定され,社会的関係性は,改訂版親密な対人関係体験尺度(ECR-R;Fraley, Waller, & Brennan, 2000; 島,2010)を用い,養育者・友人・恋人に対するアタッチメント・スタイルを測定した。対象ごとのアタッチメント・スタイル,年齢,性別を独立変数とし,アイデンティティの各側面を従属変数とした重回帰モデルを用いた共分散構造分析を行い,以下の結果を得た。「自己斉一性・連続性」は養育者に対するアタッチメント・スタイルからの効果が有意となった。「対自的同一性」は年齢からの効果が有意であり,「対他的同一性」は友人と恋人に対するアタッチメント・スタイルからの効果が有意となった。「心理社会的同一性」は年齢と,友人に対するアタッチメント・スタイルからの効果が有意となった。この結果から,主観的なアイデンティティの側面は養育者との関係性と関連し,社会的なアイデンティティに関しては友人や恋人との間の関係性が関連することが示唆された。
著者
山本 尚樹
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.183-198, 2014

本論文では,自己組織化現象に関する近年のシステム論の研究動向の観点から語られることの多かったEsther Thelenの発達理論を,George E. Coghillの発生研究を嚆矢とし,Arnold L. Gesell,Myrtle B. McGrawによって展開された古典的運動発達研究の延長戦上に位置づけ,再検討した。特に,Gesell,McGraw,Thelen,三者の発達研究・理論を比較検討し,類似点と相違点を明確にすることで,運動発達研究の基礎と今後の課題を明確にすることを目的とした。この検討により運動発達研究は,i.下位システムの相互作用から系全体の振る舞いの発達的変化を捉える,ii.発達的変化を引き起こす要因を時間軸上で変化する系の状態との関係から考察し特定する,という基本的視座をもつこと,さらにiii.系の固有の状態が発達に関与するという固有のダイナミクスの概念,iv.様々なスケールが入れ子化された時間の流れから発達を捉えるという多重時間スケールの概念,がThelenによって新たに加えられたことが確認された。最後に,このiii.,iv.の点について近年の研究動向を概観し,今後の課題を整理した。
著者
髙坂 康雅 小塩 真司
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.225-236, 2015 (Released:2017-09-20)
参考文献数
29
被引用文献数
1

本研究の目的は,髙坂(2011)が提示した青年期における恋愛様相モデルにもとづいた恋愛様相尺度を作成し,信頼性・妥当性を検証することであった。18~34歳の未婚異性愛者750名を対象に,恋愛様相尺度暫定項目,アイデンティティ,親密性,恋愛関係満足度,結婚願望,恋愛関係の影響などについて,インターネット調査を実施し,回答を求めた。高次因子分析モデルによる確証的因子分析を行ったところ,高次因子「愛」から「相対性―絶対性」因子,「所有性―開放性」因子,「埋没性―飛躍性」因子にパスを引き,各因子から該当する項目へのパスを引いたモデルで,許容できる範囲の適合度が得られた。また,ある程度の内的一貫性も確認された。「恋―愛」得点について,アイデンティティや親密性,恋愛関係満足度,結婚願望,恋愛関係のポジティブな影響と正の相関が,恋愛関係のネガティブな影響と負の相関が確認され,また年齢や交際期間とは有意な相関がみられなかった。これらの結果はこれまでの論究からの推測と一致し,妥当性が検証された。また,3下位尺度得点には,それぞれ関連する特性が異なることも示唆された。
著者
大野 祥子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.287-297, 2012-09-20 (Released:2017-07-28)
被引用文献数
1

本研究は男性のワークライフバランスから抽出した「生活スタイルのタイプ」ごとに,夫婦間での職業役割と家庭役割の分担のしかたが彼らの生き方満足度にどのように影響するかを検討し,男性にとっての家庭関与の意味を再考することを目的とする。調査対象は3〜4歳の子どもを持つ育児期男性332名であった。仕事を生活の最優先事項とする2タイプ(「仕事+余暇型」・「仕事中心型」)と,仕事と家庭に同等のエネルギーを傾注する「仕事=家庭型」の下位分類2タイプ(「二重基準型」・「平等志向型」), 計4タイプについて,男性の生き方満足度を基準変数とする階層的重回帰分析を行った。「仕事+余暇型」の満足度は家庭関与の変数によっては説明されなかった。「仕事中心型」では休日家族と過ごす時間がとれ育児に関わる余裕のあることが満足度と関連していた。家庭志向の高い2タイプのうち「平等志向型」は自身の家事分担率の高さが生き方満足度を高める共同参画的な結果が見られたが,「二重基準型」では妻が性別役割分業に賛成であることのみが有意な効果を持っていた。これまで男性の家庭関与は妻子や男性本人の適応・発達にプラスの効果を持つとされてきたが,タイプごとに異なる意味を持つことが明らかになった。男性の家庭関与の議論は夫婦関係や労働環境など,より広い文脈の中で捉え,稼得や扶養は男性の役割とする男性性役割規範の見直しを伴うことが必要であろう。
著者
豊田 香
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.26, no.4, pp.344-357, 2015

本研究は,専門職大学院ビジネススクール(以下,BS)の学びが,職業的アイデンティティ(以下,職業的ID)に与える変容とそのプロセスを,質的研究法TEAの分析枠組みを用いて可視化し,その結果を状況的学習論の視点から検討することで,個人と企業の共生の在り方の示唆を得ようと試みたものである。分析の結果,職業的IDの変容プロセスは5つの時期区分(第1期:職業的IDの獲得・確立期,第2期:職業的IDの展開/動揺期,第3期:職業的IDの解放期,第4期:職業的IDの拡張期,第5期:職業的IDの創造期)に分類でき,仕事観と仕事に対する信念の変容に伴い,企業組織の正統な職業実践者という職業的IDの確立から始まり,最終的に,社会科学を継続的に学び,それを企業組織に還元する生涯学習者という職業的IDが加わる生涯学習型職業的IDが確立されていることが確認できた。世界標準としての理論を学び続け,それを軸として,自らの職業実践そのものの道筋と,組織の発達の道筋の両方を積極的に創るという,創造性を特徴とするこの生涯学習型職業的IDの形成支援が,個人と企業の共生に有効であると結論づけた。具体的には,①BSなど学術界の「境界領域トラジェクトリー」の形成支援と,②BSなど学術界の境界領域から,企業組織の「内部トラジェクトリー」への往復に正統性を与える境界領域双方向性の「内部トラジェクトリー」と呼べるものの形成支援である。
著者
豊田 香
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.26, no.4, pp.344-357, 2015 (Released:2017-12-20)
参考文献数
31

本研究は,専門職大学院ビジネススクール(以下,BS)の学びが,職業的アイデンティティ(以下,職業的ID)に与える変容とそのプロセスを,質的研究法TEAの分析枠組みを用いて可視化し,その結果を状況的学習論の視点から検討することで,個人と企業の共生の在り方の示唆を得ようと試みたものである。分析の結果,職業的IDの変容プロセスは5つの時期区分(第1期:職業的IDの獲得・確立期,第2期:職業的IDの展開/動揺期,第3期:職業的IDの解放期,第4期:職業的IDの拡張期,第5期:職業的IDの創造期)に分類でき,仕事観と仕事に対する信念の変容に伴い,企業組織の正統な職業実践者という職業的IDの確立から始まり,最終的に,社会科学を継続的に学び,それを企業組織に還元する生涯学習者という職業的IDが加わる生涯学習型職業的IDが確立されていることが確認できた。世界標準としての理論を学び続け,それを軸として,自らの職業実践そのものの道筋と,組織の発達の道筋の両方を積極的に創るという,創造性を特徴とするこの生涯学習型職業的IDの形成支援が,個人と企業の共生に有効であると結論づけた。具体的には,①BSなど学術界の「境界領域トラジェクトリー」の形成支援と,②BSなど学術界の境界領域から,企業組織の「内部トラジェクトリー」への往復に正統性を与える境界領域双方向性の「内部トラジェクトリー」と呼べるものの形成支援である。
著者
藤戸 麻美 矢藤 優子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.135-143, 2015 (Released:2017-06-20)
参考文献数
24

本研究では,幼児を対象にうそ行動の前提要因となる認知的基盤について検討した。4~6歳児75名を対象にうそ課題と誤信念課題,葛藤抑制課題,反事実的推論課題を実施し,うそ課題とそれぞれの課題の成績間の関連をみることで,うそ行動に必要な認知的基盤を検討した。重回帰分析の結果,誤信念課題と月齢の交互作用および反事実的推論課題の交互作用が認められた。誤信念課題との関連は,4歳児のみでみられた。誤信念の理解がうそ行動の前提要因として不可欠であるという従来の知見とは一致せず,誤信念理解はうそ行動に必要不可欠な認知的基盤であるとはいえない。また,全年齢群で反事実的推論課題との関連が認められたが,特に6歳児ではその関連がもっとも強かった。この結果は,年齢が上がるにつれて,うそ行動の前提要因としての認知的基盤が,誤信念理解から反事実的推論能力へと推移していくだろうことを示している。つまり,年齢範囲によって,うそ行動の認知的基盤が異なる可能性が明らかとなった。この可能性からは,4歳児にとってのうそ行動とは,他者のこころの状態の推測に基づいて行われる行動だと考えられる。誤信念理解ができている年齢時期だと考えられる6歳児では,現実とは異なる仮定を想定し,それに基づいて結果を推論するという反事実的推論の能力を支えとして,うそ行動を行うようになると考えられる。
著者
的場 由木
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.450-459, 2012

本稿では成人期および老年期における貧困者支援の全体状況と課題,提言されている解決の方向性等について整理し,今後の貧困者支援にとって必要と思われる論点について検討するために文献レビューを実施した。データベースにCiNiiを用い,2002年〜2011年の10年間に発行された文献について検索し,「若年」「高齢」「障害」「就労」「自立」「支援」と「貧困」「生活保護」「低所得」「ホームレス」「野宿」「路上」「困窮」のキーワードを掛け合わせ,それぞれが重複する文献を抽出し,日本における成人期および老年期の貧困者支援に関する88編の内容を「ライフステージから見た貧困者の実態と支援」「自立支援に向けた取り組み」「社会包摂のための支援」に分類してレビューした。また,文献レビューを通じて共通の論点として見出された「支援に求められる家族的機能」「貧困者支援におけるメンタルヘルスの課題」「生涯発達における貧困の意味」の3点について考察した。