著者
名越 利幸 NAGOSHI Toshiyuki
出版者
岩手大学教育学部
雑誌
岩手大学教育学部研究年報 (ISSN:03677370)
巻号頁・発行日
vol.69, pp.59-71, 2010-02-26

北原(2008)は,日本学術会議が行った「科学技術の智プロジェクト」の総合報告書の中で,日本人が身に付けるべき科学・数学・技術に関わる知識・技能・考え方を示した。また,近代以降の科学技術における共通の考え方を6つ示し,その一つとして,科学技術を記述する方法として,数式,言語に加えグラフィック技術の発達による「可視化」の重要性を示した。今後,理科教育においても可視化に関する教材開発が望まれる。気象現象において,「雲」は,唯一,水滴・氷晶により可視化され我々の目に見える。この雲の観察では,これまで地上からの目視による観測が行われ,10種雲形に分類し,雲形ごとに雲量を決定してきた。一方,情報機器の進歩に伴い,ライブカメラなどによる定点観測の手法が定着し,HP 上で,各地の空の様子をリアルタイムで観察することができるようになった(中川ほか2004)。それらライブカメラ映像の比較から,冬の北西季節風が一般風に比べ卓越したとき,日本海側と太平洋側のフェーン現象の対比された様子を観察することも可能になった。また,人工衛星「ひまわり」からの雲画像を利用した雲に関する観察教材も多く開発されている(浦野ほか,1983;三崎ほか,1996)。しかし,地上からの雲の動きそのものに着目した教材は,発生原因が明確で観察領域も限られる富士山の傘雲の例などをのぞき,事例がない。その理由は,①雲の動きが非常にゆっくりしているために目視でその動きを捉えにくい点,②雲が発生・消滅を繰り返すことで,その構造を確認しにくい点,③発生原因の異なる各層の雲が混在して変化していることから雲の空間的広がりを認識しにくい点,などである。これらの要因が複雑に絡みあって,雲の動き自体の生徒理解を困難にしている。 そこで,雲が時々刻々変化する様子をWeb カメラにより画像情報としてPC に取り込み,その複数の画像ファイルをビューワソフトにより早回しで再生する簡易インターバル撮影システムを開発し,中学校での気象教育に活用することを本研究の目的とした。そのシステム構成は,Web カメラとパソコン,画像取り込み及び画像表示ソフトからなる既製品の組み合わせで,安価にしかも簡単に構築可能なものとした。さらに,本システムで取得した雲画像データを用い,中学校3年生を対象にした理科の研究授業を行った。
著者
田中 隆充 TANAKA Takamitsu
出版者
岩手大学教育学部
雑誌
岩手大学教育学部研究年報 (ISSN:03677370)
巻号頁・発行日
vol.69, pp.111-116, 2009

日本の伝統工芸のほとんどはエンドユーザー自身で組み立てることが出来ないため、職人が組上げた完成された製品の状態で輸送している。特に伝統的な形状である階段箪笥は輸送時における無駄なスペースが多いことと、家具そのものを保護するための梱包に多くの時間と費用を要している。結果的に特に海外輸出においては輸送コストがあがり、販売価格が高くなり販路拡大が難しくなっている。輸送コストが最も安い方法はエンドユーザーが機内に持込み運搬することであるが、本開発は機内に持込が可能な寸法と重量を目標とし、よりコンパクトな組立式の家具を目指した。また、前述の目的を達成するには木材と木材を容易に接合できる部品の開発も必要である。したがって、従来の階段箪笥の様相を保持しながらエンドユーザーが簡単に組立てられるキットを制作するには接合部品が不可欠であり、2007年度は主に接合部品の試作を行った。そして、2008年度においてはその接合部品の構造を基軸に組み立て式の階段箪笥の試作を行った。尚、本開発は岩手県の伝統工芸である岩谷堂箪笥の技術を用い、2005年度から始めた産学共同研究、およびJST のシーズ発掘試験の成果を基軸に開発した(注1 ~注3, 注8)。
著者
土屋 直人 TSUCHIYA Naoto
出版者
岩手大学教育学部
雑誌
岩手大学教育学部研究年報 (ISSN:03677370)
巻号頁・発行日
vol.69, pp.23-44, 2010-02-26

われわれは「憲法を教える(はずの)社会科教育」の在るべき姿について、どのように考えていけばよいのであろうか。果たしてわれわれは、<憲法と教育とのつながり>をどのようにとらえ、憲法学習、憲法教育というものを、学校教育・生涯教育の中で、主権者教育の視点からどのように実現し、実践してゆけばよいのであろうか。去る2006年12月、時の国会が(そして、われわれが)、「改正」と称して、1947年教育基本法から、憲法の「理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」という重大な文言を削除し、消し去ってしまったことの歴史的・実質的意味は大きい。21世紀に入って、2005年10月に自由民主党が「新憲法草案」を提起し、正面から憲法「改正」が論じられるようになり、2007年5月には国民投票法が成立し、明文改憲の動きが進行しようとしている状況がある。そして2006年12月、教育基本法が「改正」されることによりその憲法との関係が弱められた。無論1950年代以降、時々の政府・与党によって憲法「改正」が繰り返し企図され続けてきたことは周知の通りであり、改憲論の潮流は冷戦崩壊後のここ数年に始まったというものではない。ただ、もし万が一でも、現憲法が変わった(変えられた)その時、われわれの憲法教育、憲法に基づく教育の方向は、一体どうあればよいのか。こうした現況、大きな岐路に臨む現在ほど、憲法学習、憲法教育の重要性と必要性が高まっている時はない、といえる。今、この国の教師と子どもたち、市民が一層じっくりと憲法の歴史的意義と価値を生活の中で学び、立憲主義の精神を以て生活を高め、実践しようとする広義の憲法教育の意義が再々度確認される必要があるのではないか(1)。今から約50年前の1957(昭和32)年頃、岩手の胆沢地域において、独立した一つの教科「憲法科」の創設(特設)を提唱し、議論していた教師たちがいた。「イサワ教育こんわ会」(胆沢教育懇話会)の教師たちである。教育科学研究会機関誌『教育』の復刻版冊子に所収の、教育科学研究会『教科研ニュース』第19号(1957年10月10日発行)の中に、「サークル機関紙(ママ)から」欄(謄写刷)がある。そこには「イサワ(ママ)教育こんわ(ママ)会」の「なぜ 憲法科の特設を 主張するのか―いまの日本で ぜひ まなばなければならない 憲法―」というタイトルの稿が収められている(2)。この記事「なぜ憲法科の特設を主張するのか」の記載は、当時の「イサワ教育こんわ会」の機関誌『なかま』からの抜粋(転載)であろうと思われる(3)。なお、おそらく、この稿をその中心となって考え、文を執筆したうちの一人は、その文体や内容からして、ナガイショーゾー(永井庄蔵、1911 ~ 1998)であったと推測される(4)。ナガイはその後、全国刊行されていた教育雑誌『教師の友』1960年5月号に、「永井庄蔵」の名で論稿「憲法科を創設することの提案」を書いていた(5)。ここでは前者、「イサワ教育こんわ会」の「なぜ憲法科の特設を主張するのか」の文章を参照し、永井らが、今から約50年前(1957年、あるいはそれ以前)の当時の時点で、何故「憲法科」の特設を主張したのか、そして彼らは何を主張しようとしていたのか、その教育実践運動の歩みの一端とあわせて、彼らの「憲法科」特設論の内実を読み直し、吟味し、その問題提起の歴史的・今日的意義を問い直してみたい。(以下、引用文中の下線及び傍点、記号は原文のママ。)