- 著者
-
迫 俊道
- 出版者
- 日本スポーツ社会学会
- 雑誌
- スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
- 巻号頁・発行日
- vol.10, pp.36-48,134, 2002-03-21 (Released:2011-05-30)
- 参考文献数
- 49
- 被引用文献数
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チクセントミハイは, 日本の伝統的な文化活動においてフロー状態が生まれる例として, 茶道や弓道などの芸道をあげている。しかし, 日本の伝統的身体技法におけるフロー体験に関する研究は, これまでほとんど行われてきていない。本稿の目的は, スポーツにおけるフロー状態の特質と比較考察することにより, 日本の伝統的身体技法におけるフロー体験の特質を明らかにすることにある。その際, アフォーダンス理論やボルグマンの「命じてくる実在」対「思いどおりになる実在」といった観点を援用する。チクセントミハイが考案したフローモデルによると, 行為者の能力が行為の機会とバランスがよく取れている時, フロー状態が生じる。しかし, チクセントミハイ自身が気づいているように, こうしたフロー体験には,「環境を支配する能力」と「支配感などどうでもよくなる感じ」が知覚されるというパラドクスが認められる。一方, 日本の芸道においては,「環境に対する支配」ではなく,「支配が消失する状態」の生成こそが初めから目指されていると言えよう。こうした芸道の特徴は, 知覚と行為の協応関係を主題化した「アフォーダンス」理論や, 活動的な関わりを人に課してくる実在の非妥協的な側面に光を当てたボルグマンの「命じてくる実在」概念により, その意義がより明確に把握されうるだろう。いわゆる「無心」,「無我」の境を目指す日本の芸道の特質は, 実在の命じるところに細心の注意を向けつつ, 環境との一体化 (フロー), つまり, 行為的身体と環境との間の理想的な協応関係の到来をひたすら「待つ」修練の過程にあると言えよう。