著者
澤藤 りかい 蔦谷 匠
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
2020

<p>従来の免疫的な手法によるタンパク質の検出と異なり,質量分析を利用したタンパク質の分析は,微量のタンパク質も検出でき,誤同定の恐れが小さく,処理能力が高く,未知のタンパク質を網羅的に解析できるという利点をもつ。2010年代以降,考古・人類学的な資料として学術的意味をもつ生物遺物体に存在する過去のタンパク質を,質量分析計を用いてハイスループットまたは網羅的に分析する古代プロテオミクスの研究が盛んになってきた。こうした古代プロテオミクスの手法は,特定のタンパク質のスペクトルパターンから分類群を判別するペプチドマスフィンガープリンティング(ZooMSなど)と,試料中に存在するタンパク質を網羅的に同定するショットガンプロテオミクスに分類できる。現在行なわれている古代プロテオミクスの研究は,生物試料の分類群の判別と系統推定,遺伝情報の推定,有機物の同定,生理状態をあらわすタンパク質の検出,食性の推定,という5つのカテゴリーに大別できる。質量分析によるプロテオミクスに一般的な問題や,過去の試料を分析する際に特有の問題があるものの,古代プロテオミクス分析の利点を活かした研究は今後さらに増加し多様化していくものと予想される。</p>
著者
瀧川 渉 伊達 元成 小杉 康
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.119, no.2, pp.49-74, 2011 (Released:2011-12-22)
参考文献数
71

北海道・噴火湾北岸の豊浦町小幌洞窟では,1952・1961年の発掘調査により7個体の人骨が出土しているが,このうち出土状況が明らかな人骨は1個体のみで,それ以外は撹乱を受け帰属層位すら不明である。2006年の第二次調査では,洞窟東方の岩陰から頭部を欠いた男性人骨の埋葬が確認された。今回,これらの人骨の帰属時期と性格を明らかにすべく各人骨から試料を採取し,放射性炭素(14C)年代を測定した。噴火湾沿岸の出土人骨は海洋リザーバー効果と海洋深層水の湧昇流の影響で年代測定値が数百年古く示される傾向にあるため,安定同位体分析の結果を参考に陸上・海洋起源の炭素混合比を見積り,これを基にIntCal09とMarine09を合成した暦年較正プログラムにより年代補正を試みた。この方法は伊達市有珠4遺跡において火山灰の降下年代との照合からその有効性が確認されている。検討の結果,小幌洞窟出土人骨の多くが続縄文時代に属すると見なすことができ,一部個体は頭蓋や歯の形態学的検討からも大きな矛盾は生じないが,2号人骨のみ擦文時代に位置づけられる可能性が浮上した。また,岩陰出土人骨は較正年代と副葬品の煙管,四肢長骨・手骨・下顎骨の形態学的検討から勘案し,17世紀後半以降のアイヌと判断された。
著者
松川 慎也
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.109, no.2, pp.101-118, 2001 (Released:2008-02-26)
参考文献数
34

Finite Element Scaling Analysis (FESA) and Euclidean Distance Matrix Analysis (EDMA) are two methods widely used in three dimensional morphometry of landmark coordinate data. The purpose of this study is to examine sexual dimorphism of adult human hip bones by applying these two techniques. Landmark data of adult hip bones of modern Japanese osteological specimens (19 male, 16 female) were Analyzed. In this paper, the author dicussed the analytical characteristics of each of the two techniques, and examine how sexual dimorphism was expressed when one considered the morphological differences of hip bones as represented by a large set of 33 landmarks.The result of these analyses demonstrated that sexual dimorphism is expressed not only in those features traditionally pointed out, such as the relative location of the auricular surface, the width of the superior pubic ramus, the width of the pubic body, the depth of the acetabulum, but also in the curvature of the arcuate line near the auricular surface, which was more remarkable in the male hip bones. Moreover, results showed that regions which were significantly larger in females were highly limited (approximately 5% of landmark or distances), while regions which were significantly larger in males were over 45% of distances in EDMA and over 70% of landmarks in FESA. This indicates that sexual dimorphism in modern human hip bones, aside from difference of general size associated with body size, tends to be highly concentrated near the birth canal.
著者
田原 郁美 海部 陽介
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
pp.150908, (Released:2015-11-11)
被引用文献数
1 3

縄文時代人の四肢骨長さの遠位/近位比は,弥生時代以降の日本人集団に比べて大きく,世界の現代人集団と比較しても大きい部類であることが知られている。一方で,現代人におけるこの比はアレンの法則と関連づけられ,居住地の気温の指標になるとの考えがある。そうであれば,縄文時代人の四肢内プロポーションは熱代謝の上で熱帯的ということになり,温帯~亜寒帯に属する日本列島に1万年以上に渡って居住してきたこととの矛盾を説明しなければならない。本来,アレンの法則は四肢の遠位/近位比ではなく胴体サイズに対する突出部の大きさを問うもので,ヒトにおいてもこの指標の方が気候との対応がより明確である。そこで本研究では,日本の縄文・渡来系弥生・江戸時代集団を対象に,胴体サイズに対する相対的な上肢・下肢長を比較した。結果として縄文と弥生の間に有意差は認められず,それらの値は海外の温帯~亜寒帯地域集団と対比できることがわかった。従って縄文時代人の体形は,熱代謝の観点において,熱帯的であるとは言えない。この知見は縄文時代人が北東アジアに起源したという近年の仮説を排他的に支持するものではないが,これとも調和的である。ただし低身長の江戸時代人では四肢長:胴体サイズ比がさらに低下していたことから,この値には,身長のような気温以外の環境要因も影響する可能性を考慮しなければならない。一方で,四肢骨長と骨盤幅を変数とした身体の全体的プロポーションの多変量解析の結果は,縄文と渡来系弥生の間に,特に男性において明確な違いが認められた。これは両者の系譜的相違を反映していると考えられる。
著者
百々 幸雄
出版者
日本人類学会
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.95, no.1, pp.19-35, 1987
被引用文献数
24

最初に,眼窩上孔と舌下神経管二分の解剖学的および発育学的性質が再検討された.その結果,研究者間の誤差を少なくするために,眼窩上縁に存在し,しかも眼窩に開通するすべての孔(前頭孔と滑車上孔を含む)を眼窩上孔と記録することが適当であると考えられた.舌下神経管二分の判定に関しては,とくに問題になるような研究者間誤差が入り込む余地がないように思われた.この二形質とも,出現頻度が生後発育とともに増大するので,OSSENBERG(1969)の提唱する骨過形成的変異形質に分類してさしつかえないようであった.しかし,両形質の発現はほとんど独立に生じる,という結果が得られた.<br>次に,眼窩上孔と舌下神経管二分の出現頻度を,モンゴロイド38集団,コーカソイド37集団,ネグロイド4集団,オセアニアン13集団について比較した。その結果,眼窩上孔の出現頻度は明らかにモンゴロイド集団で高く,舌下神経管二分の出現頻度は,コーカソイドと北アメリカのモンゴロイド集団で高いことが明らかになった.二変異形質の出現率を組み合わせて集団の散布図を描くと,オーストラリア原住民,ネグロイド,コーカソイド,アジアのモンゴロイド,北アメリカのモンゴロイドの五つのクラスターが識別され,この二形質がヒト集団の大分類にきわめて有効であると考えられた.<br>最後に,近世アイヌと日本の先史&bull;原史時代集団における出現頻度を検討した.両形質の出現頻度をもとに集団の散布図を描くと,土井ケ浜および金隈弥生人,東日本および西日本の古墳人集団の分布は,現代日本人を含むアジアのモンゴロイド集団の分布範囲とほぼ完全に一致するが,北海道アイヌと東日本および西日本の縄文人集団はこれらから大きく離れて,一つのクラスターを形成する傾向にあった.このことから,土井ケ浜型の弥生人,古墳人および現代日本人は,遺伝的に密接に関連していることが推察された。<br>縄文人的な形態的特徴を有する西北九州型等の弥生人についてのデータがないので,性急な結論は差控えたいが,眼窩上孔と舌下神経管二分の出現型からみる限り,現代日本人の成立には,弥生時代から古墳時代にかけての大陸からの渡来集団の遺伝的影響が大いに関与しているように思われる.
著者
中山 英司
出版者
日本人類学会
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.52, no.9, pp.336-353, 1937-09-15 (Released:2008-02-26)
著者
竹中 正巳 蔡 佩穎 蔡 錫圭 盧 國賢
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.122, no.2, pp.145-155, 2014 (Released:2014-12-19)
参考文献数
33

台湾花蓮県萬榮郷馬遠村から出土したブヌン族の頭蓋(男性26例,女性16例)について,顔面平坦度を含む頭蓋計測を行った。周辺諸族近現代人頭蓋との比較から,ブヌン族頭蓋の特徴として,頭蓋長幅示数が中頭およびバジオン・ブレグマ高が低いことが上げられる。顔面頭蓋は比較的高く,前頭部が立体的である。頭蓋計測値9項目(脳頭蓋最大長,脳頭蓋最大幅,バジオン・ブレグマ高,頬骨弓幅,上顔高,眼窩幅,眼窩高,鼻幅,鼻高)から,ペンローズの形態距離を求めたところ,ブヌン族には同じ台湾原住民のパイワン族が最も類似性が強く,タイヤル族が続く。ヤミ族は類似性が弱い。
著者
百々 幸雄 川久保 善智 澤田 純明 石田 肇
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological science. Japanese series : journal of the Anthropological Society of Nippon : 人類學雜誌 (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.120, no.2, pp.135-149, 2012-12-01
参考文献数
60
被引用文献数
1 2

北海道の南西部,中央部,および北東部のアイヌにサハリンアイヌを加えたアイヌ4地域集団を対象にして,日本本土と琉球諸島諸集団の地域差と比較しながら,アイヌの地域差とはいったいどの程度のものであったのかを,頭蓋形態小変異20項目を指標にして評価してみた。地域差の大小関係は,スミスの距離(MMD)を尺度として比較した。北海道アイヌ3集団の地域差の程度は,奄美・沖縄・先島の琉球諸島近世人3集団の地域差よりはやや大きく,東北・関東・九州の日本本土の現代人3集団の地域差とほぼ同程度であった。北海道アイヌのなかでは,道北東部アイヌが道南西部および道中央部のアイヌとやや距離を置く傾向が観察された。サハリンアイヌは北海道アイヌから相当程度遠く離れ,その距離(MMD)の平均値は,北海道アイヌ3地域集団相互の距離の平均値の約4倍にも達した。このような関係は,18項目の頭蓋計測値にもとづいたマハラノビスの距離(D<sup>2</sup>)でも確かめられた。<br>
著者
針原 伸二 斎藤 成也
出版者
日本人類学会
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.97, no.4, pp.483-492, 1989

制限酵素を用いたミトコンドリア DNA 多型のデータを文献より収集し,以下の15集団計885名のミトコンドリァ DNA(mtDNA)タイプを分析した:コケィジアン,東洋人(おもに中国人),バンツー,ブッシュマン,アメリンディアン,ユダヤ人,アラブ人,タール人(ネパール),ローマ市住民,サルディニア島住民,日本人,アイヌ人,韓国人,ネグリト(フィリピン),およびヴェッダ(スリランカ).4種類の制限酵素AvaII, BamHI, HpaI, MspI の切断パターンを組み合わせると,全個体は57種類の mtDNA タイプに分類された.これらの mtDNA タイプの系統関係を,最大節約法を用いて無根系統樹として描いたところ, mtDNA タイプは大きくふたつのグループに分かれた.ひとつは,ほとんどがアフリカの2集団(バンツーとブッシュマン)のみに見いだされたタイプによって構成されるグループであり,もうひとつは,主としてアフリカ以外の集団に見いだされたタイプによるグループである.各 mtDNA タイプの集団における出現頻度を考慮して,集団間の遺伝距離を推定し,そこから UPGMA (単純クラスター法)を用いて,15集団の系統樹を作成した.ネグリトを含むアジア&bull;アメリカ大陸の7集団(ヴェッタを除く)は,お互いに遺伝的にきわめて近縁であり,単一のクラスターを形成するが,コーカソイドの5集団は,やや遺伝的に異質であった.一方,アフリカ大陸の2集団は,他集団から大きく離れていた.
著者
坪井 正五郎
出版者
日本人類学会
雑誌
東京人類學會雜誌
巻号頁・発行日
vol.6, no.66, pp.403-413, 1891
著者
百々 幸雄 川久保 善智 澤田 純明 石田 肇
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.120, no.2, pp.135-149, 2012 (Released:2012-12-21)
参考文献数
60
被引用文献数
3 2

北海道の南西部,中央部,および北東部のアイヌにサハリンアイヌを加えたアイヌ4地域集団を対象にして,日本本土と琉球諸島諸集団の地域差と比較しながら,アイヌの地域差とはいったいどの程度のものであったのかを,頭蓋形態小変異20項目を指標にして評価してみた。地域差の大小関係は,スミスの距離(MMD)を尺度として比較した。北海道アイヌ3集団の地域差の程度は,奄美・沖縄・先島の琉球諸島近世人3集団の地域差よりはやや大きく,東北・関東・九州の日本本土の現代人3集団の地域差とほぼ同程度であった。北海道アイヌのなかでは,道北東部アイヌが道南西部および道中央部のアイヌとやや距離を置く傾向が観察された。サハリンアイヌは北海道アイヌから相当程度遠く離れ,その距離(MMD)の平均値は,北海道アイヌ3地域集団相互の距離の平均値の約4倍にも達した。このような関係は,18項目の頭蓋計測値にもとづいたマハラノビスの距離(D2)でも確かめられた。
著者
吉田 巖
出版者
日本人類学会
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.27, no.4, pp.221-226, 1911-07-10 (Released:2010-06-28)
著者
市川 光雄
出版者
日本人類学会
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.88, no.1, pp.25-48, 1980
被引用文献数
7

東アフリカの各地にDoroboと呼ばれる狩猟民が住むことは古くから知られていたが,その狩猟採集生活の実態については,Huntingfordらによる概略的な記載をみるのみである。筆者は,1976年~1978年に北部ケニヤのMathew山脈に住むSuiei Doroboの調査をおこなった。ここでは,彼らの生息環境と,伝統的な野生植物食の利用について,記載と分析を試みた。<br>Mathew山脈の植生は,ほぼ高度にしたがって, dry bushland, wooded grassland, riverine forest,montane forest等に分類できるが,とくにこの地域の植生を代表するものとして, Acacia属のサバンナ(bushland, wooded grassland)および, <i>Croton</i>林, <i>Juniperus-Podocarpus</i>林などの比較的乾燥したタイフ。の山地林をあげることができる。Suiei Doroboは,ちょうどこの山地林帯と, <i>Acacia</i>サバンナ帯の中間域に居住し,サバンナ帯での植物採集,山地林帯での蜂蜜採集など,多面的な環境利用をおこなっている。<br>Suiei Doroboが,伝統的に食物と考える植物は,合計44科122種におよんでいる。このうち,5種の漿果,2種の堅果,3種の根茎からなる10種のmajor foodが,彼らの伝統的な食生活において大きな役割を果たしていたと考えられる。なかでも,Papilionoideaeに属する2種の堅果は,栄養に富む極めて重要な食物である。<br>これらの植物の採集場所をみると,122種のうち,73%がサバンナ性のものであり,これに対して森林性のものは16%にすぎない(森林,サバンナに共通なものが11%)。また,major foodのうち,主に山地林帯で採集できるものは,1種のみである。すなわち,植物性食物の採集という観点からすれば,サバンナ帯の方が,山地林よりはるかに重要なのである。同様な傾向は狩猟獣についてもみられ,彼らが食物の考える26種の哺乳類のうち,森林に生息するものは5種を数えるのみである。多くのDoroboの集団が,狩猟,植物食の採集という点からは不利な山地林帯およびその周縁部に居住している。その理由のひとつとして,山地林帯では大量の蜂蜜が採集できることがあげられよう。<br>アフリカの狩猟採集民の植物性食物についての比較研究はほとんどない。伊谷(1974a)は,アフリカの狩猟採集民を植生タイプに応じて分類しているが,この分類にもとついて,主要植物性食物の比較を試みたところ,主要植物性食物の構成が,植生のタイプをかなりよく反映することが判明した。