著者
呉 哲男
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.60, no.5, pp.2-9, 2011

<p>日本の古代王権は、律令国家の形成を支えるイデオロギーとして神の系譜に連なる王の物語を持ったが、これはいわば自己言及的なものであって、併せて外部に照らして自己確証できるものを必要とした。そこで導入されたものが中華帝国の採用する華夷秩序であった。その要請に従って、周縁的なものとして創出された「異言語・異文化」であったが、それは実は「王権」のもう一つの自画像に他ならないことを、否応なく突きつけられたのであった。</p>
著者
田近 洵一
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.61, no.8, pp.2-15, 2012

<p>教育において、文学を教材とすることの意義は、それを通して人間如何に生きるべきかの道徳を身につけさせることにあるのではない。それを読むという行為自体に、言語の教育としての価値があるからだ。その文学を読むという行為の本質は、言語的資材である文章(第一次テキスト)に対する主体の意味作用(signification)によって、読者の内に第二次テキストとしての意味世界を生成し、さらにその意味について考察を深め、主体にとって「未見の他者」を追究していくことにある。すなわち、〈読み〉は、読者にとって意味世界の生成による自己創造の行為なのだ。では、その自己創造としての文学の〈読み〉は、如何にして成立するのだろうか。本稿は、そのような自己創造の〈読み〉原理について考察したものである。</p>
著者
松岡 智之
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.2-11, 2008-04-10 (Released:2017-08-01)

この論文で私は、森谷明子氏の推理小説『千年の黙 異本源氏物語』(二〇〇三年)が二〇世紀前半までの古典学の成果を再生させたことについて考察した。『千年の黙』は、『源氏物語』研究の成立論で生まれた仮説-「かかやく日の宮」という現存しない巻が元来あった-を素材とする。現在の研究ではこの仮説はあまり注目されないものの、森谷氏は大野晋氏の研究書(一九八四年)によって成立論を知り、その後風巻景次郎氏の説(一九五一年)に感銘して小説の素材にした。風巻説の論証過程と推理小説の型の類似性が森谷氏の感銘の原因とみなせる。『源氏物語』の成立論は、和辻哲郎が一九二〇年代にドイツ文献学のホメロス研究の方法を導入して始まったが、後にその方法は確実性を欠いてしまった。しかし、その不安定性こそが創作を導いたのであり、新たな研究の可能性を拓くとも考えられる。
著者
小関 和弘
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.43, no.11, pp.1-14, 1994-11-10 (Released:2017-08-01)

このエッセイで、私は一九三一年から四五年までの戦時中の新聞広告および国策宣伝の表現を素材として、それらと、いわゆる「文学」の表現とがどのような関わり方を持ったかを考えようとした。具体例に、口内清涼剤の広告表現が戦略として「文学」の表現を取り込んだ事実、国策宣伝の標語を詩人たちが無批判に自分の作品に吸収して行った事実を挙げ、「文学」表現および広告の表現が自立性を失う場面に焦点をあて、「文学」表現の自立の条件を裏側から照らし出そうと試みた。
著者
甘露 純規
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.48, no.11, pp.1-9, 1999-11-10 (Released:2017-08-01)

明治八年、永峯秀樹『支那事情』と仮名垣魯文『現今支那事情』との間に「盗作」事件が起こった。この事件は、誰が、どのような論理により、無断借用による出版物を告発するのかという問題をめぐり、出版物についての江戸期以来の考え方と新たに登場した版権思想が激しく争った事件であった。本稿では、永峯と魯文双方の言い分を等しく分析することで、この事件の実態と文化史上に持つ意味を明らかにした。
著者
松本 和也
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.55, no.11, pp.24-34, 2006-11-10 (Released:2017-08-01)

本稿は、抽象化された普遍性において読まれてきた受容史に抗い、武田泰淳「ひかりごけ」の精読を通してその歴史性・今日性を論じる試みである。「ひかりごけ」をメタフィクションと捉え直して紀行文における「私」の身振りから"境界(線)の物語"を読み解いた上で、「人肉事件」というモチーフに対する複数の表象を分析し、"脱境界(線)の物語"としての「ひかりごけ」の相貌を取り戻し、その歴史的位置までを論じた。
著者
高村 圭子
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.53, no.5, pp.60-67, 2004-05-10 (Released:2017-08-01)

古典作品中における「罪(罪業)」と「悪(悪行)」という概念には明確な区別がなされないことが多いが、厳密に見ると「悪」は他者に明確な損害を与えるもの、「罪」は他人ではなくむしろ自分を傷つけ悩ませるもの、という傾向がある。小稿では、人間の「罪」と「悪」の両相を描く軍記物語である「平家物語」を中心に、二つの思想が重なり合って作品世界を形成していく様相を、他の古典作品との比較を交えて分析していく。
著者
野中 潤
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.56-67, 2017-01-10 (Released:2022-02-02)

現在の検定教科書において、生徒たちが「語り手」という学習用語と初めて出会うのは、中学一年の「少年の日の思い出」においてである。これは、日本近代文学研究において、この二、三十年の間に学術用語としての「語り手」が定着してきたことを踏まえたものである。しかし「書かれたもの」に対して「語り手」という学習用語を適用することは、国語科の教育にとって最適なものではない。だとすれば、「語り手」という学術用語についても、再考の余地がある。
著者
岡 真理
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.28-36, 2010-03-10 (Released:2017-08-01)

昨年暮れから3週間にわたり、ガザ地区はイスラエルによる一方的な破壊と殺戮に見舞われた。この攻撃は、61年前、イスラエル建国によってパレスチナ人を襲った「ナクバ」(大いなる破局)の暴力が、この間、ひとたびも終わってはいないことをあらためて証明した出来事だった。その爆撃の只中で、一人の英文学者が「今、そこ」で起きている事態を日々、メールで世界に向けて発信し続けた。その記録は日本で『ガザ通信』という一冊の書物にまとめられる。これらは何を意味するのか?戦火の中からインターネットを使って現地の声が発信されることは、もはや珍しくない。イラク戦争については、そうした「声」がいくつも書籍化されている。その意味では、「イラク」という記号が「ガザ」という記号に置き換わっただけだ。そこにどんな意味を-しかも、文学的な-を見出そうというのか?『ガザ通信』を素材に、このテクストをめぐる思想的、文学的コンテクストについて考察したい。
著者
吉井 祥
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.67, no.9, pp.1-11, 2018-09-10 (Released:2023-09-28)

本稿は、伊勢が中宮温子の死に関して詠歌した長歌(温子哀傷長歌)について、なぜ長歌体なのかという問題提起のもと、どのような場で詠歌され、どのような働きをしていたのかについて考察する。 まず歌の表現から、集団の代弁という機能と、追善法会を場として導き出す。また上代に見られる、人の死の際の儀礼に関わる長歌の系譜上に温子哀傷長歌も位置付けられるが、以後哀傷歌は個々の心情を詠うのが主流となることを述べる。