著者
黒子 浩 Gaedike Reinhard
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.49-69, 2006-01-10

ササベリガ科は,世界から約100種が記載される小さな科で(Gaedike, 1996),わが国からはMeyrick(1931),一色(1957),森内(1982),Gaedike & Kuroko (2000),奥(2003)により2属5種が記録されているが,固定に問題のあるものが含まれている.これらを整理し,2新記録種を追加,6新種を記載した.本科は派生形質として後脛筋全面に固い剛毛を有し,前翅後縁に謝状の鱗片総をもつ.Epermenia属には腹部第1-2筋に発香毛を蔵したポケット状の嚢(共通派生形質)があるが,二次的に欠除した種もある. ササベリガ科は以前はYponomeutoidea(スガ上将)におかれたが,近年は独立の上将Epermenioidea(ササベリガ上科)が創られ,その下におかれる(Minet, 1983). 1. Phaulernis fulviguttella (Zeller, 1835) キモンクロササベリガ 前翅長5.0-6.0mm.森内(1982)によりP. monticolaとして記載されたが,ヨーロッパからロシアにかけ広く分布するvulviguttellaのシノニムとされた(Gaedike, 1993).前翅後縁の歯状鱗毛総は二次的に欠除.また本属は腹部に発香毛をもたない.ヨーロッパから日本まで広く分布.寄主植物は海外でセリ科のミツバグサ属,マルバトウキ属,シシウド属が知られる. 2. Phaulernis pulchra Gaedike, 1993 トサカササベリガ(新称) 比較的大型で前翅長6.0-7.0mm.前翅にEを横にしたような橙赤色紋がある(和名はこの斑紋の特徴に由来する).前翅後縁に歯状鱗毛総をもつ.ロシア沿海州より記載された美麗種である.日本新記録. 3. Phaulernis chasanica Gaedike, 1993 ウスグロヒメササベリガ 前翅長5.0-5.7mm.前翅中央に橙褐色部があり,一見ヒメササベリガに似るが,基半部が灰白色をなさないので区別できる.ロシア沿海州から記載された.日本では奥(2003)により盛岡から記録されたが,図示されるのはこれが初めてである. 4. Epermenia (Cataplectica) sugisimai sp. nov.シロオビササベリガ(新称) 前翅長4.0mm.前翅後縁に歯状鱗毛総をもたない.第2腹筋のポケットは短い.前翅は暗褐色地に,後縁から中室に達する2本の白い細い帯がある.分布は北海道. 5. Epermenia (Calotripis) shimekii sp. nov. ウスチャオオササベリガ(新称) 大型で前翅長7.0-7.5mm.他の種より前翅の幅が広く,翅頂は鈎形に曲がる.森内(1982)により誤ってstrictellaとして固定された種である.外見上はヨーロッパからシベリアに分布するE. illigella (Hubner) に似るが,交尾器の特徴で区別される.Calotripis亜属に含まれる種は全て前翅後縁に鱗毛総,腹部にポケットを有する.本州に分布する. 6.Epermenia (Calotripis) ijimai sp. nov. シベチャササベリガ(新称) 前翅長6.2mm.標茶で採れた1♂により記載された種で,前翅の中央から先端部にかけて橙褐色の鱗粉があり一見ヒメササベリガに似るが,中室端に黒点をもたない.北海道に分布. 7.Epermernia (Calotripis) strictella (Wocke,1867) ハイイロオオササベリガ(新称) 前翅長6.5-7.5mmに達するわが国で最も大型の種である.前翅は細長く,灰白色地に灰黒色の鱗紛を散らし,斑紋に変異が多い.日本,韓国,ロシア,ヨーロッパ,アフリカ,カナダ,北アメリカと殆ど汎世界的分布を示す.寄主植物は,海外でセリ科のFerula属,ミツバグサ属が知られる. 8.Epermenia (Calotripis) uedai sp. nov. ニセトベラササベリガ(新称) 前翅長5.7mm.前翅は一見トベラササベリガに似るが,中室内にチョコレート褐色の縦斑があり,中室端には黒点なく,代わりに白色紋がある.沖縄に分布. 9.Epermenia (Calotripis) siniovi Gaedike, 1993 シシウドササベリガ(新称) 前翅長5.0-6.0mm,前翅は灰褐色をしているが斑紋に変異が多く,前翅基半部の灰白色のもの(普通型),中室内に黒色縦条のあるもの(黒条型),褐色の強いもの(褐色型),全体が灰黒色を帯びるもの(暗色型)があるので,斑紋のみによる同定は要注意.極東ロシアに分布.寄主植物はシシウド.日本新記録(国後島を除く). 10.Epermenia (Calotripis) muraseae Gaedike & Kuroko, 2000 トベラササベリガ(新称) 前翅長4.8-6.0mm.前翅斑紋はシシウドササベリガ(普通型)によく似ているが,中室端に明瞭な黒点をもつので区別できる.なお本種の♂交尾器aedeagus内にあるcornutusの基方の渦巻き形の構造は,他種との重要な区別点となる.三重県,和歌山県,奄美大島,沖縄に分布.幼虫はトベラの果実内に穿入し内容物を食べる. 11.Epermenia (Epermeniold) fuscomaculata sp. nov. チャマダラササベリガ(新称) 前翅長4.0-5.5mm.小型で前翅は長披針形,黄褐色をした3本の横帯(最初の帯は前縁のみ)があり,個体により横帯の間と中室端に黒点のあるものがある.屋久島,奄美大島,沖縄,台湾に分布. 12.Epermenia (Epermeniola) pseudofuscomaculata sp. nov. ニセチャマダラササベリガ(新称) 前翅長4.0-5.0mm.前種に酷似しているが,前翅には概して黒鱗の散布が多く,前翅2/3にある黒点がやや横長で白色鱗で囲まれ,さらにその外側が黒鱗で縁取られる.交尾器(雄のuncus,雌のsignum)による同定か確実である.沖縄に分布. 13.Epermenia (Epermeniola) thailandica Gaedike, 1987 ヒメササベリガ 前翅長5.5-7.0mm.前翅の基方1/3は灰白色,それより先の部分は淡黄褐色の鱗粉で覆われる.中室端の黒点は幾分横長で白色鱗で囲まれる.雄には腹部基部に発香毛を含むポケットのあるものと,無いものとがあるが,原因は不明.沖縄の個体群は小型(翅長4.0mm)で, signumの形にも僅かな差がみられる.日本(本州,九州:本島および沖縄),ロシア,タイに分布.
著者
那須 義次
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.51, no.1, pp.19-28, 2000-01-01

Bactra(Chiloides)cerata(Meyrick)キモンヒメハマキ(新称)前翅開張10-12mm.前翅の地色は灰褐色;基部から2/3の間に3-4個の黄褐色の斑紋がある(まれに不明瞭)ことで,同属の他の種と識別は容易である.分布:インド(アッサム),スリランカ,タイ,ベトナム,小スンダ列島,フィジー,パラオ諸島,西南ニューギニア,台湾,日本(本州,九州,琉球).日本新記録.寄主植物:不明.Eucosma lacteana(Treitschke)ホソバシロヒメハマキ(新称)前翅開張12-14mm.E.metzneriana(Treitschke)トビモンシロヒメハマキに外部表徴では類似するが,より前翅が細く,小さいこと,斑紋が不明瞭なこと,雄交尾器のuncusが3角形であること,valvaのくびれ部(neck)が狭いこと,雌交尾器のlamella postvaginalisが長方形であることで識別できる.分布:ヨーロッパ,ロシア,モンゴル,日本(北海道).日本新記録.寄主植物:キク科:ヨモギ属の種.日本ではヨモギの花序から飼育されている.Rhopobota okui Nasu(新種)ソヨゴチビヒメハマキ(新称)前翅開張9-12mm.外部表徴ではR.kaempferiana(Oku)ヤマツツジマダラヒメハマキに類似するが,より前翅が小さいこと,中帯がより広いこと,肛上紋が白っぽいことで識別できる.雌雄交尾器での識別は容易である.分布:日本(本州).寄主植物:モチノキ科:ソヨゴ(果実).Parepisimia catharota(Meyrick)ミナミキオビヒメハマキ(新称)前翅開張12mm.本種は近縁種のP.relapsa(Meyrick)に類似するが,中帯が同幅であること,前縁翅頂近くの三角紋が小さいこと,雄交尾器では幅広いcucullusを持つこと,valvaのcostaに突起を持たないことで識別できる.分布:アンダマン諸島,タイ,台湾,日本(琉球).日本新記録.寄主植物:不明.
著者
神保 宇嗣 杉島 一広 小木 広行
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.55, no.4, pp.315-323, 2004-09-30

日本でこれまであまり知られていなかったナニワズハリキバガ(新称)Anchinia cristalis(Scopoli,1763)を北海道本土から記録し,幼虫期および蛹期の習性とともに再記載した.日本のキバガ上科には類似した種はおらず同定は容易である.今回,4月に本種の幼虫がジンチョウゲ科のナニワズDaphne jezoensisの先端の葉数枚を綴ったシェルター内に見出された.幼虫は夜行性で,シェルター外で葉を食害する.蛹化は枝や壁面に尾端で懸垂した状態で行われ,繭が構築されないために蛹が裸出する.蛹はタテハチョウ科で知られる垂蛹に近い.成虫は5-6月に羽化した.国外での食餌植物としては,同じくジンチョウゲ科のヨウシュジンチョウゲDaphne mezereumおよびカラフトナニワズDaphne kamtschaticaの記録がある.本種には極東亜種A.cristalis kuriliensis Lvovsky,1990が記載されているが,この扱いおよび北海道集団の所属は今後の課題である.Anchinia属は旧北区から5種,東洋区から1種が知られるが,極東からは本種のみが記録されていた.知られている限りでは,本属の種はすべてジンチョウゲ科のDaphne属を寄主とする.また,原索動物サルパ綱の属Anchinia Rathke,1835の存在に気づいたが,ナニワズハリキバガの属Anchinia Hubner,1825のほうが先行するので原索動物のほうが新参同名となる.Anchiniaの科階級群の所属に関して,1970年代中期以降様々な提案がなされてきた.それらは大きく分けて三通りに分類される.すなわち,Hypertrophaを模式属とする科階級群にハリキバガ属を含めるとする第一の処置,Amphisbatisを模式属とする科階級群に含めるとする第二の処置,そしてハリキバガ属を含むたかだか6属からなる単系統性の高い亜科ないし族(模式属はハリキバガ属あるいはそれに最も近縁と推定されるHypercallia)を設けるという第三の処置である.第一の処置の根拠は,蛹が裸出し起立するという習性がHypertrophaとハリキバガ属に共通するというものである.しかし,本研究での観察により,ハリキバガ属の蛹が起立するのではなく懸垂することが明らかにされたため,この処置の妥当性は疑問視せざるを得ない.第二の処置は,ハリキバガ属とAmphisbatisの間に顕著な差違があるにしても,より適した群が見あたらないから,という消極的な理由によるものである.この処置は,ハリキバガ属とAmphisbatisが近縁であるとの誤解につながる畏れがあるために採用しがたい.それに対して,三つ目の処置は,その亜科あるいは族の単系統性を支持する形質が複数示されており,さらに先の二つの提案をした著者であっても,その群の近縁性は支持している.従って,この処置を採用しHypercalliinaeを認めることは妥当であろう.しかしながら,この亜科に近縁な分類群は特定されていない.ハリキバガ亜科の強く支持された単系統性と,それに近縁な分類群が未知であることを同時に示すため,本報ではLeraut(1997)の案を採用し,ハリキバガ属を広義マルハキバガ科の亜科Hypercalliinae(ハリキバガ亜科:新称)の一員として扱うこととした.マルハキバガ科は多系統的な分類群であることを前提とした"waste basket"として機能してきたので,ハリキバガ亜科が他の特定の群に近縁であると誤解される可能性は低く,また将来キバガ上科の科階級群の再編が行われる際にハリキバガ亜科が見逃されることも避けられるであろう.
著者
横地 隆 松田 英仁
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.17-34, 1999-01-20

はじめに塚田(1991)によれば,Euthalia agnisはマレー半島,ボルネオ,スマトラ,ジャワ各地から記録され,いずれの産地でもかなりの稀少種である.最近ボルネオ産亜種tinnaに類似した型(以下,tinna型とする)の♂個体が北部,西部スマトラから複数得られたが,これらは従来スマトラより知られる亜種modestaとは全く異なるものであった.また筆者の1人,横地は南タイ産のtinna型の♂個体と,ジャワ産agnisに類似する型(以下,agnis型とする)のマレーシア・キャメロンハイランド産♂個体を所蔵している.つまりスマトラ,マレー半島ではtinna型とagnis型が混棲していることになる.本編ではagnis型とtinna型を便宜的にagnis群(complex)と呼び,パリ国立自然史博物館(昆虫部門)(MNHN),ライデン博物館(RMNH),ロンドン大英博物館(自然史)(BMNH),シンガポール国立大学動物学教室(NUS)におけるタイプシリーズの調査に基づいて本群の分類を再検討した.Agnis群の分類の変遷現在までに記載された本群は次の6タクサである(T.L.:基産地).agniformis Fruhstorfer,1906(T.L.:Deli,Sumatra)agnis Snellen van Vollenhoven,1862(T.L.:Java)canens Tsukada,1991(T.L.:Mt Dempo,S.Sumatra)modesta Fruhstorfer,1906(T.L.:Battak Mts,Sumatra)paupera Fruhstorfer,1906(T.L.:the Malay peninsula)tinna Fruhstorfer,1906(T.L.:Kinabalu,N.Borneo)以下に本群がどのような分類学上の位置で扱われてきたかを年代順に示す(シノニムリストも参照).1.Snellen van Vollenhoven(1862)Adolias agnis Snellen van Vollenhoven,1862 Snellen van Vollenhoven(1862)は,本群のタクソンとして初めて西ジャワからagnisを記載した.原記載では♀が図示されているが,タイプシリーズの個体数は不明である.これ(ら)はRMNHに保管されており,筆者らは確認している.レクトタイプの指定は行われていない.2.Fruhstorfer(1906)Fruhstorfer(1906)はtinnaとその2亜種およびagnisの1亜種の4タクサを記載した.1)Euthalia tinna Fruhstorfer,1906北ボルネオのキナバル山を基産地として2♂1♀で記載された.原記載では♂♀が図示されている.タイプシリーズはMNHNに保管されており,このうち1♂をレクトタイプとして本編で指定した(図13-14).2)Euthalia tinna agniformis Fruhstorfer,1906北スマトラのデリを基産地として3♂1♀で記載された.原記載では♀が図示されている(tinna型).タイプシリーズのうち1♀のみがMNHNに保管されている.しかし,残り3♂の個体は所在不明である.レクトタイプを♀として,その指定を本編でおこなった(図21-22).3)Euthalia tinna paupera Fruhstorfer,1906マレー半島を基産地として1♂で記載されたが,原記載に図示はない.ホロタイプはシンガポール博物館保管と記されている(同館の標本は1957年に全てNUSへ移管された)が,発見できない.またBMNH,MNHNへの移管も考えられたが確認できない(追跡不能).4)Euthalia agnis modesta Fruhstorfer,1906 agniformisと同一基産地である北スマトラのバタック山脈から3♀で記載されたが,原記載に図示はない.タイプシリーズはMNHNに保管されており,agnis型である.1♀をレクトタイプとして,その指定を本編でおこなった(図7-8).3.Fruhstorfer(1913)Euthalia agnis(Snellen van Vollenhoven,1862)ssp.agnis(W.Java)ssp.modesta(N.Sumatra)Euthalia tinna Fruhstorfer,1906 ssp.tinna(N.Borneo)ssp.agniformis(N.Sumatra)ssp.paupera(the Malay peninsula)Fruhstorfer(1913)はザイツ第9巻でもこのように本群を2種として扱った.両種はスマトラで混棲しているとの見解である.またここで初めて1906年に記載したagniformisの♂個体を図示している(pl.129,row b).4.Corbet(1941)Euthalia agnis:Corbet,1941 Corbet(1941)はジャワ産agnisとボルネオ産tinnaにつき比較し,両者を同一種と考えた.5.Corbet(1945)Euthalia agnis modesta:Corbet,1945 Corbet(1945)はスマトラ産modestaをagnisの亜種として示した.標本の図示はないが♂ゲニタリアを示している.6.Fleming(1975,1983)Euthalia agnis paupera:Fleming,1975 Euthalia agnis paupera:Fleming,1983 Fleming(1975,1983)はマレー半島産pauperaをagnisの亜種として示した.♂♀が図示されているが,♂はtinna型,♀はagnis型である.7.D'Abrera(1985)Euthalia agnis paupera:D'Abrera,1985 Euthalia agnis tinna:D'Abrera,1985 Euthalia agniformis:D'Abrera,1985 D'Abrera(1985)はpauperaとtinnaをagnisの亜種とした.またagniformisを独立種として記述したが,その扱いに確証を持っていない.tinnaはagnis(あるいはEuthalia merta)と同一種ではないかと考えたためである.8.大塚(1988)Euthalia agnis modesta:Ostuka,1988大塚(1988)はボルネオ産をagnisとし,亜種名にmodestaを充てた.しかしmodestaは北スマトラを基産地としており,tinnaをmodestaのシノニムとする記述もないことから,本来はtinnaとすべきである.♂♀の個体が図示されている(tinna型).9.塚田(1991)Euthalia agnis(Snellen van Vollenhoven,1862)ssp.agnis(Java)ssp.modesta(N.Sumatra)ssp.canens(S.Sumatra)ssp.paupga(W.Malaysia)ssp. tinna(Borneo)Euthan aconthea(Cramer,1777)ssp.purana(Sumatra)=agniformis塚田(1991)は,tinnaをagnisのボルネオ亜種とし,agniformisをEuthalia acontheaのスマトラ亜種puranaのシノニムとして扱った.Fruhstorfer(1913)によるSeitz,vol.9,pl.129,row bに図示されたagniformis♂がEuthalia acontheaと考えられるためである.塚田(1991)におけるpl.110,fig.1の♂はtinna型で,figs 2,3の♀はagnis型である.また南スマトラ産に新亜種名canensを与えた.10.Eliot(1992)Euthalia agnis paupera:Eliot,1992 Eliot(1992)はマレー産をpauperaとして記し,1♂1♀を図示した.このうち1♀はagnis型であるが,1♂は(やや写真の鮮明さに欠けるものの)tinna型と思われる.考案以上の変遷をみると,Fruhstorfer(1906,1913)はagnis群を種tinnaと種agnisの2種としたが,その後Corbet(1941)がagnisの1種として以来,この分類が一般的となっている.しかし今回までに筆者らが入手した標本,資料に基づき検討を加えたところ,本群はFruhstorfer(1906,1913)の分類に準じて2種に分けるのが以下のような理由から適当と考えられる.1)北部,西部スマトラよりtinna型♂の再発見従来より得られていたスマトラ産の個体はagniformisのタイプ標本を除いて全てagnis型(亜種modestaとされる)であった.この例外のagniformisの♀タイプ標本はtinna型(♂タイプ標本は不明)であり,Fruhstorferが1906年にスマトラより記載したものである.しかしその後agniformisの分類学的位置は曖昧のままとされてきた.今回筆者らはタイプの調査を行うとともに,agniformisに相当するtinna型の♂個体を初記録として北部,西部スマトラより入手できたため,同島に両型が分布することを確認できた,つまりmodestaは種agnisの亜種,agniformisは種tinnaの亜種として整理される.2)南タイ・ラノンよりtinna型♂の発見Fruhstorfer(1906)はマレー産pauperaをtinnaの亜種としているが,筆者らはマレー半島産のtinna型の標本をこれまで実見していなかった.ただし,Fleming(1975,1983),塚田(1991),Eliot(1992)での図示標本は♂は全てtinna型,♀はagnis型と考えられる.また宮下哲夫氏(東京)の私信では,彼のコレクションのマレー産1♂はtinna型であるとのことである.ところが筆者のひとり,横地の所有する1♂はagnis型であり,♀も現在までagnis型しか見ていない.前述のようにpauperaのタイプ標本は所在不明で,原記載には図示もなく,これが果たしてtinna型かagnis型かは不明である.しかし,後にFruhstorfer(1913)が本タクサをtinnaに分類していることから,pauperaがtinna型であることは間違いないと思われる.今回筆者らははじめてtinna型の♂を南タイから入手したことで,tinna型の♀は未知ではあるものの,マレー半島にも両型が分布することを確認できた.つまり真のpauperaは種tinnaの亜種,マレー半島産のagnis型は種agnisの新亜種(hiyamai ssp.nov.,図9-12)として整理するのが自然であろう(厳密に言えば,今回発見の♂個体はpauperaの基産地とは離れた産地に由来することも考えられ,亜種レベルで同一視できない可能性も残されているが,ここではpauperaに含めて扱うこととする).原記載以後agniformisに触れたのは,Fruhstorfer(1913)以外にはD'Abrera(1985)と塚田(1991)のみであり,それは独立種とされたりEuthalia aconthea puranaのシノニムとされたりしてきた.タイプシリーズ3♂1♀のうち,3♂は所在不明で実見できないが,Seitz vol.9に図示があり,この♂は種acontheaとみるべきと考える.実際,塚田(1991)も同様の扱いをしている.1♀はMNHNに保管されておりtinna型である.この1♀をレクトタイプに指定することで,agniformisの分類学的位置が明確になる.塚田(1991)はスマトラ亜種を北スマトラのmodestaと南スマトラのcanensに分けているが,両者を区別するのは困難であるため,ここではcanensをmodestaのシノニムとした.さらにボルネオ,西カリマンタンより種tinnaの♀が記録された.新亜種の可能性があるが,1♀のみの記録であるため,図示(図17-18)に留めておく.Euthalia (Euthalia)agnis(Snellen van Vollenhoven,1862)ssp.agnis(Snellen van Vollenhoven,1862)(図1-4)分布.W.Java,C.Java.ssp.modesta Fruhstorfer,1906(図5-8)=canens Tsukada,1991,syn.nov.分布.Sumatra.ssp.hiyamai Yokochi&Matsuda,ssp.nov.(図9-12)分布.W.Malaysia.Euthalia(Euthalia)tinna Fruhstorfer,1906,sp.rev.ssp.tinna Fruhstorfer,1906(図13-18)分布.Borneo.ssp.agniformis Fruhstorfer,1906,stat.rev.(図19-22)分布.N.Sumatra,W.Sumatra.ssp.paupera Fruhstorfer,1906,stat.rev.(図23-24)分布.W.Malaysia,S.Thailand.種agnisと種tinnaの形態学的差異1.翅斑♂(1)翅形はagnisの場合tinnaに比べ,前翅肛角の張り出しが強いのに対し,tinnaは後翅前角の張り出しが強い.(2)両種とも翅表の色調は黒茶色だが,agnisではやや紫がかり,濃淡のめりはりがはっきりしている.(3)両種とも前翅表の白斑列は一直線に並ぶが,図25で示す角度αがagnis<tinnaとなる.また,白斑個々の形はagnisでは個々の白斑の大きさがほぼ同一で類円形もしくは楔形となるのに対して,tinnaの場合横に細長くなり,第5室のものが最も大きくなる.(4)agnisは後翅表第7室を中心に藤紫色を呈するが,tinnaでは認めないか,もしくは非常にうすい.(5)翅裏は地色がagnisでは灰白色であるが,tinnaでは茶色である.♀(1)翅形はagnisの場合tinnaに比べ,前知外翅中央の凹みが強い.(2)翅表の地色はagnisでは黒茶色がとくに強く,濃淡の差があるが,tinnaの場合ほぼ均一の茶色.(3)翅裏の地色は両種とも茶色であるが,色調はagnisのほうが明るい.(4)前翅の白斑列はagnisでは消失するか薄くなるが,tinnaでは第1b室に明瞭である.(5)後翅はagnisでは第7室にわずかの白色部分を有するのみであるが,tinnaの場合大きく明瞭な白帯を有する2.パルピ両種とも同一形で,先端部に針状突起はない.3.アンテナ両種とも同一で,先端部の表面は黒色,裏面は褐色を呈する.4.♂ゲニタリア図26(E.agnis modesta,S.Sumatra),図27(E.tinna agniformis,N.Sumatra)に示すように,valvaの形状にやや差があるものの,両種に基本的な相違は見られない.まとめ筆者らが得た標本,各博物館の所蔵標本および文献に検討を加え,いわゆるEuthalia(Euthalia)agnis(Snellen van Vollenhoven,1862)(Rhopalocera,Nymphalidae)は種agnisと種tinnaの2種に分けるのが適当であるとした.
著者
伊藤 邦昭
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
やどりが (ISSN:0513417X)
巻号頁・発行日
no.224, pp.30-31, 2010-03-31
著者
加藤 義臣 矢田 脩
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.171-183, 2005
参考文献数
31
被引用文献数
2

Brown and yellow types in the forewing fringe color in the so-called "Eurema hecabe (L.)" show sympatric distribution on Okinawajima Island in the Ryukyu Islands and occurrence of their characters is closely linked with seasonal wing morph expression and host plant use (Kato, 2000a, b). Further, these sympatric types are sexually isolated at the level of behavior (Kobayashi et al., 2001). In the present study, distribution pattern of these two types was investigated in southwestern Japan (16 sites) and Taiwan (3 sites) and their taxonomic status was reevaluated. In Amami-Oshima, Kuroshima, Kumejima, Taketomijima, Iriomotejima and Yonagunijima Islands, only the brown type was found while in Kagoshima-shi, and Okinoerabujima, Yoronjima and Tokashikijima Islands, only the yellow type was seen. Sympatric distribution of the two types was found in Tokunoshima, Okinawajima, Miyakojima, Ishigakijima and Haterumajima Islands, and Taiwan. The fringe color type was linked with seasonal wing morph expression and host plant use in all populations, as shown in previous papers (Kato, 2000a, b). These results strongly suggest that the two types have differentiated at the species level. The examination of the lectotype of Papilio hecabe Linnaeus, 1758 revealed that it was the brown type. Based on these, we here propose that the yellow type butterflies belong to a different species, Eurema sp.
著者
城本 啓子 櫻谷 保之
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.215-237, 2007-03-30

1990年から2006年まで各地で野外調査を行った結果,19科44種の植物が8種のヤママユガ科ガ類(シンジュサン,ヤママユ,ヒメヤママユ,クスサン,ウスタビガ,オナガミズアオ,オオミズアオ,エゾヨツメ)の餌植物として確認された.新たか餌植物として,カバノキ科のイヌシデでヤママユ,ヒメヤママユ,クスサン,ウスタビガ,エゾヨツメの幼虫が各地で確認され,ウバメガシではウスタビガとヒメヤママユの幼虫が確認された.また,ウスタビガではヤナギ科2種と植栽種であるハナミズキ,ヒメヤママユではネジキとオオバクロモジ,クロガネモチ,クマノミズキも餌植物として確認された.最も多くのヤママユガ科分類が利用していた餌植物はイヌシデとコナラで5種(ヤママユ,ヒメヤママユ,クスサン,ウスタビガ,エゾヨツメ),統いてクリで4種(ヤママユ,ヒメヤママユ,クスサン,ウスタビガ)の利用があった.また,日本におけるヤママユガ科ガ類の今回および既知食樹記録とヤママユガ科ガ類の系統の関係についても考察を行った.餌植物種によるクラスター解析では,地理的分布の狭いヤママユガ科ガ類3種(ヨナグニサン,ハグルマヤママユ,クロウスタビガ)の距離は短くなった.すなわち分布の狭い種は餌植種が少なくなっており,分有の広いシンジュサンは餌植物の科によるクラスター解析では距離が一番長くなった.ヤママユガ科ガ類間の餌植物種の類似度(Ochiai指数:OI)は,同じ属であるヒメヤママユとクスサンの間ではやや高かったが(07=0.425),他の種との類似度はあまり高くないことが示された.また,シンジュサンの餌植物種(24種)の約38% (9種)が羽状複葉を利用しているなど,植物の葉の形態によって選択している種もあると考えられた.ヤママユガ科ガ類の餌植物種は生息環境の植生や,クスサンのような集団発生する種においては餌植物の枯渇により周囲の植物への移動などにより多様化していったと考えられる.ウスタビガやオオミズアオの雌成虫がライトに誘引された際に建物の壁などへの産卵する現象が見られた.このような誤産卵やイヌシデのような他の鱗翅目幼虫があまり利用していない"空きギルド"を利用することなどにより,ヤママユガ科ガ類の餌植物種数はヤママユガ科種間同士の重複をある程度避けながら広がっていったと考えられる.