著者
杉 繁郎 大塚 勲
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.35, no.2, pp.77-79, 1984-09-20

1983年4月,熊本県上益城郡矢部町目丸で採集された5♂の標本にもとづいて,新種Orthosia yoshizakii SUGI & OHTSUKAヒゴキリガ(新称)を記載した.本種は,日本産Orthosiaのうちでは,もっともO.lizetta(BUTLER)クロミミキリガに似るが,雄の触角が鋸歯状である点で,容易に区別される.その他の種とは,前翅の環状紋は暗色点で表され,環をもたないこと,腎状紋全体がほぼ一様に黒く染められることなどが区別点となる.雌は未知.上記の標本は著者のひとり大塚が,吉崎一章氏とともに採集したもので,同氏の多年にわたるご協力に対し厚く御礼申し上げる.種名は同氏に献名したものである.
著者
平井 勇
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
やどりが (ISSN:0513417X)
巻号頁・発行日
no.33, pp.6-7, 1963-11-15
著者
田中 蕃
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
日本鱗翅学会特別報告 (ISSN:05495210)
巻号頁・発行日
no.6, pp.527-566, 1988-09-30
被引用文献数
7

1)ZELINKA&MARVAN(1961)が底生動物相による河川の水質汚濁度を調査するために開発した手法を応用し,蝶類群集を指標とする新しい環境評価の一方法を提示した.すなわち,群集を構成する種群とその生息数を調査し,これに種別生息分布度と指標価を導入した式によって環境階級存在比(ER)を算出する.本法による評価方法の特徴は,この式によって調査地内に不均質に分布する環境階級要素を抽出し,その比率からその地の環境を綜合的に判定するところにある.2)環境は,人類営力のかかわりの深浅によって,四つの階級に分類した.また,日本産蝶類各種がどの環境階級をどの程度選択して生息しているかによって「生息分布度」を提示した.ついで,この生息分布度の偏り方を基準として「指標価」を種ごとに定めた.3)1983年に愛知県猿投山において,本法による実践的な研究を行い,本法が環境の相観的な把握による評価とよく一致した評価を与えることを証明した.4)本法を既存の個体数調査資料を用いて,その汎用性と妥当性を検討した.その結果,ER値と環境階級の関係グラフに,環境状況に応じて一定の型があることがわかり,その特徴から環境判定のためのモデルグラフを提示した.これにより,評価を視覚的かつ直観的に行えるようにした.5)環境の判定に常用される優占度指数および多様度指数によって,本法の有効性を検定した.本法による評価はこれら指数とは整合的な関係にあり,生態学的な裏付けを確認した.6)精度については,まだ事例が少なく明確ではないが,既存資料を適用した場合の結果から考察すれば,環境の人工的改変が徐々に行われた場合のモニタリング的な評価方法としてはかなり有用と思われる程度と判断される.7)本法において誤差をもたらすと思われる諸要素(生息分布度,指標価,個体数補正,調査時刻,調査回数,個体数年次変動)について考察を加えた.8)水域という閉鎖系で成立したZELINKA-MARVAN法の陸域という開放系での適用について,諸々の問題点をあげて検討した.
著者
池田 比呂志
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
やどりが (ISSN:0513417X)
巻号頁・発行日
no.119, pp.9-13, 1985-03-10
著者
井上 武夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.63-64, 1997-06-15
参考文献数
3

ペルーでは,ミイロタテハ用トラップとして人糞,腐敗した牛血などを使用してきたため,雌が採集されることは極めて稀であり,Agrias beata beata f.beatifica Hewitsonの雌変異体は報告がない.著者はロレト州イキトス周辺での雌採集を目的に,1987年からバナナトラップの使用をひろめてきた.1996年10月14日に採集された雌A.b.beata f.beatificaは前翅長47mm,前翅表面基部と後翅中央に大きな青色斑が認められる(Figs 1,3).また,前後翅ともに緑色帯の内側には青色鱗粉が認められる.後翅の青色斑は1b室から3室および中室まで拡がり,緑色帯内側の青色とは連続していない.裏面後翅には基部から第3列黒色斑内側まで拡がる黄土色の斑紋が認められる(Fig.2).第4列からの黒色斑は痕跡として淡くなっており,A.b.beata f.beatificaの特徴を示している.後翅青色斑を伴う雌Agrias beataはペルー産として3変異体,ブラジル産として3変異体が報告されてる.ペルー産はともに山地性別亜種のもので,アマゾン低地のロレト州からは報告がない.本個体はマラニョン河下流のナウタ近郊ベサイダで採集された,初のA.b.beata f.beatifica雌変異体と考えられる.
著者
平田 将士 宮川 崇
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.187-201, 2006-06-30
参考文献数
10

Atrophaneura nox (Swaison, 1823)は,インドネシアのジャワ島から原名亜種が記載された.マレー半島からボルネオ,スマトラ,ジャワとそれらの島々の近辺の島嶼に至る広範な分方域を持ち,地理的変異が著しいことから,現在11亜種に分類されている.筆者らはそれらの亜種の再検討を行い,更にバニャック諸島とシンケップ島の2地域に産する個体群を新たに2つの亜種として記載する.また,既に記載されている11の亜種について,下記3点の変更を提案する.1点目として,海南島から記載されたA. nox hainaneusis Gu, 1997は記載図から判断する限り,A. varuna astrorion (Westwood, 1842)のシノニムである.2点目として,中部スマトラから新種として記載されたA. tungensis Zin et Leow, 1982は,♂の形状がA. noxの北部スマトラ亜種A. nox henricus (Fruhstorfer, 1898),同南部スマトラ亜種A. nox solokanus (Fruhstorfer, 1902)と殆ど差がないこと,この両亜種と分方域が重ならないことから,独立種ではなく,A. noxの一亜種と思慮する(A. nox tungensis Zin et Leow, 1982, stat. nov.).3点目としては,北ボルネオに産する個体群を西部ボルネオ産,南部ボルネオ産と区別して,新たな亜種とすることを提唱する.「ザイツ」の中でJordan (1910)は北部ボルネオの中に2つの型が存在することを記しており,1つはA. nox noctis (Hewitson, 1859)であり,もう1つは♂をf. noctula (Westwood, 1872),♀をf. strix (Westwood, 1872)としている.筆者らが実見している標本では,西部ボルネオからもたらされるものがJordanの示しているnoctisに合致するものであり,北部ボルネオ産♂がf. nocturに,♀がf. strixに該当する.また,亜種のnoctisの正確な原記載産地が筆者らにとっては「ボルネオ」以上に詳細には判らないことから,当報文では西部ボルネオ産にnoctisを充てる.更にWestwood (1872)によって同時に提唱された2つの名称については,地理的な相異に言及していないものの,既にFruhstorfer (1898)がnoctulaを種名として使用しているため,筆者らは北部ボルネオ産にnoctulaを充てることを提唱する.これらの所見をふまえ,筆者らはA. noxをnoxグループ,smedleysグループ,erebusグループ,noctisグループの4グループに大別し,各々のグループの特徴を考察した.なお,新たな2亜種の特徴は後述の翅りである. Atrophaneura nox hirokoae Hirata et Miyagawa, ssp. nov. (Figs 19-22) バニャック諸島に産する.バニャック諸島は,北部スマトラ島の西側に位置し,北をシムルエ島,南をニアス島に扶まれた,小さな島嶼群である.今回記載する新亜種は,このバニャック諸島中のTuangku島より得られたもので,筆者の所有する5♂5♀に基づいたものである.♂♀ともに近接する北部スマトラ産,ニアス産の亜種よりも,マレー半島産のものに近似した特徴を持つ.すなわち,スマトラ産,ニアス産と比べ,♂では翅表により強い金属光沢を持つこと,♀では翅表により強い金属光沢を持ち,前翅翅脈に沿った白化が前翅端部にとどまること,また,後翅の白化は外緑部のみで翅脈に沿って全体的に白化しないことで容易に区別される.マレー半島座と比較すると,♂♀ともに翅表により強い金属光沢を持ち,色調が強く青緑色を帯びる.♀では,特に後翅の光沢部がより広く発達し,翅脈に沿った部分にとどまらず,後翅全体に拡がる.また,前翅裏面の翅脈に沿った白化が全体的に拡がらないことで区別される.バニャック諸島は,マレー半島からはスマトラ島を隔てているにも拘わらず,こうした特徴を持つことはとても興味深い.なお,この亜種名hirokoaeインドネシアと日本との友好関係の樹立に尽力された,トヨタ自動車(株)取締役名誉会長豊田章一郎氏の令夫人である豊田博子氏に献名されたものである. Atrophaneura nox miekoae Hirata et Miyagawa, ssp. nov. (Figs 49-52) シンケップ島に産する.シンケップ島は,中部スマトラ島の東,リンガ島のすぐ南に位置する.地理的な位置はボルネオ島よりスマトラ島に近いが,今回記載した亜種はスマトラに産するものよりも寧ろ♂ではマレー産に,♀では南部ボルネオ産に近い特徴を持つ.すなわち,♂においてはマレー半島のように金属光沢を持ち,♀においてはスマトラ産と比べると金属光沢は弱く,後翅翅脈に沿った白化傾向が無いことから容易に区別される.南部ボルネオ産との比較においては,♀の前翅端部の翅脈に沿った白化によって形成される白斑が小さいこと(当亜種は前翅端にとどまるが,南部ボルネオ産は前翅表半分程度拡大する),後翅外緑部に顕著な白化部分があることで区別される.なお,この亜種名miekoaeは,筆者の1人,平田の妻実江子に献名されたものである.本報文をまとめるにあたり,貴重な標本の写真撮影を許可して下さった塚田悦三氏,平岡正之氏,内容についてのひとかたならぬご指導をいただいた吉本浩氏,種々ご教示いただいた矢後勝也氏,上田恭一郎氏,勝山礼一郎氏,報文作成にご協力いただいた,佐藤葉子氏,中野規子氏に心からお礼申し上げます.また,標本人手にご尽力いただいた,故大谷卓也氏に心より感謝するとともにご冥福をお祈り致します.
著者
井上 武夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.103-105, 1985-06-20

ペルー産のミイロタテハ属の雌は雄に比べ極めて数が少ない.他方,ブラジルでは雌雄ほぼ同数が採集されている.両者の相異は使用するトラップが異なるためと言われているが,それを実証した者はいない.著者は1984年9月24日から10月2日までブラジルでバナナトラップを用いて5♂,3♀のミイロタテハを採集し,同じ方法でイキトス,ティンゴマリアにて,A. sardanapalusとA.beataの雌を各1頭採集した.このような著者の経験から,ペルーにおいても従来いわれてきたような雌雄の著しい不均等は必ずしもないと考えられる.
著者
柴谷 篤弘
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.23-34, 1992-03-30

日本各地のミドリシジミ類については,各種について特異的な領域占有性活動時期が明らかにされている.そのいちじるしい特徴は,同時同所では通常一つの属のなかで2種またはそれ以上が活動することが見られないということである.例外はハヤシミドリシジミがウラジロミドリその他と共に活動することであるが,これらの2種では,領域占有性は弱いようである.日本海の対岸にも, Favoniusを主とするミドリシジミが多く分布し,日本に産しないものも近年記載されている(F. korshunovi Dubatolov & Sergeev, 1982 ; F. macrocercus Wakabayashi & Fukuda, 1985 ; F. aquamarines Korshunov & Sergeev,1987). 私は1988年夏沿海州の昆虫調査に参加して,いくつかの地点でFavoniusの活動を観察することができた.その一部は直接の採集によって同定することができたが,他は高い木の梢をめぐる飛翔のため,確認・同定ができなかつた.しかし飛翔の特徴,大きさのほか,時おりの卍飛翔によって,それらがミドリシジミ♂の活動であることは確実と思われる.この報告では同定した種についての観察結果を表2に示し,またそれに部分的にしか含まれていない観察を,図2-6に示した.後者は,ウスリースク北方20kmのGornotayozhnaya山地林業試験場附近(標高約170m)で2日間にわたっておこなった定点観察計数の結果である.その場所の写真は図1と図7に示される.ここでは大部分のFavoniusらしいチョウの計数は,直接採集によって確認したものでなく,理論的枠組みのなかでの解釈の可能性を与えるにとどまるものである.この結果を通じて,沿海州でのFavonius♂の日周活動は,日本での観察結果とほぼ一致することがわかった.とくに日本に産しないF. korshunoviと思われる種類で,日本のエゾミドリシジミF. jezoensis (Matsumara,1915)と同様,16時(日本時間)前後に活動することがわかった.この点で午前に活動するといわれるF. macrocercusとは別種であるようにおもわれる.ほかに, Gornotayozhnayaで早朝9時-11時(夏時間;同経度の日本時間にして7時-9時)に活動する未同定のミドリシジミがいるらしいことを見た.ほかにオオミドリ,ジョウザンミドリ,ハヤミミドリ,ウラジロミドリについては,日本の活動時間とほぼ一致するが,ジョウザンミドリは日本のものよりすこし遅れるようである.いずれにしても2種のFavoniusが同時同所で領域占有飛翔をするという積極的な証拠は見られなかった.Gornotayozhnayaの観察では, Favoniusのほかにすべてのチョウの定点での活動を記録し,図2-6にその結果を示した.この場所は尾根のモンゴリナラ林に沿った切りひらきで,特にチョウの多いところではないが,ここに示した結果で見ると,日本における選ばれた径路でおこなった最近の観察例よりも,明らかにチョウの数が多いことが示された.観察地点を離れた,流れに沿った平地では,チョウの数ははるかに多く,ソ連邦での観察例(Belyaevほか,1989)と比較しても,沿海州のチョウの個体数・多様性は,日本の標高の低い都市付近の緑地で一般に見られるよりは,ずっと高いと考えられる.この報告は,日本で知られていることを,立ちいって書きこんでいるが,これはもちろん海外の研究者に対して,同様な観察をよびかけるためのものである.日本で蓄積してきたこのような観察が,アジア各地はもとより欧米各地の報告にも見られないことは,「観察」が,理論負荷的であること,つまり結果を先どりする理論によって観察が生まれること,そしてこの理論は,うたがいもなく今西錦司によってはじめられた「棲みわけ」理論が,チョウの「飛びわけ」概念に拡張されたためであることを示唆する.これを今西理論が日本の生態学に正の寄与をしなかったのではないかとする,最近の論調のなかでどう評価していくかは,今後の発展次第であろう.
著者
広渡 俊哉 亀谷 計泰
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.85-92, 1999-03-30
参考文献数
13

コンオビヒゲナガ,Nemophora ahenea Stringerは,本州,四国,九州に分布し,成虫が7-9月に出現することが知られていたが,その生活史や配偶行動などについてはまったく不明であった.そこで,配偶行動を中心として飛翔活動の日周性・産卵寄主など,本種の生活史の一部を明らかにすることを目的として,兵庫県猪名川町の三草山,および和歌山県橋本市の玉川峡において調査を行った.三草山では,1997年7月11日,7月19日,7月23日の3回,玉川峡では,8月26日,8月30日の2回調査を行った.調査は原則として午後3時から日没まで,7月23日のみ日の出から日没まで行った.いずれの調査日においても,30分ごとに温度・照度を記録した.成虫,特にオスは日没前後,照度が500-8,000lxと薄暗くなってから活発に活動し,オスが群飛するのが確認された.玉川峡では,オスがイタドリ,ヌルデ,ヒメジョオンなどの花の約10-30cm上空で群飛するのが見られた.これまでヒゲナガガ科の配偶行動についての報告例は非常に少なかったが,三草山で7月19日と7月23日に本種の交尾に至る行動を観察することができた.今回観察されたのは,いずれの場合もオス1個体がヒメジョオンの約10cm上空でホバリングしているところにメスが直線的に飛んできて交尾が成立するというものであった.オスは,メスが約10cmのところまで接近すると,メスに飛びついて空中で絡まり,葉上に落下したときにはすで交尾に至っていた.コンオビヒゲナガでは飛翔中のオスが1個体でも交尾が成立したことから,本種にとって群飛をすることはオスとメスが出会うための必要条件ではないことが明らかになった.また,本種の寄主植物は知られていなかったが,玉川峡で8月30日にイタドリの花のつぼみに産卵行動をするメスが見られた.卵は確認できなかったが,イタドリは本種の寄主植物である可能性がある.Thornhill(1980)は,ケバエの一種にみられるオスの群飛は,メスが羽化してくる地面に近い場所を確保しようとするオス同士の闘争であると考えた.コンオビヒゲナガの場合,オスはイタドリやヒメジョオンなどの花をマーカーとしてメスとの出会いの場所として利用しており,群飛を形成するのはThornhill(1980)が観察したケバエの一種のようにその場所をめぐって争っている結果なのかもしれない.また,コンオビヒゲナガではオスの複眼がメスに比べて大きく発達しており,特に背面域の個眼が腹面域の個眼にくらべて大きかった.ホバリングするオスは地面に対して体軸をさまざまな角度に傾けており,地表から飛んでくるメスを発見するのにも背面域の発達した個眼を用いている可能性がある.また,コンオビヒゲナガのメスの複眼はオスに比べて小さいものの,群飛をしないとされるクロハネシロヒゲナガ(オスは単独で探雌飛翔をすると考えられている)のメスに比べて相対的に大きかった.コンオビヒゲナガのメスが,飛翔するオス,あるいはマーカーと考えられる植物のどちらに誘引されるかは不明だが,今回の観察からもメスはオスを視覚で発見していることが示唆された.
著者
井上 寛 佐々木 明夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.45, no.4, pp.245-250, 1995-01-20
参考文献数
13

日本で"ネグロフトメイガ"と呼ばれている個体群の中に2種が混じっていることは,数年前に小木広行氏によって発見され,これらについての調査を筆者らに委ねられていた.日本のネグロフトメイガには,長い間Lepidogma atribasalis (Hampson)の名があてられていた.この種はアムール地方及びアスコルド島産の複数の標本に基づき, Stericta属の1種として記載されたもので,六浦(1957)によってLepidogma属に移されていた.ベルリンにあるタイプ標本のうちの雌と,ロンドンにある同じラベルの付いた雄を検討した結果,これらのタイプ標本は六浦(1957)や井上(1959,1982,1992)がL. atribasalisとしたものと同じ種で,もう一方は新種であることが判明した.しかし, Stericta atribasalis Hampson, 1900は,オーストラリアのS. atribasalis Warren, 1895に先取りされたホモニムなので,本文で新名を与えるとともに, 1新種の記載を行った.またこれらの2種は,南ヨーロッパや中東のLepidogmaと同属でなく,広義のStericta属に入れるべきことも判明した.記載にあたり,その端緒となる知見を得られた小木広行氏のご慧眼に対して深く敬意を表する.また小木氏をはじめ,土井信夫,猪子龍夫,岩崎史郎,亀田 満,小松利民,間野隆裕,大倉 慎,清野昭夫,田中政行,梅津一史,山中 浩,山本光人の各氏からも,多くの標本や情報を提供していただいた.著者の一人佐々木は,望月 淳,根本圭介,吉松慎一の各氏から文献参照の上でご協力をいただいた.上記の方々に対して心から感謝の意を表する. Stericta kogii Inoue & Sasakiネグロフトメイガ 六浦(1957),井上(1959,1982)がLepidogma atribasalisとして図説したのはこの種である.外横線は前縁部で黒色点で表わされ,脈M_1かRsからCuAまでは外方に大きくふくらみ,以後外縁に平行するが,後半は黒色帯と重なって不明瞭.前翅長:♂7.5-8.5mm,♀7.7-9.0mm.♂交尾器. Valvaは幅広くcostaはそれほど湾曲しない;harpeは棒状で, valvaの基部から1/3付近のところから突出する;juxtaの上部は2叉し,骨化して顕著な棒状となり多数の鋭く短い突起を伴う;aedeagusは細長く,長さは中央部の幅の約10倍;cornutusは1本の細長い針状物.♀交尾器. Colliculumは骨化し大きな筒状, ductus bursaeとの接続部は強く括れる;ductus bursaeはごく細く,始めは膜状であるが長さの半分ぐらいから骨化し,強く曲がってcorpus bursaeに達する;signaは多数の骨片が集まった2個の円形紋.本種の雌雄交尾器は,井上(1992)によってすでに示されている.また,本種の食草として,中村(1970,蛾類通信63:45)は,東京都初沢山でオニグルミにっいていた幼虫から成虫を得たことを報告しているが,これが2種のうちどちらの方かは今後確かめる必要がある. Stericta flavopuncta Inoue & Sasakiミドリネグロフトメイガ(新称)前翅長:♂7.5-8.6mm,♀7.5-9.6 mm.外見上は前種とよく似ていて,時には区別が困難であるが,雌雄交尾器の違いは顕著である.前翅外側1/3を占める黒色帯はより狭く,淡いことが多い.したがって外横線はより明瞭,外方へのふくらみは少ない.外横線外側の淡色帯は前種に比べて明瞭,この淡色帯はしばしば後角付近で黄白紋を表わす.♂交尾器.Harpeは前種より長くvalvaの中央付近から突出する;juxtaの上半は2叉し剣状の突起を形成し,前種のような短い鋸歯状の突起物を欠く;aedeagusはより太く,長さはvalvaの長さとほぼ同じ;cornutiは10本ほどの短い刺状物の集まり.♀交尾器.Colliculumは骨化し大きなカップ状,いったん狭まったのち再び嚢状に膨らむ;ductus bursaeは膜状,前種に比べてより太く短い,微細な骨片を散布し次第に太くなりcorpus bursaeに至る.両種ともにロシア沿海州と日本(北海道,本州)に分布していることは,筆者らによって確かめられたが,四国,九州,奄美大島の記録にっいては,実物を再検討しなければ何れの種なのか決められない.おそらく本邦南部にはネグロフトメイガだけが生息しているものと推定される.
著者
日浦 勇 中筋 房夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.185-189, 1982-03-25

イチモンジセセリParnara guttataは,初秋に多数の成虫が一定方向に移動することで良く知られている.これまでに多数のナチュラリストによる移動の記録があり,これらは山下(1955),日浦(1973,1980)によってまとめられている.それによると,移動現象は北は福島から西は山口までの間にのみ観察され,この種が普遍的に分布する四国では唯1例の報告しかなく,九州と琉球列島にいたっては観察例は皆無である.本種の移動をめぐって,最近,個体群生態学や生理学の立場から新しく研究が行われているが(ISHII and HIDAKA,1979; ONO and NAKASUJI,1980;NAKASUJI et al.,1981),しかし,未だ多くの問題を残している.四国・九州・琉球地方では本当に移動をしていないのか,それとも移動はしているが何らかの理由で観察され難いだけなのか,を明らかにすることは,本種の移動の意味を考える上で非常に重要な問題である.そこで筆者等は1979年,西南日本各地の日本鱗翅学会会員221名と,大学農学部や農事試験場の害虫研究者29名の方々に,アンケートによる調査をお願いした.回答依頼内容は,(1)移動のみられた日付と場所,(2)天気,(3)時刻,(4)風向,(5)移動方向,(6)移動の規模で,7月25日に発送した.不幸にも1979年は,全国的にイチモンジセセリの移動は軽微にしか起らなかった年のようであり,回答も少なかったが,なお貴重な情報を含んでいるので報告しておきたい.はじめに,筆者等の要望を容れられ,わざわざ回答下さった次の23名の方々に厚くお礼申上げる.安部琢哉・福田正・行徳直巳・平尾重太郎・久川健・市川俊英・河合まり・小林義徳・栗林慧・宮原和夫・宮武頼夫・永井彪・仲盛広明・中村慎悟・岡部正明・住田紘・田中洋・竹東正・山野忠清・山下善平・矢田脩・淀江賢一郎・吉岡幸治郎の諸氏(ABC順).
著者
岡野 喜久磨
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
やどりが (ISSN:0513417X)
巻号頁・発行日
vol.2003, no.196, pp.2-18, 2003
参考文献数
39
被引用文献数
1

Alpheraky(1887) was named and described Parnassius przewalskii in letter only, without figure. Three years later, in Romanoff's "Memoires sur lepidoptere, vol.5", he(1889) published the pictures of type specimen in monochrome. Recently, however, I was discovered Romanoff's "Memoires sur les lepidoptere, vol.5" with hand-coloured pictures. Comparing the handcoloured picture of Parnassius przewalskii TYPE with already published pictures as Parnassius prezewalskii or Parnassius acco prezewalskii. As result, the Topotype pair collected in the year 1884, preserved in Leiden Museum have closed resemblance with type specimen picture. Further, I investigate type locality of the species after detailed examined the 4th Expedition of Przewalsky, I think it is altitude 4,600m near the pass Байбучи N34℃ 45' E97°55' in Bourkhane Bouddha Mts.
著者
加藤 義臣 矢田 脩
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.171-183, 2005-06-20
被引用文献数
2

Brown and yellow types in the forewing fringe color in the so-called "Eurema hecabe (L.)" show sympatric distribution on Okinawajima Island in the Ryukyu Islands and occurrence of their characters is closely linked with seasonal wing morph expression and host plant use (Kato, 2000a, b). Further, these sympatric types are sexually isolated at the level of behavior (Kobayashi et al., 2001). In the present study, distribution pattern of these two types was investigated in southwestern Japan (16 sites) and Taiwan (3 sites) and their taxonomic status was reevaluated. In Amami-Oshima, Kuroshima, Kumejima, Taketomijima, Iriomotejima and Yonagunijima Islands, only the brown type was found while in Kagoshima-shi, and Okinoerabujima, Yoronjima and Tokashikijima Islands, only the yellow type was seen. Sympatric distribution of the two types was found in Tokunoshima, Okinawajima, Miyakojima, Ishigakijima and Haterumajima Islands, and Taiwan. The fringe color type was linked with seasonal wing morph expression and host plant use in all populations, as shown in previous papers (Kato, 2000a, b). These results strongly suggest that the two types have differentiated at the species level. The examination of the lectotype of Papilio hecabe Linnaeus, 1758 revealed that it was the brown type. Based on these, we here propose that the yellow type butterflies belong to a different species, Eurema sp.
著者
橋本 里志
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.111-123, 1984

Alucita属は広く全世界から知られ,100種以上の記載種から成る大きな属である.従来,わが国からは3種が知られていた.うち2種,ヤマトニジュウシトリバ(Alucita japonica)とアヤニジュウシトリバ(Alucita flavofascia)は日本からのみ知られ,残りの1種,ニジュウシトリバ(Alucita spilodesma)は東洋区を中心に分布している.今回,琉球列島から得られた2新種を記載すると共に,Alucita属の記載ならびに既知種3種の交尾器を図示し簡単な説明を与えた.また,日本産Alucita属を成虫の形質に基づいて,次の2つのグループに分類した.グループA:単眼を有すること,前翅のSc脈は基部より遊離すること,雄後翅にanal foldを持つことによって特徴づけられる.A.pusilla, A.japonica, A.spilodesmaの3種が含められる.グループB:単眼を欠くこと,前翅のSc脈とR1脈は基部あるいは基部から1/3の所で融合すること,雄前翅にcostal foldを持つことによって特徴づけられる.A.straminea, A.flavofasciaの2種が含められる.Alucita pusilla HASHIMOTOは白地にオリーブ色の斑紋を持つ,開張およそ7mmの小蛾である.本種は雄交尾器において,ヤマトニジュウシトリバ(A.japonica)に似るが,成虫の大きさによって容易に区別される.分布:西表島.Alucita straminea HASHIMOTOは成虫の色彩において,アヤニジュウシトリバ(A.flavofascia)に似るが,アヤニジュウシトリバから,頭部にオレンジ色の帯を持たないこと,前後翅に褐色を帯びた紫色の斑紋を欠くことにより区別される.分布:石垣島,西表島.
著者
福田 晴夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
やどりが (ISSN:0513417X)
巻号頁・発行日
no.175, pp.36-38, 1998-01-31

鹿児島県栗野町が「昆虫採集禁止条例」を公表し,鹿児島県の「霧島彫刻ふれあいの森」建設予定地の関わりでウスイロオナガシジミの生息地(カシワ林)の破壊が心配され始めたのは1995年の夏であった。本学会は「昆虫採集禁止条例の見直しを求める要求書」を1996年6月1日付けで栗野町長へ送付し,文書での回答を求めたが,現時点での返答は来ていない。この問題点や経過について筆者は本誌164号などに報告する一方,公表された多くの関係文献を県や町,報道機関などにもその都度送付しておいた。あれから2年,何がどうなっているか,編集部の依頼で,本学会会員はもちろん,行政や土木業者や一般県民,町民の方々にも読んでいただくことを念頭に置いて,ちょっと気は重いが駄文を草することにした。
著者
MURAYAMA SHU-ITI
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.66-68, 1959-11-15

著行は本文で台湾産コモンタイマイ及び5種の蝶類異常型の記載を行った.これらの材料は土として陳維寿氏の提供にかかるものでここに謝意を表する.コモンタイマイについては原種とみられる手もとのインド・アッサム産(Fig.3)や南シナ産の標本とくらべると,前翅表面1b室の中央1a脈に接して存在するやや矩形の緑色紋が基部の側に向ってこれに近く存在する,より小形な緑色紋と相融合する傾向をもつことが注意される.融合しない個体では,細い黒線で2つの紋が境され,原種の様に全く離れることはない.この点がもっと多くの個体で確認されると台湾の本種は地方型として分離出来るだろう.但し梅野氏(Zephyrus,5:247-248)が指摘された台湾産の本種は後翅の尾状突起が原種程長いものはないという点は,必ずしもすべての個体にあてはまらない.写真でみるように,♂には短い個体はあるが,♀は長く,♂でも♀と同様のものもあるから,これは固定した特徴となし難い.次にシロオビアゲハについては私はさきにNew Ent.Vol.7,No.1(1958)で応♂2異常型を記載したが,今回は2♀♀1♂を記載する。元来♂♀共に多型の種でこれらにすべて命名の必要があるとは思わないが,顕著なものにはある方が便利だろう。♀-ab.scintillansのTypeでない方の個体は一応同系列の異常型としたが,色彩は非常に趣きを異にし,中室端及び第2,3,4室基部の白紋は橙黄色をおび,これに続く赤紋及び第1室の長大な赤紋は紫白色をおび,後翅全体として赤紋はえび茶色を呈するが,裏面も同様赤紋に著しく紫白色鱗を交える.
著者
Gorbunov Oleg G. 有田 豊
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.46, no.2, pp.69-90, 1995-06-20
被引用文献数
6

スイス,ジュネーブの自然史博物館に保管されているスカシバガと著者たちのスカシバガ,さらにフランス,パリの自然史博物館のTinthia spilogastra Le Cerf,1916とSynanthedon duporti Le Cerf,1927のタイプ標本を調査した.本報では,1新属と7新種を記載し,2既知種(1新記録種を含む)を記録した.これでベトナムから22種類のスカシバガが記録されたことになる.Tinthiinae Le Cerf Tinthiini Le Cerf 1.Tinthia spilogastra Le Cerf,1916(Figs 1,17)ビルマ(ミャンマー)から記載された小さな種で,今回1♀をベトナムから新しく記録した.Similipepsini Spatenka,Lastuvka,Gorbunov,Tosevski&Arita 2.Similipepsis bicingulata sp.nov.(Figs 2,12a-d)日本産のコシボソスカシバに非常に良く似ている種で,1♂が知られているのみである.Sesiinae Boisduval Sesiini Boisduval Cyanosesia gen.nov.中型のスカシバガで,♂の触角の繊毛は非常に短く,前翅は細長い.♂ゲニタリアはEusphecia,Scasiba,Sesia属などと非常に異なる.Type species:Cyanosesia tonkinensis sp.nov.3.Cyanosesia tonkinensis sp.nov.(Figs 3,11,13a-e)Paranthrene zoneiventris Le Cerf,1916に良く似るが,後翅の中室紋やCu_1の位置などで区別できる.4.Cyanosesia vietnamica sp.nov.(Figs 4,18)前種に非常に良く似るが,腹部背面第4節と5,6節後縁が橙黄色なので区別される.Osminiini Duckworth&Eichlin 5.Aschistophleps xanthocrista sp.nov.(Figs 5,14a-c)後脚の長い特異な種で,同属のA.ruficrista(Rothschild),A.cruentata Swinhoe,A.haematochrodes Le Cerf,A.lampropoda Hampson,A.metachryseis Hampsonなどとは前後翅,腹部,後脚などの色彩で区別される.Synanthedonini Niculescu 6.Synanthedon aurifasciatum sp.nov.(Figs 6,19)腹部第4節背面に赤橙色の帯をもつ種で,1♂のみで記載した.7.Ichneumenoptera duporti(Le Cerf),comb.nov.(Figs 7-8,15a-e,20)この種はすでにLe Cerfによって1927年にベトナム,トンキンから記載されている.著者の一人(Gorbunov)は今回新たに日本産のホウロクイチゴに極めて良く似ているキイチゴ属の1種から本種の幼虫を見いだした.幼虫は食草の地上1m位の所に少し膨らんだゴールを形成し,3-5cmの短いトンネルを作っている.3月1日に採集した幼虫は4月15-21日の間に6♂12♀羽化した.8.Ichneumenoptera vietnamica sp.nov.(Figs 9,16a-e)この属の他のおおくの近似種に似るが,腹部の帯の色彩で区別される.9.Ichneumenoptera caudata sp.nov.(Figs 10,21)前種同様近似種がおおく,前翅前縁部,腹部の色彩で区別される.前種と共に食草や生態は不明である.