著者
長谷川 公一
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.104, pp.9-36, 2020-02-21 (Released:2021-09-24)
参考文献数
28

一九六八年と二〇一八年の五〇年間の社会運動の変化と連続性をどのように捉えるべきだろうか。韓国と台湾の場合には、独裁体制から民主化運動へ、複数回の政権交代へ、近年の脱原発政策への転換の動きなど、きわめてダイナミックな変化が見られる。アメリカ・フランス・ドイツなどでも、一九六八年前後の学生運動は、その後の政治のあり様に大きな政治的影響力を持っている。 しかし日本の場合には、社会変革的な目標達成を志向するタイプの運動は、政治的機会構造の閉鎖性や社会運動の資源動員力の〈弱さ〉、フレーミングの難しさなどに規定されて、政治的目標達成に成功しえた事例に乏しい。政権交代も少なく、しかも政権交代にあたって社会運動のはたした役割は非常に小さい。社会運動出身者の政治リーダーも乏しい。 日本の社会運動研究は、このような現実を直視し、いかに克服すべきかを社会学的に提示していく必要がある。
著者
小杉 亮子
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.104, pp.37-61, 2020-02-21 (Released:2021-09-24)
参考文献数
32

本稿の目的は、世界的な社会運動の時代としての〝一九六八〟をめぐる議論のなかで運動の脱政治化が起きていることを指摘し、脱政治化を回避しうる社会運動論の方向性を探究することにある。日本の〝一九六八〟にかんする議論では、新しい社会運動論が硬直的な社会運動史観として定着したことによる運動の政治的次元の縮減と、マクロな社会構造から個別の社会運動を論じるという、新しい社会運動論の性格に由来する運動の脱政治化が生じていた。そこで本稿では、〝一九六八〟の社会運動を脱政治化させずに、社会運動が敵手とのあいだにつくりだす敵対性と、そうした敵対性を創出する運動参加者の主体性を十分に描き出すひとつの方法論として、生活史聞き取りを提示する。具体的には、生活史聞き取りにもとづく〝一九六八〟分析の一例として、一九六八〜一九六九年東大闘争の分析を示す。東大闘争では、一九六〇年代の社会運動セクターの変動を受け、望ましい学生運動のありかたをめぐって、政治的志向性を異にする学生のあいだで敵対性がつくりだされた。学生たちは社会主義運動の可能性と限界をめぐって厳しく対立し、その対立は予示的政治と戦略的政治という運動原理が対立する形をとった。
著者
青木 聡子
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.104, pp.63-89, 2020-02-21 (Released:2021-09-24)
参考文献数
19

本稿では、長年にわたり展開されてきた住民運動、なかでも名古屋新幹線公害問題をめぐる住民運動を事例として取り上げ、運動を続けざるを得ない現状を検証し、運動の終息に向けた課題を検討する。名古屋新幹線公害問題では、国鉄(当時)との和解成立(一九八六年)から三十年以上を経た現在も、原告団・弁護団が活動を続けている。こうした住民運動の長期化によってもたらされたのは、運動の負担が、原告団のなかでもいまだ運動に従事し続ける少数のコアメンバーに集中するという事態である。JR側の担当者が数年で入れ替わるのに対して、原告団側は、その数が減りはしても、増えることも新しいメンバーと入れ替わることもない。原告団とJRとのあいだには、部分的な信頼関係ができつつあるものの、原告団にとってJRはいまだに、「何しよるかわからん」相手でもあり、住民運動をやめるわけにはいかない。この長期化した住民運動の幕引きには、行政による積極的な介入が必要であり、本稿の事例では、原告団が描く幕引きのシナリオは、住民運動が果たしてきた役割を名古屋市が担うようになるというものである。だが、実際には名古屋市による積極的な取り組みは特定のイシューにとどまり、継続性も懸念される。発生源との共存を強いられる人びとの苦痛や負担を和らげ、少数の住民に負担が集中する住民運動を軟着陸させるためには、いまだ制度化されざる部分の制度化が必要である。
著者
野宮 大志郎
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.104, pp.119-143, 2020-02-21 (Released:2021-09-24)
参考文献数
21

構造論的アプローチと行為論的アプローチは、ともに社会運動現象の解明に利用される接近方法である。これらのアプローチは、社会的構築物からの視点と個人や活動家の視点として分類され、現在まで、対局にあるものとして議論されてきた。またそれゆえに二つのアプローチの「統合」の可能性についても、しばしば議論がなされてきている。本稿では、この二つのアプローチを繋ぐ方法として「融合」を提案する。そして、融合がなされうる研究方法として、社会ネットワーク論からの接近と集合的記憶概念を用いた接近の二つを提案する。
著者
寺田 征也
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.103, pp.45-71, 2019-10-16 (Released:2021-10-24)
参考文献数
27

本稿はプラグマティズムの政治思想における二つの流れ――民主主義論とアナキズム論――の検討を通じて、今日の民主主義論に対する貢献可能性について考察する。 プラグマティズムにはR・W・エマソン、J・デューイ、R・ローティらによる民主主義論の伝統がある。かれらは、公衆間での協働と対話の文化、そして科学的な態度と文化の涵養を重視している。他方で、H・D・ソローや鶴見俊輔によるアナキズム論の系譜は、法に抵触することであっても自らの私的な信念に基づく正しい行為が、他者との協働的な社会運動への呼び水となることを論じる。そしてこの二つの流れを架橋し、プラグマティズムの政治思想を深める可能性を持つのが、C・ウェストによる「預言的プラグマティズム」である。 今日の政治状況は「反省か、抵抗か」「上か下か」といった選択が強いられているが、私的なものに依拠した下からの抵抗可能性を、プラグマティズムのアナキズム論は持つ。
著者
上田 耕介
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.103, pp.73-93, 2019-10-16 (Released:2021-10-24)
参考文献数
9

英国のEU離脱、トランプ政権の誕生などの動きに対して、それを非合理な反動と見るリベラル左派から、盛んに批判が行われている。しかし本稿は、これらの動きが合理的であると論じていく。そのために本稿は、ロバート・ダールの晩年の論考を手がかりにする。それは、移民の増加と、国際組織の影響力増大、国民国家の弱体化に関するものである。 ダールによれば、①移民は民主制にとって厄介な問題を引き起こすため、移民を無制限に受容すべきでない。②国際組織は非民主的であり、民主化する見込みもない。③国民国家が近い将来消滅することはなく、国民国家の民主制が機能するためには、ナショナリズムが欠かせない。 こうした議論からすれば、近年の「極右」台頭は、当然の帰結であり何ら驚くべきことではない。それをもたらしたのは新自由主義者とリベラルの連合である。かつてのポランニや近年のトッドが、ダールと同じ方向で議論を展開している。
著者
鈴木 健之
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.103, pp.95-114, 2019-10-16 (Released:2021-10-24)
参考文献数
29

本論は、ジェフリー・アレクサンダーの一連のアメリカ大統領論を手がかりとして、アメリカにおけるユニバーサリズムの理論的・実質的意義を探ろうとするものである。アレクサンダーは「アメリカン・ユニバーサリズム」の信奉者であり、師のタルコット・パーソンズと同様、ユニバーサリズムのさらなる普遍化(一般化)に志向するという点において、「機能主義的伝統」の正統な継承者である。ユニバーサリズムの対極にあるパティキュラリズムは、ユニバーサリスティック・パティキュラリズムである限りにおいて正当化されるものであり、一九六〇年代以降のアメリカにおける公民権運動に代表される「新しい社会運動」はユニバーサリスティック・パティキュラリズムの典型として論じられている。機能主義的伝統において、このアメリカン・ユニバーサリズムを最もよく体現している人こそ、アメリカの大統領であると論じられる。 まず、アレクサンダーの「大統領の社会学」の成立と展開をみていく。次に、パーソンズが取り出した「ユニバーサリズム」と「パティキュラリズム」という二つの社会的価値(パターン変数の一組)を用いながら、アレクサンダーの「オバマ主義」をトランプの視点から相対化する作業を行いたい。そして「オバマ主義」と「トランプ主義」を超克する途をパーソンズの「価値の一般化」の議論に確認し、アメリカ社会(学)の未来を展望することで結論としたい。
著者
板倉 有紀
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.103, pp.115-137, 2019-10-16 (Released:2021-10-24)
参考文献数
18

本稿では、近年保健行政で用いられる「ソーシャルキャピタル」に注目し、被災地における行政と専門職らの協働におけるソーシャルキャピタルの内実について、コミュニティカフェの事例から検討する。岩手県陸前高田市は、行政レベルで、外部支援者の保健師と医師の協力のもと、「ソーシャルキャピタル」を明確に意識した取り組みを行っている。震災後の社会状況や文脈において、その理念に適合的なかたちでコミュニティカフェが、市内の医療専門職らにより運営されるようになった。その運営の基盤には結合型のソーシャルキャピタルというよりも、職業やPTAといった橋渡し型のソーシャルキャピタルが活かされていた。コミュニティカフェの利用者らもその利用を通して健康増進に必要な様々な資源にアクセスしていることが分かった。被災という文脈において、行政と地域の医療専門職らが偶然にも協働しあう基盤が構築された一つの事例として位置づけられるとともに、地域の医療専門職の専門性という観点からみると、事業立ち上げを含む地域保健への介入と協働という点で地域づくりへの積極的関与ということが、震災前の通常の専門性とは異なることが示された。
著者
庄司 貴俊
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.103, pp.165-187, 2019-10-16 (Released:2021-10-24)
参考文献数
6

本稿では、原発被災地で農業をやめた人びとが、農地に対して継続的に働きかけ、農地の外観を保とうとする理由を明らかにする。本稿が対象とした集落の農家は、原発事故の影響により、農業から離脱せざるをえなくなった。その上、人びとは再開の意志すらもっていない。けれども、生産活動をしないと決めた農地でも、農家は農地を荒らさないようにと、その手入れを続けている。その背景には、農地を荒らすことなく、互いに認め合うことで、集落の農家たちと同じ立場に居続けたいとする考えがあった。以上から、農地の手入れを続けその外観を保つことは、事故前の社会関係を取り戻す行為になっていると考えられる。集落内における社会関係という視点から考えた場合、人びとが事故前の生活を取り戻す上で、農地の外観を保つことは重要な要素であることが、本稿では明らかになった。
著者
牧野 友紀
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.102, pp.9-33, 2018-12-28 (Released:2021-11-24)
参考文献数
14

東北地方太平洋地震および東京電力が起こした福島第一原子力発電所事故は、東北地方の太平洋岸の農山漁村に広大かつ甚大な被害をもたらした。農村社会の縮小という日本社会の転換期に、毀損した生業を復活させ、家の継承や村の生活協同関係を保持していくことは至難の業であるといわざるを得ない。住民に「村おさめ」を強制することなく、そうした生業と生活の体系を取戻していくことは、いかにして可能なのだろうか。本稿はこうした問題意識のもと、福島県沿岸地域の被災農村で、グリーン・ツーリズムを手がかりとして農のある生活を再生させようと奮闘している農村女性たちの活動に焦点を当てインタビュー調査を実施し、考察を行った。 その結果以下のことが明らかとなった。原発事故によって商品としての農村空間が毀損され、農家民宿としての機能が果たせない状況の中で、女性たちは、宿泊先を確保できない「よそ者」たちに対して、宿としての原初的なサービスを以って懸命に応対した。こうした行動がきっかけとなり、南相馬の農家民宿は、震災と原発事故の復興に関わる人々の後方支援のベースとして新たな機能を持つことになる。彼女たちは復興支援の宿主としての役割を果たしつつ、グリーン・ツーリズムの再生に取り組み、南相馬の住民たちを巻き込みながら藍の特産品作りに励んでいる。こうした工芸作物による地域の再興は、これまで過去の農家が行ってきたことを新たな形で復活させる試みであるといえ、自らの地域が保持すべき「農村らしさ」の実践として理解することができる。
著者
江頭 宏昌
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.102, pp.35-63, 2018-12-28 (Released:2021-11-24)
参考文献数
19

在来作物は戦前、全国どの地域でも当たり前に栽培され利用されていたが、戦後、生産性や市場価値の高い商業品種が登場すると、次第に姿を消していった。しかし二〇〇〇年ころを境に、再び全国で在来作物が見直されるようになった。筆者はそのころから、山形県の在来作物に関する調査研究や保全活動を始め、さまざまな業種の人々と関わってきた。本稿では、まず在来作物とは何かについて説明し、近年の山形県では在来作物をめぐるどんな動きがあったのか、人々が在来作物の栽培をやめたり、存続・復活したりする選択にはどのような要因が働いたのか、今後の課題について記述した。在来作物の消失には生産性や経済性を追求する価値観が働いた一方で、完全な消失をくい止めたのは、在来作物の美味しさや他者を喜ばせたいといった想いであることが分かった。さらに消失から復活に向かった背景には、お金に代えられない自然や地域や人とのつながりを重視する価値観が訪れたためと考えられた。
著者
中川 恵
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.102, pp.65-92, 2018-12-28 (Released:2021-11-24)
参考文献数
19

日本の有機農業運動研究は、生産者と消費者による取引と信頼の規範を明らかにすることをつうじて、有機農業が農法の変更であるのみならずライフスタイルに対する挑戦であったことをあきらかにしてきた。オルタナティブ・フード・ネットワークス研究も同様の問題関心をもち、Community Supported Agriculture(CSA)や農産物直売所、地産地消などの取り組み事例をもとに、食の工業化の問題点を浮き彫りにしてきた。しかし、これらの研究では野菜や穀物を中心とし、生産者と消費者が直接にかかわりあう実践のみに注目が集中してきた面がある。だが、生産者から消費者に直接取引される経路は部分的であり、野菜や穀物などを生鮮品として消費する機会もまた限定的である。「農と食」にかんする技術や経路の変化をとらえるためには、フード・システムの他の対象に対しても関心を払うべきではないか。 本稿は、岩手県旧山形村の日本短角牛生産農家を中心とした共同購入グループの活動に焦点を当て、とくに調理師、精肉業者、加工業者などフード・システムにかかわる専門的アクターが活動の展開をサポートしていることを明らかにした。「農と食」にかかわる社会運動の見取り図とその変化をとらえるためには、生産者および消費者だけではなく、関連する専門的アクターへの調査が必要である。
著者
山田 佳奈
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.102, pp.93-122, 2018-12-28 (Released:2021-11-24)
参考文献数
28

作物遺伝資源をめぐるイシューは、世界的に取り上げられるようになって久しい。しかも、このイシューは知的財産権や新品種の育成者権、「農業者の権利」をはじめ、先住民族の権利や、全ての人間が持つとされる「食への権利」といった多様な権利を含みこみつつ、議論が展開されてきた。特に戦後の国際社会では、グローバル化の進展に伴い、知的財産や環境分野など国を超えたルール化の必要に迫られてきた経緯があり、作物遺伝資源についても各領域相互の調整が要請されてきた。果たして、複雑さを増し続けるこの現代的イシューには、何が進行しているのだろうか。 本稿では、こうした問題意識から、現状をより包括的に捉える視角として、国際政治学等において議論されてきた「レジーム・コンプレックス」概念を手がかりに、作物遺伝資源の取り扱いに関わる国際的な諸制度の変遷をまず整理した。その際には先行研究で示された四つの基本レジームに則りながら、知的財産・貿易・環境・食と農に関わる領域の制度変化を概観し、この中で立ち現れる「権利」の諸相から、特に「人権」規範の浸透を確認するとともに、「作物遺伝資源レジーム・コンプレックス」の再定位の試みとして、より根本的な「権利レジーム」を提示した。さらに、現代の作物遺伝資源イシューにおける権利主体の布置状況の描写を試み、現代において進行してきた事態として、「権利主体化」の進行を指摘した。
著者
小林 博志
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.102, pp.123-146, 2018-12-28 (Released:2021-11-24)
参考文献数
11

本稿は、農協婦人部の機関誌的存在であった雑誌『家の光』を通して、農村での家事テクノロジーシステムの成立について考察する。家事テクノロジーシステムとは、工業製品で構成された家事労働のための道具集団を意味する。水道普及率の低さから農村に残存した「水汲み」という家事労働では、戦前からの農事電化を背景に普及した配電システムを前提に、一九五〇年代中頃から導入された電動ポンプが、新たな給水システムを成立させる。この成立を前提に一九六〇年代初めから普及が加速する洗濯機の導入により、新たな洗濯システムが成立する。既存のシステムを前提とした「モノ」の導入が新たなシステムを成立させることで、次の「モノ」の導入を促す。このシステム成立の連鎖により「モノ」が普及していく。規格化された工業製品が、都市と同様に農村にも普及することで、双方の生活者の中に「世間の標準」という共通の生活意識が形成される。それは、都市と農村が共有しうる「人並み」という生活水準意識の形成であり、今日の格差問題を「問題」として認識する原型となる。
著者
相澤 出
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.102, pp.147-169, 2018-12-28 (Released:2021-11-24)
参考文献数
18
被引用文献数
2

本稿は、症例レベルでの医師の実践、他職種との連携に着目し、医療過疎地域における地域ケアシステムの展開過程と、それを可能にした条件を検討したものである。事例は、宮城県登米市における医師の実践であり、ターミナル期の症例におけるショートステイの活用に注目した。調査から、療養場所の確保が困難な患者への対応に始まり、家族の介護負担の軽減、患者と家族の生活の成り立ちの支援など、多様な事例の経験の積み重ねを通じてショートステイの活用の幅が拡がり、医療過疎地域におけるターミナル期の療養の場のひとつに位置づけられるまでの過程が明らかになった。そこには医師が患者と家族の生活の質(QOL)にこだわりつつ、地元で在宅の看取りを可能にする条件を模索する試みがあった。その模索のなかで、事例が内包した困難があえて引き受けられ、これが契機となり、制度のブリコラージュ的な活用がなされた。これにより、制度の柔軟かつ当地域での前例のない転用というかたちでの創造性の発揮と困難の克服がなされ、そこから多様な事例への適用が進んでいた。同時に、こうしたターミナル期のショートステイの活用を可能にした諸条件も確認された。こうしたケアの現場での創造性の発揮が、地域ケアシステムの自己組織的な形成、機能の向上の契機のひとつとなっている。
著者
俣野 美咲
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.102, pp.171-191, 2018-12-28 (Released:2021-11-24)
参考文献数
30

本稿の目的は、若年期における親への経済的援助に対する出身階層の影響について明らかにすることである。近年、親に対する経済的援助を行う者が増加しており、二〇代や三〇代の比較的若い層においても、四〇代以上の中年層と同程度に親への経済的援助を行っている。近年の若年非正規雇用の拡大などをふまえると、自身の人生の基盤を確立する時期である若年期に、親を経済的に支援しなければならないことの負担はより一層大きくなっていると考えられる。そこで本稿では、先行研究では十分に検証されてこなかった出身階層の影響に着目し、「全国家族調査(NFRJ)」のデータを用いて、若年期の親への経済的援助について分析を行った。その結果、父親が高学歴である者は、若年期に、親に対して一方的に経済的な援助を行う状態になりにくいことが示された。つまり、生まれ落ちた家庭が高い階層的地位にある場合、本人も高い社会経済的地位を獲得しやすく、親も経済的に安定しているため親の生活費の援助などを負担しなければならない状況にはなりにくい。その一方で、出身階層が低いと、自身が高い社会経済的地位を達成することのハードルは高くなり、労働市場において不利な立場に陥りやすいうえ、親に対して一方的に経済的な援助をしなければならない確率も高くなる。このように、ライフコースのさまざまな側面で出身階層による不利が集積し、挽回が困難となっていることがうかがえる。