天翔 (@Tensyofleet)

投稿一覧(最新100件)

遮浪甲板船とは、『常設閉鎖装置を備えざる甲板口』を持ち、上甲板(測度甲板)を一段下げて船の容積を小さくするもの。 https://t.co/sAUdyjFKtt https://t.co/NHY3hw5io6
タービン船の公称馬力はほぼ缶に依存するので、摩周丸や石狩丸みたいに姉妹船よりより明らかに出力が低いのは、造船所が違って缶の受熱面積が異なる為なんだろうな、と>RT続き https://t.co/VW6KpKIrri https://t.co/ceoSzKAKDU
赤の出典は多分この辺り。 https://t.co/RbYWhlpmBR https://t.co/lx07BdQgWR
さて、宗谷丸主缶の制限圧力は14kg/cm、低圧気筒は2(三連成3気筒×2基)、低圧気筒の直径は1,450mm、行程は1,100mm、機関の受熱面積は1,030.4m^2です。 https://t.co/mPVx3MSAOU https://t.co/rRKekipFtl
ではここで公称馬力の算出をしてみましょう。ちょうど稚泊連絡船の宗谷丸(三連成往復動蒸気汽機)が、計算に必要なデータがそろっているのでいいですね。まず計算式はこちら。 https://t.co/ozZ2N9p3tV https://t.co/UK4e9cFkua

7 0 0 0 OA 最新漁船図集

このサイズくらいまでは焼玉エンジンが載っている感じだなぁ https://t.co/GQblqB9ey1 https://t.co/GdqN2EzBKr

20 0 0 0 OA 漁船建造必携

RT @Tensyofleet: https://t.co/ZzWmW1DwFu https://t.co/LNmlPkuWUZ
第五福竜丸エンジンの保存処置について https://t.co/Bp2PuwHAX7
@mitsuki 改装前後ともヽ(´ω`)ノありました なんか変なタービンだな、と思ったのです。 J-STAGE Articles - 日本の舶用蒸気タービン発達史 (1945年まで)… https://t.co/bckwRexr8G

8 0 0 0 OA 新海事法令集

戦時標準船1D型が1,900総トン、戦標2Dが2,300総トン、2TMが2,850総トンですね、ハイ。 「航行区域」は戦前の「船舶安全法施行規則」に定められていて、今も変更はない筈。 https://t.co/iYkCSyGSwE https://t.co/67rrNrt5s5

8 0 0 0 OA 官報

これが「船舶資格定員表」なのだけれども、昭和19年改正で、機関士も『公称馬力』ではなく「総トン数」を基準にすることになった。表も随分すっきりした。 https://t.co/xxQEdUSm5P https://t.co/dh8CGH8ade
3)昭和19年改正前の船舶資格定員表。乗組員はこの要件を満たす必要があった。例えば、「近海区域」「総トン数二千トン未満」だと船長:乙種船長免状(1名)、一等運転士・二等運転士:乙種一等運転士免状(各1名)の乗船が必要。… https://t.co/MPBddkuAWo

8 0 0 0 OA 官報

最後となった昭和19年改正では、下記の三点が大きく変わっている。 1)「運転士」の名称が「航海士」に、無線通信士を追加 2)海技免状の種類を整理・削減 3)船舶資格定員表の改正 https://t.co/6ljWk1e5G6 https://t.co/8t5V2EE5nj
@mitsuki だいじょうぶ、日本の「公称馬力」もヤードポンド法ベース! https://t.co/rGbtzyx28L https://t.co/ZPoHrjU3lp

6 0 0 0 OA 日本船名録

記録としてはこれくらいしか残っていないので、汽缶圧力100ポンド/インチ、二連成往復動蒸気機関(復水器あり)1基、としか分からない。公称馬力18馬力から逆算して、1気筒あたりの直径は平均16インチくらいになるのではなかろうか。 。… https://t.co/EEd516lcGV

10 0 0 0 OA 漁業者便覧

@jamnekodd @minelayer11 こちら農林省馬力でやんす。意味合いは敷設艦氏のおっしゃるとおり、補助とか助成とかに絡むものですね。 https://t.co/j5p0gArtgV https://t.co/w4O6aD8mEr

25 0 0 0 OA 南極記

当時の人がそう書いてしまっているのだけれども、このサイズで18軸馬力はないだろう。 https://t.co/iVjqVEe7oy https://t.co/4x0TzbP2kj
余談ですが、陸上設置のボイラーには「ボイラーの馬力」として「公称馬力」が設定されていたりもします。これも意味合いとしては同じで、必ずしも実態を表していないもの。 https://t.co/ioOD0nqb6p https://t.co/4IFMdLhiyE
この「公称馬力」、船舶機関士の免状の要件だったりもするので中々廃止されなかったのだけれども、昭和19(1944)年の船舶職員法の改正で、船長と機関長、および追加になった通信士のすべての要件が「総トン数」によるものになったのでようや… https://t.co/dEeKPqzsfP

10 0 0 0 OA 漁業者便覧

この「公称馬力」が各種法令に用いられていたのだけれども、時代が下るにつれ、石油発動機だの焼玉機関だのディーゼル機関が登場するので新たに修正が入ったりもする。 https://t.co/wC0awE4PGN https://t.co/Wc6qtryBRF

13 0 0 0 OA 官報

遡れば、明治17(1884)年制定の法令で定められたもので、当時舶用機関として一般的であった往復動蒸気機関の「大きさ」を示すものである。馬力の算定に用いる数字は気筒直径のみで、当時としてはこれでも一つの目安として有効であったのかも… https://t.co/gBvSyrxsfD
@ranzosha これはもう色々な組み合わせがある、という他にないのですが、交流電動機の採用は明治末年と意外に早いですね。制御方法も色々です。 舶用電気推進方式の特質と動向について https://t.co/zfh5BVlQ8O https://t.co/GoBAHRl4Nz
そういえば大東亞戰爭海軍作戰寫眞記録の1巻の方ですが、この写真はおそらく第二・第三図南丸のいずれかですね。ええい、そんな凝った構図はいらんから全景を写せ全景を https://t.co/rEiN1HXfN2 https://t.co/FtS9F6JCrJ
おや、後方の大発に乗り組んでいるのはminelayer氏では。。。 https://t.co/WEffsgoNh7 https://t.co/TIu1yfscXp

20 0 0 0 OA 漁船建造必携

株式会社 きしろ と言われて、ぱっと何してる会社か思い浮かべられる人は少ないと思いますが、戦前は焼玉機関作ってた会社です。戦時中に鐘紡に吸収されますが、戦後再び独立して機械の切削加工に進出し、現在に至ります。… https://t.co/jLJowy4a8a
RT @Tensyofleet: こちらは三菱横浜造船所。同様に、ここで建造された戦標1TMの進水重量は2,384トン、最大ブロック重量は6トン、船体外板の溶接:鋲接率は32%:68%。戦標2TLの進水重量は3,921トン、最大ブロック重量は18トン、船体外板の溶接:鋲接率は4…
RT @Tensyofleet: 原子力船むつの対衝突構造、T-2タンカーベースなんだな。満載23,368排水トンが16ノット90度の角度で突入する、と。1967(昭和42)年11月起工、1973(昭和48)年3月海上公試の船がそれでいいものか、よく分からないが。。。 J-ST…
RT @mits3263: 金剛のヤーロー缶要目は『軍艦機関計画一班』の以下の表で確認できるので、大和ミュージアムの現物を拝む際は参考になるかと思います。 35 艦本式及「ヤーロー」式罐配置表 36 艦本式及「ヤーロー」式罐計畫効程表 37 艦本式及「ヤーロー」式罐詳細表 h…
1945年1月4日撮影、奄美大島の名瀬港で座礁中の捕鯨母船極洋丸。時期的には、すでに船体の放棄が決定された後である。 https://t.co/L60lMRS2I9 https://t.co/KgszF4iaB7
次はトールボーイでも破壊できないやつを掘るべきではなかろうか(違>関門トンネル https://t.co/PKG6my8BBx https://t.co/My7D7Hgawt

2 0 0 0 船の科学

余談だけれども、このタンカーの船橋は捕鯨母船時代の船橋を後ろに引きずりおろしたもので、その工事の概要は船の科学1951年9月号「橋立丸船橋移装工事」に掲載されている。デジタルコレクションでは図書館送信資料なので、自宅では見られない… https://t.co/bd4bvv5eAe

3 0 0 0 OA 捕鯨業

@minelayer11 @mits3263 この辺の流れまだすべて解明は出来てなくて、↑「造艦回想」では高速油槽船ではなく『戦時航空母艦』にするとなってますが、その裏付けは取れておらんのですね。。。スリップウェイは『水上機引上に… https://t.co/oT2ilJAbim

13 0 0 0 造艦回想

@mits3263 戦前高速油槽船を欲しい海軍が、捕鯨会社に「建造に金は出せんがこんなの払い下げるから6万馬力で半載26ノット出る捕鯨母船作れ」と持ち掛けた記録があるのです。ポシャりましたが。。。この本に「特殊捕鯨母船」(P164… https://t.co/NB3Vzdzv81
銅板や砲弾がなくなっているのは供出したんだろうか。。。>帝国軍艦河内殉難者英霊之碑 https://t.co/w2mEOARerY https://t.co/QXnhCrZauy
アジ歴のは解像度が悪いから読みにくくていけない。第三図南丸のもの。 https://t.co/lEm6mMtJKD https://t.co/jw5ztdkryu
@shoukiha109 一つ前のツイートをご参照ください。 https://t.co/r9UDPxVwz2
復旧工事の概要についてはこちらなど。 J-STAGE Articles - 沈船聖川丸の修復工事に就て https://t.co/gdQhG3sZGx https://t.co/iDomUGolsa
RT @Tensyofleet: @Ichi74042015 船舶技術研究所のべロックスボイラーというと、ひょっとしてこれの残骸でしょうか。 J-STAGE Articles - 貫流式過給ボイラの特性 https://t.co/O2O79Dd5dj https://t.co/…
@Ichi74042015 船舶技術研究所のべロックスボイラーというと、ひょっとしてこれの残骸でしょうか。 J-STAGE Articles - 貫流式過給ボイラの特性 https://t.co/O2O79Dd5dj https://t.co/Db1zqx67Ki

13 0 0 0 OA 舶用機関研究

@ranzosha ここでは煤吹きもついていることになってますが、ついていることになっている筈の空気余熱器がなくなったりしているので、煤吹きがないこともあるんじゃないでしょうか。 https://t.co/SgrAotDskW https://t.co/KdRqcAoQxN
3Aがいるのが第5,第6船台で、手前から第2,1船渠を挟んで海防艦が係留されている付近が第1船台、未成海防艦がいるのが第2~4船台だろう。 https://t.co/EejlW5cznv https://t.co/bnUvJE0nIY
" View from atop a gantry crane control house"とあるが、船台右横の2基のうち、どちらかからの撮影だろうか。 https://t.co/cenObzRbce https://t.co/GRrGKjwp6J
@jamnekodd 車両限界は2,900mmですが建築限界は3,800mmあるので、輸送経路にもよりますが、その程度なら外さずとも上手いことやればなんとかなると思われます。 https://t.co/0cyoQo7rNF https://t.co/cBO548Oi9V
@jamnekodd 大量輸送でなければ、わりとなんとしてでも運べちゃいますからねぇ。。。長物車か大物車に積むつもりだったのでしょうか。 https://t.co/2rQc2tTl2d https://t.co/fDli9HeIKK

1 0 0 0

@jamnekodd 丸に第15号駆潜艇の回想がありますね、言及されているかどうかは分かりませんが。。。 「第15号駆潜艇キスカ沖の惨劇を語れ」https://t.co/zfV1dvxy3c
捕鯨母船はまたの呼び名を「鯨工船」ということもある。船舶としての構造は油槽船の上に鯨油製造工場を設置したものだけれども、本質的にはむしろその工場が本体ともいえる。写真は日新丸(16,764総トン,大洋捕鯨,1936年)。 J-ST… https://t.co/azngdsmHgV
主機全損、改21号型水管ボイラ1缶全損、他は80%良好、弁全損、配管全損、発電機操舵機復水器ポンプ類全損、ウインチのうち3台全損、2台とウイドラスは浸水せずそのまま使用。 J-STAGE Articles - 沈沒船内機関の腐蝕状… https://t.co/UG5l41oe9r

53 0 0 0 OA 国産機械図集

@mitsuki もう少し新しい奴ですけれども、高圧側の端についてるのがそうなのかもしれませんね https://t.co/ZcHXDVj7OM https://t.co/GL5O1ZLcnP

18 2 0 0 OA 日本近世造船史

葛城型スループ3隻(葛城,大和,武蔵)は日本海軍唯一の鉄骨木皮構造だったと思います。新造時は円缶6基(首尾線軸向かい合わせで珍しい)ですが、後に入れ替えられている筈。速力13ktとありますが、公試では10~12ノット程度のようです… https://t.co/cMpLbCHxVk

2 0 0 0 OA 渡米のしるべ

1898(明治31)年12月から東洋汽船の日本丸級貨客船(6,307総トン)がサンフランシスコ航路に就航してますけれども、横浜-ホノルルーサンフランシスコ間約5,500海里を17昼夜(うち1昼夜ホノルル泊)ですから、速力約14ノッ… https://t.co/kgCAhhRZyG

1 0 0 0 OA 蒸汽缶

@mitsuki 世の中には水管のど真ん中を降水管が通る謎なボイラーもありますゆえ、何かの理屈でちゃんと働いているのでしょうねぇ https://t.co/3M41r8HBun https://t.co/EsdiEvuQU8
こちらは三菱横浜造船所。同様に、ここで建造された戦標1TMの進水重量は2,384トン、最大ブロック重量は6トン、船体外板の溶接:鋲接率は32%:68%。戦標2TLの進水重量は3,921トン、最大ブロック重量は18トン、船体外板の溶… https://t.co/jWa5PTmRQX
この資料から分かることは、尼崎造船所で建造された戦標2Dの進水重量は800トン、最大ブロック重量は船尾ブロックの5トン、外板の溶接:鋲接率は15%:85%。 https://t.co/Hq2HABhroM https://t.co/1ipTEB9HGF
その回答の一部が国会図書館のデジタルコレクションに残っている。残念ながら全部ではないけれども。。。例えばこれは尼崎造船所のもの。 https://t.co/wvuAspTKSc
その22号10型、どこから拾ってきて何に積んだんですかね。。。 J-STAGE Articles - 沈沒船内機関の腐蝕状態について https://t.co/NQs9R8BRc8 https://t.co/GZUGz6UcFe
ネピア式操舵装置。「舞廠造機部の昭和史」にも軽巡龍田が装備していたネピア式の舵機修理の話が少し出てきます。 https://t.co/aKX7WK54LY https://t.co/QtFocY5CB0
明治41(1908)年発行の「軍艦機關計畫一班」では、先のような理由から、すでに用いられなくなっている旨の記述がある。確認した国会図書館所蔵のものは、大正8(1919)年の増補版だけれども。 https://t.co/GcGrT7EQ48
"kingston valve"は、構造上弁棒が折損しても海水圧力で浸水が防げる利点がある一方、欠点としては円錐型の弁を弁棒と一体に製造する必要があり、弁が大型になるほど折損時に自重で外れる可能性もあることから、やがて用いられなく… https://t.co/74U2ZlYtL5

18 2 0 0 OA 日本近世造船史

日本で二番目に建造された軍艦である天城(初代,スループ)。主機関は『還働,横置,三気筒,二回膨張連成式』らしいが、図面を見るに、どうやら3つ並んだ同径のシリンダーの中央が高圧シリンダーで、その排気が前後のシリンダーに導かれているよ… https://t.co/8dAiPK0dRu

21 0 0 0 OA 舶用汽缶学

なお、缶水に真水を用いてもやはり定期的に缶水を入れ替える必要があるので、この役割を持つ船底弁は引き続き使用されています。 https://t.co/KWRs9e7sNc https://t.co/SLuGnX5P5d
やがて缶水に海水が使われなくなってからも、船底弁にこの名称が用い続けられたのだろう。1908年にアメリカでFrederick Charles Kingston氏が、今に続くバルブの製造会社F. C. Kingston Compan… https://t.co/88E3PSiTcw
海水をボイラーで焚けば、当然その塩分濃度は上昇する。この煮詰まった海水を排出するための配管に設けられたのが、当初の「キングストン弁」の役割であった。 海軍五等機関兵機関学教科書(明治29年=1896年出版)… https://t.co/CYRiTcBzx9
戦標1D型の写真はあまり見かけないのだけれども、こういう形で残っているのもなんともはや。 https://t.co/FEt3CNYIhG https://t.co/o8GCIEDgp6
1945(昭和20)年7月15日、空母ベローウッド艦載機の攻撃を受ける輸送船。おそらく留萌沖で沈没した七洋丸(戦時標準船1D型,1,938総トン,朝鮮郵船)。 https://t.co/EG8THcQU7N https://t.co/yGq24Gq4Mi
RT @Kaeru_kikan: @Tensyofleet @estermachine289 とりあえず北海道に福山湾はありますね。 https://t.co/6tch9arwVE
青函丸はどう見えるかというとこんな感じ。前日の7月14日に攻撃を受ける第三青函丸。 https://t.co/ug6n4GU1Hd https://t.co/qYWN9WlpV6
1945(昭和20)年7月15日、空母艦載機の攻撃を受ける日本商船。場所は北海道の"Fukuyama Wan"沖とのことだが、どこだ。。。 https://t.co/D7BAqAjE8D https://t.co/vonbEGAbQX

18 2 0 0 OA 日本近世造船史

ということで橋立(防護巡洋艦)なのですけれども、横置き三連成レシプロというのも図面で見るとなんとも奇妙なものに思えますね。 https://t.co/JHSuuibWsq https://t.co/KBBknCmh4b

18 2 0 0 OA 日本近世造船史

@mits3263 もはやヒネリも何もないのですけれども、防護巡洋艦橋立です。チャームポイントは改装後の扶桑と同じ横置式三連成レシプロですね。 https://t.co/JHSuuibWsq
1945(昭和20)年5月6日、朝鮮半島沖で米PB2Y-5飛行艇2機の攻撃を受ける戦時標準船2A型、おそらく那珂川丸(6,886総トン,東洋海運)。報告書によれば、PB4Y-2 2機も攻撃を加えているようだ。… https://t.co/GKWULqDjrq
こんなきれいな図面が残っているのはこの船しかない、なんて見方もあるかもしれませんが。 J-STAGE Articles - 黒龍丸級船水管式汽罐とメカニカルストーカに就いて https://t.co/lWwaZZCnof
1945(昭和20)年3月31日の空母ベローウッド航空隊の作戦報告書。赤円内が極洋丸、青円内が同時に座礁した丹後丸(6,893総トン,日本郵船) https://t.co/SgACIR3aeq https://t.co/1q8hnTsPVz
オフィシャルの回答と実情は違うのだろうけども、客船の方は実際のところどうだったのか気になるところではある。 J-STAGE Articles - N.D.L."Scharnhorst"級3船の航海實績… https://t.co/wjNVN7kzLf
いずれの船も機関関係に不具合を出しつつ、それなりに運用されていたようで。 J-STAGE Articles - N.D.L."Scharnhorst"級3船の航海實績… https://t.co/F12vPkLbWv
お米を炊くのにも手を抜かない。 CiNii 論文 - 艦船用蒸気飯釜に關する研究 https://t.co/SkYtEUVUqb #CiNii

12 0 0 0 OA 日本近世造船史

同船の外観 https://t.co/x4Z4JBmx8h https://t.co/7a9KiULPor

12 0 0 0 OA 日本近世造船史

ちょっと古い青函連絡船、翔鳳丸。ワム換算25両の搭載能力を持つ車載客船だけれども、この図面では中線に車両長の長い車両を入れているので22両になっている。 https://t.co/dYO7y7Fumj https://t.co/u8oVOi87ZB

20 0 0 0 OA 漁船建造必携

https://t.co/ZzWmW1DwFu https://t.co/LNmlPkuWUZ
最後の設計を改めた1隻は新和丸(1,199総トン,飯野海運)で、本船を紹介する論文では題名に「全溶接船」と高らかに歌い上げているが、よく読むと鋲を全廃している訳ではない。 CiNii 論文 - 全熔接船に就て https://t.co/2HSwzKQbTv #CiNii
ちょっと横道にそれますが、未遂に終わったものの戦艦土佐の蒸気タービンを老朽化した客船天洋丸(13,454総トン,東洋汽船)に積もう、という計画はありましたね。 CiNii 論文 -  天洋丸主機械改造に就て https://t.co/ubRoGgJTla #CiNii
@jamnekodd 当時の報告書が2か所で見られるのですが(両方同じ)、 https://t.co/Uc7LP6da8b https://t.co/GkG0IqupzR 検潮所が「人手不足のため観測中止中」だったりして当時の状況… https://t.co/mZSg8LAKZE
@jamnekodd 当時の報告書が2か所で見られるのですが(両方同じ)、 https://t.co/Uc7LP6da8b https://t.co/GkG0IqupzR 検潮所が「人手不足のため観測中止中」だったりして当時の状況… https://t.co/mZSg8LAKZE
@kappakick どうやらこのサイトの底本は「捕鯨 附日本の遠洋漁業(1952年刊)」のようですね。昭和9年に沿岸捕鯨船を制限したのは、過当競争で資源の減少を招いたためです。当時の捕獲頭数はこちらで、ヒゲ鯨の減を補うためマッコ… https://t.co/PgH0trMnMx
このグラフのうち、戦標缶各種の方は同じ著者の別の論文に数字が載っている。「危険水面」の考え方や、戦標缶についての記述もある。 https://t.co/PHrOwCYzyu https://t.co/SbncqpGVB7

10 0 0 0 OA 機械工学年鑑

@mits3263 こちらはおそらく平時C型のものですが、甲12型の原型と思われる蒸気タービンと減速装置です。 https://t.co/OQnuOji46f https://t.co/a0VyL0hn6Y

13 0 0 0 OA 舶用機関研究

こちらが円缶で、戦標1C、2TMに搭載された3号缶。 https://t.co/z9XLbxZVzK https://t.co/NYXtlS0rSf

53 0 0 0 OA 国産機械図集

川崎型主機のD8Z 70/120。こちらはボルト直径6インチと読めるが、果たしてナット直径いくばくなりや。 https://t.co/mhb50qxeKc https://t.co/oYLH0Yo0AS
@mits3263 ちょっと読んでみたいですね( 舶用メカニカルストーカ自体、この論文の22P辺りですとWW1終わってからの装備っぽいので、登場があと10年早ければあるいは。。。 https://t.co/z3vhPPnCxe
当時五号船台に載っていたのはどの船だろうか。撮影は7月1日となっているので、9日後に進水を控えた日南丸ではなく、日輪丸だろう。起工からおよそ4か月にしては、工事の進捗がいまいちのように思えるが。。。… https://t.co/ZNYt0T2j9p
昼にRTした資料をパラパラと見ていて気付いたもの。撮影日時と場所からして、ヒ86船団所属の戦時標準船K型、辰鳩丸(辰馬汽船,5,396総トン)だろう。日本鋼管鶴見建造のK型の写真は初めて見るなぁ。… https://t.co/aGn8r81PIo
RT @shell_fing: 1944年半頃から終戦までの米軍による旧陸海軍の陸戦兵器、航空機、艦船、戦術、陣地や基地などの分析した情報資料のリンク。 ①https://t.co/nVrOW3VmjG ②https://t.co/Ho4QDpSNHH ③https://t.c…
RT @shell_fing: 1944年半頃から終戦までの米軍による旧陸海軍の陸戦兵器、航空機、艦船、戦術、陣地や基地などの分析した情報資料のリンク。 ①https://t.co/nVrOW3VmjG ②https://t.co/Ho4QDpSNHH ③https://t.c…
RT @shell_fing: 1944年半頃から終戦までの米軍による旧陸海軍の陸戦兵器、航空機、艦船、戦術、陣地や基地などの分析した情報資料のリンク。 ①https://t.co/nVrOW3VmjG ②https://t.co/Ho4QDpSNHH ③https://t.c…
RT @shell_fing: 1944年半頃から終戦までの米軍による旧陸海軍の陸戦兵器、航空機、艦船、戦術、陣地や基地などの分析した情報資料のリンク。 ①https://t.co/nVrOW3VmjG ②https://t.co/Ho4QDpSNHH ③https://t.c…

5 0 0 0 OA 碎氷船

白陽丸の中央断面図と思われるもの。水線下は氷海航行用に傾斜を持つ独特の形状である。ビルジキールもあるようだ。 J-STAGE Articles - 碎氷船 https://t.co/V5sM6Sxat7 https://t.co/Rw8BNsZaOu
原子力船むつの対衝突構造、T-2タンカーベースなんだな。満載23,368排水トンが16ノット90度の角度で突入する、と。1967(昭和42)年11月起工、1973(昭和48)年3月海上公試の船がそれでいいものか、よく分からないが。… https://t.co/q52XhUnCxs
電気推進の欠点として、損失がすべて熱に変換される発電機・電動機の冷却が面倒、ということはあまり知られていない。しらせ(2代)でも制御機器はともかく、電動機は空冷であるようだ。 https://t.co/Yxu7cV70Vy
じゃあアメリカの電気推進の戦艦や空母はどうしていたのかというと、レキシントンでは『主交流發電機及び主推進電働機冷却用としては舷外よりの空氣を使用せす、艦内にて室氣冷却を行ひ之を循環す。』となっている。図は同艦の機関配置。… https://t.co/W7nL0LJ4J9
結露対策とかどうしていたのかな、と思ったら、どうやら停泊時はヒーターで温めていたらしい。運転時は発電機・電動機自体が熱を持つので必要ないのだろう。 https://t.co/KGG14WsNmm
同型(?)3隻のうち、三菱長崎で建造された浅間丸と龍田丸は、主機に単動2サイクルズルツァー8ST68/100を4基搭載したディーゼル船である。 CiNii 論文 - 淺間丸龍田丸機關部計畫及び成績に就て… https://t.co/8olgJG4S3G

お気に入り一覧(最新100件)

遮浪甲板船とは、『常設閉鎖装置を備えざる甲板口』を持ち、上甲板(測度甲板)を一段下げて船の容積を小さくするもの。 https://t.co/sAUdyjFKtt https://t.co/NHY3hw5io6
そういえば大東亞戰爭海軍作戰寫眞記録の1巻の方ですが、この写真はおそらく第二・第三図南丸のいずれかですね。ええい、そんな凝った構図はいらんから全景を写せ全景を https://t.co/rEiN1HXfN2 https://t.co/FtS9F6JCrJ

21 0 0 0 OA 舶用汽缶学

なお、缶水に真水を用いてもやはり定期的に缶水を入れ替える必要があるので、この役割を持つ船底弁は引き続き使用されています。 https://t.co/KWRs9e7sNc https://t.co/SLuGnX5P5d
やがて缶水に海水が使われなくなってからも、船底弁にこの名称が用い続けられたのだろう。1908年にアメリカでFrederick Charles Kingston氏が、今に続くバルブの製造会社F. C. Kingston Compan… https://t.co/88E3PSiTcw
海水をボイラーで焚けば、当然その塩分濃度は上昇する。この煮詰まった海水を排出するための配管に設けられたのが、当初の「キングストン弁」の役割であった。 海軍五等機関兵機関学教科書(明治29年=1896年出版)… https://t.co/CYRiTcBzx9
昼にRTした資料をパラパラと見ていて気付いたもの。撮影日時と場所からして、ヒ86船団所属の戦時標準船K型、辰鳩丸(辰馬汽船,5,396総トン)だろう。日本鋼管鶴見建造のK型の写真は初めて見るなぁ。… https://t.co/aGn8r81PIo
「当社」というのは赤阪鐵工所なのだけれども、1945(昭和20)年4月から6月にかけて4台を竣工させ、川崎重工に納入したらしい。とすれば、この辺りの潜水艦に搭載されている可能性が高いだろう。… https://t.co/io9nyRGIIZ
主機は500馬力のディーゼルエンジンを2基、各々が330kWの直流発電機を駆動し、400馬力の推進電動機に電力を供給している。 J-STAGE Articles - ヂーゼルエレクトリツク曳船住吉丸に就いて… https://t.co/X3CAHT2iwY
外観はなんら特徴のない三島型貨物船であるが、図面のタイトル"THE FIRST ELECTRICALLY-PROPELLED SHIP IN JAPAN"が何やら晴れがましい。 J-STAGE Articles - 電氣推進汽船… https://t.co/kcod2P24GZ
ということで、戦標2TM楠栄丸の戦標甲12タービンらしい。残ってるもんだねぇ。。。 https://t.co/r9RJW9pC4K https://t.co/DdeN4TQ3eM
1945(昭和20)年6月19日、山口県沖でPB4Y-2の空襲を受ける2E型戦時標準船(推定)。煙突が見えるので、蒸気レシプロ機関船だろう。報告書には恐らく沈没、とあるが、この日の沈没船に該当しそうな船がいない。… https://t.co/RFM4nVhCyZ
「焼玉揚貨機」に関する資料は少ないが、武智丸型として知られるコンクリート船も主機はディーゼルであり、艤装も戦時造船の枠内なので図面にははっきりと焼玉揚貨機が記されている。 CiNii 論文 - 鐵筋コンクリート船の一設計… https://t.co/ieeJg0iPM1

20 0 0 0 OA 漁船建造必携

戦標2Eの焼玉機関が不評だったことはよく知られている(?)が、なぜ不評だったのか、という理由まで記されているものは少ない。その原因を焼玉機関故に、というところに求めるのであれば、戦前本機に倍する出力の焼玉機関が製作されよう筈もない… https://t.co/ifLTa2Xtv0
国立国会図書館デジタルアーカイブより、氷川丸。撮影時期は不明だが、艤装が病院船なので1947(昭和22)年2月以前だろう https://t.co/o1sdvQe2ah https://t.co/UWIcJEzWfl
ボリンダ―型焼玉機関の焼玉付近の図(再掲)。(7)の燃料ノズルの先から、扇状の70~80°と50~69°の2種類の角度が図示されている。 https://t.co/1hNFAbO2bl https://t.co/l6RcaSFg86

53 0 0 0 OA 国産機械図集

焼玉機関の断面図。こちらは焼玉機関としては最大級の出力だけれども、構造は同じ。 https://t.co/YhCZkIqtTy https://t.co/KensHSYQlC
妙なグラフを持ち出してみる。これは浅間丸の試運転における、左舷内外軸の捩れ振動の振幅をグラフ化したもの。X軸に回転数、Y軸に振幅が取られている。実線が左舷外軸、破線が内軸で、25~40rpm前後に1次8節の危険速度があるのが分かる… https://t.co/IT1Akr5lIs
国立国会図書館デジタルライブラリより、7月25日の呉空襲下にあるカモフラージュ状態の北上。やはり複写なので画質がどうというレベルではないが、どこかにこういう写真が残っているのは確かなようだ。… https://t.co/T5Tnjh25PS
国立国会図書館デジタルライブラリより、カモフラージュ状態の鳳翔。複写なので画質は悪いのだけれども、この状態の写真はあまり見ない気がする。 https://t.co/QJ7LMwhSbL(コマ番号:20/83) https://t.co/EZB1HCVXZV

53 0 0 0 OA 国産機械図集

国立国会図書館デジタルコレクション「国産機械図集」より、700馬力舶用焼玉機関(コマ番50/169)。焼玉機関と言えば戦標船2E型の一部に用いられた380馬力が有名だが、こちらはほぼ倍の出力。凸型のピストン形状が確かに焼玉機関。… https://t.co/oUjAllbUlH
どこで見たんだったか、と中々思い出せないのはどうにも気分の悪いものである。ふとした拍子に見つかったりなんかすると、奥歯の間に挟まったネギが取れたくらいに嬉しい。まあその程度のものではある。舞鶴で偽装網を被った軽巡酒匂(23/83)… https://t.co/OtLqBoEWfN

3 0 0 0 OA 捕鯨業

捕鯨船団は、ほぼイコールで捕鯨母船になるが、勝手に作ることができない。農林省(当時)の許可が要る。昭和13年時点の許可一覧が残っているが、見慣れない会社(大日本捕鯨株式会社)と、建造予定の捕鯨母船が何隻かある。… https://t.co/8d8daICCxX
まあ他にもある訳ですけれども CiNii 論文 - 米國軍艦『ニュー、メキシコ』號 : 電氣推進法を採用せる世界最初の主戰艦 https://t.co/Xff5U8bd1B
最近妹の方が某ゲームに実装されたけれども、戦前にこういう情報は結構入ってきてたんだなぁなどと思う CiNii 論文 - 米國軍艦「レキシントン」の歴史、設明及び受領試験 https://t.co/WkwPwCtdXS https://t.co/6rPtBk1eXT

13 0 0 0 OA 舶用機関研究

ということで、こちらが戦時標準船に搭載されていた海務院制定三号缶の図面。 https://t.co/yGU8Kk2obo https://t.co/iEmwPak0BZ

6 0 0 0 OA 日本標準規格

戦前の日本における石油製品の規格は、JES(日本標準規格)によって定められていた。どのようなものかというと、国立国会図書館のデジタルコレクションにある。https://t.co/3tH9Y3W77Z (コマ番号39~)決定は昭和7年12月13日だが、この第八集の時点では未告示。

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RT @kamefuji: 共著の活動報告が公開されました。 / 伊勢戸徹、岡西政典、生野賢司、瀬尾絵理子、堀越彩香、照屋清之介、林亮太、福森啓晶、小林元樹、自見直人、山崎剛史、菊地波輝、田中颯、東亮一、鈴木隆仁、神保宇嗣 (2019) 「若手分類学者の集い」の10年.タクサ,…
RT @katayama_naoki: 「住宅地で1年間にネコに捕食される鳥獣は132頭/haと推定」 神奈川県厚木市における自由行動ネコ(Felis catus)の野生鳥獣に対する捕食圧 https://t.co/JbGbMCtbm8
1980年ごろ、大日本インキが開発していた人工血液はどうなったんかね?。 https://t.co/tOCpraAmr5
RT @takaoyome3: @oukaichimon @GOROman 二色型色覚を持ってる男性は輝度コントラストの違いに敏感で、それが獲物を探す時に有利に働いていたって論文有りますので狩猟時代には偵察要員として大活躍していた可能性、でち。 https://t.co/Brk…
台風 シミュレーションと気象解析を利用 した設計風速と階級別風速出現頻度推定手法の提案 https://t.co/2YGEP0OFJg 50年に一度で33m/sって統計上のデータを見ると、千葉市の最大風速57m/sってのがいかに桁外れか分かるな
RT @ekesete1: @heriherihikutu @zaregotonandayo @heboya また内地人と朝鮮人は明確に区別されていた> 官報. 1921年07月23日 目次:府令 / 朝鮮總督府 / 第99号 / 朝鮮人ト内地人トノ婚姻ノ民籍手續ニ關スル件…