- 著者
-
來田 享子
- 出版者
- 日本スポーツ社会学会
- 雑誌
- スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
- 巻号頁・発行日
- vol.18, no.2, pp.23-38, 2010-09-30 (Released:2016-10-05)
- 参考文献数
- 25
- 被引用文献数
-
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本稿は、女性の競技スポーツの普及について、2つの変化を通して読み解こうとするものである。具体的な検討の対象として、複数の競技種目において世界のトップパフォーマンスが競われるオリンピック大会と国際オリンピック委員会(以下IOC)における議論をとりあげる。検討する変化の第一は、オリンピック大会の参加者数、オリンピック大会で実施可能だと承認された競技や種目についてである。第二の変化は、性カテゴリーの解釈と性別の取り扱いに関する変化である。ここでは、IOCが「身体的性別とは何か、その境界はどのように設けることができるのか」について探求した事例として、二つの議論を中心に検討する。二つの議論とは、1960年代後半からの性別確認検査の導入に関するものと2004年から承認された性別変更選手の参加に関する議論である。この研究の目的は、女性の競技スポーツの普及と拡大は、性カテゴリーの解釈の変化と相互に関連するものであったことを示すことである。
戦後、女性の競技スポーツの拡大と普及は、戦前には「女性向き」の改変が必要であるとされた競技が社会に承認されることによって前進した。この前進は、IOCが1960年代後半以降に性別確認検査の導入を検討した時期と重なっていた。また、「男性向き」の競技であるとされ、女性が実施できなかった競技には、1960年代以降に女性たちが挑戦をはじめた。彼女たちの挑戦がオリンピック大会において認められ、女性のための競技スポーツが拡大したのは、1990年代であった。 これと同じ頃、性別確認検査の廃止と性別変更選手の参加承認が決定された。これらの決定は、競技スポーツ界が1)性カテゴリーの境界は医学的に決定が困難で曖昧なものであること、2)性カテゴリーは越境可能であること、という2点を認めたことを意味する。これらの決定は、スポーツと「性別」をめぐる状況をより複雑にしている。競技をする身体にとって、実際のところ重要なのは、競技のパフォーマンスに有利さをもたらすようなテストステロン等の性ホルモン分泌量や骨格などのいくつかの諸要素のどこに線引きをするかだという現実を医学的検査はほのめかしつつある。その意味で、性カテゴリーを峻別した競技とは、もはやフィクションに過ぎないのかもしれない。