- 著者
-
外川 昌彦
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 民族學研究
- 巻号頁・発行日
- vol.62, no.3, pp.315-339, 1997
本稿は, インド西ベンガル州のひとつの村落社会を事例に取り上げ, かつてこの地方で強力な覇権を揮っていたヒンドゥー王権と村落社会との関係を考察している。調査地は, インド亜大陸に分布する51の女神の聖地のひとつであり, その村落寺院は中世王権の寄進地を基盤にすることで, 複雑な祭祀体系が今日でも観察可能である。本稿は, 一年半の村落での住み込み調査の資料と, 英領期の土地資料とを統合することで, 村落社会の内部の視点から, 王権が村落の社会生活に深く関与している様子を描き出している。特に, 寺院の祭祀組織が, 王から村落のサーヴィス・カーストに賜与された寄進地と役割配分とに基礎付けられていることが示された。ここでは, 寺院の奉仕者は, 女神祭祀の役割を担うべく王によって任命されたサーヴァントなのであり, 宗教的でかつ政治的なこのような王の役割配分を通して, 王権の正統性が確立されることが論じられた。このような, 南アジア社会に固有の社会的歴史的条件に根ざした政治システムの考察は, 今日の世俗主義(secularism)と宗派主義(communalism)という図式的な対比にも再検討を迫るものとなるだろう。論文は, 8章で構成されている。序論では, 従来の王権論の議論を整理し, 村落社会との関係についての具体的な事例に基づく考察の必要性が論じられる。2章では, 調査村の概況が述べられる。3章では, 女神の聖地の特徴と王の寄進地が検討される。4章と5章は, 女神寺院での実際の儀礼過程が取り上げられる。6章では, 上記の資料に基づいて, 王権の正統性の確立過程が考察される。7章では, 特に, 調査村の独立後の変化に焦点が当てられる。最後に8章で, 結論が述べられている。