- 著者
-
岡室 博之
- 出版者
- 国民生活金融公庫総合研究所
- 雑誌
- 調査季報 (ISSN:13424734)
- 巻号頁・発行日
- no.58, pp.19-38, 2001-08
近年,日本の開業率の低迷が問題になっている。80年代半ば以降,廃業率が一貫して開業率を上回り,企業数の純減が続いている。このような開業率の低迷と企業数の減少傾向は経済活力の衰えを招くものと懸念され,近年さまざまな形で創業支援が行われているが,十分な効果を挙げるには至っていない。このような状況の下で,創業に関する研究はますます重要性を増している。しかし日本には開業・廃業の動向を正確に把握できる統計資料が存在せず,創業研究のためのデータの蓄積もなく,そもそも創業活動や創業後の経営発展に閲する本格的な実証分析が少ない。そのために,開廃業の決定要因や新規開業企業の生存・成長の影響要因についてもいまだに統ーした理解があるとはいえない。その点で,日本における創業研究がいくつかの欧米諸国に対して大きく遅れていることは否定できない。そこで本稿の課題は,ドイツにおける創業研究の近年の動向を紹介し,主要な研究成果を整理して,日本の創業研究と創業支援に対する含意を得ることである。ここでドイツを取り上げる理由は, 1) 開業率が国際的にみても高水準にあること, 2) 特に東独地域の経済活性化のための有効な創業支援の必要から,創業研究が90年代に急速に進展したこと, 3) 経済システムの近似性から,ドイツにおける経済の動態的変化とその分析のあり方が日本にとっても少なからぬ含意をもっと考えられることである。なお,本稿の目的は開業率の決定要因や創業後の成果の影響要因に関する分析の方法と結果を展望することにあるので,記述的なデータを示し,それを日本における調査結果と比較することは本稿では行わない。ドイツにおける近年の創業研究の動向について注目すべき点は,第1に開業・廃業データの全国的・統一的把握が進展し,詳細な統計データが毎年公表されるようになったこと,第2に新規開業企業に関する大規模なパネルデータが構築され,それに基づいて創業の決定要因や創業後の存続・成長要因について厳密なモデルに基づく本格的な実証分析が行われるようになったことである。しかもそれらのデータベースは,研究者の利用に公開されているのである。創業の決定要因に関するいくつかの研究から明らかになったのは,潜在的起業家の職業教育・高等教育の水準を高めることと,研究機関のような知識・研究基盤を充実することがミクロ・マクロ両面から創業を活発にする傾向があるということである。また,創業の成果に関する研究の主要なメッセージは,成功要因の分析を創業者の人的特性・企業の属性・経営環境という三つの視点から行う必要があるということ,またここでも(潜在的)創業者の人的資本の高さ,特に教育水準と当該業種の職業経験が創業の成果を大きく左右するということである。日本の創業研究及び創業支援に対する重要な合意は,創業活動と創業後の経営展開をできるだけ定量的に把握し,分析することが重要だということである。また,創業という本質的にダイナミックな現象を適切に把握・分析するためにはある時点でのクロスセクション分析では不十分であり,特定の標本企業のグループの追跡調査を通じてパネルデータを構築することが不可欠である。それによって初めて,創業後の経営成果や創業支援政策の効果を適切に分析することが可能になるのである。しかし,研究者個人の力で大規模なパネルデータを構築するのは非常に困難である。これまでに創業に関するアンケート調査の実績のある機関や組織,特に中小企業庁と国民生活金融公庫が中心になって,関係諸機関や研究者と協力しながら開業・廃業に関する大規模なパネルデータを構築し,研究者や政策関係者の利用に広く供することが強く望まれる。