著者
渡辺 悌二 深澤 京子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.71, no.10, pp.753-764, 1998-10-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
21
被引用文献数
4

黒岳周辺の登山道の荒廃の軽減を図るために,黒岳七合目から山頂区間の登山道に,1989年に排水路と土止め階段が設置された.これらの排水路や土止め階段が設置された当時には,板の上端まで土壌があったと考えられるが,現在では土壌侵食によって,かなりの板が露出している.調査地域に設置された板製の排水路の67%と板階段の67%が機能を失っており,57%の階段の周辺で土壌侵食が生じていた.登山道の幅は,7年間で平均72.5cm拡大していた.さらに,5地点での土壌侵食速度は,54~557cm2/年であった.この地域の既存の排水路や土止め階段はいくつかの問題を抱えており,登山道の荒廃を軽減するためには,(1)適切な設置角度の排水路の数を増やし,(2)排水路や土止め階段の長さを長くし,(3)登山道表面の整地作業を頻繁に行う必要がある.
著者
王 婷 渡辺 悌二
出版者
北海道地理学会
雑誌
地理学論集 (ISSN:18822118)
巻号頁・発行日
vol.95, no.2, pp.13-31, 2020-09-24 (Released:2020-10-05)
参考文献数
39
被引用文献数
1 1

山岳国立公園のおもなレクリエーション活動には登山と野営があり,登山者に提供される宿泊施設として野営場と山小屋が設置されていることが多い。野営場の適切な管理は,自然環境の保護・保全をすすめるために必要であると同時に,登山者に質の高い野営体験を提供するために重要である。本研究では,大雪山国立公園の高山帯に分布する,管理の行われていない野営場(正式呼称は「野営指定地」)に適切な管理を導入するために,野営場の予約制の管理制度が確立されている台湾の3 つの山岳国立公園を事例として,野営場の特徴を明らかにし,予約制管理の取り組みとその効果について調査を行った。 対象とした台湾の国立公園(国家公園)は,玉山,雪覇および太魯閣の3 つの国立公園で,まず,文献調査およびインターネット調査によって,これらの国立公園の野営場ならびに山小屋に関する情報を収集し,ArcGIS を使ってそれらの分布図を作成した。 次に,それぞれの国立公園の代表的な登山道沿いの宿泊施設(野営場および山小屋)の設置密度を計算した。その結果,登山道区間の長さ1 km あたりに設置された山小屋の数が少ないほど,野営場がたくさん設置されている特徴が見いだされた。また,玉山国立公園の登山道区間・八通関越嶺線では,登山道長1 km あたりの宿泊施設の設置密度が一番小さく(0.19 カ所/km),逆に山小屋の少ない太魯閣国立公園の登山道区間・奇萊東稜線で設置密度が一番大きかった(0.86 カ所/km)。台湾の山岳国立公園では,非公式野営場とオンライン予約の可能な野営場を組み合わせて配置することで,隣接する野営場の設置間隔を小さくし,個々の野営場面積を小さくすることに成功している。 さらに,これら3 つの国立公園で公園管理者に対して聞き取り調査を行った結果,それぞれの国立公園で異なる人数制限と予約制度が導入されていることが明らかになった。また,雪覇国立公園の宿泊施設利用者に対してアンケート調査を実施した。これらの調査の結果,予約制の管理制度の導入が野営場の混雑問題の軽減と野営体験の質の改善に役立っていることが明らかになった。しかし,無許可入園者の幕営による混雑がいくつかの野営場で問題となっているなど改善の余地が残されていることも明らかになった。 大雪山国立公園の高山帯には,土壌侵食と過剰利用が問題となっている野営指定地があり,こうした野営指定地では予約制度の導入が問題解決・軽減に有効であると考えられる。その際,太魯閣国立公園のように,今後,オンライン予約を必要とする野営指定地と予約のいらない野営指定地を組み合わせた緩やかな予約制度の導入が議論されるべきである。さらに,黒岳野営指定地のように利用者が多く土壌侵食の著しい野営指定地においては,テントパッドの設置のような能動的管理の導入が期待される。
著者
白坂 蕃 漆原 和子 渡辺 悌二 グレゴリスク イネス
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.180, 2010

<B>I 目的</B><BR> 世界のかなりの地域では、厳しい気候条件の結果として、家畜飼養はたったひとつの合理的土地利用としてあらわれる。それにはさまざまな形態があり、定住して営む牧畜のひとつの形態が移牧transhumanceであると筆者は定義する。<BR> 本稿では、ルーマニアのカルパチア山脈におけるヒツジの二重移牧の変容を通して、山地と人間との共生関係の崩壊を考えたい。_II_ジーナの人びととヒツジの二重移牧 ジーナJina(標高950m)はカルパチア山脈中にあり、年間降水量は約500-680mmである。ジーナ(330平方_km_)の土地利用は、その25%が放牧地、15%が牧草地(採草地)で、耕地は1%にも満たない。牧草は一般には年二回刈り取れる。第二次世界大戦後の社会主義国であった時代にもルーマニアでは、山地の牧畜地帯は、これ以上の生産性向上を期待できない地域であるとして土地の個人所有が認められていた。ジーナの牧羊者(ガズダgazdā)は定住しており、多くの場合、羊飼い(チョバンciobăn)を雇用して移牧をする。<BR> ジーナはヒツジの母村であるが、ヒツジがジーナの周辺にいる期間は短い。毎年4月初旬から中旬にかけて、低地の冬営地からヒツジはジーナにもどってくるが、約2週間滞在して、さらに標高の高いupper pasture(ホタル・デ・ススHotarul de Sus)に移動し、5月中旬から6月中旬の間そこにいる。ホタル・デ・ススは約10,000haあり、ここに150-200ほどの小屋(sălaş)がある。<BR> 6月中旬にヒツジは高位の準平原までのぼり9月10日くらいまではここにいる。ここは森林限界を超えた放牧地 Alpine pasture(面積5,298ha)である。移牧はセルボタ山Vf. Şerbota (2,130m)の山頂直下の2,100mに達し、ここが夏営地の上限である。<BR> 遅くとも9月中旬には、ヒツジは高地の放牧地からホタル・デ・ススに下り1-2週間滞在し、10月初旬にはジーナに降りるが1-2週間しか滞在せず、10月中旬には冬営地であるバナート平原、ドブロジャ平原やドナウ・デルタにまで移動する。バナート平原までは約15日、ドブロジャやドナウ・デルタまでは20-25日かかる。<BR><BR><B>III 1989年以前の移牧とその後の変容</B><BR> 社会主義時代には約150万頭(1990年)のヒツジが飼育され、state farmsとcooperative farmsがその1/2以上を飼育していたが、ヒツジの場合、個人経営individualも多かった。1989年の革命後、state farmsとcooperative farmsで飼育されていたヒツジは個人に分けられたが、多くの個人はその飼育を放棄した。したがって、1998年の革命以降ヒツジの飼養数は半減した。また平野部の農用地は個人所有にもどったため、作物の収穫後であっても農耕地のなかをヒツジが自由に通過することは困難になり、さらに道路を通行する自動車などをヒツジが妨げてはならないというRomanian regulationもできた。そのために1,000頭程度の大規模牧羊者gazdāは、バナート平原などの平地でヒツジを年間飼養せざるをえなくなった。しかし彼らはラムのみに限っては夏季に平野部からジーナまでトラックで運搬する。そしてHotarul de SusやP&acirc;şunatul Alpinまでは徒歩で移動し、帰りもまたジーナからはトラックで輸送する。したがって、P&acirc;şunatul Alpinにおける夏季のヒツジの放牧数は1988年の革命以前に比べて極端に減少した。<BR><BR><B>IV EU加盟とヒツジの移牧</B><BR> 今日ではルーマニアの農牧業もEU regulations(指令)のもとにあり、ヒツジの徒歩移動は最大でも50_km_である。さらに条件不利地域への補助金もある。このように、1989年の革命後、それぞれの家族は彼らの持つ諸条件を考慮して牧畜を営むようになった。その結果、こんにち、ジーナにおける牧畜は次のような三つのタイプに分けられる。<BR>1)ジーナに居住し、通年ジーナでヒツジを飼育する世帯(Type 1)<BR>2)ヒツジの飼育もするが、ジーナとHotarul de Susの間で乳牛の 正移牧を主たる生業とする世帯(Type 2)<BR>3)平野部に本拠を移し、ヒツジの飼育を生業として維持する世帯(Type 3)<BR><BR><B>V まとめ</B><BR> 1989年の革命以前には、カルパチア山脈における二重移牧は見事なばかりにエコロジカルな均衡を具現していたが、社会主義体制の崩壊によって、変貌を余儀なくされた。しかしながら、現在のところその形態を変化させつつも、生業としての移牧は継続している。しかしながら、ルーマニアのヒツジの移牧は、「平野」の農村における農業生産力の発展、都市経済の変貌にともなって衰退すべきものであるとみるのが妥当なのかもしれない。
著者
漆原 和子 白坂 蕃 渡辺 悌二 ダン バルテアヌ ミハイ ミック 石黒 敬介 高瀬 伸悟
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.179, 2010

<B>I 研究目的</B><BR> ルーマニアは1989年12月社会主義体制から自由経済への移行を果たした。そして2007年1月にはEUに加盟した。こうした社会体制の変革に伴って、とりわけEU加盟後に伝統的なヒツジの移牧がどのように変容しているのかを明らかにし、ヒツジの移牧の変貌に応じて地生態系がどのように変容しているのかを把握することを目的にした。<BR><BR><B>II 調査地域と方法</B><BR> 調査地域は、南カルパチア山脈中部の、チンドレル山地山頂部から北斜面を利用して移牧を行なっている地域である。調査地では、社会主義体制下でも個人所有が許され、伝統的な二重移牧が維持されてきた。この地域は、プレカンブリア時代の結晶片岩からなり、土壌の発達が極めて悪く、農耕地には不適な地域である(図1)。3段の準平原を利用した二重移牧が行なわれてきたところである。土地荒廃地は、毎年地形の計測を繰り返した。山頂部では、草地への灌木林の進入をコドラート法により調査した。礫の移動は方形区をかけ、計測した。<BR><BR><B>III 調査結果</B><BR>1)3番目の準平原上の移牧の基地に相当するJina村(約950m)では、EU加盟後も春と秋にヒツジの市を開く。EU加盟後、大規模なヒツジ農家の多くは、冬の営地であったバナート平原に定住するようになった。冬の営地であるバナート平原へのヒツジの移動は貨車とトラックを用いる。<BR>2)Jina村付近の土地荒廃は、2003年、2004年ごろがピークであった。2007年から2009年の間は侵食地の物質の移動はほとんどなく、裸地に草本が回復し始めている。これはEU加盟後のヒツジによるストレスが軽減していることを示している。<BR>3)社会主義体制下では、最上部の準平原面上をヒツジ・牛・馬も夏の営地として利用していた。しかし、EU加盟後、最上部までの移動はラムに限られ、数は激減し8000頭に満たない。20年前からPinus mugoとPicea abiesが成育を始めた地域が拡大している。これはヒツジのストレスの減少が起こった為と考える。さらに、これらの樹木はいずれも17~18年前に著しく枝分かれしていることから、ヒツジの頭数の減少は17~18年前に急激であったか、気象の異変があったと考えられる。
著者
泉山 茂之 アナルバエフ マクサト 渡辺 悌二
出版者
北海道地理学会
雑誌
地理学論集 (ISSN:18822118)
巻号頁・発行日
vol.84, no.1, pp.14-21, 2009
被引用文献数
6

キルギス共和国南部のアライ谷地域で,地元ハンターへの聞き取りと住民へのアンケート調査を中心に,現存する大型野生動物のリストを作成し,この地域にみられる問題点を明らかにした。その結果,13種の動物をリストアップした。この中には,ソ連邦崩壊後に増加したオオカミと,絶滅の危機に瀕しているマルコポーロ・シープ,現在も続く狩猟によって個体数が激減していると考えられるアイベックスが含まれている。オオカミの群れはいわゆる「里オオカミ」として集落付近で定着するようになっている。これは,ソ連邦時代には国家がオオカミを害獣として組織的に捕殺していたのに,現在では地域の住民が自ら対応しなければならなくなった結果である。オオカミの駆除は必ずしも好ましいとは言えないが,少なくとも人間の居住地域からの排除は必要である。また,マルコポーロ・シープについては,タジキスタン国境に近い,住民の立ち入りが困難なザ・アライ山脈のある地域を除いてすでに絶滅が進行してしまっている。アイベックスについては,新型の銃器による違法狩猟が続いており,食肉用に捕獲されるため,狩猟された個体がトラックの荷台に満載されていたという目撃情報も複数存在している。こうした現状から,実効性のある対策が急務であるが,この地域の生物資源保全を有効に進める一つの貢献として,現在,議論が進んでいる,パミール・アライ国際自然保護地域の設立(PATCAプロジェクト)が期待される。しかしながらアンケート調査によれば,このプロジェクトの計画の存在を知っていた住民はわずか16.9% (331人中56人)に過ぎなかった。
著者
渡辺 悌二 古畑 亜紀
出版者
The Hokkaido Geographical Society
雑誌
北海道地理 (ISSN:02852071)
巻号頁・発行日
vol.1998, no.72, pp.1-11, 1998

The Asahidake gondola ropeway, which is operated in Daisetsuzan National Park, central Hokkaido, northern Japan, will be renewed by the year 2000. The maximum transport capacity of the gondola will be upgraded from 46 to 101 passengers. This improvement is mainly due to the exceeding number of passengers. The questionnaire was handed to 275 visitors to the alpine area around the "Sugatami-no-ike" hiking promenade from 22 to 31 July and from 15 to 18 September 1994.<BR>The critical time (minutes) for being able to be waited for the next available gondola ranged from 0 to 150 minutes with an average of 29.1 minutes. The actual time to be waited during the most crowded season is estimated as around 150 minutes. Therefore, the present operation of the gondola ropeway certainly provides poor service to the passengers.<BR>Most visitors do not regard shortening the waiting time for a gondola as the first priority. They prefer mitigating environmental degradation which might be caused by the improvement of the gondola ropeway and related facilities. This result suggests that the owner of the gondola ropeway should include the improvement of visitor management in the area besides shortening the waiting time for a gondola.<BR>The visitors also showed strong interests in natural environments in the alpine area of the Sugatami-no-ike. They are interested in having a photograph exhibition room in the station building (47.3% of the questioned visitors), and introducing a nature guide system (34.9%). Because of the limitted availability in national park rangers and governmental budget, a nature guide system may be privately introduced by the ropeway company.<BR>Some visitors to the alpine area believed that they could walk anywhere in the national park, and complained that they were not allowed to see alpine plants with no restriction. They also showed strong attitudes toward inquiring the nature and developing their interests in nature. These results show that visitors should be enlightened the meaning of a national park and the necessity of nature conservation. These improvements require the nature guide system. In addition, scientists can help to install photograph panels and sign boards to explain the importance in the alpine nature, to clearly state the critical problems and how a change in behavior will improve the vegetation damage and soil erosion on a trail.<BR>These measures to improve the visitor management need continuous budget, which might be collected with a ropeway fare by the company.