著者
石合 純夫
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.1-9, 2010-03-31 (Released:2011-05-11)
参考文献数
10
被引用文献数
2

ヒマワリのような花の左側の花びらがなければそれに気づき,左半分が塀か何かに遮られていれば隠れて見えないと感じる。右半球の脳卒中後に左半側空間無視が生じた患者は,花の絵を右半分しか模写しなくても,手本と同じように描けたと言い,左側の描き落としに気づかない。もちろん,手本の花の絵について右半分の絵であるとか,右半分しか見えないとか言うことはない。半側空間無視患者の注意は右方へ向きやすく,左方へ向きにくい。少なくとも花の絵くらいの大きさの対象において,健常人では左右への注意のバランスに極端な差が生じることはない。ところが,半側空間無視患者では,花の絵に注目した時,左右に急峻な注意の勾配が生じている。注意が向かない空間は意識に上らず,喪失感も生じない。一方で,注意の向いた右側部分の情報によって,対象が何であるかの認知は成立する。このような,空間の認知と対象の認知のギャップを考えながら,半側空間無視の視覚世界を理解する試みを展開したい。
著者
石合 純夫
出版者
公益社団法人 日本リハビリテーション医学会
雑誌
The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine (ISSN:18813526)
巻号頁・発行日
vol.53, no.4, pp.266-272, 2016-04-18 (Released:2016-05-20)
参考文献数
38
被引用文献数
1

右半球の脳血管障害後の主要な高次脳機能障害は,半側空間無視,病態失認,半側身体失認である.特に半側空間無視は,急性期を過ぎても残ることが少なくなく,リハビリテーションの実施にあたって見落としのない評価と対応が重要である.日常生活動作を念頭に置いた探索訓練に加えて,プリズム順応などのボトムアップアプローチ,低頻度反復経頭蓋磁気刺激も含めて,幅広く改善の手がかりを得たい.また,半側空間無視があるなりに日常生活動作を可能とする機能的アプローチも欠かせない.右半球損傷では,言語性に頭でわかったような応答をすることが多い一方で,真の病識は乏しい.転倒リスクも高くチームアプローチでの評価と対応が大切である.
著者
石合 純夫 横田 隆徳 古1川 哲雄 塚越 廣 杉下 守弘
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.259-264, 1990 (Released:2006-07-06)
参考文献数
16
被引用文献数
4 3

側頭葉後下部の出血性脳梗塞により,漢字の失書をきたした症例を対象とし,書取り不可能な漢字の視覚認知と書字動作に障害がないかを明らかにするため,写字過程の詳細な分析を行った。書取り可能な漢字と不可能な漢字から,字画数が一致するように選んだ28字の写字過程をアイカメラで記録した。手本の平均注視時間と平均注視回数は,書取り可能な漢字と不可能な漢字の間で差がなかった。また,平均書字時間も差がなく,写字過程における筆順の誤りは,書取り可能・不可能な漢字とも1文字ずつであった。以上より,書取り不可能な漢字であっても,手本を見て書くべき漢字がわかった場合には,ただちに自分の字体で正しく書き下すことができることが明らかとなった。このことは字画数が多いほど,また,習得学年が高いほど漢字の失書が重度となる点とともに,側頭葉後下部損傷による漢字の失書が,漢字の想起障害による可能性を示唆するものと考えられた。
著者
石合 純夫
出版者
公益社団法人 日本リハビリテーション医学会
雑誌
The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine (ISSN:18813526)
巻号頁・発行日
vol.50, no.5, pp.352-360, 2013 (Released:2013-06-04)
参考文献数
4

To provide legal advice on cognitive dysfunction, we should evaluate each plaintiff with brain injury from a neutral viewpoint. In the neuropsychological test batteries, not only the total score such as IQs of the WAIS-III or memory quotients of the WMS-R but also the scores of the subtests need to be surveyed to find out the precise nature of the cognitive dysfunction. Expert opinions are also required concerning the relationship between the cognitive dysfunction and the lesion site(s) in the brain as well as the activities of daily living and the instrumental activities of daily living. We, as experts in rehabilitation medicine, should prepare ourselves to provide excellent legal advice to ensure that judges reach a proper decision.
著者
佐々木 雄一 山下 達郎 柿澤 雅史 石合 純夫 本望 修 佐々木 祐典 岡 真一 中崎 公仁 佐々木 優子 浪岡 隆洋 浪岡 愛 小野寺 理恵 奥山 航平
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2015, 2016

【はじめに,目的】近年,脳梗塞に対する急性期治療の進歩に伴い,死亡率は低下している。しかし,後遺症は日常生活を困難にし,我が国における要介護者の原因疾患第一位となっており,新しい治療の開発が望まれている。脳梗塞に対する骨髄間葉系幹細胞(MSC)の経静脈的移植は,後遺症を改善する新しい治療法として注目されており,前臨床試験と自主臨床研究(12例の脳梗塞亜急性期患者を対象)での良好な結果に基づき,2013年から,札幌医科大学ではMSCを使用した再生医療の医師主導治験を行っている(第三相)。本治験は二つの治験から構成されており,まず,治験①として,"亜急性期の脳梗塞患者を対象とした二重盲検無作為化比較試験"(発症60日±14日に治験薬を投与)を行っている。そして,治験①終了後,プラセボ群だった患者には,治験②として,"慢性期の脳梗塞患者を対象とした単群非盲検試験"(発症150日±14日に細胞が入った実薬を投与)を行い,安全性と有効性の評価をしている。今回,治験②(慢性期の脳梗塞患者を対象とした単群非盲検試験)においてMSC移植を受けた脳梗塞患者1名の身体機能の経時的変化を,Fugl-Meyer assessment(FMA)に注目して報告する。【方法】対象は30代,男性で,治験②において発症166日目に治験薬の投与を受けた脳梗塞患者である。身体機能は,FMAを使用し,転院時,治験①での投与直前,投与1週後,1ヶ月後,3ヶ月後,治験②での投与1週後,1ヶ月後,3ヶ月後の計8時点に経時的評価を行った。【結果】上肢機能に注目したFMAでは,治験②での治験薬の投与を境にして,大きく改善した。さらに,上肢機能におけるサブ解析では,手関節機能,手指機能,協調性・速度の項目で著しい改善を示していた。【結論】本症例では,発症後5ヶ月以上経過した慢性期においても,MSC移植を契機にして身体機能の更なる改善を示した。特に,MSC移植によって運動・感覚などの神経機能が回復するメカニズムには,移植直後からの神経栄養・保護作用,血液脳関門の安定化,血管新生作用,再有髄化などに加えて,リハビリテーションとの組み合わせによって惹起される脳の可塑性の変化が大きく関わっていることが示唆されており,今後は,症例数を増加するとともに,本治療に適した評価方法の確立やリハビリテーションプログラムの再構築,さらには診療報酬体系を含めたリハビリテーション全体の変革が必要と考えられる。
著者
石合 純夫
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.28, no.3, pp.247-256, 2008-09-30 (Released:2009-10-27)
参考文献数
27
被引用文献数
6 2

半側空間無視は,空間性注意の右方偏倚を基本とし,課題に対する性急さ,用いる方略の不適切さなど,非空間性要因が加わった最終的表現形である。非空間性要因は,課題ごとに指示を工夫すると改善できる場合がある。注意の右方偏倚の矯正目的で「左を見て」と指示する際は,空間的フレームの明確な左側を示すと有効である。しかし,フレーム内の処理向上には,探索の跳躍を抑えるpacing を要する。保存された感覚を一側性に刺激する方法には,カロリック刺激,視運動性刺激,頸部筋振動刺激があり,刺激中の無視改善効果がある。プリズム順応は短時間で感覚—運動協調に変容を創り出し,持続性の無視改善効果が期待されている。しかし,効果は症例と課題によって異なり,今後の検討を要する。新旧の方法を交えて多角的にアプローチし,半側空間無視患者の日常生活活動向上を目指したい。
著者
若松 千裕 石合 純夫
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.4, pp.299-309, 2018

<p>名称の通常表記が仮名の物体について,語頭文字cue(通常文字cue,例:ピアノ→ピ)が語頭音cueよりも呼称を促した2例を対象に,通常文字cueの呼称促進機序を検討した.症例1は30歳代男性,左脳腫瘍術後.症例2は60歳代女性,左脳膿瘍術後.2例ともに,呼称の誤反応は無反応と意味性錯語であり,呼称障害の機序は意味記憶から音韻性出力辞書へのアクセス障害と推定した.呼称失敗時に与えた通常文字cueは,語頭音cueよりも有意に強い呼称促進効果を示した.Cueの音読と復唱は良好であった.通常文字cueは,表記妥当性が高く,音韻経路に加えて視覚性語彙経路を経て,音韻性出力辞書の賦活を促したと考えられる.</p>
著者
石合 純夫
出版者
日本脳神経外科コングレス
雑誌
脳神経外科ジャーナル (ISSN:0917950X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.5, pp.427-434, 2016 (Released:2016-05-25)
参考文献数
15
被引用文献数
2

神経心理学は, 局在性脳損傷によって起こるさまざまな症候を分析し, 病巣との関連から脳の働きを知ろうとする臨床神経心理学が基本となって発展してきた. このような症候論は, どちらかといえば亜急性期から慢性期の病態を扱っている. 一方, 脳神経外科領域の覚醒下手術中の電気刺激あるいは脳腫瘍等の切除過程で評価される症状は急性の病態をみていることになる. 症候論に加えて, 近年は機能画像研究や拡散テンソルトラクトグラフィ−等の脳画像研究の進展により, 神経心理学は, 巣症状の考え方から神経ネットワークとしての捉え方へと変化してきている. 急性に起こる症状はしばしば一過性であり, 神経ネットワークの冗長性によって, その構成部分のうち損傷されても機能脱落が慢性的とならない部位が少なくない. 脳神経外科手術においては, 術後1カ月頃の機能的予後を重視すべきであり, 覚醒下手術中の所見と臨床神経心理学の知見とのすり合わせを行うことが望まれる. 本稿では, 左半球の言語の神経ネットワークと右半球の空間性注意のネットワークに注目して, 必要十分な切除範囲を判断するのに役立つ情報を整理したい.
著者
竹田 里江 竹田 和良 池田 望 松山 清治 石合 純夫 船橋 新太郎
出版者
日本作業療法士協会
雑誌
作業療法 (ISSN:02894920)
巻号頁・発行日
vol.31, no.5, pp.452-462, 2012-10-15

要旨:ワーキングメモリ機能,目的志向的行動の計画や実行など前頭連合野機能を基盤にし,個人の興味・関心や遂行能力にテーラーメイド可能な訓練を開発した.今回,アルツハイマー型認知症の1症例に施行したところ,語の流暢性,抑制コントロール,記憶機能に向上を認めた.また,日常生活面での記憶,見当識,会話に改善が得られ,うつ状態評価尺度や症例の感想から情動面の改善も示唆された.本訓練は実生活に密着した内容で,対象に合わせて課題の難易度や題材を設定できる.単なる反復的な記憶訓練ではなく過去の記憶やアイディアの創出を刺激することを意図している.こうした特徴が症例の認知・情動の両側面の機能改善に寄与したと考えられた.
著者
石合 純夫
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.134-142, 1996 (Released:2006-05-24)
参考文献数
14
被引用文献数
1 1

慢性期まで続いた半側空間無視の改善について,比較的長期間観察しえた症例群を対象として,代償と回復の側面から検討した。無視の回復としては,左方探索の出現と病識の獲得が重要である。左方探索の出現により,抹消試験のような探索課題は改善するが,多くの場合,注意の右方偏位が残っており,線分二等分試験や花の絵の模写など,単一対象の左側に無視が見られることが多い。また,刺激密度の高い日常生活場面でも無視が見られる。病識の出現に伴い,左側の対象を健側に移して処理したり,指摘された誤反応に対する修正を行うといった代償反応も見られるようになる。一方,言語性知識による代償は,病識出現前に見られることもある。半側空間無視は,慢性期に入ってからでも徐々に改善することが多く,また,代償反応による日常生活への適応も起こることから,6ヵ月以上にわたる長期リハビリテーションを考慮してもよい場合が少なくない。