- 著者
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長嶺 宏作
- 雑誌
- 帝京科学大学教職指導研究 : 帝京科学大学教職センター紀要 = Bulletin of Center for Teacher Development, Teikyo University of Science (ISSN:24241253)
- 巻号頁・発行日
- vol.2, no.1, pp.1-8, 2016-10-31
本稿ではロビンソン物と呼ばれる児童文学に焦点をあてながら, 近代的な主体としての子どもが, どのように描かれてきたのかを明らかにしたい. ルソーが, 『エミール』の中で成人の理想像としてロビンソンを見たように, ロビンソンは子どもにとって目指される人間像の一つでもあった. ルソー以降, ロビンソン物は, 主人公を子どもに変えて, 子どもの物語として再生産され,どんな状況においても理性的な行動をしえる「自然人」, あるいは近代的な主体の物語となった.そこでバランタインの『珊瑚島』, スティーブンスの『宝島』, ヴェルヌの『十五少年漂流記』, ゴールディングの『蠅の王』の4 つの作品を取り上げ, 「自然」の子どもの変遷を明らかにする. 4つの作品の子ども像を考察したうえで, 自明視されなくなった現代の子ども像・人間像が, どのように再び語られうるのかについて考察する.