著者
渡部 直樹
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.51, no.4, pp.25-41, 2008-10

樫原正勝教授退官記念号論文生物の進化から,制度や科学的知識の進化に至るまで,高次から低次にいたるまで,すべての進化は,何らかの定向性の性格を持ちうるといえる。この場合,一見ラマルク的に見える進化も,広い意味でのダーウィニズムの枠組みの中で,説明可能であり,生物学における進化も社会制度の進化も,基本的には,同じ方法で説明できる(方法の一元性)。また,ダーウィニズムの,遺伝―変異―淘汰,の過程は,状況の論理の応用によって,次の問題解決の図式,問題(P1)→暫定的解決(TT)→誤り排除(EE)→問題(P2)によって説明できる。更に,制度や科学的知識のような,ポパーのいう世界3 (人間精神の産物)における進化は,生物体のような世界1 (物的世界)における進化と比べて,合理的な推測と批判が大きな要素となり,そのため,あたかも定向進化や獲得形質の遺伝と言えるような状況も,進化過程の中に見出しやすくなる。
著者
澤 悦男
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.44, no.5, pp.1-17, 2001-12-25

この稿は,筆者が2001年1月23日に慶意義塾大学商学会報告会で行ったリポートの内容をまとめたものである。このようなトピックを選んだきっかけは,商学研究科世界銀行プログラムの一環として会計学(Accounting)の授業を担当していたときに,山一証券の倒産劇が起こり,それに関連して当時の日本の企業会計・監査制度を取り巻く環境を"粉飾"することなく留学生に伝えることを試みたことにある。最近の日本における「監査の失敗」と目される事件のいくつかは,山一証券のケースも含めて,1990年代までの日本的会計慣行,日本的監査慣行および日本的裁量行政がその背後要因としてあったことを探るのがこの稿の目的である。一口にいって,数年前まで日本の企業会計および財務諸表監査には次のような特徴が存在したといえる。・商法,証券取引法および法人税法からなる3つの会計法令および関係諸法令は,法人税関係を除き,財務諸表の様式と表示・開示に係る規定は詳細を極めるが,会計処理の基準については大まかでフレキシブルであった。・監査基準および同準則は監査の基本的な考え方を示しているに過ぎず,具体的な監査実務指針(監査基準・手続書)は公表され始めたばかりであり,リスク・アプローチの監査手法は立ち上がりの段階にあった。また,1998年に容認された銀行の保有する株式の評価基準を低価法から原価法に切り替える措置や同年の土地再評価法などに見られるように,政府・行政による企業会計への介入,さらに金融機関等の貸倒引当金設定額や飛ばし行為の幇助的助言などのような業界または企業に対する決算指導が行われていたこも否めない。そして,このような介入や指導を産業界および会計士業界ないし公認会計士がよりどころとする傾向もあった。すなわち,それらを所与の前提として受けとめることにより,独自の判断を回避し,責任を政・官にゆだねることができるからである。最後に,山一証券の監査人に対して破産管財人により損害賠償要求訴訟が起きているが,法廷の場で当該事件の全容が解明され,問題の本質が明らかになることを期待したい。なお,この報告の後に活発な質疑応答があり,多くの僚友から貴重なコメントを頂いたが,紙幅の都合で割愛することをお許し願いたい。
著者
坂本 義和
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.421-435, 2007-08 (Released:2007-00-00)

商学部創立50周年記念 = Commemorating the fiftieth anniversary of the faculty十川廣國教授退任記念号 = In honour of Professor Hirokuni Sogawa50周年記念論文・退任記念論文 Alfred D. Chandler, Jr. が明らかにした大企業の生成と展開のプロセスであるいわゆるチャンドラー・モデルは,これまで大企業の動向を説明する手段として経営史分野のみならず多岐にわたる学問分野において着目されてきた。しかしながら近年において,そのモデルでは20世紀後半以降の企業動向に対して説明に限界が生じるというポスト・チャンドラーの議論が展開されている。本稿では,このポスト・チャンドラーの議論,なかでも単に現状説明の限界を指摘するだけではなくChandlerの説明の背景理論を問題視するNaomi R. Lamoreaux, Daniel M. Raff and Peter Teminによる研究とRichard N. Langloisによる研究に焦点を当てることで,チャンドラー・モデルについて再検討を試みる。
著者
十川 廣國 青木 幹喜 遠藤 健哉
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.47, no.6, pp.121-145, 2005-02

継続的に日本企業の組織能力とイノベーションの関係について調査を行なっている。この報告書は, 変革を求められている日本企業のマネジメントを継続と変化という視点からその異動についての2年目の調査結果をまとめたものである。
著者
清水 龍瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.40, no.3, pp.185-224, 1997-08-25

1996年8月から1997年6月までの1年間,為替レートは乱高下した。日本経済は円安時には輸出に支えられ成長した。しかしこの1年間を通して,日本経済は情報化・グローバル化・ボーダレス化で競争が激化し,各企業はコスト削減,品質向上,短納期が求められた。さらに少子化,高齢化,超低金利で消費は低迷し,公共投資も波及効果が少なく,長期低迷,閉塞状態が続いている。一方,本来人間の意識が固定してできる法律とか制度が,外圧によって,人々の意識より早く変わってしまい,多くのトラブルを生ぜしめている。内需拡大,規制緩和,金融ビックバンなどは人々の意識より早く変わっている。それに対応できない人々が野村証券,第一勧銀などのようなトラブルをおこしている。このような構造的大変革を多くの経営者は身をもって認識しはじめ,経営についての考え方,哲学を変え,新しい対処行動をとりはじめた。グローバル化・国際競争激化に対処するため,レジャー製品の大メーカーは,社長自身が雇用を守ることが大前提だと明言して,競争力の弱くなったスキー板から撤退した。国際競争激化に対処するため,自動車電装品大メーカーは,エレクトロニクスからバイオにいたる基盤技術を強化し,自動車関連ハイテク製品で勝負する。ボーダレス化に対処するため,音響中堅メーカーは音響機器は今後必ずしもハイテクでないからとして,製造をやめ企画,販売に集中する。化学企業は規模では国際競争ができないため,通信・電子関係のコアの事業に集中する。ボーダレス化・情報化に対応するため,大手海運会社は,荷主の分散化.Eメールによる情報の共有化をはかる。高齢化に対応して,警備保障会社が予防医療に進出し,少子化にともなう輸送人員数の減少に対処して,私鉄が不動産業に力を入れる。これらは,各企業とも従来の経営の考え方や哲学までも修正する大転換戦略である。すなわち従来のような産業構造上の連鎖の中での固定的な小売の優位,アセンブリの仕入れ優位,下請不利などはなくなり,部品メーカー,メーカー卸,小売が平等で競争・協調しなければならなくなったことを示している。〈製造等関係〉[セコム]34年前にセキュリティを中心に創業し,その周辺に医療,教育,情報等の事業をおこし現在マルティプル産業に成長。次々に事業展開をするために,家庭用セキュリティシステムはレンタルとし,その安定収入をもとにして新投資を行うという原則。復数の事業を束ねるには遠い先に目標を定める。医療は今後治療医学から予防医学へ。[日本金属工業]日本の製造企業に共通している"製造設備の自社開発は強み"という説はあてはまらない。ノウハウを蓄積して三菱重工,日立に注文生産してもらうが第1番目の設備は非常に高価格になる。これを購入する第2,第3番目のメーカーは非常に安い設備を導入できる。台湾,韓国のメーカーはこれを買い汎用品を大量生産し,日本へ輸出してくる。競争激化。[デンソー]日本国内の自動車保有量は限界に達し,これ以上供給量をムリにふやせば輸出ドライヴがかかり,再び円高になる。それに対処するため自動車関連電装品の強化,すなわち環境,安全,エネルギー関連に特に力を入れる。エレクトロニクスからバイオに至るまでの基盤技術の強さが,企業成長の原動力となり,この企業成長の理念こそが構造的な経営問題解決の条件となる。[アイワ]ハイテクはもはやハイプロフィットではない。アセンブリーに近い音響メーカーは繊維産業のように日本からなくなっていく。日本に残っていけるエレクトロニクス産業は技術の蓄積のできる会社,100億の投資のできる大企業だけ。アイワはこれからは,企画と販売だけで食っていく。これが中堅企業の生き残る道。[ヤマハ]NEW YAMAHA PLANで沈滞したムードの意識改革を行った。この前提として雇用を守ることを大前提とした。強みをさらに強化するためにR & Dに集中投資をし,弱いところから撤退する。撤退の意思決定は社長にしかできない。役員は自分の担当に専念しているから,過去と比べて改善されたと思って撤退できない。スキーからの撤退は社長がきめた。[昭和電工]企業倫理を浸透させるために,従業員にフェアについての話を繰り返しする。化学産業は規模において国際競争力がないから,今後のコアとなる通信・電子関係の事業の研究開発に注力する。その事業規模は10億,20億でいい。また少しでもスケールを大きくするため合弁会社をつくる。そのとき出資比率を50 :50にしない。そうすると社内でエネルギーを消費してしまい,経営責任がもてなくなる。〈運輸関係〉[大阪商船三井]産業構造の大変革を一番はじめに経験したのは外航海運であり,その対処策は既に十分にとっている。グローバル化・情報化を積極的に利用して,荷主の海外拠点分散,本社組織・海外子会社とEメールによって情報の共有化を行い,タイムリーに意思決定する。特にアジア全体の輸送量の増大を見込んで戦略をたてる。[小田急]鉄道輸送人員が年700万人ずつ確実に減っている。年10%の減少率であり,大変な問題である。これは人口構成上の問題だからアンコントローラブルである。それなのに混雑緩和のために収入の4割を設備投資しなければならない。対処策として不動産業等に注力している。外国には私鉄という業態はない。〈流通業関係〉[島忠]家具はクレーム産業である。クレームには出来る限りの対応をする。それでいて利益を出す。顧客の千差万別の要求に対処する。クレームをつけた客を満足させリピータにすることが最大の戦略。一旦仕入れた商品は返品しないし,関東一円以外の遠くは取り扱わない。在庫量,販促費がかからない。[国分]流通業は毎日配送搬入して顔を合わせていても,相手の明日の動きがわからない程環境変化が激しい。対処策としてクイックリスポンスをする組織をつくること,さらに,メーカー,問屋,小売がお互いに裸になって自分のやりやすい機能を,相手方の領分まで入って果たしていく,という生販三層のコスト削減等が必要である。〈研究所関係〉[三菱総研]日本ではもう公共投資にはそれ程の波及効果はない。消費刺激がいい。長期的にみれば最も心配なのは高齢化とグローバル化。高齢化に対して日本人は個人で身を守ることができない。自分で稼ぐシステムをつくる。グローバル化の問題は日本人が外国人を使うのが下手だということ。アウンの呼吸で意思疎通ができると思っている。
著者
鈴木 諒一
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.39, no.5, pp.1-8, 1996-12-25

平成時代に入ってから,関東地方のように大平野があり,気候も温和な地区を商工業の発展地区にしたいと云う開発計画が聞かれた。但し,京浜工業地帯や神奈川県の海岸地帯は過密地帯でこれ以上,人ロを増やすことは好ましくないし,房総半島のような小高い丘のある場所は開発計画から外してある。又,開発拠点としては,人口20万人以上の都市を中心として開発を進めれば,自らその周辺を潤おすであろうとの観察も成り立つ筈である。かくして開発拠点としては, (1)八高線より東,(2)千葉-成田を結ぶ線及び常磐線より西,(3)相模原市, (4)北は,水戸-高崎を結ぶ線より南,の地区に集中させる。そこで,先ず小売業の売上金額を考察すると,人口の大小と売上高との取引はある筈であるが,その相関を大きく乱しているのは,宇都宮市と水戸市であって,いずれも人口の割に,販売高が多い。この原因を小売業の内部構造に求める。千葉県船橋市は各種商品小売業の販売額が大きく,北関東の都市では,各専門店の売上高の割合で大きい。又,人口増加率と売上高の伸び率が大きいのは,川越市と所沢市である。第2に製造業との相関をとると,高崎市は小売業の割に製造業の出荷額が大きく,船橋市はその逆である。前者は電気機械,輸送用機械等のシェアが大きく,後者は化学工業,一般機械等の消費財のウエイトが大きい。第3にサービス業と小売業の相関を見ると,船橋市では宿泊所のウェイトが低く,自動車等の修理業のウェイトが大きい。これに対して高崎市では,宿泊所のウェイトが高く,「その他の修理業」のウェイトが低い。そして千葉県の方が群馬県より零細経営の事業所が少ない。
著者
大杉 八郎
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.19, no.3, pp.98-128, 1976-08-30
著者
園田 智昭
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.121-131, 2007-04

商学部創立50周年記念 = Commemorating the fiftieth anniversary of the faculty50周年記念論文本社部門の業績を管理する手法であるチャージバック・システムにおける課金の設定方法は,2 つの観点から分類することができる。第一の分類は,課金に利益を上乗せするか市場価格をベースとする方法(プロフィットベースの課金)と,原価をベースに課金を設定する方法(コストベースの課金)である。第二の分類は,課金をサービス量に関係なく固定的に設定するか,サービス量に応じて変動的に設定するか,という観点からの分類である。結果として,両者を組み合わせた4 種類の課金を考えることができるが,プロフィットベースで変動的な課金が最も優れている。本稿では,これら4 種類の課金設定方法について検討し,プロフィットベースの課金の長所,コストベースの課金と事業部制会計における配賦の違い,固定的な課金と変動的な課金の比較などについて検討するとともに,チャージバック・システムの新たな展開の可能性として,包括契約と個別契約,さらにはSLA について指摘した。
著者
前田 淳
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.1-27, 1996-04-25

信託公社の解体直後,1995年1月1日,同運営評議会議長(Vorsitzender des Treuhandanstaltsverwaltungsrat)マンフレッド・レーニングス(Manfred Lennings)は,「東独はヨーロッパ有数の成長地域に数えられるであろう」と述べ,信託公社の4年半に及ぶ業績を最大限に自負した。さらに,「『かつての手を焼かせる子供』であった東独工業は1995年も昨年同様,20%の高い成長率を示すであろうし,そのことで旧東独時代の生産水準に到達するであろう」(傍点は引用者)と付言している。しかし,彼の主張を冷静に判断するならば,信託公社が1990年6月17日, 旧東独で産声を上げ,1994年12月31日,その任務を終了し,解体されるまで,旧西独連邦政府,企業,就中,銀行の全面的バックアップを受容したにもかかわらず,4年半の時間を消費しても尚,旧東独の経済水準には到達しえなかったことになる。我々はこの客観的事実を率直に認識すると同時に,その過程及び東独地域経済の苦境の原因の究明を分析の目的として措定する。特に本稿では,信託公社の中核業務である民営化の準備過程-1990年代-に注目し,同過程整備の方法及び特質を詳らかに考察し,その論点を明確にした。その際,通貨同盟締結が同過程に多大なるインパクトを与えている点を強調した。具体的には,信託公社による(1)人民所有企業から資本会社への転換業務,(2)通貨同盟締結を直接的契機とする財務的支援,(3)取締役会・監査役会の設置の3点を中心に検討した。(2)に関しては,さらに第3階梯に分割し,各々の内実と意義を明確にした。(3)については,両機関の機能を支援する意味での経営コンサルティング会社と銀行の役割と重要性も同時に強調した。
著者
首藤 恵
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1, pp.55-70, 1994-04-25

この研究の目的は,1980年代後半に急成長を経験したアジアNIESおよびASEAN地域の主要な8株式市場を対象として,この時期に各国で進められた需給両面への市場育成政策が価格形成に与えた影響を,市場制度デザインと市場構造の適合性という視点から実証分析することにある。分析の方法は,日別株式収益率および週別株式収益率を用いた分散比テストによって短期株価形成の歪みを検出し,さらにその結果をもとに,市場構造要因と関連する証券市場政策が短期株価形成に与えた影響を,パネル・データを用いた重回帰分析によって検証する。主なファクト・ファインディングは次の3点である。(1)証券投資需要の活発化は,時価総額の増大と売買の集中をもたらし,短期的な株価変動を増幅した。積極的な株式公開政策が実質的な株式供給に必ずしも結びつかず,投資需要の拡大に十分に対応できなかったからである。(2)取引所売買システムの機械化は,取引の迅速化と売買量の増加に寄与したとしても,市場の厚みと広さなど流動性供給に寄与したとはいえない。これらの市場で短期的な株価変動が大きい一つの理由は,流動性供給とリスク負担を担う,情報力と資本力を装備した証券業者が十分に存在しないままに,売買システムの効率性と市場規模の拡大が追求された点にある。(3)NIES市場では日々の株価変動が高まるほど短期株価は過剰反応し,ASEAN市場では逆に価格調整が遅れる煩向かある。それぞれの市場の価格形成プロセスの課題が指摘される。
著者
権丈 善一
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.35, no.2, pp.24-46, 1992-06-25

ここでの関心は,これまで日本の社会保障政策がスカンジナビア諸国に代表されるヨーロッパの小国よりも消極的であった原因を探るとともに,現在の高福祉国家がこれからも高福祉政策を継続する蓋然性,および,今後の日本の社会保障政策が急激に積極化する蓋然性を確かめることにある。分析にはキャメロン・モデルを発展させた"社会保障と経済政策"モデルを利用する。キャメロン・モデルは,先進資本主義諸国のなかでもヨーロッパの小国の多くが,他の先進資本主義諸国よりも公共経済の規模の大幅な増加を経験した現象を説明するものであり,"社会保障と経済政策"モデルは,キャメロン・モデルを社会保障と経済政策との関係に引きなおしたものである。そして,この社会保障と経済政策モデルにもとづく限り,現在の高福祉国家群はこれからも高福祉政策をとり続ける可能性が高いこと,および,今後の日本の社会保障政策が急激に積極化する可能性は低いことを,本稿では予測する。
著者
清水 猛
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.42, no.3, pp.1-15, 1999-08-25

本稿は社会空間とマクロ・マーケティング要因(広告費,小売商店数,小売労働生産性)の関係について,かつて行った社会指標分析を約20年後に再吟味しようとする継続研究である。本稿ではまず各都道府県の地域社会を主成分分析によって都市性,飽和性,零細性の3個の総合社会指標で代表させ,次に,これら3個の指標が各地域社会のマーケティング要因とどのような関係をもつかを回帰分析によって再吟味する。約20年間における3期もしくは2期の分析結果に基づいて,各都道府県の諸特性の変化を跡づけるとともに,マーケティング要因を規定する地域社会発展段階モデルの作成を試みて,マクロ・マーケティング要因の変動を推論しようとする。
著者
岡本 大輔 古川 靖洋
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.38, no.4, pp.31-62, 1995-10-25

エキスパート・システムとは,問題領域の専門家から獲得された専門知識を利用して推論を行ない,十分に複雑な問題を専門家(エキスパート)と同程度の能力で解決することを目標とする知的プログラムである。本論文ではそのエキスパート・システムの企業評価論への適用可能性を探った。そのため筆者らは,実際にフレーム型システムを用いた企業評価用エキスパート・システムEFSA ver.2.04を構築し,その構造を示し,どのように推論し,どの程度の問題解決能力を持つかを示した。その結果,かなり高度に専門的な問題解決能力をシステムに持たせられることがわかった。
著者
高橋 正子 黒川 行治
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.35, no.5, pp.22-48, 1992-12-25

SEC連結基準採用会社をサンプルとし,産業効果モデルによって推定した残差リターンに基づく累積平均残差CARを計算し,決算発表された会計情報の内容とCARとの関係を分析することにより,会計情報の有用性の有無・程度を検討する。会計情報としては,(1)連結利益,(2)個別利益,(3)連結営業キャッシュ,(4)個別営業キャッシュ,(5)連結投資キャッシュ,(6)連結財務キャッシュ,(7)個別投資キャッシュ,(8)個別財務キャッシュの8種類である。なお,すべて1株当たりの数値に換算し,また対前期比を計算することにより実際値と予想値との乖離を求め,期待外の結果とする。分析は4つのパートから構成されている。(1)利益情報と営業キャッシュ情報との比較 上記(1)〜(4)の4つの情報について,対前期比がプラスの場合,その情報内容が好材料(good news)と判断し,逆にマイナスの場合,悪材料(bad news)と判断して,情報の好悪とCARとの関係を月毎の変動の形にグラフ化する。その結果,利益情報の好悪は,営業キャッシュ情報の好悪よりもCAR(株価)との関連性が強い。とくに,連結利益情報がもっとも顕著であり,逆に,個別営業キャッツュ情報の好悪は株価に関して殆ど差異をもたらしていない。(2)投資キャッシュと財務キャッシュ情報の有用性 上記(5)〜(8)の4つの情報について,対前期比が増加であるか減少であるかを当該情報の情報内容として,CARとの関係を月毎の変動の形にグラフ化する。その結果,連結または個別の投資キャッシュが増加する場合,-3月まではCARは殆ど上昇しない。また,連結または個別の財務キャッシュが減少する場合,-3月まではCARは殆ど上昇しない。連結財務キャッシュが減少する場合,+1月から+3月までのCARの上昇が顕著である。(3)数量化I類モデルによる会計情報の有用性の分析 数量化I類モデルにより,総合的に会計情報のCARへの影響を検討する。その結果,-3月で決定係数が最大となり,情報の好悪(増減)に対するCARの反応差が最も大きくなる。また,資金情報の利益情報に対する追加情報の有用性についてみると,営業キャッシュにはそれほど大きな追加情報内容がないが,投資キャッシュには連結・個別ともに追加情報内容がある。また,個別財務キャッシュには追加情報内容がないが,連結財務キャッシュには追加情報の有用性がある。(4)回帰モデルによる会計情報の有用性の分析 分析(1)〜(3)までは,会計情報の内容を名義測度でとらえ,当期の会計数値を予想(前期値)と比較し,それの好悪あるいは増減としての情報の有用性を分析したが,ここでは,会計情報の内容を比例測度でとらえ,対前期比の数値そのものあるいは対数変換するにとどめた会計情報を扱う。その結果,連結利益は決算月前および決算発表月前に有用で,CARに対して+にはたらく。営業キャッシュ情報には,連結・個別ともに有用性が低い。また,投資キャッシュ,財務キャッシュ情報は,連結・個別ともに有用であり,とくに,連結財務キャッシュ情報が決算月以後および決算短信発表月以後のCARに対して影響が最も有意で,分析(2)と同様マイナスにはたらく。最後に,日本基準の連結会計制度上,作成・開示が義務付けられていない連結キャッシュ情報は有用であることが判った。
著者
黒川 行治 高橋 正子
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.35, no.3, pp.41-51, 1992-08-25

株式投資決定を前提として,会計情報の有用性を問題とする場合,連結会計が主である米国では,発生主義にもとづく連結利益情報と現金主義にもとづく連結キャッシュ・フロー情報とが比較の対象となってきた。一方個別会計情報と連結会計情報とを併用して利用できる状況にあるわが国においては,個別利益情報,個別キャッシュ・フロー情報,連結利益情報,連結キャッシュ・フロー情報の4つが情報の有用性の比較対象となりうる。しかし,現在のところ,個別利益情報および連結利益情報の有用性が若干確認されたにとどまり,キャッシュ・フロー情報とくに連結キャッシュ・フロー情報の有用性の検証は行われていない。そこで,本研究の目的は,株式投資決定問題を前提として,上記の4つの情報の有用性を比較検討することである。なお,わが国固有の連結基準では,連結キャッシュ情報公開が要請されていず,上記4つの情報がすべて利用できるのは,SEC基準によって連結有価証券報告書を提出する会社だけなので,SEC連結基準適用会社をサンプルとする。分析方法としては,産業効果モデルによって推定した残差リターンにもとづく累積平均残差CARを計算し,決算発表された会計情報が好材料(good news)であるか,悪材料(bad news)であるかによって,決算発表前後でCARの動きが異なるか否かを検討するものである。ただし,会計情報としては上記の4種類があるので,好材料か悪材料かはそれぞれの情報毎に識別される。
著者
村田 昭治
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.178-196, 1959-06-25

It cannot be said that Francois Quesnay has ever developed a commercial theory deserving of the name. The reason why I am particularly interested in his reference to commerce is based on the fact that we can understand the general view of the Physiocrates regarding function and significance of commerce in economic circulation through his treatment of commerce. Quesnay, in his famous articles, "Du Commerce" etc., emphasizes the economic significance of "commerce." However, it must be remembered that his definition on commerce is sometimes broad or narrow in its meaning. In part I of the paper, the writer will consider the unproductivity of commercial industry for the reason that it does not produce "produit net." Therefore, agriculture is the fundamental industry of the country, where liberty and security are its chief requisites. In part II and III, Quesnay's view concerning commerce and price will be examined. He made a sharp distinction between commerce as a profit-making activity of merchants (le commerce revendeur) and pure commerce (le change qui se fait entre le vendeur de preiere main et acheture-consommateur.) Such a clear distinction as to commerce is expressed in the various parts of his works. And he put much stress upon the importance of the economic function which plays an active role in establishing "le bon prix." Lastly, the writer tries to make some additional remarks on Quesnay's explanation on the free play of commerce which is synonymous with free competition, while the mercantilistes believe that the country would be prosperous only by nationalism and state-regulation. Generally speaking Quesnay's analysis on commerce has a little Worth, theoretically, and his viewpoint about it has an important influence, even today, upon the establishment and development of the economic theory of commerce.
著者
唐木 圀和
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.83-99, 2000-11-25

〓小平亡き後も中国は,1978年12月以来の路線を継続して,「中国の特色を持つ社会主義建設」を目指している。〓路線においては,1987年11月,中国は社会主義の初級段階にあり,中国が直面している最大の矛盾は,「増大する物質的・文化的需要と立ち遅れた社会的生産とのあいだの矛盾」であって,階級矛盾は副次的なものであるとの論断がなされた。これによって,私営企業を含む多様な所有制の存在が可能となった。社会主義市場経済を確立するにあたって,その基盤となるものが,公有制を主体とする現代企業制度の確立である。改革の当面の中心課題は,国有企業の改革にある。国が国有企業の株式を100%所有していなくても,持ち株会社を通じて実効支配が出来れば,公有制の原則が維持されていると中国はみなすに至っている。さらに,所有と経営の分離を謳っているにもかかわらず,企業管理組織において,董事会,監事会ともに党委員会の影響力が強く及ぶ仕組みになっている。持株会社の党の指導には,制度上の歯止めが無い。指導が適切かどうかを判定するものは,企業業績を競争的株式市場が,株価においてどのように判定するかにかかってくるであろう。国家株の放出,企業情報の公開を通じて競争的株式市場を育成し,「市場志向的ガバナンス・システム」を確立することが,中国現代企業制度の整備にあたって強く望まれる。
著者
清水 龍瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.35, no.6, pp.251-295, 1993-02-25

日本企業についてのサーベイでは,どの社長も現在の不況を嘆いていない。むしろ将来の景気回復を見据えて,この時期,長期的に自社の強み強化の戦略を積極的に考えている。エレクトロニクスのデジタル技術が今後競争の中心になる。生産現場のノウハウの統合が重要であるが,外部からの中途採用者ではこの統合・融合がうまくいかない(富士ゼロックス)。日本の情報技術は量産できるデバイス・新素材の部分はすすんでいるが,通信技術は米国と同じか,やや下で,コンピュータ開発・ソフト開発技術は米国よりずっと遅れている(学術情報センター)。土地買収の秘訣は"相手の立場にたってものを考える"こと。お年寄りには方面委員的なお世話を,お店にはコンサルタント的な相談を,地主さんには上りの入る部屋を提供。反対する人にはムリな説得はしない(森ビル)。自社の強みは,新しいセンサーの開発,現場ノウハウの統合,それによるアプリケーション技術,システム技術の開発。これが他社にまねられない競争優位戦略の中核(オムロン)。収益5割減,コスト5割増でも営業利益黒字。公開業務,M&A,証券化ビジネスなど将来性のある商品開発へ優秀な人材を再配置する。その教育のための特殊な"学校制度"に力を入れる(日興證券)。人事評価は,相対的な全体評価が原則。従業員1人ひとりを全体的にみて順位をつける。分析的項目の評価値の合計は全体評価値と一致しない(日本通運)。中国の「社会主義市場経済」はタテマエとして,国営企業の所有権は国,経営権は管理者グループヘといっている。しかし実態は,経営者の任命権は既に国にはなく,また基本賃金一定の原則はボーナスの自由化で崩れ,急速に資本主義企業の経営に近づいている。法律が未だ整備されていないので裁判所で認めたものだけ,たとえば土地使用料だけが担保になりうる。貸出金利は中国人民銀行がきめるが貸出資金量には当行に裁量権がある(中国銀行)。他市で当社の販売妨害があると天津市政府は現地へ行って抗議してくれる。しかし当社が優秀な中間管理者を募集すると株主の天津市政府はいい顔しない。市政府が出資している他の合弁会社が弱くなるから(コカコーラ合弁会社)。国営から民営化ではない。依然として国家が所有権をもっていて,経営権だけが会社全体に渡されている。しかし実態はもう少しすすみ,所有は国,省,市政府などの集団になり,経営者も会社で決めた者を国が任命する(南開大学)。下請部品メーカーの労働賃金は安いが部品価格は日本の1.5倍になる。品質管理,生産管理が悪くて不良品比率が高いから(ヤマハ合弁会社)。創業5年で売上が100倍になり高収益をあげている。国内でいくら売れても人民元しか入らない。外貨が入らず設備投資が難しい。外資企業がふえて競争激化(SKF合弁会社)。開発区,保税区を次々につくり各種優遇措置を講じているが,インフラは未だ十分に整備されていない。いまのところは進出企業の当社投資額は天津市内の旧工場跡地のほうが有利(天津市政府)。売上の中で最も大きな比率を占める商品は男子服。利益の多いのはファッション製品。生地は日本製品より品質が悪く価格も高い。ボーナスは基本年給の5倍出している(華聯商厦)。約90社から成る企業集団であり年間売上高は40億元。管理より発展が重要。管理を強めると創造性を発揮しなくなる。基本戦略は,商を中心にして金融を発展させ,そのあとで製造を握る(天津立達(集団)公司)。支社長に3ヶ月の運転資金を渡し実績をあげなければクビ。本社の部長は自分の好きな人を部下として採用しうる人事権をもつ。米国人は物を信用すれば買うが,日本人は人を信用しなければ物を買わない(東方文化藝術)。
著者
三浦 雄二
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.41, no.6, pp.83-101, 1999-02-25

<豊かさ>は資本主義的高度産業社会の構造的仕組みが産み出したもので,それ自体社会のものである。社会の<豊かさ>はその華やかさによって人々の目を奪うが,その背後では社会そのものがこの構造的仕組みに方向付けられながら,強大な全体的構造を作り上げていることを意味する。<豊かさ>を維持するためにはこの構造的仕組みが強化されなければならず,そのためには諸個人が犠牲にされることも省みられない。それは<豊かさ>が漲っていたときもそうであったし,今日のように<豊かさ>に翳りが見え始めている場合もそぅである。<豊かさ>はその背後で人間と社会の関わりが大きく構造の側に傾いたままであることを気づかせない。資本主義的高度産業社会はこれからも<豊かさ>の擁護をめぐって展開していかざるを得ず,それは構造的問題性を強化こそすれ緩和させることはないであろう。我々は資本主義的高度産業社会の構造的在り方を問題視していかなければならない。人々は強大化していく社会構造の中で,生活そのものをその中に組み込まれていく。彼らにとっての社会ともいうべき社会生活そのものが<豊かさ>に包まれているからで,それによって彼らの目は彼らの存在が形式的のみならず実質的にも構造に対して卑小化している現実に届きにくくなっている。<豊かさ>の故に人々は,あたかもその存在を社会によって丸飲みにされてしまったかのようである。それは包摂とでも表現すべき状況であり,現代日本の資本主義的高度産業社会としての構造的問題性を集約的に表現している。人々の間には構造に対する依存の体質が拡がり,その限界が現れてきているにもかかわらず,個人的には依存の姿勢を一層強めようとする気配を見せている。今日,資本主義的高度産業社会における人々,とりわけ日本の労働者の間に,社会の構造的在り方に積極的に働きかけ,構造的問題性の緩和に努力しようとする姿勢は全く見られない。見られるのは自分だけは<豊かさ>の享受から振り落とされまいとする極めて利己的な態度でしかない。<豊かさ>は人間と社会の関わりにとって批判的に究明されねばならない問題なのである。
著者
笠井 昭次
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.48, no.4, pp.129-145, 2005-10

現行会計実践は,測定の側面からは,取得原価,時価,増価(いわゆる償却原価)の三者が,いわば等価的に存在する併存会計であるが,しかし,その会計実践の全体が,合理的に説明されているとは言い難い。もっとも,もっぱらFASB の動向あるいは国際的潮流に関心のある我が国においては,そうした説明理論の欠如は,さしたる問題ではないのかもしれない。しかし,確実な根拠の提示により社会的に貢献することが科学理論の役割と考えている筆者にとっては,そうした説明理論の欠如は,会計理論のレーゾンデートルにかかわる由々しい問題と言わなくてはならない。そこで,ここでは,会計実践の全体を首尾一貫した論理で説明する理論体系が我が国においては欠如している,ということの原因について考えることとしたい。もっとも,もっぱら投資家の意思決定への直接的な役立ちを重視する現状からすれば,そうした試みには,さしたる意義が認められないことが予想されるのであるが,会計理論のレーゾンデートルを,会計実践の全体に関する確かな知識体系の提示に求める筆者の視点からは,いささか迂遠のようではあるが,根本的に重要なことなのである。十全な説明理論が欠如していることの原因としては,私見では,伝統的会計理論(取得原価主義会計論)の問題点に関する究明の欠如,およびFASB などにより主張された収益費用観・資産負債観という二項対立の理論的根拠に関する究明の欠如,という2点が指摘されなければならない。まず前者であるが,今日,取得原価主義会計論の理論的欠陥の索出といった作業は,まったく試みられていない。そうした営みは,既に過去のものとなった会計学説の欠陥をほじくり返す,といった感覚でしか受け止められていないのではないだろうか。しかし,もし人間の営みを,何らかの意味での「進歩」という語によって語ることができるとするなら,現代会計理論は,取得原価主義会計論の欠陥を克服したものとして位置づけられるであろう。そうであれば,現行会計実践に関する十全な説明理論の構築のためには,取得原価主義会計論の理論的検討が不可欠なのである。このように理解するかぎり,そうした理論的検討の欠如が,現代会計理論の不振の一因となっていると言ってよいであろう。次に後者であるが,今日,周知のように,収益費用観と資産負債観との二項対立のもとで,さらには,収益費用観から資産負債観への転換という枠組によって,会計の変化を説明することが,流行現象になっている。その場合,収益費用観によればかくかくの処理になり,収益費用観によればしかじかの処理になる,といった議論が瀰漫している。収益費用観・資産負債観はそもそも理論的に成立し得るのか,といった議論を筆者は寡聞にして知らない。しかしながら,科学理論におけるすべての主張は,基本的にはひとつの仮説に他ならず,何らかの形で,その妥当性が議論されなくてはならない。つまり,誤りであるかもしれないという可能性が,常に意識されなければならないはずである。もし会計理論が1個の科学理論であるとするならば,収益費用観・帯資産負債観の妥当性に関する議論がなされていない現状は,奇異としか言いようがない。かねてから,そのような疑念を筆者は覚えていたが,そうした疑念は,FASB 学と化したかにみえる今日の会計学界においては,荒唐無稽なことのように感じられよう。しかし,本当にそうなのであろうか。そこで,貸倒損失を例にして,筆者の疑念の妥当性いかんを考えてみよう,というのが本稿の狙いである。すなわち,いわゆる取得原価主義会計においては,期末に貸倒引当金が計上されるのは,きわめて当然のこととみなされていたが,その感覚は,現行併存会計においても継承されている。しかしながら,最近,その点について疑義が提起されるようになった。そのこと自体は,好ましいことではあるが,問題は,そうした主張の具体的内容である。すなわち,そうした疑義にしても,取得原価主義会計に内在する理論的な欠陥を是正するという問題意識のもとに捉えられているのではない。むしろ,今日できあいの収益費用観と資産負債観という二項対立の妥当性を暗黙裡にせよ大前提に据えつつ,収益費用観から資産負債観への転換という論理に,依拠しているかに思われるのである。そこには,取得原価主義会計論という体系には,内在的な混乱があるかもしれない,といった問題意識,あるいは収益費用観・資産負債観という二項対立は,理論的に成立しないかもしれない,といった問題意識など,まったく感じられないのである。本号は,貸倒引当金計上との関係における取得原価主義会計論の内在的欠陥の問題を検討することとし,収益費用観と収益費用観との二項対立の問題については,次号で取り上げることとしたい。