著者
大井 赤亥
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.2_288-2_308, 2012 (Released:2016-02-24)

The early 20th century was marked by the advent of both communism and fascism, and their challenges against the traditional western civilization. This paper examines the historical dynamism shown by those political struggles in the early 20th through the works of Laski. In the 1920s, Laski considered both communism and fascism as the negation of the legacies of western civilization. However, the political turmoil in the 1930s had led Laski to distinguish Soviet Union and Nazi Germany, and he thought Soviet communism as a “new civilization” which had been overcoming capitalist societies. But Laski's appreciation of Soviet communism was different from other British socialists in that Laski evaluated social welfare in Soviet Union as long as it served as the basis for individual freedom. This paper concludes that those Laski's ideas contain an actual potentiality in making contemporary criticism to liberal democracy after the collapse of Soviet communism.
著者
境家 史郎
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.1_236-1_255, 2013 (Released:2016-07-01)
参考文献数
30
被引用文献数
1 1

In the late 1980s, Ikuo Kabashima empirically showed that uneducated voters in rural areas were more likely to participate in elections in postwar Japan unlike other developed democracies. He argued that this participation structure was the key to Japan's postwar super-stable party system and rapid economic growth with equality. This paper reexamines this well-known “political equality” thesis. The analysis of survey data covering the period from 1958 to 2009 shows that the participation structure shown by Kabashima existed only in the 1970s-80s or the golden age of the 1955 system. The study then explores why the structure changed in the 1990s comparing data from the 1980s and 2000s. The analysis suggests that rural political networks became weaker and the political efficacy of urban educated voters increased over the past 20 years, which resulted in rural voters' lower turnout and educated voters' higher turnout in recent elections.
著者
德久 恭子
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.1_138-1_160, 2012 (Released:2016-02-24)
参考文献数
26

This article analyzes continuity and change of education policies in Japan, giving attention to political coalition and discourse related to that. The government had embarked in education reform since 1967. Most of them, however, could not be carried out because of a “immobilism”. This immobilism was enhanced by the status quo orientation of Ministry of Education (MOE) and the education zoku in LDP. At the same time, the conservatism and radicalism of the progressive opposition were maintaining institutions of ‘democratic’ education founded in Occupation Era. Public support to education reform was weak until 1993. After the election of that year, new government changed the policy toward reforms, induced political groups to a pragmatic policy line. The discourse of “Yutori” idea made MOE and Nikkyoso (Japan Teachers Union) settle their differences peacefully and achieve the reform.
著者
篠本 創
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.1_155-1_178, 2021 (Released:2022-06-15)
参考文献数
39

日本の市民による自国政府を対象とした安全保障問題に関する抗議行動 (安保系抗議行動) は、どのような条件下において発生するだろうか。本論文では、基地政治研究で主張されてきた内容をもとに、在日米軍のプレゼンスの規模、具体的には米軍により利用される軍事基地・施設の規模と、それらに関連して発生する経済的便益の大きさに着目し、これらの要因と安保系抗議行動の発生件数の関係性について2005年から2018年までの全都道府県のデータを用いた計量分析により実証する。加えて、自衛隊の基地・施設の規模を独立変数として組み込むことにより、在日米軍の基地・施設がもたらす影響との比較検討を試みる。 分析の結果、ある地域内部における在日米軍の基地・施設の規模が大きくなるほど、当該地域における安保系抗議行動の発生件数が多くなるということが示唆されたが、他方で、自衛隊の基地・施設の規模が安保系抗議行動の発生件数に影響を与える、という旨の仮説に合致する分析結果を得ることはできなかった。また、在日米軍の基地・施設に関連して発生する経済的便益がこの種の抗議行動の発生件数に影響を与えるという旨の仮説の妥当性には疑義が呈された。
著者
三上 了
出版者
JAPANESE POLITICAL SCIENCE ASSOCIATION
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.146-169,252, 2005 (Released:2010-04-30)
参考文献数
24

When and why does breakdown of political systems occur? Recent empirical works on regime changes have failed to address this question properly because their frameworks conventionally treat onset and outcome of political transitions as the same problem.Conceptualizing the dependent variable more precisely and using an original data set that covers all system transformations in the 20th century, this paper reexamines the various hypotheses concerning sustainability of political systems. The factors analyzed here include: development level, resource dependence, economic inequality, social fractionalization, position in the world system, inflation, and economic recession.The results indicate that although some factors have a common destabilizing effect, other factors act in the opposite direction between the two types of regime at risk. The regression models also reveal that dictatorships are more vulnerable to situational changes whereas democracies are immune to these threats: their survival depends more on the structural differences instead.
著者
濱野 靖一郎
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.69, no.1, pp.1_316-1_340, 2018 (Released:2021-07-16)
参考文献数
11

科挙の無い徳川日本に於いて, 儒学は出世に必須ではなかった。幕末の能吏・川路聖謨も, 勘定所での実務能力で異例の昇進を果たした。しかし川路は数多くの儒者・蘭学者と交流し, 並の儒者では到底及ばない程の学識を持っていた。川路 (つまりは侍官僚) に於ける学問の意義が, 本稿の課題である。 川路は徳川家康を堯舜以上の名君とし, 「武士」 の理想を追求する (「聖人」 を目指してはいない)。川路の 「実用の学」 とは, 「修己治人」 を旨とした朱子学的 「実学」 ではなく, 「武士」 が 「御役目」 を適切に遂行する知見として 「実用」 か, との意味であった。そのため川路は朱子学に止まらず, 徂徠学や頼山陽の著作も精力的に読み込んでいく。 『寧府紀事』 に於ける御白洲と学問所の運営の記述を検討すると, 川路は朱子学関連の書を広く読み参考としながら, それとは異なる結果主義的な判断を多く下していた。更に理想的な統治者として, 法律の厳正な運用を行った子産や諸葛孔明を挙げる。川路にとって儒学も, 実務経験を基に取捨選択するものに過ぎない。それが儒者ならざる 「武士」 である川路の, 学問の活用であった。
著者
村井 良太
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.2_122-2_148, 2017 (Released:2020-12-26)
参考文献数
78

1960年代から1970年代の日本では保守長期政権下にもかかわらず 「革新自治体」 が全国に広がった。ここでは事例研究の一方法である政治史を用いて, 佐藤栄作政権 (1964 ~ 1972) が革新自治体の隆盛にどう向き合ったのかを, 特に重視された東京都と琉球政府/沖縄県に注目して分析した。明らかになったのは, 第一に, 保守中央政府・陣営も革新地方政府・陣営もともに日米安保条約が再検討期を迎える1970年を重視していた。第二に, 同じく双方とも, 政治・行政の科学化と社会開発を共通目標としていた。第三に, 佐藤政権は予想される70年安保や沖縄返還という困難な課題と向き合う中で革新地方政府を地域住民の代表として彼らと協働した。そして第四に, 革新自治体は複合的性格を持っており, 1970年以降, ローカル・オポジションの拠点から市民参加や自治体改善運動の場へと変化していった。
著者
西 平等
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.1_13-1_35, 2019 (Released:2020-06-21)

本稿は、「主権者とは、例外状態について決断する者である」 という、カール・シュミットの主権の定義の意味を明らかにすることを目的とする。シュミットは、国家における主権の担い手という問題を回避する 「国家主権」 論への批判的視座を維持しつつも、規範主義や多元主義から提起された説得的な主権批判論に反論するなかで、この主権の定義を提示した。規範主義や多元主義が、国家を、法規範によって与えられた権限を行使する諸機関の集合体に還元することで、法を超越する主権国家という観念を批判したのに対し、シュミットは、規範なき決定としての 「例外状態に関する決定」 を主権者の指標とみなすことで、主権概念の再生を図る。このような主権論の背景には、媒介的世界と無媒介的世界の区別という秩序像がある。すなわち、他者の権限領域を尊重する適正な手続を通じてのみ、自らの価値や正義を実現しうる媒介的世界 (正常状態) と、そのような制約を度外視して、あらゆる事実的に必要な手段を用いて価値や正義を実現しうる無媒介的世界 (例外状態) との区別を基盤とする秩序像である。主権者は、その境界を司る者として定義される。
著者
庄司 貴由
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.70, no.2, pp.2_164-2_185, 2019 (Released:2020-12-21)

これまで宮澤政権期のPKO政策をめぐっては、カンボジア派遣の事例に研究上の関心が寄せられてきた。ところが、実現こそされなかったものの、日本政府、とくに外務省内ではソマリア派遣の検討も同時に進められていた。そこで本論は、ソマリアでの国連平和維持活動 (PKO) 参加などに着目し、外務省がどのような検討を行い、いかに模索したのかを明らかにする。 まず、航空輸送をめぐる試行錯誤に触れ、その帰結としての世界食糧計画 (WFP) との共同空輸が残した問題点を浮き彫りにする。次に、政府調査団が指摘した情勢認識や人的貢献案を論じていく。最後に、外務省の関係省庁、首相官邸との交渉プロセスを、国連事務総長訪日なども交えながら解明する。そして結論では、外務省の説得が合意形成どころか、調整機能の停滞や深刻な対立を招いたこと、その一方でソマリアPKO派遣構想自体には、後の日本が直面する諸課題が凝縮されていたことを明らかにする。
著者
久保田 哲
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.2_232-2_252, 2014 (Released:2018-02-01)

According to Article 5 of the Meiji Constitution, the Imperial Diet was identified as a kyosan organization. Then, what intention did Ito have to identify it as a kyosan organization?   Ito learned from Mosse and Stein that the legislature should not be allowed to act completely arbitrarily, but that the legislative process for deliberation bills was required for a constitutional system of government. Those days in Japan, as such a fixed legislative process did not yet exist, this point can be considered pioneering. Moreover, while Ito thought that Japan was not yet ready for party politics, he hoped that the Imperial Diet would support the enactment of the law that suited national polity in the future. Ito having an antinomic “legislation” perspective - a legislature not acting arbitrarily and the hope to enact the law which suited national polity - found flexibility in the constitutional positioning of the Imperial Diet.   It can then be said that kyosan was an exquisite expression which includes Ito's “legislation” perspective.
著者
髙杉 洋平
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.69, no.1, pp.1_270-1_292, 2018 (Released:2021-07-16)
参考文献数
37

本稿の目的は 「新体制試案要綱」 の策定に関わる民間シンク・タンク国策研究会と陸軍省軍務局幕僚の関係を再評価すると共に, 軍務局幕僚の新体制構想の実像を明らかにすることにある。従来, 国策研究会は陸軍のブレーン・トラストと考えられており, 同会が策定した 「新体制試案要綱」 は, 未発見の陸軍の新体制構想を代替するものと明確な根拠を欠いたまま推測されてきた。しかし 「新体制試案要綱」 の策定過程を確認すると, 同要綱が多様性に富んだメンバーによって立案され, 審議の過程や結論が広く公開されたこと, その内容も議会や旧政党を尊重するものであったことが分かる。この事実は同要綱と軍務局幕僚の関係を一見否定するものである。にもかかわらず, 既存研究はこの矛盾について全く説明しえていない。本稿は, 当該期に軍務局幕僚が陥っていた政治的苦境を指摘し, 軍務局幕僚にとっては国策研究会の 「中立性」 や 「公開性」 にこそ同会の利用価値の本質があったことを指摘する。そしてこの考察の過程で, 当該期の軍務局幕僚の新体制構想が, 議会政治や政党政治に肯定的評価を与えるものであったことを明らかにする。
著者
石井 知章
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.1_181-1_203, 2019 (Released:2020-06-21)

中華人民共和国の成立 (1949年) とともに、主権理論は共産主義イデオロギーとして、現行憲法においても社会主義 (共産主義) 原理の根幹をなす 「人民主権」 として規定されてきた。だが、1990年代以降、グローバリゼーションの急速な展開にともない、主権理論が再び脚光を浴びると、人権、人道的干渉、途上国への民主化支援、グローバル・ガヴァナンス、経済グローバル化などの展開とともに、国際関係・国際法における 「伝統的主権」 論が大きく動揺していった。こうしたなかで、主権の時代遅れ論、主権の再配分、ウェストファリア体制の終焉といった考え方が登場すると、主権理論をめぐる論争が展開され、新しい主権理論の探究も急速に広がってきた。それらのことを象徴的に示しているのが、現在、習近平体制が精力的に推し進めている中国主導による 「逆グローバリゼーション」 としての経済外交戦略、すなわち 「一帯一路」 構想である。本稿は、一党独裁体制下における 「伝統的主権」 論が、とりわけ現代中国で影響力を強めているC. シュミットの憲法論・政治論との関連で理論的にどのようにとらえられ、かつどのように変化してきたのかについて概観する。
著者
三牧 聖子
出版者
JAPANESE POLITICAL SCIENCE ASSOCIATION
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.1_306-1_323, 2008 (Released:2012-12-28)

This thesis revisits “Twenty Years’ Crisis” and considers what E. H. Carr means by “realism.” Since the 1990s, many works have challenged the stereotyped picture of a “realist Carr.” Now we know much about a “non-realist” Carr, but there still remain a lot of questions about Carr's “realism.” Contrary to the prevailing image of anti-idealism, Carr's “realism” is a “weapon” to demolish the inequalities between nations, and to rebuild a more equal order.   During the 1930s, the “idealists” such as Norman Angell and Leonard Woolf abandoned their optimistic beliefs in public opinion, and advocated the League sanctions against the fascist countries. Together with the pacifists, Carr criticized the League sanctions as a superficial solution, and insisted that the fundamental problem was the inequalities between the “have” and “have-not” countries. His criticisms toward the League were not a denial of the League itself. He criticized the “Coercive League,” which was hostile to the “have-not” countries, but supported the “Consultative League,” which functioned as a forum between the “have” and “have-not.”   Now we are in the long fight against terrorism. Global terrorism is, in part, a reaction to global inequalities. Carr's “realism” tells us that military actions alone never beat global terrorism.
著者
坂本 治也 秦 正樹 梶原 晶
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.2_303-2_327, 2020

<p>1990年代末以降、日本では特定非営利活動法人 (NPO法人) や一般社団法人などの新たに創設された法人格を有する (広義の) NPOが多数誕生した。組織レベルでみた場合、NPOの活動は明らかに活性化している。にもかかわらず、一般の人々のNPOへの参加は依然としてまったく広まっていない。</p><p> なぜ多くの日本人はNPOへの参加を今なお忌避しているのであろうか。どのような要因が参加忌避を引き起こす原因となっているのであろうか。どうすればNPOへの参加をより増やしていくことができるのだろうか。</p><p> これらの点を探索的に解明するために、本稿では筆者らが独自に実施したオンライン・サーベイのデータを用いて、コンジョイント実験 (conjoint experiment) を通じてNPOへの参加の規定要因の解明を試みた。</p><p> 分析の結果、デモなどの政府への抗議活動を行うこと、多額の寄付を集めること、自民党寄りないし立憲民主党寄りの組織であることは、参加忌避に大きな影響を与える要因であることが明らかとなった。つまり、NPOの 「政治性」 やNPOの 「金銭重視」 姿勢が参加忌避をもたらす主要な原因になっていることが本稿の分析から示唆される。</p>
著者
宮下 豊
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.2_334-2_355, 2016 (Released:2019-12-10)
参考文献数
77

本稿は, H・J・モーゲンソー, R・アロン, 永井陽之助, 高坂正堯における慎慮の意味内容として次の2点を提起する。第1に, 「結果の考慮」 に置き換えられる目的合理的な理解ではなく, 国家が利用可能な手段に即して追求する目的を定義することによる〈穏和〉な政策であり, それは力の均衡や外交を擁護することに関連する。第2に, 行動の自由を確保するために, 法的思考および道義的思考を退け, 状況の認識において徹頭徹尾具体的たろうとすることである。さらに, 慎慮のリアリストの思考様式に基づき, 状況認識が具体的であるための前提条件として次の2点を指摘する。第1に, 米国や日本等, 実在する国家について客観的条件に基づいた個性を重視して, 他国から類推しないことである。第2に, 状況が動態的・可変的である故に, 日々の出来事をフォローしてその影響に注意を払うとともに, 核兵器の開発に象徴される現代の革命的な変化を重視することである。こうした具体的な状況認識を重視したことが, 彼らがゲームの理論を含めて単純な見方を退ける一方, 政治を 「わざ」 と喝破してそれに固有の思考法・判断基準を強調したことが理解されるべきと論ずる。