著者
大槻 美佳
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.37, no.3, pp.171-180, 2021-09-25 (Released:2021-10-13)
参考文献数
39

進行性非流暢性失語(nfvPPA)の診断に必要な要素的言語症候とその病巣,診断基準に準拠した診断手順を概説し,今日のトピックスを取り上げた.トピックスは以下である.1.発語失行のみを呈する群はPPAOS(primary progressive apraxia of speech)として,区分されるようになった.2.文産生障害が前景になる一群は,病状の進行とともに前頭前野の機能低下を示し,bvFTDに類似の病像になる可能性が高い.3.背景病理として,PPAOSは4リピートタウオパチーが多く,その他,TDP-43プロテイノパチー,3リピートタウオパチー(ピック病)などが報告されているが,出現頻度は報告により異なり,症候と疾患単位の関係はまだ十分確立していない.4.特殊型として,進行性前部弁蓋部症候群(進行性Foix-Chavaney-Marie症候群)を呈する一群があり,TDP-43プロテイノパチーを呈し,筋萎縮性側索硬化症と同様の疾患スペクトラムである可能性が示唆されている.
著者
前島 伸一郎 岡本 さやか 岡崎 英人 園田 茂 大沢 愛子
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.322-332, 2016-12-25 (Released:2017-01-18)
参考文献数
53
被引用文献数
2

視床病変では,運動障害や感覚障害などの神経症状だけでなく,失語症や半側空間無視,記憶障害など多彩な神経心理学的症状をしばしば伴う.一方,失語症を伴わない読み書きの障害が単独でみられることは少ない.読み書きの障害を生じる視床の局在病変として明らかにされているのは,背内側核(DM核)と外側腹側核(VL核),後外側腹側核(VPL核)であり,それぞれ大脳皮質の前頭葉,運動関連領野,感覚野へ投射する.既報告例の多くで,SPECT検査が実施され,同側の頭頂葉や前頭葉,側頭葉の皮質・皮質下に局所脳血流の低下による機能的病変が示されている.
著者
船山 道隆
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.263-272, 2017-12-25 (Released:2018-01-11)
参考文献数
50

「人となり」は広範な神経基盤に支えられているが,その中でも前頭葉眼窩面の役割は大きい.前頭葉眼窩面損傷後は一般的な神経心理検査では異常が認められなくとも,程度の差はあれ病前の「人となり」から変化することが多い.前頭葉眼窩面損傷後には,浪費,余計な口出し,衛生観念の喪失,病的収集行動など行動における脱抑制や衝動的な行動が出現する.作話が出現することもある.しかし一方で,社会不安障害や治療抵抗性うつ病が改善する場合もあり得る.前頭葉眼窩面の機能の仮説には,現実世界と内的世界の照合が困難であることや,イメージした行動に対する情動が惹起されないことなどが挙げられる.
著者
福武 敏夫
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.37, no.3, pp.191-200, 2021-09-25 (Released:2021-10-13)
参考文献数
23

ヒトは二足歩行により両手が自由になり,複雑な道具とジェスチャー,口頭言語を作り上げた.社会の発展と共に,書字がエジプト,中国,メソポタミアで独立に開始された.文字は経済と権威のために用いられ,情報の遠隔伝達を可能にした.日本に到った漢字は音と訓で読まれ,簡略形の平仮名と片仮名が造られた.現在までに漢字かな交じり文が標準的になり,複雑すぎるからと漢字廃止論が繰り返し叫ばれるも失敗した.それは,今の情報化社会では文字は打つものとなり,誰でも容易に文章を作成・拡散させうるからである.しかし,その容易さは「見かけだけの博識家」(プラトン)やフェイク政治家を生み出していることに注意が必要である.
著者
大石 如香 永沢 光 鈴木 匡子
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.36, no.1, pp.3-9, 2020-03-25 (Released:2020-04-15)
参考文献数
20

本邦における漢字と仮名の失読および失書に関する研究の歴史的経緯を述べ,日本語の文字特性を基盤とした読み書き障害の病態メカニズムの概要について述べた.次に,受賞論文で報告した仮名一文字と仮名単語の読みが乖離した左後大脳動脈領域梗塞による失読および失書例の神経心理学的研究を紹介した.最後に,日本語の読み書き障害のリハビリテーションにおける神経心理学的意義について述べた.
著者
渡部 宏幸 橋本 衛
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.36, no.4, pp.197-207, 2020-12-25 (Released:2021-01-09)
参考文献数
16

抽象的態度とは,脳損傷患者における失語症をはじめとする様々な症候を理解するために,Kurt Goldsteinによって提唱された概念である.現在では意味記憶に関する先駆的概念として認識されている.本論文では,Goldsteinの抽象的態度に関する知見を外観する.次に筆者がこれまで経験した症例を提示し,抽象的態度の障害を鍵概念として,症候の理解を試みる.
著者
前島 伸一郎 大沢 愛子
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.222-228, 2017-12-25 (Released:2018-01-11)
参考文献数
13

大脳内側面や底部(眼窩部)の障害を理解するために,その構造・機能とネットワークについて,臨床医の立場から概説した.その中でも,特に臨床的に重要と思われる,上前頭回や帯状回,楔前部,眼窩面などに関して解説を加えた.これらの部位は,その領域内で局在的に重要な役割を担っていること多いが,線維連絡による他の部位とのネットワークの形成によって,より多くの行動や情動,認知機能とも関連している.これらの解剖的関連を知っておくことは,臨床においても研究においても極めて重要なことである.
著者
樫林 哲雄 数井 裕光 和田 佳子 徳増 慶子 横山 和正
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.239-247, 2016-09-25 (Released:2016-11-04)
参考文献数
17

本症例は脳挫傷による前向性健忘,逆向性健忘,前頭葉症状を呈した.治療の経過で場所の定位障害が残存し,リハビリテーションで正しい現在地を再学習するうちに場所の見当識に混乱が生じて,重複記憶錯誤が出現した.頭部MRIで認められた障害部位は左上前頭回下部,右下前頭回で,IMP-SPECTではこれらの部位に加えて,後部帯状回の取り込み低下を認めた.重複記憶錯誤消失前後でIMP-SPECTを比較したところ左上前頭回下部,右下前頭回に加えて後部帯状回の血流も改善していたことから,重複記憶錯誤の出現に前頭葉と後部帯状回の機能低下が関与していることが示唆された.
著者
橋本 律夫 小森 規代
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.333-346, 2016-12-25 (Released:2017-01-18)
参考文献数
34

変性疾患による失読,失書は2つのタイプにわけられる.一つは,原発性進行性失語症に伴うものであり,いまひとつは非失語性,すなわち純粋失読と孤立性失書である.このことは失語症を来たす脳領域はもとより,それ以外の脳部位(側頭・後頭後部,角回,上頭頂小葉,運動前野を含む)も読字または書字に関係していることを反映している.神経変性疾患における書字,読字能力の評価は臨床的に重要である.その理由は以下のとおりである.(1)失読,失書症状は神経変性疾患の初発症状となり得る.(2)経時的な書字,読字能力評価により病変の進展形式の推測が可能である.(3)変性疾患患者のコミュニケーション能力は原則として病期の進行とともに徐々に限定されたものとなる.したがって,残存する読字と書字能力の評価は,それらの患者においてコミュニケーションを維持する最も有効な方法は何かを検討するのに必須である.本稿では意味性認知症とALS例を呈示し,我々が行っている失読・失書の評価方法を紹介した.また,彼らに認められた失読,失書の病態について考察した.
著者
稲富 雄一郎 中島 誠 米原 敏郎 安東 由喜雄
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
pp.17007, (Released:2017-08-25)
参考文献数
21

55歳,男性.1年前に脊髄症と診断されていた.言動異常が出現した1カ月半後の初診時に,左同名半盲,記銘力低下,超皮質性感覚失語を認めた.また医師の面接時に,自身の症状,心配事について,毎回ほぼ同じ語句で一通り話してから診察に応じる反復性発話を認めた.スケジュールへの固執もあり,予定変更に際してしばしば激怒した.MRIでは右下前頭回,上~下側頭回,角回,側頭後頭境界,左縁上回から上側頭回の深部白質に病変を認めた.多発性硬化症の再燃と診断された.急性期以後は,症候は徐々に改善した.本例の反復性発話は,オルゴール時計症状に該当すると考えられた.
著者
坂本 和貴 平山 和美
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.35, no.3, pp.153-160, 2019-09-25 (Released:2019-10-10)
参考文献数
21
被引用文献数
1

身体パラフレニアとは,病巣と反対側の麻痺した身体部位に対して,他の誰かの体の一部であると主張する症状である.右半球損傷で起こることが多く,責任病巣としては島,視床やその周辺の白質,前頭葉内側が重視される.多くの場合,片麻痺の病態失認,半身無視,重度の体性感覚障害の3つを伴う.しかし,片麻痺の病態失認とは二重解離し,半身無視のない症例や重度の体性感覚障害のない症例の報告もある.片麻痺の病態失認も半身無視もなく体性感覚障害が非常に軽度であった自験例も紹介しながらこの症候について解説した.
著者
長谷川 功
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.184-189, 2018

<p>現代の神経科学は,『脳の特定の解剖学的区分に限局する細胞の性質がその脳区分に宿る機能を表す』とする機能局在論のパラダイムのもと,目覚ましい発展を遂げてきた.しかし,複雑系としての脳の動作原理を説明するのに,機能局在論に基づく細胞活動記録や脳機能マッピングのアプローチだけでは限界があることは否めない.筆者は,視覚認知の基盤をなす大脳の巨視的ネットワークにおける信号の流れや分散的・同期的な神経表現の解明を目指している.本稿では,脳の表面に柔軟な電極を張り巡らせるメッシュ型皮質脳波(ECoG)の技術を活かして,皮質に分散した視覚カテゴリー認知に関わる微細機能構築の非線形的・動的な性質を明らかにすることにより,機能局在論と全体論の発展的統合を目指そうとする最近の試みについて紹介する.</p>
著者
石原 健司
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.163-171, 2018-06-25 (Released:2018-08-29)
参考文献数
26

神経心理学における画像診断と病理の役割について,自験症例6例を通して考察した.画像所見については,病巣局在を示すこと,病理診断のヒントになり得ること,その一方で診断のバイアスにもなり得ることが示された.また変性疾患の場合,発症早期は臨床症状と責任病変が対応している可能性が示唆された.さらに,臨床症状,画像所見では診断の決め手を欠く場合,その他の検索方法も考慮すべきであることが示された.神経心理学では病巣と症候の対比が不可欠であるが,今後は治療介入の可能性という観点から,病理と画像診断が相関して診断に寄与することが期待される.
著者
品川 俊一郎
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.161-166, 2017-09-25 (Released:2017-10-11)
参考文献数
23

認知症患者に出現する食行動の問題は,身体合併症の原因となり,在宅介護に破綻をもたらし,病院や施設におけるケアでも問題となる.食行動異常の病態は多彩であるが,筆者らの調査では因子分析によって「食べ過ぎ」「嚥下」「食欲低下」「こだわり」の4因子に類型化することが可能であった.食行動には原因疾患や認知機能障害,BPSD,介護環境,社会文化的側面など多くの要素が関与する.原因疾患だけみてもアルツハイマー病,血管性認知症,前頭側頭型認知症,レビー小体型認知症各々の食行動異常のパターンは異なり,それによって対処も異なる.原因疾患や病態を正確に評価し,それに沿ったマネージメントをする視点が求められる.
著者
若松 千裕 石合 純夫
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.4, pp.299-309, 2018

<p>名称の通常表記が仮名の物体について,語頭文字cue(通常文字cue,例:ピアノ→ピ)が語頭音cueよりも呼称を促した2例を対象に,通常文字cueの呼称促進機序を検討した.症例1は30歳代男性,左脳腫瘍術後.症例2は60歳代女性,左脳膿瘍術後.2例ともに,呼称の誤反応は無反応と意味性錯語であり,呼称障害の機序は意味記憶から音韻性出力辞書へのアクセス障害と推定した.呼称失敗時に与えた通常文字cueは,語頭音cueよりも有意に強い呼称促進効果を示した.Cueの音読と復唱は良好であった.通常文字cueは,表記妥当性が高く,音韻経路に加えて視覚性語彙経路を経て,音韻性出力辞書の賦活を促したと考えられる.</p>
著者
船山 道隆
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.35, no.2, pp.77-87, 2019-06-25 (Released:2019-07-04)
参考文献数
50

前頭葉機能の解明は症例報告から得られた知見が多く,前頭葉損傷による症例報告は実臨床に重要である.本稿では前頭葉眼窩部を中心とした損傷後に病的収集行動が出現した例,ゴミ屋敷症候群が出現した例,治療抵抗性うつ病が消失した例,顕著な誤認が出現した例など特徴的な例を挙げ,それぞれの機序を推測していく.これらの症状の背景にはさまざまな要因が考えられるが,一度価値があったものに対する保続,イメージした状況とそれに対して惹起されるべき情動が合致しないこと,外界と内界の区別が困難となることが可能性として挙げられた.
著者
長谷川 功
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.184-189, 2018-09-25 (Released:2018-10-11)
参考文献数
8

現代の神経科学は,『脳の特定の解剖学的区分に限局する細胞の性質がその脳区分に宿る機能を表す』とする機能局在論のパラダイムのもと,目覚ましい発展を遂げてきた.しかし,複雑系としての脳の動作原理を説明するのに,機能局在論に基づく細胞活動記録や脳機能マッピングのアプローチだけでは限界があることは否めない.筆者は,視覚認知の基盤をなす大脳の巨視的ネットワークにおける信号の流れや分散的・同期的な神経表現の解明を目指している.本稿では,脳の表面に柔軟な電極を張り巡らせるメッシュ型皮質脳波(ECoG)の技術を活かして,皮質に分散した視覚カテゴリー認知に関わる微細機能構築の非線形的・動的な性質を明らかにすることにより,機能局在論と全体論の発展的統合を目指そうとする最近の試みについて紹介する.
著者
野川 貴史 平林 一 小瀧 弘正
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.347-360, 2016-12-25 (Released:2017-01-18)
参考文献数
19
被引用文献数
1

物体方向失認が三次元的方向変化に対してどのような障害を示すかは分かっていない.本研究では物体方向失認例に対し,様々な角度から撮影した急須を用いた検討を行った.症例は景観と方向のマッチング課題でも弁別課題でも正面,背面,上面,底面がほぼ保たれ,左右側面では低下し,斜め景観では障害が顕著であった.二次元画像面での線形変換による方向変化である正立倒立の弁別,鏡像の弁別,回転像の弁別については,いずれも障害されていた.本症例の方向認知の特徴として,内部表象に内在する方向は把握できるものの,左右や斜め,同じ景観の方向弁別を把握するのに必要な付加的計算,空間座標記述,再定義といったより高度で空間的な情報処理の段階が障害されていると考えられた.さらに景観の形態的類似度の高低も方向判断に影響を及ぼす要因と考えられた.