著者
高橋 謙 大久保 利晃
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.37, no.4, pp.237-243, 1995

本稿は,特に安全衛生に関連した最近の国際労働条約を取り上げ,その特徴を明らかにした上で,総括を試みた.同分野に関連し, 1960-93年の期間中に採択された条約数は13である.これらの条約は,異なる目的をもって安全衛生分野の各領域を網羅しているため,対比的に記述した.条約は批准される必要があるため,日本の批准状況をILOおよびOECD加盟諸国と統計的に比較した.日本は, 1993年6月現在,このうちの3条約を批准したが,この水準はILO加盟国平均をわずかに上回るが, 24のOECD加盟国中11位の批准割合であった. ILO条約のうち,日本の批准割合の相対的水準は,安全衛生分野の方がそれ以外の分野よりも高かった. ILO条約は,引用や参照によって相互に関連しているため, 155号(労働安全衛生)や148号(作業環境)条約などの基本的条約の批准努力が安全衛生分野における他条約の批准を容易にすることが考えられる.
著者
藤野 善久 松田 晋哉
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.45-53, 2007 (Released:2007-04-11)
参考文献数
37
被引用文献数
3 3

「新しい自律的な労働時間制度」に関するHealth Impact Assessment:藤野善久ほか.産業医科大学公衆衛生学教室―本研究では現在,厚生労働省等で議論が進められている「新しい自律的な労働時間制度」いわゆるホワイトカラーエグゼンプション制度の導入に関して,Health Impact Assessment(HIA)を実施した.このHIAでは,the Merseyside modelに基づいてrapid HIAと呼ばれる方法で実施した.新制度の健康影響評価にあたっては,専門家の判断に基づいて,生じる可能性のある健康影響を,良い影響,悪い影響とともに抽出した.次に,インターネット又はPubMedを利用して文献等を収集し,抽出された健康影響に関するEvidenceの評価を行った.さらに利害関係者の意見を分析するため,インターネット上において,新しい自律的な労働時間制度に関する意見を公表している団体の検索を行い,6団体が抽出された.長時間労働は専門家および利害関係者らの間で最も懸案された健康影響であった.また,新しい自律的な労働時間制度によって,不規則な労働パターンが増えることが予想された.不規則な労働パターンによる健康影響として,睡眠障害,ストレス,心血管系疾患などのリスク増加が挙げられる.さらに,このような不規則勤務による家族機能や社会生活への影響も指摘された.一方,自律的な労働時間制度によって,裁量度の範囲が広がることで,ストレスが緩和されることが期待される.さらに,自律的な労働時間制度によって仕事と生活の調和が向上することや,またこれまで労働市場において雇用を得る機会が少なかった障害者や育児中の女性などに雇用機会が広がる可能性が示唆された.しかしながら,現行の裁量労働制やフレックスタイムなどよりもさらに効果があるかどうかは不明である.本研究では自律的な労働時間制度に関するHIAを実施し,包括的な健康影響を示した.これらのHIAが関係諸機関における制度の検討に資することを期待する. (産衛誌2007; 49: 45-53)
著者
加藤 章子 土井 由利子 筒井 末春 牧野 真理子
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.46, no.6, pp.191-200, 2004 (Released:2006-09-21)
参考文献数
31
被引用文献数
8 6

青年海外協力隊員の職業性ストレス―職業性ストレス簡易調査票を用いて―:加藤章子ほか.国立保健医療科学院疫学部―青年海外協力隊の事業は,1965年に外務省所管(後に国際協力機構Japan International Cooperation Agency)として途上国の衛生および社会経済状況の改善を目的に発足されたボランティア活動事業である.近年,派遣国で活動する隊員において,メンタルヘルスに関する問題が増加傾向にある.過去の調査から,ストレス要因として仕事が重要な要因であることは推測されていたが,これまで派遣中の隊員を対象とした職業性ストレスに関する研究はなかった.そこで,隊員におけるストレスおよび仕事におけるストレス要因について検討するために,2003年10月から12月にかけて,横断的疫学研究を実施した.対象者は,調査時世界67ヵ国に派遣中の20~40歳の全隊員1,084人であった(男性485人,女性599人;派遣期間がそれぞれ11ヵ月,7ヵ月,4ヵ月の隊員は316人,332人,436人).対象者の約80%は,情報技術,医療福祉,教育,研究などの専門技術をもち,派遣国の職場組織の中で活動を行っていた.職業性ストレスの尺度には,日本人勤労者を対象に開発された職業性ストレス簡易調査票を用いた.加えて,属性,人格特性(エゴグラム)および他の健康情報についての質問項目も含めた.回収率は,86.9%であった.心理的ストレスについては,カットオフ値を越えた者の割合は5.5%(n=49)であった.平均値(±標準偏差)は,男性4.22(±3.98),女性4.89(±4.40)(p<0.05),派遣期間の長い順にそれぞれ5.15(±4.17),5.05(±4.45),3.93(±4.40)(p<0.01)であった.身体的ストレスについては,カットオフ値を越えた者の割合は,2.9%(n=26)であった.平均値(±標準偏差)は,男性1.10(±1.68),女性1.41(±1.74)(p<0.01),派遣期間の長い順にそれぞれ1.47(±1.77),1.35(±1.89),1.11(±1.55)(p<0.05)であった.さらに,多変量ロジスティック解析を用い心理的ストレス反応と関連する要因について検討を行ったところ,仕事の負担の高さ,対人関係の悪さ,仕事の適合性の低さ,上司や同僚からのサポートの低さ,生活の不満足といった要因が認められた.本研究により,心理的ストレス反応のカットオフ値を越えた者の割合は身体的ストレスよりも高いことが示唆された.また,日本における勤労者と同様,本研究の隊員においても心理的ストレスと仕事におけるストレス要因との間に有意な関連が示唆された.以上より,ストレス関連によるメンタルヘルスの問題や疾病の発症を予防するという観点から,心理的ストレスを有する早期の段階で,心理面での健康状態の確認やカウンセリングが重要であると考えられた.さらに,派遣前の研修の中で,隊員に対するストレス対処法について教育することも考慮すべきと思われる.(産衛誌2004; 46: 191-200)
著者
津田 敏秀 馬場園 明 茂見 潤 大津 忠弘 三野 善央
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.43, no.5, pp.161-173, 2001-09-20 (Released:2017-08-04)
参考文献数
63
被引用文献数
1 1

医学における因果関係の推論-意思決定-:津田敏秀ほか.岡山大学大学院医歯学総合研究科社会環境生命科学専攻長寿社会医学講座-産業医学においては, 予防施策を講じるにおいても補償問題においても, しばしば業務起因性が問題となる.また近年ではリスクアセスメントにおいても疫学の重要性が増し疫学的因果論を産業現場においても認識する必要が出てきた.我々は, 医学における因果律が確率的因果律として認識される事を明らかにしてきた.この因果律は, 科学のモデルの1つとして見なされてきた物理学においても同様に確率現象として認知されて来た.数学者・物理学者たちは, 因果推論において確率的思考が重要であることを, 不確定性原理が発見される以前に同様に主張してきた.それから, 病因割合, 曝露群寄与危険度割合, 原因確率, 等々で呼ばれる指標を説明した.原因確率(PC)は, ある特定の曝露によって引き起こされた疾病の個々の症例への条件付き確率を知るために用いられてきた.これは, 適当な相対危険度を決定するために曝露集団の経験を使って求められ, 曝露症例への補償のためにしばしば用いられてきた.最近の原因確率に関する議論も本論文の中で示した.次に, 人口集団からの因情報を個別個人の因果情報として適用可能であることを示した.日常生活においてさえ, 我々は因果を考える際に, 多くの人々によって試行された結果に基づいて因果を判断している.その上で, 我々は疫学研究から得られた結果を個人における曝露と疾病の関連に応用することに関して疑う懐疑主義を批判した.第三に, 我々は疫学の手短な歴史的視点を提供した.疫学はいくつかの期間を経て発展してきたが, 日本においては, 近年それぞれの疫学者が学んだ時代に依存して疫学者間で多くの互いに共約不可能な現象を観察することになった.第四に, 疫学的証拠に基づいた判断や政治的応用について, 柳本の分類に基づいて考察した.そして, 判断の理由付けのいくつかの例を呈示した.疫学の分野では因果関係による影響の大きさが確率として認知され, 意志決定にも極めて役に立つ.最後に, 疫学の未来におけるいくつかの課題について考察した.
著者
大賀 佳子 千葉 敦子
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
2020
被引用文献数
1

<p><b>目的:</b>ストレスの低減や職場の活性化に寄与する要因としてユーモアに注目が集まっているが,ユーモア表出の対象を同僚に限定し,ストレス反応や同僚からのサポートとの関連を検討した研究は少ない.本研究の目的は,看護職が同僚に対して表出するユーモアを調査し,心身のストレス反応及び同僚からのサポートとの関連を検討することである.<b>対象と方法:</b>東北地方A市の8つの病院で働く看護職765名を対象とし,自己記入式質問紙調査を実施した.心身のストレス反応と同僚からのサポートは職業性ストレス簡易調査票の結果を使用した.ユーモア表出は,ブラックジョークのような"攻撃的ユーモア表出",だじゃれや言葉遊びのような"遊戯的ユーモア表出",自虐ネタのような"自虐的ユーモア表出"の3つのタイプを測定する15項目のユーモア表出尺度(塚脇ら2009a)を使用した.ユーモア表出の傾向と心身のストレス反応及び同僚からのサポートとの関連をみるために統計解析を行った.<b>結果:</b>回答は672部(回収率87.8%)得られ,記入に不備のあったものを除いた623名(有効回答率81.4%)を解析対象とした.看護職が同僚に対して表出するユーモアは,自虐ネタのような自虐的ユーモア表出が最も多かった.各ユーモア表出に影響を与える属性要因を検討した結果,攻撃的ユーモアは性別,職位の有無,夜勤の有無,自虐的ユーモアは性別,職位の有無,遊戯的ユーモアでは性別,年齢階級に有意な関連が認められた.同僚からのサポートに影響する要因は,年齢階級,自虐的ユーモア表出,活気,イライラ,身体愁訴と有意な関連が見られた.<b>考察と結論:</b>看護職は同僚とのコミュニケーションに,自己や他者を支援する効果のある自虐的ユーモアを最も使用し,男性は女性よりもさまざまな種類のユーモアを活用していた.役職についている者は,軽い皮肉のような攻撃的ユーモアや自分の失敗を笑うような自虐的ユーモアをより使用する傾向が見られた.また,年齢を重ねることで,雰囲気を明るくするだじゃれのような遊戯的ユーモアの使用が増加する可能性が伺えた.自己の欠点や失敗をユーモアとして話したり生き生きと働くことは,同僚からのサポートを増加させる一方,イライラや心身の不調を抱えて働くことは,同僚からのサポートを減少させる可能性が示唆された.</p>
著者
小林 由佳 渡辺 和広 大塚 泰正 江口 尚 川上 憲人
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.61, no.2, pp.43-58, 2019-03-20 (Released:2019-03-25)
参考文献数
40
被引用文献数
2

目的:従業員参加型職場環境改善(以下,参加型職場環境改善)はメンタルヘルス不調の一次予防として有効性が示された手法であり,ストレスチェック制度の施行に伴い関心が高まっている.しかし,従業員の関与,上司の姿勢,職場の風土などにより活動の効果が一貫しないことが指摘されており,運用上の課題解決が求められる.本研究では,職場環境改善の実施手法の検討に際して職場の準備状態を見立てる観点,および組織を発達させるという組織開発の観点が有効と考え,参加型職場環境改善が有効に機能するまでに発達した職場の定義およびその獲得に必要な要因の検討と,機能する状態に向けた準備状態を段階別に把握するためのチェックリストを開発することを目的とした.対象と方法:専門家間の議論,および実務者からの意見にもとづき,参加型職場環境改善の機能する職場の状態(理想的な状態)の定義を行った.そしてその状態の獲得に必要な要因に関するアイテムプールを作成し,日本人労働者300名(男女比1:1)を対象にインターネット調査を行い,探索的因子分析にて因子構造を確認した.さらに,職場の状態のチェックリストを作成するため,理想的な状態を外生変数,その獲得に必要な要因に関する項目を内生変数としたロバスト最尤法推定によるカテゴリカルパス解析を実施し,項目ごとに閾値(threshold, θ),およびパス係数(γ)を推定した.項目ごとの閾値にもとづいて項目のレベル(その項目を達成することの難易度)を設定し,そのレベルごとに最もパス係数が高く,かつパス係数が0.60以上の項目をチェックリストに採用した.最後に各レベルと理想的な状態,および関連項目(職場の心理社会的要因,ワーク・エンゲイジメント,心理的ストレス反応)との関連を分散分析にて確認した.結果:収集された77項目のアイテムプールにおける探索的因子分析の結果,71項目3因子構造が妥当であった(第1因子「職場の受容度」,第2因子「上司のリーダーシップ」,第3因子「職場での議論の熟達」).チェックリスト作成のためのカテゴリカルパス解析の結果,第1因子から3項目,第2因子から2項目が抽出された.第3因子では理想的な状態との関連が十分でなかったため該当項目はなしと判断した.最終的に,肯定的回答率をもとに設定された4段階のレベルを5項目から判断するBODYチェックリストが作成され,各レベルと理想的な状態,および関連項目とで分散分析を行った結果,すべての指標において有意な差が認められた.考察と結論:参加型職場環境改善が有効に機能する状態の獲得に必要な要因は,職場の受容度,上司のリーダーシップ,職場での議論の熟達に整理され,これらを日常的に高めることでより有意義な改善活動につながることが示唆された.また,BODYチェックリストを用いて職場の準備状態を測定することにより,職場環境改善活動を企画する際に各職場にあった目標を設定することが可能になった.今後は,BODYチェックリストの職場単位の分布の確認および参加型職場環境改善の実施効果との関連を確認していく必要がある.