著者
小島 原典子 福本 正勝 吉川 悦子 品田 佳世子 對木 博一
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.60, no.5, pp.103-111, 2018-09-20 (Released:2018-10-02)
参考文献数
43
被引用文献数
1

目的:「復職ガイダンス2017」は,Evidence-based Medicineの手順でエビデンスの質を評価し,無作為化比較試験(RCT)のシステマティックレビューの結果から推奨を提示した,わが国最初の産業保健ガイダンスである.各介入のシステマティックレビュー,推奨の各論については各論で詳述する予定であり,本稿では作成方法を中心とした概論を報告する.対象と方法:透明性の高いガイダンス作成グループの編成,レビュークエスチョン(RQ)の公募と選定など,先に公開された,「科学的根拠に基づく産業保健ガイダンスの作成方法」に沿って作成された.6つのRQに対し,Cochrane Library・PubMed・医中誌Webの3つの文献データベースを用いて,既存のシステマティックレビューの検索式を一部改訂して2016年1月時点の文献検索を行った.選定基準に沿って採用論文を選定し,GRADEアプローチを用いてエビデンスの質を評価し,RQ2と4はメタアナリシス,RQ5,6は定性的システマティックレビューを行った.費用対効果についても定性的レビューを行い,コスト・資源など我が国における実行可能性を慎重に検討して推奨を作成した.結果:網羅的文献検索の結果,RQ2 11件,RQ4 4件,RQ5 コホート研究1件,RQ6 3件(うち,コホート研究2)を選定した.休職者に対するリワークなど復職支援プログラムは,中等度のエビデンスに基づく強い推奨(筋骨格系障害),弱い推奨(メンタルヘルス不調)であった(RQ2).RQ4では,産業保健活動として主治医など臨床のスタッフと連携することは,低いエビデンスに基づいて弱く推奨された.RQ5はソーシャルサポートの有用性について検討したコホート研が1件だったことから,推奨としては提示せずBest practice statementとして上司・同僚の介入を提案した.復職時に就業上の配慮に関するRQ6は,低いエビデンスに基づいて弱く推奨された.考察と結論:病気欠勤か病気休職かを問わず4週間以上の私傷病による休職者に対して,休職中の介入が早期復職など就業上のアウトカムの向上させることがシステマティックレビューの結果から明らかとなった.我が国の産業保健に関するエビデンスは限られているが,多くの産業保健職が科学的根拠に基づく透明性の高いガイダンス作成方法を習得し,その作成過程で文献検索,エビデンスの評価を行い,我が国で優先的に行われるべき研究課題を明確にすることに現状では大きな意義があると考えている.
著者
森 美穂子 堤 明純 高木 勝 重本 亨 三橋 睦子 石井 敦子 名切 信 五嶋 佳子 石竹 達也
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.47, no.3, pp.113-118, 2005 (Released:2006-01-05)
参考文献数
13
被引用文献数
1 1

交代勤務経験の有無と退職後の生活の質,特に睡眠の質との関連性を明らかにするために,ある製造会社の退職者777名を対象に質問紙調査を行った.質問内容は,既往歴,現在の健康状態,食習慣,アルコール,喫煙,運動,睡眠,在職中の勤務状況(職種,交代勤務経験,交代勤務経験年数,副業),現在の就業状況,社会参加,学歴,性別,年齢,退職後の年数であった.「現在の健康状態(オッズ比4.318,95%信頼区間2.475-7.534)」「交代勤務経験(2.190,1.211-3.953)」「現在の就業状況(1.913,1.155-3.167)」「食習慣(1.653,1.055-2.591)」が多変量解析によって退職後の睡眠障害と有意に関連した.退職後の睡眠障害を防ぐには正しいライフスタイル,良好な健康状態を保つことが,特に交代勤務経験者において大切である.
著者
鈴木 真美子 酒井 博子 福田 吉治
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.61, no.6, pp.247-255, 2019-11-20 (Released:2019-11-25)
参考文献数
27
被引用文献数
1

目的:医療機関の受診が必要であるにも関わらず,健診結果に基づく再検査,精密検査等を受けていない現状がある.そこで,本研究は,健診結果に基づく事業場労働者の医療機関受診につながる要因を明らかにし,受診率向上に必要な産業保健活動を検討することを目的とした.方法:東京都と埼玉県の1,000人規模以上の企業で働く労働者20才以上の男女を対象に横断的質問紙調査を実施した.これまでの定期健康診断で再検査,要精密検査,要治療の判定を受けたことがあると答えた453名(男性389名,女性64名)を対象とした.医療機関の受診の有無で2群に区分し,受診に関連する要因についてロジスティック回帰分析モデルを用いて検証した.結果:勤務年数10年以上に対して,勤務年数5年未満の医療機関受診に対するオッズ比は2.9(95%CI: 1.6-5.2)であった.同じく有意な関連が認められたものは,相談者がいることで,オッズ比は2.4(95%CI: 1.4–4.3),定期的受診経験があることで,オッズ比は1.8(95%CI: 1.2–2.7)であった.年齢,性別,雇用形態,1年間の残業,健康感,職場制度の利用,具体的相談者は有意な差を認めなかった.結論:本研究集団における健診結果に基づく医療機関受診につながる要因は,健康上の相談をできる人がいることや定期的受診経験があることであった.また,勤務年数5年未満の人ほど要受診判定を受けた場合,その結果に従い受診する傾向が明らかとなった.確実な受診に結びつけるためには,専門家による相談体制づくりを進めることや勤務年数の各層に応じた働きかけが必要である.
著者
岩切 一幸 毛利 一平 外山 みどり 堀口 かおり 落合 孝則 城内 博 斉藤 進
出版者
公益社団法人日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 = Journal of occupational health (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.46, no.6, pp.201-212, 2004-11-20
参考文献数
29
被引用文献数
11 34

近年,VDT(Visual Display Terminals)機器の普及により,職場におけるVDT作業者数およびVDT作業時間は増加している.それに伴い,VDT作業に関する疲労対策に取り組んでいる事業所も増えている.本研究では,このような職場におけるVDT作業者の疲労状況と疲労に関連する項目を検討し,改善すべき要因の候補を見いだすことを目的としたアンケート調査を実施した.調査票は3,927部配布し,2,374部(回収率:60.5%)回収した.解析対象者は,20歳から59歳までのVDT作業者1,406名(男性1,069名,女性337名)とした.疲労と調査項目との関連性の検討には,ロジスティック回帰分析を用いた.疲労自覚症状の訴えは,男女ともに眼の痛み・疲れが最も多く(72.1%),次いで首・肩のこり・痛み(59.3%),腰のこり・痛み(30.0%),手・腕の痛み・疲れ(13.9%)が多かった.いずれの疲労自覚症状においても,女性は男性に比べ高い有訴率を示した.眼の痛み・疲れには,男女ともに気流への不満の有無が最も関連し,従来眼の痛み・疲れの要因とされてきた照明の映り込みや文字の見やすさは関連しなかった.これは,職場での照明環境が改善され,グレア対策が進められているためと考えられる.首・肩のこり・痛みにはキー入力中の肩の持ち上がりとマウスの形状・操作位置が関連し,手・腕の痛み・疲れにはマウスの操作位置と机の高さが関連した.腰のこり・痛みには,椅子の座り心地とキー入力中の手首を浮かせた姿勢が主に関連した.筋骨格系の疲労では,VDT作業に関する疲労対策が実施されてきているにも関わらず,従来の報告と同様の項目が関連した.<br>
著者
吉村 健佑 川上 憲人 堤 明純 井上 彰臣 小林 由佳 竹内 文乃 福田 敬
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
pp.E12003, (Released:2012-12-21)
被引用文献数
3 3 1

目的:本研究では職場におけるメンタルヘルスの第一次予防対策の実施が事業者にとって経済的利点をもたらすかどうかを検討することを目的とし,すでに公表されている国内の研究を文献検索し,職場環境改善,個人向けストレスマネジメント教育,および上司の教育研修の3つの手法に関する介入研究の結果を二次的に分析し,これらの研究事例における費用便益を推定した.対象と方法:Pubmedを用いて検索し,2011年11月16日の時点で公表されている職場のメンタルヘルスに関する論文のうち,わが国の事業所で行われている事,第一次予防対策の手法を用いている事,準実験研究または比較対照を設定した介入研究である事,評価として疾病休業(absenteeism)または労働生産性(presenteeism)を取り上げている事を条件に抽出した結果,4論文が該当した.これらの研究を対象に,論文中に示された情報および必要に応じて著者などから別途収集できた情報に基づき,事業者の視点で費用および便益を算出した.解析した研究論文はいずれも労働生産性の指標としてHPQ(WHO Health and Work Performance Questionnaire)Short Form 日本語版,あるいはその一部修正版を使用していた.介入前後でのHPQ得点の変化割合をΔHPQと定義し,これを元に事業者が得られると想定される年間の便益総額を算出した.介入の効果発現時期および効果継続のパターン,ΔHPQの95%信頼区間の2つの観点から感度分析を実施した.結果:職場環境改善では,1人当たりの費用が7,660円に対し,1人当たりの便益は点推定値において15,200–22,800円であり,便益が費用を上回った.個人向けストレスマネジメント教育では,1人当たりの費用が9,708円に対し,1人当たりの便益は点推定値において15,200–22,920円であり,便益が費用を上回った.上司の教育研修では2論文を解析し,Tsutsumi et al.(2005)16)では1人当たりの費用が5,290円に対し,1人当たりの便益は点推定値において4,400–6,600円であり,費用と便益はおおむね同一であった.Takao et al(2006)17)では1人当たりの費用が2,948円に対し,1人当たりの便益は0円であり,費用が便益を上回った.ΔHPQの95%信頼区間は,いずれの研究でも大きかった.結論:これらの研究事例における点推定値としては,職場環境改善および個人向けストレスマネジメント教育では便益は費用を上回り,これらの対策が事業者にとって経済的な利点がある可能性が示唆された.上司の教育研修では点推定値において便益と費用はおおむね同一であった.いずれの研究でも推定された便益の95%信頼区間は広く,これらの対策が統計学的に有意な費用便益を生むかどうかについては,今後の研究が必要である.
著者
甲田 茂樹 安田 誠史 杉原 由紀 大原 啓志 宇土 博 大谷 透 久繁 哲徳 小河 孝則 青山 英康
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.42, no.1, pp.6-16, 2000-01-20 (Released:2017-08-04)
参考文献数
34
被引用文献数
6 23

運輸労働者の健康問題に影響を与える職業要因を評価するために, 1997年に541名の運輸労働者を対象に労働・勤務条件, 運転労働に係わる職業性要因, 身体の自覚症状や疾病罹患の状況について質問紙法で調査を実施した.有効回答率は85.7%, 134名の集配業務に従事する運転労働者(集配群)と199名の長距離輸送に従事する運転労働者(長距離群), 71名の事務職員を分析対象とした.まず, 三つの群での職業性要因と健康問題を検討するために, 労働・勤務条件や身体の自覚症状や疾病罹患の状況を比較検討した.ついで, 集配群と長距離群における職業要因が健康問題に与える労働関連性を検討するために, ロジステック回帰分析を実施し, オッズ比と95%CIを計算した.健康問題に影響を与える職業要因, すなわち, 不規則交代制勤務, 労働環境, 作業姿勢, 重量物取り扱い, 多い仕事量や長時間労働への不満, 休憩時間の取得困難の要因で, トラック運転労働者の訴え率が事務職に比べて有意に高かった.耳鳴り, 頚の痛み, 腰痛の自覚症状と高血圧, 胃十二指腸潰瘍, 腰背部打撲, むち打ち症, 痔疾の疾患でトラック運転労働者の訴え率が事務職に比べて有意に高かった.ロジスティック回帰分析の結果では, 年齢やBMI, 喫煙習慣を以外の多くの労働関連要因で, 身体の自覚症状や疾病罹患に関する有意に高いオッズ比を認めた.集配群の循環器疾患及び関連した自覚症状に関するオッズ比は, 経験年数, 腰の捻転動作, 振動, 運転労働に伴うストレスで有意に上昇していた.消化器系疾患及び関連した自覚症状に関するオッズ比は, 狭い作業空間, 車中泊, 長い走向距離, しゃがみ姿勢, 運転労働に伴うストレスで有意に上昇していた.集配群の自覚症状の耳鳴りに関するオッズ比は, 経験年数, 長時間労働, 狭い作業空間, 車中泊, 運転労働に伴うストレスで有意に上昇していた.腰痛や頚部痛等の筋骨格系疾患及び関連したに自覚症状に関するオッズ比は, 残業, 振動, 狭い作業空間, 座り姿勢, 少ない休憩時間で有意に上昇していた.疲労症状に関するオッズ比は, 少ない休憩時間, 振動, 運転労働に伴うストレスで有意に上昇していた.運輸労働者の健康問題を解決するためには, 上記の労働・勤務条件や運転労働に関連した課題を改善する必要がある.
著者
奥野 勉 上野 哲 小林 祐一 神津 進
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.85-89, 2013-05-25 (Released:2013-06-27)
参考文献数
8

目的:ガラス製品を製造する工場では,作業者は,炉,溶融ガラスなどの高温の物体が発生する強い可視光へ曝露される.ブルーライトと呼ばれる短波長の可視光への曝露は,網膜障害(photoretinopahy)を引き起こす可能性がある.本研究の目的は,ガラス製品の製造に伴って発生するブルーライトを定量的に評価することである.対象と方法:クリスタルガラス工芸品を製造する工場において,炉の内部の壁と発熱体,および,炉内に置かれたガラス材料の分光放射輝度を測定した.炉は,2基の再加熱炉,3基の溶解炉,1基の竿焼き炉を調べた.測定された分光放射輝度から,ACGIHの許容基準に従って,実効輝度を計算し,これを許容値と比較した.また,それぞれの光源について,分光放射輝度を黒体の分光放射輝度と比較し,その温度を求めた.結果:測定された実効輝度は,0.00498–0.708 mW/cm2srの範囲にあった.実効輝度は,1,075–1,516 ℃の温度の範囲において,温度と共に急速に上昇した.それぞれの光源の実効輝度は,同じ温度の黒体の実効輝度とほぼ等しかった.考察:炉の内部の壁と発熱体,および,炉内に置かれたガラス材料の実効輝度は,1日の曝露時間が104 sを超える場合の許容値である10 mW/cm2srの十分の一以下であった.したがって,これらの光源を見たとしても,網膜障害の危険性はないと考えられる.ただし,光源の温度が約1,800 ℃以上である場合には,実効輝度は,許容値を超えると推定される.このような高温の光源がガラス製品の製造の現場にある場合には,ブルーライトによる網膜障害の危険性があると考えられる.
著者
寶珠山 務
出版者
公益社団法人日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 = Journal of occupational health (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.45, no.5, pp.187-193, 2003-09-20
参考文献数
42
被引用文献数
8 11

いわゆる過労死は, 医学的な概念ではなく, 過重労働により虚血性心疾患や脳血管疾患など致死的職業性疾病が発症したと判断されて労災補償認定がなされたものを指す. 近年の文献レビューから明らかになったことは, 1) 多くの研究で過重労働は心血管系疾患の発症やリスク因子の増悪を促進することが支持されていること, 2) 過重労働により死亡リスクを直接示した研究報告は今のところなされていないこと, および3) 過重労働による健康障害は労働者の特性により変化し得ることである. いわゆる過労死の最近の認定割合は増加傾向にあり, 1988年度の3.1%から2001年度には20.7%に達したが, これは認定基準の改正と関係があると思われる. 認定基準に盛り込まれた過重労働があるか否かの判断の対象になる期間は, 1987年に示されたものには1週間であったが, 2001年に示された最新のものでは最長で6カ月まで拡張された. 社会学的な分析によれば, 日本の長時間労働は, 労働時間制度だけでなく, 労働に関する社会文化的背景と関係することが指摘されている. 2002年に厚生労働省から発表された過重労働の健康影響の予防対策は, いわゆる過労死の発生予防を目的とした初めての政策であり, 全ての労働者にひと月の残業時間が45時間を超えないように求めたもので, さらに, それが100時間を超えた労働の実態があった場合は, 当該労働者および事業場へ指導が課されることになっている. その政策は全労働者を一律に対象とするPopulation strategyであり, 特定のリスクファクターを有する労働者などを対象にしたHigh-risk strategyではない. その施策の実施にあたって, 弾力性のある活用, 例えば, 高齢労働者や高ストレス状態にある労働者に対し, 職場の生産サイクルと歩調を合わせた管理を強化すること等で, より実効性のある成果が得られるものと思われる. 特に, 産業医や産業看護職などの産業保健専門職は, いわゆる過労死問題の解決への重要な役割を果たし得ると思われ, 政策決定のエビデンスの確立を目指した調査研究への取り組みやさらなる対策への進展にも関与することが期待される.
著者
影山 隆之 小林 敏生 河島 美枝子 金丸 由希子
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.46, no.4, pp.103-114, 2004 (Released:2006-09-21)
参考文献数
62
被引用文献数
30 23

勤労者のコーピング特性(CP)は,職業性ストレス要因から健康問題が発展する過程に大きく影響する.しかしCPに関する既存の質問紙の多くは長すぎて,職域精神保健活動に活用しにくい.本研究で著者らは,わずか18項目から成る,勤労者のCP評価のための新しい自記式質問紙の開発過程と,その信頼性・妥当性・実用性について報告する.予備研究に基づき,コーピング戦略に関する18問6尺度から成るコーピング特性簡易尺度(BSCP)が提案された.これと職業性ストレス簡易評価尺度(BSJS)および抑うつ尺度(CES-D)から成る質問紙を某企業の従業員394名に適用し,328名(83%)から回答を得た.年齢の平均(SD)は40.1(10.0)歳,78%が男性,75%が既婚で,ほとんどがホワイトカラーであった.BSCPの因子分析から抽出された6因子は当初想定した6尺度や先行研究の結果とよく一致した.これらは“積極的問題解決”“解決のための相談”“発想の転換”“気分転換”“他者を巻き込んだ情動発散”“逃避と抑制”と命名された.Cronbachの信頼性係数は0.66~0.75で,十分高い内的一貫性が認められた.どの尺度も性・年齢との関連はなかった.多変量解析の結果,抑うつ度得点の分散の38%がBSJSの“量的負荷”“対人関係の困難”“達成感”およびBSCPの“問題解決”“逃避と抑制”によって説明された.交互作用分析の結果,CPが職業性ストレス要因と抑うつ症状の関係を修飾していることが示唆された;“対人関係の困難”得点が高くかつ“達成感”得点が低い群においてのみ“積極的問題解決”得点は抑うつ度得点と負相関しており,“対人関係の困難”得点が高い群においてのみ“逃避と抑制”得点は抑うつ度得点と正相関していた.以上の結果はBSCPの信頼性・妥当性を支持するとともに,職域精神保健領域における職業性ストレスの自己管理や健康教育の道具としてのBSCPの実用性を支持するものである.今後の研究では,BSCPの再現性や併存的妥当性を確認するとともに,他の集団においてCPが性・年齢・職種あるいは他の職業性ストレスアウトカムと関連しているかどうか確認することが,課題である.
著者
井田 浩正 中川 和美 三浦 昌子 石川 清子 矢倉 尚典
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.101-107, 2012 (Released:2012-06-30)
参考文献数
24
被引用文献数
2 10

目的:出勤している労働者の健康問題による労働遂行能力の低下を表すpresenteeismが企業にもたらす損失は,健康問題全般による休業を表すabsenteeismがもたらす損失や医療費よりも大きいとの報告がある.Presenteeismを測定し評価するツールは米国を中心に開発されているが,本邦で活用できるツールは少ない.Lerner Dらが開発したWork Limitations Questionnaire(WLQ)はpresenteeismによる労働遂行能力の低下率が測定できる質問票で,「時間管理」,「身体活動」,「集中力・対人関係」,「仕事の結果」の4つの下位尺度,25問の質問項目で構成されている.本研究で筆者らは,WLQの日本語版(WLQ-J)の開発を行い,信頼性・妥当性を検討したので報告する.対象と方法:IT企業および医療機関に勤務する21–61歳の男女1,545人を対象として,インターネット調査によるWLQ-J,職業性ストレス簡易調査を実施し,有効回答が得られた710名(回答率46.0%)を解析対象とした.結果:解析対象者の平均年齢は33.2±9.5歳,女性が60.3%であった.WLQ-Jの因子分析の結果,原版と因子数および下位尺度の内容が一致し,構成概念妥当性が支持された.また,Cronbachのα係数は尺度全体で0.97,下位尺度で0.88–0.95を示し,内的一貫性が認められた.職業性ストレス簡易調査票のストレス反応を外的基準として,WLQ-Jの下位尺度とストレス反応との相関を検討した結果,Pearsonの相関係数は0.39–0.60で有意であった(p<0.01).また,ストレス反応が大きくなるにつれ有意にWLQ-Jの下位尺度得点が高くなる量反応関係が確認され(p<0.01),WLQ-Jの基準関連妥当性が支持された.考察:以上の結果から,WLQ-Jの信頼性・妥当性が支持された.WLQ-Jは,本邦の多様な産業において生産性の向上を目的とした健康増進の取り組みや,経営,人事,ライン,産業保健などの管理活動を推進・評価するうえで有用であると考えられる.今後,WLQ-Jについて他の集団との性・年齢・職種での比較,他の評価指標との関連について検討することが課題である.
著者
冨岡 公子 熊谷 信二
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.47, no.5, pp.195-203, 2005 (Released:2006-01-05)
参考文献数
75
被引用文献数
11 11

欧米では,抗がん剤を取り扱う医療従事者の職業性曝露に関する危険性について,1970年後半から警告的内容の報告がなされ,1980年代から1990年にかけて安全な抗がん剤の取扱いに関するガイドラインが制定されている.ガイドラインによって,個人保護具や作業環境が改善されてきている.また,職業性抗がん剤曝露の健康影響に関する調査・研究も盛んに行われている.日本においては,1991年に,日本病院薬剤師会がガイドラインを制定し,それ以降,抗がん剤の安全な取扱いに対する認識が看護師を中心に関心が持たれるようになったが,医療現場はあまり変化してきていない.産業衛生の分野に限ってみると,抗がん剤の安全な取扱いに対する記事や研究は,ほとんど見あたらない.抗がん剤を取り扱う医療従事者の職業性曝露に関する危険性についてはいまだに不明な点が多い.しかし,医療従事者における抗がん剤曝露の低減は,産業衛生上の重要な課題である.日本においては,抗がん剤の取扱いに適切な保護具や作業環境を普及させ,抗がん剤の安全な取扱いに関して検討する必要がある.また,欧米同様に,国家レベルの実効性や強制力が付与された抗がん剤の安全な取扱い指針が策定されることが望まれる.
著者
三島 徳雄 久保田 進也
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.43, no.2, pp.27-31, 2001-03-20 (Released:2017-08-04)
参考文献数
17

産業医学では,リスナー教育は一次予防として行われるのが普通である.ここでは積極的傾聴法を中心とする研修という点から,リスナー教育の現状について報告した.傾聴は,Rogersの3条件(共感,無条件の肯定的関心,自己一致)に基づく人間尊重の態度をもって相手の話を聴くことを意味する.このような研修の必要性は幅広く解説されているが,学術的な研究論文は乏しい.このレビューでは,これまでに報告されてきたリスナー教育に関する報告について,一貫して3条件に基づいて行われる狭義のリスナー教育と,Rogersの理論とは異なる技法を組み合わせた広義のリスナー教育に分けて検討した.前者の例としては,池見らによる人間尊重の態度の重要性に関する研究があり,久保田ら,三島ら,および宮城は実際の研修について報告している.後者の例としては,森崎および浜口らは,交流分析等を含む彼等の研修を報告している.最後に,今後はリスナー教育の評価に関する研究が必要であるだけでなく,人材育成の視点から傾聴を考える必要があることも指摘した.
著者
廣 尚典
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.1-6, 2001-01-20 (Released:2017-08-04)
参考文献数
20
被引用文献数
3 5

本稿は, 職場のストレス対策において管理監督者が担うべき役割を論じた過去の文献を概観し, それを推進するための教育研修のあり方をまとめた.従来から職場で行われるストレス対策およびメンタルヘルス対策の多くで, 管理監督者教育は, 重要な活動のひとつとして位置付けられている.その効果についても, 職場のストレスの軽減や労働者の仕事に対する満足度の向上の面で, 高く評価する報告がみられる.しかしながら, その数はまだ多くなく, 前向きの介入研究により評価を行った研究報告は極めて少ない.さまざまな管理監督者教育プログラムの有用性に関する検討は今後の課題といえる.また, 最近多くの企業で組織や勤務形態などに変化がみられており, 従来型の上司-部下関係も徐々に変貌しつつある.それに伴って, ストレス対策において管理監督者に求められる役割も見直される余地があるであろう.
著者
小泉 直子 藤田 大輔 二宮 ルリ子 中元 信之
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.40, no.4, pp.107-112, 1998
参考文献数
12
被引用文献数
3 9

State-Trait Anxiety Inventory(STAI)の統計学的検査項目減数化によるスクリーニングテスト:小泉直子ほか.兵庫医科大学公衆衛生学-本研究の目的は, 定期健診で身体的健診と平行して簡便に行い得る精神面の健診方法を見つけ出すことである.阪神淡路大震災の復興事業に携わる建設業の男性労働者264名を対象に, 定期健診時に行われたSTAIの状態不安(A-State)20項目, 特性不安(A-Trait)20項目, 計40項目の検査データとSDS検査データを基に重回帰分析を行い, 簡易スクリーニングテストとして活用しうる5項目を抽出した.この5項目の総得点に対する説明率は, 状態不安90.0%, 特性不安88.5%であり, 推計値と実測値の相関は, 状態不安r=0.949(p<0.01), 特性不安r=0.940(p<0.01)であった.また, この5項目の構成概念妥当性および信頼性についてもそれぞれ一定の評価が得られたことより, 対象者の精神健康の概要を把握するための簡易検査法として有用であり, 事業所におけるメンタルヘルス対策に活用しうると考えられる.
著者
塩崎 万起 宮井 信行 森岡 郁晴 内海 みよ子 小池 廣昭 有田 幹雄 宮下 和久
出版者
Japan Society for Occupational Health
雑誌
産業衛生学雑誌 = Journal of occupational health (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.55, no.4, pp.115-124, 2013-07-20
参考文献数
29
被引用文献数
6

<b>目的:</b>警察官は他の公務員と比べて心疾患による休業率が高く,在職死亡においても常に心疾患は死因の上位を占めることから重要な課題となっている.本研究では,A県の男性警察官を対象に,近年増加傾向にある虚血性心疾患に焦点をあて,各種危険因子の保有状況とその背景要因としての勤務状況や生活様式の特徴を明らかにすることを目的として検討を行った.<b>対象と方法:</b> 症例対照研究により,虚血性心疾患の発症に関連する危険因子について検討した.対象はA県警察の男性警察官で,1996–2011年に新規に虚血性心疾患を発症した58名を症例群,脳・心血管疾患の既往がない者の中から年齢と階級をマッチさせて抽出した116名を対照群とした.虚血性心疾患の発症5年前の健診データを用いて,肥満,高血圧,脂質異常症,耐糖能障害,高尿酸血症,喫煙の有無を両群で比較するとともに,多重ロジスティック回帰分析を用いて調整オッズ比を算出した.続いて,男性警察官1,539名と一般職員153名を対象に,横断的な資料に基づいて,各種危険因子の保有率およびメタボリックシンドローム (MetS) の有所見率,勤務状況および生活様式の特徴を年齢階層別に比較検討した.<b>結果: </b>虚血性心疾患を発症した症例群では,対照群に比べて発症5年前での高血圧,耐糖能障害,高LDL-C血症,高尿酸血症の保有率が有意に高かった.多重ロジスティック回帰分析では高血圧(オッズ比 [95%信頼区間]:3.96 [1.82–8.59]),耐糖能異常 (3.28 [1.34–8.03]),低HDL-C血症 (2.26 [1.03–4.97]),高LDL-C血症 (2.18 [1.03–4.61]) が有意な独立の危険因子となった(モデルχ<sup>2</sup>:<i>p<</i>0.001,判別的中率:77.0%).また,警察官は一般職員に比べて腹部肥満者 (腹囲85 cm以上)の割合が有意に高く(57.3% vs. 35.3%, <i>p<</i>0.001),年齢階層の上昇に伴う脂質異常症や耐糖能障害の有所見率の増加もより顕著であった.45–59歳の年齢階層では個人における危険因子の集積数(1.8個 vs. 1.4個, <i>p<</i>0.01)が有意に高く,MetS該当者の割合も高率であった(25.0% vs. 15.5%, <i>p<</i>0.1).さらに,MetS該当者では,交替制勤務者が多く (33.6% vs. 25.4%, <i>p<</i>0.01),熟睡感の不足を訴える者 (42.5% vs. 33.7%, <i>p</i><0.01),多量飲酒者 (12.8% vs. 6.3%, <i>p</i><0.01)の割合が高くなっていた.<b>結論:</b>警察官においても高血圧,耐糖能障害,脂質異常症などの既知の危険因子が虚血性心疾患の発症と関連することが示された.また,警察官は加齢による各種危険因子の保有率およびMetS該当者の割合の増加が一般職員よりも顕著であり,その背景要因として,交替制勤務や長時間労働などの勤務形態と,飲酒や睡眠の状態などの生活様式の影響が示唆された.