著者
一瀬 早百合
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-en Chofu University (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.10, pp.199-210, 2016-03

障害のある子どもをもつ親のメンタルヘルスの実態を「保護者のためのこころのケア相談」における語りをKJ法にて分析し,明らかにした。障害のある子どもの出現は,一旦決着がついていた過去の解決されていない問題,原家族との関係やトラウマを再燃させることになると考えられる。子どもの出生以後の過度の疲労や傷つき体験が手当てされていないこと,さらに現在の生活における家族,特に夫との関係やママ友や所属集団での生きづらさがメンタルヘルスに負の影響を与えることになる。それらが長期化すると,自分自身のふるまいに不安を感じ,無価値な存在なのではないかという自己否定感が強まり,メンタルヘルスが危機的な状況となる。一方では,その焦りが子どもへの虐待へ向かう場合もある。メンタルヘルスサポートには現在の生活における家族や所属集団での「生きづらさ」だけではなく,過去からの様々な「傷つき体験」へのケアというライフヒストリーの視点が必要である。
著者
望月 隆之
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-en Chofu University (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.12, pp.195-204, 2018-03

2016 年7 月26 日未明,「津久井やまゆり園」にて元施設職員による殺傷事件が起きた。被害者は施設の利用者と職員であり,19 名の利用者が亡くなり,26 名が重軽傷を負うという大事件となった。事件後,報道機関により大きく報道され,専門家によるコメントや検証がなされた。しかし,事件の当事者である知的障害者の声は,ほとんど報道されてないという状況が続いた。「にじいろでGO!」は,横浜市在住の知的障害者の女性が,神奈川県内在住の知的障害者及び家族,支援者に呼びかけ,知的障害者のこれまでの人生や相模原障害者施設殺傷事件について,当事者が語る声を社会に伝えるために作られた当事者団体である。これまでの活動は,知的障害者の声として多くのメディアを通じて社会に発信されている。本報告では,「にじいろでGO!」の立ち上げの経緯及び事件後1 年までの活動について報告し,知的障害者が自ら事件について語ることの意義及び今後の課題と活動の展望まで述べる。
著者
隅河内 司
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-en Chofu University (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.13, pp.81-99, 2019-03

2014 年(平成26 年)6 月に介護保険法が改正(2015 年4 月施行)された。この法改正では,2025 年を目途に,地域で誰もが安心して最期まで暮らせる社会の実現に向け,医療,介護,住まい,生活支援・介護予防を包括的に確保する「地域包括ケアシステム」の構築を目指している。このため,新たな事業として介護予防・日常生活支援総合事業(以下「総合事業」という。)及び生活支援体制整備事業が創設された。そして,これら事業において,助け合い活動や地域活動を進める上で中核的な役割を果たす生活支援コーディネーターを全国の市区町村全域と日常生活圏域に設置することになったのである。本研究では,相模原市の生活支援コーディネーターを対象に,その活動の現状を調査し,今後の可能性を探った。結果として,相模原市の生活支援コーディネーターの配置については,市人口・区域面積の規模や地区の特性,各高齢者支援センターの運営など地域実情の違いから地域差は見られるものの,市全体でみると,資源の開発を目的とした生活支援体制整備事業は着実に取り組まれており,地域づくりや生活支援等サービスの整備を図るための土台づくりは進んでいることが明らかになった。今後,市コーディネーターが活躍できるように,全ての高齢者の介護予防を含めた地域づくりや地域福祉を推進する視点を市の方針として明確に組織内で共有するとともに,地域づくり部会の運営や住民主体サービス補助制度の見直しを図るほか,小地域活動の活性化を図ることが求められている。
著者
和 秀俊
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-en Chofu University (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.13, pp.115-131, 2019-03

本研究は,現代社会の深刻な問題となっている大学生のメンタルヘルスにおいて,大学生の自己肯定感や自尊感情を高め,SOC(Sense of Coherence=首尾一貫感覚)やレジリエンスを向上させるための「きっかけ」や「仕組み」を,先行研究や既存調査などの考察から探索的に検討する。その結果,ボランティア活動は,学校や家庭以外において,大学生が共同して社会的課題に取り組むという社会貢献を通して,社会的な役割を獲得することにより自己有用感や自己肯定感,自尊感情が向上し,人とのつながりを構築できる社会活動であることがわかった。したがって,ボランティア活動は,大学生のSOCやレジリエンスを高め,問題解決能力やストレス対処能力を向上させ,若者のメンタルヘルスに寄与する可能性があると思われる。
著者
犬塚 典子
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-en Chofu University (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.13, pp.133-147, 2019-03

日本における女性医師の比率は,2016年では21. %である。一方,OECD加盟国では概ね医師の2人に1人が女性という状況である(2015年)。海外における女性医師の養成並びに生涯学習の状況を知るために,カナダの医学教育,医師の専門分野における男女統計,女性医師団体による継続専門教育(Continuing Professional Development)の実践を考察する。カナダにおける女性医師比率は41.2%であるが,医師養成課程の在籍者数においては,1995年に50%を超え,2015年では55.1%である。医学教育の場では女性が多数派となり20年が経っているが,ワーク・ライフ・バランスやリーダーシップなどの面で課題は残されている。そのため,女性医師団体はネットワーキング活動と共に,カナダ専門医協会が定める継続専門教育の機会を提供し,女性のキャリア形成支援を行っている。
著者
鈴木 文治
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-En Chofu University (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.11, pp.55-80, 2016

本論は、ルカ神学におけるインクルージョン研究として、「異邦人」の理解を取り上げたものである。ルカは『ルカによる福音書』及び『使徒言行録』の著者として知られるが、当時の社会で差別や排除の対象となっている「異邦人」を、ルカ神学ではどのように取り上げ、位置づけているのかを探り、キリスト教におけるインクルージョンの思想や実践を考察するものである。なお、本論は昨年の大学紀要第10号「キリスト教におけるインクルージョン研究-ルカ神学における障害理解-」の続編に当たるものである。さて、「異邦人」とはユダヤ人以外の民族のことを示す言葉である。この「異邦人」をルカはどのように福音の中に位置づけていたのかが、研究テーマである。ユダヤ人は、自分たちが神によって選ばれ、導かれた民として、強固な「選民意識」を持っていた。その選民意識の故に、他民族に対しては排他的・差別的な態度を取っている。ユダヤ人の歴史は、この「選民意識」による他民族への侵略であるが、その背景には何があるのか。また、選びの神ヤハウェは、真実の神を信じない「異邦人」への裁きと同時に、「不信仰なユダヤ人」に対しても裁きを行う。その頂点にあるのは、神による国の滅びである。ユダヤ民族を選び、導いた神が、最後はユダヤ人の不信仰を理由に約束の地を他民族に与え、民族は捕囚の憂き目を見る。このような歴史の過酷さの中でも、神信仰を失わず、選ばれた民の誇りを失わなかったのはなぜか。本論では、旧約聖書における「裁きの神」の強い一面によって、「異邦人」への排他性・攻撃性が正当化され、カナン侵略が描かれている。ユダヤ人のカナン定着の歴史は、他民族の抹殺、殺戮の歴史である。そこには異邦人に対する憐れみ、配慮は見られない。「異邦人」は「異教徒」であるが故に、滅ぼされる運命にあると考えられている。一方、新約聖書におけるイエス・キリストの言動は、「異邦人」に対する排他的・差別的扱いではなく、むしろ異邦人が神の国を継ぐ者との表現に示されるように、好意的に扱われる場面が多く見られる。ルカは、「異邦人」が救いの対象になるのかという議論の渦中にいて、ユダヤ人だけが救いの対象であることの原則を超えて、むしろ頑ななユダヤ人ではなく、異邦人の救いに強い関心を示している。使徒言行録における初代キリスト教会の進むべき道が、大きく方向転換されるようになった経緯が、ルカ神学の随所に見られる。ルカ自身がギリシャ人であり、すなわち異邦人であったという事実が、異邦人の救いへの強い関心を生み出し、キリスト教が世界宗教へと発展する足場を作ったと考えられる。現代社会の大きな潮流に、「インクルーシブ社会」への展望がある。福祉や教育、社会のあり方が、特定のマイノリティの人々を排除・差別するのではなく、包み込む共生のあり方が求められる時代になってきている。キリスト教における「インクルージョン」思想の背景を探り、今日的な宗教的意義について探りたい。それは、とりわけ世界全体が、マイノリティへの排除や差別の方向性に突き進んでいるからである。今日の重いテーマとなっている「異邦人、すなわち他国民との共生」について、ルカ神学が私たちに何を指し示しているのか。ルカの神学における「インクルージョン」思想を明らかにすることが、本論の趣旨である。それは、福音書や使徒言行録に示されている「排除されている人たち」を本質的には教会の宣教の対象としてこなかった現代のキリスト教会のあり方への批判、そして社会全体への批判についての示唆になると考えられる。
著者
岡田 啓子
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-en Chofu University (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.9, pp.173-185, 2015-03-25

不妊治療後に妊娠した妊婦は自然妊娠の妊婦と比べて,情緒不安定になりやすく,その後の育児においても子どもを過保護に扱ったり,過剰な期待をするといった育児への不適応が指摘されていた。これらの研究では不妊そのものを妊娠や育児への不安の主な原因としているが,不妊であったこと自体が問題となるだけではなく,治療中の経験がその後の妊娠に対する感情に影響を与えると考えるべきであろう。本稿では不妊治療中のストレスや夫婦関係が妊娠中の女性や男性に与える影響を明らかにすることを目的とし,検討を行った。不妊治療を経て妊娠した女性は,妊娠したことに対して肯定的な感情を強く持つ反面,それを強く望んでいた者ほど流産に対しての不安が高いという先行研究が支持されたほか,不妊治療中に家族との関係によって生じたストレスと妊娠への感情との間に関連が認められた。一方,男性に関して不妊治療経験の有無と“親になること”という意識との間に関連は認められなかった。しかし,不妊治療期間における夫婦関係のあり方によっては,エリクソンのいう「世代性」への意識が強められることがうかがえた。
著者
小田 敏雄
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-en Chofu Univerisy (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.14, pp.63-78, 2020-03

本研究は,精神障害者の意思表出と自己決定支援のための「場と空間の活用」の可能性を実証研究で探ることを目的にした研究のための文献からの検討である。そのため「場」,「空間」が,対人支援など人にかかわる分野でどのように活かされ,意義があるか文献から検討した。文献検索にはCiNiiを活用し該当した31 件の論文と著者検索から9 本の論文を選定した。社会福祉,高齢者福祉,社会教育,精神医療,建築,学校教育の分野から検討し,人がかかわりあう「場」の持つ力と構成する成員の意欲を創出することが確認できた。そして,精神障害の特性を踏まえ検討していった。そのなかで「基地として,隠れていられる場」「抱える環境」が明示され,続いて,当事者であり支援者でもあるパトリシアディーガンが述べている,リカバリーを育むリハビリテーションの要点である①柔軟性②多様性③当事者の存在と希望は伝染する④共に弱さに向き合い成長しようとする支援者の姿勢が,関連しあっていた。今後,前述の二点と合わせ,六つの視点をもち精神障害者の意思表明,自己決定支援のための「場と空間の活用」を実証していくのが課題である。
著者
伊東 秀幸 大西 守 田中 英樹 桑原 寛 伊藤 真人 大塚 俊弘 野口 正行 金田一 正史 斎藤 秀一 山本 賢 呉 恩恵
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-en Chofu University (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.10, pp.1-31, 2016-03

精神障害者支援に関して,市町村は精神障害者に対して身近な地域できめ細かく支援していく役割があり,保健所はその市町村に対して専門性や広域性が必要な事項について支援していく役割がある。また,精神保健福祉センターは,保健所,市町村に対する技術援助の役割を担っている。以上のように各機関は,それぞれ異なる役割を期待されているが,精神保健福祉法の改正や障害者自立支援法の施行などもあり,精神保健福祉行政を取り巻く環境は大きく変化している。そのため,保健所,市町村そして精神保健福祉センターによる精神障害者に対する支援の現状を把握し,それぞれの機関の果たすべき役割について見直していくことが重要である。そこで本研究では,厚生労働省平成26 年度障害者総合福祉推進事業「保健所及び市町村における精神障害者支援に関する全国調査」の結果から,保健所及び人口30 万人未満の市町村のデータを抽出し,精神障害者支援に関する,保健所と市町村の役割とその現状について考察を試みた。調査の結果から,指定都市型保健所,中核市型保健所や10 万人未満,30 万人未満の市町村においては,精神障害者支援に関する様々な取り組みがされているのに対し,都道府県型保健所ではこれまでの事業を中心に実施されている現状が分かった。これは,都道府県型保健所と市町村との間で精神障害者支援に関する役割分担が進んでいることからくることと推測される。30 万人未満の市町村では,精神障害者支援に関して,これまでの都道府県中心から市町村主体と変わっているが,その実施にあたり様々な困難を抱えており,これからも都道府県(保健所)等のバックアップが必要と考えている。そのための具体的な対策としては,保健所や精神保健福祉センターによるバックアップ体制を強化するとしている。一方,保健所は,今後重要となる精神保健福祉業務の体制については,管内市町村との連携強化を考えているという現状が把握できた。精神保健福祉センターに対する調査では,精神保健福祉センターの業務のうち保健所への技術援助は積極的に取り組む必要があるとしている。以上のことから,今後,保健所から管轄市町村に対して,これまで以上に技術援助や連携を進めていくことが必要であり,精神保健福祉センターからの技術支援は,保健所はもとより直接的に市町村にも積極的に進めることが課題であると思われる。また,「保健所及び市町村における精神保健福祉業務運営要領」は,平成18 年に発出以来10 年が経過していることから,現状にあった改訂の必要性があると思われる。
著者
中山 幸代
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.2, pp.97-112, 2007

介護福祉士の養成教育が始まってから19年が経過した。しかし「介護福祉学」の内容はいまだ定まったとはいえない。本研究では,介護福祉学における「関連領域との共通性と介護福祉の固有性」について,文献研究を通してその内容を検討し考察を加えた。関連領域としては,看護・社会福祉・家政学・ターミナルケア・宗教哲学・性との関係を取り上げた。介護福祉の固有性としては,日常生活障害の理解,生活障害への援助について検討した。また介護実践の基盤となる利用者理解と自己覚知,「聴く」ことのできる力についても考察を加えた。
著者
中原 篤徳
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-en Chofu University (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.10, pp.305-317, 2016-03

本稿では,子どもの造形における塑造制作について,これまでの筆者の取り組みを振り返り,具体的な造形方法,その意味内容を改めて考えていくこととした。塑造制作には長い歴史があり,明治期に受容された西洋式の塑造は,幼児教育の最初期に取り入れられた経緯がある。しかしながら,今日,保育・幼児教育の分野で,粘土による塑造は,造形活動の中で主流とはいえない状況となっている。そこで,塑造制作そのものについて考え,また,筆者が研修会の講師を務めた一般財団法人川崎市保育会特別対策委員会「造形班」での実践的な研修内容から,保育者による塑造制作における援助の仕方,制作の意義について考察した。また,「造形班」による研究発表や,これまでの研修の中での保育者の意見,感想等から,保育現場において触覚や皮膚感覚に訴える塑造制作によって,造形活動がより充実する可能性を見出すことができた。また,保育者と子どもの思いが共鳴する造形内容を,塑造は持っていることが改めて理解され,今後,実践の中での具体的な造形の援助の仕方について研究していくこととした。
著者
石川 由美
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-en Chofu University (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.14, pp.125-143, 2020-03

1987 年に介護福祉士国家資格が創設されて30 年以上経過した今日,介護福祉現場は深刻な人材不足と,従事者の専門職としての質が問われている状況にある。本稿は,介護福祉士資格創設時の経緯と,関係者による専門性に関わる議論を振り返り,今日まで続く状況の引き金となった問題について整理・考察を行った。当時の実践現場の関係者からは,寮母の資質についての問題意識,専門職としての社会的地位の向上,老人保健施設創設に関わる危機感などから資格制度を望む声が聞かれていた。厚生省は、高まる介護需要に対するマンパワー不足を補うため,シルバーサービスを容認し,それを規制するために資格制度創設を推し進めた。社会福祉関係団体は,長年の悲願であった社会福祉専門職資格の創設に向けて,政府とともに「資格制度創設ありき」で動いた。さらに,隣接職種である家政婦団体と日本看護協会から,介護福祉士資格制度創設についての猛然とした反対があったことや,それにまつわる関係者の軋轢などが,介護福祉の専門性の明確化を阻んだ。その結果、介護福祉の専門性についての十分な議論や立証は置き去りにされ,資格創設当初の躓きは今日まで繋がり,介護実践の関係者が望んだ資格制度とは異なるものとなった。
著者
寺沢 英理子
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-en Chofu University (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.16, pp.71-84, 2022-03

20代後半に「生きづらさ」を自覚してサイコセラピーを求めるクライエントの中には,幼少期から安心感のない養育環境に置かれて,親の精神安定に多大なエネルギーを注いできた人々がいる。彼らは広義のヤングケアラーということができ,そのサイコセラピーから得られた知見は,狭義のヤングケアラーのケアを考える上でも重要な示唆を与える。そのひとつは,スクールカウンセラーの役割の再認識である。広義のヤングケアラーは虐待や経済的困窮の渦中にはいないので,福祉のアプローチでは発見される可能性が極めて低い。しかし,学校で彼らに接する機会が多いスクールカウンセラーなら,「離人」を手がかりに広義のヤングケアラーを発見できる可能性がある。その際,非言語的表現の中に現れた持続的空想を察知することが助けになると考えられる。また,発見したヤングケアラーの母親をスクールカウンセラーがサポートできれば,養育環境の安定化も期待できる。狭義のヤングケアラーでも,社会的支援に次いで精神的ケアが必須であるが,非言語的表現方法を使いこなすスクールカウンセラーが,この部分を担うことができれば,セーフティネットの強化につながるであろう。
著者
一瀬 早百合
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-En Chofu University (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.10, pp.199-210, 2015

障害のある子どもをもつ親のメンタルヘルスの実態を「保護者のためのこころのケア相談」における語りをKJ法にて分析し,明らかにした。障害のある子どもの出現は,一旦決着がついていた過去の解決されていない問題,原家族との関係やトラウマを再燃させることになると考えられる。子どもの出生以後の過度の疲労や傷つき体験が手当てされていないこと,さらに現在の生活における家族,特に夫との関係やママ友や所属集団での生きづらさがメンタルヘルスに負の影響を与えることになる。それらが長期化すると,自分自身のふるまいに不安を感じ,無価値な存在なのではないかという自己否定感が強まり,メンタルヘルスが危機的な状況となる。一方では,その焦りが子どもへの虐待へ向かう場合もある。メンタルヘルスサポートには現在の生活における家族や所属集団での「生きづらさ」だけではなく,過去からの様々な「傷つき体験」へのケアというライフヒストリーの視点が必要である。
著者
大上 真礼 寺田 悠希
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-En Chofu University (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.11, pp.169-188, 2016

近年,人口に膾炙している「女子力」という概念について,その下位概念を構成するものが従来の「男らしさ・女らしさ」と異なるかについて探ることを目的に先行研究を概観した。「女子力」に関する研究を概観した結果,女性は男性に比べて「女子力」のイメージとして外見に関する項目を選ぶ者が多いこと,雑誌記事が想定する女子力と大学生たちが実際に考える「女子力」にはギャップがあることなどが明らかになった。次に,「男らしさ・女らしさ」の測定語の変遷を性格・身体・行動に分けて概観した。変化していない測定語も多かったが,「やさしさ」が女らしさの測定語のみならず,男らしさの測定語としても出現し,逆に男らしさとされてきた「包容力」が女らしさの自由記述でも挙がるようになるなどの変化があった。また,行動面では消費行動とその性らしさを結びつける研究はほとんどなかった。「女子力」と女らしさの測定語を比較すると,「女子力」は比較的短期間の行動で獲得・維持できるといった側面が女らしさと異なることが明らかになった。また,性格や消費以外の行動面では直接的に役に立つものが「女子力」とされていることもうかがえた。以上の結果を踏まえて,「女子力」の高低がメンタルヘルスに与える影響などについて,その性らしさとは異なる角度から検証していく必要があることが示唆された。
著者
山本 博之
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-En Chofu University (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.11, pp.23-36, 2016

1987(昭和62)年に社会福祉士及び介護福祉士法が制定され、社会福祉士の国家資格化が実現した。その流れを受けて、精神保健福祉士法が1997(平成9)年に制定され、精神保健福祉士の資格化がなされた。社会福祉士及び介護福祉士法制定から30年の年月が経過し、社会福祉士の活躍する場も当時のそれと比較しても格段に増すようになった。社会福祉士及び介護福祉士法はその後2007(平成19)年12月に改正され、その改正とともにソーシャルワーカー養成カリキュラムもその質及び量ともに大幅な見直しがなされて現在にいたっている。「新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン」(2015(平成27)年)や「ニッポン一億総活躍プラン」(2016(平成28)年)といった未来志向の福祉政策プランが提言されている。本稿において、わが国におけるソーシャルワーカー養成課程の歴史を踏まえつつ、北米のソーシャルワーカー養成課程を紹介しながらソーシャルワーカー養成の現状と今後の課題への提言を行う。
著者
鈴木 文治
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-en Chofu University (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.7, pp.109-129, 2013-03-25

教育と福祉の連携について様々な取組が行われている。特別支援教育の時代になってからは、特に移行支援の観点からの連携の重要性が指摘されている。学齢期前の児童生徒における地域療育センターから特別支援学校小学部及び小学校特別支援学級への入学段階や、中学校特別支援学級から特別支援学校高等部への進学段階、さらに特別支援学校高等部生徒における学校から社会への卒業段階の課題は、円滑な移行支援のあり方をめぐり、種々のシステムが考案され実施されている。背景にあるものは、特別支援教育の理念と中核となっている個別のニーズへの対応であり、移行支援が単なる引き継ぎではなく、新たな段階を大きな混乱なく乗り越えていくための方策が、福祉と教育の重要な連携課題と見られるようになっている。 例えば、地域療育センターから特別支援学校小学部への入学については、環境の変化に適応することに困難性のある児童が、新しい学校という環境にソフトランディングできるために、入学前の状況を特別支援学校教員が見学し、指導場面の環境を把握し、構造化のための視覚支援カードの共有化を図る等の取組が行われている。また、学校から社会への移行支援に関しては、高等部での教育全体を通して、実際の社会生活をする上で必要な事柄について身につけるための指導が行われている。とりわけ、移行支援教育の鍵となっている、①職業訓練、②自立生活、③余暇活動、④コミュニティ参加、等が教育目標に掲げられ、特例子会社の担当者が職業アドバイザーになって、作業学習を企業の観点から助言を行い、作業所での校外実習の結果を学校の担任に詳しく伝えて、自立活動への助言をする等、実社会と学校との連携が機密に行われるようになっている。 これらは、福祉(家庭)から学校へ、また学校から社会への移行支援教育として、障害のある児童生徒のライフステージでの大きなステップを、スムーズに移行できることのために設定されているものである。 だが、このような移行支援がスムーズに行われず、寄るべき絆からドロップアウトする障害者がいる。ホームレス障害者たちである。なぜ彼らが家庭や施設、会社等から落ちていってしまうのか、社会のセイフティーネットからこぼれ落ちてホームレスになってしまうのか。本論では具体的な事例に基づいて、この点について探ってみたい。 なお、筆者は川崎市南部にある教会の牧師として、20年にわたってホームレス支援活動に取り組んできた。そこで出会った人たちの中から、障害者と思われる人々との関わりの中で知り得た様々な情報をもとに、教育と福祉の連携課題を探る。
著者
鈴木 文治
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-en Chofu University (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.12, pp.37-65, 2018-03

キリスト教におけるインクルージョン研究の第三弾として,ルカ神学の「貧しき者」を取り上げる。ルカは医師であり,ギリシャ人である。医師という客観的・科学的に対象を分析する視点があり,また,彼の生きた時代の重圧の中で人々の苦しみに直接手を触れる場面を多く体験した人物である。彼の語る福音書には,同じ出来事を記した共観福音書と比較すれば,ルカの視点の特徴が明確になっている。それは,事柄を何か精神主義的なものに解釈したり,時代的・政治的背景に配慮するような記述の傾向は少なく,事実を事実として捉えようとする意図が浮かび上がってくる。ギリシャ人であること,すなわち異邦人としての視点からは,ローマ帝国の圧政に苦しむユダヤ人とは一歩距離を置いた位置に立ち,政治的状況からの影響もあまり受けていない。このことが,事実を事実として把握する論調になっている。最も分かりやすい例は,マタイとの比較である。マタイは,「心の貧しい者」と記すのに対して,ルカは端的に「貧しい者」と表している。これはマタイが単純な貧しさではなく,心の貧しさ,精神の貧しさに触れていることは,マタイの持つ精神化,内面化の傾向の強さと同時に,ローマ帝国の植民地であるユダヤの置かれている政治的な状況を念頭にした表現であることが理解できる。すなわち,ローマ帝国の植民地政策の最大の関心事は,ローマへの反逆,抵抗運動を封じ込めることにある。貧しい者それ自体がローマ帝国への反逆分子となりうる可能性を持った人々ということになる。そのまま貧しき者という表現は,ローマ帝国への潜在的反逆者を意図すると考えられる恐れがあり,「心の貧しき者」という精神主義的表現を用いざるを得なかったと考えられる。ルカは自身が見聞きする事柄を直截に述べている。「貧しい者」,「今飢え渇いている者」,「今泣いている者」という,まさにルカの目の前にいる人々の「生の姿」を描くことによって,人間存在を描き出していて,臨在感のある言葉になっている。当然,彼らの前に立つキリストの言動も臨場感の迫る活き活きとした姿に描かれている。それが,ルカ神学の特徴である。では,ルカはこのような「貧しい者」をどのような視点から描いているのか。それはユダヤ教の時代の貧しい者の理解とは,どう異なっているのか。さらに,今日のインクルージョンの観点から,ルカの描く「貧しい者」の理解を探るのが本論の趣旨である。同時に,聖書における「貧しさ」の問題は,正に今日的世界的な課題となっていることを踏まえて,今日の「貧しさ」の意味と,その救済について触れてみたい。それは,論者が,現代の貧困の象徴であるであると考えられるホームレスの支援活動に,25 年間関わってきたことと関係している。そこで知らされる現代の貧困の課題と,ルカ神学の貧困の課題との対比を試み,インクルージョンのあり方に迫りたい。
著者
望月 隆之
出版者
田園調布学園大学
雑誌
田園調布学園大学紀要 = Bulletin of Den-En Chofu University (ISSN:18828205)
巻号頁・発行日
no.11, pp.151-168, 2016

本研究の目的は、知的障害者グループホームのサービス管理責任者と世話人の関係性に着目し、利用者への個別支援の現状と課題について明らかにすることである。本研究では、6名のサービス管理責任者を対象にインタビューを実施し、そのデータを質的データ分析法を用いて分析した。分析の結果、サービス管理責任者は、個別支援計画に基づいた個別支援の実現のために、<世話人への助言・指導>を日常的に行っており、その内容として、①利用者との関わりに関する相談、②個別支援に関する助言とフォローを行っている。世話人は、サービス管理責任者の助言・指導に基づき、<日常生活に必要な援助等の提供>として、①利用者ニーズに合った個別支援を行っている。サービス管理責任者は、<サービス管理責任者の課題>として、①世話人が年配者であることによる助言・指導のためらい、②世話人との関係構築への気遣いがあることが明らかになった。 <世話人の課題>として、①利用者との関係構築の困難さ、②グループホームのウチ化、④世話人不足を捉えていることが明らかになった。結果として、サービス管理責任者は、<サービス管理責任者の代行・対応>として、①世話人の役割代行、②利用者トラブルへの対応を行わなければならず、サービス管理責任者が果たすべき本来の役割遂行が困難である。知的障害者グループホームにおいて、利用者への十分な個別支援を実現するためには、世話人の人手不足の解消とスキル向上のための継続的な研修等への取り組みとサービス管理責任者への支援体制の確保が必要である。