著者
村島 健司
出版者
学校法人 関西学院大学先端社会研究所
雑誌
関西学院大学先端社会研究所紀要 (ISSN:18837042)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.55-69, 2017 (Released:2021-05-15)

台湾における災害復興は、日本の事例とは大きく異なっており、国家ではなく宗教団体が中心的役割を果たしている。本稿では、台湾仏教団体による異なる二つの災害復興支援を事例に、宗教団体がいかなる正当性にもとづき災害復興支援を実施しているのかを考察する。「九二一大地震」後の復興過程において、仏教団体が災害後における社会秩序形成の中心となり得たのは、戦後の台湾社会において、国家による資源の分配を十分に享受できない人々の生を保障し、その社会的連帯の中心であったことに由来しており、支援者/被支援者の両義的立場に基づく復興支援が正当性を獲得する要因となっていた。しかし、「八八水災」後の復興過程では、仏教団体の復興支援は正当性を獲得することができなかった。八八水災の被災者にとっての仏教団体とは、政府へのオルタナティブではなく政府のエージェントとして、外部から被災地へとやって来て、復興支援を施すことと引き換えに被災者から従来の生活を奪い、仏教団体の「慈善的覇権」に組み込むことを強要するものであった。その社会秩序は、復興支援の経験に富む仏教団体がすでに用意していたものであり、被災者との関係性の中で構築されたものではなく、そこに正当性が生じることはなかった。つまり、災害後における社会秩序とは、あらかじめ規範的なものが存在するのではなく、常に支援者と被災者とのあいだで揺れ動いているのである。正当性とはその過程の中で生まれ、本稿ではそれを支援者/被支援者の両義的立場と捉えた。
著者
李 建志
出版者
学校法人 関西学院大学先端社会研究所
雑誌
関西学院大学先端社会研究所紀要 (ISSN:18837042)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.27-46, 2014 (Released:2021-05-15)

「兵隊やくざ」は、1960年代に大映で制作された娯楽映画だ。その原作は、有馬頼義によって書かれた「貴三郎一代」であるが、原作小説と映画は並行してつくられており、日本陸軍の内務班について描かれているのが特徴といっていい。この軍隊内の生活を描く小説は、1952年に野間宏によって発表された「真空地帯」以降、1960年から80年にかけて書き継がれた大西巨人の「神聖喜劇」など、いくつかあげられる。この文脈の中に「貴三郎一代」および「兵隊やくざ」を位置づけると、内務班という非民主的な社会を打破するヒーローとして、「貴三郎一代」および「兵隊やくざ」の主人公である大宮貴三郎の存在の意味が見えてくる。また、「兵隊やくざ」と「貴三郎一代」に登場する歌も分析する。当時軍隊で好んで歌われていたのは軍歌ではなく、「満期操典」や「軍隊数え唄」といったものであった。このような兵隊の唄を知ることで、当時の日本軍の生活を知ることができるようになることだろう。また、「貴三郎一代」では、大宮と「私」は朝鮮人女性を連れてきてP屋(慰安所)を経営するのだが、日本の敗戦で彼女たちと別れるとき、「私」は朝鮮人女性から「アリラン」と「蛍の光」を歌ってもらい、感動しているという場面がある。しかし、当時の朝鮮では韓国の国歌である「愛国家」にはまだメロディがなく、「蛍の光」のメロディで歌われていたことを考えると、彼女たちが「私」に歌ったのは別れの歌ではなく、朝鮮独立の歌としての国家だったと考えられる。このような認識のギャップは、現在までも続いているのではないかと考えるのだ。
著者
今井 信雄 前田 至剛
出版者
学校法人 関西学院大学先端社会研究所
雑誌
関西学院大学先端社会研究所紀要 (ISSN:18837042)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.27-41, 2010 (Released:2020-03-31)

本稿は都市の空間構造の変容について、旧日本軍の軍用地を核として歴史的に跡づけ、その社会学的な意義を指摘するものである。それら「軍都の空間」が、都市の空間形成(地方都市のみならず大都市圏においても)にとって決定的であったというのが、中心的な枠組みである。本稿では、旧日本軍が占有していた「軍用地」を持つ地域として三重県と群馬県を取り上げる。そして、三重県の地方都市、群馬県の地方都市において、軍都の空間がどのように都市形成の核となってきたのかを素描する。 アメリカの都市社会学を範として発展してきた日本の都市社会学は、できるだけその理論に適合的な事例を取り上げ、理論を組み立ててきた。戦勝国のアメリカでは、軍用地の非軍用施設への転用という事態が行われなかったのであり、日本の社会学は軍施設の転用という都市形成の重大な契機を見落としてきてしまったのだろう。本稿では、軍都の空間の変容をみていくことで、日本における新しい都市空間の社会学を構想するものである。
著者
横尾 俊成
出版者
学校法人 関西学院大学先端社会研究所
雑誌
関西学院大学先端社会研究所紀要 (ISSN:18837042)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.1-16, 2019 (Released:2019-07-10)

本稿は、渋谷区の「同性パートナーシップ条例」の制定過程を事例に、地方自治体の政策転換における、SNSを用いた社会運動のフレーミング効果を実証的に分析するものである。この条例の制定過程において、活動家の影響を受けて議員がつくり出したフレームと活動家によるフレーム形成、さらに、議員が設定したフレームに従って行われたTwitterでのハッシュタグを用いた運動とインターネット署名運動は、区長や行政職員、議員の判断に影響を与えた。またその際、SNSには、運動への動員効果よりむしろ、議員などに対して新たな解釈の枠組みをつくり出すフレーミング効果が認められた。その結果、議会の最大会派が条例に好意的でなかったにも関わらず、政治的対立が回避され、区長のイニシアティブで条例が制定されるというスムーズな政策転換が可能となった。本稿の検証により、フレームの設定とその拡散が、当事者や潜在的な賛同者の存在を可視化しつつ、自治体の政策過程に影響を与えることが立証された。
著者
奥野 卓司 岸 則政 横井 茂樹 原 以起 奥野 圭太朗
出版者
学校法人 関西学院大学先端社会研究所
雑誌
関西学院大学先端社会研究所紀要 (ISSN:18837042)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.37-54, 2017 (Released:2021-05-15)

人工知能(AI)、自動運転(AD)に関して、政府や自動車産業界の期待は非常に高い。だが、社会科学の分野では、それらの期待は技術決定論、ハイプサイクル、監視社会化にあたるとして、むしろ批判的な言説が多い。一方で、近年、社会学の分野で、アーリの『モビリティーズ──移動の社会学』、エリオットとの共著『モバイル・ライブス』など、現代社会のモビリティに生じている変容に着目して、新たなパラダイムで解読しようする流れが起こっている。本稿は、このパラダイム転換の流れのなかで、先端技術の工学的最前線と社会科学の研究者との共同研究によって、近未来に人間のモビリティがどのように変容し、いかなる社会的課題が生じつつあるのか、考察した。「移動-不動」×「機能性-遊戯性」の2 軸で構成した図で、情報技術の進歩により「移動×機能性」に属する事項が急減し、「不動」領域が拡大していることが実証された。これにより、人工知能、自動運転が進めば進むほど、自動車の必要な作業はロジスティックス(物流)の領域に限定されていくことが判明する。近未来に、人間の移動欲求を解発するには、移動の体感拡張、個人対応の観光情報の移動中での提示、歴史文化・サブカルチャーへの個人対応接触、人間関係の紐帯変化に適応したクルマと社会システムが必要であることを明らかにした。ここから、自動運転小型ビークルによるワイナリー・酒蔵巡り、個人履歴のビッグデータによる文化観光リコメンドシステム、AI による不自由度の低いシェアライドなどの可能性を、技術と社会の両面から検討し、提案した。
著者
種田 博之
出版者
学校法人 関西学院大学先端社会研究所
雑誌
関西学院大学先端社会研究所紀要 (ISSN:18837042)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.1-16, 2021 (Released:2021-05-15)

2013 年、HPV ワクチン接種後の有害事象ないし健康被害(HPVワクチン接種問題)が表面化した。そして、それは現在も「薬害」として係争状態にある。本論文はこのHPVワクチン接種問題の係争化をスティグマの視点を糸口にして明らかにする。スティグマは「関係概念」である。それは、ある他者がある属性をスティグマ=汚点と評しても、別の他者は真逆の評価をしうる、ということである。また、自己との関係においても、ある属性に対して意味づけをおこなう。HPVワクチン接種問題の場合、被接種者の身に起こった事象は、当初、「詐病」であった。「HPVワクチン関連神経免疫異常症 候群」説などによって、副反応による健康被害=「被害者」に変わった。まさに、その時々の「関係性」から意味づけられてきた。HPVワクチン接種問題に巻き込まれた被接種者は、詐病扱いされ、ひどく傷ついた。その後、HPVワクチン接種問題が副反応による健康被害として捉えられるようになり、巻き込まれた被接種者は被害者になった。医薬品副作用被害救済制度を使って補償の請求をおこなった。しかし、その要件を満たしていなかったために、不支給の判定をうけた。そこで、救済を求めて、副反応による健康被害であることを認めさせるために、訴えざるを得なくなった。この副反応を事由とした健康被害の認定は、補償を得るための根拠だけでなく、詐病ではないことの証も含意している。係争に水路づけたのは救済制度の制約と詐病扱いだったのである。
著者
李 建志
出版者
学校法人 関西学院大学先端社会研究所
雑誌
関西学院大学先端社会研究所紀要 (ISSN:18837042)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.27-46, 2014

「兵隊やくざ」は、1960年代に大映で制作された娯楽映画だ。その原作は、有馬頼義によって書かれた「貴三郎一代」であるが、原作小説と映画は並行してつくられており、日本陸軍の内務班について描かれているのが特徴といっていい。この軍隊内の生活を描く小説は、1952年に野間宏によって発表された「真空地帯」以降、1960年から80年にかけて書き継がれた大西巨人の「神聖喜劇」など、いくつかあげられる。この文脈の中に「貴三郎一代」および「兵隊やくざ」を位置づけると、内務班という非民主的な社会を打破するヒーローとして、「貴三郎一代」および「兵隊やくざ」の主人公である大宮貴三郎の存在の意味が見えてくる。また、「兵隊やくざ」と「貴三郎一代」に登場する歌も分析する。当時軍隊で好んで歌われていたのは軍歌ではなく、「満期操典」や「軍隊数え唄」といったものであった。このような兵隊の唄を知ることで、当時の日本軍の生活を知ることができるようになることだろう。また、「貴三郎一代」では、大宮と「私」は朝鮮人女性を連れてきてP屋(慰安所)を経営するのだが、日本の敗戦で彼女たちと別れるとき、「私」は朝鮮人女性から「アリラン」と「蛍の光」を歌ってもらい、感動しているという場面がある。しかし、当時の朝鮮では韓国の国歌である「愛国家」にはまだメロディがなく、「蛍の光」のメロディで歌われていたことを考えると、彼女たちが「私」に歌ったのは別れの歌ではなく、朝鮮独立の歌としての国家だったと考えられる。このような認識のギャップは、現在までも続いているのではないかと考えるのだ。
著者
横尾 俊成
出版者
学校法人 関西学院大学先端社会研究所
雑誌
関西学院大学先端社会研究所紀要 (ISSN:18837042)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.1-16, 2019

本稿は、渋谷区の「同性パートナーシップ条例」の制定過程を事例に、地方自治体の政策転換における、SNSを用いた社会運動のフレーミング効果を実証的に分析するものである。この条例の制定過程において、活動家の影響を受けて議員がつくり出したフレームと活動家によるフレーム形成、さらに、議員が設定したフレームに従って行われたTwitterでのハッシュタグを用いた運動とインターネット署名運動は、区長や行政職員、議員の判断に影響を与えた。またその際、SNSには、運動への動員効果よりむしろ、議員などに対して新たな解釈の枠組みをつくり出すフレーミング効果が認められた。その結果、議会の最大会派が条例に好意的でなかったにも関わらず、政治的対立が回避され、区長のイニシアティブで条例が制定されるというスムーズな政策転換が可能となった。本稿の検証により、フレームの設定とその拡散が、当事者や潜在的な賛同者の存在を可視化しつつ、自治体の政策過程に影響を与えることが立証された。
著者
原 以起 奥野 圭太朗 奥野 卓司
出版者
学校法人 関西学院大学先端社会研究所
雑誌
関西学院大学先端社会研究所紀要 (ISSN:18837042)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.91-105, 2019 (Released:2019-09-08)

「未来社会」の予測を、従来の社会科学的方法、社会調査による方法以外に、大量のテキスト・データの解析によって行うことは、果たして可能であろうか。筆者らは、テキストマイニングのソフトウエアを使う方法が、どの程度、社会科学として有用性がありうるのかを検証するために、実際にそれを試験的に試み、この方法に一定の有用性を確認することができたので、本稿で報告する。本稿でテキストマイニングの対象としたのは、小松左京のSF作品『虚無回廊』である。これは、この作品が、ある程度科学的根拠にもとづいて創作されており、作品中に多用されている「AI(人工知能)」および「マン・マシン・インタラクション」が将来的に社会に大きな影響力をもつであろうと推定されたからである。このため、この2技術に関連したキーワードを核に、この作品をテキストマイニングし、この作品内での社会におけるその技術の位置づけ、人間との関係性を抽出し、その紐帯図をKJ法とブレーンストーミングにより検討することで、「未来社会」のありようを解読した。その結果、今回は社会科学的な「未来社会」像の提示ということでは不十分と言わざるをえなかったが、この研究方法自体は間違ってはいないと判定できた。本稿では、その「方法論」を提示する。