著者
川北 篤
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.321-327, 2012-11-30 (Released:2017-04-28)
参考文献数
42
被引用文献数
1

イチジクとイチジクコバチの間に見られ絶対送粉共生や、アリとアリ植物の共生のように、植物と昆虫の間には、互いの存在なしには存続し得ないほど強く依存し合った共生系が多く存在する。これらの生物の地理的分布は、共生相手の存在に強く依存すると考えられ、実際、共生相手の移動分散能力が限られるために共生系自体の分布が制限されていると考えられる例がいくつも存在する。しかし、イチジクとイチジクコバチ、ならびにコミカンソウ科とハナホソガ属の絶対送粉共生は、島嶼域を含む世界各地の熱帯域に幅広い分布をもつ。さまざまな共生系の間で分布に大きな違いが生まれた背景には、共生系の成立年代や、それぞれの共生者の移動分散能力が関わっていると考えられるが、これらの要因がどのように共生系ごとの分布の違いを生み出したのかについてはほとんど研究されていない。コミカンソウ科植物(以下、コミカンソウ)は世界中に約1200種が存在し、そのうち約600種がそれぞれに特異的なホソガ科ハナホソガ属のガ(以下、ハナホソガ)によって送粉されている。ハナホソガは受粉済みの雌花に産卵し、孵化した幼虫が種子を食べて成熟するため、両者にとって互いの存在は不可欠である。分岐年代推定の結果から、絶対送粉共生は約2500万年前に起源したと考えられるが、この年代は白亜紀後期のゴンドワナ大陸の分裂や、熱帯林が極地方まで存在した暁新世〜始新世の温暖期から大幅に遅れており、陸伝いの分散で現在の世界的分布を説明することは困難である。また、マダガスカル、ニューカレドニア、太平洋諸島など、世界各地の島嶼域にもコミカンソウとハナホソガの共生が見られることから、両者が繰り返し海を渡ったことは確実である。分子系統解析の結果、コミカンソウとハナホソガは、それぞれ独立に海を渡り、到達した先で新たに共生関係を結んだ場合がほとんどであることが分かった。コミカンソウ、ハナホソガそれぞれが単独で海を渡ることができることは、共生を獲得していないコミカンソウ科植物やホソガ科ガ類が、世界各地の海洋島に到達していることからも分かる。コミカンソウとハナホソガの共生が現在のような分布を成し遂げた背景には、両者が1000kmを超える長距離を分散でき、かつ本来の共生相手ではない種とも新たに共生関係を築くことができたことが重要であったと考えられる。生物地理学に「共生系」という視点を取り入れることで、島の生物の由来を新しい視点で捉えられるかもしれない。
著者
乾 陽子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.413-419, 2016 (Released:2016-08-24)
参考文献数
35

ランビルの森に優占するフタバガキ科の林冠木の樹冠には、シダやランなどの着生植物が多く見られる。こうした着生植物が提供する微小生息場は、主として樹上性のアリ類が占有している。特に、着生のシダ(ウラボシ科)2種は、明瞭なドマティア(空隙構造)を有し、そこに著しく攻撃性の高いシリアゲアリが排他的に営巣する。このアリ種により、他の樹上性のアリ類やシロアリ類が少なくなるだけでなく、シダや林冠木の食害も低く抑えられていることがわかった。極めて多様性の高い樹冠において、シリアゲアリと着生シダのコンビネーションは多様な他種を排除し画一化を促進しているようにも見えるが、着生シダのドマティアには、この強力なアリの攻撃をかわし好適な微小生息場を得る好蟻性の節足動物が複数生息していた。そのなかで極めて豊富だったのが新属新種のゴキブリである。特筆すべきはこのゴキブリ種が自身の化学的プロフィールをアリコロニーに蔓延させ、多くの好蟻性昆虫に知られる化学擬態とは異なる方法でアリ巣に潜入していたことである。シリアゲアリ種は、着生シダさえあれば樹冠に君臨し高い排他性を示す一方で、化学的セキュリティーを致命的に欠くように見える。一方、同じ調査地に分布する亜高木のオオバギ属(トウダイグサ科)アリ植物にも植物を防衛するアリの攻撃をかわし、特定のオオバギ種を専食するムラサキシジミ類(シジミチョウ科)の幼虫が知られている。このムラサキシジミ類もまた、よく知られた好蟻性昆虫の化学擬態とはまったく異なる特徴的な化学的戦略をもつと示唆される化学プロフィールを示した。熱帯雨林地域にのみ進化したアリ植物の共生系は、単に防衛アリと植物の相利的関係としても種間関係の強度が多様であることがこの十数年で明らかになったが、さらにその共生系に便乗する好蟻性昆虫も非常に多様であり、そのなかにはこれまで知られていなかった種間関係やその化学的な維持機構が潜んでいる。
著者
大澤 剛士 細矢 剛 伊藤 元己 神保 宇嗣 山野 博哉
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.215-220, 2016 (Released:2016-06-01)
参考文献数
21
被引用文献数
1

要旨: 2013 年、生物多様性情報学の世界的な現状と課題をまとめた地球規模生物多様性情報概況(Global Biodiversity Informatics Outlook: GBIO)が公開された。これは地球規模生物多様性概況(Global Biodiversity Outlook: GBO)の生物多様性情報分野版に相当するもので、生物多様性情報学という分野の趨勢を確認し、今後を見据える重要文書である。筆者らGBIF 日本ノードJBIF では、本文書を意訳し、オープンデータライセンス(CC-BY)で公開した。さらに文書の公開に併せて公開ワークショップを実施し、国際的な状況と日本の現況について議論を行った。その結果、生物多様性情報の分野において、国際的な課題と日本の課題の間にはギャップがあることが見えてきた。本稿は、GBIO 翻訳版の公開に併せ、2014 年12 月15 日に開催された第9 回GBIF ワークショップ「21 世紀の生物多様性研究ワークショップ(2014年)「日本と世界の生物多様性情報学の現状と展望」」における議論をもとに、日本における生物多様性情報の現状と課題について論じる。
著者
名取 俊樹
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.183-189, 2008
参考文献数
18
被引用文献数
1

氷河期からの遺存種であるキタダケソウ(Callianthemum hondoense Nakai et Hara)は、北岳(南アルプス北部、山梨県)の南東斜面のみに生育する固有種であり、将来、地球温暖化の影響などにより、その存続が危惧されている。そこで、公表されている気象資料やキタダケソウに関する資料の整理、キタダケソウの満開日や生育場所の土壌pH、消雪時期の野外調査を行った.そして、富士山頂での年平均気温が20世紀後半から上昇していること、また、キタダケソウの満開日の経年変化や、キタダケソウの生育場所の土壌pHと消雪時期の特性を明らかにした。それらの結果をもとに、キタダケソウに及ぼす地球温暖化の影響について考えた。
著者
後藤 和久
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.39-46, 2014-03-30

白亜紀/古第三紀境界の大量絶滅は、地球史の中でも有数規模であった。絶滅は、特に光合成生物とそれを直接的な基盤とする生食連鎖に属する生物について顕著であるのに対し、いわゆる腐食連鎖に属していたと考えられる生物は大きな被害を受けていない。また、石灰質の殻を持つ海洋生物の絶滅率が突出して高いという特徴がある。絶滅を引き起こした原因として、直径10kmの小惑星の地球への衝突が引き金となり、その後に発生した複合的な環境変動が考えられる。具体的には、太陽光の遮断による光合成の停止と寒冷化、酸性雨や有毒物質による陸上・海洋の汚染、そして輻射熱による地表面の高温化などが、大量絶滅パターンを説明できる環境変動として挙げられる。今後、生態学的研究により、観測されている絶滅パターンを再現するために必要な環境変動の規模や持続時間を解明することが望まれる。
著者
吉田 勝彦
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.438-445, 2005-12-25
被引用文献数
1

一次生産量変動の大きさが動物の食性の幅の進化に与える影響を明らかにするため、進化的に構築された食物網に一次生産量変動を加えるコンピュータシミュレーションをおこなった。この食物綱は動物種と植物種で構成され、植物種は一次生産をおこない、単独で成長するが、動物種は他の種を捕食しないと生きられないとする。動物種は自分の好みに合う餌を選んで捕食する。動物種はそれぞれ違った食性幅をもち、食性幅が狭いほど、捕食によって取り入れたエネルギーを効率よく成長に使えると仮定する。シミュレーションの結果、一次生産量変動がない場合には食性幅の狭いスペシャリストが優占する傾向が見られた。小規模の一次生産量変動が加わると、食物綱全体の種数がわずかに減少する。この時、元々多くの餌を捕食しているジェネラリストにはほとんど影響がなかったが、少数の餌しか捕食していないスペシャリストの種数は大きく減少した。大規模な変動が加わるシミュレーションでは、時々大規模な一次生産量の減少が起こり、動物種の多くが絶滅し、その結果植物の種数が大幅に増加する。このような条件では、食性幅を広げればそれだけ多くの餌を得られるし、他の動物種との餌の競合も起こりにくいため、ジェネラリストが定着しやすくなる。そのため、大規模な一次生産量変動が加わるとジェネラリストが相対的に増加すると考えられる。
著者
林 岳彦
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.289-299, 0000
被引用文献数
4

性的対立とは、繁殖にかかわる事象を巡るオスメス間での利害の対立を指す。性的対立は繁殖形質における軍拡競争の原因となり、その結果として集団間の急激な繁殖隔離(種分化)を引き起こす可能性が示唆されている。本総説では、まず性的対立説についての概説を行い、次いで性選択理論としての性的対立説の特徴について古典的性選択理論(ランナウェイ説、優良遺伝子説)との比較をしながら整理を行う。さらに、性的対立説が引き起こす進化的帰結について理論的な観点から整理し、性的対立説と種分化の関係について議論する。
著者
中西 哲
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.6, no.4, pp.165-170, 1957-03-15

An investigation was made in the precincts of Kasuga shrine in Nara City to ascertain the floristic composition in relation to the environment of the epipetric plant community growing on Ishidoro (the stone-lantern pillars) there. 1. The epipetric plant communities found within the area are integrated into Hypneto-Hedwigietum with the following characteristic species ; Hedwigia albicans (WEB.) LINDB., Hypnum plumaeforme WILS., H. plumaeforme var. minus BROTH. and Grimmia pilifera PALIS. This plant-union consists of the following seven societies ; Cladonia gracilis var. chordalis society, Parmelia tincto ; uma soc., Hedwigia albicans soc., Hypnum plumaeforme soc., H. plumaeforme var. minus soc., Chrysocladium retrorsum soc. and Meteorium helmintocladulum society. 2. It may be considered that Hedwigia albicans soc., Hypnum plumaeforme soc. and H. plumaeforme var. minus soc. exhibit the features of the genuine-facies of the epipetric plant communities found in the area. The community dominated by Hedwigia alticans (WEB.) LINDB. shows better development in fairly sunny habitats, while that of Hypnum plumaeforme var. minus soc. does so in the shady habitats overhung by the crown of evergreen trees close by. 3. Cladonia gracilis var, chordalis soc. and Parmelia tinctorum soc. may be considered as facies which occur mostly in an open and sunny hibitat. The occurrence of Chrysocladium retrorsum soc. and Meteorium helmintocladulum soc. is confined to the most shady habitats where the trees are overshadowing all the time. 4. The degree of overshadowing by the trees nearby and the changes of environmental factors, such as, air temperature, saturation deficit and illumination, at five stonelantern pillars which were occupied by different communities, were respectively recorded on March 15,1956. From the obtained data, considerable differences of microclimatic factors, i. e. saturation deficit and illumination, are clearly observed among respective habitats according to the degree of overshadowing of the trees close by. It may be considered that the degree of overshadowing by the trees plays an important role on the development and the distribution of the epipetric plant community.
著者
岸野 洋久
出版者
日本生態学会暫定事務局
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.187-196, 2015

集団や群集の構造を調べるとき、まずは平均的な特徴や平均的な関係に光が投げかけられる。そこからのかい離は誤差項で、推定の際には最小化すべき厄介な存在として位置づけられる。ここでは集団や群集を構成する個体の間の多様性に等量の光を投げかけ、関係式のモデリングと誤差のモデリングを不可分のものとして位置づける。最尤法はデータの生成メカニズムを尤度の形でモデリングするため、自然に2つのモデリングを融合させることができる。尤度の対数をとった対数尤度は、統計モデルの真の生成メカニズムへの近さの度合いを、相対量の形で表現している。ただし、統計モデルをデータに当てはめて得られた最大対数尤度は、近さの度合いを過大評価している。これを補正して得られた不偏推定量である情報量規準AICは、種々の異質な統計モデルを比較することを可能にする。本論文は、殺虫剤の効用試験、苗木の成長試験の2つの古典的データを見つめなおし、実例を通して最尤法とAICによる統計的モデル分析の有効性を示すことを目的とする。前者はタバコスズメガ幼虫(<i>Phlegethontius quinquemaculata</i>)のカウントデータであるが、各処理でポアソン分布から期待される分散を超える過分散があること、さらにこの過分散がブロック間の不均質性で説明され、ブロック内は環境を均質に保たれていたことを見る。後者はベイトウヒ(Sitka spruce, <i>Picea sitchensis</i>)のサイズを継時的に測定したデータで、オゾンへの曝露の影響を調べたものである。初夏から秋にかけてのある年の成長をロジスティックモデル、およびパラメータに分布を導入した変量ロジスティックモデルで記述する。モデルを通して、成長開始前のサイズとその年の成長幅には大きな個体差があること、6月末が成長の最盛期であること、成長期間にはほとんど個体差はなく、2か月半であることを見る。モデル選択を通して分析対象とデータの持つ情報の量と質に関して理解を深めさせることが、AICのもたらす最大の効用であることを、これらの解析は示している。
著者
小野 清美 永野 聡一郎
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.49-57, 2013-03-30
被引用文献数
3

葉の老化は黄葉・紅葉現象に見られるように劇的な変化であり、古くから研究されてきた。また、葉は個体の成長を支える炭素獲得器官であり、窒素保持器官であることから、葉が老化することが個体の物質生産、子実の収量にどのような影響を与えるのか調べられてきた。ここでは葉の老化に影響を与える環境要因、およびそれらと個体レベルでの葉の老化の制御機構との関連について述べる。また、葉の老化の進行を実験的に操作することが個体の物質生産にどのような影響を与えたのかを明らかにした研究を紹介したい。
著者
斎藤 琢 永井 信 村岡 裕由
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.64, no.3, pp.243-252, 2014-11-30

急速な気候変動が顕在化した現在において、陸域生態系の炭素収支の時空間変動(炭素動態)を地域から地球規模で広域的に高精度に評価することが「環境科学」に関連する様々な分野で期待されている。リモートセンシングは、様々な時間・空間スケールで陸域生態系の炭素動態に関わる物理量を推定可能であり、陸域生態系の炭素収支の現状診断と将来予測の高度化に貢献している。本稿では、陸域生態系の炭素収支の現状診断と将来予測におけるリモートセンシング観測の期待と課題について、特に、リモートセンシングによる光合成量・光合成能の推定と葉群フェノロジーの推定およびそれらの炭素動態研究への応用について概説した。いずれの研究の発展においても、多地点に展開する生態系サイトで得たリモートセンシング観測情報や関連する生態学的な物理量に関する知見の集積・統合(観測ネットワーク化やデータベース化)および研究者コミュニティの連携が必要不可欠であり、生態学者の更なる積極的な参加が強く望まれる。
著者
樋口 広芳
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.353-358, 1979
被引用文献数
4

HIGUCHI, Hiroyoshi (Lab. For. Zool., Fac. Agr., Univ. Tokyo). 1979. Habitat segregation between the Jungle and Carrion Crows, Corvus macrorhynchos and C. corone, in Japan. Jap. J. Ecol., 29 : 353-358. Corvus macrorhynchos and C. corone use a wide variety of natural resources for food and habitat, and are typical ecological generalists. Because their food is already well known, the habitats of these generalists were investigated. A clear habitat segregation was recognized in this study, which was rather different from the general habitat description appearing in many bird books in Japan. The differences of habitats shown in this study were supported by the results of the examination of stomach contents. By comparison with the situations on the Asian continent, it was suggested that in Japan the habitat of C. macrorhynchos is constricted by sympatry with C. corone.
著者
中山 新一朗 阿部 真人 岡村 寛
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.65, no.3, pp.241-253, 2015-11-30

生態学者はしばしば、複数の時系列データからそれらの間に存在する因果関係を推定する必要に迫られる。しかし、生物学的事象は決定論的かつ非線形で複雑な過程を背景に持つのが一般的であり、そのような応答から生じた時系列データ間の因果関係を推定するのは非常に困難である。本稿では、このような状況において有効である因果関係推定法であるConvergent cross mappingについて、その仕組み、使い方、将来の課題等を解説する。
著者
深澤 遊 九石 太樹 清和 研二
出版者
日本生態学会暫定事務局
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.239-249, 2013
参考文献数
63
被引用文献数
1 3

土壌中の菌根菌群集は地上部の植生に重要な影響を与える。森林を構成する各種植物の多くは外生菌根(ECM)菌かアーバスキュラー菌根(AM)菌と菌根を形成するが、これら2つの菌根タイプはおのおの宿主範囲が異なる。このため、樹種の異なる森林の境界あるいは森林と他の植生との境界では、土壌中の菌根菌群集も異なり、これが両植生間での実生更新の違いをもたらすことが予想される。本稿では、代表的な森林の境界として、森林と草地の境界、森林と森林の境界、森林と皆伐地の境界の3つを取り上げ、森林の境界で起こっている植生動態、特に樹木実生の更新において、地下の菌根菌群集が与える影響について、実証的な報告をレビューする。森林と草地の境界では、草本の大部分がAM性であるため、隣接する森林の樹種がECM性かAM性かによって、森林由来の樹木実生の定着に及ぼす菌根菌の影響は異なっていた。ECM性の樹種の場合、実生への菌根菌の定着率や多様性は森林に近いほど高く、実生の生存・生長も良かった。一方AM性の樹種の場合、森林から離れても実生の菌根菌定着率は低くならないが、菌根菌の種組成は変化し、それが実生の生長に与える影響は樹種により異なっていた。森林と森林の境界では、ECM性の樹種とAM性の樹種がそれぞれ優占する森林同士が隣接している場合、実生と異なる菌根タイプを持つ樹種が優占する森林で更新しにくいことが示唆された。森林と皆伐地の境界では、森林から離れても実生の菌根菌定着率は変わらず種組成が変化するが、皆伐地に適応した菌種が定着するため実生の生長はむしろ森林内よりも良いことが、主にECM性の樹種による研究から明らかになっている。全体的な傾向として、境界から10m前後離れると地下の菌根菌群集が急激に変化していた。これは樹木の根圏に樹種特異的な菌根タイプが保持され、実生への重要な感染源となることを示唆している。ただし、詳細な調査がなされた樹種は少なく、今後さらに多くの樹種で一般性を検証していく必要がある。特に、AM性の樹種で研究例が少ない。マツ科のECM性樹種を主要な造林樹種としている欧米と異なりAM性のスギ・ヒノキが主要な造林樹種である我が国の人工林の適切な管理のためには、AM性の樹種を対象とした更なる研究の進展が望まれる。